『デスモボロス』
「お帰りなさいませ。ご主人様」
歩いて家に帰ると、門の前に全員が並んで待っていた。
一斉に頭を下げる。
メティスだけが、少し遅れた。
奴隷としての躾がなされていないからな。
「ただいま」
挨拶を返すと、ミーレスが何か言いたそうにしたが、それを制してメティスを見る。
「あとで、クローゼットが三つ運ばれてくる。とりあえず玄関ホールにおいて、リリムと軽く拭いておいてくれ」
「わかりました、あの。運ばなくていいの? 寝室に置くんでしょう?」
ミーレスを気にしながら、普通の言葉づかいで聞いてくる。
「玄関ホールに置いといてくれ。メティスとリリムだけだと怪我しそうで不安だ」
「わかりました」
「リリムがきれいに拭くです!」
「頼むな」
リリムの頭を撫でてやった。
屈託ない満面の笑顔が返ってきた。
同い年なんだけどねー・・・・。
二人への伝達事項はこれでいい。
「もう昼が近い。迷宮に入るのは昼からにしよう」
「わかりました」
ミーレスたちに言うこともこれだけだ。
オレから奴隷たちにわざわざ言うべきことはない。
さっき制した、ミーレスの発言を促す。
「ご主人様にぜひ見ていただきたいものがあるのです」
興奮した様子でミーレスが言う。
ずいッ、とアルターリアを押し出した。
アルターリアがおずおずと両手を差し出した。半透明な丸いものがのっている。
スライム?
見た感じ、そう思った。
しかし、もしかして・・・。
「ウンディーネか!? いや、それにしては人型じゃないな。違うのか?」
水の精霊だ。
性は存在しないが、通常は美しい少女の姿をしている・・・ことになっている。
古くからある創作ではそう伝えられている。
「よくご存じですね」
思わず叫ぶと、アルターリアが驚いた顔をした。
「さすがは異世界人というところでしょうか」
ミーレスたちも驚いた顔をしている。
なぜか、精霊がリアルに存在しているこの世界の人間より、空想でしか知らない異世界人の方が詳しいという状況になるようだ。
「人型になるにはレベルを上げる必要があるのです。この子とは幼いころから一緒にいますが、わたくし自身レベルを上げようとはしてこなかったので、この状態です。迷宮でレベルを上げていけば、人型になっていくでしょう」
レベル依存なのか。
水の体を維持するだけでも、常に魔力が必要なのだろうから、人型で存在するのは確かに大変そうだ。
「ご主人様がおられないあいだ、拭き掃除や洗濯をしてもらったのですが、とても早く済ませてくれるので驚きました」
ミーレスが目を輝かせて報告してくる。
このウンディーネが床をころころ転がりながら汚れを吸収。ある程度溜まると、汚れを一部に集めてトイレや排水溝に切り捨てる。綺麗な水を補充してまたコロコロ、それを繰り返したのだそうだ。
しかも、このころころは重力を無視して行えるようで柱を上ったり、天井も逆さまでころころするのだとか。
「それは、家事が楽になって助かるな」
迷宮探索などの合間に、掃除の時間をとっていたが、その時間がかなり短縮できるということだ。
「あ、楽をしたいわけではっ」
慌てて、言い訳しそうになったミーレスの口をふさいだ。
「んんっ」
驚いて丸くなった目が、閉じられる。
数秒間の軽いキス。
「こういう時間を増やせるってことだろ?」
口を解放して尋ねる。
「楽になって、よかったです」
紅のさした頬に手を当てて、ミーレスがつぶやく。
かわいいので、もう一回キスをした。
当然、刺激されたシャラーラとリリムにもせがまれてキスをした。
となると一人だけ無視はできないので、アルターリアにも、だ。
少し離れたところで、困り顔のメティスが地面を見つめていた。まだ参加する覚悟はないらしい。
昼食は簡単にパンと燻製肉の炙ったもの、果実ジュースにサラダだ。
果実ジュースはアルターリアが絞ってくれたらしい。
