ゆさぶり
「で、ブレヒティーからは何か連絡あったんですか?」
夕食後、コーヒーを飲みながら聞いた。
クレミーたちがいたので、夕食の席では話さなかったのだ。
マティさんも察してくれたようで、料理の批評しかしなかった。
クレミーたちが先に風呂に入っているので、ダイニングにはオレとオレの家族、マティさんだけになっている。
風呂の順番が、クレミーたち優先なのは掃除一日目に「男が入ったあとの風呂になんて入れるわけないでしょ?!」と、とある人物が爆発して大騒ぎになったからだ。
具体的にはミーレスがクレミーに斬りかかる寸前まで怒ったから。
んで、オレが別に一番風呂にこだわりがないことを『伝声』で説明して、ミーレスが渋々容認したからでもある。
そのあと、クレミーたちが風呂に入っている間に一番風呂は実は身体によくないんだ、ということを教えた。
一つが、湯温と室温の差。
一番風呂ということは、二番目以降と比べて浴室の温度が低い状態にある。同時に湯温は最も高いわけで温度差が大きい。
今の時期なら、そんなすぐに心筋梗塞だなんだということにはなりえないだろうが、循環器系に負担をかけることに変わりはない。
もう一つが、一番風呂はきれいすぎるということ。
不純物が全く含まれていないと、湯の熱が直接肌に伝わってしまうのだそうな。
一番湯に入ると、ピリピリとした感じがするのはそのせいらしい。
熱の伝わり方が激しすぎるということなわけで、そうなると疲れやすかったり体に負担をかけてしまう。
そこから「老人は一番風呂に入れるな」という警告が成り立つわけだ。
医学的、科学的説明もできないのに、昔の人は経験則だけで真理を見抜いていたことになる。
・・・昔の人って、すごい。
あと一つ、塩素があるからというのもあるが、それは元世界が水道水だったからで、井戸水のこの世界には関係がない。
上の二つの理由を教えたら、ミーレスが率先してクレミーたちに一番風呂を譲るようになったという経緯だ。
もちろん、きれいすぎるというのはあくまで「水だけの風呂」の場合だ。
入る前に入浴剤を投入すればいいだけのこと。
うちにはまだないが、いずれ何らかの形で作るつもりでいる。
ヒノキを薄く削って網に入れ、それを湯船に浮かべるとかショウブのような植物を浮かべるとかでも効果はあるだろうし。
それはまぁ別の話。
「向こうも何かと忙しいようで、手紙が届けられましたわ。時間を作るのは難しい、そうです」
コーヒーカップを傾けながら、答えをくれた。
手紙では長くなるし伝わりにくかろうと、直接会いたい旨を伝えたが、立場的に難しいのだろうと推察される。
予想はしていたのでショックということはないが、元世界では毎日嫌でも顔を合わせていたヤツと、会おうにも会えないというのは地味に凹む。
まぁいい。
「手紙のやり取りはどういう形で行われたんですか?」
「それは、私と彼女共通の本家を通して・・・あ?!」
会えないことは予想していた。
なら、どうして手紙を送ったのか。
ブレヒティーとマティさんのあいだで、手紙のやり取りがあったという事実を作りたかったからだ。
それが、自然な形で黒幕に伝わってくれれば・・・。
「揺さぶり、ですか?」
驚きの表情から一転、目を細めて真顔になったマティさんが探りを入れてくる。
そう、ブレヒティーとマティさんを繋ぐ人物は、黒幕ともつながりがあることを見越していたのだ。
当然だが、オレのことも知っていると思って間違いない。
もしかしたら、帝都の商人ギルドでの騒ぎがなければ、マティさんではなく黒幕がオレを利用していたかもしれない。というより、たぶん今頃は取り込まれていたと思う。
そうなるのがいやだったから、かなり過激な方法で拒否を示したわけだが、今となると我ながら正しい判断だったと思う。
「一応、信頼のおける人物なのですが・・・」
「でも、黒幕と敵対しているなんてことは伝えていないでしょ?」
敵対していると知っていれば警戒もするだろうが、それがわかっていなければ黒幕は身内だ。よほどあからさまでぶしつけな質問の仕方をされない限り、警戒心を持つことはないと思う。
