表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で家を買いました。  作者: 月下美人
7/199

ジョブ


 ミーレスが。

 オレは今日、少々忙しい。

 待合のベンチに座って荷物を紐解いた。背負っていたリュックサックから。アリシィアから預かった靴。腰に巻いていたポーチからは、いくつかの道具を取り出す。

 道具はひどく年季の入った風情を出していた。

 それも当然で、これはオレの父親が若いころから愛用していたものなのだ。父がオレぐらいの時、靴職人として修業をしていたころのものらしい。

 オレが、父が修業を始めた年齢になったとき、贈られた。

 それ以来、スマホは忘れても、このポーチだけは肌身離さず持ち歩いてきた。

 オレの幼いころの父親の記憶と言えば、この道具で靴底のすり切れた靴や破けた袋を直す父の姿と、それを手伝う自分だった。

 そのおかげで、オレもある程度のことはできる技術を身に着けている。作れる靴の種類は革靴かブーツだけ、鞄だって袋のような形状のものしか作ったことがない。

 それでも修繕はできる。

 オレはリティアの靴を取り出すと、縫い目に鋏を入れてとりあえず各パーツを切り離していった。

 少量の油を染みさせた布を使い、一つ一つ丁寧に磨いていく。

 磨き終わったら、リュックサックに残しておいた『樫の木片』を取り出し、今朝髭剃りに使った短剣で削り始める。

 靴を作るための木型を作るのだ。

 木型が完成したら、各パーツのへたっている箇所に、補修のための当てものを入れたりしながら獣脂の膠と糸で縫い直す。

 木型は、昔から自分の靴のを自分で作っていた。

 誕生日の一月前に木型を作っておくと、父が新しい靴を誕生日までに作ってくれたものだ。そんななので、作業はもう慣れたもの、手がほとんど勝手に動いてくれる。

 「ああ、めんどくさい! なんであたしがこんな雑用しなきゃなんないわけ!?」

 と、憤慨する声がして、隣の席にどかっと誰かが座った。

 驚いて目を向けると、十六くらいだろうか金髪碧眼の少女がいた。

 少女は言葉の激しさからは予想できないような沈んだ瞳で、パンパンに膨らんだいくつかの荷物を見つめていた。どう考えても一人分ではない。たぶん仲間の分もあずかってきているのだ。

 雑用、と憤慨しているのはそのためか。

 「・・・なによ!?」

 思わず観察してしまっていたオレに、棘のある声が叩きつけられる。

 「あ! ・・・いえ、ご、ごめんなさい」

 反射的に頭を下げて謝罪の言葉を口にしていた。

 「! べ、別にいいけどね! あんまジロジロ見ないように。じゃないと変な言い掛かり付けられるわよ!」

 素直に頭を下げたオレに、今度は少女が慌てて言い繕う。

 「ご主人様!」

 なにか答えるべきか、と口を開きかけたオレを受付のところからミーレスが呼んだ。換金が終わったらしい。

 「いま、いくよ!」

 一声叫んで、オレは少女に会釈する。少女も小さく肩をすくめて会釈を返してきた。

 受付まで行くと、ミーレスが空になったリュックを渡してくれる。

 ちなみに、換金した後の貨幣は必ずしもそのまま受け取るわけではない。貨幣そのものを袋に入れて運ぶとなると恐ろしく重い。なので、換金後は木の葉大の書面に金額を書き込み、ギルドの印を押した証文に代えたものを受け取るのが主流だ。

 みんな、空間保管庫の使いづらさには悩まされているのだろう。

 現金が必要になれば、ギルドに証文を持ってきて再び換金するわけだ。

 これにも手数料がかかるが、貨幣の山を背負って歩くわけにも行かないから仕方ない。

 待合所に戻ると、あの少女はすでにいなかった。

 ちょっと残念な気持ちになるが、仕方がない。

 狩りは、昼食をはさんで、夕暮れにまで及んだ。

 少し張り切りすぎたかもしれない。

 ミーレスを連れ、帝都へ行く。

 これだけ遅くなると、商人ギルドの喧騒も収まっていた。収まったというか、収めたのだろう。暗くなってから帝都に入れるのは、元から住んでいる住人などに限定されるらしい。

