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異世界で家を買いました。  作者: 月下美人
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ありかた

 『魚肉』を仕入れたマティは、『セヴェリース』の中心街にあるカフェで、資料に目を通している。

 魚肉を欲しがっている買い手はいなかっただろうか、と。

 木の良さを最大限に引き出した建物、床にイスとテーブル。街の中心にいるのに、まるで森の中でお茶を飲んでいるような気分になる。

 「ハルカ様も気に入りそうな店だわ」

 コーヒーがないから、落ち込むかしら?

 ふと、資料に釘付けだった目を上げて周囲に向け、マティはそんなことを考えた。

 「・・・そうね。この店にもコーヒーを置けばいいのだわ。コーヒーを卸す店の一つとしてリストに入れておきましょう」

 手帳に思い付きをメモして、マティは立ち上がった。

次に向かうべき場所を決めたのだ。

 『バラヴァ』。東方にある高原地帯の街。

 帝国の東方に位置するバースファルマ州第二の街だ。

 広さは州の半分にも迫るほど広いが人口はさほど多くない。ほとんどが放牧場という形態をとっている。

 人よりも牛や羊、豚などの家畜の方が多いという牧畜業の街だ。

 家畜の肉や革、乳製品が豊富で、経済はしっかりと潤っている。収入に比して、人口が少ないおかげだ。

 欠点としては、競争相手が多いということになるだろうか。

 商人ギルドとかかわりの深い牧畜業主体の街がすでに3つ存在しているのだ。これ以上増やしては価格破壊になりかねないとのことで、商人ギルドからは無視され続けている。

 なので、『アルカノウム連合』に誘うのにピッタリの相手と言える。

 ただ残念なことに、マティはここの領主とは接点がない。

 マティが出席できるようなランクのパーティーは欠席することが多いし、たまに出ていたとしても自分より上の爵位を持つ貴族に取り入ることしか考えず、商人程度には付き添いの部下を当てるような人なので敬遠しているからだ。

 そのかわり、経済界の会合に州の代表として参加する人物とは親交がある。

 初めて会ったときには、取引の話には全く興味を示してくれなかった。

 どうせ無駄。

 という思いが強かったようなのだ。

 なので、話をする機会があっても、ほとんど無意味な雑談で終始したものだ。

 それに変化があったのは昨年のことだ。

 当時付き合い始めたばかりの恋人への誕生日プレゼントの相談をされたときに、アドバイスをさせてもらった。

 普段まったく取引の話にのってこない彼のことは有名だったから、マティ以外には誰も彼と話をしようとしていなかったので割を食ったわけだが、親身になって相談に乗らせてもらったものだ。

 おかげで、その後はラブラブな婚約者、幸せいっぱいの新妻のおのろけを延々と聞かされる羽目になってしまったことには、苦痛を感じずにはいられなかったが。

 最近は少し、取引の話もしてもらえる関係になってきていたところなのだ。

 商売とは無関係の話にも、ちゃんと対応した結果ということなのかもしれない。

 フラムマ教の教会から出て、まずは魚肉を売り捌いた。

 その彼は、牧場主であって小売商というわけではないから、商品を売りつけるのは筋が違う。さいわい、教会のすぐそばに市場があったのでそこで買ってもらった。

 高原にある街のこと、魚肉の供給はほぼ皆無。

 いたく感謝されたので、今後も買い取ってもらえるだろう。

 市場を統括している責任者と、その辺の話も少ししてみたが、正式な話は代表の彼としてくれということなので、まずは代表者を探すことにする。

「マティ!」

 彼の牧場がどこにあるかを地元の人間に聞いていると、酒場らしき所から黒ビール片手に出てきた彼に大声で呼ばれた。

 その背中には、この男になんで? という感じの子柄でかわいらしい新妻がくっついている。

 彼女とも結婚式で会っているのですぐに分かった。

 「フィリア! と、その夫のカロナトス。結婚式以来ね」

 手を上げて、こちらからも声をかけた。

 妻の方を優先されたというのに、赤ら顔のカロナトスがニヤニヤしながらやってくる。妻にベタ惚れなのがはっきりとわかった。

 まったく、新婚野郎め。

 顔を輝かせて駆けてきたそうになりながらも、夫を立てようというのか歩調を合わせている新妻が健気だ。

 「珍しいな。ここには商人ギルドは無関心なんじゃないのか?」

 ヘタな皮肉のつもりか、そんなことを言ってきた。

 「ええ、無関心ですわよ。商人ギルドはね」

 「?・・・」

 意味ありげな口調と表情で言ってみるが、新婚ボケ男君は気が付かない。

 「え、えと。とりあえず家にどうぞ。ご案内します」

 蹴りを入れてやろうかと考え始めると、この男にはもったいないできた奥様がフォローを入れた。

 同性から見ても、十分すぎるくらいにかわいらしい。

 フィリアに連れられて二人の新居へと向かう。

 牧場主の生活基盤としての家とは別に、街での集まりように建てた、いわば事務所としての家だ。

 前はなかったが、結婚を機に作ったらしい。

 ようするに、牧場が家族経営のせいで、実家は人が多すぎて新婚生活を営むのに向かないため、事務所名目で作った愛の巣ということだ。

 部屋を間違えた振りして寝室になだれ込んであげようかしら?

