くえすと
ノルテセトロからの出口から出て、受付カウンターの中を覗き込むと、栗色の髪の少女と目が合った。同時に、彼女は横で紅茶をすすっている同僚の肩をゆする。
紅茶がこぼれでもしたのか、その同僚はとりあえず栗色の頭に拳骨を落としてから、こちらを振り返った。
セミロングの光沢ある薄い紅茶色の髪、紅玉色の瞳。ルサルカという妖怪とのハーフだそうで、ちょっとした仕草が無駄に色っぽいギルド受付嬢、オレ担当の迷宮案内人リティア・ハティールだ。
改めて見ると、ほんと美人なんだよな。
美人というには、性格が残念だけど。
「ハルカ君、どうしたの?」
カウンターまで歩いてきながら問い掛けてくる。
「えーとですね」
答えようとして、どの村に行きたいのかがわからないことに気が付いた。
救いを求めて、アルターリアを見る。
「イナコス村に行きたいのです」
そう補足してくれた。
その村というのは『イナコス村』というらしい。
「また、なんか面倒な質問ね」
ホントにこの子は、予測できないことするわね。と、リティアさんが呆れ顔になる。
カウンター越しにするような話ではないと判断したのかリティアさんは、プライバシーが守れる相談室へとオレたちを誘導した。
いつもの個室だ。
例の件で、カウンター業務自体やっていないのかもしれない。
「で? なんなの、イナコス村って」
椅子に座って、ギルド職員の顔になったリティアさんがきいてくる。
オレはなるべく端的に説明をした。
ある情報を探していて、その情報を知っていそうな人物のいる場所としてあがったのが「イナコス村」だということを。
「ふーん。あれ? イナコス村・・・?」
右手の人差指、その曲げた第二間接を唇に押し当てる。遠い記憶に思いを馳せるように目を閉じてしばし。はっと目を見開いた。
「ちょっと待ってて!」
ガタッと音を立てて椅子から立ち上がるとトタトタと小走りになってギルドの奥のほうへと駆けて行った。
「アルターリア? ところで、その人ってどんな人なの?」
「それは・・・」
アルターリアが、ちょっと言いにくそうになっている。
「ハルカ君! いい話があるわよ、イナコス村に」
なにかを言い淀んでいたアルターリアの言葉が途切れる。手に一枚の羊皮紙を手にしたリティアさんが、扉を壊しかねない勢いで駆け込んできたのだ。
「冒険依頼よ、イナコス村の村長から冒険依頼が出ていたわ」
そう言って、見せてくれた依頼書に書かれていたのは、村の近くにある湖の水位が年々減少している理由の調査を頼みたい、というものだった。
「・・・いまさら、ですか?」
半目になったミーレスが、低い声で問い質した。
え?
「どうかしたのか?」
普段、オレとリティアさんの会話にミーレスたちが口をさしはさむことはない。
どうしたというのだろう?
「依頼された日付が二年以上前です」
うっわ。
「ギルドにもそれなりに言い分はあるのよ」
困ったような歯切れの悪さでリティアさんが解説したところによれば、ギルドには日々たくさんの依頼が寄せられる。その中には迷宮から特定のドロップアイテムを集めてきてほしいというものから、都市外の地方からの陳情なども含まれる。
ギルドとしては立場上の理由で迷宮関連が最優先され、地方の、それも緊急性のない案件は先送りされる風潮があるのだという。
イナコス村は井戸や泉も多く、水位が下がっている湖がたとえ干上がったとしても水不足に悩まされることはない。また、この湖には生き物も生息していないため、生態系の破壊も心配いらない。
結果として緊急性は低く、放置しても問題なしとされているのだそうな。
「だけど、その冒険依頼をしようという冒険者が出てくれば話は別よ。多少の便宜は計ってくれるわ。移動費用の補填とか」
費用の補填、ということは・・・。
「『移動のタペストリー』はありますか?」
「・・・・・・」
にっこりと微笑まれてしまった。
やはりないらしい。
依頼が二年間も放置されているのも、その辺に理由がありそうだ。
「どうする? 依頼受けるなら、書類申請してきちゃうけど?」
微笑んだまま、話しを進め始めた。
「お、お願いします」
補填というのがどの程度かは知らないが、どちらにしろ行かないという選択肢はないのだ。何もなしで行くよりは絶対にいい。
依頼ということは、報酬もあるのだろうし。
「うん、待っててね」
微笑みのまま、リティアさんが書類を作成、事務所へ掛け合いに向かってくれる。
待つことしばし、呆気ないほどの速さで申請が通って、ギルドからの紹介状が渡された。
「これもってけば、状況説明とか協力がもらえるから」
オレの手にカード状の紹介状を握らせて、その手を自分の手で包み込むようにして・・・またにっこり。
なんだ、この態度は?
