ドレス(旧手紙2)「書き直し済」
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とある作品のパクリと指摘されかねない部分を大幅に書き換えました。
今回はぎりぎりに帰ったので、すでにメティスとリリムとで昼食を用意して待っていてくれた。
いつも通りの、オレ的にはちょっと不満の残る食事を終えてダイニングテーブルに座ったまま、オレがコーヒー、ほかの者たちが安物の紅茶を飲んでいる。
紅茶は、コーヒーを手に入れられないと思っていたときにオレが買ったやつの残りだ。
ミーレスなどは、紅茶を飲む奴隷なんていないと主張していたが、オレはもう飲まないし、客が来ることもない家だ。捨てるよりはいい、と飲ませている。
「ご主人様、お手紙が来てました。メティスさんに」
菜園の様子を見るついでに、玄関にも寄ったのだろう。見れば、リリムの手には一通の手紙が握られていた。
宛先はメティスとなっていたようだ。
「はぁ・・・また、なのね」
メティスは手紙を読むと、溜息をついてこめかみを揉む。
「誰からの手紙だったんだ?」
「エレフセリア伯爵。この街の領主様よ」
領主から?
「な、なんで? メティスって実はお偉いさん・・・であらせられますでぉますごわす?」
お尋ね申し上げると、メティスはさらに深いため息をついた。
「そんなわけないでしょう? それなら・・・あなたに買われていないわよ」
呆れた目を向けられて、わかりきった現実を再確認した。
そりゃそうだ。
でも、なら、領主様直々に奴隷に手紙が来るのはなぜ? なわけだが。
「領主様の趣味っていうか、暇潰しへの招待状よ」
「・・・暇潰し?」
余計にわからなくなって頭を捻ってしまった。
暇潰しなんて、メティスにも奴隷にも無縁なものとしか思えない。
「領内の独身者を集めて・・・そうね。お見合いパーティみたいなことをするの」
おおっ!
素晴らしいイベントではないか?!
「また、て言ったか?」
ふと、気が付いて聞いてみる。
「ええ。4度目よ。14のときからね」
14って?!
と思ったが、口に出す前に言葉を飲み込んだ。
オレは15で4人もの奴隷を連れている。14歳で見合いなんて普通だろう。
ねぇぇやぁはぁ15で、嫁にぃいぃきぃー♪ だ。
「なんなら、あなたも参加してみる? 独身者で領内在住なら資格あるわよ。そちらたちもね」
ちらり、とミーレスたちにも目を向けて、メティスが笑う。
いつもの彼女とは違う。なにか黒い笑いだった。
「リリムはご主人様以外の男の人になんて興味ないです!」
うんうん。
リリムはいい子だ。
「私は、ご主人様のものです」
ものなんかじゃないぞ、ミーレス。
「お、おらだって! ご主人様にかわいがってもらえりゃそんでいいんだ。男は数じゃねぇ! 深さだで!」
なんの深さだ。なんの。
長さとか硬さとか大きさ、と言わなかっただけ良しとしよう。
うん。
「ご主人様に全て捧げましたからね。いまさら他の男性を受け入れるのはちょっと・・・」
な、なんか。アルターリアが微妙に揺れていないか?
「あ。申し訳ありません。昔は結婚というものにあこがれていましたものですから」
自分の言動に危うさに気が付いたようで、アルターリアが慌ててフォローを入れてきた。
まぁ、気持ちはわかる。
恋愛を意識し始めた矢先に、奴隷という道を選ばざるを得ない状況に置かれたのだ。諦めたことは、結婚以外にもたくさんあるだろう。
だが・・・。
「奴隷でもいいのか?」
「言ったでしょ? 独身者で、この街に住んでいればオーケーよ。4年前なんて、80歳のおじいさんが14歳の私に迫ったんだから」
呆れと怒りと嫌悪感を漂わせて吐き捨てる。
そうとうにイヤな思いをしたらしい。当然だけど。
「そっか。じゃあ、ちょっと出てみるか」
冷やかしと興味本位だが、実を言うと情報収集でもある。この世界の状況を知るには、いろんなところに顔を出すことは悪いことじゃない。
『異世界人』とバレなければ。
・・・あれ?
「もしかして、照魔鏡の確認とかあるか?」
商人ギルド帝国本部での騒ぎが思い起こされて、さすがにそれは困るぞと、自分で自分の手綱を引いた。
「ないわ」
オレの心配をよそに、メティスは首を振った。
「この招待状があれば参加は自由よ。何人でもね」
「そ、そうか。それは助かるな。でも、そんなんでいいのか?」
一応、街一つ預かる領主が開くパーティーなのだろうに、ずいぶんとアバウトというかフリーすぎる。
「昔はもう少し真面目っていうか、堅い感じだったのよ? だけど、奥様が無くなられてからというもの、ちょっと緩んじゃっているわね」
奥方が亡くなっているのか。
精神的に鬱が入りでもしたのかもな。
「あとは、娘さんが・・・」
ん?
「娘がいるのか?」
「ええ。一人娘で大切に育てられたものだから、ちょっとね」
ちょっとってなに?
気になるぞ。
「お父さんっ子なのよ。4年前に会ったときは彼女12歳だったけど、領主様の膝から下りもしなかったわ」
うっわ。それはすごいな。
パパっこかぁ・・・パパって呼んでもらいたい。
「・・・わかっていると思うけど、あなたその子より年下なのよ?」
パパどころか弟ですか?!
男のロマンが!
ずーん、となんか重いものに乗っかられた気分だが、まぁいい。
ともかく!
「パーティーに出席する! 全員だ、拒否は認めん!」
「・・・拒否できる人、いるの?」
頭痛そうに、メティスが突っ込んでくれた。
奴隷に主が命令しているのだから、否やを言う者などいるわけなかった。
「ちなみに、パーティーは明日よ」
・・・え?
「招待状が届いた翌日って、ずいぶんじゃないか?」
「毎年恒例のイベントになっちゃってるからよ。その気のある人は準備して待っているから。招待状って言っているけど入場券みたいなものね」
なるほど。
ほぼ祭り感覚ということだ。
行われる日付は固定、招待される人間もだいたい決まっている。
招待状は形式的なもので、あまり意味をなしていないのだ。
メティスの反応からもわかるとおり、興味ない人は無視する類のもので、そういう人の方が数も多いのだろう。
参加者が少ないので、招待状一枚で何人でも可。自薦他薦は問いません。飛び入りも歓迎。そんな感じなのだろう。
だが、そうなると・・・。
オレはミーレスたちを見た。
メティスは治癒魔法士としての正装があるが、彼女たちには迷宮服か普段着る作業用の服しかない。これでパーティーはないだろう。
「買い物に出かけるぞ」
迷宮での装備を外して、普段着になっていたミーレスとシャラーラ、アルターリアに声をかけた。
「リリムもな」
メティスの隣で、オレに抱き付く機会を狙っていたリリムにも声をかける。
「リリムもですかぁ?!」
飛び上がって喜ぶリリムをなだめつつ、玄関で普段用の靴――サンダル――を履く。先日オレの靴も完成したので全員お揃いだ。レディースとメンズでデザインはかなり違うが、もともとオレのなんてどうでもいい。
足に石が刺さらなければいいのだ。
玄関の扉は開けずに帝都の冒険者ギルドへと転移する。
服となるとその買い物は帝都に限るし、帝都で買い物をするのならリティアさんに聞くのが一番早い。
さて、その頃。
リティア・ハティールは頭を抱えていた。
「あったま痛いわぁ」
本気で嫌になる。
例の伯爵が嫌がらせのように・・・つまり完璧に狙って嫌がらせをしに、たびたびギルドにやってくるようになっていた。
それも突然来る、のではなくて先触れをよこしてから時間をおいてやってくるのだ。
そうすると、ギルドの上の方々からありがたくも、「仕事はもういい、ギルド内には居ないようにしろ。帰っていい」とのお達しが下りてきて、追い出される。
つい先日も、そう言われて帰り支度をしているところにハルカ君が来たので、せめてもの慰めにとくっついていった。
おかげで少しだけ豪勢な夕食にありつけたわけだが・・・つくづく自分は何のためにギルドにいるのかと嫌になる。
クエストの発注と受注、新規のギルド会員の勧誘と登録、その他の雑多な事務作業をこなすだけの日々が続いていた。
「ほかの迷宮情報の問合せすらない」
冒険者は、どこの街のどの迷宮にでも出入り自由なのだ。
だが、実際には自分の得意不得意や金になるのか安全なのか、迷宮に何を求めるかで最初のうちこそ迷宮を選びもするが、ひとたび定まればたいていは一つの迷宮に腰を落ち着けてしまう。
別の迷宮に行ってみよう、なんてことになるのは破格の報酬が約束されたクエストが出たときぐらいのものだ。
慣れた迷宮で探索をする方が、安全かつ確実に金が稼げる。
金が稼げているのに、無理をして他の迷宮に挑戦しようとは考えない。
だから・・・。
「案内人なんかいらないってのかぁ!?」
突然叫んでみたりするが、同僚たちは心得たもので、目を合わせようともせずに自分の机の書類とにらめっこを始めてしまう。リティアには決して視線を向けてこない。
根性なしどもめ!
