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十五話 村長

 作業が一段落し、ホーガン老は背中を伸ばす様に伸びをした。

 池の上を通ってきた風が、火照った体に心地いい。

 日はずいぶん傾いてきていて、既に夕刻に差し掛かっている。

 それでも、やはりまだ暑い。

 暑さに弱いラットマンにとって、夏というのは厄介な季節である。

 日差しが強い日中は、とてものこと外に出て仕事をすることなどできない。

 あっという間に直射日光で焼かれ、へばってしまう。

 夏に外で作業をするのは、朝日が昇る前後。

 あるいは、夕方頃であった。

 ホーガン老もここしばらくは、昼の日の高い時間は、作業場で仕事をしている。

 ユカシタ村は、その名の通り中型人種が放棄した建物の床下に作られていた。

 その床下が村全体を覆う屋根になっており、そのおかげで直射日光を避けることができる。

 もちろん暑くはあるのだが、日が当たらないというだけですこぶる快適であった。


「ホーガンさーん。頼まれていたもの、見つけてきましたよ」


 声の主は、村長であるクランスであった。

 まだ若いのに驚くほどの働き者であり、採集人としての腕もいい。


「おお、見つけて来てくれたか!」


 ホーガン老が採集を頼んでいたのは、雨緑片石であった。

 見つけるのは難しくない石なのだが、採集の難易度は中程度の品である。

 大きな塊で発見されることが多く、持ち帰るには砕く必要があった。

 しかし、雨緑片石は砕くのにコツが必要で、慣れていないと時間がかかってしまう。

 また、ちょうどいい大きさにするのが難しく、せっかく砕けても、運ぶのに難がある形になりやすかった。


「ひとまず、このぐらい持ってきたんですが。足りそうですか?」


「おお、良い形に砕けてるじゃねぇか。こいつぁ助かるぜ」


 どの欠片も、丁度手のひらに収まる大きさである。

 雨緑片石を糸に加工する際には、複数の大きさのものを用意する必要があった。

 使いやすいように、糸職人が自ら砕く必要があるのだが、この大きさが一番仕事がしやすいのである。


「量も申し分ねぇな。こんだけ運ぶなぁ、大変だっただろ。加工するのも簡単じゃねぇってのによぉ」


「そんなに多くもありませんよ。一人で十分運べましたしね」


「なんだぁ? ミトトは連れていかなかったのか」


「彼女にはほかのことを頼んでるんですよ。今はノビルの収穫が大変ですから」


 ノビルにはいくつか種類があり、旬の時期も違う。

 今はチャイロノビルが旬で、ミトトには収穫作業の監督役が任されていた。

 茶色い薄皮に包まれているのが特徴のチャイロノビルは、ラットマンの頭ほどの大きさがある大型の球根が特徴だ。

 多くのノビルは春が旬なのだが、チャイロノビルは夏が収穫に最適の季節であった。


「そういやぁ、そうか。皆、干すのに苦労してるもんなぁ」


 チャイロノビルには、天日干しにすると長期間の保存が可能になるという特徴があった。

 夏にしっかり準備をしておけば、秋はもちろん、冬の終わりまでは余裕をもって保存が出来る。

 味も申し分ない、非常に頼りになる食品であった。

 ユカシタ村でも、秋冬に向けて備蓄を進めているわけである。

 量が必要なものなので、クランスやミトト以外の村人達も、作業に加わっていた。

 とはいえ、そちらの作業ばかりに手を割いてもいられない。

 クランスはチャイロノビルの収集をしながらも、ほかに仕事もこなしていたのである。


「忙しい時期にすまねぇなぁ」


 少し立ち話をしてから、クランスは忙しそうに去っていった。

 ホーガン老はそんなクランスの背中を見送り、苦笑する。


「うちの村長殿は忙しそうだなぁ。昨日も素材運んでくれたしよぉ」


 ここで、ホーガン老はハタとあることに気が付いた。

 クランスが素材を運んできたのは、昨日だけではない。

 ここのところ毎日のように、素材を運んできてくれている。

