といれ2
転移先はクルールの迷宮12階層だ。
トイレのリフォームが中途半端になっているし、他のところにもぜひ大理石を貼りたい。
「目標は20階層だ」
この迷宮は、階層がずっと順番に上がっていく形をとっている。
ペースを見るのには都合がいい。
この迷宮で自分たちのレベルでどこまで行けるのかを測りつつ、他の迷宮の攻略をすれば、ある程度安全性を担保できる。
・・・と思う。
こういう話をちゃんとしたいから、リティアさんを誘ったのだ。案内人というのは、その名の通りに迷宮を紹介するだけで、ギルド職員という立場以上のサポートはしてくれないらしいのだ。
もちろん、リティアさんなら頼めば相談に乗ってくれるだろうが、そのあとには上や横から突っつかれて、オレにストレスをぶちまける、ということにもなりそうだ。
・・・それはそれで困る。
それがオレ専属になれば、ノンストレスで相談を受けてもらえる。そう思ったのだけど・・・うまくいかないな。
「もちろん。今日中にとは言わないから。無理のないようにな」
「はい!」
ミーレスが張り切って返事をくれた。
シャラーラはすでにボクシングのシャドウをやっている。
それを見て、ミーレスが少し表情を曇らせた。11階層の探索をしていたとき、ほとんど何もできなかったことを思い出したのだろう。
張り切ったものの、また何もできないのではないかと考えているのだ。
だが、今回は違うぞ。
「ミーレス。これを使え」
リュックサックから柄の長いハンマーを出して渡した。ハンマーと言っても、先端に少し出っ張ったところのある金属製の棍棒だ。
モアイに剣による斬撃は無駄だから、殴打用の武器を用意したのだ。
「こ、これは!?」
「セブテントの迷宮で手に入れていた武器の一つだよ。売らないで残しておいたんだ。アルターリアの分もね」
アルターリアにも渡した。
武器の類は、種類ごとに五本ぐらい取ってある。
オレがそもそも、いろんなもののコレクターなので種類の多いものを手に入れる突炒めて置く癖があるからだ。
新しく探索メンバーの奴隷を買った時、様子見に使おうという考えもあってのことだ。
前回はそこまで気が回っていなかった。
コレクションに「使う」という概念がないせいでもある。
「『ドロップアイテム』だから、壊れても問題ない。使い捨てるつもりで、どんどん振り回していいぞ。あ、シャラーラも使うか?」
オレ自身は、斧を手にして、聞いてみた。
武闘大会で武器を使っていたから、武器も使えるはずだ。
リュックサックには言葉通り、使い捨てたあと用の予備も三本入れてある。シャラーラに一本渡しても、予備が二本。午前中ぐらいならこれで充分だ。
午後からも必要なら、別の武器を出せばいい。
「そうっすねぇ・・・いえ、いらねっす。拳を鍛えるにはいいとこっすから」
ふむ。
武器は壊れるだけだが、拳はどんどんと鍛えられるか。
「わかった。使いたくなったら言えよ。無理しても怪我するだけで鍛えられないからな」
「もちろんっすよ」
格闘技の達人に、素人が言うことじゃなかったかな。
だが、奴隷は与えられた状況に不満を言えないかもしれない。気を使うのは主人の義務だし権利だ。
これからも、安全に関しては口うるさいくらいに気を使っていこう。
12階層も、モアイだった。
『アズール』。白青、とでも呼べばいいのだろうか。白い色の中に薄い青色の線が無数に入っている。11階層の『アラベスク』と何が違うのかと思ってしまうが、高さ二メートルで、頭突きミサイルなのは変わらず。
どうやら色と模様が少し違うだけのようだ。
「はっ!」
飛んでくるのをシャラーラが叩き落してくれる。
あとは全員で蛸殴りに。
うん。やり方がわかると流れ作業で終わってしまう。
簡単だ。
魔素になってしまえば、元サイズのカロンが片付けてくれる。
甲羅も、そんなに目立った変化を感じない。あの変化は魔法世界でのイメージで、現実世界にまで目に見えての影響を及ぼすものではないのかもしれない。
とにかく、カロンが元気なことは確認できたので、良しとする。
それよりも12階層だ。
「ガラスのときと同じだな。たぶん、こうやって石を砕かせることで『石工』の技術を仕込もうってことなんだろう」
10階層までで、オレたちの能力には『ガラス職人』の基礎がついている。
こうして戦いを続けていると、次のテーマに入るころには『石工』の能力が身についているに違いない。
補正は腕力と防御力・・・のような気がする。
「そうかもしれません」
ミーレスが肯定してくれる。
手には、予想通りの大理石タイルがあった。
