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異世界で家を買いました。  作者: 月下美人
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はぶ


 翌朝はすっきりと目が冷めた。

 夕食後、風呂に入るとそのまま寝てしまったのだ。

 さすがに6回するというのは大変だということを痛感したが、おかげで昨夜は夢も見ずにぐっすりと、ゆっくりと、寝ることができた。

 そこは感謝しておく。

 「今日からの予定なんだけど」

 朝食の席、大体食事が終わったタイミングで声をかけた。

 迷宮探索メンバーを中心に全員がオレに注目する。

 「迷宮へのアプローチを探索から攻略に切り替える。いままでは、各階層をゆっくりと探索して回っていたが、これからはなるべく上を目指すからそのつもりで」

 「全力を尽くします!」

 「敵は全部ぶっ飛ばすっすよ」

 「いよいよ、ですか」

 ミーレス、シャラーラ、アルターリア。三人とも前向きだ。

 「治療院のほうは、これまで通りで構わない」

 「わ、わかったわ」

 メティスが、ちょっと挙動不審な態度で頷いた。

 「菜園と家の管理も変わらない」

 リリムとフェリシダを見て言う。

 「任せてくださいっ!」

 ビシッ、とポーズを決めるリリムと、無言で頭を下げるフェリシダ。

 「ただし、今日から二人にはやることが増える」

 リリムの頭を撫でてやりながら、言った。

 二人して緊張した顔を向けてくる。

 「今まで毎日オレとシャラーラでやっていたことを、やってもらうつもりだ。とりあえず今日と明日はオレと一緒に、早ければ明後日からは二人でやってもらうよ」

 交易のことだ。

 このための『魔力蓄蔵・供給器』だ。

 今日中に各地に『移動のタペストリー』を配置、顔つなぎと作業手順の伝授を済ませる。今日と明日で照魔鏡に魔力を蓄積しておけば、明後日には『魔力蓄蔵・供給器』にも魔力をストックできるはずだ。

 これで迷宮攻略に今までより一時間は長く時間が割ける。

 それに、この二人にやらせることで、ラーホルンとフェリシダが顔を合わせる機会を増やせてやれる。

挨拶程度の時間だが、毎日会えるのは大切なことだと思う。

 「お役に立ちます!」

 「わたくしでできることでしたら、なんなりと」

 元気なリリムと、一歩下がった感じのフェリシダ。懸念は二人の性格が真逆なことで起きる摩擦だが、オレはあまり心配していない。

 幼いように見えるリリムだが、実はしっかり者だし、フェリシダは大人の包容力がある。うまくやってくれるだろう。

 「で、マティさんですが・・・」

 困ってます。

 そういう顔で視線を投げかけた。

 「そういうわかりやすい演技は結構です。はっきり言ってください」

 クッ・・・商人には効かないか。

 「いま言ったように、迷宮攻略に力を注ぎますので、お迎えに行く時間が遅くなると思います」

 ご要望にお応えして、はっきりと言った。

 掃除や夕食の支度のために、迷宮を早く出る必要がなくなったのだ。夕食のギリギリまで迷宮にいるつもりだ。

 そうなると、当然ながらマティさんのお迎えが今までよりも遅くなる。実質、一時間ないし二時間遅くなるはずだ。

 具体的には、今まで4時を回ったあたりで迎えに行っていたのが、6時過ぎになる。

 「ああ、そういうことですか。かまいませんよ。そういうことなら、待ち合わせは冒険者ギルドの二階にすればいいですわ」

 二階?

 「商人ギルドではなく、ですか?」

 商人ギルドなら、二階以上は会議室とか商談室とかがあるのを知っている。以前、マティさんの執務室に案内されたときに道すがら見たからだ。

 でも、冒険者ギルド?

