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異世界で家を買いました。  作者: 月下美人
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さいふぉん


 「それはそれでいいとして、オレのサイフォンは完成ですか?」

 親方の手にある綺麗な濾過器を指して聞く。すでに支払い済みなのだし、「まだだ」なんて言われては困るぞ。

 「おお。完成だ。だが、こいつは骨が折れるぜ」

 がはは、と笑って濾過器をプールスさんに渡している。プールスさんがサイフォンの残りの部分ともども梱包してくれるようだ。

 「となると、量産は無理そうですか?」

 さっきのマティさんと交わした会話を思い出して、さりげなく探りを入れてみる。

 「ん? ん――――、そうだな。濾過器以外ならどうとでもなるんだがな」

 やはりか。

 でも、それなら。

 「濾過器以外なら、安価で作れるということですか?」

 「そうだな・・・技術は完成してる。うちの職人どもにも作れるから、かなり安くはなるな。いまなら金貨二枚か三枚ってとこだ」

 親方がさらりと言ってのけ、プールスさんが「あちゃー」と額に手を当てた。

 ずいぶんな落差だ。

 それでも二、三十万かと思うと高い気もするが、量産体制になる前ならそんなところだろう。どうせ販売先は貴族か大商人が最初と考えていたし。ちょうどいいかもしれない。

 「今ならということですけれど、今後はさらに下がる可能性があるのですか?」

 マティさんも気が付いたらしい、突っ込んでいる。

 「技術料は下がる。あとは、材料費を削っていくことになるな。言い値で買うと言われていたんで、ちょいと高価なものも使っていたから過剰強度になってやがる。これを実際に必要とされる要求強度まで下げれば・・・金貨はいらなくなるだろうな」

 おお・・・。

 一点物の特別仕様品を買ってしまったのか。

 まぁ、それは別にいい。

 気にしない。

 それよりも、お求め安い値段にできることの方が重要だ。

 「売り物にできそうですね」

 安心してマティさんに声をかけるが、マティさんは少し不満そうだ。

 「なにか問題が?」

 「濾過器というのですか? 重要な部品を欠かして売るわけにはいきませんでしょう? そこをどうすればいいのか・・・」

 ああ、それか。

 当然だけど。

 「金属で作れば、そんなに難しいものではありませんよ。金属加工の得意なところにも知り合いがいますから、そっちで作ってもらえばいいんです」

 「・・・はぁ?」

 驚いた、ではなく呆れた顔のマティさんが、さらに眉を寄せた。

 「劣化するのが嫌だったのでガラスで、と注文しましたけど本来は金属部品なんです。ただ、オレの世界にある金属がこちらになさそうだったので、確実に要件を満たせるガラスで作れないかと聞いたら、親方ができるというので作ってもらいました」

 鉄や銅、銀とかで作ればもっと簡単に作れたはずだ。

 ただ、これらの金属は知っての通り水に触れると瞬く間に劣化する。もちろん、こちらの魔法技術を併用すれば劣化を抑えられるだろうことは知っている――ポットなんかはすでに作ってもらっているし――ので、それで作ってもらえばいいだけだ。

 「金属で作るなら、そんな高くないと思いますよ」

 オレが言うと。

 「でしょうね。800ダラダといった所でしょう。銅で作るなら」

 プールスさんが肯定してくれた。

 「待ってください」

 片手でこめかみを揉みながら、マティさんが手を伸ばして制してくる。

 オレは素直に待った。

 「つまり、最終的には金貨一枚程度で買えるはずのものを12枚出して買ったということですの?」

 頭の痛そうな声が、眉間にしわを寄せたマティさんの口から漏れ出してくる。

 「え、えっと・・・そうなります」

 い、いけなかっただろうか?

