買物
翌日は朝から街に出た。
ゲームには決して出てこない、生活臭溢れるものの買い出しだ。
たとえば、ちょぼちょぼの髭を剃るためのカミソリ。
シェーバーしか使ったことないのに、ジェルも安全カミソリもなしで剃れと言われても・・・。
騎士団の予備装備の中に短剣があったので、剃ろうとしたのだが手に持ったところで諦めた。怖すぎる。
結果として、見かねたミーレスが剃ってくれたのだが、やはり短剣は難しいというので買いに来たのだ。
あとはオレの下着類も。
ミーレスのは以前から持っているものがあるからいいそうだ。
あのトランクの半分は下着なのだという。服は三着だけ残して全部売ったあとで、売り物にはならない下着だけが大量にある状態とのことだ。
この世界には女性の使用済み下着の売買は存在しないらしい。
人間まで売り買いする世界なのにとも思ったが。まぁ、高価とはいえ中身を丸ごと買える世界で、ちょこちょこ下着買い集めるのは馬鹿だわな。
それから、ミーレス用にリュックサックをひとつなどなどを買いだしていく。
「盗賊のカードは、どこに持っていけばいい?」
必要なものを買ったあと、街をぶらつきながら聞いてみる。
持ち続けていても仕方がない、街に来たついでに片付けてしまおう。
「そう、ですね。街の中央部にある騎士団の詰め所です。ご案内します」
ミーレスが先に立って歩きだした。
時折すれ違う男らが、羨望の眼差しを向けてくる。
ちょっとした優越感に浸った。
・・・て、人のものにいやらしい目を向けんな。
いや、まだモノにはしてないが・・・。
昨夜は疲れ切っていて、性欲の発動する余地などなかった。
据え膳を見ることもできなかった・・・哀しい・・・。
・・・もとい。・・・騎士団、か。
おそらく警察と消防、役所の業務を受け持つ軍隊。
ファンタジー世界ではたいていそういう役回りだ。
その予想を肯定するように、騎士団の詰め所は街の中央を占める広場の左側、鐘楼を備えたレンガ造りの建物だった。
「な、な、な、なんのご、ご用でしょうか、か?」
なんか、騎士団のイメージからかけ離れた女の子が対応に現れた。
身長も低め、全体的にスレンダーな子だ。
ミーレスと並べるのが可哀相になる、特に胸が。
緑髪というちょっと珍しい髪色の・・・タグを確認する。―――『アダーラ・トゥーア。市民。女。17歳。戦士Lv18』。
・・・騎士じゃないじゃないか。
「えっと。盗賊を倒したので、カードの照合をお願いします。あと賞金がかかっていたら、そちらの支払いも」
ミーレスが目的を告げ、カードを見せている。
「し、照合します。お、お待ちくださひっ」
女騎士・・・戦士? が照魔鏡カードを受け取って詰め所に消えた。
・・・噛むほど焦らなくてもいいだろうに。
それにしても、職業の戦士と騎士ってどう違うんだろう? などと考えていると、アダーラが戻ってきた。
「盗賊の物と確認できました。賞金もかかっています。お支払いしますので、カードを確認させてもらいます」
ここで・・・?
そうか、懸賞金がかかっていなければ、カード回収の礼金が支払われてゴクロウサマ。で、かかっていれば懸賞金が支払われるってことか。懸賞金を支払わなくていいなら、身分確認の必要がないのだな。
「ご主人様」
感心しているとミーレスが呼びかけてきた。
ご主人様?!
おおっ!
なんて甘美な響き!