 オレはというと、そんなことは露知らず、昨日の夕方と同じように並ぼうとしたところを捕まった。

 昨日と同じ騎士だ。

 オレの顔を完全に覚えてしまったようだ。

 こちらへ、と促され、またしてもミーレスと二人だけで帝都へ移動した。

 二度目ということで、もう迷いはしない。

 まっすぐに『レマル・ティコス』へと向かった。

 店は奇妙な感じに空いていた。

 夕飯には遅いが、酒盛りには早い時間なのかもしれない。

 酒なんて飲んだことないのでわからないが。

 「あ、ハルカさん。お帰りですか?」

 目ざとくオレを見つけたアリシィアが、パタパタと駆け寄ってきた。

 「はい。さっき切り上げたところです。今夜もここで夕食にしようと思って」

 「まあ! ありがとうございます」

 お辞儀をするアリシィアから、ふわりと柔らかな香りがした。飲食店の店員なので、かなり抑えてはいるが、この子の場合。距離感がときどきおかしいので、本来なら届かない匂いが、届いてしまう。

 「それと・・・」

 背中からおろしたリュックサックに手を突っ込んで、紙袋を取り出す。中身はもちろんアリシィアから預かった靴だ。紙袋はギルドの売店で女性職員に無理を言ってもらってきた。結構長い時間押し問答をする羽目になったが、通りかかったリティアが片手で拝むようなしぐさを一つしただけで出してもらえた。

 「預けてもらっていた靴です」

 両手で差し出すと、アリシィアは不思議そうに首を傾げて受け取った。古くて汚れていた靴を、今更紙袋で包む意味があるのだろうか? という顔だった。

 だが・・・・。

 「きゃぁっ!」

 アリシィアの口から悲鳴が上がった。

 予想になかった反応にオレの肩が跳ねる。同時に厨房から水色の髪の店員――確かユトアと呼ばれていたと思う――が素晴らしい反応速度でやってきた。手にはどこから出したのか小剣が握られている。

 そして、電光石火の速さでアリシィアのもとに駆け寄り、彼女が目を見開いて凝視しているものに目を落とす・・・ユトアの目が点になった。

 アリシィアが両手で持つそれは、ギルド印の入った紙袋から覗くそれは、少し小奇麗になってはいるが中古の靴でしかなかったからだ。

少なくとも悲鳴を上げるような代物ではない。

 「は、ハルカさん? これ・・・?」

 「はい、アリシィアさんのですよ?」

 視線を戻して、問い掛けてくるのに頷いてオレは疑問に答える。

 「一度ばらして、洗浄して、組み立て直してみました。履いてみてもらえますか? ちゃんとできてるか確認したいので、なにしろ靴の修理なんて一年ぶりくらいだから」

 後頭部に手を回して、頭を掻きながら言う。

 もう一度目を見開いて、アリシィアは靴を床に下ろし履き替えてみる。

 「ぅわぁ・・・」

 感嘆の、と言うべきだろう、吐息が小さな唇を震わせる。

 爪先立ちをしてみたり、足踏みしたり、床を爪先で蹴ったりして感触を確かめるたびにアリシィアの顔が綻んでいく。

 「ぴったりです! すごく動きやすいですし、なんか軽くなったみたい」

 その場でくるりっと回って見せすらしてアリシィアが笑みを浮かべた。

 スカートの裾がふわりと舞って、オレは自分の頬がほんのりと血色をよくするのがわかった。

 「なるほど。足を触っていたのは、サイズを確認するためでしたか」

 小剣を、これまたどこに隠したのか、一所作で消して見せたユトアが落ち着いた口調で呟く。ミンクを窘めてはいたが、女性の靴を預かりたいとか足を触りたいとかいうオレに、不審の目を向けていたのは彼女も同じだったらしい。

 誤解を解いた顔がわずかに緩む。

 アリシィアの喜びようが微笑ましい、そんな顔だ。

 「あ、ありがとうございますっ! ハルカさんっ!」

 頬を上気させたアリシィアが、オレの手を取って微笑む。キラキラの瞳に真っ直ぐ見つめられて、オレは思わず仰け反った。

 アリシィアさんの可愛さはズル過ぎるよ!

