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1.村のしきたり

「さあ、今日は何処に遊びに行きますか?」

 今日も幼馴染のアイリスが俺を遊びに誘う。

 アイリスの髪は金色、瞳は碧色。

 彼女の両親はもう他界してしまっていて、一緒に暮らす彼女はほとんど俺の家族であり姉であり妹の様なものだった。

「何処って言ったって、この村周辺には湖と森しかないだろ? それに森には魔物が出るから入るなって村の大人がいつも口しょっぱく言っているだろ」

「そうね。じゃあ、仕方ないから湖で遊びましょ。釣りをしてもいいし、釣りをしている人の桶をつついたりしてもいいし」

「流石にそれは……うーん。浜辺で宝石でも探すのはどうかな」

「アレクったら女っぽーい」

 そう言ったアイリスは逃げるように湖畔に向かってかけていく。

「おい、まて、この」

 出遅れたが俺もアイリスを追いかける。

 俺たちにとってはこれが日常茶飯事だ。


 この湖畔の村には子供と言える子供は俺たちしかいない。

 適齢期と言われる15歳になると子供を巣立たせるように旅立たせるのだ。

 俺とアイリスも後5年したら旅へと出る。

 もちろん彼女と旅を一緒にするつもりだ。

 10年くらい旅をしたら何処かの村で彼女と居付くのもいいかもしれない。


 5年間が過ぎ去るのはあっという間だった。

 彼女と遊ぶのはもちろんのこと、村に来た旅の剣士から剣術を習ったり、村に居付いている元旅人から旅の話を聞いたりした。

 アイリスは裁縫が得意なので、俺も最低限出来るよう足えて貰ったりもした。

 何回何十回も「アレクったら不器用ね」と言われた。

 今日は俺とアイリスの出立前夜なので家で豪華な食事が振舞われた。

「アレックスとアイリスの旅立ちを祝って乾杯!」

「「乾杯!!」」

 こんな辺境の村でも食事は豪華だった。湖の魚が主体だらけと思ったが、牛肉豚肉鶏肉羊肉と様々な料理がある。

 表面が光っているオレンジ色の棒はソーセージというらしい。生まれて初めて見た。

 他にもいつも見かける海産物たちの料理もキラキラと輝いて見えた。

 それにアイリスがおめかししていることが一番気に入った。

 彼女の瞳と同じような碧いドレスを身に纏って、化粧をしているせいか彼女がいつもより大人びて見えた。

「ねえアレク。私綺麗かしら」

「ああ似合っているぞ」

「ありがとアレクも大人っぽいよ」

 先ほど鏡を見た時に自分でも分かるくらい装いに着られていた。

 なので彼女の言葉がお世辞という事が分かる。

「アレックス、アイリス楽しんでいるか」

「ああ、父さん」「ええ、お義父様」

「お前たちに紹介したい人物がいるんだ」

 父さんは如何にも魔術師と言える帽子にローブを着込んだ人を引き連れてきた。

「毎回のこの儀式に伝統的に出資してくださる×▼◆さんだ」

「よろしくお願いいたしますね」

 魔術師は中世的な顔をしていて声だけでは男性か女性か判断できそうになかった。

 魔術師はアイリスの方を見ると口元がにやけた気がした。

 瞬く間にその表情は元に戻っていた、まるで仮面のように思えた。

「これが最後の祝いの席になるものかもしれないからな、楽しめよ息子に娘よ」

 父さんが去り際に放った真意を、俺はこの時気づくことが出来なかった。

 この時はまだ、旅は危険に満ち溢れていて何が起こるか分からないから、その言葉を選んでくれたのだと思っていた。

「アイリス、酔いが回ってきたみたいだから先に休むわ」

「分かったわ。アレックスまた明日ね」

「ああ、また明日」

 この時の俺は彼女がアレックスと言った意味さえ理解することが出来ていなかった。


 深夜、窓から入ってくる月の光で目が覚めてしまったので、窓を眺めているとアイリスと×▼◆と名乗った魔術師が森へ入っていくのが見えた。

「何であいつがアイリスと森に入って行くんだ?」

 俺は魔術師に気づかれないよう、足元の枝に注意しながら魔術師を追いかけ森に入り込んだ。

 アイリスと魔術師は明かりが灯った石で作られた小屋に入って行った。

 灯りが漏れている隙間から中を覗くと、机に椅子、棚に敷き詰められた本、ガラスで作られている瓶に鍛冶に使われる溶鉱炉のようなものが見えた。

「ここは工房なのか」

 呟いたつもりのないその言葉が口から零れ落ちると、視界の先の魔術師と目が合った。

 逃げようと思いはしたが逃げる事は出来なかった。

 何故なら彼女が中にいるのだから。

 俺が逃げたらアイリスは落胆するだろう。しかし何に落胆するのだろうか不甲斐なさだろうか。

「おやおや被検体が増えましたねぇ、これは嬉しいですね」


 魔術師に拘束された俺はアイリスの目の前に座らされていた。

「お願いアレクには何もしないで」

「ええ、分かりますとも、村の取り決めですからね」

 なんだ? 何を話している、俺だけが何もしていないのか?