ギロリ、睨み付けてやる。
「やめなよぉ。リティアは冒険者に幻想持ちすぎだよー」
栗頭の同僚が、爪を磨きながらのんびりと言ってくる。
「あんたは楽したいだけでしょうが!」
思わず首に手をかけて揺さぶってしまった。
そりゃ、楽をしていてお給料がもらえるなら、それに越したことはない。リティアだって、そう思わなくはない。
だけど、だけどである。
もう少し、社会に役に立っているという感じが欲しいのだ。
頼りにされたい。
感謝されたい。
一緒に問題を解決したい。
根が世話好きのリティアは、そういう欲求をどうしても捨てられないのだった。
「わたし、この仕事に向いてないのかしら?」
ため息とともに、呟きが漏れた。
ぴくぅっ!
目の前の栗頭が、激しく動揺した。
「な、なな、なに言ってますか? リティアはギルドに必要な人材ではありませぬか、でございますですよ?!」
「自分の仕事を押し付ける相手がいなくなるのが嫌なだけでしょうが?!」
自分勝手な言い草に思わず、栗頭めがけて手刀を叩きつけてしまった。
「リティアさんいますかぁ?」
そこに聞きなれた声。
振り向くと、ハルカ君が「やぁ」とばかりに片手を上げて立っていた。
「・・・今度は何を買いに来たわけ?」
カウンター越しに、ひんやりとした声が流れてきた。
なんか、リティアさんの機嫌が悪い。
「え、えっとですね。住んでる街の領主様のパーティーに出ることになりまして、彼女たちにそれなりの服を買おうかなぁっと」
ぴくくくくっ!
あー、リティアさんの口元がひくついている。
これは、叫ばれるパターン。
油汗が、額に浮きそうだ。
「はぁ・・・今度はパーティードレスかよ。どんだけだっつうの」
と思ったら、頭を抱えて溜息。
なんか、今日はおとなしい?
というか・・・。
「そうだ! もし仕事終わらせてあるのでしたら、これから一緒に服を買いに行きませんか? なんなら、リティアさんにも一着プレゼントしますよ!」
何となく元気がなさそうなので、景気づけにと言ってみた。
言ってみて、コンマ数秒で後悔した。
獲物を見つけたオオカミ。そんなような笑みを浮かべたリティアさんが、そこにいた。
「よろしい、ついてらっしゃい!」
手の動き一つで、「待ってろ」と指示をして数分後、さっそうと現れたのは赤いベレー帽を頭にのせたリティアさんだ。
「あの、それ・・・」
先頭切って歩き出すリティアさんを追いかけながら、言葉をかけた。
「ハルカ君が言ってたやつ。作ってみたんだけど、間違ってる?」
一瞬振り向きそうになったのに、すぐに顔を前に戻して聞いてきた。
心なしか声が硬い。
「いえ、すごく似合ってます」
白いブラウスに短めのエンジ色のスカート、そしてオレが作った靴。
って、あれ?
仕事用って言ってなかったか?
いや、それよりも・・・。
「作ったって、え? もしかしてリティアさん裁縫が得意、とか?」
そういえば、前にデートしたときの服。どこで手に入れたんだろうと思っていたけど、ひょっとしたら自作だったとかか?
「悪いわね、ガサツな女に不似合いな趣味で」
ジトっとした目で睨まれた。
「そんなこと言ってないじゃないですか。だいいち、リティアさんがガサツだなんて思ってないですよ。センスいいし」
少なくとも、オレの千倍はいい。
オレの千倍がどの程度かについては、いろいろあると思うが、な。
「・・・センス、いい? 本気で言ってる? このあいだ着てたみたいな変な服ばかり作ってるんだけど?」
あー、そうか。
周囲から浮いてるなぁとは思ってたけど、こっちの世界では変な服だったんだ。
やっぱり。
そうじゃないかと思った。
だって、どこに行ってもあんな服着てる人を見なかったもん。
みんな、チュニックとスカートかズボンだ。
「オレの世界では、ごく普通の服ですよ。このあいだ着てた服も、今のも」
「・・・え? そうなの?」
「はい。変なんじゃなくて、異世界の服です」
意味合いが微妙に誤解されそうだけど、間違いではない。
「なので、オレ的にはリティアさんの服装すごくなじんでますよ」
「・・・そっか」
ちょっと上を向いて、ふわっとした呟きを漏らしたリティアさんが、くるりと振り向いて、柔らかな微笑みをくれた。
ちょっぴり、元気が出たみたい。
「はい、到着! 貴族御用達、産着からパーティードレス、死出の旅装まで何でも揃う。老舗服飾メーカー『ウェスティール』よ!」
両腕を軽く広げて一回転。
テレビ番組で、お店紹介をするモデルみたいだ。
・・・見たことないけど。
なんにしても、女の子の服選びというイベントが発生した。
店内に入った途端、ずらっと女性スタッフが並ぶ。
「か、彼女たちにパーティー用のドレスを選んでやってほしい」
ミーレスたちが困った顔でオレの顔を見たので、背中に滝のような汗をかきながら用件を伝える。
「かしこまりました。お任せください」
売り場担当の責任者らしいナイスミドルが、折り目正しく礼をした。女性スタッフもそれに倣って頭を下げるのだが、線を引いたかのようにまっすぐにそろっていた。そして、下げられた頭が再び元の位置に戻るのと同時に女性スタッフが動き出した。
こちら一人に二人がかりでついて、ドレスを選びに掛かる。
・・・予算足りなかったらどうしよう。
ふと、頭にそれがよぎって震えが来た。
女の子の服は高い。
まして、パーティー用のドレスである。
日本円で、うん百万円級とか普通にあるかもしれない。
宝石付きのドレスとかそういうのも普通にありそうな気がする。なにしろ貴族御用達だ。ないとは言い切れない。
「一応聞かせてほしいのだけど、この店の一般的なドレスの値段はいくらぐらいですか?」
ドレス選びには加わらず、全体に目を光らせているナイスミドルの店員に恐る恐る聞いてみた。
「さようですな。通常ですと、一着7万から12万ダラダというところでございます」
とすると、五人だから・・・。
35万から60万。
「・・・なら大丈夫だな」
新しい家族は遠のくが、払えない額ではない。
安心する。
・・・350万円から600万円の支払いと聞いて、安心する日がこようとはな。
我ながら呆れる。
それはそうとして、異世界でも女性が服選びをして、男が待たされるというのはよくある光景のようだ。少し離れたところにテーブルと椅子が用意されている。
なので、そっちで腰を落ち着けることにした。
五人分だ。長期戦が予想される。
ドレスを見せられて、目をキラキラさせるミーレスたちを眺めるのは飽きないが、立ったままは足が痛むだろう。
「お客様、少々お話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
椅子に腰かけてボーっと、ミーレスたちの嬉しそうな、戸惑っている、そんな顔を眺めていたオレに例のナイスミドルな店員が話しかけてきた。
「あ、ああ。かまわないが?」
金の話以外で、オレに用はないはずだが? と思いつつも、時間はある。
断る理由もない。
「あちらのお嬢様方がお履きになっておられる履物は、どちらでお買い求めでございましょうか?」
履物・・・靴だよな。
「買ったものじゃないですよ。オレの手作りです」
「なんと?! 靴職人なのですか?」
「仕事にはしていません。技術はありますけど」
技術といっても半人前以下の、だしな。
ナイスミドルが、困ったように眉を下げた。
「実を申しますと、先ほどらい来店いただいておりますお客様から、あちらの靴が欲しいとの要望をいただいておるのです」
ああ。
こっちの世界にはないデザインだからな。目に留まりもするか。
で、そういうデザインだから、欲しいと言われても、この店には用意できない、と。
っていうか、ほかに客なんていたかな?