『アズールマカウパ300角』。倒したモアイと同色のタイルだ。綺麗な青が気に入ったのでたくさん集めたくなるが、今回は攻略が目的なので出口を探して突き進む。
途中何度か『アズール』を倒し、『アラベス』も倒した。
11階層にもいた『アラベス』だが、『ドロップアイテム』は違うものになっていた。『スノーホワイト』ではなく、『アラベスカートコルキア』白地に灰色の線でアラベスク模様が入ったものだ。
色が同じでも、色合いや模様の違いで種類分けされているのだろうな、と予想した。
天然石にまったく同じものは二つとない、ということだ。
・・・ここの『ドロップアイテム』は天然石とは言えないと思うけど、な。
『ドロップアイテム』はオレとアルターリアが基本の運び役となる。
シャラーラが先行してミーレスがフォーローする形だ。アルターリアをオレの護衛に残していても、二人だけでたいていは片付けてくれる。
万一、二人が危ないとなれば、アルターリアの魔法で援護することができるので、今のところ戦いは安定していると言っていい。
切り札の精霊魔法もあるし、な。
なので、12階層のゲートキーパーは苦労なく見つけられた。
「くっ・・・」
思わず拳を握ってしまった。
ミケランジェロ・ブオナローティ作。『ダヴィデ』がいた。
骨董好きなので、テレビの美術館特集なんかはよく見ていた。それで見た覚えのあるような気がする像がいた。
モチーフが同じなのかはわからんし、正直雰囲気しか覚えていないから目の前のが本当にそうなのかはわからない。
ただ、タグでわかる名前は『ダヴィデ』だった。
まあいい。
作者とかモチーフとかに興味はない。
問題は、その姿が毒だという点だ。
「前ぐらい隠せ!」
と、そういうことだ。
男のシンボルが丸見えなのだ。
筋肉質の体で身長も高い。アレ、もそれなりにいいものがついている。
女の子がいるところにそんな格好で現れるなんて!
男らしい身体を見せつけようというのだろうが、前ぐらい隠せ!
・・・しくしく。
ええ、ええ!
どうせオレは無駄な肉が多くついてますよ。
腹筋なんてあるかどうかも怪しいぽっちゃり腹ですよ!
アレだって標準で、そんな立派な存在感なんてありはしませんよ!
「ふっ」
思い切りいじけていると、シャラーラが鼻を鳴らして走っていった。
「ひぐっ!」
悲鳴を上げかけた。
全身が、スーッと寒くなる。
自分のモノがそうなったわけではないのに、思わず前屈みになってしまった。
シャラーラさんの鉄拳が、ダビデ君の大事なところにめり込んでいる。
「立たねぇモノに用はねぇっす」
冷めきった低音が響く。
うん。オレのは手でも口でも胸でも、敏感に反応して立つからな。
立派に見えるだけの不能なんて目じゃないか。
大きさや硬さではない。
シャラーラ、オレのはいつでも立つぞ!!
・・・なんの話だか・・・。
もとい!
ともかく、急所(?)を打ち砕かれたダビデ君は脆かった。文字通り、崩れ落ちるのに時間はかからなかった。
体の中心を陥没させられたために、下半身がグダグダになったダビデ君を、ミーレスが冷めきった顔で打ち据え。
膝をついたところで、シャラーラ渾身のアッパーが決まっては、どうにもならない。
『キャメルグリーンモザイクシート305×305×10』10枚。というのが『ドロップアイテム』だ。
砂をかけて汚したような。かすかにキャラメルがのったような。ちょっと茶色っぽいグリーンの石がモザイクのように並べられて、シート状になったものだ。
汚れた感じなので光沢とかはないが、その分落ち着いた雰囲気がある。
どこに使ってもよさげだ。
ただ、トイレの下側に使うと、汚れたように見えてしまうかもしれない。
いや、それを言ったらどこにも使えないな。
『アズールマカウパ300角』の光沢のあるタイルと並べて使って、清潔さと温かさを出す、とかでいいかもしれない。
そうすれば、トイレのリフォーム『壁』は終わる。
「立ったとしても石じゃダメっすからね。やっぱそこは肉でないと、一体感が出ねっす! 棒じゃねぇんだ。たますい(魂)なんだ、んだ!!」
・・・シャラーラさんが何かを力説して、ミーレスさんが頬を染めつつ熱心に頷いている。
「間違ったことは言っていませんよ。その通りです」
ちょっと気恥ずかしくなって、アルターリアに目を向けたら、そんなことを言われた。
「心技体。三つの要素が揃っていてこそ意味があります。大きくて硬いだけの棒突っ込まれても・・・体は反応するにしても心が冷めていては・・・」
なにか、まじめに持論を述べるつもりのようだ。
こんなところでなんの談義を展開する気なんだ?
