アルカノウム
男爵との会合を二日後から三日後に変更しました。
翌朝はいつもどうりに買い物をして、朝食を食べた。
かなり気に入ってくれたようで、リリムとメティスが担当なのに朝食には魚醤が使われていた。
料理下手の人が何の料理にもとりあえず麺つゆを使う、そのぐらいの感覚で魚醤を使っているのではなかろうか。
だとしたら、ちょっと待てと言いたい。
朝食を終え、コーヒーを飲んだら、まずはコレニ―を訪ねる。
いつものパーティメンバーにマティさんが加わった五人で。
「オレの交易相手です。綿花の買い付けをしています」
コレニ―をマティさんに紹介した。
マティさんにコレニ―を紹介したともいう。
「綿花ですか、確かに質はいいようです」
きちっと80個用意されていた綿花の固まりをつぶさに観察して、マティさんは満足げだ。
質の良さを見て商売にできると踏んだようだ。
「うちの綿花は最高だぜ」
褒められたコレニ―が、ふんぞり返った。
「でも、売れるのですか?」
質は、褒めておいて需要の心配をする。
需要がない商品など商品ではない。とでも言いたげだ。というか、実際そう言っているのだ。
「もちろん。買い手は掴んでいますよ」
カーゴトランクを開けて、ミーレスたちに積み込みを任せて会話する。
「セブテント街のトルミロス・アウダークス公爵に買っていただいています。椅子に布を張るそうです」
用途も伝えた。
交渉材料になるかもしれない。
「セブテント・・・武器で有名な街ですわね。家具などは需要が少し低いと思ってましたけど。商品開発に乗り出したということですか」
良いことだ、と何度もうなずく。
「綿花の供給は続けることが可能なのですか?」
今度の質問はコレニ―にだ。
「ああ。この街の綿花生産者のほとんどを押えてる。いくらでも用意してやるぜ」
自信満々、コレニ―はふんぞりかえった。
売り先が見つからなくて、在庫を抱える農家が多い中、売り付け先を見つけた。コレニ―は今やこの街の綿花生産者期待の星、なのかもしれない。
「口約束なのではないですか?」
「一応、念書はもらってるけど・・・」
正式なものとは言えないかも・・・と不安げに口を濁す。
口だけの約束ではだめだという知恵はあっても、それを正式な書面として残すだけの知識はないのだ。
「でも、なんでそんなこと聞くのさ?」
不思議そうに聞いてくるので、説明した。
経済的に協力し合うための組織を作った。今、それに参加する工房とかの団体やコレニ―のような生産者を募っている。
今日は買い付けだけでなく、その勧誘に来た。
勧誘に乗ってくれるなら、この街の綿花生産者を束ねる代表者にはコレニ―を指名することになる。だから、他の生産者をコレニ―が押えているというのが正規なものかどうかが重要な意味を持ってくるのだ、と。
「それって・・・商人ギルドみたいなもの?」
「その縮小版だな。それもヒツジ一頭と、その毛一本ぐらいの差がある」
よくわからない、という顔をしているので、これ以上は無理なほどわかりやすい対比で説明してやった。
「あー、うん。力の差はわかった。でも、そうじゃなくって、おれが聞きたかったのは、そういう正式な組織に誘ってくれるの? ってことなんだ。この街の人間でそういうのに入ってるひとなんていない。みんな、取引上の付き合いしかしさせてもらってない」
期待でキラキラした瞳を向けてきやがる。
ちょっと待て、こういうときだけ純粋な少年面するのは卑怯だぞ。
「真面目に誘っているぞ」
「正規の書面を作ったうえで、他の生産者を押えて管理できるなら、ですけれど?」
真剣さをにじませて肯定して見せたのだが・・・マティさんに制されてしまった。
確かに、それがないと意味がないんだけど、オレの立場は?
