その人の名は2
「見つけましたよ!」
駆け込んできた者がいる。
「何者か?! 無礼な!」
伯爵が怒鳴った。だが、駆け込んできた者のすぐ後ろにいた人物に気が付くと、伯爵は黙った。
「久しいな。ファイク伯よ」
駆け込んできたのはリーズン。声をかけたのはアウダークス公爵だ。
「しかし、無礼とは心外だな。そちらよりもこちらが言うべき言葉だと思うのだがな」
「なんのことですかな?」
不審そうな顔で伯爵が訊ねるのに、公爵が答えている。
話が進むにつれて、伯爵の目が憤怒に燃えて男爵に向けられた。
気が付けば、開け放たれた扉の向こうに上階へ続く石段が見えていた。女性が二人並んで立っていて、その前にはうなだれた初老の男もいた。
女性の一人はラーホルンで、初老の男は『移動のタペストリー』を片付けた執事だ。
「ご無事ですか?」
貴族たちが三人、固まって話しを続けるのを尻目に、リーズンが声をかけてくる。全身で安堵を表していた。
本気でオレの身を案じてくれていたらしい。
「あー、いや。ファイク男爵がどう事態を言い繕うのかと想像しながら、馬脚を露す瞬間を心待ちにしていたところです。あなたの登場で中途半端になってしまって、ちょっと残念です」
「はい?」
本音を言うと、リーズンが間の抜けた顔になった。
「一体、何の騒ぎなんだよ?」
縋り付く女剣士をやさしく振りほどいて、勇者様が御自らお声を下された。
オレは身に余る光栄に浴し、感激に震えながら・・・なわけねぇだろ!
「おまえのせいだよ!」
罵声を叩きつけた。
剣士と巫女と修道女と魔法使いが驚いた顔をしたあと、怒りで真っ赤になり、続いて勇者の代わりにオレに詫びさせようとでも思ったのか、一様にオレのところに迫ろうとした。
「・・・・・・」
それを、女騎士のブレヒティーが無言で押しとどめる。
「おまえな。勇者って立場をもう少し考えろよ! お前の不用意な言動が、この世界のあちこちで問題を起こしてるんだぞ! いろんな人間が尻拭いに走り回っていて、オレもその一人だ!」
「え?」
びっくりした顔で、目をパチパチさせる翔平。
殴りたくなった。
「あ、あの。勇者様をご存じなのですか?」
恐る恐るという感じに、リーズンが口を挟んできたので、無言で照魔鏡を見せてやった。
一瞬にして顔色を変えたリーズンが息を呑む。
「奥にオレのパーティーメンバーが連れていかれてったままです。連れ戻してきてください。警備責任者も一緒にいますから、オレたちの装備品も返してもらってくださいね」
顔は翔平に向けたまま、ミーレスたちのことを頼んだ。
直立不動で敬礼をして、頭を下げると奥へと走っていく。
ここにきて、翔平のパーティーメンバーもオレの正体が分かったらしい。一応、話は聞いていたようだ。
ブレヒティーに確認するように視線を向け、肯定の頷きを返されると慌ててひざまずいて震えだした。
「あー。そういうのはやめていいよ。ハルカはそういうの嫌いだからさ」
ひざまずいたメンバーに、翔平が声をかけて一人一人手を貸して立たせている。
視界の隅でエモニー君がガクガクブルブル震えているが知ったこっちゃない。
「で、俺のせい?」
再び縋り付いた女剣士に、あきらめたような視線を一度だけ向けて、翔平がそばに寄ってきた。
ブレヒティーが数歩先で、立ち位置に困っているような様子を見せたので、指先でガクブル騎士エモニー君の監視を促しておく。
巫女と修道女は、ゆっくりと近づいてきたラーホルンたちと合流して、そちらの監視をするようだ。監視というより、ラーホルンが連れている女性の看護という方が正しいのかもしれない。
その女性はよく見ると、今にも倒れそうなほど顔色が悪かったから。
翔平に縋り付いている女剣士は、身体全体で勇者様にまとわりつきつつも、その視線と意識は貴族たちの会話に向けられているようだ。
魔法使いは、気が付くと誰もいない空間で、ボーっと立っていた。
それぞれに役割と立ち位置があるらしい。
「おまえ、ホマーエビが気に入ったそうだな?」
「あ? ああ、うまいエビがあったな。名前はよく知らないけど。それがどうかしたか?」
「この世界ではな、勇者様のお気に入りを生産する街にだけ、助成金の出る制度がある。それをめぐっての利権争いが起きていてな。オレは殺されかけた。先日手紙を送ったのはそれについて注意しとこうと思ったからだ」
