たいだん
目を開けると、フェリシダの心配そうな顔があった。『八年間』、一緒にいた者の顔。手を伸ばして、頬を撫でてやりながら立ち上がった。
周囲には家族が揃っている。
「ラーホルン姉様?」
いま初めて気が付いたというように、フェリシダはびっくりしたようにラーホルンを見つめている。目が真丸だ。
「ふ、フェリシダ。え? あなた・・・」
何かを言いかけるラーホルンの前に、オレは割って入った。
そっと、肩に触れて歩き出す。
ラーホルンは不思議そうな顔をしつつも、オレに合わせてくれた。
「ラーホルン様。今は何も聞かず、お部屋で『八年前』以前の思い出話でもしていてください。ファイク男爵のことは話題にしないように。事情はあとで説明します」
歩きながら、小声で要求した。
『八年前以前』という言葉で眉が跳ねたが、ラーホルンは「わかりました」と言ってフェリシダを連れていく。
「あなたは、会場に戻って不審を持たれないようにパーティーをお開きにして。やるべき仕事を片付けててください」
ラーホルンとフェリシダを見送って、すぐそばで所在なく立ち尽くしていた執事にも声をかけた。
「し、承知いたしました」
救われた顔で執事が出ていく。
「おまえたちは、ラーホルン様とフェリシダのいる部屋を警備しろ。オレの許可を得ない奴は、フェリシダに会わせないように!」
警備の騎士たちにも仕事を与えて追い出す。
残るのはオレの家族と、勇者のパーティー。アウダクス公爵とリーズン。それにファイク伯爵だ。
ものすごく強引に単純化すれば、オレの身内と伯爵だけ、となる。
あの騎士はというと、いつの間にか冷たくなっていた。
男爵の横に転がされている。
首はついているが、胸は穴が開いたらしく真っ赤に染まっていた。
ブレヒティーが不本意そうな顔を無表情の仮面で覆おうとして失敗している。
有無を言わせず、伯爵が処分してしまったらしい。
秘密を知る者は少ない方がいいし、生かしておく理由が見つからなかったのだろう。能動的に男爵に協力していたことを、執事や警備の騎士が証言しただろうしな。
あとは・・・息子の血の付いた剣というのが辛かったのかもしれない。
貴様が止めていれば! というイラ立ちともども叩きつけたというのが真相ではないだろうか。
「このあとは? どう始末をつけるんですか?」
とりあえず、聞きやすい相手ということで公爵に聞いてみた。
「・・・・・・」
公爵は無言で翔平を・・・じゃない。翔平に縋り付いている剣士グラ―ティアに視線を向けた。
ファイク伯爵も同様だ。
「・・・ふう。それも私の役割になるのですか」
溜息をついて、グラ―ティアが前に出てくる。名残惜しそうに、ゆっくりと翔平の腕を離して。
「まずは、男爵の病死が公表されることになるのは確実です」
死因の変更に、オレは驚かなかった。
有料チャンネルの再放送で見た『八代目は暴れん坊』の締めのナレーションで聞き慣れたフレーズだったからだ。
「――は病死と届けられ・・・・・・」ってやつ。
成敗されたとか処刑されたとすると「何をしたのか」という疑問を呼ぶ。
それを知られないようにするための、これは制度なのだから、処刑理由の説明をするわけにはいかない。となれば、病気で死んだことにするしかない。
「その後、夫人に男爵位がうつ――」
「あ、夫人も病死ってことで頼むよ」
夫の死後、爵位が夫人に相続されるというのは理解できるが、それは困る。
なぜなら、フェリシダには男爵夫人として生きた八年間の記憶がほとんどないからだ。
たいていはメイドとしか扱われていなかったし、パーティーなどに出るときはお飾りだった。しかも、その記憶が見事に破壊されているのはさっき見てきた。