いや、それはいいか。
「失礼ながら、おつくりいただくことは可能でございましょうか? 一足、5千ダラダほどで買い上げさせていただきますが?」
一足、5千ダラダ。
かなりのぼろ儲けだ。
なにしろ材料費はタダ。
サンダルなので作る時間もそんなにはかからない。
空いた時間にちょこちょこ作るだけでいい。
欲しがっている客、というのが本当にいるのなら。
ナイスミドルの考えはこうだ。
今まで見たことのない靴を履いている客が来た。
新しい物好きの貴族マダムたちに見せたら、食いつきそうな斬新なものだ。
売れるかどうかはわからないが、可能性がある限り取り入れたい。
つくりは単純そうだ、一足手に入れればお抱えの職人が模倣して作れるだろう。
5千ダラダ程度なら、投資とも言えない安い買い物だ。
どうせどこの馬の骨とも知れない素人が相手、適当におだてておいて儲けは全部店のものとしてしまえ。
というわけである。
なかなか商売が上手だ。
元世界でこれをやったら詐欺に近いように思えるが、知的財産権なんて概念のない世界では、もちろんこれで通るのだろう。
オレが異世界人でなければ、もしかしたら乗せられていたかもしれない。
さて、どうしたものか。
一番楽でいいのは、このデザインの使用料を受け取って、オレが使用を許諾するというパターン。ただ、これだとどんなに売れても、それ以降はこちらに何のメリットもなくなってしまう。
売り上げに応じて、あとで利益を分けてもらうようにしたいところだが、誰がどうやってその金額を確認するのか、ということになる。
自分でやらないといけないなんてことになると、正直めんどくさくていやだ。
店側に一任、とか人を雇うというのもごまかされそうだし・・・。
「歩合契約をするのがよいと思いますわ」
悩み始めたオレの横にピタッと寄り添った人影が、そんなことを言い出した。
マティさんだ。
声と香りでわかった。
「歩合契約?」
聞いた瞬間から、なにを言おうとしているかは理解できた。問題は、この世界でそれが可能なのか? ということだ。
「ええ。照魔鏡に悪事を働くと赤く変色する機能があるのはご存知でしょう? それを利用します。ある契約を結び、その契約に違反したり不誠実なことをした時に、同様の変化が起きるようにする契約ですわ」
ああ、なるほど。
そういうことができるのか。
契約しても、それを監督する方法がないからなぁとか考えていたのだが、照魔鏡がやってくれるらしい。
「窃盗程度だと、照魔鏡は反応しないこともあると聞きましたが、正確に見抜けるものなんですか?」
不正の方法はいくらでもありそうだ。
「窃盗などは本人が無意識にやってしまうこともありますから確実性がありません。ですが、契約違反というのは「違反しよう」、「正確じゃないんだけど、これで通してしまおう」という『意志』がないといけませんので、ごまかしは利きません」
意志にも感情にも反応する照魔鏡ならではだな。
「オレィユ様。こちらのお方とはお知り合いでございますか?」
名前で話をしている。
帝都の名店だ。
商人ギルドの幹部の顔と名前は把握済みということか。
あ、そうか。
マティさんの勝負服はここの品なんだ。常連ってことか。
「ええ。私にとっては最重要の取引相手です」
そう言って、マティさんはにっこりと微笑んだ。
正面から見せられたナイスミドルがどう感じたかは知らないが、オレには背中が空寒くなる雰囲気をまとっているように感じられた。
おお。
ナイスミドルが、引き気味だ。
「わたくしが契約締結の代行をしてもよろしいですか?」
マティさんが聞いてくるのに、オレは「もちろん」とうなずいた。
タグを確認するまでもない。マティさんのことは信頼している。
理由もわかっている。オレが『異世界人』であることを知られないようにするためだ。
「では」
と、マティさんはナイスミドルを引きずるようにして、どこかに消えていった。
戻ってきたのは40分後だ。
ナイスミドルの姿はない。
「ハルカ様、カードを。データを転送しますので」
「ん? ああ、ありがとうございます」
そういえば、カード同士でデータの送受信もできたんだった。忘れてた。
カードを出すと、マティさんも自分のカードを出して、軽く振るような仕草をした。
「おお!」
振動が走った。カードを持つ指に。
表面に目を向ければ、何やら細かな文字がすごい勢いでスクロールしていた。
こんなに長い文の契約なのか!?
きっと、マティさんが微に入り細を穿った契約をしてきたのだ。
「これで契約は終了ですわ。4節に一度、店に来てくださればお支払いいただけます」
不就労報酬かぁ、ありがたい。
「数日中に靴の見本を渡していただかないといけませんけど」
「それはどうにでもなります。にしても、ずいぶんと作為を感じる偶然ですね?」
作為とは、マティさんがベストタイミングで出てきたことだ。
あまりにもタイミングが良すぎる。
「・・・さすがにばれますか」
物憂げに溜息なんてついて見せるが、演技だろう。
「オレ専属の見張りでも付けていらっしゃるんですか?」
「専属というのではありませんわ。商人ギルド内で重要と判断されている人物のリストというのがありまして、そこに載っている人物の動向がわかると担当者に即座に連絡が行くシステムがあるのです」
ケイタイやスマホはなくても、移動のタペストリーがある。
やろうと思えば、そういうことも可能なわけだ。
「冒険者ギルドから出たあと、この店に入ったとの知らせを受けまして、この店ならば私も多少顔が利きますので来てみたのです。そうしたら、楽しそうな駆け引きが行われているじゃありませんか。つい口を出してしまいましたわ」
「おかげで儲け損なわずに済みましたよ」
マティさんが来なければ、わずかな金額で売らされていたところだ。
「ところで、ここにいらした本来の目的は何なのですか?」
「実は、住んでいる街の領主主催のパーティーに呼ばれていまして、うちの綺麗どころに着せるドレスを買いに。・・・弱冠一名、違う人間も入ってるけど」
少し痛くなってきた頭を振る。視線の先で誰よりも上機嫌でドレスを見ているのが、誰あろう、リティアさんだ。
「オレの迷宮案内人です」
「あらあら、楽しそうなお方ですわね」
「いろんな意味でお世話になってるひとです」
本人に言うと付け上がりそうなので言わないが、世話になっているのは事実だ。
リティアさんがいなければ、買い物一つするのに何日も帝都を歩き回らなければならないかもしれないのだから。
「わたしも、そんな風に言っていただきたいものですわ」
「もちろん、マティさんにもお世話になっていますよ」
「そうですか?」
疑わしそうに顔を覗き込んでくる。
オレは答えなかった。
「・・・そういうことにしておきましょうか。では、これ以上はお邪魔でしょうから、失礼いたします」
答えなかったオレをどう見たのか、マティはふわっと頭を下げて出ていった。
「どっちがいいと思いますか?」
マティさんが店を出たのと入れ替わるように、ミーレスがやってきた。両方の腕にドレスをのせている。
来た。
と身構える自分に手綱を付けて押し留める。
男女交際における、ある意味最初の試練と聞き及ぶイベントが発生した。
ここで、それらしい理屈を言って責任を回避したうえに、ミーレスが求めている答えを返そうと気を回すのはよくない、と思う。
二つに絞ったということは、そしてこうして聞いてくるということはどちらもいい感じなのだが、どちらにも何かしら気に沿わないところがあり、決めかねているということだ。
正直、目の前で広げられてもどちらがいいかなんてわからない。
というか、どこが違うんだろ?
