アルカノウム連合会長代理
2/1。編集。
時系列がおかしくなったので、一日ずらしました。
ハルカたちがイコノス村へと出発した翌朝。
『商人ギルドバララト支部副支部長』改め、『アルカノウム連合会長代理』となったマティ・オレィユもまた忙しく動くこととなった。
昨日は、一日かけてバララトの街を歩き回り、とある情報収集をしていた。
文句を言われないよう『アルカノウム連合』の発足からさらに一日間を置くためとの理由もあってのことだ。
で、本日から晴れて『アルカノウム連合』会長代理としての活動を始める。
『アルカノウム連合』の規模を広げるため、加盟してくれる組織を探して交渉しなくてはならない。
「これでよし」
鏡に映った自分を隅々までチェックして、合格を出す。
今日は服装にも気を使った。
素材感と仕立ての良さを基準にした上質の上着を着て、スカート丈は膝下、椅子に座っても膝が半分隠れる長さにしてある。
色も、心を開放的にする効果があるとされる黄色を主体に、やる気や情熱を伝える効果のある赤と、強さと自信を相手に与える黒の小物を配した。
そして、靴はハルカが作っておいてくれたものを履いた。
ハルカ自身、初めて作ったというトゥデザインのパンプス。ヒールは長時間履いていても疲れない高さと太さを追求したと言っていた。
脚の形と肌的に脱げやすいから、そういう靴は苦手だと言っておいたのだが、ストラップを付けたから大丈夫、だそうだ。
いつもとは違う、真剣勝負だ。
露出度の高い服なんて言語道断だった。
着ている服だけでも、相手に与える印象は違ってくるもの。
遊びではないのだ、いつもの単なる顔合わせとは違う。商談をしに来たのだと印象付けるのが目的だ。
「まずは、鉄器の売り付け先ですわね」
以前から気になっていた、セブテントで買うだけ買って、いまのところ溜まる一方の『鉄器』を買い付けてくれる相手が必要なのだ。
候補はすでにいくつか出ていた。
それなりの規模を有していなければ、そもそも声をかける意味がない。商人ギルドとのかかわりが深いところに無理やり切り込むのは無謀。これまでの物品取引において『鉄器』購入の実績がないところは除外。
そうやって取捨選択をしていけば、おのずと候補は絞られる。
「セヴェリース・・・でしょうね。やはり」
独自に収集してまとめた何百もの書類と、手帳を見比べて、深く頷く。
いま決めたわけではない。
もうずっと前に『(仮)』とした判断をもう一度軽くなぞって、間違いないと確認したのだ。
『セヴェリース』は帝国の北に位置する森林地帯の街。木材の産出が主な収入源の街だが、寒冷地ということと付近に迷宮もないことから、辺鄙な土地と思われている。
領主として街を治めているのも、子爵に過ぎず。中央政府からは見捨てられた街と言っていい。もちろん、そんなだから商人ギルドにもまったく相手にされていない。
それでも、良質の木材が多く採れるし、木工品の細工に長けた職人も多いことから、決して貧困な街ではなく。むしろ、経済的には裕福な街だった。
つまり、『鉄器』を買う金は持っているということだ。
しかも、北方に位置する雪国であるこの街では、『鉄器』の需要も大きい。
領主のキバレス・セイミヤ子爵には見かけるたびに挨拶をして、時には『移動のタペストリー』に消える瞬間の背中にすら声をかけたものだ。
自分の情報をなんでも開示して聞かせたりもしてきた。
おかげで、お互いの性格や心情など、シンパシーを感じる部分を大く発見できている。
いわゆる、気心の知れた仲だ。
最初のうちこそ、とっつきにくいところもあったが、忍耐強く、誠実、そしてなにより善良な人物だ。
領民には、その人格から『糸杉の子爵』と呼ばれている。
力強く、まっすぐで、頼りなる、と。
なんとなく、最近共に行動したことのある人物と重なる部分が多そうだ。
『アルカノウム連合』の一員とするのに、ふさわしい資質があるとすれば、これに勝るものはない。
必ず、参加させる。
