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異世界で家を買いました。  作者: 月下美人
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きげん


 公爵の城を出たオレたちは、マティさんを『マチリパトナム』の街に送り届けて、一度家に帰った。

 と言っても、家ではなく治療院のほうだ。

 リリムに昼食はいらないことを告げてクルール迷宮へ。

 銅を手に入れなくてはならない。とりあえず昼を、昔に戻って乾燥肉でしのぎながら八、九、十階層を何往復もしてドロップアイテムを集めた。幸いというべきか、ゲートキーパーの『通常ドロップアイテム』が青銅、銅、金、だったので思ったほど手間をかけなくても銅は集められた。

 これならハダットとの約束は余裕で果たせる。

 それを確認したところで、11階層に上がって探索をした。

 出現した魔物は・・・アラベスという名のモアイだった。

 白の地色にアラベスク模様の大理石でできた、高さ二メートルの彫の深い顔。それが嘘のような速度で迫って来た時には、ちびりそうだった。

 「今度は大理石か?!」

 建築系の迷宮というのは知っていたが、ガラスの次が大理石か。

 しかもガーゴイルの次がモアイだ。

 でかいが飛ばない分、ガーゴイルより楽。

 囲んで袋叩きに!

 なんて思ったオレが甘かった。

 「飛ぶのかよ?!」

 横倒しになったかと思うと、頭突きミサイルとでも言いたげに横倒しになって飛んできた。横倒しになるので、こちらがよく見えないのか狙いはアバウトだが巨大な岩が自分めがけて飛んでくるというのは恐怖しかない。

 オレには、だ。

 シャラーラさんは、そんなことで怯みはしない。

 思い切り腰を入れて正拳突きをしていた。

 一撃粉砕、とはならないが、モアイ君が、ごんっ! とか音を立てて地面に落ちる。

 そこにオレが剣鉈で殴り掛かった。

 鉈としての機能のある剣ならでは攻撃。長剣しかもっていないミーレスは下がらせた。斬りつけても長剣では弾かれて刃こぼれするか、剣の腰が伸びて使い物にならなくなりかねない。

 その際、ミーレスが潰されては目も当てられん。

 基本、シャラーラとオレで叩きまくる。

 見た目には効いてる様子なんてないが、効いている。

 タグで見えるからな。

 タグを開くと、ゲームでおなじみの敵HPゲージが浮いて見えることに最近気が付いたのだ。我ながら、気付くのおそっ! とツッコみたくなった。

 ちなみに、これだけ戦ってきての結論なのだが、設定値変更で敵の能力を制限することはできない。

 スピードを落とす代わりにパーワーを上げる。

 攻撃力を上げることで、耐久力を下げる。

 というようなことはできない。

 もしかしたらレベル差が広がればできるようになるのではないか、とか考えていたのだが現実はゲームより厳しい。

 そんなチート技はできないようだ。

 残念。

 HPゲージが0になり、アラベスは魔素となってカロンに飲み込まれた。

 カロンはここ数日で二回りくらい大きくなっている。縁日で見られるミドリガメから標準サイズのクサガメくらいまで成長していた。

 300円サイズから7000円サイズになった、といった方がわかりやすいだろうか?

 魔素は食われても『ドロップアイテム』はちゃんと残った。

 正四角形の大理石プレートだ。

 『スノーホワイト300角』。

 300というのはミリ。30センチ角の大理石の板だ。色はもちろんスノーホワイト。

 キッチンの壁にでも貼れというのだろうか。

 なにに使うかはどうでもいい。

 買い取り額も、どうでもいい。

 問題は・・・。

 「重そうだ・・・」

 これに尽きる。

 一枚二枚ならいいが、探索でずっとこれが出るのかと思うと・・・荷物も気も重い。

 もちろん、やろうと思えば空間保管庫を開けて入れるという手もあるわけだが、枠が増え中も広くなったことで、出し入れに手間がかかるようになっている。迷宮内での開け閉めには勇気が無謀さが必要になっていた。

 使い勝手が悪いとは聞いていたが、数や広さだけでなく。こういうことも含んでの話だったようだ。

 ま、そんな都合よくはいかないということだろう。

 魔物はといえば、ゴーレムやガーゴイルも時々出現したが、基本モアイと遭遇することが多かった。それに、『デスモボロス』と違って一体づつしか出てこないので、戦いは危なげなく行えた。