たぶん、無意識に何も考えないようにしていたのだ。
だから何も残っていなかった。
断片は幾つかあったけど。
ともかく、記憶がないというのを知られるわけにはいかない。
表舞台には二度と立たせられないのだ。すくなくとも、ファイク男爵夫人だった女性という肩書では。絶対に。
「二人とも死亡というのは、ちょっと・・・」
だが、グラ―ティアは渋い顔だ。
公表しにくい、そういうことだろう。
なら・・・。
「こういうのはどうかな?」
一つの案を提示してみる。
1、今日のパーティーに乱入しかけた冒険者の目的は、男爵の囲っていた愛人の死を知らせることだった。
2、警備を担っていた騎士の一人(処分された騎士のことだ)は、男爵と愛人の連絡役でもあった。
3、愛人の死因は、接触感染する感染性の病気。
4、それをパーティーの最中に知った男爵は、まず自らパーティー会場を去り、同時に勇者とそのパーティーを退去させた。
5、その後、パーティーを早々にお開きにしつつ、男爵は自室に引きこもり、夫人はその看護にあたることとなった。
6、男爵と連絡役の騎士が相次いで発症して倒れ、治療の甲斐も虚しく死亡した。
7、男爵の看護にあたっていた夫人までもが発症、命を落とす。
8、この病気は身近に長くいない限り感染することはなく、事実として同じ館に住む執事や、ほかの警備担当騎士に発症者はいない。
9、男爵夫妻と騎士一人を失う悲しい結末ではあるが、領民に害が及ばずに済んだことを、男爵は心より安堵していた。
「・・・なんてことを公式に発表すればいいんじゃないか?」
我ながらよくできた説明だ。
男爵は最後まで貴族としての分別と良識、領民に対する慈愛を損ねることなく、息を引き取ったのだ。
貴族たちにも文句はあるまい。
「10、男爵亡き後の空位には、いずれ貴族院の合議により、騎士爵を持つ騎士の中から適任が選出され任じられるであろう。・・・を加えれば完璧ですかしらね」
悪くない案だったようだ。
グラ―ティアは考え込む仕草で顎を摘まんでいたのを離して、笑みを浮かべた。
それはいいが・・・。
「貴族の中から、じゃないの?」
考えもせず疑問が口に出た。
フェリシダの弟の死後にファイクが男爵になっているからてっきり貴族の次男とかが選ばれるものと思っていた。
そう言うと、グラ―ティアは首を振った。
「それは正統な後継者に女系の血縁者がいて、その配偶者が貴族の次男以下である場合の特例ですわ」
爵位を継げるのは男子のみ。その男子が死亡し、姉妹がいる場合で、その嫁ぎ先が貴族の家の次男や三男、つまりは長男でない場合には、その旦那が爵位を継ぐことができる。
逆に言えば、姉妹の嫁ぎ先が商人などであったなら爵位は継げないということだ。
「安易に貴族の次男から選ぶとなると、誰の、というところで派閥争いになってしまいますし、事前に誰が後継になるかがわかっていると、その機会を早く確実に得ようとする輩が現れたりするのです」
「現存する貴族の後継候補を暗殺するとか、離散させるとかして、です」
グラ―ティアが続けた説明に、ミーレスがさらにかぶせてきた。
目だけで確認すると、予想したとおり、先刻も見た鉄仮面のような冷たく硬い顔をしたミーレスがいる。
ミーレスの一族が没落した裏にも、そんな話が絡んでいるということか。
「ええ。そんなわけですので、現在では貴族院の合議による騎士爵の引き上げを正式に法制化しております。以前は、曖昧な基準でしかなかったものをきちんと法に定めました」
なにか、言い訳じみて聞こえるのは気のせいだろうか?
