十三話 柵作り
大工であるルカイナと、刺繍師であるガルカが生まれ育った村では、刺繍が盛んであった。
もちろん、大抵のラットマンの村では刺繍が行われている。
他の村と比較しても、特に力を入れている、という意味だ。
村の周囲は、あまり豊かな土地ではなかった。
食べ物や素材などを集めるのも難しく、輸入に頼るところが大きかったのだ。
そうなると、もちろん輸出物も必要になるわけだが、それが、刺繍であったわけである。
とはいっても、量を作ることは難しかった。
なにしろ、集められる素材には限りがある。
少ない材料で多くのものを得ようと思えば、質を上げるしかない。
村で作られる刺繍が大変に優秀なものとなったのは、そうせざるを得なかったから、だったわけだ。
ルカイナは幼い頃から体が大きかった。
サンガクネズミ族である、父の影響だろう。
ただ、その見た目に似合わず大変に怖がりで、人見知りで、引っ込み思案であった。
遊びに誘われたりすることもあったのだが、断ることが殆ど。
当然友達などはあまりできなかったが、それでもそばにいてくれるものは居た。
その一人が、ガルカだったのだ。
ガルカは子供のころから、飛びぬけて頭が良かった。
どんなことでも知っていたし、とても機転が利いたのだ。
物を調べたり、聞いて覚えておくのが好きなだけだよ。
ぼく自身は、別に賢いわけでも何でもないんだ。
当のガルカはそういっていたが、ルカイナにはその違いがよく分からない。
ただ、そういうことを考えているガルカは、やはり頭がいいのだと思うばかりであった。
月日がたち、ルカイナとガルカは互いに成長していった。
ルカイナの人見知りはある程度収まり、大工として働くようになる。
相変わらず引っ込み思案で無口であったが、大工というのは技術職だ。
それでも十二分に働くことができた。
父親が師匠であり、ルカイナの性質をよく理解していてくれているのも、有り難い。
他の誰かについていたら、ずっと怒られていただろう。
ガルカは、刺繍師になっていた。
村では一番の花形ともいえる仕事である。
まだまだ若手であるガルカだったが、村の刺繍師たちからは一目置かれる存在になっていた。
なんと、村で作られる刺繍の図柄の大半を、既に覚えてしまっているのだという。
刺繍の技術も、相当に高いらしい。
元々細かい作業に合った性格で、外で動き回るより、家の中でじっとしているほうが好きだった。
そういった気質は、まさに刺繍師という仕事にうってつけだといえる。
ルカイナは、それが少し残念だった。
ガルカは優秀で、多くの異性にとって憧れの的になっている。
魅力的な女性の多くが、ガルカを夫にと考えていたのだ。
ルカイナは大工としての腕はよかったが、特に何か優れているところがあるわけではない。
父のことは嫌いではないが、サンガクネズミ族特有の大きな体は、女性としての魅力にはつながらないだろう。
性格も社交的なわけではないし、一緒にいてもつまらないだろうと、自分でも思っていた。
ガルカのお嫁さんには、なりたい。
でも、きっとほかの、もっと魅力的な女性が、そうなるのだろう。
ルカイナはずっと、そんな風に考えていた。
新しい村ができる。
そんな噂が、村の外から入ってくるようになっていた。
豊かな土地で、多くの素材が手に入る場所らしい。
そこに、採集を得意とする村が、新たな村を作るというのだ。
村は俄かに慌ただしくなる。
チェケ・リ・ルーは、自分の知恵や技術を、他のラットマンに惜しげもなく分け与えた。
それは他人を見捨てて置けないチェケ・リ・ルーの優しさを表すものであり。
同時に、そうすることによって、ラットマン全体の知恵と技術を底上げしていくことにもつながったのだ、とされていた。
つまるところラットマンにとって、他の誰かに知恵と技術を分け与えることは、善行であると同時に、自分の身を助けることでもあるとされるのだ。
なので、新しくできる村には、ぜひこの村から刺繍師を送り出さなければならない、ということになった。
ルカイナはその話を、大変名誉なことであると感じると同時に。
自分には関係のないことだと思っていた。
おそらく送り出される刺繍師は、ガルカになるだろう。
彼ならば、年齢も若く、知識も技術も十二分に兼ね備えている。
もし問題があるとすれば、ルカイナと離れ離れになってしまうこと、だろうか。
元々可能性などなかったが、別の村に行ってしまったら、もう絶望的だ。
まあ、それでも。
ガルカと誰かの結婚式を見ずに済むかもしれないと思えば、少しは気が楽になった。
