盗賊
翌朝。
ミーレスたちもともなってコレニ―を訪ねる。
ちゃんと『綿花』の塊を80個用意していた。
「おー。綺麗どころ連れて交易かよ」
ヒューヒュー、などとはやすコレニ―の頭に拳骨を落としつつ。カーゴトランクに荷物を入れるようミーレスたちに指示を出す。
ザーッと確認したが、質は落としていないようだ。
代金を支払い、取引は終了・・・なのだが。
「知り合いか?」
明らかにガラの悪いおっさんたちに取り囲まれてしまった。
数は十人で、こっちの倍。
武装もしている。
と言っても、この世界では全く武装していない人間なんて、まず見ない。目の前のコレニ―でさえ、見えるところに一本。見えないところにも一本。合わせて二本の短剣を持っている。
武装しているかいないかで、善良か悪党かは見極められない。
タグには「盗賊」と出ていたりもするが、普通は判断が難しいところだ。
それに「盗賊」だからといって、すぐに敵と判断することはない。こいつらだって見境なく襲ったりはしないだろう。
そんな不用意な奴らなら、あっという間に討伐されているはずだ。
もっとも、この状況だ。
コレニ―の「お知り合い」でないとすれば、目的はほぼ確定だろう。
で、コレニ―は真っ青な顔を左右に振った。
うん。
確定だ。
「そんなもんを買っていくほど景気がいいんなら、ちょいとばかし俺たちんとこからも買って行ってくんねぇかな?」
「そうそう。なにも全部とは言わねぇんだ」
見るからに愛想笑いとわかる歪んだ笑みを浮かべ、下手に出てのセリフ回し。
傍目には、いかついおっさん労働者が、手持ちの商品を捌こうとしているともとれる態度だ。ミーレスたちも不審そうにはしているが、警戒はしていない。
「ほぉ、なにを売ろうというのかな?」
「いろいろと取り揃えている。オレらがねぐらにしているとこまで、ご足労願いてぇ」
ふーん。
自分たちの領域に連れ込んだうえで男は惨殺、女はおもちゃ、か。
わかりやすい。
オレと交渉している男(盗賊A)以外が、誰のなにを見ているかを見れば一目瞭然だ。
気付かれないと思っているのだろうか?
二流だな。こいつら。
「場所は? 遠いのか?」
「『移動のタペストリー』がある。すぐさ」
懐から、巻かれた布を出してみせる。確かに『移動のタペストリー』だ。
自分たちのアジトにつながるもので、その向こうでは十数人の仲間が待ち構えている。・・・ということらしい。
男の脳裏に、そんなイメージが浮かんでいるのが見えている。
「その前に、金を用意しなきゃならんな。そういうことなら」
「へへ。そりゃそうだ。気に入るものがたくさんあるはずだからな」
あからさまな欲望のにじむニタニタ笑いで男が合いの手を入れた。
「壁を借りるぞ」
コレニ―に言って、もうずいぶん使っていない廃坑行きの『移動のタペストリー』を壁に掛ける。
「ああ、そうだ。金庫を開けるのに手伝いがいると助かる。何人か貸してくれるか?」
中に入りかけた足を戻して振り返った。
この世界の金庫がどんなものか知らんが、重くてでかい扉とかはありそうだ。手伝いがいた方がいい、というのはそんなに奇異なことではないだろう。
「ああ、もちろん。かまわねぇさ」
ゲスな笑みを深めて、その男自身と、もう一人(盗賊B)がついてくることになった。
当然だが、廃坑は相変わらず薄暗い。
もちろん、ここにはもう銅貨一枚も残っていない。
以前、調べてみたが周辺にもなにもなかった。
山師が少し掘ってみたものの、途中で引き揚げたものらしい。
迷宮もあるような世界では、よほど大きくて質の良い鉱脈でないと価値がないのではないだろうか。
盗賊の金の隠し場所としては役に立ったのだろうけど。
「奴隷たちにも秘密の場所でな。絶対に安全な金蔵だ。親父の遺産がうなってるぜ」
薄暗い洞窟という場所に、いささか気味悪そうにしている盗賊どもに言ってやる。
その途端、盗賊どもの目がギラついた。
オレみたいな年端もいかねぇような奴が、大金を持っていることに理由を付けてやったわけだ。しかも、 今ならその親父の遺産とやらを全部手に入れられる、との幻想もくれてやった。
さて、どう出るか?