 思わず浮かんだ考えに、顔に血が集まるのを感じた。

 ・・・ハルカ様じゃあるまいし!

 少し、影響されてしまっている気がする。

 若い女の子が棟は違うとはいえ、女奴隷を有する男の家に居候することの弊害かもしれない。特に彼氏のいない女には刺激が強すぎるのだ。

 なにしろ、眠りにつくときに隣の建物の寝室で何が行われているのか、まったく考えずにいられるほど、マティも鈍感ではない。

 その男は、気が付かないとでも思っているらしく度々、平然と女の匂いを纏っているし。

 ・・・女の子って歳でもないか。

 我ながら、身びいきが過ぎる。

 目の前の新妻は自分より年下なのだ。

 自分を子と言うには無理がある。

 愛の巣・・・もとい、カロナトスの事務所兼家は、意外とこじんまりとしていて椅子と机しかなかった。

壁一枚向うの隣室がどうなっているかは知らない。

 やはり突入を、とか考える自分を必死にとどめて、訪問の説明をした。

 二人を椅子に座らせて、前に立って話し始める。

 二人は商人ではない。説明されていても、聞き流してしまう可能性もある。そうさせないために、自分に注意を向けさせるために、通常の会話とは違うのだと印象付けるにはこうするのが効果的だと判断した。

