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七話 最初の狩り

 丈夫な木の枝を使い、地面に大きな四角を描く。

 紐を張って、それに沿うように線をひいていけば、真っ直ぐに描くことができる。

 その線の上に、等間隔で木の枝を立てていく。

 柱の代わりになるので、それなりに深く刺さなければならない。

 クランスとボルボルという男手があるので、作業は順調に進む。

 その間に、レチェルは柱と柱の間に、タイラクサを編み付けていく。

 これが中々、大変な作業であった。

 ムシロなどを作るときほど丁寧に編む必要はないのだが、それなりに目が細かくないと用をなさない。


「こうしてまじまじと壁を作る様子というのを見るのは初めてなのでござるが、いやはや中にタイラクサが入っていたのでござるなぁ」


「壁って言っても、簡易的なものですけどね。きちんとした家は、本職の大工さんが来るまで我慢してください」


 感心した様子のボルボルに、レチェルは苦笑を漏らす。

 今建てているのは、いわゆる掘っ立て小屋。

 地面に直接柱を埋め込んで建てる、簡易的な造りの建物だ。

 木材を地面に直接埋めると、腐食が非常に早い。

 通常はそれを避けるため、石などで土台を作り、その上に柱を立てることが多かった。

 そういったモノを建てるには、専門的な技術と知識が必要だ。

 残念ながら、レチェルはそういったモノを持ち合わせていなかった。

 とはいえ、こういった造りの建物でも、一時の借りの住まいとしては十分役に立ってくれる。


 レチェルがタイラクサを編み付けている間に、クランスとボルボルは別の場所に木の枝を立てていく。

 掘っ立て小屋は、五つほど作る予定であった。

 何時新しい住民が来てもいいように、事前に建てておくのだ。


「猟師さんにこんなこと手伝わせて、すみません」


「なんのなんの! 元より、すぐに狩りが始められるとは思ってはござらんからな! まずは村の土台をしっかりとしなければ、なにをするにもままなりもうさん! 準備が肝要というのは、まったく狩りと同じでござる!」


