きぞく
「退屈させてしまいましたかしら?」
床に座り込んでボーっと天井を眺めていたら、いつの間にか会議を終えたらしいマティさんに見下ろされていた。
「会議は終わりですか?」
「方向性は決めましたわ。今後の動きについては、お昼明けということで」
マティさんたちにも、昼休憩は必要だったようだ。
「方向性、ですか」
二時間かけてようやくそれかと思わなくもないが、疲れた様子のマティさんを見ると熾烈な議論が重ねられたのだろうことが察せられた。
「『マチリパトナム』街の帰属問題にかかわりますから、説得に時間がかかりましたの」
ようやくそれか、という思いが態度に出ていたのだろうか。マティさんは苦い笑いを見せた。
帰属問題。
つまり、この街はこれまで持っていた自主独立を失う決定をしたということだ。どこかの組織に属することを決め、その組織の傘下に帰することを帰属問題というのだから当然そうなる。
貴族に大商人、商人ギルドだけではない。いくつかの街を見て回って聞いていたことによれば、冒険者ギルドだったり宗教組織だったりと、他の街が支配権を受け入れていた後ろ盾はいろいろあるようだったが、それらのどこに属することにしたのだろうか?
疑問を持つが、答えは決まっている気がする。
「わたくしたちで新しい組織を立ち上げることで合意を得ましたわ」
ああ、やっぱり。
マティさんが自信たっぷりに出した答えに、納得してしまった。
昨日見て回った街の荒れっぷりと、一部ではあろうが商人ギルドが敵に回って自分を切り捨てようとされていた恨み。
既存の組織に身を寄せることなど考えられなかったのだ。
なら、新たに作るしかない。
拳を握り締めて、笑みを浮かべているマティさんが眩しい。
なんというか、ひと皮むけた感がある。
「・・・ハルカ様にも、参加いただきますが、よろしいですね?」
よろしいですか? ではなく、よろしいですね?
問いかけではなく、確認。
マティさんの中では決定事項らしい。
正直勘弁してほしいというのが本音ではある。
だが・・・。
「オレにも利点があるようにしてくださいよ」
照魔鏡を提示した時、覚悟はしていた。
勇者様が要因であんな騒ぎが起こったくらいなのだ。『異世界人』を公表すれば、そういうことも起こりえるだろうことはわかる。
町長や村長たちと議論を戦わせるマティさんに、オレの存在は必勝の剣だっただろうし、名前を使われたことを責める意思がオレにはなかった。
「もちろんですわ」
にっこりと微笑んだマティさんが、いつにもまして綺麗だった。やっぱり、彼女自身も何かを脱ぎ捨てて、新しくなったのだと思えた。
一族がみな商人ギルド所属の家柄、というのが彼女をなにかにつけ呪縛していたのかもしれない。そこから、今回のことで解放された。
商人ギルドバララト支部副支部長ではなく、商人ギルドの職員という立場すら捨てて、一個人マティ・オレィユが目の前に立っている。
思わず拍手してしまった。
「ということですので、まずは腹ごしらえですわ。なにかおいしいものを食べさせてくださいな」
拍手に応えて芝居がかった仕草で一礼して、マティさんが言ってくる。
期待に満ちた瞳が揺らぐことなく、オレを見つめていた。
是非もなし。
オレはマティさんを連れて、ミーレスたちとともに家に帰った。
浅漬けの入った瓶たちは、ラカッソに預けて。
会議場となっている村長宅のキッチンを半ば占領してしまっているが構うまい。
「おかえりなさいませ。ご主人様っ」
ダイニングに入ると、ちょうどリリムが竈に火を入れようとしているところだった。
クレミーたちは今日も、よそに食べに出かけているようで、家の中に気配はなかった。
キッチンに入って、空間保管庫から買ってきた魚を取り出して、調理に移った。
取り出したのは先日も使ったオオタラだ。
「本当はハタハタが欲しいところなんだけどな」
なにを作るかと言えば、「しょっつる汁」だ。
