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十話 新たな住民達

 土壁は、思いのほかうまく作ることができた。

 レチェルの指示もよかったのだが、やはり文句も言わずに頑張ってくれた二人の功績も大きい。

 普段から狩りなどで体を鍛えているせいか、ボルボルは力仕事で大いに力を発揮してくれた。

 クランスも、むろん大変にがんばってくれている。

 見た目こそ優男然としたクランスだが、意外なことに力はあった。

 村長になることが決まった時から、沢山鍛えてきているのだ。

 なにしろ、村長というのは様々なことが求められる立場である。

 頭の回転がいいのはもちろん、腕っぷしの方もある程度無ければならないのだ。

 あまり体力がある方ではなかったクランスが、随分苦労して力をつけたことを、レチェルは知っている。


 土壁が出来たら、今度は屋根をふく作業だ。

 イイグサを束ねて、屋根として使う。

 頼りないように見えるかもしれないが、案外これがいい仕事をしてくれるのだ。

 ある程度の風を通すが、雨は防いでくれる。

 湿気が多い時にはそれを吸収し、乾燥しているときに吐き出す。

 四季での温度差が激しいこの辺りの土地で暮らすには、非常に有難い素材なのだ。

 土壁の上に登り、木の枝で枠組みを作っていく。

 クランスやボルボルが見つけてきてくれたものを、レチェルが組み上げる。

 危ないから代わる、と言ってくれるのだが、ここはさすがに譲れない。

 紐で結わえるのだが、少々コツがいるのだ。

 これを失敗すると、屋根が崩れてくることになる。

 それはあまりぞっとしない事態なので、やはりレチェルがやるしかない。

 クランスがハラハラした様子で見ているが、案外ラットマンというのは木登りが得意な種族なのだ。

 危なげもなく、レチェルは作業を進めていく。

 枠が組み上がったら、束ねたイイグサを縛り付ける。

 高いところで、集中力のいる作業。

 レチェルは、この作業が好きだった。

 高い場所からの眺めは楽しいし、自分たちが住む場所を作っているんだ、という実感を強く持つことができる。

 完成したら、まずは何をしよう。

 ようやく壁と屋根で囲まれた場所ができるから、ゆっくり眠ることができる。

 テントでの寝泊まりも楽しいが、やはり安心感が違う。

 でも、その前に食糧倉庫を用意した方がいいだろうか。

 ボルボルが来て狩りをしてくれるようになって、食料の備蓄が劇的に増えた。

 行商人のアーヴィアが、早々にこの村を見つけてくれたのも大きい。

 食料関係で、保存しておかなければならない品が、思いのほか多くなっている。

 早めに保存庫を作っておかないと、あとで困ることになりそうだ。

 そういえば、多くの中型人種は、倉庫などを作るとき少し床を高くしてつくるのだという。

 すると、動物や虫などの侵入を防ぐことができるのだそうだ。

 ラットマンの場合は、まずそういったことはしない。

 中型人種が気にするような動物や虫というのは、彼らから見てごく小さなものばかりだ。

 ラットマンから見れば、一抱えもありそうな相手であることが多い。

 あるいは、ラットマンと見た目が非常に似ている、ネズミを警戒してのものだ。

 そういったものの侵入を拒むような建物を作ったとしたら、ラットマンも建物に入れなくなってしまう。

 なにより、作るための労力がとんでもないことになる。

 そんなことはさすがにしていられないので、食糧倉庫は、ほかの家と同じように作ることが多かった。

 他の中型人族などは、湿気などによって食料が傷むのではないか、と思うらしい。