 「ニャんと! そんなにいいのかニャ? 坊主、ミャーたちの靴も直すのニャ!!」

 「厚かましいことをいうものではありません、ミンク。カワベさんもお困りでしょう」

 いつものごとく、ほとんど脊髄反射で反応してくる猫人を、ユトアが窘めている。

 もちろん、その声はオレの耳にも届いていて、オレを振り向かせた。

 「別にいいですよ?」

 さらりと言って了承する、が・・・。

 「一足につき・・・500ダラダいただきますけど」

 「ニャ! 金をとる気かにゃ!?」

 「父が言ってました。『職人が技術を安売りするのは、同じ職人に対する冒涜だ。だから、技術を提供するならそれに見合う報酬は必ずもらえ』、と」

 「あ、アリシィアはどうなのニャ!?」

 「アリシィアさんのは依頼されたのではなく、オレの勝手な贈り物ですからもちろん無料です。でも・・・」

 ミンクが同じ技術を望むのなら、それは依頼ということになる。依頼なら、金はもらう。オレの答えは簡潔にして正論のはずだ。

 「はははははっ!! なかなかできた親父さんに教えられたようだね。まったくもってその通りさ。技術の安売りはいけないよ」

 艶やかなのに豪快な声とともに、厨房から女将さんが出てきた。途端に店内が狭くなったような錯覚を起こしそうになる。

 「さぁて、坊主。まさか、人の店で雑談だけして帰ったりはしないだろうね?」

 ギラリ、と女将さんの目が光を放つ。

 「わかっています」

 もともとそのつもりだったのだ。

 ミーレスと一緒にテーブルについた。

 「あのさ、もし知ってたら教えてほしいんだけど」

 一日考えてみたものの、答えが見つからなかった疑問がある。

 「わたしに答えられるようなことでしたら、何なりとお聞きください」

 スリーサイズを・・・という冗談としても本気としても最悪な言葉を飲み込んで、気を取り直す。まじめな疑問を解決してもらおうというのに、ふざけるわけにはいかない。

 「照魔鏡に出る職業、ジョブ? っていった方がいいのかな。あれの戦士と騎士の違いが分からないんだ。そもそもあのジョブってなにで決まるの?」

 オレのジョブが冒険者なのは、未定だったところに冒険者ギルドに登録したからだ。他の人たちのはどうなのだろうか?

 「ジョブですか。基本的には適正で決まります。あとは、本人の意志です」

 いや、それはそうだろうけど。

 ものすごく一般論的なことを言われてちょっと困惑した。

 そんなことは聞くまでもないだろう、と。

 「そう、ですね。基本として生まれたばかりのときには、例外もありますが、たいていの人は未定です」

 「例外?」

 未定で生まれるというのは、すごく当然の気もするが、その前に例外というのが気にかかった。

 「魔法使いや魔導士のように、魔力を操ることに長けた者がつく職業は生まれつきです。神の血を引き継ぐ家系の中でも特に神の血が濃い者だけがつける職業になります」

 神様と同じ場所で暮らしていたような世界だと、そういうことが起きるのか。

 「なるほどな」

 「例外以外の場合は生まれたあとの行動がものを言います。教会での奉仕に力を入れれば司祭。進学を学べば神官。神の尖兵として己を鍛えれば修道士という具合です。戦士と騎士の違いは・・・とにかく何かと戦うために己を鍛えた結果が戦士、貴族階級の剣となるべく鍛えたうえで貴族に認められたものが騎士となります」

 「ジョブとしての騎士になるためには、貴族に認められる必要があるのか」

 「そうです。街の騎士団にいる騎士は、ジョブとしての騎士となることを目標としながら、貴族の下で働いている戦士、がほとんどのはずです」

 だから、あの女騎士? も騎士を名乗っているのに戦士だったわけだ。

 「レベルがある程度の水準に達すると転職ってわけではないんだね」

 ゲームの世界ではたいていそうなっている。

 「レベルはあまりあてになりません」

 「・・・そうなの?」

 「レベルの上がり方は人それぞれです。同じLv10でも中身はまるっきり違うのでLvの数値は基準になりえないのです」

 前衛を務め剣術が得意な戦士も、そのサポートをしつつ荷物持ちをし続けた力自慢の戦士も、ともに戦っていればLv10にはなる。さて、この場合のLv10は同一のステータスたりえるだろうか?