どちらも青をベースにしたドレスで、違いがあるとすれば・・・。
必死に目を凝らしてみてみたが、よく分からない。
右のが背中、左は胸元が大きく開いているのかな? という程度でしかない。
たいがい、こういうときは6・4の割合で答えは決まっているだろうから6の方を選べれば問題はないとは思う。
しかし、それを彼女の態度から推察して気を遣うのは『残念』な対応となりかねない。「わたしが何を着るかなんて興味ないのね」ということになるかも。
なので・・・。
「オレはこっちのを着ているミーレスが見たいかな」
自分の趣味で答えた。
胸ではなく背中側が開いているほうだ。
胸の大きさは服の盛り上がりと、谷間で見ればいい。
背中の美しさは服越しにはわかるまい。
ミーレスの、流したミルクのような肌を見せつけるにはいい服だ。
「そうですか? こっちの方は、縫製はしっかりしていていいんですが、色はちょっと濃くなりすぎるかなと思っていました」
「そ、そうか。そのぐらいの方がミーレスの肌が映えて綺麗だと思うけど」
うん。そんな気がする。きっと。
「そうですか。ご主人様がそうおっしゃるのでしたら、わかりました。こちらでよろしいですか?」
「うん。いいと思う」
「ありがとうございます」
その後、シャラーラとアルターリア、リリム、そしてなぜかリティアさんのも選んだ。
シャラーラは純白と薄桃色を持ってきたので、即座にピンクを選んだ。結婚式でもあるまいに、純白はない。オレ的に。
こっちは胸元を大胆にカットしたタイプで、スカートも長さが合わせてあってなくて斜めになって片足を露出する形になっていた。
アルターリアには襞がたくさんある長スカートのドレス。色はごくわずかな発色の新緑色。袖がなく、かわりに長手袋をはめるようだ。
リリムは途方に暮れていたので、店員がさかんに進めていた水色を却下して黄色いのにした。リリムに水色は落ち着きすぎる。
なによりきれいな新緑色の髪が変な色に見えてしまう。
黄色がいいだろう。
露出は少なめだ。
最後のリティアさんだが・・・。
「えっと・・・それでいいと思います」
紺色のビシッと決まったフォーラムスーツ。
って、もう着てるし。
ん? ふつうは試着するものじゃないのか?
リティアさんがおかしいんじゃない、逆だ。
ミーレスが着ることなく持ってきたことを不思議に思ってしまった。
試着するという発想がなかったか、そもそもこの世界にその考え方がいまだないのか、奴隷の身で万が一にも汚したら大変ということだったのか。
まぁいい。
プロがついていたんだ、サイズが合わない服を勧めたりはしないだろう。
ちゃんと細かな調整もしてくれているはずだ。こんな立派な店を構えていてその程度のこともしないということはないだろう。
店の看板に泥を塗ることになりかねないからな。
「じゃ、会計してもらおうか」
会計してもらうと、財布代わりの布袋は予想したほど軽くはなっていなかった。
意外と安かったようだ。もしくは靴のことと、マティさんの知り合いということでかなり値引きしてくれたのか、だ。
新しい服にご満悦のリティアさんと別れたあとは、もう一つ、店に寄る。
装身具を扱うあの店だ。
「これはこれはお客様」
いつものように、雰囲気はお堅い銀行員なのに、ときおりおそろしく端的な物言いをする店員が迎えてくれる。
「明日、彼女たちを連れてパーティーに出席する。奴隷という表示をするためではなく、美しく飾るのによさそうな装身具というのがあれば見せてほしい」
最低限必要な情報を伝えた。
「もちろんございますとも。宝を飾るための宝が装身具でございます」
うん。それを理解してくれていることが、彼のいいところで信じるに足る部分だ。
「『レフレクトチョーカー』というものがあります。首に巻くと上下に光を反射して顔やドレスを明るく引き立てます」
モデル撮影とかで見る、レフ板の役割をするチョーカーということらしい。
「奴隷や娼婦などをパーティーに同伴して、見せびらかすのがお好きなお金持ちによく売れる品物です」
それは余計な情報だ。
金持ちどもと一緒にするな。
と言いたいが、金持ちどもの気持ちはよくわかる。
だが、オレは自分の虚栄心から彼女たちを見せびらかしたいのではない。彼女たちの美しさを世に知らしめたいだけだ。
問題は・・・。
「五人分買いたいが、いくらになる?」
メティスにもつけさせたい。
せっかくの晴れ舞台なんだから。
「お客様にはごひいきいただいておりますので・・・」
店員が金額を示してくる。
即座に支払った。
金貨を並べる時には足りないかも、とつい弱気になったが足りた。銀貨が金貨よりも多く山を作っていたが金額はぎりぎり、財布が空にならずに済むだけの金額で収まった。
これでよし、服と装身具の用意は万全だ。
家に帰ると、ミーレスたちはドレスを大事そうにクローゼットにしまった。財産という意味では、ドレスも装身具もオレのものらしいが、そんなことはどうでもいい。
彼女たちのものとして預けておく。
大きめのクローゼットを買っておいてよかった。
メティスだけちょっと複雑な表情で礼を言っていたが、これは仕方ないだろう。
「さて」
診療所側にある自室に引っ込むメティスを見送って、オレはミーレス、シャラーラ、アルターリア、リリムを見つめた。
「脱げ! 人様の目にさらす前に、オレが自ら磨いてやる」
厳かに、力強さをもって命令した。
ここは主としても晴れ舞台。妥協はできない。
「はいっ!」
ミーレスたちはちょっと驚いた顔をしたあと、大きな声で返事をして、嬉しそうに微笑んだ。
そのあとは全裸に装身具を付けただけの彼女たちを、ベッドの上で一人ひとり念入りにチェックをし、浴室に行って丹念に磨き上げた。
翌日の朝食後に、もう一度磨き上げる。
寝汗をかいたかもしれないからだ。
パーティーは昼過ぎからなので、時間はまだある。
思わず押し倒したくなる肉欲へと、毎秒ごとに金づちを打ち落としながら耐えた。
そして、昼前に全員で家を出る。
オレは、以前リティアさんからもらった青色の上下を着た。メティスは正装の修道服。ミーレスとシャラーラ、リリムが昨日買ったドレスを着る。
もちろん、メティスにもきっちり『レフレクトチョーカー』を着けさせている。できることなら、メティスのことも手ずから磨き上げたかった。
それだけが無念だ。
五人で並ぶと、実に華やかで輝いて見える。
ミーレスたちは昨日買ったドレス、メティスは治癒魔法士用の法衣にオレが預けてある『シャクジョウ』を手にしていた。
法衣と杖、で一つのセットということなのだろう。
尼さんが尼服を着ているのに、十字架を首に下げていない状態では様にならないのと似たようなものだ。
実際、杖を持っていると心なしか表情が引き締まってかっこいい。
主のはずのオレが、下男にしか見えないなどという些末なことはどうでもいい。