本来はハタハタを使って作った魚醤、日本三大魚醤の一つ「しょっつる」と新鮮なハタハタで作るもの。
「しょっつる」ではない違う魚の魚醤、使う魚もハタハタではないので「しょっつる汁」と言い張るのは間違いなのだがそこは勘弁してもらおう。
魚醤を使った白身魚の汁物料理で、使う魚醤が「しょっつる」かどうかの違いがあるだけ。ということであれば間違いではない。
材料は六人分でオオタラの切り身9切れ、長ネギが二本半、日本酒代わりの白ワイン大さじ6、さっき絞ってきたばかりの魚醤大さじ9、岩ノリが少々。
あとは彩で小口ネギが少し。
ハタハタを使えば油が浮いて味が深まるんだけど、タラなので少々さっぱりに仕上がりすぎる可能性がある。なので、アカイワシとか言う名のイワシを使ってつみれを作って足すことにする。
まずはイワシのつみれから。
材料はイワシ。長ネギ、ショウガ、塩、が少々。
アカイワシの頭をとって内臓も取り、三枚におろす(形が不ぞろいで売り物にならないからとおまけでもらった三尾を使う。大きさがまちまちだったので小さいのは手開き、大きいのはキッチンナイフも使って下ろした)。
背びれと腹骨を切り取ってから皮ごと、3ミリ幅で細切りにして、叩いて粗みじんにする。
長ネギを薄く小口切りにして、ショウガは皮をむいてすりおろす。
これらをボウルに入れ、塩と片栗粉を振り入れてボウルの中でこね、大きめのスプーンを使って形を整えて皿に並べておけば準備完了。
続いて「しょっつる汁」づくりに移る。
1、長ネギを5ミリ幅で斜め切り、小口ネギも刻む。
2、オオタラを一口サイズに切り分ける。
3、鍋に水(3リットルくらい)を入れ、ワインと魚醤を入れて火にかける。
4、タラの切り身とイワシのつみれを加えて、1~2分、アクを掬い取りながら煮込む。
5、長ネギを投入してしんなりするまで煮る。
6、器に盛って、小口ネギと岩のりを散らせば完成。
魚醤の匂いをネギと岩ノリが見事に消して、旨味だけを引き立ててくれる一品だ。
ついで、もう一品。
買い物しているときにちょうど砂抜き中のアサリを見つけ、買い取ってきたのでアサリを使ったものを一つ。
「リリム、畑からミツバを一握り摘んで来てくれ」
「任せてください!」
小さなザルを渡して頼むと、リリムはびしっと手を上げて駆けていった。
行動が小学校低学年の、身体は中学二年生。
萌え~。
思わず頬が緩むが、ミーレスたちの目があるので料理に集中した。
と言っても、そんなに難しいことはしない。
1、小麦粉を水で溶いて、ダマが残る程度にかき混ぜる。
2、アサリを例の簡易蒸し器を使って酒(白ワイン)蒸しにする。
3、2を1に入れる。
アサリの酒蒸しを作っている間にリリムが返ってきたので、
4、ミツバを食べやすく切って3に入れる。
5、空気を含むようにざっくり混ぜ、少し熱めの油で揚げる。
これまで一度もハズレのない天ぷら料理だ。
ほとんどのものが期待に輝く顔を見せているので、いつものように残りの油で揚げパンを作った。
甘やかせすぎな気もするが、あれだけ喜ばれ、期待されると出さないわけにもいかない。
女の子の歓喜に輝く笑顔という誘惑には抗えないのが、男ではなかろうか。
あとは、シャラーラが野菜をパパッと切って、塩だれで合わせたサラダで昼食にした。
マティさんとメティス含む女性陣が揚げパンを頬張って、恍惚とした顔になるのを堪能したあと、オレはともかく「しょっつる汁」に手を伸ばした。
陶磁器の器を持って顔に寄せる。
こちらの世界の食事スタイルは元世界の西洋のそれに近いので、器を手で持つというのは一般的ではないらしい(器をテーブルに置いたままスプーンですくい、顔の方を近づけて音を立てずに啜る)のだが、ここは和食式で行かせてもらう。
ネギの匂いに紛れて、魚醤の臭みが匂うが気になるほどではない。
一口飲んだ。
魚の旨味の乗った塩気が、舌と脳をしびれさせる。
うまい!
これだよ。これが欲しかったんだよ!
濃厚でどっしりとした旨味。素晴らしい!
