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八話 行商人

 フロッグランナーの解体は、ボルボルがアッという間に終わらせてしまった。

 さすが猟師といったところで、その手際は見事というしかない。

 一応クランスも手伝ってはいたのだが、やっていたことといえば荷物運び程度。

 実際の作業は、ほとんどボルボルが行っていた。

 そういった面でも、やはりボルボルは優秀な猟師であるようだ。


 早速、フロッグランナーの処理を始めてしまうことになった。

 家の建築も急ぎたいところだが、生のものだけに、こちらは後回しにはできない。

 急がなければ、せっかくの素材が腐ってしまう。

 革の加工は、ボルボルが一人で行うこととなった。

 フロッグランナーの革は、非常に丈夫で扱いやすい素材である。

 ただ、加工には特殊な道具や薬品、技術が必要なのだそうで、クランスやレチェルでは手伝うこともできなかった。

 少々残念ではあるが、専門性の高い仕事というのはそういうことが多い。

 手伝いをしようとしたとこで、かえって邪魔になってしまう。

 ここはできる仕事をきちんとこなしておく方がいい。

 それが、役割分担というものである。


 フロッグランナー二匹分の肉というのは、膨大な量であった。

 とても三人で食べきれるものではなく、このままでは腐らせてしまう。

 そこで、干し肉にしてしまうことにした。

 保存が効くようになるだけではなく、干し肉は様々に使いでがある。

 これから住民が増えることを考えても、作っておいて損のない品物だ。

 干し肉作りは、村でも何度もやったことがある作業だった。

 レチェルにとっては悔しいことに、これはクランスの得意分野だ。

 クランスをレチェルが手伝うという形で、干し肉作りを始めることとなった。


 エルフニンニクなどの、ニワ草原でとれた香草に、もちこんでいる香辛料や調味料。

 それらをしっかりと混ぜ合わせて、漬け汁を作る。

 この漬け汁は、クランスが独自に編み出した配合なのだという。

 クランスは昔から、妙なところで凝り性だった。

 村ではあまり干し肉を作る機会などなかったはずなのだが、いつの間にか開発していたらしい。

 レチェルも何度かこれを使った干し肉を食べたことがあるのだが、中々の美味だった。

 出来上がった漬け汁に、肉を漬けていく。

 後は丸一日置いておく。

 しっかりと漬け汁がしみ込んだら、吊るして天日干しすれば、完成となる。

 ただ、問題があった。

 肉の量が多いだけに、漬け汁も相当な量が必要なのだが、どうしても足りなかったのだ。

 ニワ草原でとれる香草の類はともかく、調味料は村から持ち込んだ分しかなく、量が限られている。

 肉をすべて漬け込めるほど、大量に漬け汁を作ることができなかったのだ。

 漬け汁を使わずに肉を干しても、カサカサしただけの肉になり、あまりおいしくはならない。

 それに、塩分が加わっていない状態だと、腐ってしまう恐れが相当に高くなる。

 アレコレと相談して、方法を考えた。

 今つけてある分は、明日になれば漬け汁から出すことになる。

 なら、それを再利用しよう、ということになった。

 明日になって肉を干すときに、残った漬け汁を使いまわそう、というのだ。

 漬け汁の使い回しというのは時々行われることで、特に珍しくはない。

 問題があるとすれば、肉の保存方法だろう。

 明日まで生肉を其のまま放っておくというのは、少々問題があった。

 常温で生肉を置いておけば、まず悪くなってしまうだろう。


「んー。どうしようか?」


「何か、お肉を保存するのに、いい方法があった気がするんだけど。たしか、草で包むような。あ! 思いだした!」


 ニワ草原に映えている植物の中に、肉の保存に適したものがあったのだ。

 フナザサダマシという名前で、それ自体は非常に硬く、食べるのには適していない。

 素材として使うにも、やはりその硬さが障害になっていた。

 何しろ頑丈で、伐採するのにも一苦労。

 折り曲げることすら難しく、刃物もなかなか通らない。

 ただ、これで包むと、食べ物が腐りにくくなるという効果があった。

 弁当箱などとして使い出があり、村によってはわざわざ栽培しているところもあるらしい。