ミーレスがオレにも何か服を、とか進言してくるが、オレの服なんぞにかけるような金があるなら、彼女たちに使うに決まっている。
街の大通りを歩く。むろん彼女たちを前に出して、しゃなりしゃなりと歩く姿を後ろから堪能した。これで彼女たちの同意がなければ、ただのストーカーだ。
思わず顔がにやけてしまう。
「・・・・・・ついたわよ?」
街の北、その一角にあるやたら大きな領主の館。
門の前に立つ騎士に招待状を渡して、中に入る。招待状を受け取った騎士が、ろくに見もしないで横に置いた箱に投げ入れていた。
セキュリティは大丈夫なのか?! ツッコみたくなるが、迷宮を遠ざけることに成功している街だ。きっと平和で治安もいいのだろう。
若い女性に案内されて、館の中に入っていく。
騎士団でもメイドとかでもない。なんか、どこかの学校の生徒がボランティアで案内役をしている感じがする。
タグを開いてまで確認はしないけど。
歩きながら、建物の様子に目を向けた。
木の床に漆喰の壁。
あまり装飾にこだわってはいないようだ。
見栄えよりも安全性に考慮した質実剛健な屋敷といった様子がある。
あ、そうか。
貴族間の交渉事とかは城で行われるのだ。
館は領民との行事用。
城が首相官邸や迎賓館なら、館は公民館といった所だと考えればいいのだ。
それなら、この雑さも理解できる。
案内されたのは、ちょっとしたホールだ。
結婚式場、とまでは言わないが、ホテルぐらいの豪華さとスケールがある。各所に丸テーブルがあって、料理が並んだり積み上がったりしていた。
立食式のパーティーだ。
席が決まっていたのでは、せっかくの出会いの場が狭くなるからな。
「これは、素敵なお嬢様がた!」
「あなた方に会うために、今日は駆け付けました!」
「あちらで、ゆっくりとお話でも!」
会場に入ったとたんに、ミーレスたちを男どもが取り囲んだ。
無理もない。
オレもこの場にいただけの有象無象の一人なら、遠巻きにして熱い視線を送っていただろう。だが・・・残念!
全部、オレんだ!!
『適当に相手しとけ。ただし、耳に入った情報は覚えといてくれよ。あとで報告してもらうから』
ミーレスに指示をする。
ちょっと不満と不安を顔に出してオレを見ていた目が見開かれて、真剣みを帯びて小さな頷きを返してきた。
オレの思惑を理解してくれたようだ。
シャラーラとリリムにはそういう任務は無理だから、たぶん、アルターリアと手分けして情報収集に当たってくれるだろう。
「とりあえず、街の名士がいたら教えてくれ。挨拶くらいしておきたいからな」
囲みからメティスだけを何とか引っ張り出して、耳元に囁いた。
ちょっぴりうんざり顔のメティスと連れ立って、ホール内をうろついていく。
街の名士を、と思ったのだが、「独身者」限定ではなかなかうまくはいかないようで、めぼしいのは見つからなかった。
こっちは空振りだ。
メティスを連れているせいか、オレは女の子に囲まれたりしなかったしな。肩書も金も見せてないオレが貧相長きにしか見えないせいという可能性も、少しはあるかもしれない。
・・・つまらん。
「お、お姉ちゃん?!」
だいたい一回りし終えたかな、というところで、素っ頓狂な大声が耳に突き刺さった。
びっくりして目を向けると、今まさに肉の大きな塊を皿にのせようとしていた女の子がこっちを見て目を見開いていた。
なにか、見覚えがあるような?
「クレア!」
疑問に思っていると、メティスも目を見開いて相手を見ている。
まるっきり同じような顔・・・と。
ああ、妹だ。
これだけ似ているんだ。他人の空似ということはないだろう。帝国にいるという妹さんだ。クレアって名前だったのか。
タグを開くと、【クレア・セルディア 女 16歳 戦士Lv23】とでる。
ふーん。メティスの姓ってセルディアだったんだ。奴隷になると家名というか姓の部分が無くなるようなので、今まで知らなかった。
「うっわ。めっずらしい! お姉ちゃん、一度しか参加してなかったんじゃなかった?」
最初の一回で懲りて、そのあとは一度も出てきていなかったのか。
そういえば、領主の娘のことも「四年前に会ったとき」って言ってたよな。そのあとは参加しなかったから会ってないのか。
「そういうあなただって、どういう気の吹き回しなの? 騎士になるのにお見合いって」
「あー!! 違う違う!!」
クレアが寒くなるほどの勢いで、手を振った。
「騎士学校の実務研修! 帝国内の騎士団で実際に働くの。騎士団って言われても、私はエレフセリアのおじさましか伝手がないでしょ。ダメもとで訪ねてきたら、クレミーちゃんの護衛と祭りの警備の手が足りないっていうから、そのまま着任したってわけよ」
貴族をおじさま呼ばわり、それに伝手、ねぇ?
問いかける視線を向けてやると、メティスが眉を逆立てて顔を寄せてきた。
「うちの父、昔は伯爵様のパーティーメンバーだったことがあるのよ。母は奥様と親友だったしね。だから、伯爵様からは親戚並みの扱いをしていただけてるわ。と言っても、あくまで一般レベルの話で政治的に何かをしてもらったことはないわよ」
プライベートで家族のように接してもらっているが、公の場では領民の一人でしかなかったということだ。
少なくとも、治療院の運営を助けたり、メティスの借金をどうにかするような援助をしたりはしたことがない、と。
「クレア? 知り合いなの?」
鳥のもも肉を両手に持った茶髪の女の子が、ひょこっとばかりに顔を出して聞いてきた。
「お姉ちゃんなの。街で治療院やってるんだ」
振り返ったクレアは、突き出されたもも肉を一本受け取りながら答え、今度はこっちに向きなおる。
「お姉ちゃん。この子、わたしの同期でマローネ。今度、クレミーちゃんの護衛に付くことになったのよ」
受け取ったもも肉で指し示して、紹介してくれた。
「マローネです! 騎士学校の成績悪くて、卒業きつそうだって言われたんで中退して、ここの騎士団に見習いとして入れてもらうことになりました!」
元気よく教えてくれた。くれたのはいいが、そんなこと言わなくても・・・。
「そんなことは言わなくていいんだってばっ!!」
「あう!」
慌てたようにクレアがツッコミを入れている。ちゃんと右手の甲で胸をべしっと。
角度といい、勢いといい。見事だ。
「それはそうと、お姉ちゃん? こちらの人は?」
もも肉が、今度はオレに向けられた。
探るような、ちょっと期待しているような目が、オレとメティスのあいだを行き来した。
「手紙にも書いたでしょ? うちを借りてくれてる冒険者よ」
感情のない声でメティスが答える。
クレアの眉が寄った。
「この人が? ずいぶん若いよね。しかも・・・男だよ?」
「女だなんて書いた覚えないし、若さは関係ないわ。家賃はきちんと払ってくれているわよ」
相変わらず堅い声で答えるメティスに、クレアが不審そうな目を向けて、口を開け・・・。
どっぐぉぉぉぉん!!