あるいは村を出る前に誰かを娶ることになるかもしれないが、そうなったら泣いてしまうかもしれない。
せめて式では、盛大に祝福しよう。
そんなことを考えていた、ある日のことだった。
緊張した面持ちのガルカがルカイナの家にやってきて、結婚を申し込んできたのである。
これに対して、ルカイナは面食らった。
ルカイナの家には、ルカイナ以外に若い女性は居ない。
男兄弟はいるが、皆既に結婚している。
一体誰に対して求婚しているのだろうと、ルカイナは首をかしげるばかりだった。
それを見た両親は、頭を抱えて、ガルカはルカイナに求婚しているのだと教えてくれる。
なるほど、そうなのか。
そう納得した後のことを、ルカイナはよく覚えていない。
気が付いたら翌日の昼になっていて、頼まれた仕事をこなしていた。
慌てて仕事を終え、母にあの後何があったのか尋ねる。
すると、驚くべき答えが返ってきた。
遠くに行くことになるが、君と一緒がいい。
ずっと、君の夫になりたいと思っていたから、話が急になってしまったけど、そのことは謝りたい。
だけど相手は君しか考えていなかったから、どうしても求婚を受けてほしい。
そういったガルカに対し、ルカイナはこくこくと何度も頭を縦に振りながら、「喜んで」とか「よろしくお願いします」とだけ答えていたのだという。
なんとも恥ずかしくて顔から火が出そうではあるが、ルカイナは自分で自分を褒めてやりたかった。
おそらく半分以上意識を手放していたのだろうが、それでも良く一番いい返事をしてくれたのだ。
こうして、ルカイナとガルカは、ユカシタ村の住人になることになったのである。
この季節は、折れた枝が多く地面に落ちている。
雪の重さや風に当てられ、折れてしまったものだ。
それが、春の日差しや温かさによって、適度に乾燥している。
木材として使うのに、最良の素材といってもいい。
ユカシタ村では、これがたくさん手に入る。
何しろ、ニワ草原の向こうにあるのは、ドングリ林なのだ。
村の力自慢が集まって、枝の運搬を行う。
加工は、林の中で行うことになった。
すっかり木材になった枝の方が、運びやすいからである。
加工作業は、ルカイナの仕事だ。
大工道具を使い、ただの枝を木材へと加工していく。
ルカイナの仕事ぶりは驚くほどに丁寧で、素早い。
周りで見ている誰もが、感嘆の声を上げる。
やはり、職人の仕事というのは見ていて気持ちがいい。
とはいえ、ずっと見ているわけにもいかないので、皆すぐに仕事に戻る。
荷車に木材を積み上げ、しっかりと縛る。
ドングリ林からユカシタ村までの道は、まだ整備されているわけではない。
草を刈った程度であり、地面はデコボコしている。
きつく固定をしておかないと、荷車に載せた木材などは崩れてしまう。
「運ぶのもなかなか大変ですね」
「担いで運ぶことにならなかっただけ、有り難いですよ」
重労働ではあるが、村人達の会話は和やかだ。
少しずつ村が出来上がってきているという実感が、心に余裕を持たせてくれている。
運んでいる木材は、まず柵を作るのに使うことになっていた。
幸か不幸か、ユカシタ村の周辺は実に豊かで、危険な動植物も多いらしい。
なので、安全を図るために、村の周囲を囲う柵を作ることにしたのだ。
とはいえ、ユカシタ村全てを囲うような、大掛かりなものを作るわけではない。
将来的には建物の床下全てを守れるようにしたいが、今はそれができるほど人手がないのだ。
精々、今建物がたっているところを囲う程度のもの。
高さも、さほど高いものにはしない予定である。
柵を作る仕事は、村で手の空いているもの全員で行っていた。
早急に作ってしまいたいからだ。
今は春で、徐々に気温は高くなってくる。
温かくなれば、蛇や虫など、ラットマンにとって危険な生き物も増えてくるのだ。
そうなる前に、少しでも備えをしておきたかった。
できるなら、動物除けの薬草なども吊るしておいた方が、効果は高い。
なのだが、今の時期はまだそういった草が育ち切っておらず、採ってきても効果が見込めなかった。
一番いい収穫時期は、秋ごろである。
冬の間に天日で干して、次の春に使うのだ。
こればかりは、来年以降を待つしかない。
ドングリ林を出て、池までやってくる。
糸職人のホーガン老が、孫達と一緒に水辺で作業をしていた。
息子の方は、柵作りを手伝ってくれている。
この作業の重要さから、糸作りよりこちらを優先してくれたのだ。
糸作りを優先してくれていい、とクランスは言ったのだが。
