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異世界で家を買いました。  作者: 月下美人
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うわがき

 「・・・ご主人様?」

 と、シャラーラがなにかを指さした。

 なにを指さしているのか、はじめはわからなかった。

 よくよく目を凝らして初めて、赤紫色のものが揺れているのが見えた。

 辺りが闇なので目を凝らさないとわからないほど細い。そして長い。なにか糸のようなものだ。

 ただ、色が少しずつ抜けてきていて、だんだん白っぽくなっていくようだ。そのおかげで、気が付いたのだ。獣人のシャラーラがいなかったら、このまま立ち去るところだった。

 その糸のようなものが、フェリシダの首に巻き付いて・・・って!

 「首輪とリードか」

 飼い犬のように、首輪があってリードでつながっている。そんな感じに見える。

 「首飾りを首輪、魔法による繋がりをリードととらえると、こんな感じになるわけだな」

 だとすると・・・。

 「ミーレスとシャラーラは先に戻れ」

 「ご主人様は、どうなさるのですか?!」

 間髪おかずに異議を申し立てようとしたミーレスを手で制す。

 「いいか? 戻ったら、ファイク男爵が付けている指輪を外して・・・おそらく一番地味な奴だ。それを、オレの・・・そうだな、右の人差し指にでもはめてくれ。それが終わったら、フェリシダの身体を二人で押さえろ。もしかしたら暴れ出すかもしれないから慎重にな。怪我はさせるなよ」

 早口で指示を伝えた。

 「わかりました」

 「わかったっす」

 二人が了解して、すうっと、浮遊して消えた。

 ふと気が付くと、カロンもいなかった。

 用は済んだと思ったのだろう。

 満腹だろうしな。

 さて、外はどうなっているのだろうか?


 こういうことが起こりえるとは、正直予想していなかった。

 奴隷になることを決めたときに、自分にはもはや何の責任もなくなると考えていたから。

 だが、今や、我々のパーティーで動けるのは、私のみとなったようだ。

 ご主人様はもちろん、ミーレスさんやシャラーラさんまでもが床に倒れ込んで、まるで糸の切れた操り人形のようになってしまっている。

 なにが起きたのかはわからない。

 ただ、ご主人様がなにかをしようとしていたことはなんとなくわかっていた。『伝声』は声を伝えるものだが、完全に「声だけ」を送ってよこすわけではない。

 多少だが、思いも乗る。

 かすかではあるけれど、精霊使いであり魔導士でもある私には、魔法の増幅能力があるし解読能力も高い。方向性ぐらいは聞き取れる。

 たとえば、誰かからの攻撃を受けたとかいうことなら、相手が誰か、どの方角から攻撃を受けたかということぐらいは感じ取れるのだ。

 それでいくと、今回は敵対者からの攻撃というよりは、なにかの災害に備えようとする動きに感じられた。

 それに、ご主人様が直前に放った言葉は、伯爵に対して「待て」というものだった。男爵の首を刎ねるのをということだっただろうというのは自明だったし、首を刎ねられた瞬間に男爵から何らかの魔法力が放射されるのも感じ取れている。

 これらから総合して考えるに、おそらくは男爵から放たれた魔法力に何らかの形で干渉を試みたのだろうと思われる。

 干渉を、というのは『伝心』で繋がっている三人が同時に動かなくなり、私だけが行動可能でいられることで出た推測だ。精霊力の動きで、三人の意識がつながっているのは確認できるし、魔法力もそのように動いている。

 では、干渉している理由は・・・。

 ご主人様たちと同じように、放心状態でうずくまっているドヴェルグ族の女性であろうと推察される。

 ご主人様たちを取り巻いているのと同種の魔法力の流れを感じられるからだ。

 それらを確認した私は、ともかくご主人様たちの肉体を一か所に固め、万一に備えた。

 戦闘不能になったと見て、敵対する動きをする者がいないとも限らない。

 絶対的な信頼を寄せることができるのは、家族だけだ。勇者様とご主人様は友好関係にあるらしいが、勇者様の部下たちがどう考えているかなんてわからないし、貴族というものは有利と思えば家族ですら蹴落とす存在。気を許すわけにはいかない。