 ただ、やはり『ドロップアイテム』が重い。

 この迷宮のこの階層では、ほとんど戦力になっていないミーレスとアルターリアも持ってくれているので何とかなっているが、さすがに石。ズシッと来る。

 それでも、レベルの上昇とともに身体能力は上がっているようだ。

 まだまだ限界は遠い。

 「ゲートキーパーです!」

 ミーレスが警告を発した。

 見れば、右手の通路の奥にジトっと突っ立っている石像がいた。

 『サンタ・マロン』。

 なんか太い柱を持っている。

 サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会所蔵。ミケランジェロ作『贖いの主イエス・キリスト』のようだ。

 筋肉の凹凸が石像のくせに恐ろしく生々しい。

 色は乳白色で光沢もある石像が、人間のように動くのはマジで恐ろしい。

ので。

 「アルターリア!」

 魔法に頼った。

 「『フラムマクリス』!」

 炎の槌が直撃する。

 のとほぼ同時にシャラーラさんの一打が胸を陥没させ、そこから派生した割れ目をミーレスの長剣がえぐる。

 動きが止まったところで、オレの剣鉈が突き込まれて、石像は崩れ落ちた。崩れるあいだに欠片が魔素と化し、カロンがパクパクと口を動かすたびに吸い込まれていく。

 パーティーの息の合ったコンビネーションの前に敵はなし!

 『レアドロップアイテム』として出たのは・・・『大理石モザイクシート・マロン』。

 15ミリ角のチップを1シートにしたものだ。

 厚みは7~9ミリ。305角のシート材。

 これが10枚セットで手に入った。

 単純計算で3メートル四方を貼れる。切って使えば四方でなくても使えるから、やっぱりキッチンの奥壁にでも貼ろうと思う。

 モダンな装飾性の高い壁になるだろう。

 あと、火や油で木製の壁が傷むのを防ぐことにもなる。大理石だから当然熱には強いわけだし。手入れもしやすくなるし。

 うん。いいかも♪

 というわけで12階層に出て、すぐ家に帰った。

 で・・・。

 「なにをしてるんだ?」

 いや、見ればわかるんだけど、一応聞いた。

 玄関を開けると、玄関ホールが見事に水浸しだった。

 床磨きをしていたのだろう、這いつくばって藁束を握り締めているシェリィ。歩く態勢のクレミー。転がるバケツ。壁を拭く体勢で固まっているマローネ。

 これ以上はないというわかりやすい構図がある。

 マンガなら、シェリィは頭の上からつま先までびしょ濡れの場面だが、残念なことに濡れているのは床だけだ。

 「申し訳ありません。すぐ片付けます!」

 オレに気が付いたシェリィが焦って立ち上がると、バケツを立たせて水を拭いては中に絞り出し始める。

 真っ赤になっていたクレミーが、真っ青になって、無言で同じ作業をし始めるが・・・はっきり言ってできていない。

 ちゃんと絞れていないから、水に当てても吸い取れていなかった。

 本当に家事はダメっぽい。

 こっちの学校では掃除とか教えないのか? と思ったが相手は貴族だ。家庭教師が勉強だけを教えて終わりなのだろう。

 クレミーが家事をできないのは、シェリィの失態だな。

 真っ青なクレミーとオレとに、交互に視線を飛ばすシェリィが真っ赤なのは、その自覚があるからだ。

 「湿気で板材を傷めないでくれよ」

 木製の床だ。しかもワックスなんて塗られていない。水が沁み込むと中から腐りかねない。まじで気を付けてほしい。

 「申し訳ありません」

 床に髪がつくほどに這いつくばって頭を下げてシェリィが謝り、その低姿勢になにか言いかけたクレミーがオレをにらんだ。

 「ふ、不可抗力よ! そんなに責めることないでしょ?!」

 不可抗力だから、責めるな。

 それはつまり・・・。

 「悪気がなければ許される、とでも思うのか?」

 過失は罪ではないとでもいうつもりだろうか?

 そんな風に思うほど、知恵がない女なのか?