「もう二、三人連れて来た方がいいんじゃねぇかな」
うかがうような態度と声で、そう言ってくる。
今の段階で、金を持ち出すことを考えているらしい。
ここを金の隠し場所にしていた盗賊と同じようなことを考えているのだ。
アジトに戻って、仲間たちのいるところでこの『移動のタペストリー』を手に入れようとすれば目立ってしまう。金のありかに続くものだとバレれば、分け前が減る。
今なら、多くても10人だ。
外の奴隷たちはここのことを知らない。
この場でオレを取り押さえて金のところまで案内させる。そこでオレを殺してタペストリーを奪い、女たちは何かしらの理由で言いくるめればいい。
アジトの仲間は、女がいれば文句を言わないだろう。
バカな盗賊が考えそうなことだ。
「そうだな。入口は開けたままにしてある。呼べばいい」
『移動のタペストリー』は移動時には移動者の魔力を大量に必要とするが、一度開いたゲートを維持するのには魔力消費が少ないので、そんなこともできる。
「ああ」
盗賊Aがタペストリーから半身を出して、仲間を呼ぶ。
その間に。
「・・・?!」
盗賊Bが目を剥いた。口はオレの左手が抑えている。右手に握った柄を通じて、心臓の鼓動が一瞬だけ感じられた。
長剣を抜き取るのと前後して、盗賊Cが入ってくる。
同じように胸に剣先を埋めてやった。
盗賊Bの上に重ねるようにして突き飛ばす。
盗賊Dが入ってきて、薄暗さに目を慣らそうとしている。
状況が見えたのだろうか、目を見開いた。
が、遅い。
その時にはもう、オレの剣が一閃して胸を突いていた。
斬った方が早いし楽なのだが、斬ってしまうと返り血が飛ぶ。こんな奴らの血を浴びるなんて嫌なので、突く攻撃に終始する。
「てめ!?」
声がした。
さすがに突いていたのでは間に合わなかったようだ。盗賊Eが剣を抜こうとする。オレの剣はまだ盗賊Dの胸に突き立ったまま。
盗賊Eが笑みを浮かべ・・・そのまま倒れた。
胸には盗賊Dのダガーナイフが刺さっている。
自分の剣を手放して、盗賊Eの剣を抜く。
声が聞こえたのだろう、盗賊Aが振り返ったところに突き出した。胸に吸い込まれるように突き刺さる。
自分の剣を回収して、タペストリーに飛び込む。
外に飛び出すと、真っ先に目についた盗賊Fを斬り捨てた。
返り血を浴びなくていいように、斬ったのは胴体部だ。首筋だと出血というより噴血することがあるが、胴体部なら服の布地もあることで噴血はない。
『盗賊だ。倒せ!』
『伝声』で、ミーレスたちに命令する。
命令しつつ、一番近くにいた奴に斬りかかった。
向うはまだ何が起きているか全くわかっていない。反応が遅れた。
ガッ!