 「ハルカ?!」

 勇者様が、驚いた声を上げている。

 巫女と修道女が、倒れている女性と、こちらとに交互に視線を走らせている。

 魔法使いはジィッと、ご主人様を見つめている。

 女性騎士は、突っ立って震えている騎士から、剣士は貴族たちから目を離さずにいる。

 貴族たちは茫然とご主人様たちを見ているだけだ。いや、伯爵は転がっている男爵の首を見つめている。

 警備担当者たち数人の騎士は、三歩下がって呼吸する壁と化している。

 現状、敵対する動きはなさそうだ。

 少し、ほっとした。

 最悪、この場の全員を相手にすることになることも考えてはいたからだ。

わずかでも可能性がある限り・・・否。

 たとえ理性か感情が「ありえない」と言っていようとも、そのどちらかが「ないとは断言できない」とする限り、その事態が起こりうることを否定はしない。

 慣れ親しんだ人々の半数以上が敵に回り、残りが背を向けて逃げ去ったあの日、身体と魂に刻み込んだ教訓である。

 だが、最悪の事態にはならずに済みそうだ。

 ここにいる人間は利害でも感情でも、バラバラでまとまりがない。

 集団化する心配はしなくていい。

 「こちらへの助勢は必要ありません」

 巫女が、こちらに来るような動きを見せたので、声をかけた。

 勇者様の意を汲んで、とりあえず一人をこちらへ、というつもりなのだろうが、その程度の義務感なら、いらない。

 余計なことはしないでほしい。

 言いたいことが伝わったようだ。

 結構かわいらしいその顔を、奇妙に歪めて、引き下がった。

 「いったい何が起きているんだ?!」

 慌てた様子の勇者様が、騒ぎ出す。

 縋り付いている剣士が邪魔でなければ、こちらに駆け寄っていたかもしれない。

 ・・・いつ、戻ったのだろう?

 伯爵たちの近くにいるのは見ていたが、戻るところは気が付かなかった。

 ほんのちょっと目を離したすきに? 彼女を特に意識していたわけではないけれど、まったく気配を感じさせなかったというのは、すごい。

 「何が起きているのか。その答え、たぶん知っているのはハルカ様だけ。私たち、待つことしかできない」

 ご主人様をジィッと見つめていた魔法使いが、小さく首を振った。

 わたしの分析と同じ結論を得たのだろう。

 魔法使いの能力で、というのを考えると分析力を相当に鍛えられていると思う。ちょっとびっくりした。

さすがは勇者様のパーティーメンバーだ。

 「・・・・・・」

 今一度、全体に目を向けてみる。

 疲労感漂う沈黙が続いている。

 誰も動こうとしていない。

 今、この場はご主人様の動き待ち、となっているようだ。

 勇者様と公爵。立場と身分でのトップがいずれもご主人様の回復を待つ様子になっているのだから、自然とそうなる。

 「・・・ん・・・」

 と、すぐ近くで声が上がった。

 それがミーレスさんのものであることは、すぐに分かった。

 「ふ・・・」

 シャラーラさんも目を覚ましたようだ。

 二人がもぞもぞと動き出す。

 なにか、身体を少しづつ動かして、状態を確認しているかのようにも見えた。

 「ご主人様は?」

 二人が動き出したというのに、ご主人様を包む魔法力に動きがみられない。焦れたような声になってしまった。

 そんな私を、ミーレスさんは手で制し、引き続きご主人様を守るようにと合図をくれた。

 ご主人様と何らかの打ち合わせをしてあるのだと理解する。

 目礼して、その指示に従った。

 ミーレスさんが、スッと目を上げて歩き出す。そのすぐ後ろにシャラーラさんが続いた。

 「申し訳ありませんが、主の命ですので、この方の指輪をお渡しいただく。よろしいですね」

 今まで聞いたことのないような、無機質で冷たい声でミーレスさんが伯爵に話しかけた。

 物腰は丁寧だが、有無を言わせない迫力と重みがある。

 「好きにしろ」

 吐き捨てるように伯爵が許可を出した。

 その直前、チラリと男爵の指に目を向けたのは、価値が高そうかどうか確認したのではないかと思う。

この期に及んでも、金への執着を忘れない。

 貴族というのは・・・。

 情けなくなってくる。

 私が呆れている間に、ミーレスさんは男爵だったものから指輪を一つ抜き取った。

 いくつか嵌っていた中で、一番地味なものだ。宝石が数個しかついていない。それも安物ばかり。

 その指輪を手に、ミーレスさんが戻ってくる。

 なぜか、シャラーラさんは倒れているドヴェルグ族の女性の下へと大股で歩み寄った。こちらからは見えないが、眼光鋭く睨み付けでもしたのだろう。巫女と修道女が、場を譲るように下がっていく。

 「アルターリア。私が合図をしたら、この指輪をご主人様の右手中指にはめてください」

 合図をしたら?

