あげぱん
ミーレスの言葉通り、4人いると作業がすごく楽で速い。
昼まで時間がありそうなので、昼飯もオレたちで作る事にした。
実は、材料が山ほどある。
まず、つくし。
春になるとポコポコ出てくる野草だが、じつは食べられる。普通、畑仕事がここまで進む時期には姿を消すものだが、残っていたので全部摘んできた。
『つくしの卵とじ』、にしてしまおう。
水できれいに洗い、はかま部分を茎に傷をつけないように丁寧に取り除く。
この作業をすると指先がしばらく黒いままになる。ので、オレの仕事だ。彼女たちの指先を黒ずませることなど許さん。
などと張り切って挑もうとしたのだが・・・。
「す、すごいな・・・」
恐れ入ってしまった。
ウンディーネさんがやってくれたのだ。
自分の中に取り込んで、もにゅっ、もにゅっ、と揺れるとそのたびにはかまと黒いものがつくしから遊離して一か所に集められ、切り捨てられる。
この作業、手でやると何度も水を替えなくてはならなくて大変なのだが、実に簡単に片づけてくれた。
きれいになったら、タップリの熱湯でゆでこぼす。
その後、水にさらして30分置くか、何度も水を替えてアク抜きを・・・ウンディーネさんがしてくれた。
ぎゅっと水気を絞って、ざく切りに。
鍋にだし汁を入れて軽く味付け、20分ほど蓋をして煮る。
今のところこのだし汁というのがないので、塩と酢だけのシンプルな味付けだ。酢もビネガー。言葉通り、ワインから作られたやつ。
たしか、『ブドウ酒』と『酸っぱい』の合わさった言葉がビネガーだったと記憶している。ビールから作ると違う言葉になったはずなのだが、こちらは覚えていない。
米から作った酢ではないので、風味が違ってしまうかもしれないが、それならそれでもいい。
煮終わったら火を止め、溶き卵を入れて蓋をする。卵が半熟程度に固まれば完成だ。
引き続き、次はフキの煮物。
フキは葉っぱが丸く大きいので、野にあるとすぐに目に入る。
地域によって草丈15センチ程度のものからメートルにまでなるものまであるが、ここでは15センチほどのものがちらほらと群落を作っていたので、葉っぱはその場で切り落として肥料の足しにしつつ茎だけをとってきた。
生えている場所によって、茎が赤かったり青かったりするが、一般的には青いのが上物とされる。種類としては同じものなのだが、吸い上げる水によって違うんだと爺さんは言っていた。
不純物の量や質の問題なのだろう。
葉を落とした断面が綺麗なエメラルド、根本は白いという極上品ばかりで、ちょっと嬉しい。
下準備として茹でるわけだが、まず茹でる鍋の大きさに合わせて切り、まな板の上で塩をまぶして、手の平で転がすように板ずりをする。この手間を惜しむと、きれいな色に茹で上がってくれないので必ずする。
伽羅蕗のように濃い味付けにするなら別だが、薄味で彩を楽しむなら絶対にやるべきひと手間だ。
鍋にたっぷりの湯を沸かし、塩がついたままのフキをしんなり弓状に曲がるまで茹でる。
冷水にとって薄皮を剥き、5から6センチの長さに切る。
ダシや酒、みりんなど(うちでは市販のめんつゆを使う)を鍋に入れて煮立たせ、5から6分煮たらフキをいったん取り出して、だし汁をそのまま2から3分煮詰めて冷ます。冷めたら、フキを入れて1から2時間浸けて味をなじませる・・・が、やはりダシがない。
ダシをとるためのものもない。
味気ないが、塩味で我慢する。
醤油すらないのだからしょうがない。
・・・醤油か、大豆があればいいんだよな。
それと、米糀。
どうすれば手に入るかがわからん。
採取できた野草は他にもある。
フキノトウやヨモギ、ぜんまいとかのびる、などなどがあったのでそっちは一括して油で揚げてしまう。
これなら油がありさえすれば簡単だ。
水洗いして水気を取り、小麦粉をまぶして揚げるだけ。味も塩でいける。
いまさらだが、この世界で見かける植物は地球上のものと変わりないらしい。だいたいが日本でも見かけるものばかりだ。
ちゃんとタグで確認している。
もちろん、全部ではない。
見た目はよく知っている物なのに、進化しすぎたのか、逆に進化しなかったのか別の名前に変わってしまっている植物もあった。
それは見た目まったく同じものでも、手を出していない。
また、元世界のものと同じ名前でも、タグの深度を下げると微妙に違うものがあるのにも気が付いている。
見分け方は簡単。
説明文が漢字と平仮名のものは、オレが知っているのと同一のもの。
全部、または一部がカタカナなのはどこか違うもの、だ。
ただ、あまり見知らない植物でありながらちゃんと説明文のあるものもある。
なぜだろう?