 この手の説明、プレゼンテーションには中身と伝え方がある。

 内容がどんなに魅力的なものであっても、伝え方が悪ければ相手には伝わらない。

 マティ自身、聞き手に回ったことが幾度となくある。

 商人ギルドの幹部や上司が取引相手を取り込もうとする場に身を置いて、話す姿を何度も見たが、心に響く話は数えるほどもない。

 本来、プレゼンテーションには強い訴求力があるはずなのに。

 たとえば、『言葉遣い』。

 「~したいと思います」。など、確定していることにまで「思います」を付ける。

 「私はですね」と言うように、語尾に全て「ですね」を付ける。

 物事をはっきり断定せずに、「~である、と」「~みたいな」といった言い方をする。

 これらはすべて、聞いていて不快感を覚えずにはいられなかった。

 どれも、結局のところ自分の言葉を率直に伝えることを、躊躇していると感じてしまう。

 自分の言葉が示す事柄について、責任を取りたくないという意思ばかりが目立つのだ。それでは、信頼なんて得られるはずがない。

 たとえば、『目線』。

 聞き手の一人ひとりとコミュニケーションをとることは必要だ、話の進め方でもそうだが、一方通行ではだめなのだ。

 かといって、なにかの会議とか人数が多いときに、全員を相手に会話はできない。となると、使えるのは目だ。

 相手の目をしっかりと見る。

 心の中で「聞いてくださってありがとうございます」と言いながら、一人ひとりと目を合わせる。

 これをするだけでも、聞き手の印象は違ってくる。

 たとえば、『間』。

 適切に間をとることも重要だ。

 間は、聞き手の心の声を聞く時間。

 プレゼンテーションの中、黙っているのが不安で、早口でしゃべり続ける人がいたが、聞き手がほとんど聞き流して資料を読んでいたのを、マティは見ている。

 それでは、いくら話をしても伝わるわけがない。

 『目線』で相手の目を見ることとも通じるけれど、聞き手の表情を確かめながら進めるべきなのだ。

 よくわかっていない様子なら「言葉が足りませんでした」とフォローし、飽きているようなら、「この辺りはすでにご承知だと思います」と説明を切り上げる。

 相手の反応に合わせて話し方を変えるのも、コミュニケーションだ。

 しつこいようだが、一人で勝手に話していると聞き手は興味を失ってしまうのだ。

 たとえば、『声』。

 気持ちをしっかり伝えるため、声は顔全体に響かせる。

 鼻にしか響かせないモゴモゴした話し方では、聞き取れないなんてことも起こりうる。集中して聞いてくれていると期待してはいけない。

 上の空であっても、必ず届くようにしたい。

 呼吸は深く。浅いと息が続かなくなって、どこかの若い女のように「わたしがあ」「~でぇ」と語尾が大きく高くなる。

 活舌が悪く、子音をはっきり発音しないとか、幼児のような舌足らずな話し方をする人もいる。聞きずらいし、中身が軽く感じられて聞くことに意義を見いだせなくなる。

 そうならないよう、マティは空き時間には常に声の出し方、特に舌のトレーニングを行ってきた。

言い方は悪いが、相手が嫌がっていても脳に届く声を目指して。

 たとえば、『身体の使い方』。

 プレゼンテーショ中は、本人が無意識にとっている姿勢や手の置き方なども、聞き手にはすべてメッセージになる。

 話し方だけでなく、身体の使い方にも注意が必要だ。

 立って説明すると、ほとんどの人は姿勢が後傾するようだった。

 それではいけない。

 後傾姿勢で話されると、なにか見下されている感じや、押し付けられてる感じを受けるということに、他の商人がプレゼンテーションをするのを見ていて気が付いた。

 それを避けるには、足首と足の付け根、肩、そして耳が一直線にそろうのが正しい姿勢だ。

 この訓練も、マティは欠かしたことがない。

 立ってのプレゼンテーションのときは、片方の足に体重をかけずに、重心を真ん中に。顔は相手に真っ直ぐ向け、手は自然な形で両脇に垂らす。

 何日も時間をかけて作ったものであろうと、資料に頼ってはならない。重要なのは、いまここで話している自分が、相手に信用してもらえるかどうかなのだ。

 そのために重要なのは、『心』だ。

 話し手の心の在り方が、結局はすべての要素に影響する。

 それらから得た、マティなりの人を説得するための方法論。

 1、人を説得するは論理的でなくてはならない。

 2、人を説得するには感情に訴えなくてはならない。

 3、人を説得するは信頼される人間性を持たねばならない。

 これらをきっちり意識すれば、そうそうおかしなことにはならない。

 そう、確信している。

 商人ギルドの職員でしかなかったときには、あまり役に立たなかったが、この教訓をこれからはいかんなく発揮していくつもりだ。

 これまでに気付き、研究し、鍛え、会得してきたすべてを駆使して『アルカノウム連合』の発展に寄与していく。

 それが自分の役目。

 これからの在り方だ。

 マティは、そう自覚し、実践していく。

 それだけの価値が、『アルカノウム連合』にはあると信じている。

 「と、こういう話ですわ」

 一連の説明をし終えて、マティはにっこりと微笑んだ。

 会心の笑みだ。

 自分の話に、目の前の二人をしっかりと引き込んだ手応えがある。

 「悪くない話、とは思うが・・・」

 それでも、カロナトスは慎重に考え込んだ。

 悪くない反応だ。

 マティも、その様子に満足した。

 説明を聞き終えた途端、立ち上がってマティの手を握り「ぜひ、参加したい」などと言われては興ざめだし、この先仲間としてやっていくのに不安を感じてしまうだろう。

 人に影響されすぎる性質はありがたいが、考え物だ。

 とある叔母様ならば、喜んで骨の髄まで吸い尽くすのだろうが、マティは使い捨ての金づるが欲しいのではない。

 一緒に組織を運営してくれる仲間が欲しいのだ。

 「街の仲間とも話し合わないと、答えは返せない。二、三日待ってほしい」

 考え込んでいたカロナトスが、顔を上げて、そう言ってきた。

 話し合うと言っているが、要は彼を代表に選出した者たちに話を通す時間をくれと言っているのだ。

 市場の責任者の態度でもわかるが、この街の有力な人々は難しい問題をカロナトスに一任している。

 投げているのではなく、信任しているのだ。

 だから、カロナトスが「いい話だと思う」と話してくれれば、おそらくは街全体で乗ってくれるだろう。

 「かまいませんわ。では、三日後にまたお邪魔しますわね」

 だから、笑顔でそう答えた。

 手ごたえはある。きっと乗ってくれるだろう。

 パンっ!

 突然、フィリアが手を叩いた。

 「難しいお話は済みましたのね? お茶にしましょう!」

 満面の笑みで言って、お湯を沸かし始めた。

 「・・・ここに来た初めてのお客様なもんで、浮かれてるんだよ」

 いきなりのことで呆然としていると、口元に手を当てたカロナトスがマティの耳にささやいた。

 甘い新婚生活で浮かれている若奥様の、楽しみにしていたイベントが発生中ということのようだ。

 「そういうことですか」

 微笑ましいやら苦々しいやら、マティは歪んだ笑みを浮かべて、幸せそうな女の背中を見つめるのだった。




次回更新も来週のこの時間に行います。

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