殺されかけたと言った所で、翔平が顔色を変えた。
「まさか、そんな・・・」
「事実だ。もちろんオレの正体を知ってオレが狙われたってわけじゃなくて、オレの知り合いと敵対関係にある人物との競争による兼ね合いもあっての話だけど、お前の言動が根底にあるというのは変わらない」
「そんなことあるのか?」
翔平が聞いたのは、べったりくっついている女剣士だ。
「ありえなくはありませんわね。貴族の間では御法度というか禁忌とされて久しいのですが、まだ周知は行き届いていませんし・・・」
チラリ、と視線を向けたのは貴族たちの固まりだ。
公爵と伯爵が男爵を吊し上げているようだが、オレは興味ないので放置していた。そういえば、この女剣士はずっとそっちを気にしていた・・・っと。
そうだった。
まえに、ブレヒティーに聞いたが、女剣士は貴族連合が所属だ。
きっと大貴族の令嬢で、貴族間の情報や帝国の政治面へ太い繋がりを持っているのだ。
「民間では礼儀として遠慮しよう、程度の考えしか持たない者も多いと聞きますから」
そこまで言って、女剣士はふっと眉を寄せた。
「もしかして・・・」
オレの顔をじっと見つめる。
「そういえば・・・」
ブレヒティーを一瞥。
「あ、でも・・・」
アウダークス公爵に目を向けた。
「んー・・・?」
首を傾げている。
自分の中で話がループしているらしい。
「いいから話せ。正しくなくていい。あいまいでいいから!」
呆れている風に翔平が促す。いつもこうなのだろう。自分の中で納得できていない話はアウトプットしないタイプか。
「あ、そうでしたわね。えーと・・・」
「ハルカ。ハルカ・カワベだよ」
確かめるように顔を向けられたので、いまさらながら自己紹介をした。
「ハルカ様ですわね」
確認するように頷いて、またしても顔を寄せてきた。
この子、異性との距離感がおかしい子かもしれない。
人目をはばからずに翔平にべったりだし。まぁ、そんなことはいいのだが。
「もしかして、ですが。商人ギルドのオレィユ家と親しいのではありませんか?」
「ああ、そうだな」
そう言ったあとで、ふと気がついて付け足す。
「姉の方の娘と、だけど」
これで通じるだろうか?
「そうだろうとおもいました。・・・妹さんの方が、先ごろ貴族にずいぶんと媚を売っているという噂がございますのよ。特に顕著なのが、あの男爵家ですわ。正確には母君、伯爵の愛人が、ですけれど」
通じた・・・いや、そこじゃない。
「そんなつながりがあるのか?! あ、いや。そうか。勇者との接触を図ろうとしているって情報は持ってたな」
勇者を自分の手の届くとこに呼び寄せようと画策していたという点において、互いの思惑が一致するわけだ。
「先ほどの話、『マチリパトナム』の件ですわよね?」
男にべったり引っ付いた色ボケ女、と思っていたが違う。
核心にずかずかと踏み込んでくる。
「実を申しますと、わたくしは調査のためにこの地を訪れていましたの。勇者の名を語った利益誘導や不正の噂を耳にしたからですわ。その最重要人物が商人ギルド次期ギルド長候補フリディア・オレィユなのです」
「へ?!」
驚きの声を上げたのは、オレじゃない。
翔平だった。
「申し訳ありません。確証を得てからご報告しようと思って、伏せておりました」
絡ませていた腕を少しだけ緩めて、女剣士が頭を下げる。
もちろん翔平にだ。
「だーかーらー! 悪い情報は耳に入った時点で知らせてってば!」
頭を掻きむしりながら翔平が喚いた。
うん。苦労している。
ちょっと意地の悪い喜びを感じてしまった。
「ご主人様っ!」
と、本当の喜びが到着した。
ミーレスとシャラーラ、それにアルターリアが取り戻した装備品を手に持ったまま駆け寄ってきたのだ。
・・・いや、一刻も早く会いたいっていう気持ちはうれしいんだけど。装備品ぐらい装備してからこようよ。
万が一にも乱闘になっていたらどうすんだ。
後ろからリーズンと、心なしかほっとした顔の警備隊の騎士たちもやってくる。
「ご主人様。剣を」
やってくると、即座にオレの剣を腰につけてくれるミーレス。安心した顔でそれぞれに再装備を始めるシャラーラとアルターリア。
装備品を身に着けている間も、絶対にオレから目を離さない辺りがいじらしい。可愛くって思わず抱きしめたくなる。なるのだが、さすがに翔平の前では気恥ずかしい。