いや、そんなことはあとだ。
注意を戻すと、女騎士? がオレを見て困った顔をしている。
「奴隷が懸賞金を受け取るわけにはいかないので、ご主人様が受け取ってください」
あ。
「すまない」
一言かけて、カードを取り出す。
「確認しました。どうぞ」
オレのカードを確認したアダーラが、巾着袋を渡してくる。
頷いて、受け取った。
騎士団の詰め所など普段は人の近寄る場所ではないのだろう、人気が全くないことを確認して中身を見る。
金貨が六枚と銀貨が大量にあった。盗賊どもの持ち金は六万何千ダラダということか。
物価十分の一説が正しいとすると、六十数万円。
結構多いな。
「懸賞金も込みですよ」
盗賊の懐事情に驚いていると、ミーレスがそっと耳打ちしてきた。
ああ、なるほど。
懸賞金もかかっていたんだった。
だとすると少ないな。
五人で、だからようやく懸賞金をかけられるようになって一人前になったつもりの雑魚、だったのではないだろうか。
侯爵夫人の暗殺などというリスクばかりの仕事を請け負ったのは、箔をつけたかったからかもしれない。
「確かに」
巾着袋の紐を縛りなおして、詰め所を後にする。
「ご主人様」
ミーレスが追いかけてきた。
「えっと。迷宮に行くのでしたら、向こう・・・ですが」
広場から伸びる大通りを指差して、ミーレスが聞いてくる。
「金も手に入ったし、冒険者ギルドの壁から移動しようと思う。ドロップアイテムも売ってしまいたいからな。冒険者ギルドに案内してくれるか」
「あ。なるほど、こちらです」
再びミーレスが先を歩きだす。
冒険者ギルドは中央広場の奥にあった。街の一等地だ。
「アイテムの買取をお願いします」
ギルドに入ると、ミーレスが早速売りに行った。
リュックに頭陀袋、それで足りなくて小脇にも抱えている。
メルカトルの敷地内にある離れとはいえ、信用はしない方がいい、ミーレスは自分たちの荷物は全て持ち歩くと言ってきかなかったので買い物に出るというのに持ってきていた。
迷宮に行くときは、置いていくのに躊躇しなかったのに。
命に係わる迷宮と、街中とでは優先度が違うのは当たり前だが。
専門の店で売った方が高く買い取ってもらえるらしいが、盗賊の血の付いた装備品だ。さっさと処分する方がいい。
ミーレスはそのまま、窓口で受け付けのお姉さんと話している。
その間に、受付横の壁に移動した。
人がたくさん集まっていたから何かあるのかと思ったのだ。
その壁は掲示板のようだ。
小さな紙切れがあちこちに押しピンで張り付けてある。
「クエスト、か」
紙切れはクエストの依頼表だった。
欲しいドロップアイテムの種類や数、それに支払う報酬などが書かれている。
「オレにはまだまだ先の話だな」
人波の後ろから依頼内容を眺めただけで、引き返した。
昨日迷宮に入ったばかりの新人には荷が重いだろう。
魔法陣のタペストリーは入り口とは反対の壁にあった。
五枚ほどが掛けられている。
まだ午前中だというのに、パンパンに膨れた袋を担いで出てくる一団がいた。
もうあんなに?!
と衝撃を受けたが、次の瞬間理由に気付いて自分の不明をなじる。
夜中入っていた可能性を忘れている、と。
「売ってきました」
ミーレスが戻ってきたので、金を受け取った。
オレも彼女を伴って壁に向かう。
ギルドにはもう用などない・・・いや。待て。
ゲームをプレイするときの操作手順を思い出す。
何かしなければいけなかったのではないか?