 本気で幻滅しかけるが、赤かった顔がさらに赤くなって蒼くなったところを見ると、シェリィをかばいたくて反射的に口にしただけのようだ。バカなことを口にしたという自覚はあるらしい。

 「まぁいい。別に責めてはいないしな。注意してくれってだけだ」

 力を抜いた口調で言い、移動部屋に入る。

 中は記憶にある室内よりも明るかった。

 ここは掃除を終えているらしい。

 「・・・綺麗になっていますね」

 沈みそうな声でミーレスがつぶやく。

 振り向くと表情まで暗い。全身を重そうなオーラが包んでいる、そんな錯覚すら起こさせる。

 迷宮などへ行く合間に、ミーレスたちは一生懸命に掃除などの家事をしている。それなのに、こうも見てわかるほどに綺麗にされていると、普段なにをしているのか、となる。

 落ち込んでしまっているようだ。

 「ま、まぁ。日常の掃除と、年に数度の大掃除が同じなわけはないさ」

 慌ててフォローを入れた。

 迷宮用の装備から、日常装備に着替え終えてもミーレスはまだ暗かった。

 「シャラーラ、アルターリア。夕食の支度はリリムとおまえたちでやってくれ」

 「わ、わかったっす」

 「やっておきますよ」

 二人が、かすかに笑みを浮かべて返事をした。

 オレがミーレスのご機嫌直しをしようとしていると、気が付いているのだ。

 「わたくしは、『アルカノウム連合』のための書類づくりでもさせていただきますわ」

 マティさんも微笑ましそうに目を細めて、わざわざそんなことを言った。

 「ミーレス、買い物に付き合ってくれるか?」

 「・・・はい」

 本人も気が付いたようだ。

 ショボーン、とした態度で上目でオレを見ながら頷いた。

 玄関でオレ手製の靴を履き、外に出る。

 玄関ホールではクレミーたちがまだ掃除していたから、移動部屋から直の移動というわけにはいかなかったのだ。

 靴だって履かないといけないし。

 治療院の陰まで歩いて、そこから帝都の冒険者ギルドへ出る。

 以前、キャビネットを買った店に行くつもりだった。

 すっかり忘れていたが、文机を買おうと思っていたことを思い出したのだ。

 それに、コーヒーカップを人数分×二ほど買っておこうと思う。

 来客などそういないとは思うが、『アルカノウム連合』の実質的には代表の立場になるのだろうし、ないとは言えない。

 将来的には、サイフォンで稼ぐことも考えている以上。来客があれば積極的にコーヒーを淹れて見せ、飲ませることも必要だ。

 その時にカップがない、なんてことがあってはならない。

 「あ・・・」

 冒険者ギルドへ来ると、当然のように目がリティアさんを探してしまう。

 だが、見つけたリティアさんはカウンターにいて、金髪女性と何か話し合っていた。

 仕事の邪魔をする気はないので、声はかけずにギルドを出た。

 まずは蒼天のカップを買った店に向かう。

 「まずは、ミーレスたちの分からだな」

 今まで用意していなかったことが信じられん。

 なんで蒼天カップを買ったときに、ミーレスやシャラーラの分も買わなかったのだろうか。金に余裕がなかったわけではないし、思わず店ごと買おうとか思ったほど安いのに。

 「わたしたちの、ですか? そんな必要は・・・」

 ない、と言いかけた唇を指で押して止める。

 「金縁のティーカップで飲んでるのを見るのが、オレ的に気になるんだ。あのカップは紅茶用でコーヒー用じゃない」

 あくまでオレ個人の気分の問題だ。

 金縁のついたコーヒーカップだって存在しているし、そもそもティーカップでコーヒーを飲んではならないなんて法はない。

 「ぁ・・・そ、そうですか」

 少し強めに言ってしまった。

 ミーレスが目を丸くして引き下がる。

 まずい。機嫌を直してもらおうと買物に連れ出したのに、これでは意味がない。

 「あの・・・どういうものなら良いのですか?」

 おずおずと聞いてくる。

 あ、そうか。

 今のオレの言い方だと、ティーカップで飲んでいたミーレスたちを非難する感じになるのか。

 そっち?! とツッコみたくなるが、ミーレスの立場では無理もない。

 「そうだな・・・同じデザインの色違いがたくさんあるのがいいかな。色で誰のカップかを判断できるような」

 オレが蒼天カップを手に入れてテンションが高くなったのと同じように、ミーレスたちも「自分用」のカップがあれば気分が違うだろう。

 そう思って探すと、結構すぐにいいのが見つかった。

 「つたぶどう・・・か」