 おかげで仕事が捗っているのだが、これは少々おかしい。

 ユカシタ村には採集人はクランスとミトトしかおらず、そうそう糸の素材ばかりを集めているわけにはいかないはずなのだ。

 では、優先してこちらに素材を回してくれているのかと言えば、それも考えにくい。

 もしそうだとすれば、ほかの職人の仕事が滞っているはずだ。

 そんな話は聞いていないし、むしろ、どこの職人も皆忙しそうに働いている。


「少し、話を聞いて回ってみるか」


 ホーガン老は息子に声をかけると、ユカシタ村へと向かった。




 新しい住人の中には、何人か大工もいた。

 だが、皆若く、腕前はそこそこといったところ。

 ルカイナが大工達の束ね役になったのは、自然の流れであった。

 人数が増えたことで、作業は予想よりも随分早くなっている。

 家の数も、順調に増えていた。

 住民の数も増えているので、未だに必要戸数全てがそろっているわけでは無い。

 だが、全ての住民の家が建つまでには、そう時間はかからないはずである。


「おう、ルカイナ!」


 声をかけてきたのは、ホーガン老だった。

 ルカイナは作業の手を止めると、頭を下げて挨拶をする。


「お前さんに、確認しといてぇことがあってよぉ」


「何か、ありましたか?」


「おう。村長の事なんだがな。一番最近お前さんのところに素材を持ってきたのって、いつだ?」


「今日の昼間、枝を運ぶのを手伝ってもらいました。昨日は、いくつか塗料の材料を。その前にも、いくつか」


 ホーガン老に言われて気が付いたが、ここのところ村長には随分素材を回してもらっている。

 衣食住という言葉があるように、安全にすむことが出来る場所というのは重要だ。

 だから、特に気にかけて素材を回してくれているのだろう。

 申し訳ない気持ちもあるが、感謝は働きで示すしかない。

 そう思っていたルカイナだが、どうやら事情が少々違うようだ。


「実はよぉ。うちの方にも、ここんとこ毎日素材を回してくれててなぁ」


「ホーガン老のところに、毎日? それは」


 糸に使う素材と、建物を造るのに必要な素材。

 似通るものもあるにはあるが、採集場所は異なる場合がほとんどだ。

 そのどちらもを、毎日採集してきているというのは、相当なことである。


「朝方と夕方だけで、それだけ集めているのでしょうか」


「どうだろうなぁ。糸の素材と建材だけなら、それでどうにかなるかもしれねぇが」


 今のユカシタ村は、成長の真っただ中だ。

 どの職人も素材を欲している状況である。


「ほかで素材が足りねぇ、なんて話を聞かねぇからなぁ。あの村長のことだ、働きづめでかき集めてるんだろ」


 勤勉であることは、素晴らしい美徳である。

 だが、働き過ぎというのは、よろしくない。

 どんなに若くて健康なものでも、疲れがたまれば体を壊してしまう。


「一応、ほかのところでも聞いてみるかぁ」


 薬術師や、機織り職人、草木工職人にも、確認したほうがいいだろう。

 気にしすぎであれば、それでいい。

 こういったお節介をするのも、年寄りの仕事である。




 村人達に呼び出されたクランスは、少々面食らっていた。

 皆深刻そうな顔をしているから、何か大きな問題が起きたのかと身構えていたのだが、思いもよらない言葉を投げかけられたからである。


「村長、お前さん少々、働き過ぎだぞ」


 ホーガン老の言葉に、皆が一斉に頷く。

 集まっているのは、村人の中でも主だった面々だ。

 糸作りを束ねるホーガン老に、大工頭のルカイナ、ルカイナの夫であり刺繍師頭のガルカ、薬術師のレーミー。

 ほかにも、各作業の主要な顔ぶれがそろっている。

 レチェルもうなずいているところを見るに、どうやら今回の集まりの目的を知らないのは、クランスだけのようだ。


「ホーガンさんから聞いたときは、びっくりしましたよ。最優先で素材を回してくださる、ということでしたから、そうだとばかり思っていましたが。皆さんのところにも毎日素材を届けていらしたとは」


