その人の名は
オレたちの尋問場所は地下へと移った。
映画なんかではお定まりだが、城の地下には牢獄と拷問部屋が存在していたのだ。
イギリスなんて、きれいな城の地下にはたいてい血なまぐさい拷問部屋があるものだし、奴隷が普通に存在する世界に人権なんて概念を求めるのもナンセンスというものだろう。
ただし、ミーレスのおかげなのか、明らかに血と死臭の漂っていそうな奥の独房ではなくて、手前の割とこぎれいな部屋に通された。
城の中で捕らえる相手には貴族や、軍の関係者、他国の外交官や政府の要人なども含まれるから、そのために作られた特別な部屋なのだろう。
遠目に見える原始的なコンクリートで塗り固められただけの独房と異なり、この部屋は木で内壁が築かれていて、壁紙まで張られている。
家具などもあり、目隠しして連れてこられたなら一流ホテルの一室と言われても信じたかもしれない。
待遇という面から言えば、今のところ誰とも知れない無作法者でしかないオレを捕らえるのに気を使いすぎではないかと思ってしまうが、それだけミーレスの存在は大きいということなのだと思う。
もっとも、自由を奪われている時点で、壁の多少の差など意味をなさない。
「所定の手順を踏むのでしたな?」
警備責任者の騎士が、突然顔を歪めた。
自分の意に沿わないことをさせられている者の顔だ。
「不審者は個別に尋問が基本ですので」
そういう手順があるらしい。が・・・。
「事情も聞かずに行われるものではない!」
ミーレスは異議を申し立てた。
事情説明を行わせて、それでも疑惑が晴れなかった場合に、個別の尋問に入る。そんな流れが「所定の手順」ということなのだろう。
つまり、一応はミーレスの言い分を入れて、ここまでは連れて来たものの、結局は正規の手順を踏めないような圧力がかかっているということだ。
非合法の扱いをしていることに忸怩たる思いはしているが、それをはねのけることができない状況に、この騎士たちは置かれているらしい。
「ペルソーナフェッルムは死んだ名、と言ってましたな。そのとおりですよ。あなたにはもう、何の権限も力もない。奴隷に落ちたと聞いていますのでね」
目を逸らした責任者が、早口でそう言った。
その瞬間、ミーレスが目を見開いて顔を紅潮させた。
奴隷に落ちたと言われて羞恥に染まった・・・のではない。なにが理由かは知らないが、ミーレスが彼らに思い出させた「騎士の教え」をあえて踏み躙ろうという行動への怒りのためだ。
これは「まずい」かもしれない、と思ったが、もう遅かった。
一瞬で二倍に増えた騎士の団体に囲まれて、ミーレスたちと引き離されそうになる。引き離され「そう」というのは、当然だがミーレスやシャラーラ、もちろんアルターリアも抵抗しようと身構えたし現実に腕を振り払う程度のではあるが、抵抗を見せたからだ。
武器は取られている。
だが、シャラーラは相手が人間なら素手でいいし、アルターリアも武器がないならないで敵を殲滅する術をいくらでも持っている。不利なのはミーレスだけとなるが、それだって、シャラーラに倒された敵から武器を奪えばどうとでもなる。
反撃は容易い。
逃げることも可能だ。
しかし・・・。
「まぁまて、ここはひとつ。あえて捕まってやろうじゃないか」
ここまで来たからには、首謀者が何をしたいのかを見定めたい。段取りの段階でファイク男爵が関わっていることは確実だが、男爵の一存だけでこんなことができるものなのかと疑問も感じる。
嫌がらせというには少々手が込みすぎているようだし、かなりの数の人たちの目に留まっている大胆さ。これだけのことをしておいて、どう始末をつけるのかにも興味がある。
殺して終わりにするにしては、人の目に付きすぎだ。人の口に戸を立てる自信があるのか、そもそもどんなに話が広まっても構わないくらいの力があるのか。
さんざん笑いものにしたあとで、こちらの反撃を防ぎきれるつもりなのか、何かしらの補償で丸め込めるつもりでいるのか。