警戒していない相手から、それほど重要とも思えない情報を聞き出して、それをもとに欲しい情報を得る。腕のいい交渉人にならたやすいことだ。商人ギルドで次期ギルド長候補とすら言われている人物にとっては、朝飯前の仕事だろう。
「そうですわね。少々迂闊でした」
「いや、それでいいんですよ」
クスっと笑ってしまう。
「重要なのは、やり取りされた手紙の内容までは黒幕も知りようがないってこと。オレの個人的な私信かもしれないし、オレとマティさん共同の相談かもしれない。だけど、今まさに自分が勇者がらみで陰謀を画策している状態では、マティさんがオレを利用して勇者様に取り入ろうとした、と考えるだろうね」
「そこで返事の内容が気になるのでしょうけれど、これもまた内容はわからないですわね。そうすると、ブレヒティーに探りを入れてでもくるでしょうか?」
「そうだね。そうすると、出る結果は二つだ」
ブレヒティーがうまくあしらって答えをはぐらかす。
この場合、黒幕は何かの交渉が行われているのではないかとの疑いを持たずにいられない。オレたちの行動に対して必要以上に過敏になる。
焦って、なにかしら無茶な行動に走ってくれれば、こちらが隙をつくチャンスを得られるかもしれない。
ブレヒティーが、ある程度の情報を引き出されてしまう。
この場合なら、結局オレとマティさんの目的は果たされていないことが伝わるだろうから、オレやマティさんが何をしようとしているにしてもうまくいっていないのだと油断を誘えるかもしれない。
「そして、どっちであっても黒幕の目と耳はオレたちではなくブレヒティーに向けられることになる」
黒幕がどれほどの組織力を持っているかは知らないが、すくなくとも商人ギルド全組織を掌握しているわけではないとマティさんが言っているから、例の調査会社プラス商人ギルド内の一部職員と外部協力者といったところだ。
全部に全力をぶつけるには足りなかろう。
駒の一つとして使われた冒険者一行様が他の街に消えているから、そいつらとの接触があれば『マチリパトナム』の街への仕掛けが失敗したことぐらいは伝わっているかもしれないが、新組織の立ち上げまでは掴めていないはずだ。
だから、黒幕の価値観からすれば、マティさんが勇者様の威光をオレとの結びつきを利用して手に入れようとしている、そう勘ぐる可能性は高い。
当然、警戒する方向もそっち側に寄る。
結果・・・。
「数日程度ですけど、自由に動ける時間的猶予を得られるわけですわね」
理解した、とマティさんが猫のような目で頷いている。
こちら側への直接的な監視が甘くなるということだから、そうなる。
「商人ギルド内に根回しをするには十分な時間ですわ」
マティさんは自信ありげだ。
「そういうことです」
なので、手紙を送った目的の半分くらいは実現できるだろう。
だが・・・。
「翔平に直接会いたいというのも本当なんですけどね」
お互い、この世界での立ち位置が見えてきた頃合いだ。
お互いの立場で見た、この世界の実情に関しての情報交換とかをしたいというのは間違いなくある。
「会いに来てもらうのが無理なら、ハルカ様の方から会いに行くしかないですね」
だけど、難しいんだろうな。
そう思っていたら、何気ない感じにマティさんが爆弾を投げつけてきた。
「会いに行けるんですか?」
「難しいことではないですよ。各地方の有力者が、金を積むとか政治力に物を言わせるなどの方法で帝都の役人を抱き込み、勇者様の行幸を誘導することがあります。たいていは立食式のパーティーになりますから、そこに紛れ込めばいいのですわ。大商人か貴族に取り入ることができれば一般人でも潜り込めます」
ああ、そういえばエセジェントルマン・・・もとい帝都の商人ギルドの部長さんが翔平に会ったことを自慢していたっけ。
「ブレヒティーが忙しいと言っている理由の一つには、それもあるでしょう」
自分の好きに行動できるオレとは違う。いろんなしがらみが黙っていても絡みついてくる『勇者様』ならではということか。
「潜り込めそうなパーティーに心当たりでもあるんですか?」
自信満々の様子なので、聞いた。
「探せば見つかると思いますわ。明日の朝は、バララトに送ってください。友人知人の伝手を使って『アルカノウム連合』に参加してくれる商人を探すつもりですの。そのときにそちらも探ってみますわ」