ホーガン老に「それじゃあ安心して仕事が出来ねぇじゃねぇか!」と一喝されてしまった。
確かに、いい仕事というのは、環境によっても決まるものである。
安心して仕事をしてもらえた方が、良いものができるというのは、道理だ。
ドングリ林から池を半周して、ユカシタ村へ。
草などはすべて刈り終えており、十二分に荷車が通る道が出来ている。
将来的には、ここには砂利などを敷きたい。
そういった大掛かりな工事は、中型人族の手を借りることが多かった。
なにしろ、ラットマンと比べれば作業の効率が違う。
適材適所というヤツだろう。
もっとも、そういったことを頼むのも、ただではない。
仲介を頼む行商人に、村の積立金から払ってもらうことになる。
そうなると、やはり早く刺繍や織物を作る必要があるだろう。
織物は、既に作り始めている。
レチェルと、刺繍師のガルカが、作業をしてくれているのだ。
驚いたことに、ガルカは機織り機の扱いにも慣れていた。
自分で刺繍をするための生地を作ったこともあるという。
これは、思いがけない戦力だ。
採集の仕事ができない夜の間は、クランスも機織りに加わっている。
大急ぎでの作業だが、手を抜くことは出来ない。
急ぎつつも、丁寧に。
最初に作ったモノが、村の評価を決めることになる。
なんともじれったいが、こればかりは仕方ない。
とにかく、一つずつ解決していくしかないのだ。
クランスは両頬を叩いて気持ちを入れなおすと、顔を上げて荷車をひいた。
採集人の仕事というのは、素材や食料を採集して持ち帰ることである。
だから、採集地へ向かう時は、なるだけ荷物が少ない方がいい。
であるのだが。
採集地への道のりは、危険なものである場合も多かった。
そのため、様々な道具を用意し、備える必要がある。
無事に帰ってくることも、採集人にとっては大切な仕事なのだ。
つまるところ。
採集人というのは常に、「行きの荷物は少なく」「準備は万全に」という相反することを要求される仕事なのである。
ミトトはまさに、そのジレンマに悩んでいた。
「んんー! どれを持っていけばいいのっ!」
目の前に並べた道具を見て、ミトトは頭を抱えた。
今まで教わったことを全て思い出しながら、道具を一つ一つ確認していく。
師匠であるクランスから、ミトトへ一つの課題が出された。
明日の採集仕事へもっていく道具を、自分で選んでくること。
今までは、すべてクランスの言う通り用意していた。
仕事は見て盗め、などというが、クランスはしっかりと言い聞かせる種類の教育を好むらしい。
どの道具が、なぜ必要なのか。
事細かに説明してくれたのだ。
ただ。
「こういったけど、自分で考えることも重要だよ。説明したこと以外の理由についても、自分で考えてね」
そういって、必ず自分で考える様にとも、教えられた。
草木細工職人である兄にその話をしたところ、随分驚かれたものである。
「そんなに丁寧に教えてくれてるのか。それは、早く一人前にならないとな」
ラットマンというのは、とても勤勉な種族なのだという。
教える方も、教わる方も、必死になって取り組む。
のだという。
ミトトには、そのあたりのことはよくわからない。
だが、クランスという師匠が、本当に懇切丁寧に教えてくれていることは、わかる。
兄が草木細工職人の修行をしているところを、ミトトは間近で見てきていた。
なにしろ、師匠は父である。
何をどう言う風に教えていたか、よくよく観察していたのだ。
それと比べてみれば、自分がどれだけ大切にされていたか、よく分かる。
期待をかけてもらっているのだろうか。
嬉しいのと同時に、重圧でもある。
どうやったら、かけてもらった期待に応えることができるのか。
やはりそれには、自分が立派な採集人になることが、一番だろう。
クランスは採集人であると同時に、村の村長でもある。
ミトトが一人前の採集人になったなら、大いに村の助けになるはずだ。
そのためにも、まずはこの試練を乗り越えねばならない。
あれこれ道具を手にとっては、唸りながら元に戻す。
そんなことを、夕食を終えてからずっと続けていた。
「ミトトちゃん、早く寝ないと、明日も早いんでしょう?」
「あ、義姉さん。うん、もうすぐ寝るね」
日も沈んできており、部屋の中も暗くなってきている。
明かりとしてカマドの残り火を持ってきているが、それももうすぐ消えてしまう。
火が消えてしまえば、部屋は真っ暗だ。
そうなったら、もう道具を選ぶどころではない。
手早く決めてしまいたいところではある。