後先を考えることができないほどの馬鹿なのか。
単にオレが舐められているだけというのもある。
それを見極めておきたい。
力がある相手なら、「長い物には巻かれろ」で取り入ることも考える。単に馬鹿だったり、オレが舐められているだけなら、隙を見て弱みを握ることで、逆にこちらが膝下にねじ伏せるとことが可能になるかもしれない。
どちらであれ、転ばされただけで終わるつもりはなかった。転んだからにはその分、なにかしらのものを掴み取らなければ損。ただで起き上がってなどなるものか。
特に今回は、相手の心情はともかく事実として、オレは賓客のはずだ。
英雄とまで自分を上げるつもりはないが、功労者には違いない。その客に対して、ランチも食べさせずに罪人に仕立てようと企てている。
笑って許せる限度を超えていた。
「ずいぶんと余裕をかましてくれるじゃないか。あの女を奴隷にして侍らせて置けるってのは確かに驚異だが、それはあんたがすごいってのとは関係ないとおもうがな」
責任者と部下の騎士たちが、ミーレスたちを連れて奥へ向かうと、オレの見張りに残った騎士が話しかけてきた。
おかしな話だが、現状ではこの男が仕切り担当のようだ。
責任者の騎士は、オレにすまなそうな視線をくれたあと、無表情で独房へとミーレスたちと部下を連れていく。連れられて行く部下達も一様に青ざめた強張った顔をしていて、まるで自分たちが罪人であるかのようだ。
残った男の名前はエモニーというらしい。
人数が減ったので、警戒しながらタグを展開する余裕ができた。ジョブは疑いなく騎士でレベルは23とあるが、深度を下げてステータスを覗くと能力は大して高くない。
オレでも一人で倒せるだろう。
・・・素手での殴り合いなら、だが。
ともかく、なにか妙に鼻につく物言いが気に障ったが、オレはそれを表に出す性格をしていない。
「君がなにをどう思おうが、オレは興味ないよ」
平然とした顔で、答えてやる。
『身に危険を感じたら、遠慮なく暴れていいぞ。こいつらの親玉の顔を見てみたいってだけだからな。おまえたちに我慢させてまで居続ける気はない。そん時は速攻で退避する』
遠ざかる背中に、『伝声』と『伝心』で指示もした。
身に危険、の中には性的な意味も乗せている。
相手が誰であろうとも、オレのものに唾つけようなんてのを許す気はない。
まして、この奥の汚れた床に彼女たちが押し倒されることなど、想像もしたくない。
「ところで、君たちはオレに聞きたいことはないのか?」
彼らが、普通に職責を全うしようとしているのならするはずの質問を、オレはまだされていない。
それはつまり、「どこから会場に入ったのか?」というものだ。
警備の人間なら、真っ先に確認したいと望むはずの疑問だろう。オレが彼の立場なら、相手の正体なんかよりもそっちが気になっているはずだ。
なのに、聞いてこない。
聞いてこないのには理由があるはずで、この場合その可能性は二つ。
一つは、疑問を感じてすらいない。
ようは、すでに知っている、というもの。
目的をもって、オレを追い込もうとしている。
二つ目、疑問は感じていたとしても、聞かないといけないとは考えていない。
または考えないような精神状態に置かれているということ。
それだと、何者かによって書かれた脚本通りに動いているだけなので、脚本にないことはしないし、できない。
つまり、この二つは外形上は似ているが、どちらであるかによって、根本では別物になりかねない意味を持つのだ。
現状を知るのに必要な情報はいろいろあるが、まずはそこから片付けていこう。
「ないな」
短いうえに、そっけない返事。
オレは内心で失望のため息をついた。
この返事を聞くまでは、まだ希望を持っていたのだ。彼らは、事情を知らぬまま、上からわけのわからない命令をされて戸惑っているだけだと。
違った。
彼ら・・・いや、この男はすべてを知ったうえで、この企みに加担している。
