みこし
冒険者ギルドでは、困り顔のギルド職員に遠巻きにされたアルターリアが、大量の本をバリケードにして立てこもっていた。
ギルド自体は祭りと無関係なので、人気もまばらですいていたが、それでも大量の荷物に占拠されては邪魔なようだ。
職員の目が冷たい。
なんかアルターリアが涙目になってる気が・・・する。
慌てて、冒険者ギルドの壁に向かった。
空いている壁に、自前の『移動のタペストリー』をかける。
自前の『移動のタペストリー』を使い、自分の魔力で移動するなら文句はないはずだ。
一応、迷惑料として銀貨を五枚ほど職員に握らせたから大丈夫!
そこに、ミーレスとシャラーラをとりあえず飛び込ませる。
本当は本の束をそのまま転移させる方が簡単だし速いのだが、それをやるわけにはいかないので面倒だ。
すぐにアルターリアが立ち上がって両手に本の束を持ってタペストリーの前まで運んだ。
リリムと、ため息まじりのメティスも本の束のところへ立つ。
オレが入り口に立って、メティス、リリム、アルターリアと続くバケツリレーをシャラーラに繋ぐ。シャラーラは向うでミーレスに渡している。
いったい何冊あるんだろう。
アルターリア、リリム、メティスが最後の束を持って転移すると、自前の『移動のタペストリー』をしまって、オレは外に逃げだした。
人目につかない場所まで移動して、転移する。
家に出ると、どっと疲れて座り込んでしまった。
さすがに魔力の消費が激しい。
まったく、もっと楽な・・・。
「ああっ!?」
ダイニングテーブルに突っ伏していたオレだが、思わず声が出た。
「ご主人様?!」
ミーレスが速攻でやってくる。
「あー、いや。なんでもない。ちょっと思いついたことがあっただけだ」
「あ、そうですか。でも、あの、なにか御用があれば・・・」
もじもじと、ミーレスがオレを見つめてくる。
何か用を言いつけられたいようだ。
書斎はアルターリアが仕切っているから居心地が悪いのかもしれない。
「じゃあ、コーヒーを淹れてくれるか?」
「もちろんです!」
コーヒーはミーレスの仕切りだ。
嬉しそうにキッチンへと飛んでいく。
オレは頭を抱えて、恥ずかしくて身をよじって身悶えた。
あんな苦労をしなくても、空間保管庫を開けてそこにしまえば済んだ話だったのだ。
「い、いや。道端で保管庫開くのも無茶だった、よな?」
人通りが多かったから、開きたくても無駄だったに違いない。無意識にそう判断したから、あの方法で運んだのだ。
うん。そういうことだ。
オレがバカだったわけじゃない!
それよりも、バカだったと言えばもう一つ。
忘れていたことがある。
コーヒーを飲んでいて思い出した。
ネルドリップコーヒー・・・サイフォンではない。
「ミーレス、片付けが終わったら『タキトゥス工房』に行くよ」
サイフォンを手に入れるついでに、『魔力蓄蔵・供給器』も買ってこなくてはならない。
書斎ではアルターリアの指揮の下、シャラーラとリリムにメティスまでが加わって本を並べているようだ。
あの冊数だと、四人がかりでも一、二時間はかかるだろう。
ミーレスだけを連れていくことにする。
久々・・・といっても六日くらいか? に訪れた『タキトゥス工房』は、屋根が無くなっていた。
「・・・また吹っ飛んだんだな」
遠目に、職人たちが平然と後片付けをしているのが見えている。
日常感が半端ない。
爆発騒ぎが日常というのは、どうなんだろうと思わないでもないが、周囲に民家とかもないし職人たちがケガをしているでもないから問題ないのだろう。
「いらっしゃいませ」
事務所を訪ねると、いつものようにプールスさんが迎えてくれた。
「本日はどのような?」
「サイフォンを一つ買いたいんだ。それと『魔力蓄蔵・供給器』も」
注文すると、曇った感じのレンズの向うで、表情も曇った。
「サイフォンですか・・・もしや、不具合が出たのでしょうか?」
おっと。
使えないので新しいのを、と思われたようだ。
「いや、そうじゃない。知人のたっての希望で譲ってしまってな。無くなってしまったからなんだ」
ほう、とプールスさんが安堵の息を吐く。
「そうですか。なにぶん初めて製作した品ですので、使用による劣化などの考察ができていません。気にかかっていたのです」
うん。それはわかる。
使ってみて初めて見つかる不具合というのは確かにあるからな。
「それで・・・その」
プールスさんが、なにか言いにくそうだ。