「これ・・・は・・・」
ミーレスが、驚愕の表情で絶句した。
リリムとシャラーラは物も言わずにコクコク飲んでるし、アルターリアも驚きを隠そうともせずにイワシのつみれにかじりついている。
「これを探しておられたのですか・・・」
目をつぶって味わうマティさんの口から、納得の呟きが漏れた。
メティスも口の中でタラの身を味わいつつ、ため息をついている。
うん。こちらの世界の住人にも、この味は受け入れてもらえるようだ。
アサリのかき揚げも、ミツバの香りと濃厚な貝の旨味が口いっぱいに広がってうまかった。カラッと揚がった食感もいい。
やはり、てんぷらにハズレはない。
食事が終わると、シャラーラたちはいつものように洗濯や掃除を始める。
その間に、ミーレスがオレとマティさんにコーヒーを淹れてくれた。
今日はカフェオレではなく、コーヒーだ。
砂糖を少し入れはしたが、ほぼブラックコーヒー。
オレのカップはいつもの蒼天カップ。マティさんのは紅茶用の金縁カップだ。
「この飲み物も、ハルカ様の世界のものなのですか?」
一口飲み、深いため息をついたマティさんが聞いてくる。
「厳密にいえば違うんだろうけど、そうなりますね」
コーヒー豆を使っていないから、正確にはコーヒーではない。だが、こういう形の飲み物がなかった世界に、別世界の飲み物を持ち込んだことは事実だ。
「気にいってもらえましたか?」
「なにか、頭のもやもやが消えていくような気がします」
そう言って、頬杖をつく姿は頑張っているキャリアウーマンという感じで、なにかすごく絵になった。
「さっきの調味料もそうですけど、これも売り物になるんじゃないでしょうか」
カップを揺らして、中で波打つ黒い液体を眺めながら、マティさんは考え込んでいる。
気に入ってくれたらしい。
そうでなければ売れるとは考えない、と思う。
「貴族とか、金持ちでないとちょっと手は出ないかもしれませんよ」
ネルドリップのための道具一式に掛かった金額を思い出して、忠告した。なんとしても手に入れたい、そんな熱意がなければ作らせはしなかっただろうと思えるぐらい値が張ったのだ。
現在も研究中のサイフォンなんて、さらに高値がついている。
もちろん0から作らねばならないため、研究費も含まれているからこその値段と考えれば、研究結果が出て量産する技術が確立されれば安くなるのかもしれない。
それでも、庶民が嗜むようになるまでには至らないと思う。
「売り出すとしたら、ターキッシュコーヒーからかなぁ」
トルコ式なら、イブリックとミルがあれば淹れられる。
どちらも特注で作らせる必要があるが、作る技術はさほど高度なものではないし、材料も安価で手に入る。
コーヒーの原料は安価な消臭剤だし。
かなり必要な費用が抑えられるはずだ。
しかも一度買えば、維持と使用には金がかからない。フィルターなどの消耗品を必要としないのだから。
「うーん。そうしますと、簡単にまねされてしまいますわね」
この世界には知的財産の権利についての概念はないのだろう。マティさんが残念そうにカップをあおる。
「まねさせる、というのも手ですけどね」
我ながらあくどい考えが浮かんで、オレはつい黒い笑みを浮かべてしまった。
雰囲気に気付いたようで、マティさんは眉をひそめた。
「実は、この飲み物。コーヒーにはいくつか淹れ方があります。今言ったターキッシュコーヒー、オレたちがいま飲んでいるのを淹れたネルドリップ、現在タキトゥス工房で制作中のサイフォンがその代表になります」
ミーレスが洗っているドリッパーやドリップポットなんかを指さしながら説明した。
「ターキッシュコーヒーに必要なイブリックなどは構造も単純ですし作るのは簡単です。コーヒーの文化を教えて、その道具を見せれば簡単にまねできます。まねさせて、この世界にコーヒー文化が広まったところでネルドリップを教えるというのはどうでしょうね」
ターキッシュコーヒーはコーヒーの粉が残りやすいので、香りはいいが飲むとなるとちょっと不満が出る。
他の飲み方を知らないこの世界の人間なら「そんなものなんだろう」と我慢するだろう。
我慢して飲んで、コーヒーの効能を知り多少の依存状態になる者が増える。世界にコーヒーの文化が広まれば、どこかの誰かがまねをしてイブリックを売り始める。
安価で広めてくれるだろう。
そうなったところで、こちらはネルドリップ方式を伝えてドリッパーとドリップポット、それに適したネルを売り出す。
ドリップポットとネルはすぐにまねできるだろうが、ドリッパーには時間がかかる。
浮遊する粉が激減して、各段に飲みやすくなるのでコーヒーの愛好家はさらに増えるだろうし、こちらはすでに開発済みだから新方式を伝えると同時に、顧客に対してネルドリップ方式に必要な道具を売りつけられる。
追随しようとする者たちがドリッパーを作れるようになるころには、既存のコーヒー愛好家のほぼすべてに売りつけ済みの状態だ。
当然、やっとの思いでドリッパーを開発することのできた追随者たちは、作り出したものを売りたくて客層を広げようとするだろう。
一生懸命にコーヒーの愛飲者を開拓して増やしてくれるはずだ。
そうして裾野が広がり、コーヒーの文化が根付いたところでサイフォン式を発表する。
ネルドリップ方式までは仕組みも簡単だし、作る技術も難しくはない。
だが、サイフォンは簡単にはまねできない。タキトゥス工房以外にはそうそう作れないはずなので、独占的に販売が可能だ。
ガラス主体で作られる器具の見た目の美しさと、ポコポコと湧くお湯。上下するコーヒー液。演出効果抜群のサイフォンは注目のアイテムとなるだろう。
確実に売れる。
世界で唯一、サイフォンを提供できるとなれば、かなり儲かりそうではある。
っていうか、莫大な売り上げしか想像できない。
「・・・まねをして儲けを奪おうとする者たちを利用し、働かせて、一番うまいところは独占するわけですか」
呆れたような口調ながら、そこには明らかな笑いの微粒子が含まれていた。
あくどい! と言いたげだ。
「会議が終わったら、タキトゥス工房を訪ねてみましょう。そろそろ目途がついたころかもしれません」
「そうですわね。話をしてみる価値はありそうですわ」
なにかを考えているらしい顔で、マティさんは賛同してくれた。