「じ、13階層に進もうか?」
そそくさと『ドロップアイテム』をしまって促してみる。
ベッドの上ならともかく、こんなところで『ソレ』について真剣に論じられても困る。つうか、恥ずかしすぎる!
13階層に出て、最初に遭遇したのは『アラベス』だ。ただし、『ドロップアイテム』は『ビアンコブルイエ300角』になっていた。白地に灰色のマーブル柄が描かれている感じの大理石タイルだ。
続いて、『アズール』。こちらも『ブラックストレート300角』に変わっていた。その名の通り、黒い。黒いが、碁石のような『真っ黒』ではなく。陽が出る前の空のような、極めて灰色に近い黒、といった感じのものだ。
どうやら、『アラベス』は白色系、『アズール』は青ないし黒系の石をドロップするというルールがあるらしい。
で、そのあとに出てきたのが13階層が初出となる『ベルデ』。
「うっわ・・・」
初見で、思わずうめいてしまった。
北斎か!
とツッコみそうなほどの、波の絵が描かれているモアイだったのだ。実際にはもちろん波の絵が描かれているわけではなく、濃いグリーンの地色にダイナミックな雲模様が特徴的な石がモアイの形をしている、というものだ。
色が違っても物は同じ。
作業自体は単純だ。
・・・と思ったら、そうでもなくなった。
攻撃してこないのだ。
こっちを向いたまま微動だにしない。
「シャラーラ、待て!」
突貫しようとするのを声を上げて止める。
いやな予感がした。
タグで確認しようとしても文字化けが多くてよくわからないが、たぶん間違いないという気がする。
昔プレイしたゲームに、こんな感じで動かない石像型の敵がいたのがなぜか思い出された。もう一戦したら全体回復を・・・そう考えながら戦闘に入り、倒した。その直後の光景は忘れない。
「アルターリア、魔法で仕留めてくれ。シャラーラとミーレスは下がれ」
指示を出す。
「『フラムマクリス』!」
シャラーラとミーレスが渋々下がってくるのを待って、炎の投げ槍が敵を撃った。一撃、とはいかなかったが二撃目で体力ゲージが0になったのを確認した。
同時に、予感が正しかったことが分かった。
「伏せろ!」
ゲーム画面が脳裏にフラッシュバックする中で叫ぶ。
直後。
爆音に全身を叩かれた。
自爆しやがったのだ。
「やっぱりか!」
爆風が去った後で爆心地を見ると、『ドロップアイテム』のタイル一枚残して何もない状態となっていた。爆発したというのに、床に割れ目もない。
威力が弱かったとは思えないから、床が丈夫なのか、または魔導士の「自分の魔法では傷つかない」というのと同じ理屈が働いたのだと思う。
魔素もなかったのだろう、カロンが床すれすれまで下りて、ちっちゃな欠片を飲み込んでいた。
なんにしても、気が付いてよかった。
シャラーラあたりが接近戦で仕留めていたら、負傷していたかもしれない。
「ご主人様、よくお分かりになりましたね」
アルターリアが探るような目で見てきた。
「昔、ちょっと似たような状況を見たことがあったんだ」
ゲームで見た、なんて言っても理解できないだろうから、とりあえずそう答えておく。
なぜ、動かない敵が自爆するか?