 幸い、この村にはニワ草原と森の境界のあたりに、幾らか自生している。

 日陰を好む性質なので、木の陰になっているところに生えているようだった。

 早速刈り取って来ることにする。

 ユカシタ広場を出て、草原と森の境目を歩く。

 フナザサダマシが生えているところまでは遠回りになるのだが、仕方がない。

 本当は、草原を突っ切って行った方が近道ではある。

 他の人種ならばそうするのだろうが、背が低いラットマンにとって、草原というのは歩きやすい場所ではないのだ。

 少々回り道をしながら、フナザサダマシの根元までたどり着く。

 葉はとても大きく、一枚がラットマン一人分と同じほど。

 長く伸びている茎を、クランスは器用に葉のある位置まで登っていく。

 茎は太ももほどの太さしかないのだが、ほとんどしなることなく体重を支えている。

 身長の三倍ほどの位置まで登ると、葉の付け根に鉈が届く。

 クランスは片手で器用に体を支えながら、鉈を振るった。

 一度では刈り取れず、二回、三回と切りつけて、ようやく葉が落ちる。

 地面にいたレチェルは、それを器用に受け止めた。

 四枚ほど落としたところで、クランスは茎から降りてくる。


「四枚あれば、十分かな」


「これで肉を包む方法って、難しいんだよね」


「大丈夫。私が得意だから」


 レチェルが胸を張って見せると、クランスはおかしそうに笑った。

 二人で二枚づつの葉を担いで、ユカシタ広場へと向かう。

 葉自体は大きいのだが、レチェルでも十分運べる程度の重さである。

 軽くて丈夫というのは扱いやすい素材の特徴だと思うのだが、丈夫すぎて加工しづらいのだから、ままならない。

 大きな葉っぱを担いで、夫婦は並んで歩いた。




 フナザサダマシの葉に、鉈で切れ目を入れていく。

 そこを基準に、二人掛かりで折り曲げてる。

 これが、中々の重労働。

 悪戦苦闘しているレチェルとクランスだったが、ふとその手が止まった。

 なにか、大きなものが近づいてくる音に気が付いたからだ。

 恐らくは、中型人種の足音だろう。

 作業をしていたユカシタ広場を出て、階段を駆け上る。

 すぐ後ろから、やはり足音に気が付いたらしいボルボルもやってきた。


「村長、奥方殿! お二人も聞こえ申したか!」


「うん。どっちからくるのかな」


 耳を澄ますと、足音がする方向が分かる。

 そちらに目を凝らすと、木々の間からやってくる影が見えた。

 大きな背嚢を背負っているらしい。

 それを見て取ったレチェルの顔が、ぱっと輝く。

 近づいてくるにつれ、その姿がはっきりとわかってくる。

 沢山の荷物が詰まっていると思しき背嚢に、旅装束。

 慎重な足取りで、注意深げに周囲を見回している。

 おおよその外見はヒューマンと同じだが、長く伸びた耳でエルフ族だと判別することができた。

 どうやら、レチェルが期待した通りの相手が来てくれたようだ。

 エルフ族が、レチェル達に気が付いたらしい。

 手を振りながら、近づいてくる。

 足元を警戒しているようで、極慎重な脚運びだ。


「あー、言葉、わかりますかー? ちょっと、ラットマンの言葉、使うの、久しぶりで」


 流暢な言葉に、クランスとレチェルは顔を見合わせた。

 ラットマンの言葉というのは、他の人種には発音しにくい。

 それを聞き取りやすく話すことができるというのは、相当の練習をしているものと思われた。


「はい、わかります」


 クランスが答えると、エルフは心底ほっとした様子で息を吐き出した。

 それから、顔の前についている大きな丸いものを、指で押し上げる。

 恐らく、メガネという視力矯正器具だろう。

 ラットマンでメガネを使うものはほとんどいないので、レチェルは実物を見るのも初めてだ。


「よかった! ここは、新しくできた村、ですよね?」


「最近できたばかり、というか、まだ村といえるほどの状態ではありませんけれど」


 それを聞いたとたん、エルフは飛び跳ねて喜んだ。

 早口でよく聞き取れなかったが、エルフの言葉で喜びを口にしている。

 村の代表である村長夫婦は、他の種族と交渉などをすること多い。

 そのため、いくつかの種族の言葉は、習って覚えていた。

 当然、エルフの言葉も教わっている。

