鍛冶師
ハルカたちの姿が横穴に消え、ついで足音も聞こえなくなる。
「それで、私に頼みとはなんなのだ?」
一人きりで竜などという得体のしれない生き物と対峙している。何もしていないのに背中に変な汗が出そうな気分になりながらラリスは、平然としている風を装いながらも口を歪めた。自分としては笑みを浮かべたつもりで。
「神の血の匂いがした。お主が、鍛冶師ラリスであろう?」
「そうだ。そうだが、それがどうかしたのか?」
「剣を一振り打ってほしいのだ」
その答えに、ラリスははっきりと安堵の息を吐いた。
竜からの頼みごと、何を言われるかと内心不安だったのだが、鍛冶師として剣を打てということなら緊張するようなことではない。
「そんなことなら、お安い御用だ。と言っても炉がないと仕事にはならねぬが」
明らかに表情を明るくしたラリスを見る竜の瞳が、細くなる。
「炉ならあるぞ」
少女の姿をした竜は、片手を振った。すると、直前まで竜の背後にそそり立っていた水の壁がカーテンか何かのようにさーっと開き、影になって見えなかったものを露わにした。
「・・・・・」
絶句。
言葉が出なかった、声すら出ない。
そこには巨大な生物が、または生物だったものが横たわっていた。
高さだけでもハルカの肩にシャラーラとラリスを乗せたぐらいの高さ、長さたるや仲間たち全員の身長を足しても足りないくらい。
大蛇のようにも見えなくはないが、金色の角とその後ろに生えた髪、長く伸びた黒い髭、なにより長い胴から出ている短い四肢と背中に生えた翼がそうではないことを示している。
伝説に語られる竜、そのままの姿。
それがピクリとも動かず目の前にあるという現実。
なんだそれはっ!!
なんとか口にはせずに済んだが、内心では叫ばずにいられなかった。
「恐れずともよい。我がかつて脱ぎ捨てた体だ。でかすぎて不便なのでな、この姿で留まることを決めた時に放棄したのだ」
少女の体でクルッと回って見せてくる。
体を放棄とか意味わからんわ!
思わず口にしそうになるが、幸いにも実行する前に気を惹かれるものを見つけたため、実現はしなかった。
炉、だった。
竜の顎が開いた先に、赤々と炎が揺らめいている。
炉ならある、そう言っていたことは本当だったわけだ。
「竜の息吹というものなのか?」
伝説によれば、竜は口から炎や氷、雷などを吐くという。
「人間たちはそう呼ぶらしいな」
「確かに、これならいい感じの温度が出ておる。いい仕事ができるだろう。・・・そうとなったなら、あとは材料だな」
手をかざして温度を確認しながら、頷く。
脳内では、どんな材料を使おうかと考え始めていた。
いたのだが・・・。
「そこにある」
竜の少女は、ひょいっと手を振った。
「はぁ!?」
そこにある、そう言われて見渡すがラリスにはどれのことかわからなかった。というより、竜以外はなにもなさそうだ。
「・・・・って、まさか!?」
「うむ、我の体を余すことなく使い、剣を打て」
そんなバカな、と笑みを浮かべようとしたラリスの表情が凍った。
竜は本気らしい、と感じたからだ。
「理由を聞かせてもらえるか?」
「なに、たいしたことではないぞ」
自分の死はもはや確実だ。
そして、命が尽きればこの地底湖は少しずつではあっても地下水が流入して沈む。当然、この体も。長い歳月をかけて腐り落ちていくことになるだろう。
なんの役に立つでもなく、土になる。
それでもいいと思ってはいた、今日アル・・・旧友たるアルターリアと会うまでは。
だが、アルと会って気が変わった。
この身をアルのために、冒険者のパーティメンバーなどという危険な身の上となったアルを守るために、役立てたい、と。
「生ある日々最後の友に、形見を残そうというわけだ」
「そんなことをして、あなたは平気なのか?」
本体ともいうべき身体を剣にしてしまって、少女の体の方に影響は出ないのか? という疑問だ。
「なにも変わりはせんよ。もう何百年だか何千年だか前に捨てた体だ。繋がりもとうに切れておるわ」
「そうか・・・だが、あの娘が知ったら怒りそうだな」
「うまくいけば、我という存在を数十年長らえさせられるかもしれぬ。それなら、人助けだ。怒らぬのではないかな」
? ・・・どういうことか? という顔をしたラリスに、レジングルが話したところでは。剣の出来が良ければ少女の姿の自分を剣に宿らせることで、死を数十年先延ばしにできる可能性があるのだという。
「・・・うまくいく可能性は?」
ごくり、と唾を呑み込んでラリスが問う。
答えは・・・。
ただの人間の鍛冶師ならば一割もない。
『神の血脈』を受けているラリスでも、三割というところ。
身体を提供する当人が自ら手を貸すことで五割。
「最大限に要素を加味して六割行くかどうか、というところだ。だがな・・・かつて、神たちも行っていた竜や精霊を基に武具を作るという技。人間の身で成功させる難事に挑む機会など、そう多くはないぞ?」
逃げるのか?