「量産用に、価格帯の低いものも出来上がりつつあります。ですが・・・」
ああ。
そこまで聞いて、オレも何が言いたいかを理解した。
つまり、試作段階で作ったオバースペックのものと、価格をかなり低くしたものとがあって、どちらも購入可能だがオレが安い方を選んだら高い素材で作った高額なものはどこに売ればいいんだろう? ということだ。
そういえば、親方に開発を頼んだものの、開発費を誰がどれくらい出すかとかの話をしていなかった・・・気がする。
たぶん、マティさんは敢えて口にしなかったのだと思う。
「試作で作った高いやつでいいですよ」
金額を聞かず、金貨を十二枚払った。
グラーティアに前のを金貨十枚で売っているから、持ち出し分は金貨二枚。このぐらいならどうということもない。
「あ、ありがとうございます!」
なんか、涙ぐまれてしまった。
開発に相当な金をつぎ込んでいるらしい。
「そ、そんなに経営状態に影響が?」
『魔力蓄蔵・供給器』のメインデバイスの供給元なんだから、儲けているんじゃないのか?!
「いえ、ハルカ様のせいではありません。父のせいなのです。興味があると予算とか考えなしで打ち込むもので・・・職人は全員父の同類ばかりですし」
あー、経費とか原価計算とか、しなさそうだもんな。
あの親方や職人たちなら。
納得してしまった。
プールスさんは、その中にあって唯一の事務方。
そりゃ胃が痛むだろう。
「『魔力蓄蔵・供給器』のほうは、どういったものを?」
どういった?
疑問に思ったが意味は分かった。
初めて見た時の据え置きタイプと、メルカトルが使っているのを見た携帯タイプ。どちらを? ということだ。
「持ち運び可能なのを」
常時、誰でも使えるというのはちょっと怖い。
据え置きタイプだと、そうなってしまう。
移動する人間が、都度持ち運ぶ形の方がいい。
今のところ、各地を移動すると想定しているのはマティさんだけだしな。
「それでしたら、五千ダラダです」
なんか、急に安くなった気がする。
12万支払ったばかりだからな。
安い理由はわかる。
技術も素材もすでに研究されつくしているから技術料が高くないというのと、魔力を込めて初めて使える品物なので、「器」だけだと価値が激減してしまうからだ。
もちろん、ほぼ独占市場なので高くしようと思えば値上げは簡単だが、儲けることより技術を上げる方を優先しているのだ、親方が。
「二つもらおうか」
金貨をもう一枚出した。
予備も含めて買っておこう。
「ありがとうございます。お持ちしますので、少々お待ちください」
「うん、頼む」
倉庫は別棟らしく、プールスさんは裏口から出ていった。
「明日からは少し本格的に迷宮に入らないといけないな」
懐から出した照魔鏡を眺める。
魔力の保有量が底をつきそうだ。
明日の朝には空だろう。
「がんばります」
力強く、ミーレスが応えてくれる。
「頼むな」
そう言って、オレの方からバードキスをした。
真っ赤な顔のミーレスが、潤んだ瞳になって受け入れてくれる。
そして、バードキスのお返しが来た。
嬉しくなって、再びバードキスのお返しをした。
すると、またバードキスの・・・。
「んっ! んんっ!」
バードキスの応酬は、わざとらしい咳払いで止められるまで続いた。
それがなかったら、エンドレスだったかもしれない。
「お持ちいたしました。どうぞ、お納めください」
苦笑顔のプーレスさんが、2リットルペットボトル二本と、サイフォンの乗った台車を示している。
「あ、ああ。すまないな。あと、どこかに空いてる壁はないか? 『移動のタペストリー』をかけておけるような」
「『移動のタペストリー』ですか・・・。どのような人が出入りすることになるのでしょうか?」
やはり、気になるのはそこか。
オレもそうだから気持ちはわかる。
「現時点では、オレとマティさんだけです。もし他の人が通ることになるときは事前にお知らせしますし、もちろん拒否権の行使は可能です」
「そうですか。ハルカ様とマティさんなら、いつでもお使いいただいていいですが、他の方のときは私がいる時間帯限定とさせていただきます」
妥当なところだろう。
オレは黙ってうなずいた。
「場所は・・・こちらへ」
以前LED照明の笠が置いてあった展示スペースの向こう、少し奥まったところの小さな部屋に通された。壁二面は整然とした書棚、残り二面のうち一面も棚で、紙の束や筒状になった羊皮紙が置かれいる。
残り一面は・・・。
なんかの設計図か?
