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六話 報告の歌

 タイラクサもイイグサも、当面必要な分の準備が出来た。

 苦労した甲斐もあって、仕上がりは上々。

 きっと、良い材料になってくれるはずだ。

 まず取り掛かるべきなのは、やはり家の建築だろう。

 夫婦は村作りを始めてからずっと、テントで寝泊まりしている。

 それでも十分眠れはするのだが、やはり体の奥に少しづつ疲労が蓄積しているような気がしていた。

 しっかりとした壁のある家で休みたいと、思うようにもなってきている。

 掘っ立て小屋のようなモノでいいから、やはり一軒建ててしまおう、ということになった。

 話し合ってそう決めると、夫婦はさっそく準備に取り掛かる。

 先頭に立って指示を出すのは、レチェルの役目だ。

 こういった大工仕事は、クランスよりもレチェルの方が得意なのである。

 必要な知識も、レチェルの方が多い。


 夫婦はニワ草原を渡った先にある、林の中へとやってきた。

 この辺りは、風などの影響で折れた木の枝が多く落ちている。

 春先の日差しでよく乾燥したものが多く、建材としては申し分ない。

 大きな木の枝を運ぶのは大変だが、どうにもならないほどではなかった。

 ラットマンは、見た目に反して力が強い。

 成人男性であれば、自分の体重より重い荷物を引きずることも可能だ。

 もっとも、体格が小さいので、他の人種にしてみれば片手で簡単に持ち上げられる程度の重さではあるのだが。


「この枝はどうかな?」


「ちょっと曲がりすぎてるから、柱には使えないかも。でも、他のことには使えそうだね」


「じゃあ、一応運んでおくね」


 そういうと、クランスは大きな枝を担いで、運び始めた。

 木の根元には、進むのを邪魔する草があまり生えていない。

 そこを通ってニワ草原を迂回する道を進めば、嵩張る荷物を運ぶのにも問題なかった。

 遠回りにはなってしまうが、ニワ草原を突っ切るのよりずいぶん早くユカシタ広場まで行くことができる。

 急がば回れ、という人族のことわざの通りだ。

 クランスが枝を運んでいる間、レチェルは他にも使えそうなモノを探すことにする。

 運べそうなら、すぐに自分で運んでしまうつもりだ。

 あまり大きいものだと、体力の関係でレチェルに運ぶのは難しい。

 だが、すべてクランスに任せてしまうのは心苦しかった。

 ある程度のものならば、レチェルでも運ぶことはできる。

 そういう丁度いい大きさのものを探そうと、レチェルは「よし」と声に出して気合を入れた。

 クランスは、レチェルになるだけ力仕事をさせないようにと、気を使ってくれている。

 嬉しくはあるのだが、同時に申し訳ない気持ちもあった。

 もうちょっと歳を取ってくれば、それに甘えてもいいかもしれない。

 でも今はレチェル自身も若く、体力もしっかりとしている。

 自分でできるところはしっかりと受け持たなければ、むしろクランスが参ってしまうかもしれない。

 村長をしっかりと支えるのも、妻の役目である。

 無理をさせすぎないように、気を付けなければならなかった。

 特に、クランスは放っておくと無理をしてしまう。


「まったく、世話が焼けるんだから」


 やはり、しっかりと夫の手綱を握るのも、妻の役目ということだろう。

 そんなことを考えながら歩いていると、丁度良さそうな枝を見つけた。

 手に取って、太さと丈夫さを確認してみる。

 柱として使うのには、十分な強度があるだろう。

 重さは、さほどでもない。

 これならば、一人で運ぶことができる。

 木の枝を持ち上げて、肩に担ぐ。

 しっかりとしてはいるが、やはり運べないほど重くはない。

 早速運んでしまおうと、レチェルは木々の根元近くを歩き始めた。




 ユカシタ広場の近くまでやってくると、話し声が聞こえてきた。

 クランスの声と、初めて聞く声の二つ。

 ハッとしたレチェルは、木の枝を担いだまま駆けだした。

 階段のわきを通り、ユカシタ広場に入る。

 そこに居たのは、クランスと、もう一人。

 クランスと同じくらいの背丈をした、ラットマンがいた。

 背中には大きなリュックを担ぎ、肩には布の巻かれた長い棒のようなモノを担いでいる。

 かなり大柄なラットマンで、肩幅も広い。

 クランスは優男然としているが、実はかなり身長もあり、体格もよかった。

 そのクランスと同じ背の高さで、肩幅はそれよりも広いのだから、かなりの巨漢と言っていい。

 棒を担いだ男性は、驚いた様子でレチェルの方に振り向いた。

 そして、にっかりと笑顔を見せる。


「おお! 話に聞いた奥方様ですな! 某はボルボルと申すもの! 狩人を生業にしておるものにござる!」


 なるほど、狩猟を得意とする村に多い言葉遣いであった。

 ラットマンの村は、特色によっていくらか傾向が決まっている。

 初代の村長の、出身村によるものだ。

 たとえば、夫婦が暮らしていた村は、採集を得意とする村であった。

 夫婦もその知識をしっかりと学んでいる。

 ドングリなどの木の実を採集することが見込めるこの場所に村を構えることにしたのも、それが理由だ。

 村の決まりなどは村長が決めるものであり、自然と言葉なども村長が使うものが広まっていく。

 ユカシタ広場にできる村では、夫婦の言葉遣いに似たものが多くなっていくはずだ。

 習慣なども夫婦が決めたものが基準になっていく。

 つまり、そのラットマンの言葉遣いを聞けば、出身の村の傾向がある程度絞り込むことができるのだ。

 ボルボルの言葉遣いは、狩猟を得意とする村に多いそれである。

 生業として名乗ったものから考えても、遠からずといったところのはずだ。


「今話してたんだけど、ロドップ村の出身なんだって」


 クランスがいった村の名前を聞き、やはり、とレチェルは納得した。

 ロドップ村は、夫婦の出身村と交友があった狩猟の村だ。

 いくつかある中でも特に変わった生活様式をとっており、非常に腕のいい狩人を多く輩出している。

 村人となってくれれば、頼もしい存在になることだろう。


「数か月前、新たに村を作るといううわさを聞き申してな! 丁度家を出るころ合いでござったゆえに、村に加えて頂こうとこうしてやってきた次第! ああ、忘れるところでござった! これは、身元の証にござる!」