肋骨に当たったような音がしたが、かまわず振り切る。
盗賊Gも倒れ、辺りを見回すと盗賊は全滅していた。
「死体の処置を頼む。身包み剥いでくれ、向こう側のもな。どうせたいしたものは持ってないだろうが、無駄にすることはない。死体はタペストリーの向こうに捨てていいぞ」
魔力回復のポーションを飲みながら指示を出した。
廃坑はもう処分でいいだろう。
「この辺は盗賊が多いのか?」
目を丸くしているコレニ―に話しかけた。
一瞬、びくっと身を震わせたが、こちらに向けてきた目におびえはない。
「多いよ。食うのに金かかんねぇし酒もある。ちょっぴり金があれば、抱かせてくれる女も多いしね」
ああ、なるほど。
食費と酒代を考えれば、ここは確かに楽園だ。
何もしないで食って寝て、たまに女を抱く生活がしたいならいいところなのだろう。
「そのちょっぴりの金は、お兄さんみたいなカモを見つければ手に入るし」
商品の買い付けに来る商人をたまに襲っているわけだ。
つまり・・・。
「ちょっと派手に買付しすぎた、か?」
「・・・ごめん」
探りを入れると謝ってきた。
先日の金で、周辺の同業者から『綿花』を買い付けたのだ。そのうえ、今後もしばらく買う契約を結びでもしたのだろう。
盗賊の鼻に金の匂いを届けてしまう程度の派手さで。
「まぁいい。次からは気を付けろよ」
言って、途中だった支払いを済ませた。
「ご主人様。終わりました」
ミーレスたちが戻ってきた。
装備品と、カード、それにタペストリーを運んできている。
回収した装備品を、最近八個になった空間保管庫にしまい込んだ。カードもひとまとめにして布袋に入れて放り込んでおく。
そして、アジト行きの『移動のタペストリー』を壁に掛けた。
ゲートを開けて、振り向く。
「アルターリア。魔導士の魔法に範囲魔法はあるか?」
ないわけないよな、と思いながら聞く。
「ございますが?」
やっぱりね。
「入る前に一発放り込んでおいてくれ」
『移動のタペストリー』を指さす。
ああ、なるほど。という顔をしたアルターリアが一瞬考える仕草をしたあと、小さく腕を動かした。
「『フルメンファルクス』!」
ズバン!
黄金色に輝く、三日月形の刃。おそらく雷撃の鎌だろう魔法が、タペストリーに撃ち込まれた。
「いくぞ」
剣を抜いて飛び込んだ。
窓のない空間。
『月の雫』という名前の魔力灯が天井から白色光を降らせているので明るさは十分だ。
室内には気を失って倒れている者たちと、オレたち同様たった今ドアから出てきた者たちとがいる。
全員盗賊だ。
「全員盗賊だ。遠慮はいらん」
剣を振りながら、声をかける。
「承知いたしました」
ミーレスが華麗な剣さばきで、斬りかかってくる盗賊を斬り伏せている。
「シャーっ!」
歯を剥いて威嚇しながら、シャラーラが軽快なフットワークで盗賊どものあいだを跳ねまわる。
「罪悪は滅びるのみ」
静かな呟きに、濃厚な殺意を乗せて。アルターリアが振るうエストックとマンゴーシュが朱に染まる。
そもそも、罠を仕掛けて多数で囲まないと悪事も働けない連中だ。
駆逐するのに手間はかかなかった。
わずかな剣劇が繰り広げられたあとは、狭い空間に死者の沈黙と生者のうめき声が満ちるのみであった。
「あ。これは・・・」
そんななか、ミーレスが驚いたような声を上げた。
振り向くと、今まさに盗賊から装備品を回収しようとしていたミーレスが、一本のレイピアを手に、震えているところだった。
「どうした?」
歩み寄りながら聞く。
「・・・」
驚きすぎて、オレの声が聞こえていないらしい。
目を見開いたまま、瞬きもせずにレイピアを凝視している。
「ミーレス?」
少し強めに声をかける。
細い肩がビクッと動き、ミーレスの顔がこちらに向いた。
視線がオレの顔を撫でるも、それはいつものミーレスの目ではなかった。鋭く尖った視線の奥で、瞳は色を失い。死んだようなどろりとした闇が見える。
「ミーレス?」
もう一度呼ぶ。
パチ、パチ、と二、三度まばたきがされ、目に光が戻った。
「ご主人様」