 「冒険者ギルドですわ。商人ギルドは危ないですからね」

 それは、そうだ。

 もうそろそろ、敵対勢力にこちらの動きが伝わり始めていていい頃だ。どこに相手の手下や協力者がいるかもわからないのに、敵の勢力地に長くいるのは危険だろう。

 「どこに建っているものでも、冒険者ギルドの二階や三階は、冒険者のための施設になっているんですの。仮眠室や装備の保管庫になっているのですわ」

 ああ、そうか。

 冒険者の中には迷宮を変えて移動する人なんかもいる。

 というより、固定の家を持っている冒険者なんて、たぶんオレくらいのものだ。

 で、移動のたびにホテルなんか借りていたらコストがバカにならないので、格安で寝場所だけ貸すシステムがあるというのは簡単に想像できる。

 「夕方なら仮眠室も空いているでしょうから、個室を一つ借りて書類整理でもしてればいいことですわ。フロントに話を通しておけば、ハルカ様が迎えに来てくださったときには部屋を教えてくれるでしょう」

 なるほど、それなら・・・って。

 「冒険者ではないマティさんでも使えるんですか?」

 「満杯であれば当然、冒険者が優先されるでしょう。ですが、空いているときでしたら、金さえ払えばお客様ですわ」

 肩をすくめたマティさんが、言ってのける。

 身も蓋もないが、真理だ。

 「な、なるほど」

 「本日はマチリパトナムに行きますので、よろしく」

 そういえば、マチリパトナムにはそもそも商人ギルドがなかったな。冒険者ギルドはあるけど。

 「事務所を手に入れる件はどうなりましたか?」

 確か物件を探していたはずだけど。

 「町長さん宅の離れを借りることになりましたわ。はじめ、町長さんは私が住むことを考えていたようなのですが、こちらでご厄介になっていますから住居として使えなくても構わないと言ったら、そこをタダで貸してくれました」

 「それは助かりますね」

 我が家に住んでもらうのは警備の面で安心できるし、事務所と住処が違うのはリスク管理から言っても都合がいい。

 「では、そこにも『移動のタペストリー』を設置しましょう」

 設置しておけば二つの『魔力蓄蔵・供給器』に魔力のストックができた段階で、少なくともマチリパトナムへのマティさんの送り迎えをしなくてもよくなる。

 それだけでなく、各地への『移動のタペストリー』を置く基点、もしくはハブとすることができる。

 家の移動部屋からマチリパトナムの事務所までを『移動のタペストリー』で繋ぎ、各地へはマチリパトナムの事務所から全て繋がるようにする。

 セキュリティーの面でも悪くないアイディアだ。

 「よいお考えですわ」

 マティさんも賛成してくれた。

 となれば話は簡単だ。

 「今朝の片づけはミーレスたちでやってくれ。そのあいだに、オレはマティさんを送っていき、交易を終わらせてくる。帰ったらすぐに迷宮に行くからな」

 「わかりました」

 ミーレスが代表して返事をし、マティさんは支度のため部屋に戻り、リリムとフェリシダも用意を始めた。

 オレも防具を付ければいいだけのところまで準備をして、移動部屋で待つ。

 たいして待つまでもなく、マティさん、リリム、フェリシダがやってきたので、即座に転移した。転移先は、マチリパトナムの冒険者ギルドだ。

 そこから、マティさんの案内で町長の家へ。

 離れというのは本宅へ続くアプローチの途中から右に逸れた先にあった。

 周囲を背の低い草地で囲われた木造平屋建ての小屋だ。

 この辺りは雪が降らないのか、屋根も平らで木箱みたいな外見をしている。

 ただし、広さは結構ある。

 小さな村の公民館ぐらいはあるんじゃないだろうか。

 中に入ると、奥行き2メートル、幅5メートルくらいの土間。右端にトイレがある。

 土間から上がると引き戸があって、中は16畳ほどの空間。奥左側にも引き戸、その先は6畳ほどの部屋で右側に引き戸、中に八畳ほどの部屋。という作りだ。

 「掃除はしてくださっていますので、あとは家具を少し入れればすぐにでも使えますわ」

 家具というのはライティングディスクと椅子。応接セット当たりか。

 16畳の方を事務所として、6畳を応接室兼マティさんの執務室、八畳の部屋を『移動のタペストリー』部屋にするというのはどうだろう?