「一日中いて大丈夫ですか? 必要ならアルターリアを護衛に付けますけど」
「いくらなんでも、自分の管轄する町で襲われるほど人望がないわけではありません。護衛の必要はありませんわ」
にっこり微笑むマティさんが、少し怖かった。
「ご主人様。お風呂が空きました」
待っていたように、ミーレスが声をかけてくる。
シャラーラとリリムが、すでに半裸なのはオレの目がおかしいのだろう。
綺麗に掃除された寝室でちょっと飛ばし過ぎたが、翌朝もちゃんと起きてミーレスと買い物をしたし、朝食づくりも手伝った。
いつもの朝食の並んだダイニングルーム。
「これで恩は返したわ。二度と大きな顔はさせないんだから!」
朝からテンションの高いクレミーがない胸を強調するように、ふんぞり返っていた。
シェリィが横で、申し訳なさそうにぺこぺこ頭を下げ、マローネがなぜかつまらなそうにそっぽを向いている。
騒がしいが、これも今朝で終わりと思うとやはり寂しい気がしてしまう。
ただ・・・今夜からはまた、気兼ねなく飛ばせると思うと腰がうずく気もしなくはない。昨夜も飛ばしたものの、声は押し殺させなくてはならなかったのだ。
彼女たちは朝食後に自分たちの使っていた部屋を掃除して、出て行くことになっている。
別に見送る理由はないだろうと思うので、かまうことなくマティさんをバララトの商人ギルドへと送り届けた。
昼前にはアウダークス公爵のところに行かないといけない。
あまり時間に余裕がないので、買い物をして過ごすことにした。
バララトの帰りにエレフセリアの家具屋に寄る。
実を言えば、ベッドが手狭になっているのだ。
二つのベッドをつないで使っているが、さすがにリリムも入れて五人で寝るのは狭い。
もちろん、四人の女の子とくっついて寝ることにイヤはないが・・・暑い!
女の子の体温に囲まれているのはさすがに暑すぎる。
なので、少し空間に余裕を設けようということだ。
今すでに二つのベッドをつないでいるので、ここに同じベッドをあと二つ買ってきて繋げる。これなら、五人で寝てもばっちりだ。
もう二人くらい増えても問題なくなる。
「あとは、棚と書架も買っておくか」
「棚と書架ですか」
アルターリアが買ってきた本がいまだに床に平積みになっているのを何とかしたい。
かっこつけて書架、といったがようは本棚だ。
イメージ的に書架は作りつけ、本棚は家具の感じだが同じことだ。
本棚は書斎にあこがれのあるオレが選んだ。
というか、ベッドの話をしている時点でよさげなものを見つけてしまっていたのだ。
幅は60センチくらいで奥行きが26センチ。
元世界の文庫本サイズの本を並べるには奥行きがありすぎるようにも思えるが、この世界の本はどれも愛蔵版並みの革表紙付きでどっしりとした本ばかりなので、このくらいがちょうどいい。
高さはなんと253センチ。
こちらの世界の天井高にぴったりはまるという代物だ。
そのため段数は驚愕の10段。
大容量である。
元世界の自分の部屋にある本棚と比べての予想では、文庫本なら400冊は入るんじゃないか? っていうようなものだ。
しかも、二つ買うと本棚と本棚のあいだの隙間に板を渡して、さらに収納スペースが拡張できる『橋渡し追加板』なんてものも2~3枚付けてくれるという。
幅45センチのと60センチのがあって、45センチなら3枚60センチなら2枚付けてくれるというから、60のをもらい追加でさらに8枚を買い足せば本棚三個分の収納力が確保できる。
文庫サイズで1200冊分。
もちろん愛蔵版を入れるのだから、実際は半分くらいになるだろうが、大容量なことに変わりはない。
色のバリエーションも何種類かあったが、窓のないかつての物置部屋に置くのだからと、明るい色のホワイトオークを選んで二個買うことにした。もちろん、『橋渡し追加板』も二枚もらったうえで8枚を追加で購入。
計算上、これで書斎のドアから入っての正面の壁が、ほぼ埋まるはずだ。
ほぼでない隙間には、いずれ入って右側の壁にも本棚を置くことになる。
値段はひとつ1300ダラダ。
送料と『橋渡し追加板』も含み、二つで3500ダラダ。
激安過ぎませんか?!