それと、ウンディーネは少しだが水がめへの水の補充もできるそうで、意外なことでオレの仕事が楽になった。
さっき手に入れたLED照明は、ダイニングテーブルに置いた。
ランプや燭台の灯りも風情があっていいが、毎日ずっととなると暗すぎる。これで明るくなってくれれば、夕食時にみんなの顔もよく見えるだろう。
昼食後、装備を固めたパーティーメンバーを集めてミーティングをする。
リュックサックを買っていないが、実はマクリア迷宮で手に入れた皮を使って、オレ手製のものを作ってあったので、それを渡してある。
本人にはオレ手製とは伝えていない。
もったいなくて使えない、などと言われると困る。
「アルターリアが加わって、四人になった」
オレの言葉に、四人が一様に頷いた。
「シャラーラを前衛にして、中衛にミーレス。後衛をオレとアルターリアが担う隊形にしようと思う。シャラーラは突進しすぎないように、後ろとの連携を常に確認すること」
「わ、分かったっす。気を付けるっす」
真剣な顔で、シャラーラが何度もうなずく。そのたびに兎耳がピュンピュン振られた。
「ミーレスはシャラーラの動きに注意しつつ、後ろのオレたちの護衛にも気を付けてくれ。一番負担がかかるから大変だと思うけど」
「お任せください。そのぐらい、負担でもありません」
自信に満ちた答えが返ってきた。
もしかすると、『以前は軍人だった』説が事実なのかもしれないな。
「アルターリアはともかく、実戦に慣れることを最優先に、魔法を撃ち込むタイミングを計ってくれ」
「動く敵と味方に合わせて撃つ、どうしたらいいのかわかりませんが、やってみます」
緊張した顔のアルターリアがエストックの柄を握り締めた。
「よし。では、『デスモボロス』の迷宮へ行こう」
「「「はい」」」
三人の綺麗にそろった返事に士気を高めて、転移した。
『デスモボロス』の迷宮の中は、これまでで一番土臭かった。
地中、という感じがものすごくする。
さすが『農耕』がテーマというだけのことはある。
・・・という判断であっているのだろうか?
分岐する道も、進む方角がバラバラなうえに斜めになったり曲がったり、不規則だ。
恐ろしくマッピングしにくい構造だが、脳内にマッピング機能があるオレにはさほど影響がない。
「来るぞ」
描かれ始めたばかりのマップにエネミー信号が点った。
「前方だ」
こちらが進んでいるのだから、必然的に敵との遭遇率は正面が最も高い。
現れたのは土の塊だった。
赤い色の土団子が転がってくる。
『ルベルテラ(火山灰土の下層土。)』。
「赤土じゃん!」
園芸店やホームセンターで売られている鉢やコンテナ用の土で、主体。つまりベースとなる土の代表格だ。
土臭いわけだよ!
魔物自体が土そのものなんだもの!
どん!
シャラーラの拳が、ルベルテラに突き込まれて陥没した。飛び散ったりはしない。赤土と言えば、火山灰が堆積した粘土質の土だ。
衝撃を吸収されてしまったらしい。
打撃はあまり効果がないということになる。
その陥没した部分に、ミーレスの長剣が追い打ちをかけた。
サクッ!
軽い音がして、ルベルテラが真っ二つに斬り裂かれる。
中から、光沢のある赤い玉が転がり出た。
本体というか、核の部分。
パキャ!
シャラーラの右ストレートが決まって核が弾ける。周りの土もろとも魔素となって消えた。一階層だから当然だが、なんかすごく弱い。
恵みの部分であると同時に、農耕技術を伝える基礎なのだとすれば、こんなものなのか。
「『ドロップアイテム』まで土じゃないだろうな?」
心配なのはそれだ。
もしそうなら、回収が大変なことになる。
「土というより・・・結晶、でしょうか」
手のひらに載せて、ミーレスが持ってくる。
確かに結晶だ。白っぽい六角形で、大きさはペットボトルのキャップ大。
で、物は何かとタグを開けば・・・『チッソ』。
土に必要な成分である。
固形肥料か!