 昔はそういうこともあったらしいが、最近では、食料などはガラス瓶に入れて保存するのが主流になってきている。

 そうすれば、湿気などは気にする必要はない。

 虫や動物に食糧を齧られる心配もなかった。

 自分たちで作ることができず、行商人から手に入れるしかない品物で、希少性は高い。

 それでも、それを補って余りある利便性があるのだ。

 レチェルは屋根をふきながら、足元の建物を覗き込む。

 土壁に囲まれたそこに、たくさんのガラス瓶が並ぶ様子を、想像してみる。

 中に入っているのは、キラキラと白く光る塩。

 そのほかいくつもの香辛料に、干し肉などの保存食。

 一番数が多いのは、しっかりと乾燥させた、ドングリの実。

 ユカシタ広場からニワ草原の向こう側には、たくさんのドングリの木が植わっている。

 秋になってそれらが実を付けたら、どんな景色が広がるだろうか。

 ドングリは、多くのラットマンにとって好物の一つだ。

 粉にしたものを練って焼いたものは、主食としての需要が高い。

 他の村に輸出する、最高の品になるだろう。

 ドングリを輸出して、この村で手に入らない品と交換してもらうのだ。

 毛皮などは、必要だろう。

 越冬のためにも、そういった品はなくてはならない。

 干し果物も大事だ。

 保存も効くし、何よりおいしい。

 甘いものというのは癒しなのだ。

 この村の周りには、いわゆる果樹というのが少ない。

 キイチゴなども美味しいのだが、やはりベリーやカキ、ブドウなどといった果物は、別格だ。


「レチェル、だいじょうぶ?」


 クランスが心配げな様子で声をかけてきた。

 あれこれ想像を巡らせニマニマして手が止まっていたレチェルを見て、心配した様だ。


「だいじょうぶ! ちょっと休憩してただけだから!」


 レチェルは恥ずかしくなって、大声で返事をした。

 昔から、レチェルは食い意地が張っているといわれることが多い。

 自分ではそうは思わないのだが、母親にも父親にも、兄弟姉妹にもよく言われる。

 クランスからはあまり言われたことがないのだが、そう思っているだろうことは顔を見ればわかった。

 あまり人からの評価を気にしないレチェルではあるのだが、それでも食い意地が張っている、という評価は少々恥ずかしい。

 いくら村のためになることを考えていたとはいえ、後半は少々自分の口に入る分のことも混じっていた。


「よし、がんばろう!」


 レチェルは恥ずかしさを誤魔化すように、わざと大声で気合を入れた。




 すべての屋根をふき終えるまでに、三つの家族が村に加わった。


 一つは、糸職人の一家。

 職人である祖父と夫婦、それから幼い子供が二人。

 レチェルとクランスの出身の村は採集を得意としているが、それらを材料にした織物と刺繍も得意だった。 

 一家はその噂を知っていたらしく、そこが新しい村を作るのであれば、きっと自分達の出番もあるはずだと、越してきてくれたらしい。

 腕に巻かれた紐は、クランスとレチェルも知っている村のものだ。

 見本にともってきてくれた糸は、驚くほどに上質なものだった。

 一家の祖父、ホーガン老はいかにも頑固な職人といった人物なのだが、かなりの腕前を持っているようだ。

 住んでいた村でもそれなりの地位があったらしいのだが、昔から新しい土地で自分独自の糸を作りたいという夢を持っていたらしい。

 年齢を重ね、それもあきらめかけていたところに、今回の新しい村づくりの噂を聞いたのだとか。


「そうしたら、もう居てもたってもいられなくなってよぉ! こいつぁ、まだ老け込むにゃぁ早えぞってなぁ、チェケ・リ・ルーのお導きに違いねぇってんで、こうして飛び出してきたってぇわけさ!」