 ドキドキハラハラだ。

 「はぁ―――」

 大きなため息。

 「ハルカ様には、きっちりと経済観念というものを指導する必要がありますわね」

 なんか、睨まれてしまった。

 「あ、あー。プールスさん? 試作で作った濾過器もいただいていいですか? 銅の工房に発注するのに便利ですから」

 持って行って「これを銅素材で作ってください」と言えば済む。

 いちいち、大きさだとか長さだとかを説明するのは面倒だ。

 「かまいませんよ。こちらではまた作ればいいだけのことですし」

 ニヤニヤしていたプールスさんは気軽に応じて、台の上に乗っていたサイフォンから、試験用に使っていたものを取り出して、布で拭くとその布ごと渡してくれた。

 オレは布で包んだ状態で、それを腰のポシェットにしまう。

 「・・・指導は後日としますか」

 なんか、不穏な呟きをマティさんが吐いた気がするが、聞こえなかった振りで流す。

 「親方。では、残りの部分を可能な限り安価で量産できるように開発を進めておいてくださいな」

 「おう。そいつは任せろ」


 マティさんが挨拶を交わし、できたばかりのサイフォンをシャラーラに持たせたオレたちは一度家に帰って、ダイニングにサイフォンを安置。銅製品の工房へと飛んだ。

 前にイブリックやドリップポットを作ってもらったあそこだ。

 『銅製金属加工ハダット工房』という名だった。

 ・・・前のときは工房の名すら聞いていなかったことを思い出す。

 「ああ、あんたか。なにか用か?」

 工房のリーダー、ハダット氏。ポットを作ってくれた彼が応対してくれた。

 リーダーだったんだ・・・。

 「まずは、勧誘。オレたちが今度立ち上げることにした経済組織『アルカノウム連合』に参加してくれないか? って話なんですけど興味ないですか?」

 「あ?」

 なに言ってんだこいつ?

 という顔をされた。

 「新しいことに挑戦するお気持ちがある方には、いい話ですのよ」

 オレではだめだ、と思ったようでマティさんが割って入って営業トークを繰り広げた。

 訝しげな顔をしていたハダット氏の顔がどんどん溶けていく。

 女性って。

 商人って。

 すごい。

 マティさんがものの三十分話しをして、オレが照魔鏡を見せただけで『銅製金属加工ハダット工房』は『アルカノウム連合所属銅製金属加工ハダット工房』になった。

 「で、先日作ってもらった小さい鍋『イブリック』と長い注ぎ口のポット『ドリップポット』を量産する体制を作ってほしい」

 「体制はいい。何とでもなる。だが、素材が手に入らねぇとどうにもならんぞ」

 銅、か。

 手に入れるのに時間がかかったよな。

 でも、手に入らないわけではない。

 「それは、こちらで何とかするしかないな」

 もともと、いま入っている『デスモボロス』と銅の回収で入った『クルール』を交互に探索する予定でいたわけだし、しばらくはクルールに入るということにしてもいい。

 ちょうどというとアレだが、菜園のほうはほぼ苗を植え終えているのだし。

 「素材は獲ってくるとして、もう一つ。これを銅で作ってほしい」

 プールスさんからもらってきたガラス製の濾過器を手渡した。

 「作れそうですか?」

 包みを開けて、手の中で感触を確かめているハダット氏に聞く。

 「鎖部分が面倒だが、作るのはなんてことねぇよ。任せな。それより、銅素材の供給のほうを頼むぜ」

 「わかりました。よろしく」


 あっけなく製作可能の確約をもらい、オレたちは家に帰った。

 「その日のうちに、工房二つを参加させられるとは、幸先がいいですわね」

 弾むような口調で、マティさんが歓声を上げた。

 気持ちはよくわかる。

 工房を二つ加入させたばかりか主力商品となりえる品物の独占的な量産計画もスタートできたことは大きい。

 もちろん、この計画はまだまだ白紙部分が多いし、形にするまでは困難もあろうが、とにかく始動したのだ。

 「さぁて、では。使ってみるか」

 組織づくりが幸先良く始動した記念でもあるし、などと理由をこじつけつつ、さっそく作業に取り掛かった。

 梱包されていたサイフォンを取り出す。

 まずはアルターリアにガラス器を軽く水洗いさせる。丁寧にかつ慎重に。特にフラスコ部分は洗い終わったあと乾いた布で入念に水気を拭き取らせた。

 金貨十二枚も出して買い求めたものを割らせるわけにはいかない。どういう理屈かは知らないが、外側が濡れたままだと割れる危険性があるらしい。

 魔力式ガストーチをアルコールランプ代わりにセットする。

 火力と位置、角度を調整。

 その間、シャラーラにはミルで代用コーヒー豆(消臭剤)、を挽かせる。

 結構な力がいるらしいが、もう慣れたものでゆっくりとハンドルを回していく。

 五人分の分量というのが正直わからないが、だいたいの勘でやらせてみる。一杯分の分量×五でいいというものでもないのだ。

 粗目に挽けたら、もう一つのミルで今度は少しこまめに挽く。

 挽き終わったら準備は完了だ。

 サイフォン式コーヒーの淹れ方を手順通りに進めればいい。

 【1】フィルターを準備する。

 濾過器に円形に型抜きしたネルフィルター(濾し布)をセットする。ネルドリップで使っていたフィルターなのですでにコーヒーにはなじんでいるからコーヒーで煮るとかの初期の準備はいらない。