見え透いた挑発。
しかし、神の血脈を継ぐ鍛冶師に、その誘惑は強すぎた。
「・・・うむ! やらせてもらおうではないか」
不敵に笑みを浮かべ、ラリスは鍜治の道具を広げた。
「で、と。なにからはじめるのだ?」
鍜治の道具を炉の前に広げて問う。
どっからでも来い、という気負いが透けて見えるようだ。
「まずは解体からだな、それで部位ごとに分ける」
竜の体は金属の性質を宿している。
神話の中で神は最初人間を金で作ったとされる。
しかし金で作られた人間は容姿は綺麗だが、あまりにも傲慢でひどい生き物になったので、これを滅ぼし銀だの宝石だので作り直しては失敗を繰り返したと伝えられる。
そんな失敗の連続の中、まあまあマシだということで妥協することのできたのが、今の人間だ。
そんな中、竜は鉄のような金属を含む鉱石で作られた生き物なのだ。ただし、そもそも生物である竜の体は純度が高くなく、部位ごとにその性質は異なる。ひとまとめにしてしまっては強度が落ちるほか、せっかくの能力を生かしきれなくなる。
なにより、竜の形のままでは作業がしにくい。
「角から始めて、鱗、牙、爪、翼、骨の順に行うのだ」
レジングルが竜の頭を指差して指示を出す。
「その順番に意味はあるのか?」
小刀と鑿、金槌を腰に吊るしたフォルスターに差し込み、竜の頭に上る傍ら何気なくした質問だったが、少女は真剣な頷きを返してきた。順番を違えると最悪死ぬし、材料の劣化を招く、と。
角は竜にとって力の源ともいえる部位、頭に残したまま他の部位を取りにかかると脊髄反射で動き出す可能性があるのだという。振り落とされるだけならいいが、こんな地下空間で暴れられて天井が崩れでもしたら生き埋めは必至だ。
その次が鱗なのは、皮膚を覆うその防具を取り除いておかないと牙や爪を取るとき障害となるからだ。骨に関しては言わずもがなだろう。
「取り外し方にも手順がある」
レジングルの場合は少女の体を抜け出させるにあたって肉や内臓などを持って出たため竜の体に肉は残っておらず比較的楽だが、肉が残っているときには手順を踏まないと恐ろしく体力と時間を消費することになる。らしい。
「その手順というのは?」
竜の頭に乗り、左側の角に手を添えて訊いた。
角は下から見ていた時よりも太く長い、一本でシャラーラの体一人分の長さと太さがある。確かにこれを途中から切るとか折るというのは骨の折れる作業となるだろう。
「根元を見ろ、骨と角の間に色の違う層があるだろう?」
足元から聞こえてくる声に耳を傾けながら、言われた通りに目を向ける。確かに頭蓋骨の灰色を混ぜ込んだような白と、角の象牙色の間に青味がかった薄い層が確認できた。
「うむ、見つけたぞ」
「それは角を生やすための根のようなものがあった名残だ。そこに刃を突き入れて円錐状に抉れ、それで角を抜き取れる」
肉が残っている場合は、この周囲に強靭な筋肉組織が張り巡らされていて刃を通すのに大汗かかされることになる。弱い部分を目に頼らずに突き止めて抉る感覚が欠かせない。それを学ぶのに今ほど最適なときはなかった。
ギッ・・・ギギッ・・・・。
小刀を差し込んでぐりぐりと弱い層に沿って回していく・・・と、グラッと揺れて角が倒れ掛かってきた。小刀を一周させて腰に戻し、グッと力を入れると角はあっさりと抜けた。
右側も同じようにして抜き取る。
抜き取った角を神の血脈の体力で両肩に担ぎ、竜の頭から飛び降りる。大きさの割に軽いのが幸いした。