「その顔、さては貴方知らされてませんでしたね」

 魔術師は言葉を続ける。

「これから彼女、アイリス嬢は死ぬんですよ」

「え、どういうことだ、アイリスは俺と、明日旅に出るんだ」

「ええ、それは間違っていませんよ」

 何も理解はできない。理解することを脳が拒んでいるのか思考も働かない。

「アイリス! 死ぬってどういうことだ!」

「……アレクごめんね、ごめんね、ごめんね」

 彼女は碧眼から涙を零し、それを拭いながら謝罪の言葉を口にする。

「うーん、このまま話が進まないまま時が流れてしまうと何もすることが出来ないので、私からお話いたしましょう」


「この村のしきたりでは15年周期で子供が1人旅立つために子供を2人育てるのですよ。そして女児の方を男児の武器にするのですよ。そしてその女児を武器にするのが私の役目です。んーと、あなたたちは28代目の旅人ですね」

 武器にするという言葉の意味が理解できない。

「ああ、武器にするというのは彼女を殺害して骨や血肉を武器に加工する訳ではありませんよ。他の村ではそうしているみたいですけれど、それは汚いですからね。私の美意識に反します。安心してくださいアイリス嬢。貴女は私の最高傑作となるでしょう」

 魔術師は考えているようなしぐさをした後言葉を続けた。

「ああ、これはアレクと言いましたか? 貴方も知るべき情報でしょう。どうしてアイリス嬢には両親がいないのか、それは貴方の父親が彼女の両親を殺害し、アイリス嬢を貴方の武器にするためにさらったのですよ。そして貴方と家族のように育てられた。こうなってくると貴方が武器になる運命かもしれません。ですがそれは起こらないでしょう。貴方を殺してしまったら私はあなたの父親から報酬が貰えませんからね」

 そんな、父さんがアイリスの両親を殺した?

「アレク見ないでね」

 泣きじゃくりながらアイリスが言う。

「いいえ、アレクには貴女の死にざまをばっちりと両目で見て目に焼き付けて貰います。ああ、私とアイリス嬢が森に入るのを見なければ、いいえ追いかけてこなけらば村人の鬼畜な嘘で貴方は心穏やかに旅に出ることが出来たのに」

 魔術師は俺の口に丸めた布を押し込んだ。

 叫んでも言葉が出ない。口に痛みすら感じる。

「さあ、始めましょう。今宵は月の力に満ちている、術式は完全に成功するでしょう」


「アイリス嬢、貴女の体をこれから変換します」

 止めろ、やめてくれ。アイリス、アイリスアイリス。

「アイリス嬢、貴女はそこにいるアレックスの剣となるのです」

 魔術師はアイリスの体に、碧いドレスの上から銀色に輝く塗料で線を描いていく。

「アレク、アレク、アレク。痛いよう」

「痛みは直ぐに治まり、それは快楽となることでしょう」

 アイリスが叫ぶこの惨状はなんだ、俺は何もできないのか。非力だ。

 アイリスに線を描き終えた魔術師は、アイリスを両手で持ち運び、金床に置くと持っていた杖の形状をハンマーのように変化させ、アイリスに振り下ろした。

 アイリスの口から液体が飛び出す。

 ただ飛び出した物の中には固形物は見られなかった。

 そう言えば先程の宴でもアイリスが料理を口にしている所を見なかった。

 最初の口ぶりからしてアイリスは知っていたんだ。

「い、たぃ、ょう。ぃつぅ、たい」

「大丈夫ですよ、痛くありません」

 魔術師は痛くない痛くないと言いながらハンマーを振り下ろす。

「そうですね、あんまりにも痛いんでしたら先に頭を変換しましょうか」

 魔術師はそう言い、アイリスの頭部にハンマーを振り下ろした。

 魔術師がハンマーを引くと、そこにあったのはアイリスの顔ではなく光沢のある金色の板じょうの物だった。

 もうアイリスの面影があるものは女性らしく膨らんだ胸部と腹部だけだった。

 アイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリスアイリス。


 いつ意識を失ったのだろうか。体の自由が利く。ここは俺の部屋だ。そうだ昨日の事は夢だったんだ。

「おお目覚めたかアレクよ」

 父さんが目覚めた俺に気づいて話しかけてきた。

「今日は旅立ちだろ? だからな昨晩魔術師殿にお前の剣を打ってもらったのだ」

 そう言った父さんが持っていたのは金色に碧色が混ざった一本の剣だった。柄本には碧い大きめの布が着けられている。まるでその布はアイリスが昨晩着ていたドレスに似通っていた。

「父さんアイリスは?」

「アイリスはお前が一向に起きぬから先に旅立ってしまったぞ」

 嘘つき。




 アイリスはここにいる。

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