 なりえない。

 同じように剣を鍛えてきたLv10の戦士同士、かたや身長180センチムキムキのゴリマッチョ、かたや身長160の女戦士。同ステータスか?

 そんなはずはない。

 少なくとも長所は違うものになるだろう。

 戦い方も。

 レベルが同じなら同じ能力になるなんて話は、架空世界にしかない。

 ゲーム世界ならともかく、リアルではありえないのは当然か。

 学校の学年が同じだからと言って、同じ成績になるわけではない。それに、同じ成績だとしたって同じことができるわけでもない。

 たとえば、英語のテストでともに満点の二人、そのうちの一人が英語でのスピーチコンテストに出場できるとして、もう一人も当然に出られるかと言えばそうはならない。

 いや、出ることはできるかもしれないが、同等の活躍ができるわけではない。

 定型句を読んだり書くのは優秀でも、そこに『人前で』『自分の考えを』『話す』。という項目が加わると途端になにもできなくなる性格かもしれないのだ。

 統一されたキャラクターではない『個人』の、それが特性だ。

 「その本人が必死に、夢中で、積み上げた結果として掴み取った称号。それがジョブという形で現れます。ですから、商人というジョブの剣士とか、騎士というジョブの司祭という者もいることになるわけです。レベルの数値は、それに対してどれだけ努力を積み重ねたかを表すもので、実力を示すものではありません」

 「なるほどな。ありがとう、すごくよくわかったよ」

 いや、ほんと、よくわかった。

 現実は、数値通りにはいかない。

 たとえ、異世界であっても。

 「お待たせいたしましたぁ!」

 しみじみと感慨にふけっていると、アリシィアが料理を運んできた。

 実にうまそうだ。

 「食べようか。半分ずつな」

 オレとミーレスで別の料理を頼んである。

 半分ずつ食べて、互いの料理を入れ替えれば一度の食事で二品食べられる。

 「ご主人様の食べ残しをいただくのならわかりますけど、私が口を付けたものをご主人様に食べさせるのは・・・」

 「そのご主人様がそうしたいって言ってるんだから、問題なし」

 夜のベッドではなかなか勇気が出ないが、このくらいなら踏み込んで行ける。

 従姉がまだ小さかった時、ダイエットしてるから、と一口だけ食べた皿をオレのほうに押し付けてきたことがある。

 当時は恥ずかしいとも思わず、たくさん食べれると喜んで食べていた。

 その経験があるせいか、食べ物をシェアすることには相手が女の子でも抵抗感がない。むしろ、男友達相手の方がダメかもしれない。

 「いただきます」


 朝、重い溜息とともに起き上がった。

 結局、昨夜も疲れ果てて寝てしまった。

 部活も文化部のオレが、一日中歩いたり走ったり、荷物を背負ってしているのだ。

 疲れもする。

 入浴を覗きに行く気力はもちろん、風呂上がりのミーレスを視姦する体力も残っていなかった。風呂と言っても、裏にある水場で身体をぬぐう程度のものだが、それだけに覗きやすいのに。

 ・・・無念。

 その代わり、朝はしっかりと目が覚めた。

 日も上らないうちから準備をする。

 さぁ、出撃だ!

 「待ってください」

 勢いよくドアを開けた途端、ミーレスが声を潜めて注意を促してきた。

 なにを・・・と言いそうになって気付く。

 人がいた・・・いつもは静まり返っているメルカトルの商館の周囲に、見るからにあやしげな一団が。

 すかさず、タグを確認する。

 事故や災害でないことはすぐに分かった。

 「盗賊に襲撃されている」

 そう、一団はすべて盗賊だった。

 「盗賊、ですか?」

 奴隷商人に払われる代金は他の店と比べて高額だ。盗賊に目を付けられても不思議はない。しかし、どうして今なんだ?