 そういってボルボルが見せたのは、腕に巻いた繊細な彩の紐だ。

 これは、村ごとに独特な、特別な編み方で作られている。

 村を出る時などに贈られるもので、出身の村と、身元が確かであることを示す証拠となっていた。

 ボルボルの手にあるものは、確かにロドップ村のものである。

 ちなみに、今の夫婦の手には、紐は巻かれていない。

 新しい村を作るときに、外したためだ。

 夫婦の身分を証明するための紐は、これから自分達で作っていくことになる。

 クランスが、レチェルの方へ顔を向けた。

 小さく、頷いて見せる。

 にっこりと笑ったクランスが、ボルボルへ向き直った。


「歓迎します。ですが見ての通り、小屋も何も建っていないんですよ。ちょうど今、建材を集めているところでして」


「いやいや、それはむしろありがたいことにござる! 力仕事ならば、某にも手伝えることがござろう! それに、狩りに使う小屋は少々造りが特殊でござる故、自分の手で建てる方が良いこともあるというもの!」


 豪快に笑うボルボルにつられて、夫婦も笑った。

 どうやら、悪い人物ではなさそうだ。


 しばらくは、ボルボルもテント暮らしということになった。

 一人用の小さなものを、背負って持ってきていたようだ。

 狩りのため遠出をするのに慣れているそうで、あっという間にテントを組み立ててしまった。


「では、某も資材を運ぶのをお手伝いさせていただきたい!」


「長旅でお疲れでしょうから、今日ぐらいは休んでいてください」


「まさか! 村長殿と奥方様を働かせて某が休んでおるということなど! さぁさ! 参りましょうぞ!」


 ずんずんと歩き始めたボルボルは、すぐにピタリと足を止めた。


「して、村長殿、奥方様。某はどこで何をすればよいのでござろうか」


 なんともばつが悪そうな顔をするボルボルを見て、夫婦は顔を見合わせて笑った。




 日が沈むと、夫婦とボルボルは階段を上がり、縁側に立った。

 チェケ・リ・ルーに、新たに村人が増えたことを、報告するためだ。

 ボルボルは、持っていた棒状のものを両手で横に持ち、空へ掲げた。

 そうしてから、巻かれていた布を外す。

 現れたのは、大きな鉄の槍であった。

 槍といっても、ラットマンから見れば、の話である。

 多くの人種の目から見れば、それは大きな縫い針のように見えただろう。

 実際、これは縫い針であった。


「ドワーフ族が魔獣の皮鎧を使う際に要した聖硬銀製の縫い針を、仕立て直していただいた槍にござる。某の実家の家宝にござったが、一人立ちを祝してと父上が下さったものにござる」


 ドワーフが革を加工するのに使う縫い針は、ラットマンにとって良い武器となった。

 交易品としても重宝されおり、中でも聖硬銀の皮鎧針は、最高といってよい部類のものである。

 これを持っているということだけでも、身の証になるほどの品であった。


「このボルボル。村に骨をうずめる覚悟でござれば。村長殿、奥方様。よろしくお願いいたし申す」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


「狩りの獲物の調理は、任せてくださいね」


 ひとしきり笑うと、クランスが歌を歌い始めた。

 新たな村に、新たな住民を迎え入れたことを、チェケ・リ・ルーに報告するための歌である。

 朗々とした歌声はのびやかで、聞くものにどこか威厳や風格のようなものを感じさせた。

 ボルボルは、目を見開いて感心しきりといった顔をしている。

 それを見たレチェルは、得意顔だ。

 村長が持つべき知識の中には、こうした儀式の際に必要な歌も含まれている。

 クランスはそれらをしっかりとすべて覚えているだけではなく、村でも指折りの歌の使い手だったのだ。

 当然だが、儀式の際の歌は、上手い方が良いとされている。

 そのほうが仕事に疲れたチェケ・リ・ルーの耳にも届きやすいし、村のことを気にかけてもらえるとされているからだ。

 また、歌には太陽を手伝うチェケ・リ・ルーを労う意味も込められている。

 ほんの少しでも疲れを癒してもらえば、明日からも太陽をしっかりと補佐をしてくれるだろう。

 そうすれば、きっと天候などが荒れることも少なくなる。

 歌は様々な祈りが込められており、折々の儀式に欠かせないものなのだ。


「奥方様。きっとこの村は、栄えるでござろうな」


 もちろん、レチェルも同じ思いだった。

 見ると、ボルボルはそういったきり、クランスの歌に聞き入ってしまう。

 レチェルは静かに目を閉じて、同じように歌に耳を澄ませた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 村長が狩猟系か採取系かによって、次代の作る村もその影響を受けるわけか 確かにその方が村のノウハウが使えるし、村の候補選びのときもそう言った条件で調べるだろうからそうなるのは当然か 針も欠け…
[一言] あけましておめでとうございます。本年も本作でほんわかさせていただけたらと思います しかしいちいち可愛いですねw 「ドワーフが魔獣を……」ときて「ほう、仕留める時にでも使った槍なのか」と…
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