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十二話 布作りの準備

 ユカシタ広場を出てすぐの場所。

 ニワ草原の上に広げられた敷物の上には、様々なものが並べられていた。

 多種多様なガラス瓶に、香辛料。

 針金に、釘といった金物。

 炭の塊や、その粉を練って丸めた炭団。

 他にも生活に役立つ品が、いくつもあった。

 特に種類が多かったのは、チーズである。

 これには多くの村人の口から、感嘆が漏れた。

 特に喜んだのは、ボルボルだ。


「おお! このような上等なチーズは見たことがござらん! 村長殿! これは素晴らしい品でござるぞ!」


 以前言っていたが、本当にチーズに目がないらしい。

 目を輝かせてチーズを選んでいる姿は、まるで子供の様であった。


 並べられた品々は、アーヴィアが持ち込んだものだ。

 前回受け取った刺繍の、対価として用意したものである。

 といっても、すべてを村が受け取るわけではない。

 必要なものを選び、置いて行ってもらうのだ。

 ラットマンの村ではよくある取引方法で、村人達はこれをとても楽しみにしていた。

 置いて行ってもらう品は、村人皆の意見を聞き、村長が決めることになっている。

 不満が無いように取りまとめるのが、村長の腕の見せ所だ。

 もっとも、今回はそういった心配はなかった。

 まだそれほど村人がいるわけでもないし、欲しい品は決まっているからだ。

 こまごましたものが色々あるが、最も必要なものが一つ。

 機織り機を作るのに必要な、針金である。


「機織り機を、作るんですか!?」


 アーヴィアは、目を輝かせた。

 機織り機を作るということは、当然刺繍や布を作るということ。

 それを使う目的は、やはり刺繍と織物を作ることだろうと考えたからだ。

 もちろん、村の住民が使う服なども作るだろうけれど、どうしても期待してしまう。

 どうやら今回は、その期待が当たったようだった。


「ええ。草木工職人のご夫婦が来てくれましたから。糸職人の一家も来てくれましたし、これは少し早めに準備し始めてもいいかな、と」


 クランスの言葉を聞き、アーヴィアは飛び上がりたくなるのをぐっとこらえた。

 思った以上に早く、刺繍や織物を取引できるようになるかもしれない。

 一年や二年は覚悟していただけに、うれしい誤算だった。

 もちろん、今から機織り機を準備するわけだから、次にアーヴィアが来る時までに、とはいかないだろう。

 最初の品物が完成するのは、秋ごろか冬に入ってからになるはずだ。


「品物が完成したら、取引をお願いできますか?」


「はい、はい! もちろんです!」


 思わず踊り出しそうになるアーヴィアだったが、何とか気持ちを押しとどめる。

 そんなことをして、呆れられるわけにはいかない。

 ぐっと体をこわばらせて我慢するのだが、むずむずと動くことは止められなかった。

 それは、少々個性的な踊りにも見え、村人達は笑いを我慢するのになかなかの精神力を要したのだが。

 幸いなことにアーヴィアはそのことに気が付いていない様子だった。


 置いて行ってもらう品を決め、次に持ってきてもらう品などの相談をした後、アーヴィアは去って行った。

 預けたお金はまだほとんど残っているそうなので、色々持ってきてもらう予定だ。

 次に来るのは、また十五日後。

 クランスとしては、それまでに糸の準備程度はしておきたいところである。


 この日の夜は、豪華な食事となった。

 季節の変わり目ではないし、少々遅いのだが、新たな村人達を歓迎する宴である。

 特別な料理なので、作るのは当然男達だ。

 ここでいかに手際よく、美味いものをこさえるかが、男の甲斐性を示すことになる。

 驚くべき手際を見せたのは、糸職人のホーガン老だった。

 年の功、というやつだろうか。

 あっという間に、全員にいきわたる料理を作ってしまった。

 いわゆる鍋料理で、いくつもの植物とフロッグランナーの肉を使ったものだ。

 何種類もの草が入っているにもかかわらず、食べればそれぞれの味が楽しめる。

 シャキシャキしているもの、やわらかくなっているもの、歯ごたえのあるもの。

 一緒に煮込んでいるはずなのに、味も触感もまるで違う。

 干し肉であるはずのフロッグランナーの肉はトロトロで、草それぞれの味を引き立たせるわき役に徹している。

 この料理の主役は、多種多様な草なのだ。