なにか、妙な感じがあるぞ?
「二年も待たされたことで怒っていなければ、ですよね?」
ミーレスの冷静な指摘が突き付けられた。
というか、「なるほど、それか」と思う。
この紹介状を持っていくということは、冒険者ギルドの代理人として扱われるということで。相手の心情によっては、冒険者ギルドのスケープゴートにされるということだ。
微笑んだままのリティアさんの額に汗が光った。
かなり険悪な態度を取られる可能性があるようだ。
「えーと。やっぱり断るという選択肢は?」
ギルドと関係なく行った方がましな気がしてきたぞ?
「駄目よ。もう申請しちゃったもの」
断固として拒否られた。
「依頼達成してくれれば、担当のわたしの査定ポイントも上がるし」
それか!
それが目的ですか?!
まあいい。
リティアさんのこういうところ、オレは嫌いじゃない。
「はぁ、いいです。行ってきますよ」
ため息交じりに承諾した。
いや、もともとこっちが行きたいと言ったんだから承諾したはおかしいのか?
なんか、もやもやするが、気持ちを切り替えて冒険者ギルドをあとにした。
冒険者ギルドを出ると、太陽は沈みかけていた。
何気なく歩き始める・・・と。
「ハルカさん!」
オレは横から飛び出してきた影に左腕を取られた。
冒険者として反応しそうになるほどの勢いで。
目を落とすと、左腕に細い腕がしがみついていた。
なんか、前にもこんなことがあったなぁ、と視線を動かすと暗緑色の髪と瞳を持つ少女の上気した顔があった。既視感がありすぎる。
『レマ・ティコス』の店員。
しかも、アリシィアだ。
つい先日もこうやって捕まえられたっけなぁ。
とか考える。
無邪気な悪女、とも思える少女である。
「えーっと・・・」
逃がしてなるものか、そんな決意が現れたかのようにしっかりと捕獲された左腕。今度はなんだ? 身構えてしまうオレ。
「ミンクが食材の発注を間違えてしまい、余剰が出て困っているのです。客引きをしてでも捌かなくてはならないほどに」
涼やかな声が、疑問を解決してくれた。
アリシィアの後ろから現れたのはユトアだ。
正直言ってほっとする。
『レマ・ティコス』は常連になっていて、何人か顔なじみになった店員もいるが、ユトアは一番まともな人間だ。
にしても、こんなところまで客引きに来なくても・・・。
「冒険者なら、たくさん食べるだろう。ということです」
ユトアさんが肩をすくめている。
「多少値引きさせてもらいますから、食べていってください!」
アリシィアもギュっと腕に力を込めて言ってくる。
「・・・だめですか?」
眉を下げ、哀しげな瞳を向けてくるのが本当に可愛い。というか・・・。
「ずるいですよね・・・アリシィアさんって」
自分の魅力の使い方を本能で知っている女だ。
そう知りながら、しょうがないなぁ、と笑みが浮かんでしまう。と、アリシィアも「えへへ」と笑った。
「じゃあ、夕食はそちらでとりますよ。それならいいでしょう?」
「にげんのか、くそやろう」
オレの胸倉をつかんでアリシィアさんが言ってくる。
いつかのように声を作っているが、なんか本気の気配があった。
「行きたい場所があるんですけど、そこに行く方法がわからなくて、探さないといけないんですよ。日が暮れる前に商人ギルドとか教会とかぐらいは回っておきたくて」
逃げるとか、人聞きの悪いことは言わないでほしい。
「どちらにいかれるんですか?」
「イナコス村というところです」
ユトアの疑問に何気なく答えた途端、オレの方が驚かされた。
ユトアとアリシィアが同時にオレへとまん丸になった目を向けてきたのだ。
「え・・・?」
何事? とオレも目を丸くしていると、ユトアとアリシィアとが顔を見合わせ、ユトアどこか皮肉めいた笑みを浮かべた。
「ミンクの誤発注先です。キノコ類が主なものですが、普段の三倍を注文してしまった。運んできた業者に女将さんは突き返そうとしたのですが、業者には自分たちで運べと拒否されてしまいました」
「ですけど、店があるので自分たちで運ぶ暇なんてありませんから、なんとか捌き切ろうと頑張っていたんです・・・けど」
「あははは・・・」
言いたいことがわかってしまったオレが乾いた笑い声を上げ、ミーレスがなぜか満面の笑顔で空を見上げた。
幸いなことに、返品すると言っても生ものの方はさすがに傷んでしまうため、これは店で処理することになった。
なので、ミーレスたちが背負わされたのは干したキノコや山菜、燻製にした魚などだ。