その意気込みで、説得するつもりだ。
自分へのプレッシャーとして、今日の分の『鉄器』が入ったカーゴトランクも、預かってきている。
なんとしても、中身を空にして帰る覚悟だ。
マチリパトナムからの移動には、フラムマ教の教会ギルドを使った。フラムマ教の教会は人の住む町ならすべてに存在する。もちろん、規模は数百人単位から年寄りが一人というものまでさまざまだが、必ず存在はしている。
移動費に、お布施として一律銀貨5枚を要求されるが、確実な移動経路だ。
『セヴェリース』には迷宮がないので、冒険者ギルドもないのでそうするしかない。
セイミヤ子爵の所領の中心地『セヴェリース』の街は、四方を山に囲まれた窪地にあった。フラムマ教の教会はその中心にあり、子爵の居城は街の北側、山腹に寄り添うように連なる建物群よって構成されている。
「こんな辺鄙なところまで、よく来たな」
商人ギルドがないので郵便も使えない。
アポをとれていなかった。
それでも、城を訪ねると子爵はすぐに会ってくれた。
新雪色の髪。同じ色の眉に隠れて藍色の細い瞳が、温かくマティを見てくる。
今年で五十四歳になるはずの初老の男性だ。
「お久しぶりですわ、キバレス。突然きてしまったので会っていただけないかと思っていましたのに、すぐに会っていただけて助かりました」
手を取って軽く握りながら、マティは微笑みを浮かべて見せた。
気やすく名前を呼んでいるのにも理由がある。
人間は自分の名前を好ましいものと感じるらしく名前を呼んでくれる相手には親近感を持つ。だから、何度も名前を呼んでいると相手は自分に好意を持ってくれていると感じてうれしくなり、こちらにも好意を持ってくれるという。
これは笑顔でも同じ効果があるそうなので、親しみのある笑顔は常に欠かさない。
久しぶりと言ったが、三節前のパーティーで挨拶して以来の再会であるはずだ。
「なに。お前さんは約束は絶対に守る。どんな小さなものでもな。そんなお前さんのことだ。突然来たからと言って、押し売りを始めたりはすまいよ」
たしかに。
ある地方に行くと話したときに、そこの名産が好物だと聞いてお土産に買ってくると言って届けたとか、資料の収集を頼まれて翌日には簡易版を届けたりとか、そういうことはしている。
だけど、そんなことで信頼を得ていたとは予想外だ。
ありがたい。
「押し売りはしませんけど、交渉に来ているのは間違いではありませんよ?」
「そうだな。それはそれとして、『アルカノウム連合』とはなんなのかね? まずはそこから聞かねばな」
握った手を離さず、左手で撫でさすりながら聞いてくる。
いやな感じはない、子爵には性的な意味合いなんてないのだ。
親しみを込めているに過ぎない。
それに、貴族や大商人に多い、女性は支配されるものという考えも持っていないのがわかる。支配したいというのがまるわかりの男にされたら気持ち悪いことも、たんに綺麗だねっていう下心で触られるなら振り払うほどの嫌さはない。
許容できる。
「先日発足したばかりの経済組織ですわ。キバレス。実はわたくし、商人ギルドから独立いたしまして、そこの会長代理をつとめていますの」
面会の申請時にも名乗っているが、もう一度伝えた。
「ほう・・・」
わずかに目を開いて、子爵はソファーを勧めてくれた。
遠慮なく座らせてもらう。
ただし、背もたれに背中は付けない。
人は興味のあること、好きなものには無意識に近づこうとする傾向がある。なので、前傾姿勢で身を乗り出して話をすることで、『私はあなたに惹かれています』『あなたの話に興味がありますよ』という思いを伝えることができるのだ。
ローディスクを挟んで子爵も向かいのソファーに座った。
マティは、すかさずローディスクの上に手を置いて身体ごと相対した。
これで、万一にも後傾姿勢になったらすぐに気づくことができる。
それに、手を見える位置に置くことは手の内を明かしているということにつながるから、好感を持ってもらいやすくなると聞いた。