 レーミーは感心半分、呆れ半分といった顔をしている。


「流石に日中は動けないだろうけど、朝方も夕方もなく働いてたんじゃ体を壊しますよ、村長」


「それがな。どうもそうじゃねぇ見てぇなんだよ」


「そうじゃない? まさか、日が差している中でも動いて居たってことですか!? 体を壊すどころじゃありませんよ、そんなの!」


「いえ、ちゃんと日陰にいたんですよ?」


 クランスは困ったような顔で、弁解をする。

 確かに、村の外で日中を過ごしたこともあった。

 必要な素材が複数あったとき、村にまで戻る時間が惜しいことが、何度かあったのだ。

 そういう時、木陰や洞窟などで日中を過ごしたことがあったのである。


「だからって、夏の暑い時期に」


「そこで休んでたんですか?」


「そういうわけにはいきませんから、集めた素材の加工作業なんかをしていました」


 今は村が大きくなっている時期である。

 仕事はいくらでもあるので、休んでばかりもいられないのだ。

 これを聞いたレーミーは、目を丸くして驚いている。


「採集人というのは、危険が付きものなのでしょう? 体を休めるのも仕事のはずですが」


「そうなんですが。ああ、でも、そういうことをするのは私一人の時ですし。ミトトがいるときは、流石に危ないので」


「危ないと思うなら一人でもやるもんじゃねぇだろ」


 そういわれると、正直言い返すことが出来ない。

 言葉に詰まっていると、今度はレチェルの方へ矛先が向いた。


「体を壊すと言えば、奥さんもですよ」


「そうそう。ここのところ、働き詰めですもの」


 自分の話になったことで、レチェルは驚いたような顔をする。

 確かにレチェルも、少々働き過ぎではあった。

 糸と布が作られるようになり、刺繍仕事が増えてきている。

 レチェルは刺繍のほかにも、村長夫人としての仕事もこなしていた。

 こまごまとした仕事が、大量にあるのだ。

 むろん、それは村長であるクランスも同じ。

 いや、クランスの方が多いのである。


「考えて見りゃあ、村長としての仕事だって大変なんだもんな。そのうえで、あれだけの素材を集めるほど動いてるってのは、ちっと不味いわな」


「どうだろう。二人に、少し休んでもらうというのは」


「それがよろしいかと思います。薬術師として言わせていただけるなら、お二人は典型的な働き過ぎです。お休みが必要ですね」


 こうして、クランスとレチェルは、二日ほど仕事から離れ、ゆっくりと休むこととなった。

 ユカシタ村にやってきてから、初めての休みである。

 休むとは言っても、どうすればいいのか。

 クランスとレチェルは顔を見合わせ、困ったように首を傾げ合った。




 ユカシタ村で頼まれた商品を集めながら、アーヴィアはある問題に頭を悩ませていた。

 村を守ってもらう冒険者に、あてがないのだ。

 ラットマンの村では、中型人種の護衛を雇うことが多かった。

 もちろん、ラットマンも自衛手段は持っているのだが、対応できない外敵も多い。

 イタチなどの小型種ならば、まだどうにかできる。

 だが、これがもっと大きな動物、あるいは魔物になってくると、流石にラットマンでは手の打ちようがなくなってしまう。

 そういったものに襲われた時のため、護衛が必要になるのだ。

 この護衛の仕事というのは、案外条件が厳しい。

 常に村を守るため、その近くに住む必要があるのだ。

 ラットマンの村は中型人種が住む地域から、離れていることが多い。

 そのため、護衛のとっては「人里離れた辺境での住み込みの仕事」ということになる。

 正直なところ、やりたがる者は少ない。


「うーん。どこかに世捨て人みたいな人が居ればいいんですが」


 ぼそりと呟いた言葉で、アーヴィアは作業の手を止めた。

 ちなみに作業というのは、チーズを細長くカットするというものである。

 ラットマンの嗜好品、というか好物であるチーズを細かく切って、簡単につまめるようにしているのだ。

 ユカシタ村での取引の際、おまけとして付けるための品であった。

 色々調べたものの、結局ラットマンの嗜好品というのは見つからず、苦肉の策でアーヴィアが独自に造り出したものである。


「そうだよ、世捨て人。世捨て人を探せばいいんじゃない」


 世捨て人、というのは、人里から離れたところで、一人だけで生活をしている者のことである。

 あまりいなさそうなものではあるが、ある種族に限って言えば、案外簡単に見つかるのだ。


「現役を引退したエルフなら、案外条件に合うじゃないですか」


 魔術師や猟師などを引退したエルフは、案外森の中などで一人暮らしをすることが多い。

 アーヴィアにはよくわからない感覚だが、人の多い場所に疲れてしまうらしいのだ。

 そういう人物ならば、ラットマンの村の近くで暮らすことも、苦にはならないだろう。

 元魔術師や猟師であれば、戦闘能力の方も申し分ない。

 引退しているなら、年齢の方もかなり高いことになるが、何といってもエルフである。

 老後も300年やそこらは元気で動けるだろうし、就労期間の方も申し分ない。

 とはいっても、普通ならばそういった人物を探すのは難しいだろう。

 そもそもエルフというのは、そんなに数が多い種族ではない。

 エルフの知り合いがいる、というものが、そもそもそれほどいないのだ。

 しかし。

 幸いなことにアーヴィアは自身がエルフであり、知り合いも多くがエルフである。

 親戚もエルフが多く、実家の周辺に住んでいたのもエルフばかりだった。

 その伝手を頼れば、隠居老人の一人や二人、すぐに見つけられるだろう。

 なんだったら実家のご近所に声をかけまくってもいい。


「よし、そうと決まったらすぐに動かないと。飛鳥便を借り切って行き返りの脚を確保して。結構いい金額になるけど、村との刺繍の取引で全然利益は出るしね」


 アーヴィアは素早く、実家に戻る算段をし始めた。

 気が長いものが多いと言われるエルフ族だが、アーヴィア自身はすこぶる気が短かい。

 思い立ったら即行動。

 それが、アーヴィアの商売哲学である。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白いので続きを待ってます。
[一言] ユカウエに中型人種が住むことは可能なのだろうか? それができれば手っ取り早いんでしょうけど
[一言] 村長なんだから率先して休まないと村人たちも休めないからね なんとなくネズミ系の獣人はワーカホリックのイメージがあります
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