 横に伸びたつたにブドウが下がっている絵が描かれた、カップの一群を発見したのだ。

 深い色合いで、白、黒、灰色、栗色と抹茶色の五色がある。

 値段は同じ色合いのソーサー込みで280ダラダ。

 もう一つよさそうな黒地に赤、青、黄色、緑、桃色、というのもあるがこちらはソーサー込みで1400ダラダ。オレの蒼天カップの2.5倍の値段だ。

 ミーレスが良しとするはずもない。

 つたぶどうカップがいいだろう。

 「ミーレスは、これな」

 抹茶色を指さした。

 「なぜですか?」

 手に取って、小首を傾げた。

 容姿的にはできる女、なのにこんな仕草をされると小鳥のようにかわいい。

 反則じゃないだろうか。

 「オレが青の次に好きな色だからさ」

 いつも目の前に座るミーレスのカップなんだから、好きな色の方がいいに決まっている。

 なにかを思い出すような表情になったミーレスが数度まばたきした。タペストリーを買うときにグリーンを選んだのを思い出しでもしたのかもしれない。

 「ぁ・・・ありがとうございます」

 嬉しそうにカップを両手で包んで礼を言う。

 まだ少し影があるけど、元気にはなってくれたようだ。

 まぁ、かなりあからさまにご機嫌取りしているから、気を使ったのかもしれない。

 「シャラーラには灰色。アルターリアには黒。リリムに栗色でメティスは白な」

 買うものを入れるためらしい箱に入れながら、誰に何色を使わせるかを指定した。シャラーラたちのは好きの順位ではなく、選べる色を性格とかに当てはめたイメージカラーでの分類になる。

 一緒に、絵柄も何もない白一色のソーサー付きカップを五客買う。

 これは客用だ。

 とりあえず、クレミーたちとマティさん、プラス1個でいいだろう。

 クレミーたちが家にいるのはあと二日程度、それが終われば3客分余るんだから大丈夫。

 値段は220ダラダと手ごろだし、十分だ。

 これだけ買っても銀貨3枚。

 安い買い物だ。

 ただ・・・。

 「家にあるキャビネットだけじゃ入りきらないんだよな」

 ダイニングに置いてあるキャビネットは二段しかなく、上の一団にはミル三台を入れてある。下の一段だけでは、オレのも含めて11客分ものカップは入らない。

 文机だけじゃなく、キャビネットももう一台買えばいいか。

 相変わらず、傘立てが看板という暗い印象の店に入った。

 ついでで販売もしています、そんな空気が濃く漂っているのだが・・・オレは気が付いた。展示されている家具が完全に一新している。

 半月ごとに入れ替えているのかもしれないが、もしかすると全部売れてしまったのかもしれない。展示している絶対数が少ないから、ありえない話でもない。

 で、前回同様に店内に入った途端、「これ」というものを発見した。

 他のが角ばった箱形であるなか、頭がドーム型のフォルムをしたガラスキャビネットがある。猫脚、しかも扉には鍵が付いていて、どっしりとしたアンティークな鍵がいい。

 側面にもガラスがあしらわれている三面ガラスタイプ。

 中身を見せるタイプの三段収納で、後ろに回ってみると完全に平。置き場所にフィットしやすいだろうと思える。

 特徴的なドーム部分もガラス越しに中が見えるようになっているし、中は吹き抜けで高さのあるものも入れられるつくりになっていた。

 高さ124、幅60、奥行き30。

 充分な収納力。

 これだ、と思った。

 と、まるでそれがわかっているかのようなジャストなタイミングで店員が現れた。この前と同じ人だ。

 「お気に召しましたものがありましたでしょうか?」

 柔らかな物腰と丁寧な言葉づかいで尋ねられた。

 前回と同じマダムだ。

 「これが欲しいんだけど、いくらですか?」

 ふんだんにガラスが使われているし、さぞや高かろうと聞いてみる。

 「3200ダラダでございます」

 え?

 「3200ダラダ、ですか?」

 思わずオウム返しに聞いてしまった。

 安すぎるだろ!?

 「3200ダラダでございます」

 物価十分の一説として32000円。

 ・・・こんなものなのか?

 美術品とかでなく、実用品だからそんなものなのか?

 西洋の貴族様用の装飾とかないし、こんなものと言えばこんなものなのかと納得する、ことにする。

 ああ、そうだ。

 奴隷用装身具のように魔法もかかっていないんだ。

 前のキャビネットも14000ダラダだったしな。

 でも、大きさはこっちの方が大きいのに、値は低いってなんで?