だったら、そのまま保存して使ったら? と言ってみたら、あのミントの香りに包まれた猫耳族の女将さんに、すごい目で睨まれたので、もはや一言もなく返品を運ぶのを受け入れざるを得なくなった。
・・・怒った時の猫目は恐ろしい。普通の猫でさえそうなのだ。人間大の大きさで睨まれたら、夜だったらちびったかもしれない。
「臭いが染みついたら、ご主人様に責任をもって洗ってもらいますね!」
納品に使われていた背負い籠を、それぞれ背負わされたミーレスたちがちょっとキレ気味に言ってきて、 オレは一人、背中にダラダラと汗をかいた。
ともかく、行き方は教えてもらえたので良しとする。
ミーレスたちの身体なら、洗えと言われればいつでも洗わせてもらうし。
太陽は下降を続けている。
午後のけだるい空気が流れる中、オレとアルターリアは再び街中を歩いていた。
もちろん、背負わされていたものは空間保管庫に移してある。
『レマ・ティコス』でそうしなかったのは、空間保管庫の入り口を開けるだけの空間をとれなかったからだ。大きくなってたくさんものを入れられるようになったのはいいが、本当に使い勝手が悪い。
「どこへ行くんだい、アルターリア?」
出かけるというので、付き添っては来たが、なにをするのかとかは聞いていない。
東のメインストリートを真っ直ぐ、帝都の外側へと歩いている。
「エルフが経営する農園の店です。イナコス村に行くのに手土産が必要なので」
「あ、そうなんだ」
エルフの農場の大部分は帝都ではなく帝国の南方にあるが、帝都の中にも店があるのだそうだ。
元世界風に言えば、アンテナショップといったところだろう。
「私も、話に聞いただけで来たことがなかったのですけど」
何度か道に迷いながらもたどり着いた店は帝都の端にあった。
市壁との間に空き地を挟んですぐ、という立地である。空き地にはハーブらしき植物が植えられていて、建物はと言えば古い時代の石造りだ。
おそらくもともとは兵舎か何かだったのではないだろうか。
どことなく、奴隷用装身具の店と似た感じだ。どちらも、古い時代の建物を壊さずそのまま使っているからだろう。
「あ、アルターリア!?」
建物へと近づいていくと、洗濯物を取り込んでいた少女が声を掛けてきた。
ペルシアンブルーの髪に黒い瞳。アルターリアとは対照的な容姿だが、尖った耳などエルフの同族であることはわかる。
それに、顔見知りらしい。
「なにしにきたんだい? 長老様にあんたには干渉しないように言われているんだけど? ていうか、あんたいま何してるわけ?」
エルフ女性が疑わしそうな目を向けている。
オレのことは完全に無視らしい。
「久しぶりね、ミセラティー。別に援助を頼みに来たわけじゃないわよ。『桃の蜂蜜』が欲しいの。二樽くらい」
要求だけして、質問には答えない。
壁を作っているつもりなんだろうけど・・・。
口調が少しだけ崩れているな。
「樽って、小樽の方でしょ。買うってことでいいの?」
そうだ、とアルターリアが答えると、ミセラティーは頷いて倉庫へと走って行った。そしてすぐに戻ってくる。
「クレィヴが運んでくるから、支払いしてとっとと帰りなさいよ!」
ふんっ、と盛大に鼻を鳴らしてミセラティーは洗濯物の取り込みを再開した。
「・・・なんか、嫌われてる? アルターリア?」
呆気に取られて、つい胡乱な目を向けてしまった。
「例の騒ぎのとき、私に背中を向けたことが重荷になっているのかもしれません。昔は仲が良かったですから」
ああ、なるほど。
友人が一番つらいときに見捨てた負い目が、反発心になっているのか。
もちろん、いまだにアルターリアを敵と考えている者たちも多いのだと思う。奴隷に堕ちたと知って、リスクを負ってまで手を出す気をなくしているだけで。
「おい、ぼけっと突っ立ってないで手伝え!」
両脇に大玉のスイカくらいの樽を抱えた少年、オレより3つぐらい下の男の子、が怒声を浴びせてきた。
「ああ、悪い」
反射的に動こうとしたオレ、その横を影が追い抜いた。
「荷物は、私が持ちますよ」
「は? お嬢様に持てるわけねぇだろ」
バカか? と言うようにせせら笑う少年から無理やりに樽を奪い取り、アルターリアは軽い感じで肩に担いだ。
「お嬢様ではありません。ご主人様の奴隷です。この程度のもの、今の私には荷物にもなりません!」
胸を張って言い放つアルターリアに、少年クレィヴは顔をひきつらせた。
昔から知っているお嬢様が奴隷となっていて、荷物を平然と担ぐ。
少年には、ちょっとした悪夢だろう。
アルターリアは幼い頃から美人だっただろうし、憧れを抱かせる存在だったに違いない。