ミーレスには悪いが、こいつは救いようがない。
「ああ、いや。あるな」
にやぁーっと笑みを浮かべて、顔を近付けてきた。
反射的に殴りそうになるのをこらえる。
「あの鉄女、抱いたんだろ? どんな味だった? つぅか、まともに反応返せてたか? 横たわったまま微動だにしなかったんじゃねぇの? 声も出さずになぁ?」
生臭い息を吹きかけながら、下品な声で笑いやがる。
「色気とか艶っぽさとか無縁そうな女だもんな。顔はいいさ。身体もまぁまぁだ。だけど愛想がないってのは、牝として終わってる」
何を基準にしているのか知らんが、ミーレスは十分に女の子だ。かわいらしいし優しいし、気づかいもできる。
「あー、でもあれか? 剣で生きることを否定されて、残ったのは女の身体だけってことで、ご主人様にすり寄る牝犬にでもなってるのか?」
確かに、ミーレスはオレに対して忠実だ。
元世界のとある武将の家臣について『犬のように従順』との評価があったが、それに近いものを感じることはある。
だが、こいつの言っている牝犬とは絶対に意味が違う。
なにより、女性を牝呼ばわりしている段階で、こいつは男として最低だし、人として終わっている。
「だとしたら、話は別だな。あの鉄面皮をぶち壊して、泣かせてみたいとは何度も思ったからな。泣きながら腰振って喘ぐのを見れたら、最高だろうなぁ」
下卑た笑い声を上げながら豚がしゃべるしゃべる。
「あのクソ女、いつもいつもお高くとまりやがって。女のくせに偉そうなんだよ。愛嬌はねぇしな。口を開けば『礼節』『誠実』『名誉』だ。つっまんねぇ女だったな」
付き合っていたわけでも無かろうに、つまらないかどうかを批評までしてくれていたわけだ。相当に、ミーレスが気になっていたらしい。
ようするに、あれだ。
部活の先輩とか、学科担任の厳しい女性教諭に憧れてはいたものの、まったく相手にされなくて妄想の中でレイプしていた。そんな童貞野郎の愚痴を聞かせられている、そんな状況なのだと理解した。
まぁ、確かに。
部活の先輩にミーレスがいたら、気になって仕方ないだろうとは思うが残念なことに、この男はかなり歪んだ愛情表現しかできない奴のようだ。恋人はおろか、友人としてすら見てはもらえなかっただろうと思う。
オレは憐れみすら感じず。冷めた目で睨みつけてやった。
「あ? なんだよ、その目は!?」
体格と年齢の差がある。
それにオレは丸腰で、奴は武装している。
奴の頭の中では、オレが怯えて何もできずに立ちすくむ予想しかできていない。
完全に見下した目でオレをねめつけていた。
そこに怒気が加わる。
オレが全く恐れ入っていないことがお気に召さないのだろうが、こいつのために怯えて見せるような義理はないので睨み返してやった。
気分としては、捨て忘れて一週間経った生ごみを見る目で。
「てめぇー!」
わかりやすく激高して、殴りかかってくる。
もちろん、予想していたので簡単にかわした。
武器は取られているが、縛られているわけではないから難しくはない。
状況から、縛られたり複数人で囲まれてのリンチを覚悟していたというのに、一対一なのだ。これで慌てたりはしない。
が、彼のほうもよけられたことに悔しさを見せなかった。
「?」
思わずクェスチョンマークの吹き出しが、頭上に浮かんでいるような顔をしてしまった。
「あぶねぇ、あぶねぇ。避けてくれて助かったぜ。俺らの親方の目的はあんたらしいからな。勝手に傷つけると金を値切られるかもしれねぇ」
なるほど。
瞬間的に頭に血が上って殴りかかってはみたが、直前で損得勘定が働いて冷静になったということだ。
「それに、予想外のボーナスもふいになっちまうかもしれねぇしな」
「ボーナス?」
なにか、契約にない金をもらえるということだろうが、いったい何のことを言っているのか。