炉となる頭から少し離れた場所に、二本そろえて下ろして置く。
「次は、鱗だな」
竜の体を視線で一撫でして、どこから手を出せばいいのかわからないことに気付き、この体の元持ち主を顧みた。
一分の隙もなく整然と並ぶ鱗は、肉を失った今も万全の防御を誇って煌めいている。
「咽喉を見ろ、違和感があるはずだ」
少女の声に誘導され、横たわる竜の喉元を観察する。
違和感はすぐに見つかった。
人間でいうなら、ちょうど喉仏に当たる場所。逆三角形を形作るそこだけが、整然としている鱗が乱れている。数枚などは他の鱗とは完全に逆向きについていた。
「逆鱗という。竜の数少ない弱点の一つでもある」
鉄壁の防御が緩む間隙。
生物であるがゆえに突き詰められなかった完璧さが、そこにあった。
「そこならば簡単に剥がせる。一部を剥ぎ取れば後は楽に進められるだろう」
その通りだった。
本来隣同士が重なり合い、隙間を作らない構造の鱗。それが乱れた一点から剥がしにかかると、鱗はあっけないほど簡単に剥がれ落ちた。
手の平サイズの鱗がバラバラと。
あとは簡単だった。数は多いが薄く軽い鱗を剥がしては重ねていく。さして間を置くことなく全ての鱗が剥ぎ取られ、角の横に重ね置きされた。
「牙と爪は、角と同じだ。接続面の薄い層に刃を差し込んでいけば抜き取れる」
相手が相手だ、手間はかかるし力もいる。だが、作業は順調に進んだ。
牙と爪が角と鱗に並ぶ。
「では、骨に移ろう」
すっかり偉容をなくした竜の成れの果てを、自分自身を前に、レジングルは淡々と指導を続ける。
「まず、翼を外す。付け根の間接に刃を打ち込んで抉れ」
この辺りは角の時と同様だ。ただし、頭部よりも皮が厚いので、関節部を正確に打ち砕くのには時間がかかったが。
外した翼は、骨格部分と被膜、鉤爪状の突起とに分けた。
鉤爪状の突起は先に解体した爪に並べ、骨格はこの後で取り出す骨と一緒にする。
皮膜はこの後切り取る皮膚と、性質が異なるということなので、別個に置いておくことにした。
「次に、頭と胴を切り離す」
再び頭の上に乗り、頭蓋骨の縁に沿って小刀を差し込んでいく。
半分ほど入れたところで、切っ先に手応えが生まれたらそのまま槌も使って押し込んでいく。やがて、ガギッ! と鈍い音がして頸椎が分断される。そうしたら、小刀を抜いて切り口を中心に右と左に切れ目を入れていき、一周させれば頭と胴体の分断が完了する。
分断が済んだところで、胴体を転がして仰向けに。
逆鱗のあった辺りから刃を入れて一気に尾まで、身を割いていく。
肉があるとこの作業の間に内蔵の処理などもしなくてはならなくなるのだが、今回は肉も内蔵も残っていない状態なので皮を切り裂いて開腹してしまえれば十分だ。
開腹したら、肋骨を背骨から外し、腕と足、骨盤も外す。軟骨の部分に刃を入れて、軽く力を入れるだけで簡単に外れてくれた。
あとは背骨を適当な長さで分断していけば骨の分解も大方終了する。
もちろん、肩骨や骨盤、肋骨を加工しやすくするため大きいものは砕くなりする必要もある。だが神の血脈を継ぐラリスなら、そのままでも扱うだけの力が備わっているので問題はない。
「武器の製作に使う材料ということで言えば、これでほぼ終わりとなる。だが、実はもう一つ使える・・・使ってほしいものがある」
他の材料の脇に骨も積み上げたところで、竜の少女は頭のところに立ってラリスを手招いた。
「頭の骨も外すのか?」
