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ある妹の懺悔

作者: 嘉藤 静狗

 ずるい妹系が流行っているので書きました。

 どちらかと言うと欲しがりなだけかもしれない。

 

 ねぇ、そこの人。……私の話を聞いてもらえないかしら。

 本来ならば、私の方が懺悔される立場なのは重々承知のこと。でも、そろそろ抱え込むのに疲れてしまったから、吐き出させて欲しいの。いいかしら?


 ……ありがとう。優しい子ね。



 昔、私には一人の姉がいました―――。



 *



 姉に嫌われているのは分かっていた。

 常に私が優先され、姉は蔑ろにされる世界。これまでの私の行いも、私たちを取り巻く環境も、何もかもが歪んでいた。

 私は姉を愛していたわ。甘やかす両親より、崇拝してくる婚約者や取り巻きより、何より姉が大切だった。


 いつだったか、王宮で開かれた読書交流会。

 読書家の姉に手渡された一冊の絵本。夢中で読んだそれに描かれた、美しい女騎士。

 月光の魔力を宿した銀髪に、気高い森の王を彷彿とさせる琥珀の瞳。容姿も、生き様も、大好きな姉と重なって、どうしようもなく憧れた。


(私もこの人(お姉さま)みたいになりたい)


 ある時、姉は新しい服を買った。流行りのふわふわと柔らかで妖精のようなデザインではなく、長身ですらりとした姉によく似合う、清廉でまるで女神様のような衣装。

 だから、私は言ったの。


「お姉さま、そのドレス素敵ですね。私も欲しいな」


 ……翌日、私の元には、一回り小さくなったそのドレスが届いていた。また、姉は、二度と同じドレスを着ることはなかった。



 私は、初手を誤ったの。そして、幼い私はそれに気付かず、罪を重ね続けた。


 姉が友人に貰ったブレスレット。行きつけの本屋で配られた栞。祖母の形見のネックレス。両親からのプレゼントのハイヒール。

 ……姉の婚約者からの微笑みさえも。


「私も欲しい」


 その一言で、私は全て奪ってしまった。



 それに気がついたのは、学園で姉の友人の会話を聞いた時よ。

 お昼の時間に姉に一目でも会いたくて、こっそりと食堂の上級生エリアに入ってみたことがあった。

 その時、ちょうど姉は席を外していたけれど、夜会やお茶会でよく姉とお喋りしていた方達がいらっしゃった。


「もうすぐルナディア様の誕生日ですが、今年はどちらにいたします?」

「実は私、もう行きつけのケーキ屋で予約いたしましたのよ。新作のタルトと、チーズケーキを」

「まぁ!では、私はお食事にお連れしましょうか。最近、良いレストランを見つけましたの」

「お二人がそうするなら、私は今年も手作りのお菓子にいたしますわ」


(皆、食べ物ばかり……何でかしら?)


 姉が食道楽という話は、ついぞ聞いたことがなかった。

 私は、もっと姉のことが知りたくて、こっそり近づいて耳を済ませたの。


「しかし……あの方にも困ったものですわね」

「あら、例の方?また何かおねだりなされたのかしら」

「今回は、私の従兄弟が渡したハンカチですの。……先日の怪我の手当てのお礼に渡したばかりですのに、目敏いこと」

「まぁ、それはお気の毒に。ルナディア様も苦労されますわね」

「誕生日でさえ消えものでなければ、全てあの方に持っていかれてしまいますからね。……私たちがプレゼントしているのは、妹御ではなくルナディア様なのに」

「本当にどうしようもない方」

「私たちにもっと権力があれば、お救いできるのに……」


 そこで聞いたのは、私に対する苦言と姉への深い同情。


 それは知りたくなかった現実。

 ……いいえ、本当は薄々気付いていたけど、目を逸らしていたものだった。


「私も欲しい」と言えば、すぐにそれは私の手元に現れる。

 作るのに時間がかかるドレスや装飾品も、数量限定の品物も、他に代えの利かない人間さえも。


 それは何故か。

 ……元々の所有者から奪っているから。


 最初、私は姉と「お揃い」が欲しかっただけだった。姉と同じ物があれば、姉のような人になれると思ったから。

 でも、姉の目が、私が奪ったものに向ける姉の強い視線が美しくて、綺麗で……それが欲しくなって、止めようとは思わなかった。たった数日、数時間で失われてしまうものだとしても。