ミーレスさんが睨んでるんですけど。
『落ち着け』
『伝声』でなだめておく。
オレは自分の立場なんてものにはそんなに執着ないし、どうでもいい。
「書面とか言われても作り方なんてわかんねーよ」
口を突き出して、ちょっとだけ拗ねた感じで反論している。
半分以上は演技だとわかる程度の完成度。
本人も通じるとは思っていないだろう。
「コレニ―。生産者のリストとかあるか? 名前と、どのあたりにどのくらいの綿花農場を持っているか、とかがわかるやつ」
「頭には入ってるけど、書いたものはないよ」
「じゃあ、とりあえずそれ作っとけ。書面のほうは、そのリストをもとにあとでマティさんと一緒に各生産者回ればいい」
その方が確実だ。
マティさんもそう思ったみたいで、今度は制さなかった。
「この辺りの地域は各種農作物が豊富ながら、それだけに儲けがないと言われていいたと記憶していたのですが・・・『移動のタペストリー』を使わなくていいとなると、そうでもなくなるのですわね」
いまさらながら、自由に転移できることの利点を発見したマティさんがはしゃいだ声を出して笑みを見せた。
なんか、子供みたいに笑っている。
「便利ですわよ」
マティさんの口調をまねていってみた。
軽く握られたマティさんの拳に頭や肩を叩かれるに任せて、次の場所へと転移する。魔力が増えたからか慣れたからか、一度でセブルテントの冒険者ギルドに出れるようになっていた。
冒険者ギルドから、まっすぐ、公爵の城へと歩く。
今日は例の男爵との面談日時を聞く日でもある。
ちょっと気が重いが、仕方がない。
城の敷地内に入ったところで、綿花を売り鉄器を買う。
そのあいだに門番に呼ばれたリーズンが出てきた。
「ハルカ様、ご足労をおかけします」
とりあえず、深々と頭を下げられた。
たかだかの冒険者と公爵家騎士団長だというのに、腰が低いというか丁寧が過ぎる。
「いえ、交易のついででもあります。足労というほどのものではありません」
事実だ。
「それに、本日はこちらも相談と言いますか、交渉事があります。時間を頂きたいので、それで相殺していただければと、実は図々しい考えで来ているのですよ」
「交渉・・・ですか。では会議室の方へ」
ちらっとマティさんに視線を走らせて、リーズンがオレたちを城の中へと案内した。
城内の少し奥まった位置、十人くらい入れば手狭になりそうな部屋に案内され、会議室にあるような長テーブルをリーズンとオレ・マティさんで挟むようにして座る。
ミーレスたちはオレの後ろに控えた。
「では、まず男爵への目通りですが、三日後の昼と決まりました」
席につくと、さっそく切り出してきた。
これが、少なくともリーズンにとってはメインの話なのだし、何かと忙しいらしいから当然なのかもしれない。
対等な取引をしている間柄でもある。
慣れ合うとか、礼儀をなくすということはあってはならない。だけど、もうそろそろ社交辞令は外していいころ合いだろう。
相手の腹を探り合うような雑談はいらないということだ。
「結構すぐですね。服装とかの指定などありましたら、教えていただきたいのですが」
「いえ。普段通りで構いません。式典やパーティーがあるわけではありませんし、うちの公爵様はともかく、ハルカ様はお客様の立場なのですから」
うちの公爵様って・・・一応様はつけてるけどぞんざいじゃね?
気持ちはわかるが、立場としてどうなんだろ。
公爵自身が気にしなさそうだからいいのかもしれないが。
「しかも、言うべきではないのですが。二日後、それも昼を指定してくるのは・・・」
晩餐会よりも昼食会の方がグレードが下になるということだ。
「明らかに、格下に対する対応ですわね。ファイク男爵がアウダークス公爵夫人の縁戚だというのは知っていますが、それにしたって非礼ですわね」
軽く自己紹介をしたあと、ずっと黙って紅茶を飲んでいたマティさんが堅い口調で非難して、リーズンを見つめた。
ギリギリ、睨んだ、にならない視線が突き刺さっている。
「仰る通りです。男爵としてはハルカ様には来てほしくないのでしょう。非礼さに腹を立てさせて来訪をやめてくれれば、との考えが透けて見える対応です」
「そのようなところに行くことはありませんわ」
すまなそうなリーズンから視線を外して、今度はオレを睨み付けてきた。
なんで、オレが睨まれなきゃならないの?!