 「良いと思いますわ。わたくしもそう考えておりました」

 提案すると、マティさんも同じ考えだったことが分かった。

 八畳の部屋に入り、まず家の移動部屋へと繋がるタペストリーと『タキトゥス工房』に繋がるタペストリーを設置した。

 他の場所はまだ、正確な位置が特定されていないので、これから各地に行って決めてこなくては始まらない。

 「これなら、冒険者ギルドでなくて、ここでいいですね。待ち合わせ」

 「あら? そうですわね・・・机がないので不便ですけど。冒険者ギルドまで歩かなくていいのは助かりますわ。それに、机と椅子ぐらいなら昼前に見つかるかもしれませんし」

 街の中で使われていない物を、もらうか借りて使うつもりらしい。

 せこ・・・いや、経済的だ。

 「では、夕方に」

 「はい、夕方に」

 軽く会釈をかわして、オレはリリムとフェリシダを連れて転移した。転移先はもちろん、コレニ―のところだ。適当に人目のないところに出て、倉庫まで歩く。

 「あれ、今日は違う人連れてるんだね」

 目ざとく見つけたコレニ―が、なにやらニヤニヤして挨拶してきた。

 「明後日からはこの二人が担当になる。顔つなぎをしといてくれ」

 コレニ―に二人を紹介し、二人にはコレニ―を紹介する。

 そして、綿花をカーゴトランクに入れる作業をリリムとフェリシダにさせてみた。難しいやり方、なんてものもないから二人ともなんの問題もなく作業を行えることを確認する。

 「で、だ。『アルカノウム連合』の事務所との間に『移動のタペストリー』でのルートをつなぎたい。タペストリーを貼れる壁はないか?」

 「本格的に組織化するってわけかい?」

 そうだ、と答えるとコレニ―はしばし考え込んで、倉庫の中に入っていった。が、すぐに出てきて手招いてくる。

 薄暗い倉庫内、出入り口横の壁を指さしていた。

 「ここでいい?」

 荷物が前に置かれることはめったになく、人目につかず、安全に貼っておける。

 「いいじゃないか」

 オレはすぐさま『移動のタペストリー』を貼り、マチリパトナムの事務所行きの魔法陣に変えた。

 同時にもう一枚『移動のタペストリー』を出して『ここ』行きの座標を打ち込んだら、くるくると筒状にして『コレニ―行き』と書いた札を付けて事務所に転移させる。向うでマティさんが、もしくはあとでオレが、壁に貼れば、ここと事務所は繋がることになる。

 支払いもフェリシダたちにやらせて、次へ。

 次はもちろん、アウダークス公爵のところだ。

 セブテントの冒険者ギルドに出て、そこから公爵の城まで歩く。

 リーズンの許可証である黒いカードで門を開けてもらって中へ、顔見知りの騎士がいたのでリーズンを呼んでもらう。

 来るのを待つ間に、リリムとフェリシダに綿花を下ろさせて、入れ替わりに鉄器を詰めさせる。ちょっと重いかな? とは思ったが、なにも何百キロというものではない。せいぜいがひとつ30キロ程度だ。

 一人でも運べない重さではない。

 リリムでも、重そうなのは確かだがちゃんと運べている。大丈夫だ。

 「ハルカ様と・・・フェリシダ?」

 リーズンが来て、目を見開いている。

 無理もない。

 先日とは比べるべくもなく変わってしまっているのだから。

 もちろん、いい方に。

 フェリシダはオレのお供をしている状況なので、反応はしていない。うつむき加減に控えているだけだ。

ただ、瞳には柔らかな感情が見て取れる。

 これもかなり良くなったことを示すものだ。

 初めて会ったときは、目に感情なんてなかった。

 絵的にコントラストのない死んだ目をしていたんだから。

 「今日から、この二人に交易は任せることにしたんですよ。明日まではオレも来ますが、明後日からはこの二人だけで来ることになります」

 「あ・・・な、なるほど。そういうことですか」

 さすが、よく気の利く騎士団長。

 オレの意図を正確に看破したようだ。

 「それでですね。一つお願いがあるのですが・・・」

 顔を寄せ気味に、小声で切り出した。

 「な、なんですか?」

 思わずだろう、軽く身構えながらリーズンも小声で聞いてきた。

 「『移動のタペストリー』を設置したいんですが、どこかに貼らせてもらえませんか?」

すっ、と『移動のタペストリー』を出して見せて聞いた。

 「どことつなぐのですか?」

 「マチリパトナムの街に設置した『アルカノウム連合』の事務所です」

 説明すると、リーズンは納得顔になった。で、コレニ―と同じように考え込む。

 「ああ、そうだ。あそこなら問題ない」

 困った顔になっていたリーズンだが、すぐさま破顔一笑した。

 リーズンに連れられて行った先は、門番や歩哨する騎士の待機所だ。

 「ここなら警備上の問題なく移動していただけますよ」

 「なるほど、そうですね」

 黙って出入りは不可能、なにかあれば即座に異常が知れる。

 確かに、問題ないだろう。

 「あそこ、少し掃除してティーテーブルでも置くといいですね」

 どことなく、元世界の交番のような作りの待機所。入ってすぐに机が二個、門番の交代要員が座るのだと思われる。奥に伸びる通路があって、たぶん似たような部屋があるのだろう。10人くらいの騎士が詰めているらしい気配があった。