かすれた弱弱しい声。
思わず抱きしめた。
「大丈夫か?」
そっと聞く。
「はい。ご心配をおかけしてすみません」
答えは返すが、その声はいまだに震えている。
「そんなことはいい。なにがあった?」
逡巡する気配が伝わってくる。
タグを開きたくなる気持ちを必死に止めた。
そんなことで、信頼は得られない。
「この剣は、母が使っていたものです」
レイピアを握り締めた手を見下ろして、話し始める。
「ある一団と争いになり斬り結んだ歳、重傷を負わされ。剣は相手に奪い去られました。母は、その時の傷がもとで命を落とし、一族は復讐に燃えて逃げた一団を追ったのですが・・・返討ちにあい全滅しました。帝国軍人として、任務に就いていた私だけを残して」
思わぬところで、ミーレスの一族の敵と出くわしたということか。
それにしても、やはりミーレスは軍人だったのだ。
「剣技に長けた母や父を殺してのけた手練れのはずなのに・・・」
その剣を持っていた壮年の盗賊を見下ろす。
髪の生え際には白いものが目立ち始めてはいるが、確かに精悍な顔立ちをしていて、剛の者、という印象を受ける。
一対一で正面から戦うことなど考えたくないタイプの男だ。
「アルターリアの攻撃魔法にやられたんだな。すまん、敵討をさせてやれなくて」
自分の剣でけりを付けたかったであろうミーレスに詫びた。
腕の中で、ミーレスが「ハッ」と息をのんだ。
ガシャ、とレイピアが床に落ち、かわりにミーレスの両手がオレの体を縋り付くようにして抱きしめる。
「よ、よかった・・・魔法で死んでくれて、よかった。・・・ご主人様を危険にさらさずに済みました。もう、これ以上、私の大切な人を奪われなくて済んで、よかった」
噛みしめるような声が漏れる。
歯を食いしばって、ミーレスは泣いていた。
胸に、熱い涙が滴るのが感じられる。
どうしたらいいかわからなくて、助けを求めるように頭を振ると、目の合ったシャラーラが目を怒らせて、抱きしめる仕草をしてみせた。
そのアドバイスに感謝して、オレはとにかく、震えるミーレスを強く抱きしめた。
装備品とカードの回収はシャラーラとアルターリアがやってくれた。
ミーレスの母親の形見のレイピアは、丁重に布にくるんでオレが背負っている。
家に帰ったら、寝室に飾っている父親の形見と並べることになるだろう。
「この盗賊のカードは、親しいか信用できる貴族に渡すべきです。きっと絆が強まります。今後、良好な関係が作れるでしょう」
泣くだけ泣いて、気が済んだらしいミーレスがしっかりした口調で助言をくれた。
ミーレスの一家が、一族総出で追ったほどの事件を起こした一味だけに、貴族の間でも有名な賊なのだそうだ。
なので、その討伐宣言を出すことは貴族にとって最大級の栄誉となるだろうという。
「そういわれてもなぁ」
オレが親しくしている貴族と言えば二人だ。
ミーレスをくれたトレライ侯爵。
交易を始めたばかりのアウダークス公爵。
「トレライ侯爵がいいんじゃないのか? 一族なんだろ?」
確かそう言っていたはずだが・・・。
「叔父ですか・・・。あの方は何の力もありません。恩を売る価値はないでしょう」
叔父・・・あの夫人ではなく、その旦那が一族の人間だったのか。
それにしても、価値はない、とか。
ああ。
・・・奴隷にされたんだったな、そう言えば。
それを考えれば冷めた発言も当然だ。
そうなると、残るのは。
「公爵かぁ」
うーん。と唸ってしまう。
これまで接してきて、悪人でないことは確信している。
ただ、それだけに貴族としてはどうなんだろう、とか考えてしまう。
「公爵にしよう」
どうせ、このあと行く予定になっているわけだし。
貴族然とした奴らと関係を築くなんて嫌だし。
あの公爵くらいが、接するのにちょうどいいかもしれない。
セブテントの街に行き公爵の城に行く。
門番にリーズンからもらった黒のカードを見せると、すぐに門を開けてもらえた。
「荷物の受け渡し以外にも、ご相談したいことがあります。団長殿にご都合を聞いていただきたい」
門番に『鉄器』の支払いと伝言を頼んだ。