爆音が鳴り響いた。
床が振動で揺れている。
なにかが爆発した?!
悲鳴と怒号が飛び交う中、もも肉を持ったままのクレアとマローネが人混みを走っていく。オレとメティスもすぐ後ろに続いた。
爆心地にはすぐにたどり着いた。
真っ赤な炎に包まれて立っている少女と、ぶすぶすといぶって転がっている男が、人垣の向うにいる。
「いったいなにが・・・!」
言いかけたクレアがあんぐりと口を開けて固まった。マローネがその肩にへたりついている。
「・・・クレミーちゃん」
呆然とした声はメティスのものだ。
どうやら、あの燃えているのが、噂の領主の一人娘クレミーちゃんらしい。
「クレミー、落ち着いて!」
白髪の少女が、燃えているクレミーに縋り付いて、炎を消そうと躍起になっていた。
だが・・・。
「燃えてないよな」
呟きが漏れた。
その燃える少女は、確かに炎に包まれているものの、燃えてはいなかった。
奇妙な光景だ。
「自分の魔法で傷つく魔法使いはいませんよ」
背後から声がした。
「あんな魔法あるのか?」
振り向かなくてもアルターリアだということがわかるので、面前の光景から目は離さずに聞く。
「意識的なものではないでしょう。暴走しているのです。彼女、おそらくですけど炎の精霊と相性が良すぎるのだとおもいますよ。だから、燃えていないのに消えないんです」
火は燃えなければ消える。
全身を包んでいながらクレミーを燃やさずにいる炎がなぜ消えないか。精霊の仕業以外にはありえない、ということだ。
「消すにはどうしたらいい?」
「あの白髪の女性が言っている通りですよ。彼女自身が落ち着けばいいんです」
なるほど。
「それより、危ないのはあの男性のほうです。まだじわじわと燃え続けていますよ。あちらの炎なら、わたしのウンディーネで消せます」
「なら、消してやってくれ」
いうが早いか、半透明な小さな人型が、てててっと走っていって、倒れている男に覆い被さった。
じゅっ! などと音を立てて、男の各所から煙が上がる。白い煙だ、それで火が消えたことが分かった。
「メティス。治癒魔法をかけてやれ」
声をかけておいて、アルターリアに視線を向けた。
「ウンディーネ越しに治癒魔法使うと問題あるか?」
「ありません。そもそも治癒魔法と水の精霊は親和性がありますから」
『治癒魔法の威力をわずかでも底上げする可能性はあるか?』
人の目を憚って『伝声』で聞いた。アルターリアは少し考えて、頷いて見せた。
高くはないが可能性はあるということだ。
男のそばで片膝をついたメティスが、『シャクジョウ』を構える。
ウンディーネと『シャクジョウ』をもちいての治癒魔法。効果の大きすぎる治癒魔法が使われたとなったときの言い訳には十分だろう。
メティスがそこそこ優秀なうえに、親和性のある精霊の助力と、魔法効果を引き上げてくれる『シャクジョウ』があったから、世界に二人しかいないとまで言われるような治癒魔法士にも劣らない治癒をもたらすことができたのだ、と。
「なにがあった!?」
そこへ、慌てた様子の中年男性がどかどかと走ってきた。
「伯爵様だ!」
マローネがつぶやいた。
どうやら彼こそがイベントの主催者、街の領主にしてクレミーの父親、エレフセリア伯爵その人であると知れた。
【ディッケン・トアラ・エレフセリア 男 44歳 魔導士Lv12】
思っていたより若い。
「こ、これは・・・」
惨状を見て、絶句している。
「い、一体。なにがあった?!」
周囲の人間に、掴みかかる勢いで詰問し始めた。
「私、見てました!」
そう言って手を上げたのは・・・アダーラちゃんだ。
アダーラちゃんの言葉によると、黒焦げになっている男が白髪の女性――クレミーの世話係兼護衛の修道女シェリィ――をナンパしようとしたのだそうだ。
シェリィはなるべくやんわりと拒絶しようと努力していたようなのだが、男の方はかなり強引で下劣な方法でまとわりついた。
その姿に怒髪天を衝いたクレミーが、文字通り爆発して、こうなったと。
それだけではない。
シェリィにまとわりついくその前。下品な言葉で口説こうとして、嫌がった女性二人組を平手で殴っていたことが暴露された。
その二人が、「治療なんてしてやんなくていいよ!」と言ってきたのだ。
彼女たちの頬には、確かに赤い痕があった。かなり強く叩かれたようだ。どう見ても酒による悪ふざけの域を軽く超えている。
それを確認した周囲の人間から、焦げ男への心配の色が消えた。冷ややかな視線が向けられるようになったのだ。
焦げて当然!
そんな空気が、その場に漂った。
「愚か者が!」
苦虫を1ダースまとめて噛み潰したような声が、吐き捨てられた。
エレフセリア伯爵の後ろから来た、少し若い男だ。健康が心配になるような、今にも死にそうに見える青白く痩せこけた男だ。
「弟は助かるか?」
焦げ男のそばに片膝をついて、『シャクジョウ』を構えるメティスに声をかける。
集中しようとしていたメティスが、チラリと視線を送って息を吐いた。
「命は助けるわ。でも、火傷の跡とかは完全に消えないかもしれないわよ?」
「自業自得だ。命が助かるなら、火傷の跡など残ってかまわん」
低温で冷淡な口調ながら弟を心配そうに見下ろして、焦げ男の兄らしいのが空間保管庫を開けた。なにやら紙を出して、文字を書き込んでいる。
「治療代だ」
無造作に紙を地面に投げた。
誰に渡せばいいかわからなかったのだろう。
当のメティスは治癒魔法を行使している最中で、手が離せないし。
仕方ないので、オレが拾っておいた。クレアも拾おうかと迷っていたようだが、クレミーのそばにも駆け寄りたいし・・・という感じだったので。
紙は証書だった。
額面七十万ダラダの小切手だ。
七十万ダラダ。円で換算して七百万。
そうとうに高額だと思うのだが・・・焦げかけた人間の治療費ならそんなものかもしれない。この世界に国保はないだろうからな。
人工皮膚の移植、抗生物質の大量投与、自前の皮膚再生手術などなど、よくは知らないが火傷治療の最高位のものを使うなら千万単位の治療費がかかってもおかしくない。
それが七百万。
一割負担なら七万円。
妥当なところだ。
ウンディーネ越しで、より青く見える魔法の光が焦げ男を包む。
周囲にどよめきが広がった。
ケロイド状になっていた皮膚が、キレイに治っていく。
黒焦げ部分なんて、まず焦げが剥がれ落ち、赤い肉が見えたかと思うと見る見るうちに皮膚が再生されて色が薄くなり、本来の色に戻るのだ。
・・・七十万では安かった気がする。
それくらい見事な治癒が行われた。
「ぁ・・・」
火傷のある個所と状態とに目を配っていたメティスが、小さく声を上げた。
周囲にいた人たちが、何事かと視線を追い・・・。
爆発した。
笑い声と悲鳴が。
最も大きく燃えていた部分、それは胸元と・・・『アソコ』で・・・。
炭化した服がウンディーネの中に浮き上がり、『アソコ』が丸出しになってしまったのだ。
下着も炭化していたから、『アレ』が完全に露になった。
焦げかけていた赤い『アレ』が、修復されていくのだが・・・いい感じにやけてふっくらと腫れていた『アレ』が修復されると、白くてちっちゃいものに変化していく。
始めに目に入ったのがふっくらしていた分、かなり貧祖になってしまったように見える。
しかも、命の危険に瀕していたことで種族保存の本能が働きでもしたのか、健気にも半立ち状態になった。
皮をかぶった白い芋虫が、一生懸命に頭を持ち上げてゆらゆらしている。
か、かわいい・・・ブフ!