「なんでもいいや。要するに、オレたちが関わるべきことはもうないってことでいいんだよね?」
突っ込んで聞いてもいいが、問題が表面化するまでは謝罪も説明もいらないというスタンスで来た。いまさら突っついてみようなんて気にはならない。流す方向で、少し口調を和らげた。
「そう・・・ですね。遺体などの後始末は、伯爵に。貴族院への提訴はアウダクス公爵に。それぞれ任せればいいですわ。それ以外のことは、私の方で根回しします。ですので、ハルカ様に関わっていただくことはもうないでしょう。あー・・・、男爵夫人は死んだのでしたわね?」
「ああ」
確認してくるのに、短く答える。
人一人の人生が変わろうというのに、軽いものだ。
「公爵・・・さん」
なんか、『様』とは呼びにくい。
まあ、この公爵なら気にしないだろう。「さん」、でも。
「あとでフェリシダのことで説明に伺います。夫人と部屋でお待ちください」
「うむ。わかった。そうするとしよう」
気にしなかった。
リーズンを伴って去っていく。
「オレたちは、部屋を移るとしよう。勝手で悪いが適当な空き部屋がどこかにあるだろうから、そこにな」
ようやく、これで翔平との対談にこぎつける。
「部屋は、俺たちに控室として用意されていたのでいいだろ」
翔平も何か疲れた様子で、そういった。
いや、お前は突っ立ってただけだろ。
別にいいけど。
「案内してくれるか?」
「こちらです」
オレの求めに応えたのはブレヒティーだ。先に立って歩き出すのに、オレたちはついていった。
廊下をいくつもわたり、階段を上った。
ずいぶんと遠いな、と思ったが当然だ。
勇者様・・・特別なお客様と、監獄。対照的な存在。それは遠くもなる。
廊下を一つ渡るたび、装飾が豪華になっていくのが目に見えてわかった。
ルネッサンスとか、ネオ・ルネッサンスとか、たぶんそんな感じの様式で作られている。映画なんかで見たことのある「中世ヨーロッパのお城」そのものだ。
ちょっと、いや、かなりテンションが上がる。
「とはいえ、今はこれが日常の風景なんだから、感動するのはおかしいよな」
日常というとさすがに言い過ぎかもしれないが、目の前にあるのは美術品でも文化財でもなく、『貴族の』ではあっても、結局は住宅でしかない。
「あー。そうか。フランスでは古城が普通に住居として売られていたな」
ネットで見たことがある。
大きめのは、ホテルに改装されていて、普通に泊まれたはずだ。
「こちらです」
チーク材だろうか、重々しい木製の扉があって、ブレヒティーが開けてくれる。
ドアじゃなくて、扉だよ。
両開きの。
衣装も多く彫り込まれ、装飾のついた。
ちゃんとライオンの顔があった。鉄の輪っかを咥えた、あれだ。
この世界にも、ライオンいるのかな?
想像上の動物だったりして・・・。
部屋に入れば、中世が舞台の映画に出てくる貴族の部屋、そのイメージどおりの部屋があった。
「シャラーラ。一応、警戒を頼む。盗み聞きされるのは困るからな」
部屋に入る直前。わざわざ声に出して指示をした。
「わかったっす」
素直に返事をして、シャラーラは扉の外に残った。
見れば、翔平側は修道女と巫女が残るようだ。
そして部屋に入ると、魔法使いが扉の前で印を結んだまま動かなくなった。
「部屋全体に結界を張っています。魔法の道具などを使っていたとしても、盗み聞きは不可能でしょう。私も、精霊たちに見回りを命じておきます」
アルターリアが耳元で教えてくれた。
「わかった。頼む」
ということで、部屋の中央にローデスクを挟んで向かい合わせに置いてある革張りのソファーに、オレと翔平は向かい合って座った。
オレの後ろにはミーレスとアルターリアが、翔平の後ろにはブレヒティーとグラ―ティアが、それぞれ立つ。
「こっちに来てから初めてのことになるな。面と向かって座るなんて」
茶化す感じでオレが言うと、翔平は苦笑を浮かべて頷いた。
そしてすぐに真顔になった。
「いくつか言っておかないといけないと思っていたことがあるんだが・・・なぁ、この世界に来て初めて口を利いた相手を覚えているか?」
もちろん覚えている。
「名前は忘れたが、男の司祭かなんかだったよな」
とにかく何とか教会の僧侶的な人だったはずだ。
「初めて聞いた言葉は?」
「たしか・・・」
記憶を手繰り寄せる。
「『ふ、ふたり?』 だったか」
「ああ。そのあと、勇者が複数できたことはないとか言われた」
「そうそう。覚えてるぞ。それがどうかしたのか?」
翔平は真剣な顔で指を組むと、そこに顎をのせてオレを見た。
こいつの、マジな時の癖だ。
背中に緊張が走る。
一体何を言う気だ?
「信じるな」
端的な答え。
オレとしては「?」だ。
「この世界の人間を、ってことじゃない。この世界の人間が正しいと信じてする発言を、鵜呑みにはするな」
「ちょっと待て。なんだよ。その思わせぶりな言い方は。なにが言いたいんだ?」
わけがわからないぞ。
「オレのパーティーの子たちや、知り合った学者とかにも聞いてみた。誰もが『勇者は常に単独でやってくる』、と答える」
「それが事実だからだろ?」
翔平は首を振った。
「事実は、『常に二人でやってくる』だ」
え?
