足裏の石痛
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
おお、つぶらやよ、靴をおニューの奴に取り換えただろ?
ふふん「よく気がついたな」って顔をしている。この観察眼、最近は鍛えているんだ。初見の相手でも、すぐさま褒められるところを見抜くのは、将来役に立つっていわれてな。髪型、化粧、持ち物に至るまで、目を光らせているというわけよ。
ところでつぶらやは、どれくらいの周期で靴を取り換えている? まあ、たいていの人が「傷んだ時」とか「流行りじゃなくなった時」、「そんなもん知らん」の三択だろうな。常日頃、足元を守ってくれる大切なものであっても、意識しない人にはとことん意識されない。持ち主によって幸不幸の分かれる、典型的な道具だろうな。
靴は大切な足元を守る道具。歩ける人は気に掛けることはあまりないが、足も重要なサインを放つことがあるんだ。それにまつわる話、あらかじめ知っておいて損はないと思うぜ。
今をさかのぼること、数十年前。俺の親父が昔に住んでいた場所での話だ。
親父がおさがりでない、新しい靴を初めて買ったのは8歳の頃だったんだが、いざ外へ歩き出すと、わずか十数歩で家の中へ駆け戻った。靴底から響く小石の痛みが、以前よりずっと強かったからだ。
この辺りはまだまだ未舗装の道路が多い。ちょっと長く雨が降ったりすると、地面をえぐった水たまりがいくつもでき、止んだ後もしばらくはぬかるみが続く。だが晴れた日だと、渇いた土の上に大小さまざまな大きさの石が転がり、ところどころで道行く人の足の裏を待ち受ける。
それらの石を踏みつけるのは、この地域で生きる通過儀礼。父もそのことは重々承知していたが、これまで違和感で済んでいたものが、はっきり痛みとなって伝わってくると、感じる不快もまた何倍にもなる。
親に愚痴ったところ、どうやら大人たちもこれらの痛みを覚えていたらしい。中には土方の仕事で厚底の長靴を履きながら、その下に履いた足袋すら脱いで冷やさねばいけないほど、足の裏が真っ赤になってしまったとか。
「こいつは珍しいね。石様たちがここまで機嫌が悪いと、何かが起こる予兆と見える」
若き祖母はそう話して、親父にこの現象が収まるまで、遠くへ出歩かないこと。学校などの止むない場合であっても、足に感じる痛みが強くなる方向へは進まないことを、何度も言い聞かせたそうな。
それから数日後。月曜の登校日に、親父は靴の裏に何枚も靴下を履いて、通学に臨んだ。登校時こそどうにか持ってくれたが、昼休みに校舎内で様子を見ていたところ、校庭で遊ぶ子供たちの数が、いつもよりずっと少なかった。更には午後一発目に行う体育も、本来なら外で持久走だったのが、急遽、屋内のボール競技に取って代わられるという有様だった。
――明らかに他の連中も、足元の痛みにびくついている。
そうして帰りの時間を迎えてからも、周囲の皆は恐る恐る足元を確かめながら、校門の外へ出ていく。いつもなら、駆け出る姿の方がずっと多く見られるというのに。
肝心の親父はどうだったかというと、ぴょんぴょんと跳ねながら先を急いでいた。少しでも石を踏む時間を縮めたかったからだ。
痛みが強くなる方向へは進まず、回り込むようにしなさい。今朝も祖母は注意をしてきたが、あいにく今は、痛くなる砂利道の先が下校する道とばっちり重なっていたんだ。多少、道を回り込んでも家に足を向けたとたん、何重もの繊維の壁を突き抜けて、小石の先が痛みをもたらす。このままではラチが開かないと、強行突破を試みたというわけだ。
だが、じきにジャンプも自重し、親父はつま先立ちでよちよちと歩く情けない姿を披露することになった。いよいよジャンプの着地際、小さい石を踏みつけただけでも、足の甲まで貫くんじゃないかと思うほどの、激痛に襲われたからだ。ずりずりと地面をこすって石を除けつつ、先へ進むよりない。
どうやら車に関しては、そんなことお構いなしらしい。歩道の区別がないこの道を通るたび、エンジン音を聞くや親父は道の端へ寄る。その横を、快調そのものの走りで、砂ぼこりを巻き上げながら去っていく、鉄の塊。
「家まで乗っけてってくれないかなあ」などとぼんやり思う。他に手段のない、選んだ道の半ばというのは何とも性質が悪いものだ。進むにも退くにも、ここから同じだけの労力を費やす羽目になる。つまり、この石たちの顔色をうかがいつつ、ひよこのごとき歩みを強いられるわけだ。
忌々しさを感じながら進む父の耳に、またしても背後からのエンジン音。うぜえ、と思いつつ、またも退避する父の肩に、「ぴちょん」と水滴が跳ねる感覚がした。
空を見る。うつむき気味でいたから気づかなかったが、先ほどまで青かったはずの空が、今はばかに緑色だ。思わず足を止めてじっと見ると、それは空の色ではなく、自分と空を隔てる宙に、広々とした緑色の幕が浮かんでいるのが分かって……。
その幕は、どっと下りてきた。スイッチを入れられたプレス機のように、地面目掛けてまっしぐらに。
広範を覆われ、しかもひよこ歩きな親父にかわせる道理はない。追い越して駆けた車と共に、帳をもろに被った。
頭と肩にのしかかる重さはわずかだったが、こちらも痛みがひどい。足元が突き刺すような痛みなら、こちらは引きはがすかのよう。幕がかかった端から、服と言わず顔と言わず、ところかまわず「爪」を引っかけて、重力のまま下へとちぎっていきそうな勢いだったらしい。
だが、これは長く続かなかった。チューニングの合わないラジオが流す時にそっくりの音が「チュイ―ン」と短く響くと、緑色の目の前が、一気に本来の色を取り戻す。
ぱっと跳び上がった緑色の幕は、まさに尻尾を丸めてはるか上空へと去っていったんだ。
だが被害は出る。幕をまともに浴びた車は、車体のところどころに穴が空く。ボンネットにも空いたものが影響したか、コントロールを失って道を外れた田んぼへ落ちていった。
父親も、先ほどよりはひどくないとはいえ、痛みが抜けない。すぐにその場を逃げ出そうとして、もはや小石の痛みがほとんど消えていることに気がついたんだ。
全身に血がにじむ擦り傷をこさえて帰った親父。祖母から受けた手当はしみることこの上なかったが、厄介なのはこの後だった。親父の身体からは、時間をかけてゆっくりと毛が抜けていったんだ。
すね、二の腕などはもちろん、頭の毛に至るまで。おかげで小学校を卒業する時には、全身がつるつるになってしまったんだ。
おかげで一部の人からうらやましがられたり、気持ち悪がられたりと、賑やかな青春を送ることになったとか。そして今でも、親父はつるっぱげなんだ。