と疑問に思ったが、タグを展開することで答えは知れた。
なんのことはない『レマ・ティコス』で食べたことのあるものだ。
どうやら、オレの能力『オブジェクションリーディング』があると、一度食べた料理を材料があれば再現できてしまうらしい。
オレに、それをやるだけの技量があれば、だけどね。
「お、おいしそう、です」
パチパチと心地よい音を立てて揚げられていくてんぷらを目で追っていたミーレスが、喉を鳴らした。
香ばしい香りも手伝って、食欲をそそられているのだ。
「こういう料理って見たことはある?」
聞いてみたら首を振られた。
「肉や魚でなら、油で揚げるという調理法も知っています。ですが、野菜・・・といいますか、その、草をというのは聞いたこともありません」
草、か。
野草を食べるという発想がないのだろうか?
「オラの村では、野草料理あるだで。食えるのは知っとった。けんど、油で揚げるなんて贅沢はできねがっだなぁ」
と思ったら、シャラーラが食べる発想はあることを教えてくれた。
「あー、なるほどほるほど」
わかった。
ミーレスは貴族の血族で軍人だった。
上流階級の人間なので、そこらで採れる『雑草』なんて食べる機会がなかった。
シャラーラはどこかの村落の出身。いわば下流の人間だ。
そこらにあって食べることのできる野草は、当然食べていた。ただし、野菜や野草を潜らせることができるほど油を大量(贅沢)に使う料理なんでできるわけがなかった、と。
そういうことだ。
中流最高!
一億総中流の日本人でよかった。
野草の天ぷらが揚がったので、ついでに・・・。
「パンも揚げるのですか?」
昼食用に置いてあったパンを引き寄せると、アルターリアが驚いたような声を出した。
この世界には揚げパンはないのか?
・・・ちがう。
砂糖が高いんだ。
思い出した。
祭りに綿菓子がないような世界だ。
主食のパンに甘くなるほどの砂糖をまぶすなんて考えもつかないことなのだ。
以前食べたメティス手製のクッキーも、あまり甘い感じがなかった。素材の甘味だけで、砂糖が入っている感じを受けなかった気がする。
「まぁ、楽しみに待ってろ。きっと気にいるから」
甘いものが嫌いな女の子などいまい。
なんて言うと、昨今ではセクハラ扱いされるかもしれないが、アレルギーがあるとか何かしらのトラウマでもない限り『嫌い』と言い切る女の人はいないと思う。
パンを油に放り込み、菜箸代わりの木の棒で突っついて固さを感じるまで揚げる。
その間にボウルに砂糖(少し黒っぽい。たぶん貴重なので、不純物を完全には取り切っていないのだ。取り切ろうとすれば当然砂糖も減るから)をシャラーラが目を丸くするほど投入。
揚がったパンをそこに転がして全体にまぶせば完成だ。
つくしとフキの煮物に野草の天ぷらと揚げパン・・・取り合わせとしては「?」だが、まぁよかろう。
「甘い匂いがします!」
テーブルに並べていると、メティスとリリムがダイニングに入ってきた。
ちょうど昼時らしい。
そういえば、さっきロック鳥がロック調で鳴いていた。
治療院にいて、聞こえたのだろうか?
「お砂糖をずいぶんとたくさん使ったんじゃない?」
少し責めるようなニュアンスを孕んで、メティスがオレを見た。
この世界の常識からすれば一般的ではない使い方をした、オレへの抗議だろうか、でもここの主はオレなので金を何にどれだけ使おうと文句は言えない、言わせない。
「文句は食ってから言え、熱々のほうがうまいからな」
揚げたてを突き出して、言ってやる。
「文句はないけど」
言う資格ないけど、と。
メティスが席につき、ほかの者たちも座った。
全員がテーブルに着いたところで反応を見る。
ご主人様を差し置いて、とか言い出すミーリスがいるのでオレが真っ先に揚げパンにかじりついて見せて、だ。
反応は。
「・・・・・・」
全員そろって無言だった。
ただひたすら揚げパンを食べている。
一口齧ってはゆっくりと咀嚼、物惜しげに飲み下して、余韻を堪能するように一時停止、また一口小さく齧って・・・を繰り返した。
そ、そこまでか?