「すまないな、支払いはいくらだ?」
アルターリアの昔馴染らしい彼に声をかけて、オレは代金を取り出した。
「1150ダラダです。ご主人様」
樽を担いだまま、アルターリアが教えてくれたので支払いを済ませた。
クレィグは、オレのことは一切見ないようにして、金を受け取っていた。
「わざわざここまで来なくても、蜂蜜くらいどこにでもあるだろうが。古巣が恋しくでもなったのか? ここにはもうお前の居場所なんかねーぞ」
受け取った銀・銅貨を数える傍ら、彼はそう突っぱねてきた。
チラッと視線が動いてミセラティーを見たことに、オレは気が付いた。
なるほど・・・。
オレは目を閉じて小さくため息をついた。彼がこういう言動をするのも当然、と納得がいったのだ。
「【エルフ・レ・マルシャン】製の『桃の蜂蜜』が大好きな人がいるのです。その人に贈るための贈り物です」
「・・・そうか、なら仕方ないや。・・・お買い上げありがとうございます、またのご利用がないことをお願いします」
にっこりと営業スマイルを浮かべて、クレィヴは背中を向けた。
「・・・行きましょう、ご主人様」
「・・・ああ」
わずかに開いた間に、少し気になっているのかな? と思ったのだが、盗み見たアルターリアの表情には寂しさとか哀しさはなかった。変わらない昔馴染を、懐かしむ笑みだけがあった。
彼等は家族ではない、でも仲間だ。と、その笑みは告げていた。
翌朝。ラリスを加えたオレと迷宮メンバーは、イメラという名の街の外に立った。
イメラはここ数百年のあいだに街になった。なので規模は小さく。歴史も浅い。そのため、迷宮がなく。冒険者ギルドもなかった。
ただし、農業は盛んで、小規模ながら発展して農地の減った町への食糧卸の業者はいるそうで、商人ギルドには『移動のタペストリー』があった。
十日に一度しか開けないという道を通行するのに、一人につき銀貨五枚で開けてもらい移動してきた。
そして、街の外に出たところだ。
広々とした大地がどこまでも続いている。
もちろん、実際には森もあれば山もあるから『どこまでも続いている』というのは比喩に過ぎない。
だが、街をほとんど出たことのない者たちにすれば、本当に広い世界に放り出された気にもなる。
街はたいてい壁で囲まれているし、街と街の移動は『移動のタペストリー』を使う。
街の外を歩くというのが、めったになかった者は多い。
「世界ってこんなに広かったか?」
なかでも、引きこもりと言われても抗弁できないほどのインドア派、ラリスが呆然と呟いた。
「市壁に阻まれてると山すらほとんど見えませんから。そう感じるのは無理ありません」
アニークの奴隷商人に身を売って以来初の街外だというアルターリアが、思いっきり深呼吸をしている。
久々の外、解放感を感じているようだ。
エルフだし、自然の中というのはやはり格別なのだろう。
「んだな。街には山も川もねぇものなぁ」
耳をピコピコ、鼻をヒクヒク、シャラーラが忙しなく辺りを見回しているのも、それが理由なら、しかたない。
「私はほんの少し前まで見ていたことになるのでしょうけど、奴隷としての生活で風景なんて見る余裕はありませんでした」
ミーレスも感慨深げだ。
背後にイメラの市壁、それ以外は大パノラマが広がっている。
森の碧、川の蒼、土の赤茶色・・・すべての色が鮮やかに目に飛び込んできて目が回りそうだった。
「・・・・・・・・」
そして、街から出るのが初のラリスは我を忘れてただひたすら目に映るものを胸に刻み付けていた。ただひたすら、鍛冶に勤しんでいたラリスにとって、気の許せる仲間たちと見る外の景色は猛毒だったようだ。
昨日までの価値観が色をなくすほどに。
表現として正しいかはわからないが、思いっきりやりまくったあとのシャラーラのような、恍惚とした顔をしている。
まあ、かくいうオレも、この解放感にはちょっと衝撃を受けた。
周囲を市壁で囲まれていることに慣れてしまっていると、壁がなくなった途端世界から転がり落ちそうな漠然とした恐怖が湧いて来る。
「怖いくらいだ」
鮮やかすぎる外の色彩の艶やかさが目と胸に迫って、目がくらみそうだ。
「えーっと、みなさん。まずはイナコス村に行きます。夕方までには村に着くはずです」
何度か、現地に行ったことがあるというアルターリアが音頭を取り、世界の広さに驚嘆する人々の群れを目的地へと誘った。
道中は言葉少なで、移動は極めて順調に進められた。
そして、アルターリアの言うように、夕暮れが始まる前に一同はイナコス村に到着した。