あと、腹を見せることも信頼を得るのに役立つらしい。
腹と言っても脱いで見せるわけではない。ようは、正面を見せるということだ。『隠し事をしていない』という無言の宣言になる。
「独立までしておきながら、君が代理というのが妙だね。会長は誰なのかね?」
腰を落ち着けた途端、質問が来た。
オレィユ家のマティともあろう者が、ギルドを飛び出しておいて他者の下風にいるというのが信じられないということだ。
「ハルカ・カワベ、その方が会長となりますの。キバレス、彼は異世界人ですわ」
別段、口調を変えることもなく、努めてサラリと口した。
秘密めかして控えめすぎることなく、強調して押し付けるようなこともせず、普段の会話のようなナチュラルさを意識する。
マティが身上とする交渉術の基本だ。
この答で子爵は今度こそ、はっきりと目を見開いて息を呑んだ。
口が「なるほど」と呟いたが、声はない。
これで会話の主導権は掴んだ。
次は準備していた話をする。
伝えたいことはたくさんあるが、それをすべて伝えようとすれば聞き手の思考力は消化不良を起こしてしまう。
それでは、あまりに不親切だ。
『どれを伝えるか』ではなく『どの話を省くか』に注意して、話の構成は考えてあった。
売上見込みの数値など、アピールしたい項目を上げて並べるのではなく、『アルカノウム連合』に所属する他の産業との連携がもたらす可能性をストーリーとして伝えていく。
そして、合間で必ず相手からも質問を受ける間を設けておいた。
どちらかが一方的にする会話は会話とは言わないし、聞き役に回ってしまった人には退屈なだけだ。
しかも、「自分のことなんて見ていないんじゃないか」という気持ちにさせてしまう。
それではいけない。
双方向での話し合いができた方が、自ずと理解は進むものなのだ。
アピールの仕方も大切だ。
データを大量に広げて難しそう見せた方が説得力が増す、などというのは逆効果だ。数字の羅列なんて見せられても、たいていの人は拒否感しか持てない。
拒否感を持たれて交渉なんて不可能だ。
情報はシンプルにまとめてある。もちろん、詳しい内容の書類も用意してあって、机の上に置いてあった。
話の内容には自分が責任を負う、そう態度で示して、自然体で相手との間に心の繋がりを芽生えさせ、育むこと。
それが重要だ。
「いかがでしょうか? キバレス」
用意していた話をし終えて、マティは姿勢を正した。
頭の中では、拒否された場合の説得の言葉が渦巻いている。
「いかがもなにも・・・」
キバレスは頭を軽く左右に振った。
話にならないということだろうか?
「断る理由が一つも見つからん。参加させてもらうよ」
もう一度説明を、そう思っていたら、承諾の言葉がもらえた。
「『鉄器』なら、今日からでも買い取らせよう。と言っても、売りに来ると聞けば黙っていても、街の商人が喜んで買いに走るだろうがね」
「ありがとうございます。キバレス」
頭を下げたマティだが直後には『鉄器』を売りつけ始め、セイミヤ子爵は苦笑しつつも値段交渉に乗ってきた。
『鉄器』の売り付け先が決まった瞬間だ。
商人が呼ばれて、取引が成立した。
覚悟の通り、カーゴトランクを空にして帰れる。
でも、それでいいということにはならない。
交易において、手を空にして帰ることほどの失敗はない。
売れるものを買い付けて帰るのでなくては、商売は成り立たないのだ。
「キバレス。なにか私に売ってほしい商品はありませんの?」
その商品によっては、次に向かう先の変更も検討しよう。
「売ってほしい? 安く買える商品なら聞くまでもないだろう。すでに、予想しているのではないかな?」
見透かすような返事が返ってきた。
間違ってはいない。
リサーチはもちろん済んでいる。
「予想はあくまでも予想ですわよ、キバレス。例えば在庫がたくさんある品物があるとしても、急いで売らないといけないものではないことはあり得ます。逆に、数は多くないのに、早く売ってしまいたい商品というものもありますでしょう? 私が聞きたいのは、いま、この地にあって他所に売りたい品物はないのかということですわ」