 二人が三人になっただけだったが、作業効率はずいぶんよくなっていた。

 なにより、力仕事で頼りになるというのが大きい。

 作り始めた村では、何しろ力仕事が多いのだ。


「これが終わったら、どうすればいい?」


「んー、柱の間にタイラクサを張るのを、手伝ってもらおうかな。覚えてもらった方が、今後何かと便利だろうし」


「細かい仕事は苦手なのでござるが、某にもできもうそうか」


「練習すれば、大丈夫ですよ。それに、自分で作った建物に自分で住めば、何かあっても安心でしょう?」


「なるほど、己にしか迷惑が掛からぬというわけでござるか! それはよい方法にござるな!」


 太陽が高い位置に上り切る前に、柱を立てる作業は終わった。

 ボルボルもクランスも手際が良く、予想よりもずっと早く、きれいに仕上がっている。

 これならば、良い壁が作れそうだ。

 監督役であるレチェルから見ても、申し分ない出来であった。




 昼食時になり、食事をとることとなった。

 ニワ草原で採れた野草を調理したものだったのだが、これを見たボルボルが驚きの声を上げる。

 ボルボルが暮らしていた村では、野草というのは滅多に食べられないご馳走だったらしい。

 野草に関する知識を持つものが限られていたので、収穫量が少なかったというのが理由なのだそうだ。


「某らの村の近くには、ドクセリやユウレイゼンマイが多く生えておりもうしてな! 迂闊にとることができなかったのでござるよ!」


「あー。アレはわかりにくいですからね。知識が無いと、採るのは危ないと思います」


 ボルボルが上げたのは、どれも食べることができる野草によく似た、毒草の名であった。

 採集の専門家である採集師でもない限り、確実に区別することは難しいだろう。

 夫婦は様々な仕事ができるように訓練しているのだが、専門は採集である。

 食べることができる野草と、毒草を間違えることは、まずない。


「毒草を好んで食べるモノというのは、案外と多くござってな! 狩りには都合がよいのでござるが、野草を食おうと思うとこれが実に面倒でござった!」


 毒素を得るため、あるいは、他の生き物と食物を奪い合わないため。

 理由は様々あるものの、毒草を好んで食べる生き物というのは案外多いのだそうだ。


「ただ、そういったモノを食しておる生き物というのは、意外やこれが美味うござってな! ただ、部位によっては毒を持っているのが難点ではござるな」


「毒があるものほど、美味しいっていうもんね」


「全くその通り! とはいえ、知識と技術さえあれば、問題なく食えるものでござるからな。なぁに、この辺りで狩れるものは、某が出身の村近くに居ったものとほとんど同じ。上手く捌いて御覧にいれましょうとも!」


 採集は得意である夫婦であるが、狩りに関しては本当に全くの素人であった。

 その点、ボルボルは採集に関してはずぶの素人ではあるが、狩りに関しては玄人だ。

 最初に村へ越してきたのが、村長夫婦と全く違う職種の人材であるというのは、有り難い。

 もっとも、どんな人材であっても、有り難くはあるのだが。




 食事を終え、仕事を再開することにする。

 柱は既に立て終えているので、次はその間にタイラクサを編み付けていく作業だ。

 レチェルは、引き続き編み付けを。

 クランスとボルボルは、階段の上で干してある、タイラクサを運ぶこととなった。

 タイラクサやイイグサは、干し台に置きっぱなしになっている。

 もう十分に乾いているものが殆どなのだが、何分保管するための場所が無かった。

 地面にそのまま積んでおけば、湿気を吸収して腐ってしまったりもする。

 なので、仕方なしに干したままになっていたのだ。

 簡易的なものでも、倉庫を作っておいた方がいいかもしれない。

 ただ、そうすると掘っ立て小屋のようなモノではなく、床と地面がしっかり離れた建物で無くてはならない。

 残念だが、夫婦にそういった家を作る技術も、知識もなかった。

 いつか、大工としての技能を持ったものが住民になってくれるのを、待つしかない。

 アレも足りない、コレも足りないといった状況だが、村のはじまりというのはこういうものなのだろう。

 レチェル自身驚いているのだが、そのことが案外、楽しかったりする。

 村という大きなものでも、最初はこんなに小さなものなのだ。

 その小さなものでも、作るのには大変な苦労が多い。

 クランスと夫婦になり、故郷の村を出て、新しい村を作る。

 昔は考えたこともなかったことを、毎日経験しているのだ。

 そんなことを考えていると、慌てた様子のクランスとボルボルが駆け寄ってきた。

 シッカリと抱えて来た荷物を地面に下ろすと、アタフタと階段の上で見てきたことを話し始める。


「フロッグランナーが居たんだ! ニワ草原に!」


「数匹の群れでござったが、なかなかいい大きさのようでござってな!」


 フロッグランナーというのは、二足歩行性のカエルのことだ。

 オタマジャクシの頃は水の流れが緩やかな場所で暮らし、大人になると群れで行動するようになる。

 集団で連携し、虫などを捕食する、優秀なハンターだ。

 ラットマンよりも少し大きな体をしており、場合によっては襲い掛かってくることもある。

 気性が荒く、こちらから手を出さない限り安全、とも言い切れない相手だ。

 故郷の村でも、時折見かけることがあった。

 成体になると水につかっている必要が無いようで、かなり広い行動範囲を持っている。


「ボルボルさんがいってた、川の方から来たのかもね」


 ボルボルによると、この村から丸一日ほど歩いたところに、川が流れているらしい。

 もっとも、狩人として森の中を進みなれたボルボルが歩いて、という距離だ。

 夫婦の足では、二日はかかると見ていいだろう。


「恐らく、草原地帯にいる虫を狙ってきたのでござろう。この時期のフロッグランナーは冬眠明けで、腹を空かせてござるからなぁ。あまり村に近い位置でうろつかれては、不都合も多かろうと思うのでござるが」