とおもうが、人間が40万ダラダ近辺で買えると思えば、こんなものなわけで・・・。自分の中の経済観念が、崩れていきそうなめまいを感じてしまう。
いい加減慣れないとな。
棚に関しては、メンバーが増えれば荷物も増えるからその準備でもある。
選ぶのは、三人に丸投げする。
棚は三人の方が使う機会も多いだろうし。
三人にまかせた方がいい。
ミーレスを中心にアルターリアとシャラーラが加わってワイワイ言いながら家具を選んだ。オレはあまり意見をはさまずに見守る。
ただし、選ぶのにはかなりの時間がかかった。
そこらへんは、買い物中の女の子を鑑賞するための代償なので、しょうがない。
三人の選んだ家具を購入して、家に帰る。
ごく普通の木製のラックだ。
高さ120ほどで三段。キャスターなんかもついていない簡素なもの。
すごく安かった。
ベッドと本棚を合計しても、支払いが金貨一枚にすらならなかった。
そのぶん、棚も書架も帝都の家具屋で扱っているような見せる収納と違い、実用重視のものになったが、それでいい。
豪華な家具は使ううちに汚れや傷が目立つことになりやすいが、こういうシンプルなものは使えば使うほど使用者の性格や癖が沁みついて味が出てくるものだ。
傷をつけないよう気を付けないといけない日用品なんてストレスになるだけだ。
元世界では新居を新築した主婦が、家に傷を付けまいと神経質になるあまりノイローゼになり、結局住んでいられなくなったとか離婚して売却したなんて話もある。
そんなことになっては本末転倒だ。
自分の家で落ち着けないなんてバカすぎる。
だから、気構えせず使える家具がいい。
買った家具はいつものように運んでもらった。
リリムに言っておけば、玄関ホールで軽く拭いておいてくれるだろうから、運ぶのは帰ってからでいい。
ラックはリビング、ベッドは二階の寝室、本棚は旧物置で今後は書斎となる部屋へと運び設置することになる。
「買い物しているうちに、もう昼近くなっているな。少し早いかもしれないが、もう出ようか」
一度家に帰り、リリムに家具のことを頼んだところで言った。
「買い物に時間をかけすぎました。申し訳ありません」
シュンとしてミーレスが頭を下げてくる。
「あー、気にするな」
予想していた通りだから問題ない。
公爵の城に入るとすぐに、リーズンが出迎えてくれた。
うしろからラーホルン夫人と、そのおまけの公爵も出てきた。
ラーホルンは真っ赤な・・・たぶんだけどアフターヌーンドレスだ。
定義としてはワンピース型の衣服で、スカート丈はくるぶしまでの総丈か、それ以上の長さ。装飾性が高いドレスの場合は裾を床に長く引くこともある。夜間に着られるイブニングドレスとは対照的に、七部袖以 上の長い袖を持ち、襟ぐりも浅く、肌が露出しないようになっている、だったか。
公爵はタキシードを着ているようだ。こっちは裸でさえなきゃどうでもいい。
見えるところにいなければ裸でも一向にかまわん。
って、つまりフォーラム。
正装じゃねぇか?!