 最初はホーガン老一人で越してくるつもりだったのだそうだが、息子夫婦が加わることになった。

 新天地というのは、若い職人にとっても魅力的な場所だったようだ。

 村長夫婦からすれば、願ってもない新住民といえる。

 何しろこれで、織物と刺繍に重要な糸に困ることが無くなるのだ。


 もう一つは、草木工職人の一家。

 若く、一人立ちしたばかりで、夫婦どちらもが職人であった。

 どちらも腕のいい職人であるらしく、ここまで来るのに使った台車も、自分達で作ったという。

 これが相当にできがよいもので、夫婦の腕の良さが伺えた。

 また、機織り機や糸紡ぎ機を作る技術もあるそうで、コレも心強かった。

 織物や刺繍は、他種族との交易に必要な品だ。

 それが確実に用意できる下地を作ることができれば、これほど心強いことはない。

 思ったよりも早く、行商人であるアーヴィアとの正式な取引を始められるだろう。

 夫婦にはまだ子供は居ないのだが、夫の妹が一緒についてきている。

 ミトトという名のこの娘は採集仕事に興味があるのだそうで、早速クランスに弟子入りを志願した。

 ユカシタ村で初めての、見習い採集人の誕生だ。

 夫婦共々、頼もしい戦力である。


 最後は、大工の一家。

 妻が大工であり、夫が刺繍師という変わった家族だ。

 ラットマンは男も女も同じように働くことが多いのだが、体格の問題で力仕事には男が付くことが多い。

 だが、この夫婦の場合は、妻が大工をしている。

 もっとも、二人の体格を見ればそれも納得で、妻であるルカイナはボルボルよりも身長があり、腕などは並のラットマンの太ももほどはあろうかというほどに太かった。

 彼女の父がサンガクネズミ族なのだそうで、その体格の良さを引き継いだのだそうだ。

 ただ、立派な体格でなるサンガクネズミ族にしても、彼女は破格の体格を誇っていた。

 無口であまり表情豊かではないのだが、穏やかで落ち着いた立ち居振る舞いで、その人となりをうかがわせる。

 夫であるガルカは、いかにもひょろりとして柔和な笑顔を常に浮かべており、一見非対称な夫婦にも見えた。

 ただ、仲は驚くほどいいようで、結婚したばかりなのかと思うほどである。

 二人は幼馴染で、随分長く一緒にいるというのだから、周りはみんな驚いていた。

 この分なら、子供ができるのも早いかもしれない。


 住民が増えて、村は一気ににぎやかになった。

 全員にそれぞれの専門分野を生かしてもらい、このまま村の生産能力を安定させる。

 と、いきたいところだが、そういうわけにもいかない。

 まずは、住む場所を確保しなければならないのだ。

 一応、レチェルが建てたものはあるのだが、それでは全く足りないし、どの家族にとっても手狭である。

 さっそく、大工であるルカイナに指示を仰ぎながら、家の建設が始まった。

 といっても、まずは素材集めからしなければならない。

 枝を拾い、土を集めるところからである。

 幸い、ニワ草原の向こうにあるドングリ林には、まだまだたくさんの枝が落ちていた。

 材木として使うのに、程よく乾燥しているものも多い。

 土の方は、レチェルも使っていた、中型人種が使っていた、カマド跡のものを使うことになった。

 ルカイナによれば、なかなかいい土だそうで、土壁に使うには申し分ないという。

 ちなみに、レチェルが作った土壁を見たルカイナは、中々出来がいいことに驚いていた。

 最高とは言わないまでも、駆け出し大工と同じぐらいの仕事なのだそうで、建物として十分に使うことができるという。

 中々の高評価で、レチェルは思わず照れてしまうほどだった。

 おかげで、土壁作りの一部を任されることになったのだが、これはよいことだと思うことにする。

 仕事を分担すれば、それだけ早く家が作り上がるのだ。

 村長婦人として、がんばらなければならない。

 素材の運搬には、草木工職人の夫婦が使っていた台車が、大いに活躍してくれた。

 太い木の枝や、沢山の土を乗せても、まったく軋むこともなく運んでくれる。

 皆、夫婦の腕前に感心した。

 それと同時に、既にできていた道にも、驚いているようだった。

 クランスが苦心して作った、ニワ草原を突っ切る一本道である。

 台車を使うには少々細い道であり、皆で手分けしてさらに広げたのだが。

 やはり、元になるものがあるとないとでは、まったく違うらしい。

 頼もしい村長だ、などと言われ、クランスは大いに照れていた。

 その御蔭もあってか、新たに加わった村人達からも、村長は一目置かれることになったらしい。

 苦労した甲斐もあった、というところだろうか。


 やはり専門の職人というのは流石で、見る見るうちに家の基礎が出来上がっていく。

 家を建てる場所は、住民達の話し合いで決まり、クランスが村長として許可を出す。

 将来のことを考えて配置をしなければ、後々困ることになる。

 水を使うことが多い糸職人の家は、池に近い場所の方がいい。

 草木工職人も大工も、広い資材置き場が必要なので、広い空き地を確保しなければならなかった。

 アレコレと意見を交わしながら、村の将来の姿を想像する。

 たいへんに重要で、責任の重い仕事だ。

 だが、その分楽しく、やりがいのあることであった。


 そうこうしているうちに、あっという間に十数日が過ぎていく。

 もうすぐ、行商人のアーヴィアが、村にやってくる日だ。

 ほんの少しの間で、村は驚くほど賑やかになった。

 必要なものも、どんどん増えている。

 こうなると、やはり早めに織物や刺繍に手を付けたほうがいいかもしれない。

 外から手に入れるしかない、必要な品物は、今後も増えていくはずだ。


「こういうの、うれしい悲鳴っていうのかな」


「どうだろう。でも、村に人が来ないで悩むよりは、いいのかもね」


「そうだね。なら、がんばらないと」


「ムリはしないでね。てきどに休むのも大事だから」


「わかってるよ」


 そうは言うものの、最近のクランスは少々働きすぎだと、レチェルは思っていた。

 村長としてしなければならないことは多いのだろうが、それで倒れてしまったら大変だ。

 緩めるところは緩めてもらわなければ、今後のことが心配である。

 やはり、自分がしっかり手綱を持たなければ。

 そんな風に、レチェルはひそかに決意を新たにするのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、ネズミ返しはラットマン返しでもある訳か ある程度の規模がない限り、村長に求められるものとして物理的な力は必要だわな 外敵や村人の暴走に対抗できる物理的な力が無いと、別の土地に再移…
[良い点] 勤勉なファンシー種族が集結してるところ。 素敵な村になるのが約束されている! [気になる点] 村長、過労で倒れたりしません? お医者さんが来て、仕事量にドクターストップしてほしいですね。 …
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