 エルフの言葉で会話をしてもよかったのだが、向うはかなり流暢にラットマンの言葉を使っている様子だ。

 ならば、このままラットマンの言葉で話した方が、お互い意思疎通がしやすいだろう。


「あの! 私は行商人の、アーヴィアと言います! ぜひ、村長さんと、お話をしたいのですが!」


「村長は私ですが」


「貴方が! 実は、取引をして頂きたいと思っていまして!」


 アーヴィアと名乗ったエルフの行商人は、慌てた様子で背嚢を下ろすと、その中を引っ掻き回し始めた。

 どうやら、相当興奮しているようだ。

 思わず苦笑を漏らすレチェルだったが、それも無理からぬことだろうとも思う。

 ラットマンの村は、行商人と専属の契約をすることが多い。

 行商人にとって、そうするだけの旨味があるのだ。


「取引といっても、今はまだ住む家も建っていない状態ですから」


「あ、そう、でしたか。噂を聞いて、すぐに飛んできたんですが。ちょっと早すぎましたか」


 話を聞くと、アーヴィアは以前からラットマンと取引をしたいと思っていたのだという。

 ラットマンの村と専属の契約をするのが、以前からの夢だったのだとか。

 身体の小さなラットマンは、モノを使う量がほかの人族よりも圧倒的に少ない。

 塩などの必需品も、中型人種の両掌一杯分もあれば、村全体をしばらく賄うことができる。

 当然取引額は小さくなり、一見商人にとっては旨味が少ない相手に見えた。

 だが、実際はまったく逆であるといっていい。

 他の人族よりも圧倒的に小さな体格を持つラットマンは、こと「小さなもの」を作ることに置いて、他の人種よりも抜きんでた技術を持っていた。

 例えばクランスとレチェルの出身の村では、織物や縫物が有名だ。

 刺繍などで形作るのは、他の人族が使う魔法陣の図柄がほとんどである。

 それは美術品としてだけでなく、実用品としても、大きな価値がある品だった。

 例えば、同じ魔法陣を、中型の人種とラットマンが布地に縫い付けたとする。

 大きさは十何倍も違うその二つだが、実は効果はまったく同じになるのだ。

 中型人種が作ればマントのような大きさになる魔法の品が、ラットマンならばハンカチ一枚以下の大きさで済むのである。

 これは魔法を得意としている種族、とりわけエルフなどにとっては、雲泥の差といっていい。

 もっとも、ラットマン自体は、魔法が得意な種族ではなかった。

 刺繍を作ることは出来るものの、それを魔法として発動させることはまずできない。

 ラットマンにとって織物や刺繍というのは、貴重な外貨獲得の手段なのだ。

 そして、他種族にとってラットマンとは、驚くほど精密で小さな魔法の品を作り出す、得難い取引相手なのである。


「あ、そうだ」


 残念そうにしているアーヴィアを前に、クランツが思いついたというように手を叩いた。


「行商人さんが来てくださったときにお渡しできるように、いくつか見本を用意しているんです。宜しければ、それを塩や香辛料と交換させていただけませんか?」


「はい! もちろん、です! 願ったり叶ったり、です!」


 行商人の多くは、僅かでも塩や香辛料を持っていることが殆どだ。

 使いでのあるそれらの品は、どこに行っても重宝される。

 この村にとっても、今まさに欲しい品なのだ。

 なにしろ、塩と香辛料があれば、干し肉を作ることができる。


「一枚でも、二枚でも! お取引願えるなら、すごくうれしいです!」


 クランスが顔を向けてきたのを見て、レチェルは無言でうなずいた。

 そして、急いで階段を駆け下り、置いてある荷物の方へ走っていく。

 まさか家も建たないうちに、行商人との初めての取引があるとは思わなかった。

 交渉事は、レチェルよりクランスの方が得意である。

 取引がうまくいくよう、全力で手助けしよう。

 そう考えながら、レチェルは荷物の中から、見本用の織物と縫物を引っ張り出した。

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― 新着の感想 ―
[一言] ああ、そもそも糸の時点でより細いものを扱えるし、精密な刺繍は外貨(物資含む)獲得の武器になり得る訳か てか、案外他種族との交流も盛んなんだな
[一言] ナノマシン的な。
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