「はっ、あの女のことさ。奴隷になって売られたと聞いて探し回ったんだぜ? あり金全部抱えてな。買い取って、あれもこれもしてやろうって仲間たちとも話し合ってたんだ。だが、見つからなかった。諦めていたところに、今回の出会いってわけよ。神様だか悪魔だかの御導きってやつだわな」
ミーレスがいることは知らなかったのか、ということはオレのこともよく調べずに罠にかけているということなのだろう。身辺調査をしていれば、なによりもまずミーレスの存在に目が行くはずなんだから。
ああ、そうか。
調査したくても、やりようがないか。
『移動のタペストリー』を使っていないから、追跡不能なのだ。
その点は安心できるな。
家にちょっかいをかけられる心配はしなくていい。
そういう意味で言えば、今回が最初で最後のチャンスなわけだな。確実に罠にはめることのできる機会は、今回をおいてほかにない。そう考えて、少々の無理を押して、この暴挙に出たのかもしれない。
違うか。
「オレ」を何とかしたくて陰謀を仕組んだのではないのかもしれない。
勇者ではないし、目立つようなことはしていない。
家を買ったり、次々に奴隷を買ったりしているからリティアさんなんかには目を付けられていそうだが、貴族に目を付けられるようなことはしていない。
盗賊の件ぐらいのものだ。
それだって、ファイク男爵には不愉快な話なのかもしれないが、こんな陰謀を計画するほどのことでもあるまい。
それにあれからほんの数日。
こんな短期間で準備が整うとも思えない。
一番納得のいく答えは、もともと陰謀を巡らせていて、『生贄となる相手を誰にするかと考えているとき、目に留まったのがオレだった』ではないだろうか。
そう考えた方が、いろんなことがしっくりと来る。
ずいぶんな、とばっちりを受けたものだ。
それにしても陰謀の目的は何なのか。
「ふふっ。いいぞ。その顔だ」
頭の中で分析を進めているオレを覗き込んで、男は満足げだ。
「俺はな、あの女やテメェみたいに、取り澄ました顔してるやつ見ると怒らせたり泣かせたりで崩したくなるのさ。もっと怒れよ。俺を楽しませろ」
・・・冷静に分析していたつもりだったが、ミーレスを的にした企みを聞かされて、感情が顔に出てしまっていたようだ。
にしても、マジでイライラしてきた。
「いいことを教えてやろうか?」
聞きたくもないが、嫌がるそぶりを見せれば「楽しませる」だけなのだろうし、いやいやながら聞く姿勢になる。
「聞かせてもらえるのか?」
「ああ」
案の定、嬉しそうにタメを作ってきやがる。
ムカつく!
「さっきパーティーをしていたのには気が付いただろう? 取り囲まれて怯えてはいても、そのぐらいは気が付いたはずだ。なぁ?」
別に怯えていた覚えはないんだがな。
「あのパーティーの主賓が誰だかわかるか?」
こういう聞き方をしてくるということは、それなりに有名で権力のある人物なんだろうな。興味などないが。
「おまえなんかじゃ到底目通りのかなわないようなお方なんだぜ」
そうだろうな。
大貴族の誰かとかなんだろ。会いたくもないわ。
「うちの親方がそりゃ大枚はたいて呼び寄せたんだ」
それはそれはご苦労様。
「もうじき、親方がそのお方を連れてやってくるのさ。パーティーに潜入して騒ぎを起こそうとした狼藉者を捕らえた手柄を報告するためだ」
ふむふむ。
ようやく目的が分かった。
そのお偉いさんへの襲撃を企図した罪でオレたちを捕えて処罰を与えることで貶め、それをもってお偉いさんには「役に立つ奴」とお褒めの言葉を頂いて自分の名声に拍を付けようってことなわけだ。
古今東西、下っ端の役人なんかがよくやる手口である。
嫌がらせ、ではなくて本格的な陰謀だ。
ここにきてようやく危機感が出てきた。
我ながら暢気なものだ。
こいつのいうことが確かなら、オレの生末はきっと絞首刑か斬首、なんにしても殺される未来が待つと考えられる。
もしくは、どこかの鉱山で重労働というのもありえるだろうか?
ああ、そうか!
奴隷に売られる、だな。
その先が鉱山か農園か迷宮かは知らんが。
いくらの値が付くだろう?