胸の色素の薄い『二つの点』も含めて、なんかすごくかわいらしい。
傍観していた男性は爆笑。
少しは経験を積んでいそうなお姉さんたちは半笑いで『アレ』を指さして、隣にいる同じお姉さんな人と「ねー」をやっていて、若い子たちはガン見しながら悲鳴を上げている。
同情に堪えないのは、その状況にあって、どうやら焦げ男も意識が回復したらしいことだ。目を見開いて、自分の痴態を見、何とかしようとするのだが・・・。
『動きは封じておけ』
ウンディーネがそれをさせない。
透明な膜で抑え込んで晒し者状態を維持する。
アルターリアがちょっぴり頬を染めて、抗議の視線を送ってくるが無視した。
女の子に手を上げる。それも下品な口説き方をして嫌がられた腹いせに、痕が残るほど強く、だ。そんな男に同情はいらん。
さっきまで泣き怒りの顔をしていた二人の女の子が、泣き笑いになっている。
それだけでも、晒し者にした甲斐はあったというべきだ。
「完治したわよ」
アルターリアと同じく、抗議の目で、メティスが見上げてきた。
澄んだ瞳が罪悪感を持たせてくる。
あ、なんか癖になりそう、かも。
しかたない。
合図して、ウンディーネの束縛を解かせる。
元焦げ男がわたわたと立ち上がって、兄だという男が手渡した上着で、股間を抑えて逃げていった。
兄も、軽く会釈して立ち去っていく。
エレフセリア伯爵が、何とも言えない表情で会釈を返していた。
さて、と。
周囲の目が別の人物に向けられた。
燃えていた少女、クレミーは肩で息をしてはいるが落ち着きを取り戻したようだ。全身を包んでいた炎も消えている。
「落ち着きましたか? やりすぎですよ!」
白髪の子が、困った顔で叱った。
助けてくれたことへの感謝もあるのだろうが、だからといって相手をいきなり丸焼きにしてしまうのは・・・まぁやりすぎだわな。
「でも、でも・・・だって・・・」
赤毛の少女が涙ぐみながら、なにか弁明を試みたが言葉にならない。
「シェリィ、そんなことは自室でやりなさい。ここはいい。とにかく出て行け」
エレフセリア伯爵が、事務的な口調で言う。
「ぁ」
クレミーにだけに集中していたシェリィが、周囲の状況に気付いて、うなだれた。
「申し訳ありません! 失礼します」
娘とその護衛は、マローネともども会場を出ていった。
「・・・すまなかった。助かったよ、メティス。腕を上げたね。見事な治療だった」
立ち去る娘たちをちょっと寂しそうに見送って、伯爵はメティスにねぎらいの言葉をかけた。なんか、誇らしげだ。
親戚の娘って感覚があるせいだろうか。
「いいえ。伯爵様。お礼ならこちらに」
そう言ってメティスがオレを引っ張り出して、伯爵の前に押し出した。
「この『シャクジョウ』は彼のものですし、私が治癒する前に患者の炎を消してくれたのは彼の仲間なのですから」
手でアルターリアを示して、説明していく。
腕が上がったのは実力ではないのだ、と強調しようと必死だ。
そばでクレアが、なんかすごく驚いて、オレとメティスを見比べている。
「そうなのかね? 君がそう言うならそういうことなのだろうが・・・」
伯爵がこちらを見る。
「しばらく前から、メティスの自宅に居候させてもらっている。冒険者のハルカ・カワベです。この度は、この街に住み始めたことの挨拶も兼ねて参加させていただきました」
最初の思惑とは違ってしまったが、街の名士への挨拶はできたことになる。
これで完全に顔と名前は憶えられたはずだ。
スッ、と伯爵の目が細くなった。
瞼の奥で、真剣なまなざしが光る。
それで何を見たのか・・・。
「パーティーはこのまま続ける。だが、メティスは疲れているだろう。どうかね、一度メティスを家まで送ってやってから、また来てくれんか? 私もときには、若い冒険者と話してみたいしな」
穏やかに言ってきているが・・・目がちっとも笑っていない。
領主様が功労者を讃えている場面。そう見せておいて、「腹割って語ろうやないか? なぁ、あんちゃん」と脅しをかけてきている。
さすが、迷宮を遠ざけた猛者なだけのことはある。
「わ、わかりました。そうさせていただきましょう」
メティスに手を貸して立たせてやりながら、そう答えた。答えないわけにはいかなかった。なにを話したいのか、なにを聞きたいかは知らんが、ここで逃げても何かしら理由をつけて呼び出されそうだ。
なら、変に逃げるより、正面から当たってしまう方がすっきりする。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
オレとは逆の手を取って、クレアが姉の顔を覗き込む。
さすがに黒焦げの男の治療は体力と魔力を消耗したようだ。メティスは蒼い顔をしていた。少しふらついてもいる。
「伯爵様。私もついて行っていいですか?」
クレアの問いに伯爵は「もちろんだ」との答えなので、二人でメティスを支えて歩き出した。
本音を言えば、クレアがいなければ転移で簡単に家に行けるから逆に邪魔なのだが、断る理由を探すのが大変なので仕方がない。
『情報収集を続けてくれ』
ミーレスに一言残して、会場を後にした。
治療院の方から入って、寝室に向かう。
ここまでの道を、オレとクレアでメティスを支えて歩いてきた。
その間中、クレアは無言だったが姉とオレとを観察し続けていた。
たとえば、メティスが呉兄ではなくオレの方に多く体を預けていることとか、オレがメティスの歩調に合わせてゆっくり歩いていることとかだ。
メティスのオレへの信頼度や、オレがメティスを大切にしているかどうかの指標を得ようとしてのことだろう。
明らかに、小姑としてオレという男の査定を始めている。
そんなわけで、オレはかなり迷った。
寝室に行く途中で、入院患者用のベッドにメティスを寝かせるべきではないかと。
そうしなければ、メティス愛用のベッドが、オレたちと同じ寝室にあることが知れてしまうからだ。
だが、実の妹が姉愛用のベッドをわからないはずがない。
不審を買わずにはいられないだろう。
ならばと寝室まで運んだ場合。少なくともオレと同じ部屋で寝ていることがばれる。
・・・寝るときは仕切りをしていることにでもするか。
それも苦しいな。
「え?」
寝室まで来て、メティス愛用のベッドを見つけたクレアが、声を上げた。
部屋の反対側にはベッドをいくつも繋げた巨大な寝床が見えている。
オレとクレアに支えられていたメティスが、ここでようやくマズいと思ったのか顔をオレの方に向けて、クレアから逸らした。
「えっと・・・これって、つまり・・・えー? すごく親しそうだなっては思ってはいたけど・・・ここまで?」
顔を逸らした姉を、しばし呆然と見つめたクレアはブツブツと呟きだした。
・・・なんとなくわかる。
手紙で近況を伝える際、オレに家ごと奴隷として買われた、などとは書けないメティスがオレのことをどう書かなければならなかったか。
家を丸ごと借り受けてくれて、お金に余裕を持たせてくれている人。
経済的に、ちょっときつくなってきていたメティスの窮状を救ってくれた恩人。
そんな風に書いたはずだ。
おそろしく分厚いオブラートで実態を包んだ内容になるだろう。
「えっと・・・つまり、ハルカさんとお姉ちゃんって付き合ってるんですか?」
「つ、付き合ってなんかいないわよ!」
うん。買われただけだ。
付き合ってはいない。
「でも、お姉ちゃんはそういう関係じゃない男の人と、一つ屋根の下で生活してるの? ・・・・これって同棲だよね」