 こんな変な時間に襲撃とは。

 「そういえば、メルカトルさんは時々この時間に戦闘用の奴隷を率いて迷宮に行って鍛えると聞いたことがあります」

 そうか、商人もレベルを上げたければ迷宮で戦う方が成長は早い。

 そして戦力ということなら、揃っているわけだ。

 しかも、戦闘用の奴隷なら、力がある方が高く売れる。

 内部情報を掴まれて、その隙をつかれたのか。

 にしても、その割に静かだ。

 「奴隷たちが騒ぐことを考慮して商館全体が防音にしてあります。なので、外にいては中の音は聞こえません」

 疑問を口にすると、すぐにミーレスが説明してくれた。

 良かれと用意したものが、裏目に出たと。

 「・・・わかった。オレが中に突っ込む。騒ぎを起こして盗賊たちが逃げ出すようにするから。ミーレスは裏口で待ち構えて撃滅しろ」

 兵法三十六計が一つ、東声撃西。

 意味は似ているが、決して山本勘助の啄木鳥戦法と言ってはならない。

 ・・・後者は縁起が悪い。

 ミーレスは一瞬何か反論しかけたが、何も言わずに裏口へと回り込んだ。

 気付かれたかな、と思う。

 盗賊どもに逃げる隙を与えるつもりはなかった。

 全部オレの手で斬り捨てる覚悟だ。・・・というより、一人ひとり尋問したかったのだ。アジトの場所を吐かせて、彼らのため込んだお宝をいただこう。そう考えたのだ。

 商館内に入る。

 途端に荒々しい盗賊の怒声が響いてきた。

 遮音設備は商館の外部に音を漏らさないためのものだろうから、中に入れば効果はないということだろう。

 わかりやすくて助かる。

 音を頼りに走る。

 迷宮というわけではない。

 大きいとはいえごく普通の商家だ。

 盗賊たちのいる場所にはすぐに辿り着いた。客と商談するときに使われるらしい派手目の部屋の奥から、階段を上って右の奥。

 大きな部屋の前だ。

 扉を壊そうと、扉に剣を叩きつけている一団がいる。察するに、あの扉の向こうが奴隷商人の部屋なのだろう。

 通路の曲がり角を利用して身を隠して、様子をうかがう。

 男が一人だけ、一団から離れて立っている。

 見張りだ。

 だが、用をなしていない。

 後ろが気になるのか、気もそぞろ、と言った感じだ。

 あいつを狙う。

 タグを確認すると、Lv.8と出た。

 下っ端だ。

 なにをするかを今一度脳内でシミュレーションする。

 大丈夫、いけるはず!

 準備を整え、見張りの男を見る。

 設定値変更でステータスの数値を素早さを上げる方向に動かした。おかげで力が減ったが、そんなことは問題じゃない。

 GO!

 心の中で号令をかける。

 走り出した・・・胸の前で剣を構えて。

 盗賊がこちらに気が付く、声を上げたらしい。

 残念。

 空気の振動を止めている。

 『サイレントの魔法(もどき)

 どんなに叫んでも声が誰かに届くことはない。

 ズブリ・・・思いのほか簡単に刃が見張りの胸を貫く。

 見張りが最後に思い浮かべたのは、オレの好みからはかけ離れたケバイだけの女のカラダだった。

 ここで金を奪ったら、抱きに行くつもりだったようだ。

 つまり、娼館の女。

 見張りなんかさせられるような下っ端では、アジトの場所なんて知らないか。

 ・・・次だ。

 騒いでいた盗賊はというと、消えていた。

 いや、扉を壊して中に入ったようだ。

 見張りが倒れたことに気付いていない。

 隠れていたところを飛び出して、扉まで走る。壊された扉越しに中をのぞく、途端にでかい声がオレの鼓膜と身体を殴りつける。

 思わず、飛びのきそうになるが踏みとどまった。盗賊たちは全員オレに背を向けている。背を向けて、なにか、家具を―――これも壊されていたが―――を覗き込んでいた。

 盗賊の一人が手を入れて何かを取り出した。

 金貨?

 つまり壊されていたのは金庫か。

 そこまでわかればもう十分。

 オレは走り出した。

 盗賊どものところまで半分ほど走ったところで、盗賊の一人が振り返った。

 遅い。

 首を斬り裂く。

 音はしなかった。血が噴き出す光景が見えたが無視。

 走る速度を緩めず、未だ覗き込む態勢の盗賊に斬りつけた。

 斬られて振り返ったところを横薙ぎに剣を振って腹を斬り裂く。

 剣を立て直し、そのままの勢いで、横にいたもう人の頭を叩き割った。

 最後の一人がようやく剣を抜く、が金貨を持ったままなので動くのに一泊遅れた。欲張りは損をする。

 盗賊Lv.28。強敵だ。

 だけど、このタイミング。この間合いなら。

 行けっ!