 我ながら、浅ましく気味の悪い感情だった。


 そうして知ってしまえば、世界は私を肯定していたものばかりではないと分かった。

 甘やかす両親は、実のところ私に怯えていた。崇拝してくる婚約者や取り巻きは、媚びていただけ。姉の婚約者は、姉を守るために、取り繕った機械的な笑みで見下ろしていた。


 それまで世界が私にとって都合がよかったのは、私が神に選ばれた巫女だったから。

 巫女とは、神の愛し子。現し世に出られない神の代わりに、その目や耳として人界を楽しみ、感情を届ける存在。そして、虐げられたり、我慢しきれなくなると、神の感情が暴走し、大災害を引き起こす存在でもある。

 だから、愛し子と言うより、むしろ、神の分身体のようなものかもしれない。


 ……だから、誰も気を損ねるようなことは出来なかったの。

 この国では、昔から死後は神の御許に召されると信じられているから。誰だって、いずれは向かうだろう先にいる神の不況なんて買いたくないものね。


 もちろん後悔した。

 でも、私が罪を自覚したときには、全てが遅かった。


 私が無自覚にしてきたことが、国を乱し、人々の争いと悪感情を呼び覚まし、その影響は同じ学園に所属していた留学生などから、国外へと伝わり始めていた。


 しばらくして、姉は私の身代わりに裁かれることとなった。

 神の分身である巫女を裁くわけにもいかず、でも何もしなければ騒動は収まらない。

 よく似た背格好の、同じ身分の、そして身内である姉が裁かれることによって、溜飲を下げる。関わりのない第三者からすれば、字だけを見れば私も姉も大差ないから気付かれない。


「元凶を裁いた」


 この事実さえあれば、相手も矛先を反らすしかなくなる。一人の犠牲で国を守る為、王様は姉に犠牲を強いた。

 誰もが、真実を知りながら、私という存在に怯え、姉を生け贄に捧げたの。


「ルナディア=モントルーン公爵令嬢。そなたをモントルーン公爵家から籍を抜き、国外追放の刑に処す。……北側の国へ向かうが良い」

「……慎んでお受けいたします」


 王宮で開かれた他国の人も招待される大規模な夜会で、衆目の前で断罪された姉。

 誰もが茶番だと知りながら、そうしなければ国が滅ぶからと静観していたわ。……私もその一人。


 ただ、義兄になるはずだった彼だけは、最後まで姉から目を逸らさず、見たこともない表情でぼろぼろと涙を溢していた。

 人々にカーテシーを披露して、立ち去っていく姉は一瞬だけ彼を見やると、困ったように微笑んだ。

 それが私が見た中で、もっとも美しかった姉の姿。


 先に家に帰った姉は、私たち家族が帰る前に荷物をまとめ、出ていってしまっていた。最初からその約束だったけど、余りにも寂しい別れだった。

 後には切り落とされた長い髪と、一通の手紙だけが残っていた。


 両親には「育ててくれてありがとう」の一言から始まる感謝の文。締めには髪は、婚約者だった彼に渡して欲しいとあった。

 対する私には、「生理的に無理」の一言だけだった。



 姉に嫌われているのは分かっていた。

 無関心になるには近すぎて、憎悪するには上品すぎた姉。

 その結果、姉が私に抱いた感情は、嫌悪感だけだった。

 ……苦しすぎて、涙も出なかった。




 それから間もなく、私も婚約を破棄され、実家の籍を抜かれ、中央神殿へと送られた。最後に両親は、この代で家を終わらせると諦めたような顔で言った。

 神殿には、私と同じような神の愛し子たちがいた。神殿は創世の女神様に守られているから、人の手には負えない暴走する神々や巫女たちを抑えられるのよ。知っていたかしら。


 大抵の場合、貴族なら権力や財力によって、巫女を満足させ、暴走を防ぐことができる。だから、娘を婚姻による結び付きの手段として用いる貴族は、滅多なことでは巫女を手放さない。巫女であることは、場合によっては付加価値にもなるから。