「やっぱり、放っておくと危ないかな?」


「どうだろう。八匹ぐらいの大きな群れだったから、気が大きくなってれば襲ってくるかも」


「でも、よく分かったね」


「階段の上は見晴らしがいいからね。ちょっと違和感があったから、バルコニーまで上がって見渡してみたら、見つけられたんだよ」


「あの場所はよいでござるな。見張り台としても使えそうでござる。と、そんなことよりもフロッグランナーでござるな。夜討ち朝駆けなどを受けぬよう、追い払っておいた方がよいかと存ずるが」


 変温動物であるフロッグランナーは、昼間に動くことが多かった

 とはいえ、朝夕ならば安心、というわけではない。

 村の近くで姿を見かけるというのは、あまり歓迎できることではなかった。


「その方がいいと思いますが、何か方法がありますかね?」


「村長殿の許可を頂けるのでござれば、某が一匹仕留めて参りましょう。仲間がやられて警戒をすれば、しばらくは近寄らなくなるものかと」


 有り難い申し出であった。

 フロッグランナーの危険がなくなるだけでなく、場合によってはその肉や皮も手に入れられる。

 もし狩りに失敗したとしても、問題はない。

 何かに襲われたとわかれば、警戒するようになるだろう。

 それだけでも随分安全になるはずだ。


「でも、狩りをするにも人数が少なくありませんか?」


「なぁに! 某はいつも一人で狩りをしてござったからな。あの程度の群れであれば、どうとでもなろうというものでござる」


 ほかのものが言うのであれば心配するだろうが、ボルボルは狩りを得意とする村出身で、ドワーフの縫い針を携えた狩人である。

 クランスも手伝いをするつもりでいたのだが、むしろ一人で行ってもらった方が安全なのだろう。


「では、よろしくお願いします」


「心得申した!」


 ボルボルはにっかりと笑うと、任せろというように拳で胸を叩いた。




 一人狩りに出たボルボルを待つ間も、手を止めるわけにはいかない。

 心配ではあるものの、建物を作るのも大切な仕事である。

 新しい住民を、いつでも迎え入れられるようにしておかなければならない。

 それに、しっかりと壁に囲まれた家というのは、安全を確保するため必要でもあった。

 フロッグランナーのような動物から身を守るのにも、有用なのだ。

 村を安心して過ごせる場所にするためにも、建物は少しでも早く用意する必要があった。

 太陽が幾分傾いたころ。

 槍を携えたボルボルが、気まずそうな顔をして戻ってきた。

 どこにも怪我はなさそうで、夫婦はホッと胸をなでおろす。


「よかった、怪我はなさそうですね!」


「いやいや、そんな心配には及ばぬでござるよ。ただ、問題が起き申して、難儀してござってな」


「なにか、大変なことでも?」


 緊張する夫婦に、ボルボルは頭を掻いて苦笑する。


「最初の奇襲で一匹を仕留めたところで、動転したらしい群れが某の居る方に逃げてきもうしてな。いや、しっかりと姿を隠しておったのが裏目に出たわけでござるな」


「それで、大丈夫だったんですか?」


「幸い、怪我もなかった次第でござる。最初の一匹を仕留めたのは、手投げ矢でござってな。手元には我が槍がござったゆえ、あの程度の群れ蹴散らすは造作もないのでござるが」


「ござるが?」


「咄嗟に加減が効かず、もう一匹仕留めてしまったのでござる。一匹ならまだしも、二匹となると某一人で運ぶのには少々難儀しそうでござってな。村長殿のお手をお借りしたいのでござるが」


 そういった難儀であれば、大歓迎である。

 食事の確保も毎日行わなければならないこの村にとって、フロッグランナーは大変なご馳走であり、有り難い食料であった。

 ただ、困ったこともある。


「そんなにあっても、食べきれないだろうね」


「問題はそこでござってな。保存食にするのも、手間がかかりもうさば。どうしたものかと」


「なんだか、贅沢な悩みだね」


「そういう困りごとなら、いくらあってもうれしいけど」


 兎に角、フロッグランナーを運び、捌かなければならない。

 保存食にする準備も、早急に必要だ。

 初めての狩りによる思わぬ成果に、村は大わらわとなるのだった。

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