 【2】お湯を沸かす。

 フラスコに人数分より少し多めのお湯を入れ、アルコールランプで熱する。このとき外側の水滴はよく拭き取っておく。大事なことなので再度確認。

 【3】コーヒー粉を入れる。

 フィルターがわりの濾し布をロートに固定して、ロートに人数分のコーヒー粉を入れる。

 【4】フラスコ内のお湯の沸騰を確認する。

 フラスコのお湯が沸騰したら、ロートを差し込むのだが、その前に濾過器の先から垂れているボールチェーンをゆっくりお湯に沈める。お湯がしっかり沸騰していれば、泡が次々とポールチェーンを伝って上ってくる。

 ロートを差し込む際は一度魔力式ガストーチを外して行う。フラスコを火にかけたままだとロートを差し込んだ時湯が噴き出すことがあるので注意。

 「え・・・」

 じいッと見ていたミーレスが、驚きの声を漏らした。

 フラスコ内にあった水が、蒸発してロートに溜まっていくのに驚いたようだ。

 【5】攪拌(一回目)

 ロートにお湯が上がりきったら、竹べらなどで素早く円を描くように数回かき混ぜる。ここでかき混ぜすぎると雑味も一緒に出てしまうそうなので注意が必要だ。

 【6】弱火で放置し、抽出する。

 弱火にして15~45秒を目安にそのまま置き、抽出する。

 抽出時間はその時々で変わるが、ともかく長すぎると雑味が出てしまうので間違っても一分を越えてはならない。

 「上から、泡、コーヒーの粉、液体の三層に分かれていれば最高の状態だ」

 真剣に使い方を覚えようとしているミーレスに教えてやる。

 教えてやっているオレ自身使うのは初めてなのでドキドキだが、うろ覚えのやり方でも今のところ間違いなく作業ができているようだ。

 【7】攪拌(二回目)、完成。

 抽出時間が過ぎたら火を消し、濾過をスムーズに行うために二回目の攪拌を行う。

 もう一度ロートの中を竹べらで軽くかき混ぜ、ロートの中のコーヒー液がフラスコへ落下するのを待つ。完全にロートのコーヒーがフラスコに落ちれば美味しいコーヒーの出来上がり・・・のはずだ。

 「もし、コーヒーの落ち方が遅いと感じるようなら、布巾でこのフラスコ部分を包んで温度を下げるといい。あまり温度が高すぎると、落ち方が遅いだけでなくて落ちたものが逆流してしまうことがある。そうなると味が落ちるから注意が必要だ」

 注意を与えておく。

 あとは・・・。

 「うまく淹れられたかどうかは、ロートに残ったカスでわかる」

 ネルフィルターの上にたまったカスを指さして、見方を教えた。

 「ドーム状に盛り上がった表面に、雑味の原因になる泡、下に行くほど粗めのカスの層ができていれば、いい感じに抽出されて、うまいコーヒーを淹れられたということになる」

 【8】使用したネルフィルターの処理・管理。

 ネルドリップ用のフィルターと同じように、一度煮てコーヒー成分を落として、水に入れて冷暗所で保存する。

 オレの分は蒼天カップに、他は金縁のティーカップに注ぐ。

 自分のだけちょっぴり蜂蜜を垂らした。

 そして飲む。

 「ほわー・・・・・・」

 心の底からホッとしたようなため息が出た。求めていたコーヒーが、ここにある。

 恍惚感と満足感で、顔が緩むのを止められなかった。

 ネルドリップも悪くないが、オレはやっぱりサイフォンが好きらしい。

 どこが違うのかと聞かれても、はっきりとした答えは言えないが、とにかくうまい!