 だとすると、交番にはある留置所が、ここにはないということだ。

 罪人を収監するのはやはり城の地下牢なのかもしれない。

 そんな机が二個ある空間の隅に、元は何か大きな家具が置かれていたらしいスペースを見つけて、言ってみる。

 不思議そうな顔をしたリーズンだが、すぐに笑みを浮かべた。

 「明日の朝までには、ご用意できるでしょう」

 いつもの仕事人のではない、プライベートな微笑みを浮かべてリーズンが言う。

 つられるように、フェリシダも笑みを浮かべた。

 昔なじみらしいから、それだけで通じるものがあるのだろう。

 明日には小さな喫茶スペースとなる一隅、その近くの、前を人が移動したりしないであろう壁に『移動のタペストリー』を設置。

 「では、また明日」

 そう言って、オレたちは設置したばかりの『移動のタペストリー』で、マチリパトナムの事務所に帰った。

 もどると、マティさんがコレニ―のところとつないだタペストリーをかけているところだった。

 「あら、もう終わりですの?」

 怪訝そうに聞いてくる。

 「ええ。公爵のとことも繋げましたからね」

 そう言うと、マティさんが何か首を傾げるような仕草をした。

 あれ? わかっていないのだろうか?

 「いつもはこのあとアーダマスに行って鉄器を売るんですけど、許可証はオレしか持ってませんから彼女たちで売りに行かせるわけにはいかないでしょう?」

 アーダマスは『アルカノウム連合』に所属しているわけではない。商人ギルドの管轄だから許可証を持っていないと物の売買ができないのだ。

 「あ・・・。ああ、そうですわね。ですが、でしたら鉄器はどうしますの?」

 「とりあえず溜めておいて、あとでオレが売りに行けばいいことですよ」

 これからしばらく、迷宮の攻略に力を入れるのだから、収入はそっちで見込める。

 交易のほうは、コレニ―と公爵間の取引を円滑につなぐことだけを考えていればいい。

 オレの空間保管庫は現在余裕があるから、鉄器を保管しておくくらいどうということもないのだし、問題ない。

 「鉄器をため込むというのは・・・あまりお勧めできないのですけど・・・」

 そう言ってマティさんは顔を曇らせた。が、すぐに顔を上げて、グッと顔と手に力を込めた。

 「そう思うなら、早く鉄器を卸せる取引相手を見つけて来ればいいのですわね! それは私の仕事ですわね!」

 よくわからないが、使命感に燃えた様子で気勢を上げた。

 ま、まぁ、元気なことはいいことだ。

 「が、頑張ってください」

 一声かけて、家行きのタペストリーをかけて、家に帰った。

 「まぁ、こんな感じだ。明日は、オレは見てるだけで何もしないから二人でやってくれ」

 「はいです!」

 「わかりました」

 二人をいつもの仕事に見送ると、マチリパトナムの事務所行きのタペストリーを作って壁にかけた。

 移動部屋に入った真正面が『タキトゥス工房』行き、右側にあるのが『マチリパトナムの事務所』行きのタペストリーとなる。

 ついでなので、もう一か所『銅製金属加工ハダット工房』にも行って、先日集めておいた銅と青銅を引き渡しがてら、『移動のタペストリー』を設置した。

 つないだのはマチリパトナムの事務所。

 当然事務所にも、『銅製金属加工ハダット工房』行きのタペストリー』を設置する。

 これで、『アルカノウム連合』所属の各地を、事務所を中心にして結べたことになる。

 「リティアさんに9枚売りつけられたのは幸運だったな。ちょうど足りた」

 『家とタキトゥス工房』。

 『家と事務所』。

 『事務所とコレニ―農場』。

 『事務所と公爵の城』。

 『事務所とハダット工房』。

 家にもとからあった一枚と合わせてちょうど10枚。

 過不足なく足りたことになる。

 なんか気持ちいい。

 「よし! 迷宮だ!」

 防具を付けて気合を入れた。

 ミーレス、シャラーラ、アルターリアが、すぐに部屋に入ってきた。

 すぐに転移する。



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