そして思い出した。
アイテムの補充、というルーティンを。
オレとしたことが・・・。
某RPGゲームでは必ず薬草と毒消し草、たいまつは五個ずつ常備が基本のこのオレが・・・薬も持たずに迷宮に入っていたとは・・・。
まだ一階層とはいえ、だ。
薬は必要になってから買うものではない。
カニが美味いとある地方の薬箱が家に二つも置いてあったオレの、それは常識である。
結局病気になっても自然治癒で治す家系の家では使うことがなく、つい先日薬箱ごと引き取られていったが。
売られている薬のラインナップを聞き出した。
「消毒薬以外では、各種の傷薬、疲労回復薬、軟化薬、抗麻痺薬、万能薬などを扱っております」
察するに、傷薬はHP回復、疲労回復はMPを回復する薬だろうか。
すると軟化薬と抗麻痺薬が何らかの異常状態に対する薬だ。
「軟化薬と抗麻痺薬はいくらになる?」
「ともに十ダラダです」
「では五個ずつくれ」
「かしこまりました」
女性は一度席を立ち、すぐに戻ってきた。
試験管に入った白い薬液と、黄色い薬液を五個、カウンターに置く。
「これか」
「白いのが軟化薬、黄色いのが抗麻痺薬になります」
色で分けてあるのか。
緊急時の状態異常を治すための薬なのだから当然だ。咄嗟に見分けられないとか混同されやすかったら命にかかわる。
抗麻痺丸は文字どおり麻痺に対応するとして、軟化薬は何だろう。身体を軟らかくする薬。石化魔法でもあるのか・・・コカトリスとか出てきやしないだろうな・・・。
「傷薬と疲労回復薬ももらっておくか」
「一番安い傷薬はブルーポーションで五ダラダ。疲労回復薬はレッドポーションで、こちらも五ダラダになります」
「それも五個ずつくれ」
女性職員が再度席を立ち、試験管に入った薬を持って戻ってきた。
青い水薬と赤い水薬だ。
思わずわかりやすっと思ってしまった。
HPは青。MPは赤というかオレンジ。
全世界共通の色使いか。
「ありがとうございます。ひとつ五ダラダになります」
「わかった」
財布代わりの布袋の底から銀貨と銅貨を取り出すあいだ。女性職員は真剣な顔で盤ゲームを始めた。
何事か、と思ったところで思い出す。
計算機だ。
板に溝を掘り、その上で石などの玉を動かす。確かアルバス・ダ〇ブルドア・・・違う、アバカスだったか。
暗算に自信がないようだ。
値段が五と十で統一されているのはそのためか?
百五十ダラダ・・・銀貨一枚と銅貨五十枚を支払う。
これで最低限の準備が整った。
さぁ、お仕事だ。
冒険者ギルドの魔法陣から迷宮の一階層入り口に跳んだ。
毎回入り口から始めなくてはならないのか・・・めんどくさい。
「魔物は右だな」
めんどくさいが仕方がない。
そんなことより・・・
「今使っている装備品に不満はないか?」
「いえ。十分だと思います」
まあそう答えるわな。
なにせ形見の品でもあるし、奴隷の身分だ。
これはオレが悪かった。
「たとえば・・・剣の長さがあと少し長いといいとか、重心が下だと疲れないとか、盾の面積は広ければ広いほどいいとか、ない?」
「・・・そう、ですね・・・」
なんでそんなことを、と首を傾げながらもミーレスはまじめに考え込んだ。
「剣先がもう少し長く、その分重心もずれてくれていたら、私の能力を最大限生かせると思います」
装備品に備わっている能力値をウインドウ上に出す。
サイズ変更用の魔法で、ミーレスの要望通りに形状を変えた。
といっても、剣を槍にするとかができるわけではない。あくまで剣は剣のままだ。ただ、長さ調節などはある程度できる。
サイズ変更を司る魔法に任意の情報を強制的に上書きすればいい。
長さや重心点の数値をずらすだけのことだ。
そうしてサイズを変えた装備の魔力を0にして各パラメーターを強化する。
今回は、可能な限り攻撃力を上げ、軽量化を計った。
「え? え? ええっ!? す、すごいです、ご主人様」
手にした剣や盾が、わずかとはいえ変形したことを視認して、ミーレスはオレをキラキラした目で見つめてきた。
よし!
好感度は間違いなく上がっている!
「ちゃんともとにも戻せるから、そこは安心してくれ」
形見を変形させて戻せなくなんてしてないよ、と伝えておくことも忘れてない。
今夜こそ・・・せめて寝姿は拝みたい。
「あぶなっ!」
などと、健康な男の子がささやかな欲ぼ・・・願望を胸に探索を続けていたら襲われた。
洞窟上の壁スレスレに飛んできた、薄っぺらなコウモリだ。
タグには『天井擦り』とある。
高速で飛び回る厄介なやつだ。
「い、意外といろんな魔物がいるんだな」
激しく上下する胸を抑えて、なんとか言葉にした。
足が震えて気絶しそうだ。
もう少しで顔を引き裂かれそうだったのだ。
「迷宮内では何が出てくるか予想できません。確実に、出る魔物が分るのは階層と階層のあいだにいる『ゲートキーパー』の魔物だけ。それも、そういう名の魔物がいるわけではなく、一度遭遇してみないと何がいるかはわからないのが常です」
コウモリを剣で威嚇しながら、ミーレスが教えてくれる。
こちらの世界では、攻略本はないのか!