まぁ、オレ自身ちょっと懐かしくなって、じぃぃぃぃんと来てはいるけど。
元世界では別に食べたいなんて思ったこともない食べ物だが、それでも、もう一生食べれないものと覚悟していた元世界の食べ物が再現できたのはうれしい。
揚げパンを食べ終えたあと、フキの煮物を食べさせる。激甘なものを食べたあとだから味気ないだろうが、その分鮮烈な苦みが感じられていいだろう。どうせ塩味だけでダシの旨味とかないんだから、てんぷらに行く前の箸休めでいい。
てんぷらもどちらかと言えば苦みが先に来る。
しかも野草尽くしだからなおさらそうだ。
野草のそれぞれ微妙に違う苦みに香り、小麦粉と油の甘さ、サクサクとした食感が口の中に広がる。
そして、最後につくしの卵とじ。
これまたシンプルな料理だ。
ダシがちゃんとしていれば、それが技として光るのだが残念。塩味だけだ。でも、てんぷらの油でちょっと重くなった口には、そのさっぱり感が逆にいい。
うん。
一見「?」な組み合わせだけど、こうしてコースで食べるとこれはこれでまとまっているかも。
・・・翔平には絶対に爆笑されるだろうけどな。
「どうかな? 口にあったか? 忌憚なく意見を言うように! 命令だ!」
軽―い口調で聞いてみる。
「おっいっしっいっでっすっっっっ!!!!!」
開口一番。
リリムが叫んだ。
うお?!
オレの鼓膜を破る勢いだ。
ちょっとビビった。
シャラーラが首が取れるのを心配したくなる速度で頷いているし、ミーレスはベッドでも見たことのない恍惚とした顔でボーっとオレを見つめていて、アルターリアに至っては涙している。
いや、喜んでもらえたのはわかるが、なにもそこまで。
! そうだ。
ここはうちの常識人、メティスさんの御意見を!
と、メティスに目を向けると。なんかすごく幸せそうな顔で、皿を見つめて「食べさせてあげたい」なんてことを呟いておられる。
どうやら帝都にいる妹さんにでも届けてあげたいとか考えているらしい。
砂糖が貴重な世界に、揚げパンは刺激が強すぎたのだろうか?
ちょっと反省する。
彼女たちが全員通常モードに戻ったのは、オレが自分でネルドリップコーヒーを淹れ終え、一口飲んだあとのことだった。
盗賊どものもとから持ってきた『月の雫』という名の、灯下範囲の広い魔力灯を、ダイニングの天井キッチン寄りに設置した。
料理をする時の明かりになるだろう。
ランプだけではやはり暗い。
そのあとで、リーズンと待ち合わせしたセブテントの冒険者ギルドに一人で飛ぶ。
ミーリスたちはキッチンの後片付けと、盗賊どもの血で汚れた装備品の手入れ、それと植え付けたばかりの苗への水やりをしているはずだ。
ミーレスはが賊に襲われた直後でもあるせいか、警護すると言ってきかなかったが説得して振り切ってきた。
「おはやいですね」
冒険者ギルドに出たオレにそう言ったのは、すでに一時間くらいそこに立っていたような様子のリーズンだ。
嫌味か!