なにが、普段と同じでいいだよ!
「来たか、では行くとしよう」
公爵がいつもどおりの軽さで言ってくれる。
いや、まてまてまて。
「さすがに、服がアンバランス過ぎませんか?」
こっちは言われた通りにいつもの冒険者装備だ。
オレにいたってはさらに簡易的な防具なしの、剣鉈を腰に差しただけの状態。
ただの中学生だが、オレですらドレスコードの何たるかくらいは聞きかじったことがある。これはまずかろう。
「そうか?」
公爵が首をひねる。
この人はあてにならん!
リーズンに文句を言おうとしたら、ラーホルンが一歩進み出て微笑んだ。
「冒険者には、その装備こそが正装ですよ」
自然に伸びた手が、オレの服に触れた。
手首に香水でも付けているのだろう、ふわりと涼やかな香りが立ち上り、オレの鼻腔を刺激してくる。
あてになるのはやはり女性の意見だ。
公爵夫人のラーホルンが言うならいいのだろう。
納得する。
というか、それで間違いだと言われてもかまわない。
公爵だろうと男爵だろうと、野郎の意見なんかどうでもいい。
「問題ないな。では行こう」
行こう、とか言いながら公爵が引き返していく。
なにを? と思ったが、ロビーの奥に『移動のタペストリー』を用意してあった。
ギルドの支部同士をつなぐのと同様に、貴族の城同士をつなぐものもあるのだ。
はじめにリーズンが入り、公爵、ラーホルンと続く。オレたちも、シャラーラ、ミーレス、オレ、アルターリアの順で入った。
魔力供給機もついていたので、遠慮なくその魔力で移動させてもらう。
ついたのは、窓のない石造りの小部屋だった。
なんか見たことがあるな、と思ったらなんのことはない。
異世界に転移させられた時の初めの部屋にそっくりだ。
魔法陣はないが、他は広さ以外ほぼ同じだ。
例の燭台もある。
ああ、いや。
違うところもあった。
騎士が四人、周囲に立っていて真正面に別の『移動のタペストリー』が掛けられている。
「面倒だが、慣例なのでな」
肩をすくめる公爵。
「昔は貴族の暗殺などという物騒なこともありましたので」
フォローを入れるリーズン。
やはり、というか当然というか、相手の城に直通というわけではないらしい。
「貴族同士での訪問時は、受け入れ側が『移動のタペストリー』を送ってよこします。それは相手側の任意の場所につながるもので、実際の会談場所にはそこから、場合によってはさらに二、三か所経由して移動するのです」
なにか問題ありとなったら、本城との間の『移動のタペストリー』を外してしまえば本丸の安全を担保できる。
三国志で読んだ『道を借りて草を枯らすの計』の阻止には有効な防衛法だ。
形としてはかなり特異だが、意味合いは間違っていない。
なので、当然のセキュリティ対策といえる。
「何百年も昔の話であろう」
めんどくさそうな公爵が、さらに苛立たしげになる。
「いいえ。二十年前まではあった話ですよ」
苦々しげなラーホルンが吐き捨てるように言って、周囲の騎士をにらんだ。
「それはまた話が違うような気がしますが・・・」
リーズンが困り顔でラーホルンに「それ以上はご勘弁を」という視線を送った。
なにかあったんだろうなぁ。
公爵までが、少しだけだが困惑顔になって、夫人の左腕に手を添えている。
「申し訳ありませんが、お急ぎ戴けませんか? あまり時間を置きますと、次の中継点の者がなにかあったと思い、道を閉ざすこともあり得ますので」
申し訳ないなどとは爪の先ほども思っていないような単調な声音で、騎士の一人がせかしてきた。
「わかっておる!」
一声怒鳴って、公爵が夫人と連れ立って先に進み、慌ててリーズンも飛び込んだ。