頭を捻っていたクレアが、ふと思いついたようにそんなことを言った。
「っ・・・!」
同棲。そっぽを向いていたメティスが、ピクリと震える。
そして、メティスはクレアの顔を見て、口をパクパクとさせながら、なにかを言おうとしては逡巡している。明らかに慌てている。
「そ、それは・・・その・・・」
メティスはクレアになにも言えないでいる。
しかも、メティスはこちらに視線を向けるなり、目が合うと慌てたように視線を逸らして顔を伏せた。
「ハルカさんもここに住んでるんでしょ?」
クレアが今度はオレに聞いてくる。
「それどころか、いつも一緒の部屋で寝てるってことですよね?! たぶん毎晩」
否定のしようがなかった。
ここに来るまでの間、廊下を歩きながらクレアは各部屋のチェックもしていた。どのベッドにも生活感がないことに気付いたはずだ。
つまり、メティスの寝床は今もこの愛用のベッドで、それはつまりオレに丸ごと貸しているはずの家のこの寝室という結論になる。
想像してみてほしい。
賃貸マンションでもアパートでも、もちろん一軒家でもいいが、借りて住んでいる人のところで大家が寝泊まりする、なんてことがあり得るだろうか。
あるわけがないではないか。
下手に否定すれば、どんどんと言い訳が苦しくなっていくだろう。
「ま、まぁ。そうなるな」
「ですよね! それってつまり、そういう意味なんじゃないんですか!?」
いずれそうなることは決定済みだ。
猶予期間が終われば奴隷として扱うことはメティスも理解している。そうなれば、さらに何日かの猶予があるにしても、オレがベッドに誘わずにおかないわけがないのだ。
リリムが来た日。
メティスがベッドをこっちに移した理由の一つは、リリムが心配だったというのもあるが、自分自身に対してそういう環境に慣れないといけないと教え込むためでもあったろうと思う。
あのときオレが気になっていたこと。階下の部屋にいて、オレとミーレスやシャラーラとの行為が聞こえていないはずがなかったという事実。それを考えれば、ベッドを移すという行為はそういうことだ。
「・・・なんだ、お姉ちゃんもちゃんと女してるじゃない! まだ中性だったらどうしようかなって本気で心配だったのに」
クレアは口に両手を当てながら、嬉しそうな声を出す。
まあやることはちゃんとやれていないのだが、メティスの都合で。
一応、フォローしておくか。
「誤解するなよ。メティスがこの寝室で寝ているのは、オレとそういう関係だからじゃないぞ」
まだ、な。
「うちにリリムって子がいてな、かなり重篤な時期があった。で、その看護をするためだ。病室で一人は嫌だと言ったので、みんなでここに寝ることにしたのさ」
まるっきりの嘘ではない。
そもそものきっかけが体力的に弱っていたリリムを、すぐにでもオレが抱きはしないかと疑ったことであるのは事実だし。
「そ、そうよ・・・べ、ベッドは違うし・・・! ほ、本当に何もないから! っ・・・そ、それよりも、領主様に失礼がないようにしなさいよ! これから戻るんでしょ?」
おお、必死に誤魔化しにかかってるな。
「んー、だとしても、お姉ちゃんが男の人と同じ部屋で寝るって・・・。普通の女の子の感覚で行くと『もうすること済ませた仲です』にしか思えないんだけど」
探るような目でクレアが言う。
「だ、だからっ、そんな関係じゃなくて・・・!」
慌てたメティスが必至だが、クレアはなぜかうれしそうだ。
「まだ、でしょ? お姉ちゃんの価値観だと、そういう気が全くない男の人に寝姿なんて晒さないじゃない。今だってべったりくっついてるし―?」
しかも、なんだかオレとメティスにくっいてほしそうでもある。
つまり、これは家族公認ということか。
なんだか、だんだんとメティスの外堀が埋まっているような気がする。
前提がすごく間違っているんだけどな。
「まぁ、ハルカさんとお姉ちゃんじゃ釣り合わない感じもしますけど。お姉ちゃんの意思は尊重しますから」
なんか、上から目線なんですけど。
それに、からかいすぎたせいか、メティスは溜息をついて俯き気味だ。
疲れている。
「もう・・・。人の話聞かないんだから」
「えー?! 聞いてるよー? ハルカさんは、その気あるでしょう?」
もちろんだ。
だが、ここで肯定はできんな。
「ま、その話はあとで、な。まずはメティスを休ませないと」
「あ・・・うん。そうですね」
メティスをベッドに座らせて指摘する。
クレアもそこはすぐに納得して、引いてくれた。
「オレたちはしばらく向うにいる。少し遅くなるかもしれないが、なにもしないで寝ているようにな」
食事の支度とかもしなくていい、という意味だ。
「・・・わかったわ」
領主の館まで、クレアと並んで歩く。
「冒険者、でしたよね? どのあたり・・・あー。何階層ですか?」
聞きそうになったのは「どこの迷宮の何階層か」なのだろうが、それは冒険者の秘匿情報だ。公表できるものではない。
なので、少しだけ機密性の劣る「階層」にまで譲歩してきた。
ようは、オレの力量を探りたいのだ。
「今いるのは13階層だな」
「13・・・うーん。微妙」
なんか渋い顔をしている。
オレの年齢的にそんなものかぁ、と思いつつ大好きなお姉ちゃんの相手ならもうちょっと上にいてほしい。そんな感じ。
ただし、階層=実力ではないから、何とも言えずにいるのだ。
「言っておくけど、必死に頑張って登って13ってことじゃないぞ。その都度、欲しいドロップアイテムを狙って迷宮を変えていて、今いるのが13なんだぞ」
この世界の迷宮のシステムから言って、階層はあまり意味がないとわかっていながら、オレはついつい言い訳をしてしまった。
「あー。いえ、実力がどうとかで文句を言うつもりはありません。ただ・・・お姉ちゃんの稼ぎを当てにするようなヒモなら斬りますよっ・・・てだけです」
いや、余計ひどいような。
「まぁ、そんな根性の男なら、お姉ちゃんがまともに相手するわけないんで大丈夫でしょうけど」
引いた顔をしていたらしい、オレの顔を見てクレアはニッと笑った。
「えーっと、改めまして。メティスの愚妹のクレアと言います。16歳です。帝国騎士学校の三回生。 現在はエレフセリア騎士団に出向しての実地研修中の身です」
歩を止めて直立不動になると、真顔で自己紹介をして頭を下げた。
「ハルカ・カワベ。15歳。冒険者ギルドに所属している冒険者だ」
オレのほうも自己紹介をするが、当然、言わないことと言えないことがあるので、ひどくそっけなくなってしまった。
「・・・なにかありそうですね」
それに気が付いたのだろう。少しだけだが顔を険しくしてオレを見ている。
「でも・・・たぶん、それも承知で、お姉ちゃんは一緒にいるんですよね。お姉ちゃん、騙されやすい性格しているくせに人を見る目は確かだから」
うんうんと自分で言った言葉に自分で頷いている。
メティスへの信頼が厚いことはよくわかった。
「でも15・・・って、私より年下じゃないですか! なのに、お義兄さんになるかも、なのかぁ・・・・」
うーん。と唸って歩き出した。
結婚はしないから、たぶん義兄にはならない。
こっちの世界の家族法がどうなっているかは知らないけど。
「まぁいいです。しばらくこの街に居ますから、休みの日とか遊んでくださいね」
にっこり笑うと、クレアは一人走り去った。
道の先に領主の館が見えているが、そこにはいかず、裏の方へと回っていく。
騎士団所属だからな、自分のことにばかりかまけてもいられないのだろう。