帰ってからだ。うん。
「それが、お前のパーティーか?」
「ああ、そうだ」
問われたので自信満々で答えた。
紹介はしない。
向うもしていないし、こちらは奴隷だ。オレの心情はともかく、社会的には勇者と対等に話すような存在ではないだろう。
「会う時間取れなくて後回しにしていたんだが、会えたんだ。いくつか話しておきたいことがあるが、いいか?」
翔平が聞いてくる。
「望むところだ。オレからも話したいことがいくつかあるからな。だが・・・まずはあそこの話し合いが終わらないといかんのじゃないか?」
壁際に固まって、深刻そうな顔で議論を戦わせている貴族たちを、視線で指し示す。
「決着つくのかな?」
翔平が不安そうだ。
「つけさせますわ。こういうことは時間をかければかけただけおかしくなるものです」
女剣士が、目がまったく笑っていない笑顔を見せた。
ちょっと、いや、かなり怖い。
アウダークス公爵は自尊心と貴族全体への危機感とで、怒りに燃えていた。
信義を失っては社交界は成り立たない。招待されて行ってみたら、陰謀が張り巡らせてありました、では社交界の在り様そのものが地に落ちる。
正式に招待した人物、それも功績ある人物を図って罠に落とし、その身を犠牲にして我が身の栄達を図ろうと企図する。
あってはならない暴挙だ。
しかも、聞けば陰謀の一翼には勇者をすら利用していたという。
帝国は古くから、勇者とともにあった。
初代皇帝は勇者のパーティーメンバーとして頼られる存在であり、それゆえに民衆から支持を得たのだ。そして、勇者によりもたらされた政治理念を吸収して国作りに役立てたことで知られる。
その後も、歴代の皇帝は時の勇者を優遇し、その知識と技術とを積極的に受け入れて国を発展させてきた歴史がある。
だというのに、その勇者を己の陰謀に巻き込もうとする貴族がいるなど、許されていいことではない。
帝国の政治基盤そのものを揺るがしかねない一大事だった。
個人的には、自分が客分として遇し、身内とまで信頼を寄せて今後も付き合いを深めようとしていた人物が罠に掛けられ、害されかけたことへの怒りがある。
「己の所領のために、身命を賭すのが貴族の、領主の務め。そうではないか!?」
男爵が喚いた。
「自領の利益を守るためには、時に非情な決断をすることも厭いはせぬ。それは公爵とて同じはず!」
自身の行為を正当化するため、男爵は饒舌になって、次々と理論武装した言い訳を撃ちだしてきた。
そのどれもが、自意識過剰、自己保全、身勝手の産物で、聞いていると自分の腸が腐っていきそうな気分の悪さを覚えた。
「経済政策や外交を駆使するのは確かに領主の務め。それについては、認めてもよい。しかし、貴殿のしたことは政略ではない。謀略である。同列に置くことはできん」
「なにが違う?! 政略も謀略も策謀には違いない! 俺は所領の安寧のため、できることはすべてやろうとしただけだ。やむを得ないことであったのだ!」
「愚かなことを! 謀略で街を救えるはずがなかろうが! そんな街を誰が信ずる? 誰が友と思う? 孤立して滅びるだけであることがなぜわからん!?」
公爵が正論をぶつけていく。
しかし、他人の意見や話を振り払おうとでもいうのか、頭をぶんぶん振って男爵は己の正当性ばかりを主張し続けた。
「バレなければいいだろ?! はっ?! そうだ。あんたたちが黙っていてさえくれればどうとでもなる。なにが欲しい? 金か? 女か?! 女なら・・・あれを好きにしていい。どうだ?」
突然、顔を上げた男爵は周囲に血走った目を走らせ、一点を見つめて顔を歪めた。笑ったらしいが、禍々しすぎて、とてもそうは見えなかった。
震える手で指さしたのは、妻であるはずの女だ。
公爵にとっては妻の従姉。それを・・・。
「ふ・ざ・け・る・な!!」
怒りに震える身体から、絞り出せるだけの大声を叩きつけた。
「貴様は! 貴様はそれでも貴族のつもりかぁ?! 恥を知れ! だいたい・・・」
公爵は言いかけた言葉を飲み込んだ。
もはや意味をなさないと判断するほかなかったからだ。
かつては男爵であった目の前の男は、人格を破綻させていた。時間をかければ治るのかもしれないが、その時間をもらえる可能性は低い。
社会的にはすでに死んでいて、心も壊れようとしている。
これは、もうダメだな。
肩まで上げた拳を、だらりと落とした。