わけがわからないが、答えは決まっている。
オレは底意地が悪いんだ。
嫌がられると、逆に行きたくなる。
「いやいや。いくよ?」
そう答えると、マティさんが珍獣を見るような顔、リーズンが救われたような顔をした。
「そう言っていただくのはありがたいですが・・・」
それでも、リーズンは困惑顔で事前確認をしてくる。
「不愉快な思いをさせることになるかもしれません。よろしいのでしょうか?」
「かまいませんよ」
短く答えたが、内心はワクワクドキドキだ。
どんなことをしてもらえるか、楽しみで仕方がない。
と言うと誤解されそうなので、先に否定しておくがマゾなわけではない。
ただ、「人を呪わば穴二つ」という諺の通り、人を陥れようとする人間は多かれ少なかれへまをするものだ。
そのへまをつついてやると大半は自爆、そうでなくても反撃の機会をくれる。
小学生のとき、翔平以外の友人を無くした時には、これで完膚なきところまで叩き潰した。結果、関係修復の道を完全に閉ざしてしまうことになったわけだが、下手な嫌がらせを受けたりいじめられたりもしなかったので、オレ的には成功だったと信じている。
「ただ・・・こちらも非礼な振る舞いをしてしまうかもしれません。何分粗忽者で野蛮な冒険者ですので」
自虐的な笑みを浮かべてみた。
リーズンが冷や汗を流して言葉を失い、マティさんが頭の痛そうな顔でひきつったような笑みを浮かべている。
「公爵様に迷惑がかからない程度には自重しますけどね」
それは本当だ。風当たりが強くなることはあるだろうが、責任とか取らされるようなことをする気はない。
「いえ・・・そういうことでしたら、うちの公爵様は迷惑などとは仰らず、むしろ喜ぶでしょう。夫人などはよくやったと褒めかねません」
沈痛な口調。
強くなった風当たりをもろに受けるのはリーズンだろうから、当然か。
申し訳なくは思うが、同情はしない。
そういう上司の下で働いているのだから、運命だ。
彼には強く生き抜いてもらう。
などと無責任なことを考えていたら、沈痛な面持ちでうつむいていたリーズンがパッと顔を上げて、普段の顔になった。
んで。
「それはそれでいいとして、交渉というのはどのようなものですか?」
などと、サラッと聞いてきた。
変わり身の早さに思わずコントのようにガクッとコケてしまった。
立ち直りが唐突すぎるだろ?!
やはりあの公爵の下で働いているだけのことはある。心臓に合金製の剛毛が映えてでもいるに違いない。この程度のことでダメージを負うようなメンタルの持ち主ではないのだ。
「小さいながら、独自の経済組織を立ち上げました。それで、参加者を募っているところなのです。ですので参加を検討していただければと思いまして」
簡単に事情説明を行った。
参加してもらっても特典などは今のところないが、確実なところで言うと参加してもらえなかった場合には『綿花』の販売価格が2割ほど値上がりする可能性を示唆した。
そもそも個人での交易だからと安すぎる金額で売っていたわけだが、正式に経済組織として交易を行うことになれば、他との兼ね合いも考慮して相場を無視した安値での販売はできなくなる。
だから、そうなる。
そのあたりはリーズンも納得してくれた。
もともとが安すぎだったのが、相場の値段まで上がるというのなら仕方がない。そう思っていそうだ。
足元を見て相場以上を吹っかけているわけではないから、脅迫か!? などと激高のしようもないというところ、かも?