 他にもミーレスさんには、何かすることがあるということだろう。

 「わかりました。右手の中指ですね」

 確認を取って、指輪を預かる。

 ご主人様の横に膝をついて、右手をそっと手に取った。

 そのあいだに、ミーレスさんはシャラーラさんと合流してドヴェルグ族の女性の体を支え・・・いいえ、あれは押さえこんでいるのだわ。

 何かが起きるとの予想があるのだ。

 指輪を手に、合図を待つ。

 ミーレスさんと目が合う。

 頷かれた。

 合図だ。

 指輪を、ご主人様の中指にそっと滑らせた。

 ドクン!

 「あっ?!」

 魔力が脈打つのが感じられた。

 いけない!

 ご主人様に全力で抱き付いた。


 スポットライト。

 舞台の上で突然、主役になったような演出が発生した。

 オレの立っているところにだけ光が降り注いだのだ。

 目を空けていられないほどの光量で。

 「オレはCDか!? DVDプレイヤーなのか?! Blu-rayか?!」

 光は、ただ明るいのではなかった。

 デジタル信号だ。

 降り注ぐ情報の雨。いや、スコールに溺れそうになる。

 つうか、自分を保つので精いっぱいだ。

 いろいろな音声、動画の情報だというのは認識できるが、多すぎて認識力が追い付けない。しかも数が半端じゃない。

 放送中のすべての局の画像が出ているスクリーンの前に立って、全部の内容を確認しろと言われているようなものだ。

 整理がつかなくて「うるさい」以外のことは何もわからない。

 一つ一つ見ようとするが、その番組が秒単位で切り替わってすらいる。

 もうめちゃくちゃだ。

 押しつぶされ、叩き潰され、流されてしまいそうだ。

 甘かった!

 もう激しいのは終わったと思ってた。

 このまま『決』に向かうと思ってたのに。まだ『転』があるとは!!

 「ご主人様!」

 と、突然スコールがやんだ。

 ふと見上げると、違った。

 傘があった。

 アルターリアだ。

 アルターリアが数人の女の子と手をつないで輪になって浮いている。女の子たちやアルターリアは何かきらきら光る膜で繋がっていて傘を形作っている・・・。

 間違えた。

 『笠』だ。

 『傘』は頭上にかざすもの。「さしがさ」ともいう。

 『笠』は頭にかぶるもので「かぶりがさ」ともいう。

 この光の膜は頭の上にかぶさっているのであって、オレが頭上にかざしているわけではない。

 柄がないのだから、『笠』が正しい。

 そんなことはいい、それよりも・・・。

 「精霊、か」

 アルターリア以外の女の子がミーレスやシャラーラではないことに気が付いて、よくよく見るとウンディーネがいた。

 他の精霊は見たことがないので何とも言えないが、炎のような揺らめきとか風を感じさせる子とかいるのを見ると、ヴルカンやシルヴェストルではないかと思う。

 浅黒い肌はグノームだろうか?

 他にもたくさんいる。

 精神の精霊なんかもいるのだろうか?

 四大精霊が何体も集まっているのかな?

 その辺はよくわからない。わからないが、精霊なのは確かだろう。

 アルターリアに協力的な「精霊たち」、だ。

 それがわかればいい。

 彼女たちのつくる『笠』が、情報のスコールからオレを守ってくれている。

 で?

 なんの情報なのか、と光の一筋に手を伸ばす。途端に浮かぶのは、ファイク男爵とフェリシダの思い出の数々だった。

 気がつくと、ホログラム映像が空間を埋め尽くしていた。

 そこらじゅうで、愛を語り合ったり、食事をしていたり、×××をしていたり、日常生活を送っている。

笑っている場面を見ると、こちらも笑いそうなり、泣いているシーンではなぜか知らないが泣けてきた。

なるほど。

 『傀儡の首飾り』をフェリシダが着けてから、およそ八年分に及ぶ生活の全記録。そりゃ、とんでもない情報量にもなる。まして、音声と画像だけでなく、その時の感情も含まれるのだから。

 「ご主人様!」

 「大丈夫だか?」

 ミーレスとシャラーラが降りてきた。

 少し遅れて、アルターリアもだ。

 頭上を見上げると、情報のスコールがやんでいた。

 三人はまっすぐにオレだけを見て歩み寄ってくる。

 周囲に広がる光景を見て驚きはないのか、と思ったが双頭の蛇とか生首を見たあとでは驚くことでもないかもしれない。

 繋がりを解いていないから、そりゃできるのだろうけど。

 戻ってくるとは思わなかったから、驚いたのはオレの方だ。

 でも、二人が戻ったのなら?