ちょっと興味があるな。
男だから安いかもしれないが、若いし、一応ルックスも平凡で悪くはないつもりだ。
25万くらいにはなってほしいな。
で、若い御令嬢にでも・・・て、おいおい。
空中に思わず突っ込みそうになる。
買われてどうするんだって話だ。
ミーレスたちがいるというのに。
買うならともかく。
そんなくだらないことを考えていると、「ついに」というか「ようやく」というべきか。足音と話し声が近づいてきた。
見張りの男が、さっきまでの態度からは考えられない真面目な顔をして、オレの横に直立不動で立った。
腐っていてもさすがに騎士だ。
その姿は堂に入っていて、見ただけなら職務に忠実で優秀な騎士に見える。
見事に化けるものだと、妙に感心してしまった。
最初に入ってきたのは、白髪の初老の男。
タグによれば、『リュミエル・エクラ・ファイク。男。貴族。58歳。聖騎士LV8。伯爵』。
ファイク? と思ったら、何のことはない。ファイク男爵の実父だった。
白髪で口ひげも白いが体格はがっしりとしていて、偉丈夫と呼ぶことに違和感を覚えないようなタイプだ。
見た目だけでなく、中身もそこそこの猛者だった。
少なくとも、一対一で戦ったら、オレは勝てそうにない。向うが素手で、こちらが武装していたとしても、だ。
実力に裏打ちされた眼力で、オレを睥睨してくる。
思わず後退りそうになった。
続いて現れたのが、青白い顔のシシャモ・・・ではなく、ファイク男爵だ。
落ち着きなくきょろきょろと視線を泳がせているが、決して、オレのことだけは見ないようにと、意識的に逸らしているのが感じられた。
思いのほか小心者であるらしい。
そして、次においであそばしたのが、件の主賓様だった。
若い男で、五人もの美女を引き連れている。
先頭の女騎士が、真っ先にオレに殺意の乗った視線を射込んできて、驚いたように目を見開いた。
続いて入ってきたのが、主賓の男で、こいつもオレを見て目を見開いてパチパチと瞬きをしている。
その男の腕に縋りつくようにして抱き付いていた女剣士が、「なんてひどい臭いなのかしら」というような顔でオレに蔑むような目を向けてくるし、修道女と巫女は怒りに燃えた目をしていた。
「ふぎゃ!?」
最後に入ってきた魔法使いが、入り口で派手に頭をぶつけて頭を押さえた。二メートルはありそうなひょろひょろとした高い身長でローブの裾が膝ぐらいで止まっている。魔法のサイズ直し機能でもカバーしきれないようだ。
ああ、いや。
身長高いのに、ハイヒールを履いているからだ。
んで、慌てて懐から眼鏡を取り出して掛けている。
・・・牛乳瓶の底かよ?!
突っ込んでしまうような厚いガラスの眼鏡をかけて、一瞬ボーっと何かを見つめ、急いで外すと別のと取り換えた。こちらはガラスが薄いタイプで、ちょっとおしゃれなフレームのものだ。
たぶん、前のがガラス工芸の眼鏡、今掛けているのが魔法の眼鏡なのではないかと思う。
すると、今度はちゃんと見えたらしく、小さく息をついて・・・オレの隣の腐れ騎士を睨んだ。
なんかすごく個性的な子だ。
ぶつけたせいで赤くなっている額を主賓の男が手を伸ばして撫でてやり、その様子を剣士が親の仇でも見るような目で見ていた。
うん。いろいろと苦労しておられるご様子である。
予想すべきだったとは思う。
ヒントは幾つも出ていた。
めったに会えない、呼ぶのに金を積んだ、などなど。
お偉い貴族様が裸足で逃げ出すか、膝に縋りついて媚を売りたくなる人物の登場。
喉まで出かかった「おまえかよ!?」という言葉をかろうじて飲み込む。
「こ、こここいつです! パーティー会場へと侵入した不審者は!」
盛大に唾を飛ばしながら、ファイク男爵が報告している。
父君の伯爵が、剣の柄を握り締めてさらに睨みを利かせてくる。
主賓と騎士が茫然としていて。
他四名が目に力を込めた。
・・・弱冠一名、睨む対象が違っているが。