「伺ってまいります。少々お待ちください」
騎士が硬貨を持って奥に引っ込む。
返事を待つ合間に『綿花』を出して、『鉄器』をしまった。
作業はシャラーラがすべてした。
どうも彼女は、我が家の力仕事は自分の役目、そう己に課している感じがする。
そんなに役目役目と気にしなくていいのに。
奴隷、なんていう立場に置かれると、存在意義が気になるものなのかもしれない。
しばらく経って、リーズンが現れた。
「ハルカ殿。なにか御相談事があるとか」
「これを」
真っ赤なカード三十枚ほどを差し出す。
「盗賊のカード、ですな」
確かめるように一枚一枚に目を通していく。
その手が、止まった。
「有名な賊だそうですね? 公爵様の栄誉に、ほんの一欠けらほどでもお役に立てばと思いまして、お持ちいたしました」
大事ではないというように言葉を添える。
「レベリオの一味は、かなりの手練れぞろいと聞いていましたが、倒してしまわれるとは。ハルカ殿は我々の予想をはるかに超える実力者だったのですね」
リーズンが勝手に感心している。
事実には違いない。
「それではハルカ殿、こちらにお越し願えますか」
リーズンがオレを招いた。外では話しづらいのだろう、城の中へ入っていく。
チラリとミーレスたちに視線を向けたが、賢明にも外で待て、などとは言わなかった。
だが、オレのほうで待機するよう命じておく。
公爵にメンバーを見せたくないし、城内に武装した人間を入れたくはないだろう。リーズンの立場としては。
「分かりました」
できれば遠慮したいが、そうもいかない。
「レベリオの一味と戦ったようですが、ご無事でしたか」
「不意打ちをしようとされた裏をかくことができましたので、なんとか」
「レベリオの一味を倒すとは驚きました。実にたいしたものです」
「魔法がいい具合にあたってくれまして」
城の廊下を歩きながらリーズンと会話した。
「レベリオを倒したのはハルカ殿だとか」
リーズンに連れられて入った部屋には、先にアウダークス公爵がいた。
「確かにそのようです」
「おお。さすが我が見込んだだけのことはある。無事か?」
「はい」
強敵まで倒したとなっては、相変わらず腰の低いこの公爵からさらに目をつけられる恐れも出てくるが、それは覚悟のうえで持ち込んでいる。
部屋は割と狭く、テーブルと椅子しかない。
広さは違うが、雰囲気的には刑事ドラマの取調室によく似ている。
そこのテーブルにカードが並べられた。
「初めにレベリオ。最後はカーセル。ド・クトゥスのカードはありませんね」
「ド・クトゥスのカードはなかったか。だが、最重要のレベリオのカードはあった。さすがハルカ殿よな。我は、初めから一角の人物であるとみておった」
ほんとかよ。
ツッコミたくなるが我慢だ。
「ですがド・クトゥスのカードはないというのが気がかりです」
リーズンが眉をひそめた。
「ハルカ殿、ド・クトゥスについて心当たりはありませんか」
「残念ながらありません。倒した盗賊のカードは余すことなく持ってきています。ないということは、その場にいなかったとみるしかありません。我々も狙って仕留めたわけではなく、罠にはめられそうになったものの、寸でのところで相手が盗賊と知り。必死の反撃を以て打倒した、それだけですから」
事実だ。
考えられるとすれば、最初の雷撃魔法を耐えて逃げたか、それこそいなかったかだ。
「ハルカ殿はド・クトゥスを倒したのか、または倒していないのか。ド・クトゥスだけ別行動だったのか。仲間割れでもしたのか。どこかに潜んでいるのか」
リーズンが懊悩している。
治安維持に責任のある騎士団長としては行方が気になるのだろう。
「ド・クトゥス一人だけが逃げ延びたところで、かねて噂になっていたような脅威にはなるまい。すくなくとも、我の領内で好き勝手はさせぬ」
「それはもちろんそうです」
悲壮な顔でリーズンは頷いた。
「報奨金はいくらになる?」
「110万ダラダ、ですね」
なぜか部屋の奥にかがみこんだリーズンが答える。
なにをしているんだ?