と思ったが、そういうことでもないらしい。
事実、待ち合わせよりかなり早いのだ。
「すぐに移動しますが、よろしいですか?」
こっちに選択権を与えようとしているようでいて、まったくこちらの都合を考えていないような気もする。微妙なニュアンスが気になったが、年上の男相手に立ち話や、ましてお茶などする気はないので、小さく頷いて了承を与えた。
「短剣の買い取り金額の件、というお話だったと思いますが、どちらへ向かっているのでしょうか?」
城へでないのは間違いない。
方向が違うし、それなら城で待てばいいことだ。
どこへ連れていこうというのだろうか。
「お金で買い取る、となりますと正直いくら出せばいいやらわからないのです。なにしろ、公爵夫人の家に数代にわたって受け継がれた宝刀ですからね。安すぎれば夫人の面目を潰しますし、高すぎれば公爵の懐が痛むわけでして」
「なるほど」
骨董品や美術品なんて、金銭的価値はあってないようなものだ。確実な指標なんてない。値段を付けろと言われても、それは困りもする。
「そこで、物々交換を考えました」
「物々交換?!」
予想していなかった答えだ。
「私の知人が武器専門の鍛冶工房をしています。そこで、武器を一つ作ってもらってください。代金はこちらで持ちますので」
ああ。
そういうことか。
理解した。
武器一個と、武器一個を交換する。というわけだ。
等価であるかはわからないが、等量交換ではある。
かなり、ムリがある気がしなくもないが、理屈としては間違ってない。
リーズンについて歩くうちにメインストリートからはどんどんと離れ、ちょっとばかり薄汚い地区へと辺りの景色が変わっていった。
「ここです」
そうして、さらに奥まった、すすけた家の前で、リーズンは立ち止まった。
「はぁ・・・」
そして、なぜか重々しくため息をついている。
「相変わらず、掃除の一つもする気はない、か」
すすけ、玄関前は枯葉が吹き溜まり、いたるところにクモの巣が張った家を見て、頭を抱えている。
どうやら、知り合いと言っても「顔見知り」とかではなく。「仕事上の」でもない相手であるようだ。個人的、そしてプライベートな関係・・・か?
それも少しずれている気がするな。
「久しぶり。珍しいね、訪ねてくるの」
なにやらふんわりとした口調の声がする。
蝶番が上側一つ外れて傾いでいる扉が開いて、少女が出てきた。
冬の早朝の空のような藍色の髪が、高く結い上げられているにもかかわらず、地面に触れそうなほど長い。相当長い期間、伸ばしているのだろうと思う。
それに、身長が低い。
オレの腹くらいしかないから、リリムよりも低いことになる。
誰だろう?
『シュミーロ・ラリス・アクラネツヤ。ドヴェルグ族貴族。23歳。鍛冶師Lv33。セブルテメント鍛冶師連合非常勤理事』
23歳?!
アクラネツヤって、確かリーズンの・・・。え? まさか・・・。
「シュミーロ・ラリス・アクラネツヤ。私の母方の叔母の娘です」
ふー。
妹とか言われると思ったよ。
いや、でも。
23歳?!
「ドヴェルグ族の血が濃いせいでこんなですが、23歳です」
「ユミ―でいい」
23歳?!
「ハルカです」
「おおっ」という顔をして、オレを指さしてきた。
「同じ長さ」
名前がか!?
名前の長さが同じだからなんだ?!
「とにかく、外で話すのもなんですので」
リーズンがそそくさと割って入って、傾いたまま揺れている扉を支えた。
今のうちに中へ、ということらしい。
「用、なに?」
樫だろう木に何重にも漆を塗ってあるらしい重厚な造りの作業机で、ほとんど隠れてしまいながらユミ―が聞いてくる。机のこちらからだと結い上げた髪しか見えない。
と思っていると、結い髪がくるりと回って・・・椅子が少し座面を上げたらしい。顔が見えた。
部屋の中は外観からは想像もつかないほど清潔だった。
いや、違う。
汚されていなかった。
つまり、生活感がなかった。
この家の主は、きっとこの部屋以外で生活している。
「説明はしておいたはずなのですけどね」
頭の痛そうな声を、リーズンが噛みしめた歯のあいだから絞り出す。
「そお?」
クリクリの黄色い目をぐるりと回して、ユミ―はあらぬ方向に視線を向けた。
記憶をさかのぼっているらしい。
ぽん!
しばしの間が開いたあと、やおら手を打つ音がした。
「武器、作る」
大きく頷いた。
「い・・・」
なにかを言いかけたリーズンをオレは制した。
この手の人間には覚えがある。
父の職人仲間にもいた。
家に来ても、ほとんど口も利かずにリビングに座っていたものだ。
だけど、彼は父の仕事場では態度が違っていた。
この女性もきっと・・・。
「オレの武器を作ってもらう、代金はリーズンさんが払う。ほかに何か確認することはありますか?」
リーズンに聞いた。
「いえ、ありませんが」
よろしい、頷くと何も言わずに部屋を出た。
タグとカンで作業場があるだろう場所を目指す。
すぐに小さな体がオレを追い越して先に行く。オレはそれを追った。
リーズンも少し遅れてついてくる。