 一つ一つの食材はそれぞれ全く違う味なのに、喧嘩をしていない。

 全てのうまみが溶け出したスープが、また絶品だ。

 村人達は皆絶賛の嵐で、あっという間になくなってしまった。


「こいつぁなぁ、その時々季節のものを使う鍋だからよぉ! 手間かかるんだが、その分、余計に素材の味が活きるのよ!」


 どうやらこの鍋は、季節ごとに作られる特別な料理であったらしい。

 ということは、夏になればまた食べられるのだろう。

 冬が開け、春が過ぎ、夏になる。

 まだ春になったばかりであり、少々気が早いかもしれない。

 ただ、村はまだ足りないものばかりで、毎日が大変だ。

 慌ただしく過ごしているうちに、日々は過ぎ、季節が移り変わっていくだろう。

 クランスとレチェルは、それが楽しみでならなかった。




 村の整備を進めながら、刺繍や織物を作る準備を進めていく。

 大工であるルカイナががんばってくれているおかげで、村の中には随分建物が出来てきている。

 今はまだ仕事ができない職人達も手伝っているおかげか、作業は順調な様だ。

 クランスもそれを手伝いながら、採集の仕事に精を出している。

 村の周りを歩き回り、素材を集めつつ、地形の把握と記録も忘れない。

 弟子となったミトトはなかなか頑張っており、クランスとしてはとても喜ばしかった。

 ただ、少々頑張りすぎるきらいがあるので、クランスは師匠として気を付けねばならないと考えている。

 レチェルには、「困ったところが師匠に似ている」などと言われたが、どういう意味だろうか。


 刺繍をするにしても織物をするにしても、まず必要なのは糸である。

 糸が無ければ、布を織ることができないのだ。

 幸い、ニワ草原には糸の材料になるものが、いくつか生えているようだった。

 ホーガン老の指揮の元、それらの伐採に取り掛かる。

 クランスもレチェルも、糸の材料になる植物はいくつか知っていた。

 だが、ホーガン老の指示で集めたものの中には、「これが糸の材料に?」と思うような種類のものも混じっている。


「知らねぇのも無理はねぇさ。何しろ、俺が製法を見つけたもんなんだからなぁ!」


 それまでは見向きもされなかった素材を使い、糸を作る。

 ホーガン老は、独自の糸をいくつも作りだしているのだという。

 なるほど、「新しい土地で自分独自の糸を作りたい」というのは、そういう技術的な裏付けあっての言葉だったのだ。

 集めた材料は、水にさらしたり、叩いたりして繊維を取り出していくらしい。

 そういった作業のいくつかは村人達が手伝えるものだったが、中には職人でなければできない様なものもあった。

 なるだけ早く機織りを始めたいので、皆で手伝いたいところなのだが、こればかりは仕方ない。

 良い糸を作るには、練達の職人仕事が不可欠なのだ。

 慣れないものが下手に手伝っては、かえって邪魔になることもある。

 もっとも、ホーガン老は年齢からは信じられないほどに元気であり、恐るべき手際の良さを発揮していた。

 弟子である息子と協力して、見る見るうちに作業を進めていく。

 大きな窯で材料を煮る、といった体力と忍耐力が求められる作業でも、まったくひるまず嬉々として行っていた。

 材料が煮詰まりすぎないように長い棒で混ぜながら、グラグラと煮える窯を覗き込みながらの作業だ。

 見ているだけで腕が疲れ、汗が吹き出すような光景だが、ホーガン老は目を輝かせて仕事をしている。

 体調を気遣う者もいたのだが、そういった言葉にホーガン老は猛然と怒りの声を上げた。


「年寄扱いするんじゃねぇ、コノヤロウ! 俺の楽しみ取り上げようってぇのか!」


 こういわれてしまっては、どうしようもない。

 せめて栄養があるものを食べてもらい、元気をつけてもらうしかないだろう。

 となるとやはり猟の成果に期待がかかり、ボルボルが気合を入れなおすことにつながることとなった。




 そのボルボルが、クランスに気になることを告げてきた。


「喜ばしいことなのでござるが、この辺り一帯は某の予想よりずっと豊かなようでござる。ドングリなどの食料が多いようで、動物や虫が豊富なようでござった」


 確かに喜ばしいことだが、それならそうで問題もある。

 ボルボルもそれが分かっているようで、難しい顔をしていた。

 動物や虫が豊富となると、それを狙ってくる肉食動物も多くなる。

 得てして、そういったものはラットマンを狙うことも多い。

 村が大きくなってくれば、そういったものを呼び寄せてしまう。

 仕方のないことである。