それが、リアル、か。
リアルと言えば・・・。
「あのさ。カードにお金を入れておけるって聞いたんだけど?」
何度となくフェイントかけて誘い出し、見事に天井擦りを仕留めたミーレスに聞いた。
リアルに銅貨が重い。
さっきの攻撃をかわすのがスレスレだった理由の一つだ。
「そんな機能はありません。能力のレベルアップは行えますけど」
「え? 金を扱えるって聞いたよ?」
っていうか、ついさっき盗賊のカードを現金化したんじゃないのか。
いや、協力金と懸賞金をもらっただけか。
「正確な表現ではないですね」
ドロップアイテムの『被膜』を拾いながら、ミーレスは右手の人差し指を頬に当てた。
「このカードが、持ち主の魔力に反応して情報を表示するものであることは、ご存じですよね」
人差し指を離して、逆に聞いてくる。
それは知っている、うなずいた。
「それはつまり、魔力を操作する能力があるということなのです。ですので魔力の塊である魔物を退治したときに発生する魔素を取り込む能力も付随しているわけです」
内も外も、魔力ならオッケーということか。
「この能力により、わたしたちはカードを介して魔物の魔力を吸収、消化することができます。消化によって、わたしたちの身体には変化が生じます。変化がある程度進むことをレベルアップ。その枠をさらに超えることをランクアップと呼ぶわけです」
「レベルアップって、自分の身体を作り替えることなのか!?」
「・・・あの、普通に鍛えて魔物と戦える筋力とか作るのは無理かと思いますが?」
もっともだ。
もっともだがしかし・・・。
「ただ、さすがに限界というものがあります。人間の体はそもそも魔力を吸収する能力なんてありませんから、魔力を受容する器。『受容体』がありません。初めのレベルアップはこれを作ることから始まります」
身体を作り替える。
まるで神の技・・・て。
神の仕業だっけ、そもそもが。
「受容体はレベルが上がることに大きくなりますが、それでも器である以上容量には限度があるのです」
「体に収まり切れなくなるんだね」
「そうです。体が受け入れきれない状態になってもなお、戦い続けて魔力を吸収するとカード内に蓄積されていくことになります。この蓄積された魔力は後日、受容体内の魔力が減ったときに吸収されるのですが、別の使い道もあります。数十年前から、魔力を燃料として作動する道具というものが作られ始めました。部屋を涼しくしたり温かくしたり、食物を冷やしたり温めたり、そういう働きをするものです。そういった物に移し替えて作動させることもできます」
クーラーにファンヒーター、冷蔵庫に電子レンジ、か。
バッテリー式の。
魔力家電とでも呼ぶべきか。
いや、電気で動くわけではないから家魔?