すでに男爵は、この世界の住人ではなくなりつつあった。自分の中の、自分が、自分だけが絶対的正義の世界に逃げ込み。出入り口にバリケードを作って立てこもってしまっている。
もしかしたら、扉はすでに破壊されてしまっているかもしれない。
公爵が静かに説得を諦め、援助の手を引いた。
「この! 馬鹿者がぁ!!」
公爵が引くのを見届けた伯爵が、罵声を浴びせながら息子を殴りつけた。
男爵だった男の身体が、数メートル飛んで壁に激突する。
ほとんど無防備な状態で殴られた男爵は、頭から血を流して床にくずおれた。
「う・・・ぅぅ」
かすかにうめいているので意識はあるようだが、もはや立つどころか身体を動かそうとする意志も、様子もない。
口の中を切りでもしたのか、口からドロリとした赤いものがこぼれている。
「ィいぃぎゃぁぁぁああぁぁぁぁぁ!!!!!」
女の悲鳴があがった。
この男の妻である女が、土気色になった顔を引きつらせて、男爵を見つめていた。
そして、あうあうと言葉にならない声を上げながら、よろよろと男爵のもとへと歩き出した。
あれほど利用され、たった今も道具として、生贄として扱われようとしたというのに、まだ愛があるのか、依存しているのか。
腹立たしくもあるし、憐れでもある。
「アウダークス公、証言をしてくださるか?」
食いしばった歯のあいだから、苦々しさしかない言葉が漏れ出た。
証言。
意味は分かる。
貴族間では、明確にその尊厳と誇りとを失したと認められる行動をとった者を、その場で誅する行為が認められている。
領民を従えるものとして、帝国の礎を守るべき存在として、領民はもとより帝国全土にあって模範とならねばならない。そうでなくて、どうして貴族こそが民を統べる存在と主張できようか。
かつて、帝国を訪れた勇者により、『民主主義』なる考え方が帝国にもたらされ、帝国では革命が起こりかけたことがある。
結局、ときの皇帝が貴族の側についたことで、現在の専制主義は生き延びた。だが、その時のことはいまだ一部の学者や有識者の間には根強く残っていて、民主主義へと移行するべきだと主張する者たちは、革命の種となって残り続けている。
その種を芽吹かせないためにも、貴族による統治への不満が民衆の間で高まるのを、是が非でも防ぐ必要がある。
そのための制度だ。
貴族制度の根幹を揺るがしかねないようなものはその場で片付けろ、と。
ただし、それが正当か否かを判断するため、他の貴族――爵位を持つ当主――の証言を必要とする。
難癖をつけて政敵を殺害する事例が、いくつかあったためだ。
この役目。本来ならば利害関係のない第三者が行うべきものではあるが、この場合は致し方ないだろう。
「やむを、えんな」
妻ラーホルンを一瞥し、深いため息とともに公爵はいやな役割を引き受けた。
妻の従姉の夫が、貴族の一員であることのできない人間だと証言する。そんなことが、心躍るものであるはずがない。それでも、このまま男爵を放置し、醜態をなかったことにすることができないのも確かだ。
誰かがやらねばならず、ここには資格を持つものが自分をおいていない。
「お待ちなさい。公爵が、その役を受けることはない。私が証言をいたします」
勇者様お付きの剣士が声高に割って入ってきた。
グラ―ティア・ダンク・エグノモティーニ。
貴族なら知らない者のいない女性だ。
貴族院議会議長エグノモティーニ公爵の三女だということも知っている。
議長の懐刀として、勇者が訪れるまでは帝国諜報部の副局長として辣腕を振るっていた偉才だということも。
現在も役職はそのままで、勇者パーティーの一員に名を連ねている。
貴族の息子や娘というだけでは、証言をする資格を持たないが、帝国政府で役職を与えられている者にも、その資格は与えられる。
彼女の証言であれば、文句の出ようがない。もしも、異論をぶつけられる者がいるとすれば父親の公爵か、それこそ皇帝だけだ。
「そうして、いただけますかな?」
「もとより、その調査で参っていたのです。私が証言者となる方が各機関への報告もしやすい。むしろ、そうさせていただきたいですわ」
公爵は安堵した。肩の荷が下りた、とばかりに肩が揺れた。
するり、と勇者から身を離したグラ―ティアが近づいてくる。
見届けようということだろう。
伯爵が剣を振り上げた。