いや、二人で来るというのは別におかしなことではない。そういう設定なのだというだけのことだ。
おかしいのは、その事実を無視して『常に単独』と言い張っているということだ。それも誰もが、というのもおかしい。
「なぜ、だ?」
「理由はわからないんだが・・・」
「いや、理由も気になるが、その前に。お前はなぜ、『常に二人でやってくる』との答えを導き出したんだ?」
誰もが『単独』説を言い張るのなら、『常に二人で』という考えにはならないはずだ。
今回は二人だったとしても、偶然とかバグとかの結果と考えて終わりのはずだ。
現に、オレはそのことを考えもしなかった。
何かの間違いで、翔平のついでに召喚されたのだとしか考えなていなかった。
それが違うという。
根拠は?
「帝都の皇帝宮に、勇者専用の邸宅というのがある。その奥、勇者専用の寝室にな。何代か前の勇者が作った書庫があったんだ。これがないと入れない結界の中に」
そう言って翔平が出して見せたのは照魔鏡だ。
『神に聖別されし勇者』と書かれた照魔鏡。これ以上に正確なものはないと言ってもいいくらいの身分証になることは知っている。
勇者専用の部屋に、勇者しか入れない結界を張ってまで隠した書庫、か。
ちょっと、きな臭くなってきたな。
「そこには歴代の勇者の日記があったよ。結界を張った勇者よりさらに何代か前の人のものも含むらしいのがな」
「全員。連れがいたと書いてあったのか?」
そういうことだろうとは思うが、一応確認のために聞いてみた。
「そういうことだ。なあ、おかしいだろ? 勇者に対してずいぶんと丁重な奴らがさ、なんで同じ異世界人の存在を否定するんだ? なんで誰も二人いたことを知らないんだ?」
確かに、おかしい。
オレ自身、この世界で何度となく『異世界人』ということで驚かれたり便宜を図られたりしている。かつて、勇者とともにやってきた『異世界人』がいたなら、当然彼らもそういう扱いを受けていたはずではないのか?
「実は俺。勇者として確定したあと、お前を自分のところに引き寄せることを考えていたんだ。勇者じゃないからって、別々に行動しなきゃならない理由なんてないだろうって思ったからな」
「まあ、そうだな」
現実的には、その頃にはもうミーレスと一緒だったろうから、おそらくは誘いがあっても断っただろうと思うが。
「だが否定された。いや、言葉では『それは良いこと』と賛成するんだが、誰もそのために動こうとはしないんだ。・・・変な言い方だが、『女を一人呼べ』と要求すれば二時間後には用意する連中がだ」
「つまり・・・どこかに、『異世界人』が一緒になることを妨げている存在がいる?」
翔平が重々しく頷いた。
「理由が想像できないが、だからこそ。なにか大きな秘密がありそうだろ?」
『異世界人』同士をくっつけたくない理由か・・・。
「・・・せっかくの『異世界人』を一度の災害で失うのを避けるため。勇者が死んでももう一人いる。つまりはスペアとするとかかな」
一つ思いついたので言ってみるが、そうだとしても説明がつかない。
それなら、パーティーを二つ作るという方法がある。
一つに限定しなくてはならない理由なんてないだろう。
常に二人で来るのなら、メインとサブを両方手元に置くようにすればいい。
人質、という考え方だってできる。
オレを帝都に引き留めておけば、翔平がどこかで逃げ出そうとしても、言うことを聞かせるのに使える。
バラバラに行動させることで、異なった反応と影響が出ることに期待しているというのはどうだろう? とも考えるが、それだとしてもオレにまったく接触してこない理由にはならない。
なぜ、勇者を皇帝宮に招き寄せておきながら、もう一人の『異世界人』はほったらかしなのか。
『勇者――『異世界人』――が複数というのがイレギュラーで受け入れられなかった。』オレ一人だけが特別なのなら、それで説明できる。
だが、常に二人で来ていたのなら、それに合わせた対応があってしかるべきだ。それがない、どう考えてもこれは意図的にほったらかしにしていると思うしかない。
なぜ?
「ずいぶん考えたんだが、答えは出なかった。これからも考え続けるつもりだ。お前も考えてみてほしい」
「ああ。頭には入れとくよ」
入れておかないわけにはいかない。
今の状態が、何者かの意図が絡んでのものなのだとしたら、オレたちの行動が常に監視されている可能性もあるのだから。
・・・可能性じゃないな。ほぼ確実だと思った方がいい。
それが可能かどうかは別にして。