aで余っているものをbに売り、bの余剰品をcで売る。
商売の基本だが、それしかできないのでは商人は名乗れても交易人は名乗れない。
まだ知られていない商品を見つけて、流行を作るのも交易人の仕事だ。
『セヴェリース』は森林が豊富な街。木材そのものや、そこから生み出される『木工品』なら有り余っている。
『セブテント』の街での『鉄器』のように。
『木工品』なら、安く買えることは予想できている。
でも、そんな安易な商売なら素人にもできる。
それに、単に利鞘で儲けたいだけだと思われたくない。
マティはそう思って、商人をしていた。
たんに利益を上げるだけなら、安く買えそうなものを買って、高く売れそうなところで売ればいい。
だけど、そんな自分の利益しか考えないやり方では、いずれ客は離れていく。
とある叔母のやり方を見ての教訓だ。
自分本位での営業をかけ、顧客に「自分の成績を上げたいだけだよね」と思われているのに、そこからさらに「お願いします」「ともかく、試験的に商品を置いてみてください」と、へりくだったりお世辞を言ったりして取り入ろうとするものだから、顧客は嫌になってどんどん離れていく。
それを見て、マティは「自分のために」ではなく「お客様のために」へと発想を転換させたのだ。
営業とは、いやがるお客様に平身低頭して買ってもらうような卑しい仕事ではない。お客様の欲しい商品を売らせていただく、お客様に感謝される仕事なのだ。
逆もまた然り。
相手が買ってほしいものを買ってあげるのもまた、仕事なのだ。
自分の腕に自信があれば、相手の買ってほしいものをなんであろうと買ってあげて、売れる場所を、売れる方法を探せる。
売れないものと思っていたものを売って見せることで、信頼を得ることができれば、今後も信頼して話を持ってきてもらえる。
そういう関係が作れれば、取引相手は信じて頼れる仲間になる、そう考えたのだ。
いままでは、バララト支部副支部長という肩書はあっても商人ギルドの一職員でしかなくて、自分の考え で行動することはできなかったが、もうその縛りはなくなった。
この『アルカノウム連合』では、そういうやり方でやっていきたい。
「売ってしまいたい、ということならば『魚肉』だろうな」
そんなもの買い取ってくれるのか?
という目を向けられてきたのでマティは頷いて見せた。
「数は多いんですの?」
「捨てるほどあるのだよ」
この街は山に囲まれているが、東側の山を越えた先には港を持つ小さな町がある。
そこでは『タララ』という魚が大量に採れるので、干して乾燥させたものを保存食として蓄えているのだそうだ。
山間の街のこと、食料自給率は高くない。
一度の不作で餓死者が出たことも、かつてはあった。そんな飢饉を避けるため、代々の領主が保存の利く 『干しタララ』を蓄え続けてきたのだ。
おかげで保存食は万全だ。
飢饉が10年続いても餓死者を出さなくて済むくらいに。
無駄に多いということだ。
古いものから順に住民へと供出したりもしているが、それでも追いつかなくなっているのだそうだ。
なら、作るのをやめればいいとも思うが、それをすれば作ることで生計を立てている人々の生活が成り立たなくなる。
領内の経済圏が崩れかねないリスクを負ってまで、生産停止を断行する決断は下せないし、予算もそんなに多くかかっているわけでもないので、やめるにやめられないという事情もあった。
「貯蔵庫は常設版空間保管庫がずらりと並んでいる状態。この空間保管庫を維持するための魔力確保のためのコストに、予算が食われている状況だ」
少しづつ売っていき、空間保管庫の機能停止ができればコストダウンになる、と。
本当に売れるのか? という目がマティに向けられる。
「販路は確保して見せますわ」
自信をもって、マティは請け合った。