だが、そう簡単に決めてしまってよいものか、という思いもあった。
ミトトはもう少し、頭を抱えることになりそうである。
ちなみに。
クランスはただ単に、「あまり口出ししすぎるのもあれだし、そんなに危ないところに行くわけでもない。特に何も言わなくてもいいだろう」ぐらいの気持ちでいたのだが。
それは今のミトトには、あずかり知らぬところであった。
ニワ草原やドングリ林には、多くの動植物が潜んでいる。
その一種が村に顔を出し、ちょっとした騒ぎになった。
現れたのは、オニハサミムシだ。
尾に大きな鋏を持ち、前足にも鋏が二つ付いている。
大雑把に言ってしまえば、「尾の部分がハサミになったサソリ」といった外見だ。
なかなかに大きく、平均して大人のラットマンの七割程度の重さがある。
襲われるとなかなかに厄介で、大怪我を負うこともあった。
ただ、食性は昆虫が中心であり、ラットマンを襲って捕食しようとすることはまずない。
その点については安心だが、危ないことには変わりがなかった。
幸いだったのは、村にボルボルがいたことである。
村人の悲鳴を聞き、すぐに駆け付けたボルボルが、物干しざおを振り回して追い払ってくれた。
おかげで、被害らしい被害は出ていない。
精々、虫嫌いのご婦人達が、早く柵を作れとせっつくようになった程度だろうか。
ほとんどの村人が、この一件をそう重くは受け止めていなかった。
ただ、村長であるクランスと、狩人であるボルボルは、そうもいかない。
「あの大きさのオニハサミムシであれば、おそらく越冬をしたのでござろうなぁ」
「それだけ、ここは食べ物が豊かってことだね」
オニハサミムシは、他の虫を食べる。
それだけ虫が多いということは、他の「虫を食べるモノ」も多いということだ。
オニハサミムシならまだいいのだが、そういったものの中には「ラットマンを襲って食べるモノ」もいるかもしれない。
「イタチなどが出てくれば、厄介にござるなぁ」
今のユカシタ村では、イタチなどの肉食中型動物が現れた時、抗う術がほとんどない。
少しでも早く、中型人種の冒険者を雇いたいところである。
「村の周りが豊かなのは、有り難いんですけれどね」
「悩ましいところでござるな。幸いここの所、狩りの実入りが良うござった。しばらくは、某が村にいることにいたし申そう」
「すみません。そうしていただけると、助かります」
「はっはっは! なぁに、コレもまた狩人の務めに御座るからなぁ!」
ラットマンの村では、村に襲い掛かる獣や虫を退けるのも、狩人の仕事であった。
無論、襲ってきたものは、食料や素材になることもある。
「今、柵を作っているところですから。とりあえずそれが出来れば、一息つけそうですけど」
やはり、少しでも早く織物や刺繍を用意したい。
焦ったところでどうにもならないのだが、クランスにはどうしてももどかしかった。
その焦りが、顔に出ているのかもしれない。
最近レチェルには、「適度に休むのも仕事のうち」などと、口を酸っぱくして言われている。
確かに、疲れ切っていては、まともに働くことなどできない。
働くことも大切だが、休むことも考えなければ。
「村長、大変ですよ」
走ってきたのは、草木細工職人の夫の方であった。
「村の移住希望者が、やってきました。それも、二組も!」
確かに、にぎやかな声が聞こえてきている。
新しい村人が増えるのは、何よりうれしいことだ。
今夜はどんな食事でもてなそうか。
それより、まずは寝る場所を確保して。
クランスはあれこれと考えを巡らせながら、先導する草木工細工職人の背中を、慌てた様子で追いかけていった。
長らく更新をお待たせして、申し訳ありません
少しずつ、少しずつ、村の形が見えてきました
今回の話での変化は、ほんの些細なものしかありません
ですが、そんな小さな動きが、村人が増えてくるにしたがって、徐々に大きくなっていきます
最初の動きは、ごく些細なものにしか見えないかもしれません
それこそが、村という大きなものを形作るために、最初に必要な作業なのでないかな、と思っています
小さな最初の作業の形が、いつか大きくなって村の形を作っていく
最初に作られる形というのが、案外重要で
クランスとレチェルは、少しでも良い形を作ろうと、奮闘しているわけでございます
なんか上手いこと言えないんですけどもね
今回のお話、ちょっと地味で単調かなと思いましたが、個猫状生物としては、大切な話として書かせて頂きました
楽しんでいただけたようでしたら、幸いです