数秒遅れて、オレたちもついて行こうとする。
「レベリオを殺してくれたそうだな」
歩き出していたオレに、騎士の一人が声をかけてきた。
なにか、やけに顔色が悪い。
「偶然にも反撃がうまくいったというだけなのですが、そうなります」
警戒されたくはないので謙遜している、という態で事実を言う。
侮られたくはないが、変に警戒されるのも避けたい。
この辺のさじ加減が難しい。
「俺の父も、職務中に斬り捨てられた兵士の一人だ。礼を言わせてくれ」
身内を殺されたのは、ミーレスやラーホルンだけではないということだ。
「レベリオに不運を、オレに幸運をくれたのはそういう人たちだったかもしれん。だとすれば、オレのほうこそ助けられた礼を言うべきだろう。だが、役に立てのたならうれしく思う」
足を止めて、軽く頭を下げた。
慌てて、向こうも頭を下げなおす。気が付くと、周囲の騎士たちが皆、頭を下げていた。なぜか、全員蒼い顔で。
・・・ああ、そういうことね。
小さくため息をついて、足を進める。
『全員、即応態勢で警戒しろ。タペストリーの向う側に罠があるぞ』
『伝声』でミーレスたちに警戒を促す。
どんな罠かまでは、騎士たちも知らされていないようだが、オレの足止めを命じられているのはタグを展開して読むことができた。
レベリオに恨みのある騎士たちなのは真実らしいし、上役からは「この機会に仇を討ってもらった礼を言うといい」と言われているだけのようだが、男爵側の上の人間が裏で何かを企んでいると薄々気付いてもいるようだ。
蒼い顔なのは、恩人を害する企てに利用されているのではないかと勘づきながらも、何もできないことへの不安と恐怖に苛まれているからだ。
シャラーラが飛び込んだ。
向うに何があるかわからないが、警戒もしているし一定時間戦線を維持することはできると思う。
出た瞬間密閉された箱の中とかで、致死性のガスで満たされているなんて状態でさえなければ。
わざとゆっくり時間をおいて、ミーレスが入る。
時間を置くのは、向こう側の人間が罠を発動したあとの現場を押さえるためだ。
罠の特性によっては同時に複数の動きを封じるものであることも考えられる。
たとえば、足元に網が張られていてロープを引かれるとその場の全員が網に絡めとられてしまう、なんてこともあるかもしれない。
時間をおくことで、たとえシャラーラがその罠に捕らえられていたとしてもミーレスはかわすことができるようにしたのだ。
罠を無効にはできないが効果を半減できるし、すぐに網を切ればリカバリも利く。
レベリオのときとは逆に、待ち構えている魔法使いに魔法を撃ち込まれる可能性もある。
その場合、シャラーラは負傷しているかもしれないがミーレスが向うに出た途端に状況を把握できるから、シャラーラを抱きかかえて後ろに飛び退さればいい。
こちら側に戻れば、オレが治療してやれる。
おかえしに、アルターリアの魔法を撃ち込んでやればいい。
時間をわざと空けることで、相手に先手を打たせて対応する策だ。
シャラーラが交戦中であれば即座に加勢、または逃亡してきて報告。最悪の場合はタペストリーを破壊して、オレの安全を死守することが可能になる。
もちろん、オレは最後の選択肢を容認するつもりはないが、ミーレスならやりそうだ。
「・・・・・・」
『移動のタペストリー』の前で立ち止まり、ゆっくりと会釈。
万が一にも、ミーレスが飛び出して来た時のためタペストリーの正面は空けてある。
だが、飛び出しては来ない。
となると、向こう側で大立ち回りのさなかかもしれん。
身をひるがえして、駆けこんだ。
そして・・・!