 でも、大半の平民にはそれが叶わない。だから平民は自分の子が巫女だと分かると、神殿へと預けに来るの。


 その後も交流することは禁じられていないから、神殿にはよく巫女である娘に会いに家族が来たりするわ。

 でも、私の元には誰も訪れなかった。……当然よね。


 だって、私と同じ巫女である貴族令嬢は他にもいたけれど、私のように国を乱すほどの騒動を起こした人はいなかったもの。

 確かに神の感情と同期するから、欲望の(たが)が外れやすいのは間違いない。けれど、それでも彼女達は、道を踏み外すことはなかった。

 全ては、私が招いたことなの。


 何もかもを奪ってきた私は、これまで奪ってきた人たちに見捨てられた。

 ……自業自得よ。



 朝起きて、身を清めてから祝詞を捧げ、朝食を摂り、清掃や孤児への教育などのお務めをこなして、晩餐を迎え、眠る。一日がこのルーティーンで終わる日々。

 単調だけど、私にとっては苦痛ではなかった。姉がいない世界には未練なんてないから。



 そんなある時、姉の婚約者だった彼が、全てを(なげう)って家を飛び出したと風の噂で知った。

 彼は少しの荷物と金の他には、姉の髪だけを持っていったらしいから、おそらく姉の後を追ったんだわ。

 ……羨ましかったけど、今更、どうしようもない。


 やがて、月姫騎士の再来と呼ばれる女性と夜闇の魔導師と呼ばれる冒険者がいると聞こえてきた。まるで、あの時の絵本のような二人組の話が。

 けれど、神殿と言う閉じた世界から出ることを禁じられた私には、それが姉と彼のことなのかさえ知るすべはなかった。



 *



 ……久しぶりに長く話したわ。ありがとうね。

 お礼にこれをあげる。中央神殿特製の古傷に利くポーションよ。あなたのお膝に使いなさい。


 こら、若い子が遠慮しないの。

 どうせ売れ残りだし、残ったら神官長様の風呂上がりの一杯になっちゃうのよ。これ、飲みすぎると太るのに。


 あぁ、それなら最後に一つだけ良いかしら。

 大丈夫。そんなに難しくない、ちょっとした頼みごとよ。



 あなたのお婆様とお爺様に、「ごめんなさい」と「お幸せに」と伝えてくれるかしら。

 そう、それだけ。……よろしくね。




 終わり

【以下、蛇足】


 妹が姉に執着するきっかけになった絵本は、モントルーン公爵家の由緒にまつわる物語。姉曰く「たまには勉強しろ」とのメッセージだったり。絵本と書いたけど、たぶん形式的には児童文学。


 創世の女神にとって、巫女を持つ神々は息子。

 神殿(実家)ではお母ちゃんが強いから、息子たちは勝手できない。だから、外でやんちゃする。見つかったらしばかれる。


 姉と妹は色味こそ同じだが、纏う雰囲気が違いすぎて奪った装飾品は悉く似合わなかった。

 それを見た察しの良い人たちは「姉のものを盗ってるな」=「非常識。でも許されてる」=「巫女じゃね?」と近づかなかった。巻き込まれたくないから。妹の回りにイエスマンばかり集まったのは、巫女を付加価値と捉えるアホばかり。


 両親は信心深く小心者。英雄(カリスマ)的先祖そっくりな長女と巫女である次女に悩まされ、最終的にどちらも手放す羽目になった。どっちつかずが敗因。

 姉からの手紙には感謝の言葉こそあったが、遠回しに二度と関わらないとの宣言がされていた。


 聞き手はお察しの通りの二人の孫。一番上の孫。

 元は騎士をしていたが、ある行軍で膝を壊して止めた。それなりに稼いだ給料で旅行中に話し手と偶然?会った。

 もしかすると、祖母が南側の国が温かくて膝に良いかも、と言っていたかもしれない。


 月姫騎士であるご先祖様も巫女だったが、この人は単独で神降ろしをしたり、邪神が起こした大厄災を解決したり、挙げ句の果てに邪神を婿にしてしまった規格外の人。

 絵本では、邪神を呪われていた魔導師と改変してある。元になった歴史書にはしっかりと邪神と明記されてる。


 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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