もちろん、参加してくれるなら組織内での取引だから、これまで通りの値で卸させてもらうことは保証した。
そのかわり、現在取引している『鉄器』の買取価格は下げてもらうことになるだろう。
少し高めの設定にオレは目を瞑っていたが、マティさんは見逃す気がないようだ。
売買現場を見ていて、金額の高さに耳を疑ったそうな。
「それは――」
とリーズンが反論しかけたのだが、マティさんの具体的な市場相場を引き合いに出しての正論攻勢に耐え切れず、三分で降伏していた。
商人ギルドバララト支部副支部長の肩書は伊達ではないということか。
「ああ、そうだ」
ふと思いついて声を上げる。
「『綿花』の取引量を少し増やすというのはどうですか? 二日で80を毎日80とか」
たしか、二日で80だと少し足りないとか言っていたはずだ。
当然、『鉄器』のほうも毎日買わせてもらう。
販売価格は下がっても、販売量が増えることで売り上げは増える。
これが需要が多く引き手数多の商品であれば、リーズンには損となる。
だが領内でダブついて在庫のある状態なのだから、売り上げが増えると同時に在庫整理ができるチャンスだ。
悪い話ではない。
在庫がダブついているうちは。
毎日になるからと言って、こっちの負担が増えるかというとそんなこともない。
ミーレスたちが朝食の後片付けをしている間に、オレがシャラーラ連れて二人で回ればいいだけだ。
家とコレニ―の倉庫への移動は徒歩五分。コレニ―の倉庫からセブテントの冒険者ギルドへも五分。冒険者ギルドから公爵の城まで徒歩十五分。荷物の出し入れに十五分ずつ、その間に支払いを済ませる。
一時間以内の話だ。
『鉄器』を売って『ダイヤモンド』を買い帝都で売る一連の取引については、いずれ商人ギルドを敵に回すことになるのだ。もしかしたら、最悪なくなるかもしれない。
そうなれば再び販路の開発を考えなくてはならないが、それは商人ギルドの対応を見てみないとわからないので保留。
なので、とりあえず考えないとすれば朝食後の一時間、食休みがてらの散歩というところだ。
負担どころか、影響なんてない。あるとすれば、オレがコーヒー飲んでボーっとする時間が減るのと、一緒に菜園を見て回れなくなるからリリムが寂しがるぐらい。
リリムのほうはその分どこかで埋め合わせをしてあげればいい。
「よいではないか」
うーん、と唸ったリーズンをよそに、いつの間に来ていたのか公爵が声をかけてきた。
もしかして、外で盗み聞きしていたのだろうか?
権力者なのだから、普通に入ってくればいいだろうに。
「わしもな。商人ギルドとは良好な関係とは言えぬのだ。父の代で少しばかり揉めたことがあったのでな」
忌々しげな顔をしているところを見ると、相当ひどいことになっていたようだ。
「話は聞いておりますわ。祖父のとりなしで何とか和解はしたものの、しこりが残ったとか」
ため息交じりにマティさんがつぶやくと、公爵さんが始めて真顔を見せた。
「ケファトリの孫か。そういえば面影があるようだ。どっちのだ?」
どっちの?
「姉の方ですわ」
ああ、姉妹だったか。
「そうか。確か亡くなったと聞いたが」
「ええ。もうじき二年になります」
亡くなったとは聞いていたが、死んだのがいつかは聞いたことなかった。
二年前なのか。
「妹の方は・・・殺しても死なんだろうな」
「ええ。ぴんぴんしてますわ。わたくしを亡き者にしようとするくらい」
コロコロと笑いながら言ってのける。
「なので、新しい組織を立ち上げましたの。『アルカノウム連合』というんですのよ」
「ほう。面白いではないか。わしらも参加させてもらおう」
リーズンが何か言いたげな表情をしたものの、ガクッとうなだれた。見ようとしたわけではないが、視界の隅に映っていた。
彼には申し訳ないが、貴族の参加はありがたい。
見なかったことにして拍手した。
この瞬間、リーズンは『アルカノウム連合セブルテメント州支部支部長』の肩書を得たのだ。ちなみに、初の支部で職員は彼だけだ。