 剣先を胸に突き込んだ。

 びくんっ! 最後の鼓動の感触が剣を通して伝わってくる。気分が悪くなるが、そんなことはどうでもいい。盗賊の手から金貨をもぎ取る。

 盗賊の体が床に落ちた。

 もう、この部屋で生きているのはオレだけだ。

 タグで確認したから間違いない。

 アジトを聞き出す間はなかった。

 残念。

 剣を収めて現状を見回す。

 壊された家具には、金貨の入った袋が大量に入っていた。

 次の行動に迷う。

 火事場泥棒ならぬ強盗現場泥棒。

 盗賊が持ち出したように見せて横取りすれば、目の前の大金を全て自分のものにできる。

 こんなチャンスは逃せない。

 どうせここは異世界、これくらい犯罪でもない。

 すでに、オレは人を殺してさえいるじゃないか。

 心の中で、日本にいるときは大人しかった声が、大音声で叫び、がなり立てる。

 「・・・・・・」

 金庫の前から後退った。

 日本人の高いモラル意識が、犯罪に走るのを思いとどまらせてくれたのだ。

 誰も見ていなくても、「お天道様は見ている、お天道様から顔を背けないといけなくなるようなことはするな」、その声が聞こえたのでは悪いことはできない。

 だからどうした!

 腑抜け野郎!

 自分の馬鹿が付く正直さに溜息と悪態を吐く、黒い自分を心の中に感じる。

 ただし・・・。

 オレは、『ソレ』を見逃さなかった。

 盗賊の親玉の懐から、わずかにはみ出していた筒を。

 『移動のタペストリー』だ。

 親玉になったつもりで考える。

 これほどの大金でも、仲間と分け合えばあっという間に取り分がなくなってしまう。

 独り占めにしたい。

 としたら・・・。

 今度は迷わなかった。

 善良な――この世界では合法な――奴隷商人から盗むわけにはいかないが、盗賊からなら問題はあるまい。

 『移動のタペストリー』を親玉の死体から奪い、手近な壁に掛けると剣を抜いて突入した。

 全身から何かが抜ける感覚があって、タペストリーが起動した。

 一瞬の暗闇、そして、出た先も暗かった。

 「はぁはぁ・・・なんだ、今の?」

 今まで何度かタペストリーを通ったがこんな感覚になったことはないのに。

 そう思いながら振り向いて・・・頷いた。

 「砂時計がないと、通り抜けようとする人間の魔力を使うわけか」

 タペストリーの両脇に置かれていた砂時計型のガラス容器だ。あれがない。

 あの砂時計が、魔力供給をするものなのだろう。

 それが分かったところで、あたりを見渡した。

 建物ではない。壁は石でできているようだが、積んだとか塗ったとかの人の手が加わった様子がないのだ。

 洞窟?

 そう思うが、それにしては綺麗すぎる。

 「廃坑、かな?」

 ところどころ煤けているのはたいまつの名残、下に散らばる石は掘ったあとの残骸だろう。目を凝らすと、遠くに荷車が佇んでいる。表面が白いのは、長い年月の間に降り積もった埃だ。

 打ち捨てられて数年、数十年経った廃坑と考えてよさそうだ。

 場所の特定はどうでもいい、それよりも・・・。

 オレは、足元に目を落した。

 銅貨が数十枚、塊で落ちている。

 横には、思い切り膨らんだ袋。

 さらに横には、オレの腰ほども高さのある素焼きの瓶がある。

 袋の中身は銀貨だったし、瓶の中は半分ほど金貨が入っていた。

 あの盗賊がコツコツと貯めていたのだろう。

 『盗賊に人権はない!』

 昔読んだ本の主人公の言葉が、オレに語り掛けてきた。

 もっともだ。

 他人の人権を尊重できない者に、人権を与えてやることはない。

 この金は、オレが有効に使ってやろう。

 これほどの金が置いたままなのだ。

 あの死んだ盗賊以外に、この場所を知っている者はいないと思っていい。

 このままにしておいて必要になったら取りにくればいいのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