それだと炉が役目を果たせなくなるんじゃないか? 不審そうに首を傾げた鍛冶師に少女は頭を振った。
「いや、目を取り出してほしいのだ。水晶体を。剣が完成した時、柄にはめ込んでほしい」
「ああ、そういうことか」
理解した、と頷き眼窩に手を入れる。ほどなく、手の平に握り込めるほどの大きさの玉が二つ、ラリスの手に収まった。汚れて霞んでいるが、磨けば光るだろうという期待を持つに十分な予感がした。
「ついでに髭と髪も切り取っておいてくれ、武器には使わないが他の道具になら有用だろうしな。それが終わったら、寝ろ」
「いや、まだ動ける。次の作業を教えてほしい」
竜の体の解体、滅多にできる経験ではない。おそらく経験したことのある鍛冶師なんて人類史を紐解いても数人しかいないだろう。そう考えると血が沸き、いてもたってもいられなかった。
眠りなどいらない、早く次に進みたい。
「ここからは体力勝負になる。とにかく一度休んでおけ」
「体力勝負?」
「あれを・・・なんと言ったかな? ・・・ああ、精製金属、だな。それにするのだ」
側に積まれている材料、『竜角』、『竜鱗』、『竜牙』、『竜爪』、『竜骨』を指し示して竜の少女が諭すように言った。
「・・・それは、たしかに体力勝負であろうな」
山積みの骨に視線を向けて、鍛冶師の少女はさすがに顔をひきつらせた。
言うことを聞いておいた方がいいと判断したラリスは『竜眼』を布に包み、『竜髭』と『竜髪』を切り取ったところで、作業を終えた。
炉となる頭から最も近い壁際まで鍜治道具以外の荷物、食料と水、野営用の毛布などを運ぶと、乾燥肉を齧った。
そして、そのまま寝入ってしまう。
精神の高まりで気づけずにいたが、やはり疲弊していたのだ。
作業は、目覚めとともに再開された。
朝なのか昼なのかはわからないが、目が覚めてしまったらもう寝るのは不可能だった。
幸い、竜は一度寝れば何百年でも眠れる半面、起きていようと思えば眠りを必要としないとかで、レジングルは起きていた。
乾燥肉をひとつかみ口に放り込んで水で飲み込む。胃に入った途端水を吸収して膨らむのが実感できた。
これで半日は持つ。
普段から、長丁場になりそうな鍛冶仕事をするときはよくこうしている。
「始めるぞ。順番に決まりでもあるか?」
一応という感じに問い掛けるが、答えは「ない」とのことなので、自分で決めることにする。答えは数秒で出た。『竜爪』からだ。
手の爪から大きめのものを一本、熱に強い道具で挟んで炉の中に入れる。真っ赤に焼けたところで取り出し、叩き台に載せて槌を振るい叩いていく。
叩く度、真っ赤に焼けた爪から黒い煤のようなものが落ちていく。
爪に含まれる金属性質の部分とは異なる『なにか』、不純物だ。この不純物を可能な限り取り除き立方体にしたもの、加工しやすい状態にしたもののことを『精製金属』、という。
叩いていた爪が、三分の一ほどまで小さくなったところでやめ。
次の爪を炉に入れる。
それを繰り返し、片手分を終えたら五本分をひとまとめにして再び叩く。同じように不純物を取り除き、当初の七割ほどまで縮んだら、側に置いておいて次の手に、そして足に取り掛かる。
こうしてできた四つの塊を一つにまとめて、再度叩く。
そこまでしてこその、『精製』金属だ。
鍛冶師の横に、不純物のカスが蓄積されていくが、作業は構わず続けられた。
こうしてできた『竜爪』の精製金属を後ろにおいて、次の『竜牙』にかかる。