「勇者様に対しよからぬことを考えてのことに違いありません。武装しておりましたし、捕らえるときにはそれはもう暴れまわり、こちらにも被害が出ております!」
早口で自分たちの功績と被害とを訴える男爵。
よくやった、そう言いたげに頷く伯爵。
「・・・暴れたにしては、服が綺麗なようですけどね」
女騎士が、表情を消した顔で指摘する。
装備品を奪われた以外、乱闘とかはしていないのだ。服にはヨレのひとつもない。
「む、無傷で捕らえることに専念したため。相手には乱暴なことをしていないからです! その分、こちらの被害が大きいわけで!」
必死に言い繕う男爵。
「それに、そんな騒動があったというのに気が付かなかった、などということになると私たちの沽券にかかわる失態と言わねばなりません」
その言葉で、他の女たちも目の色を変えた。
勇者様をあらゆる場面で守ることを責務としているのに、すぐそばでそんな大立ち回りがあったのにも気が付けなかったでは困るのだろう。
そう思ったので、フォローを入れてみた。
「いやぁ、暴れてなんかいないよ? ちょっと言い合いになっただけ」
暴れていないとなれば、気が付かなくてもやむを得ない。彼女たちには責任がないということになる。
敵意むき出しだった四人の女の目が揺れる。
疑惑が浮かび上がったのだ。
少なくとも、ここに来るまでに吹き込まれていた「勇者の命を狙った凶暴な異常者」という話とは違うじゃないか、と。
ここでようやく、魔法使いの女もオレを見た。
話題の中心がオレであることに気が付いたとたん、女騎士にチラリと視線を向けてそっと引き下がった。なにかに気が付いたらしい。
勘が鋭いのかもしれない。
そのことが伝わりでもしたのか残りの三人も、まっすぐに突き付けてきていた殺意ともとれるものの宿った視線を、緩めるのが感じられた。
緩んだというか、別の感情が加わったことで、抜身の刀のようだった敵意が竹刀ぐらいにまで落ち着いたのだ。
音が消えた。
数秒、誰も動かず口も利かない時間が流れた。
動いたものはただ一つ、青ざめた男爵のアゴがカクンッと落ちただけ。
彼の構想では、危機的状況に置かれたオレが必死に無実を訴えるものの、敵意満載の勇者側の面々が取り合わず、双方気ばかり立ってケンカ腰になる。その勢いのまま事態が進めば、喚き散らすオレの有罪が何となく全員の共通認識となり、処分の方向へ。自分はおかしな男の乱入を未然に防いだという事実を確保できる。
そういうことだったのだろう。
もっと言えば、本来はこの状況はパーティー会場にオレが出てきたところで始まっていたはずなのだ。
激しい口論を経て乱闘へ発展しそうになったところで、大人数で取り囲んで取り押さえる。突然の襲撃を穏便に収めた、そう見せたかったのだ。
公爵たちと男爵を訪ねるだけのつもりだったオレが、変なところに出たことで戸惑っているうちに、事を済ませる狙いだったのかもしれない。
それが、オレが事前に罠があると予想していて冷静だったことと、ミーレスがいたこと、責任者がミーレスを知っていたことなどから、その場での乱闘は不発になった。騒ぎにすらならなかったことで予定が外れた。
予想外の事態になっているとはわかるものの、そこから短時間で脚本に修正を入れるには悪事の才能がなさすぎた男爵は、そのまま無理に当初の計画を続けた。
騒ぎを経て、この場に連れてくるまでは予定にあったのだと思う。
尋問もしないまま殺したり、口が利けなくなるほど殴ったのでは、自分たちの警備能力が低いのではないかと疑われる。
それは避けたい。
だからここへ連れてきて、罪を突き付けられたオレが感情的になって騒ぎ出すのを期待した。なのに、オレが予想外に落ち着いていたのでは騒ぎにならない。
キレやすい犯罪者というレッテルの貼りようがない。
どうしたらいいかわからなくなったのだ。
そこへ。
次回更新は来週9/9です。