 「昼にいただいたものよりも、おいしいですわ。淹れているときの様子も見ていて飽きませんし、これなら貴族の方々には大うけで売れますわね。きっと」

 ティーカップを上品に傾けて、マティさんが太鼓判を押してくれた。

 シャラーラは苦そうにしていたが、ミーレスとアルターリアはブラックのままで平気そうだ。シャラーラには俺と同じく蜂蜜を加えてやった。ミーレスも物欲しそうに上目で見てきたので垂らしてやる。

 マティさんとアルターリアはブラックのままでよさそうだ。

 もともと、この二人にはその方が似合っているし。

 でも・・・。

 やっぱ、個人的に金縁のティーポットでコーヒーというのは気に入らない。

 自分用だけでなく、人数分のコーヒーカップをそろえるべきかもしれない。

 元世界でしていたコーヒーカップのコレクション。金にも余裕があることだし、復活させてもいいだろう。

 キャビネットだって、そのために買ったようなものなのだから。

 それはまた「いずれ」でいいとして。

 サイフォン式コーヒーを手に入れた。

 以前から決めていたキャビネットの天板に飾れば、インテリアとしても秀逸。

 素晴らしい!

 うん。まだまだ楽しみは増えそうだし、異世界生活に乾杯!


 サイフォンをアルターリアが洗って、キャビネットの天板に乗せている。

 光の入る角度を見ながら、位置を細かく移動させている。

 意外、ではないが、結構神経質のようだ。

 ミーレスたちは、夕食の支度にとりかかっている。

 その様子をどちらも見ながら、オレは『アルカノウム連合』について考えを巡らせていた。あと二つ、もしかしたら参加させられるのではないかと思える相手がいる。

 両方とも明日の午前中に出向くことになっているのだし、マティさんも連れていって話をするのはどうだろう。

 一人は乗ってくるだろう。

 問題なのは・・・難しいかなぁ、と思う。

 話してみないとわからんな。ダメでもともとの精神だ。

 そう結論を出した辺りで、リリムとクレミーたちがダイニングに入ってきて、テーブルクロスなどの準備を始めた。

 ミーレスたちが作ったのは昼食同様魚醤を使った魚料理だった。

 オレが作るのを見て、覚えたようだ。

 「なんか、変な臭いがするのにおいしい・・・」

 クレミーが、不機嫌そうな顔でスープを飲んでいる。

 「汗をかきましたからね。この塩気は体にしみます」

 しみじみとシェリィが相槌を打ちつつ、スープを掬ってはスプーンを口に運んでいる。

 さっきメティスに聞いたところ、今日の掃除内容は家中の窓を拭いて、軒下のクモの巣を取り、外壁を磨いた。とのことで、彼女たちも疲労しているらしい。

 「魚、うまっ、うまっ」

 マローネは焼き魚を頬張っている。

 リリムやシャラーラも似たようなものだ。

 「やはり、これは商売になりますわね」

 確信を込めてマティさんが頷いた。

 魚醤の可能性と展望が、その頭の中では渦巻いているのかもしれない。

 ミーレスとアルターリアは、そんなマティさんにチラチラと視線を投げかけていた。

 もちろん、オレにも。

 理由はわかっている。

 午前中のうちに、マティさんがバララトの官舎を引き払ったのを見ている。

 この女は、今夜からどこで寝るのだろう?

 そう考えているのだ。

 マティさんの荷物は玄関ホールに置きっぱなしだし。

 奴隷じゃない知り合いの女性、これをいきなり寝室に連れ込むような男だとでも、オレは思われているのだろうか。

 「マティさん。治療院の入院患者用の部屋を使ってください」

 六畳の部屋が一つと、四畳の部屋が三つ空いている。

 ベッドもあるから寝るだけなら問題ない。

 「ご迷惑では、と遠慮すべきなのでしょうが・・・」

 「いちいちどこかに迎えに行ったり、送って行ったりするのが面倒なので、無駄な遠慮はやめてください」

 どのみち、今後も護衛したり会議に同席したりすることになるのだろうから、うちにいてもらった方が楽だというのは偽らざる本音だ。

 「そうなのでしょうね。では、ご厚意に甘えさせていただきますわ」

 「それと、明日の午前中はオレと来てください。『アルカノウム連合』に参加してくれそうな相手に心当たりがあるんです」

 「ああ。なるほど。そういうことでしたら、確かにこちらで厄介になる方が便利ということになりますわね」

 他の宿とかに泊まられていたのでは、移動に制限がかかる。

 不用意な転移ができなかったり、とにかくめんどくさい。

 治療院の病室を使わせようとするオレの真意を、分かってくれたようだ。



来週も日曜午前中に更新いたします。

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