 と思ったが、木の部分を見て何となくわかった。

 無垢のままなのだ。

 額のような縁取り加工とかがない。

 シンプルイズベストの作品。だから安いのだ。

 でも・・・。

 「同じものがもう一つ欲しいのですが、ありますか?」

 今あるキャビネットの横にこれを一つだけ置くというのはちょっと面白くない。左右においてシンメトリーにしたい。

 扉が観音開きだから、左右に置けば普通にシンメトリーになる。

 「生憎店内にはございませんが、ご用意できます。製造現場よりの直接お届けになりますが、よろしゅうございますか?」

 全然問題ない。

 「では、これはこのまま持ち帰らせていただくとして、もう一つはこちらに届けてください」

 照魔鏡を使って家の住所を教え、前払いということで6400ダラダを支払った。

 前回と同じく、『移動のタペストリー』を使って運び込む、ように見せて転移した。

 次に文机だが・・・間違っていた。

 文机ではなく、執務机だ。

 文机だと、床に直接座るか、座椅子みたいな低い椅子で座るタイプになる。

 椅子に座るタイプだとライティングデスク、だ。

 オレの頭の中に、蒔絵の入った文机と文箱のイメージがあったが、今の家だと和風よりも当然、西洋の感じが合っている。

 「おお・・・」

 これもまたすぐに見つかった。

 マホガニー製のライティングデスク。

 机部分の下部と、飾り台や引き出しのある上部とに分かれるタイプ。

 重厚な色合い。

 元世界で言えばヴィクトリア時代の様式のものだ。

 無垢材で彫刻なんかはないが、脚の洗練されたデザインとか、引き出しの取っ手部分とかが高級感を醸し出している。

 そのせいか、値段も8100ダラダと結構な値がついていた。

 それでも金貨のいらない金額なら高いという感じはしない。

 買ってこれも運び出す。

 置き場所は、物置とする。

 積み上がった荷物を空間保管庫に移して空き部屋にしておいてよかった。

 元世界からあこがれていた書斎を作りたい。

 とりあえずさっき買ったコーヒーカップともども家に運び込み、置き場所を指定して店に戻った。

 戻らないと『移動のタペストリー』を回収できないのだ。

 「久しぶりに『レマ・ティコス』にでも寄ろうか。二人きりなんてほんと久しぶりだし」

 「はい。あ・・・ですが、私だけというのは」

 筆頭奴隷の立場で、他の奴隷をないがしろにするわけにはいかないか、ミーレスは躊躇っている。

 「大丈夫。みんなそんなことで責めはしないよ」

 「・・・はい」


 「にゃにゃ?! 靴坊主にゃ!」

 く、靴坊主って、なにかの妖怪か?!

 猫耳獣人のミンクが、ゾンビでも見たような態度で叫んだので、店内にいた人たちの目が一斉に俺たちを見た。

 夕食時にはまだ少し早い時間帯。

 客はまばらだ。

 その分、店員たちは暇なようで・・・。

 トン、という感じの衝撃が来た。

 ふわっ、と花の匂いがした。

 胸元が温かい。

 見下ろすと、アリシィアさんがオレの胸元に縋りつくようにして顔をうずめていた。

 なんか、既視感のありすぎる光景。

 「来てくださったんですね・・・嬉しい」

 うるうるの瞳で下から見つめてくる。

 思わず顔を近づけそうになって・・・。

 「待つにゃ! 最初に見つけたのはミャアにゃ。こいつはミャアの客だにゃ!」

 ミンクが突進してくる。

 咄嗟に後退った。

 「あっ、逃がしませんよ! お客確保の実績ポイントが厳しいんです! ボーナスがかかっているんですよ!」

 ちょっとまて、なに、そのツッコミどころ満載なセリフは?!

 この世界でも、夏はボーナスの季節ですか。

 客を何人捕まえたかでポイントが出るんですか。

 どこのキャバクラの、同伴出勤ですか。

 そのポイントでボーナスの額に変化があるということですか。

 もしかして、抱き付いたのは久しぶりに会えて感激したとかでなく、純粋にボーナス目当てですか。

 キラキラ・・・ではなくギラギラの目が、オレを捕えて離さない。

 うっわー、なんかそうみたい。

 「ゆ、夕食は家で食べますから! 飲み物とお菓子しか頼みませんよ!」

 来るタイミングを間違えた!

 オレはすかさず逃げに入った。

 ・・・いや、もちろんここで豪勢に食い散らかしたところで、だからなに? 程度の話ではある。金貨までは必要なかろう。

 だが!