 なんとか、対処するしかない。

 方法として一番なのは、他の中型種族の冒険者を雇う事だ。

 期間を決めて、一定の間村の近くに常駐し、守ってもらう。

 ただ、これにはかなりの費用が掛かる。

 なるだけ早く、織物と刺繍を作らなければならない。

 焦ったところで早くできるものではないが、なんともじれったくはある。

 レチェルにも、このことを伝えることになった。

 すると、応急処置で、柵を作っておくのはどうか、という案が出る。

 大工であるルカイナや、草木工職人の夫婦がいるので、それほど難しくはないという。

 さほど技術がいる仕事でもないので、ボルボルに手伝ってもらうこともできる。

 次から次へとやらなければならないことが増えるが、仕方がない。

 コレも、いい村を作るために、必要な労力なのだ。

 それもまた楽しむぐらいの気持ちでいるのが、一番だろう。




 針金が手に入って早々、草木工職人の夫婦は機織り機の制作に取り掛かった。

 機織り機を作るなどというといかにも大変そうに聞こえるが、簡易的なものなら、案外そうでもないらしい。

 二日ほどで、簡易型の機織り機が完成した。

 夫婦としては納得のいかないものだったらしいが、レチェルと、刺繍師であるガルカは、十分に実用的な品だと感心している。

 鍛冶職人がいれば、しっかりとした金属部品を作ってもらい、性能のいいものができるらしい。

 鍛冶師が越してくれば、すぐにでも作りなおしたいという。

 とはいえ、現状で作れる最も良いものであるのは、間違いない。

 あとは、糸さえできればいつでも機織りが始められる。

 こちらは、ボーガン老が息子と一緒に順調に準備を進めてくれていた。

 あとはニ三日もすれば、色のついていない糸は完成するだろう。

 それを織って布を作れば、刺繍に使うことができる。

 刺繍師である、ガルカの出番だ。

 大工のルカイナの夫である彼は、見た目こそひょろひょろしているものの、刺繍の技術は相当のものだった。

 見本として持ってきていた刺繍は、そのどれもが目を見張るような出来だ。

 緻密で繊細な仕事ぶりは、同じく刺繍を得意としているレチェルから見ても、ため息が出るようなものである。

 こうなると、採集人であるクランスとミトトにかかる責任は重大だ。

 糸の材料、それを染める染料を見つけてくるのは、採集人の仕事であった。

 幸い、大体の目星はついている。

 村の柵作りをレチェルに任せ、クランスはミトトを連れ、森の中へと入って行った。




 ニワ草原を抜け、ドングリ林を歩くこと、しばらく。

 数日前に見つけて置いた、目的のものが見えてきた。

 とても大きな、蜘蛛の巣だ。

 もっとも、既に主である蜘蛛は、別の場所に移っている。

 既に使い古し、放棄された巣なのだ。

 クランスはこれから、糸を採るつもりであった。

 この巣をつくった蜘蛛は、テツサビクモという。

 鉄さび色の身体をしている、かなり大きな蜘蛛だ。

 ラットマンよりは小さく、毒もないため、さほど危険ではない。

 ただ、巣に絡めとられると大人でも動けなくなるので、注意しなければならない。

 蜘蛛の巣は、大きく分けて二つの糸で構成されている。

 粘着性を持ち、獲物を絡めとるためのもの。

 もう一つは、粘着性が無く、巣を形作る基礎となるもの。

 蜘蛛の巣というのは、粘性の無い糸で基礎がつくられ、その間に粘性を持った糸が張り巡らされて、作られるのだ。

 その形や張り方などは、当然蜘蛛の種類によって異なる。


「じゃあ、早速集めて行こうか」


 慎重に、糸を巻き取っていく。

 粘性のある糸は、当然ほかの糸とくっ付いてしまう。

 そうなると、糸全体がぐしゃぐしゃになってしまうのだが。

 今は、その心配はない。

 放置されてしばらくたったことで、糸の粘性が弱くなっているからだ。

 テツサビクモの粘性のある糸は、ある程度時間をおいてしまうと、粘性を失ってしまう。

 そうなると使い物にならなくなるため、テツサビクモは新しく巣を張りなおすか、放棄してしまうのだ。

 採集人にとっては、有り難い素材になる。


「粘性がなくなってるなら、安心して集められますね」


「それでも、完全に無くなっていないことがあるから、気を付けてね。僕なんか、昔調子に乗って、全身糸塗れになったこともあるからね」


「うえぇ。気を付けます!」


 ミトトはそれまで以上に真剣な表情で、慎重に手を動かす。

 少々慎重すぎるが、雑になるよりはいいだろう。