やることは一緒だ。一本ずつ、数本分を集めた物毎、そして最後に一塊にまとめて。
『竜鱗』、『竜角』、『竜骨』も同様だ。
『竜骨』は嵩が大きいから苦戦を覚悟したが、一本叩いてみて杞憂だったことが分かった。骨は密度が高くなく、気泡とでも言うべき穴が無数に開いていた。そのため、温めるだけで、この穴が潰れてぺしゃんこになった。
山になっていたときの予想をはるかに下回る労力で、骨もまた精製金属に姿を変えた。
「ふむ、意外と早かったな」
竜の少女も予想外らしく、感心したような呟きをこぼした。
「ここまでくれば、我の口出しは無用だろう。鍛冶師として腕の見せ所だぞ」
挑戦的な言い回しに、少しばかりの気遣いが聞き取れる。
ラリスは、ニヤリと笑みを浮かべて見せた。
地下水を浴びて汗を流し、心身を清める。
金属の塊に魂を込めるのだ。
生半可な気持ちでは臨めない。
気合を入れ直した鍛冶師が、炉の前に座る。
初めに手に取ったのは『竜骨』の精製金属だ。これを鍛錬しながら細く伸ばしていく。これが刀身の基礎となる。
次に取り出すのは『竜爪』。鍛錬を繰り返したところで基礎たる『竜骨』、その切っ先となる場所へと接合された。
続いて『竜牙』。同じようにして刀身の刃となる部分に接合される。
刀身としての形を取り始めたところで、『竜鱗』。精製金属を二つに分け、平らにしたところで刀身を左右から挟み込むように合わせる。
そして、叩き鍛える。
鍛冶師の顔から、腕から、汗が飛び散る。
それでも、一心不乱に振るわれる槌が、金属の塊に命と魂を吹き込んでいく。
刀身は見る間に一つの刀剣として昇華していった。
最後に『竜角』。
刀身の下部で持ち手へと変貌した。
そして焼入れ、焼き戻しを経て、磨ぎの工程へと進んでいく。
柄の部分に磨き込んだ『竜眼』を並べて嵌め込んで、『竜髭』を巻き、『竜髪』で作った房を結び付ける。
「・・・完成だ」
目の前でじっくりと観察した鍛冶師が、熱を帯びた吐息とともに言葉を吐き出す。
蒼味がかった幅広の大型武器。俗に『青龍刀』と呼ばれる形の刀剣。
竜を材料に、と聞いた時からこの武器を作ることをほぼ決めていた。
「ほう、なかなか綺麗に仕上がったではないか」
見事な変貌を遂げた自身をしげしげと観察するレジングルの顔に、興奮のためか朱が差している。気に入ってもらえたらしい。
「あとは鞘を作れば、終わりだな」
「いや、鞘は我が作ろう」
ひょい、とまだ温かい青龍刀を手に取った竜の少女はそのまま炉の中へと入って行く。
「お、おいっ!?」
慌てて立ち上がるラリスだが、レジングルは熱そうな素振りもなく火の中に入ると、青龍刀の刃を奥に向けて炉の床、竜の下顎に突き刺した。
「自分の火で傷つくわけがなかろう。驚いておらんで、そこのカスを竜の口に放り込め。我と剣を埋めるのだ」
「・・・それで、どうなるのだ?」
反論は許されない、そう悟ったラリスは言われるがまま従った。
それでも疑問は沸く。
「結果は二つに一つだ。しばらくして、お主が見に来た時に竜の頭も我も消えており鞘と剣が床に置いてある。これが成功。失敗した場合は剣と鞘の他に我も倒れている。この場合、我は疲れ切って寝ておるから、そうっとしておけ」
不純物に埋もれながら、竜の少女は平然としている。
「時間は・・・どれほどかかるかわからぬ。少し離れたところでなんぞ暇つぶしを見つけて気長に待つがよいぞ」