 四人揃っているのなら?

 ・・・できるかな?

 ふと、あることを思いついた。

 そんな都合のいい話があるか?

 疑う気持ちもある。

 でも・・・。

 穴の開いたフェリシダを振り返った。

 「やってみる価値はあるな」

 そう判断した。

 「この中に、フェリシダ・・・この女が首飾りを付けた時の情景があるはずだから、それを探せ」

 ミーレスとシャラーラ、アルターリアに命じた。

 三人して急いで動く。

 もちろんオレも、探し始める。

 「ご主人様。その情景というのはいつ頃のものになるのでしょうか?」

 無数と言ってもいいくらいの数を前に、さすがのミーレスも困惑気味だ。

 アルターリアも振り返って聞き耳を立てているようだ。

 少しでもいいから手掛かりが欲しいのだろう。

 「これらの中で最も古いものだ。そこからすべてが始まっている」

 あ?

 もしかすると・・・。

 「あるいは、ファイク男爵が指輪をはめた瞬間ということもありうるな」

 オレの指に指輪をはめたあとに、この状況になった。

 ということは、始まりはファイク男爵が奴隷の装身具を手に入れ、自分に指輪をはめた時から始まっているのかもしれない。

 「もすかすて、そのときは女が首輪してねがったりしねっすか?」

 シャラーラが聞いてくる。

 「おそらくそのはず、だ?」

 もすかすて?! ・・・コホン!

 もしかして?

 「なら、こんれだぁっ!」

 シャラーラの指さす先、そこには確かにファイク男爵がフェリシダに首飾りを着けてやっている姿がある。

 あった。

 あとはできるかどうかだ。

 「こっちにおいで」

 穴だらけのフェリシダを引き寄せる。

 抵抗することもなく、されるまま。フェリシダはついてきた。

 穴だらけで歩く姿は不気味だが、気にしない。

 そして、首輪を首飾りを前にちょっと嬉しそうな、昔のフェリシダ自身に重なるように立たせる。

 成功だ。

 フェリシダは、そこにあった映像の動きに沿って動き出している。

 「役目を割り振るぞ」

 そう言って、オレはそれぞれに役を付けた。

 まず、オレはファイク男爵。

 ミーレスにはその母親。

 シャラーラとアルターリアには、この二人以外の誰かを。

 と、それぞれを当てはめる。

 オレが何をしようとしているのかといえば。

 情報の上書き、だった。

 登場人物を、ここにいる人間と入れ替えるわけだ。

 実際にあった思い出を、追体験させながら、登場人物だけを置き換えて記憶させなおす。

 これだと首飾りを着ける前の、ファイク男爵と付き合っていた時期の記憶までは効果が及ばない可能性もあるが、ファイク男爵がらみの思い出だから、当然そこも壊れているはずなので、今後どうにか整合させるつもりだ。