 はじめのうちは、少し慎重すぎる方がいいのだ。


 糸を集め終えたら、ドングリ林の切れ目を目指す。

 多年草が群生していて、木が生えてきにくくなっている場所だ。

 目的地には、青々とした草が生い茂っている。

 丁度ラットマンの頭ぐらいの高さがあり、どこかさわやかな香りがする。

 この草は、シバウメという。

 シバクサという植物に似ていて、ウメという植物に似た花を咲かせることから、そういう名前になったらしい。

 染色には、よく使われる植物である。

 使われるのは、根の部分であった。

 ただ、採集する時期には、十分に気を付けなければならない。

 今の時期に採集すると、渋く深い茶色の染料となる。

 これが、もうしばらく時期を置き、夏を過ぎて秋ごろに採ると、緑色。

 冬の雪が積もる頃になると、桃色。

 季節ごとに、まったく異なる染料となるのだ。

 色が一際濃くなる時期の見極めが難しく、採集人泣かせの素材ではある。

 だが、良質なシバウメを手に入れることができるか否かは、腕の見せ所でもあった。

 ミトトに見極めるための注意点を教えながら、採集していく。

 土を掘り返し、丈夫な根を切るのは、中々の重労働だ。

 それでも、なるだけ早く終わらせてしまわなければならない。

 シバウメは、虫や害獣などが嫌がる成分を発している。

 これはラットマンにも有効で、ずっと作業をしていると、目や鼻がやられてしまうのだ。

 涙や鼻水が止まらなくなってしまう。

 もちろん、スカーフなどで口と鼻を覆ってはいるが、ソレだけでどうにかなるものではない。

 こればかりは慣れるものでもなく、クランスもミトトと一緒に、涙と鼻水を垂らしながら作業を進めた。

 やっとのことで作業を終えると、急いで村の方へと戻る。

 周囲に気を付けながらも、速足でドングリ林を抜けていく。

 池が見えてくると、どちらともなくホッとため息を吐いた。

 シバウメの成分は、案外水に弱いものであった。

 洗い流してしまえば、目と鼻の痛みからは解放される。

 本当は、シバウメを取りに行くときには、少し多めに水を持っていくのが良いとされていた。

 作業が終わってすぐに、洗い流すためだ。

 だが、クランスはわざと、それを用意していなかった。

 ミトトにシバウメの痛みを、味わってもらうためである。

 一度こういう目にあっておくと、事前準備を怠らなくなるのだ。

 池のほとりに着くと、クランスとミトトはじゃぶじゃぶと顔を洗った。


「しっかり洗わないと、またあとで痛くなってくるよ」


「はい! でも、すごいですね! これなら虫や獣が嫌がるのも、納得です! うまく使えば、村を守るのにも使えそうですね!」


 確かに、シバウメを使った、害獣避けというのがある。

 まだそれについては教えていないので、ミトトは自分でそれを思いついたのだろう。

 それだけでも驚きだが、ミトトがまるで採集人という仕事が嫌になっていない様子であった。

 なかなかどうして、骨のある少女であるようだ。


「あ、師匠! ボルボルさんですよ!」


 言われてみてみると、ボルボルが歩いているのが見える。

 どうやら狩りの帰りのようで、大きなトカゲを担いでいた。

 ボルボルもこちらに気が付いたのか、手を振っている。

 ミトトはそれに、全身を使って手を振り返す。

 池のほとりにいるボルボルから少し視線をずらすと、大きな窯が見える。

 ホーガン老が、糸の材料を煮ている場所だ。

 そこからまた視線を巡らせると、大きな建物が見える。

 一直線に伸びる道は、クランス自身が切り開いたものだ。

 道の先には、ユカシタ村がある。

 どうせ、焦ったところで仕方がない。

 のんびり、一歩ずつすべきことをこなしていくしかない。

 そんな考えが、ふと頭に浮かんだ。

 なんとなくそれがおかしくて、クランスは大きく息を吐き出しながら、笑顔を浮かべた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 村の脅威になり得るのは野犬とかイタチ、ワシ的な魔物ですかね? 大型の熊とかドラゴン的なものになると、食いでがないから脅威ではあるが危険度は逆に減りそうなイメージ
[一言] 面白いしワクワクしますね。 ひとつ懸念はタヌキさんと赤鞘さんの出会いも楽しみですし、ゴブリンと冒険者の交渉も気になるし、全部更新お願いします(笑)
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