「そうか。なら、皮膚と髭と髪の残りで何か作れないか考えてみよう」
そうするがいい、そんな言葉を最後にレジングルは沈黙した。頭まで埋まり、不純物はすべて竜の口に入っている。
ラリスは、『竜の被膜』、『竜皮』と『竜髭』、『竜髪』を食料などが置いてあるところまで引きづって行った。
そして、とりあえず、眠りにつく。
一気呵成に作業を続けたため、疲労は極限だった。
眠りから覚め、飲み水の確保と顔を洗うのとで水辺に行くついでに竜頭に目を向けるが、変化は特になかった。
どのくらいかかるかわからない、そう言っていたのだそんなすぐに動きはあるまい。
ラリスは別の作業を始めることにする。
『竜皮』を鞣すため、手足の部分と尻尾の細すぎる部分を切り取り、皮を長方形型にして植物油と焚火の火を使いゆっくり、丁寧に鞣していく。
これは鍛冶師と言うより革職人の職域だが、武器を作るのに革を使うこともある。扱い方は習得しているのだ。
そもそも竜の皮だから腐敗の可能性などはあまりないのだが、やはり、この作業をしておかなくては革製品の加工は始まらない。
本体はもちろん、手足と尾の部分も鞣していく。
鞣し終わったら本体は巻物状に、他の部分も筒状にして保管をする。『竜の被膜』もだ。
この作業だけでも、およそ丸一日がかりだったと思われるのだが、寝ようとする前に確認しに行った時点では竜頭に変化はなかった。
翌、目覚め。
太陽を見ていないので正直朝なのか夜なのかも実はよくわかっていないのだが、たぶん翌朝のはずだ。
体内時計がトチ狂っていなければ。
やはり、変化はなく、ラリスは『竜髭』の処理にかかった。
竜の髭は、実際は一本ではなく、何百という繊維が絡み合って形成されていた。この繊維を一本一本ほぐして、さらに一本の糸としてつないでいく。
恐ろしく緻密で面倒な作業だが、ラリスは驚くほどの集中力でコツコツと行っていく。
これには、二日かかった。
そして、地底湖に来てから六度目の目覚め。
変化があった。
目を覚ました途端、竜頭を中心に周囲が青白く輝いていた。
いや、そうではない。
竜頭はなくなっていた。
おそるおそる近づいてみれば、竜頭のあったところに青龍刀と竜が彫り込まれた鞘とが並べて置かれていた。光を放っているのはその両方だ。
「・・・・・っ!!」
思わず腰を入れて両手で拳を握り、ガッツポーズを決めていた。
成功したのだ。
神々の足元に指くらいはかけることができたかもしれない。そう思うと感慨もひとしおだった。
気になるのは、レジングルの状態、だが・・・「グゥ・・・」・・・寝言らしき声が聞こえている。失敗でも成功でも疲れるのは変わらないということだろう。自分で起きるかハルカたちが戻るまでそっとしておくことにする。
「・・・って。それにしても、ハルカ殿たちはなにをしているのだ?」
あれから最低でも五日、もしかしたら十日近くたつのに戻っていないというのは・・・。
かなり不安になるが、ここは仲間を信じるしかない。
そこで、ラリスは頭を傾げた。
自分の中の思いに、意外なものを見つけていた。
「仲間・・・なのかな?」
ラリスの名で武器を生み出した初めての客。
それだけのつもりでいたのだが・・・どうやらそうでもないらしい。
「ハルカ殿に聞いてみるとするか」
どんな答えが返ってくるのだろうか?
それで、仲間だと断言されたらどうしよう?
ラリスの顔に、なぜか笑みが浮かんだ。本人も気が付かないままに。