でかい羊皮紙が貼ってあった。
もちろん一枚ではなく、十数枚を縫い付けたものだ。
それを、プーレスが何の躊躇もなく剥がす。
「こちらをお使いください」
「いいのか?」
剥がされた羊皮紙に目を落として聞いてみる。
「え? ええ、いいんですよ。まだ幼かったとき思いつきで書いたものです。書いた当初は本気でしたが、今になると問題点や改善点が多すぎて・・・お話になりません」
そんなことを言いつつ、ずっと貼ってあったということは・・・。
「いいかげん、改善した設計図を描こうと思っていたところです。いい機会ですよ」
ああ、そういうことか。
「なら、いいんだ」
空間保管庫を空けて『移動のタペストリー』を取り出す。設定値変更で、行き先に自宅の移動部屋を設定した。
タペストリーを壁に貼る。
「近いうちにマティさんが、これを使ってくることになると思います」
「わかりました。お待ちしていますよ」
サイフォンをミーレスに持たせ、『魔力蓄蔵・供給器』をオレが抱えてプーレスさんに挨拶すると、ダイニングに直接転移した。
目の前の『移動のタペストリー』を使ったように見せかけて。
「さっそく軽く洗って所定の位置に置いておいてくれ」
「はい!」
嬉しそうに微笑んで、ミーレスがキッチンに向かっていく。
オレはオレで移動部屋に行き、マクリアの冒険者ギルドに設定したまま放置していた『移動のタペストリー』を、『タキトゥス工房』行きに変えた。
これで、魔力さえあれば、誰でも『タキトゥス工房』に行けるようになったわけだ。
と、なると・・・。
うん。やるべきことは全部した。
キッチンのミーレスに、終わったら寝室に来るよう言いつけて、書架を覗く。
アルターリアが、書架に並べた書物を何度も入れ替えている姿が見えた。シャラーラ他の者たちは、それを立ったまま見ていた。
本は全て並べ終え、アルターリアが何かこだわって並べ直しをしている最中らしい。たぶん、背表紙の色合わせだろうと思う。
さすがだ。
でも、そうなると当然なことにシャラーラとリリムは暇なわけだ。
扉から手を入れて、手招く。
リリムがすぐに気が付き、ついでシャラーラも気が付いた。
オレが上を指すと、二人ともにっこりと微笑んだ。
なのでシャラーラとリリムを伴って、寝室へ向かった。
御神輿だ。
御神輿を担ぐのだ。
・・・そのあとに、メティスが無言で続いて、自分のベッドの方へと歩き去った。
まだ日が高い。
全部見えるだろうに。とはいえ、本人がそれでいいなら、こちらから何か言うことでもない。そのままベッドに入った。
まずは、シャラーラ神輿から担ぐとしよう。
そんなわけで昼食の支度など忘れ去っていた。
それでも、昼食はちゃんと食べた。
寝室で。
喧嘩神輿張りに上下動の激しいシャラーラ神輿を担ぎ終えたところに、フェリシダが返ってきたのだ。ブレスレットの空間保管庫に出店の料理をたくさん入れて。
ミスコンでは表彰台こそ逃したものの5位という成績で、祭り会場限定で使える商品券がもらえたらしい。
それはもう、ニコニコ顔のフェリシダにつられて、オレの顔もニコニコになった。
暗さが完全に消えているのだ。
どこかで無理をしてやしないかと不安になって、タグを少し深いところまで覗いてみたが、心の病気のせいでおかしくなっているとかではなく、素が出ているのだということが分かった。彼女はもともとこういう子だったのだ。