・・・魔力家電の方がましだな。
ともかく、システムは理解した。
ようするにソーラー発電だ。
魔力が太陽光、照魔鏡というカードがソーラーパネルと蓄電池を兼ねる。溜まった電気は自分の家で使ってもいいが、売ることもできる、と。
「これらの道具はとても便利です。迷宮に入ることのない一般の人たちにも需要があります。ですが、一般の人にはそれに見合うだけの魔力を手に入れる術がありません。そこで、蓄えた魔力を売るビジネスが生まれました。カードが無償で配られるのは、このビジネスのためです」
カードが普及することで魔力家電の購買が増えることを見込んでいるわけだ。
「そんなわけで、魔力がたまる都度、売った場合の金額が表示されるようになっているのです」
金額が見えるとつい売ってしまいたくなる。
売ってもらった魔力を業者は一般人に売る。
もちろん買値に儲け分を上乗せして。
なんちゅう楽な商売か。
携帯電話業者が無料で機器を客に渡す代わりに、当然のように通信料を取り立て。便利ですよーとアプリを買わせる手口と一緒だ。
魔法の世界も世知辛い。
でも、そうなると、このクソ重い硬貨の落ち着き先は『冒険者ギルドの会員証』付属の空間収納『アイテムボックス』のみとなる。
電子マネー化は夢と消えた。
現在は十センチ四方プラス奥行きも十センチのボックスが一個しかない。ボックスというより、これではポケットだ。
ぎっしり詰め込めばかなり入るのだろうが・・・なんだかなぁ、だ。
硬貨を入れてしまうと、ほかのものがほぼ入らなかったりする。布袋に入れて積み重ねるわけだが、ほかのものを出し入れするときに崩れたりもして、使いにくい。。
早く成長してほしい。
せめてボックスが二つあれば、一つには金、もう一つに他のもの、と分けて入れられるようになる。
そうなるのを待とう。
「くる!」
近づいてくる反応に気付いて一声かける。
ミーレスが即座に臨戦態勢を整えた。
向かってくるのは、樹高50センチの樫の木『樫っ子』。見た感じはそのまんま樫の木で、根っこの形の足をギチギチと動かして走ってくる。
見た目が木なので攻撃するのに躊躇しなくていいが、体高が低すぎて攻撃しづらい。
「こ、のっ!」
フルスイング。
ゴルフのフォームで。
ザンッ!
クリーンヒット。
樫の木が縦に裂ける。
魔素が舞って、カードに吸い込まれた。
「そんな振り方があるとは知りませんでした」
感心したらしいミーレスが褒めてくれる。
褒めてくれながらドロップアイテムの『樫の木片』を拾っている。
タグによると、武器や防具に使われる材木系のドロップアイテムだ。
最も安いレベル帯の。
「これ、売るのがもったいない気がするんだよなぁ」
「ドロップアイテムが、ですか」
「うん。素材で売るより製品の方が高いだろ。製品にして売れればかなり儲かるんじゃないかな?」
木片の状態を手で確かめながら、ふと思いついて言ってみた。
「武器や防具を作る職人を仲間にするわけですか・・・難しいと聞きますが」
あ、仲間にするっていうのもありなのか。
それは考えてなかったけど、その手は確かにあると思う。
材料をこうして手に入れて帰って、お抱えの職人に渡して製品化、そのうえで売れれば儲けは大きいに違いないのだから。
でも、ミーレスの言うこともわかる。
それはオレもそうだろうと思う。
オレが考え付くぐらいのことは、誰だって考えつく。みんながみんな職人を取り込もうとすれば、そりゃ人手不足にもなる。
職人にしたら売り手市場。いくらでも吹っ掛けられる。
仲間になるより専属契約の方が手数料取れて職人にはおいしいだろうし。
うちのような貧乏なところになんて来てくれるわけもない。
「わかってる。でも希望は捨てたくない。武器素材はなるべくとっておこう」
アイテムボックスは相変わらず使うのに十分な容量になっていないので、貯めると言っても・・・とは思うが、そこは宿ではなく賃貸とはいえ建物を丸ごと借りている強み。
どこか片隅にでもしまっておけばいいだけのことだ。
引っ越しのとき困るようなら売ればいい。
それに、と木片を手にオレは考える。
これは多分使える、と。
「わかりました。それで、どうしましょう。そろそろリュックサックの容量が・・・」
おお。
確かに、かなりパンパンだ。
オレのも彼女のも。
アイテムボックスが使えないとこういうところに支障が出てしまう。
「わかった、一度ギルドに戻ろう」
迷宮入り口から、冒険者ギルド奥の壁に出る。
さっそく、ミーレスが二人分の荷物を持って窓口に並ぶ。
最も時間をロスする作業だが、この時間も有効に使ってこそ一流、かもしれない。
ベテランの冒険者たち、迷宮探索を主要業にしている者たちすべてに当てはまるのだが。順番を待つ時間を有効に使って傷の治療や武器の整備、休憩を取るのだ。
で、オレはと言えば、今日は待ち時間にもすることがある。
換金所の受付に順番待ちの札を入れ、呼ばれるのを待つ。