 ただ、これは紛れもない人格否定の行為になる。

 許されるものじゃない。

 でも、彼女の心を救うには最善の方法だと信じる。

 これを許さないというのなら・・・彼女もろともオレを殺すがいい。胸を張って地獄にでもどこにでも落ちてやろう。

 そして、観客のいない芝居が始まる。

 と言っても、意識して何かをする必要はない。

 行動は、オレたちの体を通じて昔の記憶がやってくれる。

 言動も、事前にセリフが脳裏に浮かぶから、たいていはそのまま口にすればいい。

 だけど・・・。

 オレは全力で、脚本を書き直してアドリブで話し続けた。

 『奴隷』と『妻』いう言葉は『家族』に。

 メイドと呼ばれていた事実を、家庭を守る専業主婦という立場に。

 支配的な言い回しを柔らかなものに変えて、記憶の修正を図る。

 そのことは、ミーレスにも伝わったらしい。

 当然か、彼女の脳裏に浮かぶセリフとオレのセリフとの整合性が崩れていくのだから。

 それを、ミーレスが良しとするはずはなかった。

 オレとの会話が噛み合わないことに我慢できるようなミーレスではない。

 『貴族の嫁たるもの。一族の長たる旦那様には絶対服従でなくては、家臣や領民に示しが付きません。自分の考えなどという愚にもつかぬものは捨てなさい』。

 「家族ですもの。一家の柱であるご主人様を支えなくては、生活が成り立ちません。自分の考えで、家とご主人様に何が必要か考えて行動しなさい」

 母親の言葉を、筆頭奴隷の言葉に換えて話した。

 とたんに、フェリシダの胸のえぐられたような穴が小さくなった。

 臀部が鉄の棒で殴られることはなく。乳房が火箸で突かれることもなく。下腹部が蹴りあげられることもなく。平和で穏やかな日常が繰り広げられていく。

 『我が家の嫁になるということは、我が家の奴隷になる覚悟が必要です。あなたにそれだけの覚悟があるのかしら?』

 「我が家の一員になるということは、ご主人様の愛情に応える覚悟が必要です。あなたにその覚悟があるのかしら?」

 そう言われて、フェリシダは力強く答えた。

 愛情に応えて、ご主人様に尽くすと。

 『あなたのように位の低い血筋の牝犬は我が家のために番犬をしていればよろしい。跡継ぎのことは心配いりません。皇帝陛下とも縁のある女性が産んでくれる手はずになっていますからね。ドヴェルグの血なんて我が家にはいらないわ』

 「あなたのように戦闘向きでない女性は我が家のために家事をしていればよろしい。跡継ぎのことは心配いりません。ご主人様なら何人でも産ませてくれるでしょう。お金なら、私たちが稼いでくるし、みんなで育てればいいのですからね」

 私のような、知恵もなく戦闘力も弱輩なドヴェルグの女にもできることはある、家族のために家事を頑張ることは苦ではない。と、フェリシダが言う。

 ご主人様のため、主婦になる。

 主婦となって、家族みんなにご飯を作り洗濯をすればいいのだ、と。

 『安心なさい。死んだら、一族の墓には葬られるよう手配しておきます。ご先祖さまも下女は多い方がいいでしょうからね。おほほほほほっ』

 「安心してね。死んだら、私たちの墓を家の端に建てることができます。ご主人様も一緒に入ってくださるでしょうからね。でも、簡単に死んではだめよ」

 置き換える。

 『嫁に来た以上。あなたの家はここしかないの。実家なんてないのよ!』

 「うちに来た以上。あなたは家にいていいの。どこにも行かなくていいのよ」

 置き換える。

 『そういえば、あなたのご実家みんな死んじゃったんだったわね。嫁の財産は亭主のもの。遺産は全部渡してね。ああ、お墓はいらないから』

 「そういえば、あなたの実の家族はみんな病死してしまったんだったわね。あなたの家族は私たちの家族でもある。ねぇ、お墓を移したら」

 置き換える。

 『あなたの弟も、存外ましな人間だったわね。自分の無用っぷりをわきまえて、自ら退場してくれたんですもの。それでうちの子に男爵位を譲るなんて。役立たずのクズにしては、ましなことをしてくれた。ご両親もね。あなたも、見習うことよ』

 「あなたの弟は、とてもできた人間だったわね。お姉さんを大切にしてくれて、幸せを祝福してくれたんですもの。それでご主人様にあなたを託すなんて。先見の明があったのよ、幸せなことをしてくれた。ご両親もね。あなたは、幸せ者なのよ」

 置き換える。

 シャラーラとアルターリアも、そばにいたメイドや執事として登場しては、元気づけ、優しく話しかけ、 家族を強調していた。

 かなり偏っている気はするし、ご都合主義すぎる。しかも、意識的に「おまえは幸せなんだ」と暗示をかけている。

 相手の人格は完全無視だ。

 明らかに最低の行為だ。

 人の人生のほとんどをなかったことにして、自分に都合のいいことを吹き込んでいるのだから、殺人と同等かそれ以上にひどいことをしている。

 それはわかっている。

 でもいまは、嘘でもいいから優しく幸せな人生を、フェリシダに感じてほしい。

 周囲からホログラムが消えていた。

 そもそも破壊されていて、形をなくした断片ならいくつかあった。メイドとしてこき使われていたとか、着飾ってのパーティーに参加していた様子がちらほらと。

 クラッシュしたメモリといったところだ。

 最適化すれば消える存在。無視だ。

 残っているのは、オレたちが男爵たちと対峙していたシーンだけになる。

 ここで、役割を元に戻す。

 彼女にしてみれば、自分の家族のオレたちになにかをしようとした変な人たちが、オレに征されているシーンとなるわけだな。

 「もう済んだ。心配しなくていい」

 必ず、幸せにする。

 それで、この罪を償うことになるわけではないだろうが、このまま死なせてしまうよりはいい結果だと思いたい。

 「ご主人様・・・」

 フェリシダが、小首を傾げて、オレを見た。




次回更新は9/23です。

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