「思ったより少ないの」
金額を聞いた公爵が疑問の表情を浮かべる。
「ド・クトゥスの分がありませんので」
見ていたら、奥の壁がスライドして金貨が見えた。
金庫だったのか?!
「それにしても少ないように思うのだが。ド・クトゥスのほうが厄介という者もおるしな。ド・クトゥスにばかり賞金をかけたのかもしれん。ではハルカ殿」
金庫を閉めて、リーズンが布袋を持ってくる。
なんかすごく軽そうだ。これはきっと、白金貨プラス金貨だからだろう。
リーズンの説明に納得した公爵が、布袋を受け取りオレに渡してきた。
さすがの公爵も、ここは騎士団長ではなく公爵が渡すものだという形式を、端折ったりはしなかった。
懸賞金をうやうやしく受け取る。
オレもここは礼を尽くすべきだ。
「それにしても、縁は異なもの味なもの、とはよくいったものだな」
公爵がのたまう。
これこれ、その言葉は男女の結びつきは不思議なもの、という意味だぞ。
まぁ、最近は男女関係なく、なにかとの縁が不思議な結びつきをして、思いもよらない結果になることを表す言葉としても使われてはいるけれど。
本来は誤りだ。
「なにか、関りが?」
ツッコむほどのことではないし、言葉の使い方や意味なんて時代で変わる。
まして、ここは異世界だ。
意味が通じれば、それでいい。
「お呼びになられましたでしょうか」
そのとき、部屋の外から声がかかった。
「ラーホルンか。入れ」
「はい」
ドアが開いて、女性が入ってくる。
美しい。
肌の露出の多い紅色のチュニックに身を包んだ二十代後半の女性だ。
正確には28歳。この公爵の奥様だ。
野趣あふれる出で立ちながら匂いたつような気品にあふれ、絵画に出てくる貴族の貴婦人か宗教画の女神かという感じだ。
というか、本物の貴族だけど。
侍女らしき人が一緒に入ってきて、後ろに控えた。
声をかけてきたのは侍女のようだ。
こちらもやはりドヴェルグ族の美人さん。
とはいえ、格調高いラーホルンの美しさは一歩抜きんでている。
「ラーホルンよ、喜べ。ハルカ殿がレベリオの一味を成敗してくれた」
「まあ」
ラーホルンが、目を見開き、喜びの表情でオレを見る。
輝くような金色の瞳。
吸い込まれそうなくらいだ。
というか吸い込まれたい。
「ド・クトゥスだけは逃れたようだが、一人ではたいしたこともできまい」
オレはあまり楽観できない気もしているが、オレとオレの家族に直接被害が出ないなら別に構わないのでいい。
「ありがとうございます。レベリオには、わたくしの知り合いも殺された者がおります。レベリオはわたくしにとっても仇でした」
ラーホルンが頭を下げた。
艶のある綺麗な赤毛の髪がざっくりと流れ落ちる。
「いえいえ、とんでもない。ありがたいお言葉です」
「最近は鳴りを潜め、どこで暗躍しているものかと心配しておりました」
「お役に立つことができて光栄です」
危うくオレたちも殺されるところだったわけだ。
タグがなかったら今頃は・・・。
「レベリオかその一味で、短剣を装備しておる者がいなかったか?」
公爵がオレに尋ねてきた。
短剣?
多すぎてどれかわからんぞ?