ミーレスとアルターリアも上がってきていて、一戦交えたあとのシャラーラと、次に控えていたリリム、そしてもちろんオレは全裸という状態で、フェリシダとメティスも交えて食事をとることになった。
メティスが居心地悪げに身じろぎと、小声での抗議をしていたが、全員そろって無視をした。ちょっとかわいそうだったかも。
その後、リリム、ミーレス、アルターリア、フェリシダの順で神輿担ぎは続いた。
メティスは、ミーレスが終わったあたりで、誰に言うともなく「夕食を作るわ」と言い残してキッチンに下りてしまった。
何なら流れで・・・と思っていたオレとしては残念だったが、6人とというのも大変なので、よかったのかもしれない。
だが、結局回数は6回になった。最後にもう一度喧嘩神輿を担いだのだ。シャラーラを最初にしたのは失敗だったかもしれない。
他の子が担がれているのを見て発情してしまい、フェリシダが終わる頃には夜まで待てなくなってしまっていたのだ。
困った子だ。
自分のせいだという事実を遠い棚に放り上げて、シャラーラをいじめてしまった。余計にシャラーラを悦ばせてしまったが、それは仕方がない。
ただ、マティさんを迎えに行くのが少し遅れてしまったのはさすがにまずかったかもしれない。
「・・・女くさいですわよ?」
迎えに行き、近づいたらジト目でそんなことを言われてしまった。
うっ。
そうだった。
話だけでフェリシダの存在を嗅ぎ取ったマティさんだ。シャワーの一つも浴びずに出てくれば、気付かれて当然だった。シャワーなんてないが、水ぐらい浴びて・・・。
・・・それはそれでバレそうだよな。
「奴隷のご主人様なのですから、当然ですし。わたくしが目くじらを立てるのも妙な話ですけど・・・もう少しデリカシーが欲しいですわね」
ふるふると首を振ってダメだしされた。
なんか、姉というか、無駄に理解力のある母親に説教されている気分になって、かなりへこまされてしまった。
グゥの音も出やしない。
救いなのは、理解力のある大人の振りを一生懸命しているのが、真っ赤になって汗ダラダラの顔で丸わかりなこと。
処女だと確信した。
いままでは、どっちなのか疑わしかったのだ。
女を武器に使おうとするあたりは大人なのかなと思わせていたが、その割にはすぐに恥ずかしがっていたりしたので。
もちろん、恥ずかしがっているというのも彼氏としかそういう関係にならないタイプなのを押してだからかもしれないとも思えて、オレには判断がつかなかったのだ。
タグで確認する気にはならなかったし。
でも・・・うん。間違いない。
マティさん、処女だ。
・・・て、おいおい。
自分にツッコミを入れる。
奴隷でもない、普通の女性に色目は使うなよ?
奴隷だけで充分だぞ。
釘を刺しておこう。自分に。
「・・・ありがとうございます」
マティさんがちょっと驚いた顔で礼を言った。
カバンを持ってあげただけなのだが・・・。
この世界には、紳士の心得が伝わっていないのか!?
・・・無理やりに、故意に、でなければいいよね?
自然な流れで、そうなってしまうなら、それは仕方がない。
「そんなことで、他の女の匂いを嗅がされたマイナスポイントは消えませんけど」
ギロッ、と睨まれた。
「こ、今後気をつけます」
土下座する勢いで頭を下げた。