理由は簡単だ。
敵が動かないということは、こちらが動いて攻撃しなくてはならないということ。
結果、近接戦闘をする者が敵の周囲に集まることになる。そのうえで爆発すれば、こちらの被害は甚大だ。
命を持たない魔物ならではの罠と言える。
褒めてなんかやらないが。
「ご主人様」
ミーレスが『ドロップアイテム』を拾ってきてくれた。
『グリーンウェーブ300角』。魔物の見た目そのままのタイルが手に入った。
きっと、緑色系の大理石をドロップする敵となるのだろう。
この大理石はかなり綺麗だから、ダイニングの玄関側の壁をこれで埋め尽くしたらさぞかし壮観な眺めになりそうだ。
ダイニングのテーブルの天板上に貼るのもいいかもな。
数を集めるのが大変だから、まずは数を揃えてからの話になるけどね。
もちろん、数を揃えるのは「いずれ」だ。
今日は、迷宮の攻略が目的なのだから。
出口がありそうな場所を目指して移動を続けると、いた。
「またかよ」
イラっと来る敵だ。
ゲートキーパーはまたしても男の彫像で、下半身が丸出しだった。
右手を胸に、左手を頭の後ろにおいて、顔を上げて瞑目している。足元には武器にでもするつもりなのか、麻袋の彫刻が施された石の固まりが置いてあった。
『アロンソ』という名がつけられている。
オレ的には、『ミケランジェロ作「瀕死の奴隷」』と呼びたい。
細部まで覚えているわけではないので、『ソレ』なのかはわからないが、雰囲気と構図は同じだ。
顔はそこそこイケメンで、瀕死と言いながら精悍な肉体を見せつけてきてやがる。
接敵すると、予想通りに足元の麻袋風彫刻を持ち上げて振り回した。
重い石がブオンブオン回される。かなり危ない、が。
「動きが大きいっす」
重い分、大きく弧を描くその軌道を見切ったシャラーラが接近、間合いに入り込んだ。
そして・・・。
バギャン!
でかい音とともに、腕の肘関節が砕けて麻袋彫刻とともに右腕が落ちた。ただでさえ重いものを振り回して負荷がかかっていた関節部分を殴りつけたことで、見事に砕けてしまったようだ。
バランスを崩してよろめいた『アロンソ』君。その膝裏にミーレスの一撃が叩きつけられる。
よろめいたところでの膝カックンだ。
躱しようがない。
『アロンソ』君は尻もちをついて、ケツを割ってしまった。
あとはもう、シャラーラとミーレスの滅多打ち攻勢にさらされて石クズとなって消えた。
うん。確かに瀕死だった。
「使えもしねぇもん、見せねでほしいっす」
吐き捨てるように言うシャラーラがなんかすっごくかわいい。
帰ったら、一体感のあるものを使って愉しませてあげよう。
『レアドロップアイテム』は『キャメルミックスイエローモザイクシート305×305×10』10枚、だ。
イエローが追加で入っている。
と言っても『黄色』というほどの自己主張はしていない。
『キャメルグリーン』よりキャラメル色が強い印象のものだ。
雰囲気は似ているから、この二つとホワイトとでトイレの壁は埋めてしまおうと思う。
「この辺で、一度昼にしよう」
少し早いが、中途半端な探索はしたくない。
14階層の入り口に出たところで家に帰った。
メティスとリリム、それにフェリシダも加わって昼食を用意してくれていた。
フェリシダがノートを持っているところを見ると、メティスのレシピも学習中のようだ。
早く帰ったので、テーブルメイクなどは終わっていない。
すかさず、シャラーラとアルターリアがフォローに入っている。ミーレスはミルでコーヒー挽きを始めた。
まだ、時間に若干の余裕があるようなので、オレはトイレにこもった。
腹が痛いわけじゃないぞ。
トイレの壁、左右の下部1メートルと奥の壁の下15センチが黒い木壁のままになっている。これを埋めてしまいたい。
とはいえ、一つの種類だけでは埋めようがなかった。
高さ1メートル、横幅は1.5メートル。
シートの数は10枚ずつしかない。
1メートル×1メートルなら10枚ずつでもなんとかなるが、幅1.5だと15枚ないと足りないのだ。いや、15枚あっても、下側に一センチの隙間が空いてしまう。
なので、『アズールマカウパ300角』、『アラベスカートコルキア』、『ビアンコブルイエ300角』の3種類のタイルをあるだけ中央寄せで貼ったあとで、正面の壁の隙間15センチも含めて、足りない部分をシートを切り貼りするという方法で埋めて見た。
色味としては、白青と白灰と白で統一感がないでもない。
トイレ全体で見ると、正面が白、右側の上部が白とマロン系のモザイク柄、左側の上部は白。左右の下部が、マーブルやアラベスク柄のタイルとモザイク柄のシートの混合。といった具合にバラバラな感がある。
だけど、悪くない。
元が、焼いた板壁だったせいもあるのだろうが、すごく明るくなったし、バラバラな模様も味わいがあって飽きないものとなっている。
用を足すあいだ、眺めるにはいい壁かもしれない。
「あとは、床だな」
床は相変わらず焼いた板だ。
ここにも、タイルを貼れればトイレの内装はとりあえず完成としていいだろう。
「あ・・・そっか。天井もか」
まだまだ、課題は多そうだ。
家全体で考えると気が遠くなるな。
なにも、家の中全部を大理石貼りにしなければならないわけでもないけれど。
次回更新も来週のこの時間に行います。