オレは空間保管庫を開けて、盗賊どもの装備品をかきり出した。
「全部入れてあります。どれか、お分かりになりますか?」
通常、空間保管庫は他人に見せるものではないが、今回は見せても問題はあるまい。倒した証明にもなるだろうし。
「おお。・・・カードで見るとそうでもないが、装備品を見ると30人というのはたいそうなものになるな」
「申し訳ない。無造作に放り込むばかりで整理もしてはおらず、お見苦しいところをご覧いただかねばなりません」
「そんなことはない。無茶を言っているのは我であるのだ。盗賊の装備品は倒した物の所有となる。ハルカ殿が正しい」
「そのとおりです。本来ならば、このように問うことも無礼ですからな」
「うむ。言い訳をさせてもらうとな、レベリオはラーホルンの従弟を殺して装備品を奪っておる。どうもあ奴は自分の殺した相手の装備品をコレクションにしていたらしい」
ミーレスの母親の形見も同じ理由で身に着けていたのか、クズだな。
いまさらながら、怒りがわいてくる。
「元々はラーホルンが祖母より贈られたものでな。ラーホルンがお守りにと貸し与えていたものなのだ」
公爵が事情を説明する。
元々はラーホルンの装備品なのか。
というか、伝来の守り刀というところかな。
「なるほど」
「ありました。これですわ」
納得していると、ラーホルンが喜びと悲しみのないまぜになった叫び声を上げた。
手には、武骨な造りながら、宝石をはめ込んだ優美な短剣が握られている。
「どうだろう。そういう事情なのでな、ぜひとも我が買い取りたいのだが、どうじゃ?」
「そのような事情であれば」
しょうがない。
断る理由もない。
「では、引き取らせてもらうぞ」
「はい」
しかし、値段とかどうするのだろう。
貴族がつけた値に従えということだろうか。公爵のことだから、安値で取り上げることはないと思うが。
白紙の小切手を出すような感じかもしれない。
言い値で払うと。
それも困る。
「ハルカ殿をファイク男爵のところへ連れて行きたいと思うが、ラーホルンはどう思う?」
公爵が何やら言い出した。
貴族の知り合いをこれ以上増やす気はないぞ。
報奨金さえもらえればそれでいいのだ。
「はい。もちろんファイク男爵からも労いの言葉があってしかるべきでしょう。私の従弟を死地に向かわせておいて、のうのうと領主の椅子に座っていられるような厚顔無恥でも、貴族として守るべき節度はあります」
ラーホルンも賛成のようだ。
というか、すごく激しくお怒りのご様子だ。
それでは行かずばなるまい。
「そうであろう。ハルカ殿もよろしいか。なに、少しの時間、相手の言い訳を聞いておれば終わる話じゃ。堅苦しく考えることはない。気を使うべきは男爵の方なのだからな」
「はあ」
「ハルカ様があの賊を倒されたのです。ファイク男爵が機会に恵まれなかった無念を晴らすべく、賛辞を贈るのをお受けする権利がございます」
なにもできなかったばかりか、ラーホルンの従弟を死なせた無能っぷりを明らかにして、それをごまかすために手放しでほめちぎられるのを、受けてやってくれ。
・・・ってことだよな?
なんか・・・ラーホルンさんが黒い。
「分かりました」
だが、いかに黒くても美人に頼まれたのでは嫌とは言えない。
できれば断りたいが、断る理由が思いつかない。
「ファイク男爵が討てなかった盗賊を我の身内が仕留めたのだからな。我も自慢できるというものだ」
それが公爵の本音か。
って、いつオレが身内になった?
ラーホルンの身内になるのなら吝かではないが、公爵の身内になんぞなりたくはないぞ。
「ファイク男爵との連絡はわたくしが取りましょう。すぐというわけにもまいりません。ハルカ様、四日後の朝、再度いらしていただいてもよろしいでしょうか。それまでに日取りを決めておきます」
「はい。四日後ですね。それでは四日後にうかがわせていただきます」
頭を下げ、公爵とラーホルンの下を辞した。
いつまでもラーホルンのそばにいたいが、そういうわけにもいかない。
さらなる無理難題を押しつけられる可能性もある。
レベリオほどの賊を倒せるのなら・・・なんてのはごめんこうむりたい。
「ハルカ殿、こちらです」
リーズンがロビーまで送ってくれた。
「短剣の代金に関してですが、ご都合がつくようでしたら昼過ぎにセブテントの冒険者ギルドにおいでいただけないでしょうか?」
昼過ぎ・・・中途半端な時間だ。
これはもう、今日は迷宮探索できんな。
「わかりました。昼過ぎに冒険者ギルドで」
挨拶を交わして、城を辞した。
次回更新も、来週の日曜に行います。