 こういうたかりからは距離を置きたい。

 飲食店の女性店員に入れあげて金を使うわけにはいかない。この世界では、その金があれば他人ではあっても女性の歓心どころか人生ごと買えるんだから。

 「何言ってるんですか?! ここはパーティー料理『ベヒモスの姿寄せ』か『レヴィアタンのなんでも盛り』ぐらい頼んでください!」

 ・・・おーい。

 ベヒモスとレヴィアタンて、世界の終末に死ぬまで戦って「選ばれた者」たちの食料になるって神獣だよな?

 その料理って、もしかして元世界における満漢全席のようなものなのでは?

 それと、アリシィアさーん、指がオレの胸をえぐるような勢いで食い込んでるんですけど?!

 ミンクさんの方は、「飲み物とお菓子」のところで、サラリと背を向けて何事もなかったように仕事に戻っている。

 「むー。仕方ありませんね。じゃあ、『トロトロ肉の串突き焼』でいいです! それなら頼めるでしょう?!」

 譲歩しました!

 とでも言いたいのか、ツンッと顔を背けていってくる。

 なんで、オレが怒られてるんだろう?

 「1000ダラダ以上の売り上げで1ポイントなのです。『ジャミティーと焼き菓子セット』二人前だと120ダラダにしかならないのですが『トロトロ肉の串突き焼』を足すと合計が1050ダラダになります」

 いつのまにかアリシィアの後ろに来ていたユトアさんが、『トロトロ肉の串突き焼』も「パーティー料理」に準ずるものなのではと警戒するオレに説明してくれた。

 なるほど。

 まさにアリシィアさんにとってはぎりぎりまで譲歩したものというわけだ。

 はぁ、と大きま溜息をついてアリシィアさんを見る。

 絶対わざとだが、オレの胸に自分の胸を預けるようにしてしがみつき、胸を強調、その胸元の延長線上に瞳のうるんだ顔がくる形で、オレを見上げている。

 身長はほぼ同じなので、かなりの角度でひざを曲げた体勢になっていた。

 そこまでするか、と思うが振りほどくには可愛すぎるし、柔らかいし、温かい。

 「わかりました。それならいいですよ」

 オレは折れた。

 ひゅん・・・。

 途端に胸元を風が通り過ぎる。

 え?

 と思ったら、アリシィアさんの背中が数メートル先にあった。

 温かな胸が離れ、冷えた空気に当たったせいで風を感じていたのだ。

 はやっ?!

 余韻とかなしですか。

 まぁ、あっても困るわけだけども。

 せっかくの二人きりに水を差されたと感じているのか、ミーレスさんの顔が少し強張っているので。

 さっさと席について、二人きりだった頃の思い出話なんかをしながら待つ。

 「お待たせいたしましたぁ」

 普段通りの快活さで料理を並べていくアリシィアさん。

 この切り替えの速さと、キレの良さが、かえって裏表が激しいのではないかとの疑念を持たせるが気にしない。

 下手につついて、蛇や鬼に出てこられても困るし。

 思い出話でミーレスの機嫌はマックスにまでV字回復している。

 あとは、目の前の料理を食べて帰るだけだ。

 家に帰ると玄関ホールと洗い場、移動部屋と玄関を挟んだその反対側にある工作部屋の掃除が完了していた。

 夕食の支度も済んでいて、オレたちとほぼ同時にメティスも来ていた。

 「明日はダイニングとキッチン、リビングまでね」

 ダイニングの席から、辺りを見回してエリスが言う。

 「ま、まだまだ、先はな、長そうね」

 疲労の色が見えるクレミーが青色吐息でつぶやく。

 「だらしないですね。そんなことでは嫁にいけませんよ」

 「行く気なんてはじめからないって言っているでしょう!?」

 そんなクレミーにシェリィがツッコミを入れ、クレミーが必死の反論を叫ぶ。

 なんか、この三日間でなじんできたような気がしてくる光景だ。

 「宿代って高いって思ってたけどさ・・・毎日こうして掃除しているのかと思うと、安い気がしてきたよ」

 体力には自信がありそうなマローネまでテーブルに突っ伏してそんなことを言う。

 やはりキッチリと掃除をするには人手が三人いて、時間も丸々五日間与えられていても、大変のようだ。

 チラリ、とミーレスたちに視線を向ける。

 ミーレスはオレと視線を合わせることなく、なぜか自分の指輪を熱心に見ていた。アルターリアは目をつぶってオレを無視している。

家事専門奴隷の導入には、反対派が多いようだ。

しかし、オレがご主人様だ。

いずれは、導入してみせる。

新しく入ったキャビネットに、せっせと買ってきたカップをディスプレイしながら、固く誓うのだった。


次回更新も来週日曜に行います。

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