どうやらそういうことらしい。
「あと、土も少しあるっす」
シャラーラが示したところには、確かに一握りほどの土団子が転がっている。
手に持ってみても崩れない。
魔力でコーティングされているようだ。
タグで調べると、水をかければ普通の土になるらしい。
なるほど。
土と肥料がセットでもらえるわけだ。
荒れ野が農地になるには、大量の良質な土と肥料が必要。この迷宮が役に立った理由がよく分かった。
うちの菜園にもきっと素晴らしく役に立つに違いない。
経済的にはたぶんなんの役にも立たないだろうから、『ドロップアイテム』はほぼ菜園に使うことになる。
もう、『ディバラ』の街近郊で、肥料を必要としている農家などあるまい。
帝都では農地がないから、やはり売れないだろう。
探せば高く買う農業に力を入れている地方もあるのかもしれないが、しょせんは土の肥料だ。買い取り額などたかが知れている。
クルール迷宮での『珪石』や『ソーダ灰』と同じだ。
経済的には大損の迷宮ということになってしまう。だが、交易では二日で17000ほどの儲けが出るのだし、貯蓄もある。生活に支障はない。
「ともかく、階層を上がることを優先してどんどん進もう」
「了解っす」
「わかりました」
「頑張ります」
三人の返事を受けて先に進む。
次に現れたのは黒い土団子。『ニゲルテラ(腐植や養分が多い)』。
・・・黒土だった。
赤土同様、ベース用土の代表だ。
ルベラテラよりも軽くて柔らか、シャラーラの正拳一発で魔素になった。
『ドロップアイテム』は茶色の六角形の結晶で、『堆肥(有機物)』だ。黒土の土団子と一緒に転がっていた。
この迷宮はずっとセットで『ドロップアイテム』が手に入るのだろうか。
きっと、そうなのだろう。
セットなのはいい。
いいが・・・魔素をもとにしているくせに『有機物』って。
だいたい、動物性か植物性かぐらいはっきりしとけと言いたい。
しかも堆肥なのに結晶になってるのがおかしい。
いろいろとツッコみたいことは多いが、しょせん迷宮内のドロップアイテムだ。ツッコむだけ無駄なので、どんどん進む。
「お、新手だ」
クルール迷宮では一階層に付き二種だったが、ここではそうではないようだ。三種類目が現れた。
茶色い土団子で『アポルテラ(肥もちがよい、生育がしまる)』。
たぶん、荒木田土とかいう奴だ。オレは使ったことないし、見た覚えもないけど。園芸書で読んだので存在は知っている。
「この辺りの魔物なら、アルターリアでも戦えそうだ。慣れる意味でも少し戦ってみてくれ」
一階層だし、相手は土だ。
万一危険な状態になったとしても、シャラーラとミーレスなら即座に対応できるだろう。けがをしたら、オレが治癒魔法を使えばいい。
最悪の事態になっても、家に帰れば本職がいる。即死さえ防げれば、何とでもなる。
「わかりました。行きます」
魔法使いのローブをはためかせて、アルターリアが駆け出した。
走りながらエストックを抜き放つ。
「はっ!」
気合を発して、エストックが突き出された。狙い違わず、中心を貫く・・・が?
土団子はそのまま進んできた。
核を外したらしい。だが・・・。
右手でエストックを握ったまま、アルターリアが左手を突き出した。マンゴーシュだ。
今度は決まった。
土団子が止まり、刹那、魔素へと還った。
あとには黄色っぽい白色の結晶、『石灰』が残る。
「やりました!」
振り返って、ガッツポーズのアルターリア。
イメージが「お姫様」の子がすると妙に微笑ましい。ついつい目尻が下がってしまう。そのせいで、新たな敵に気付くのが遅れた。
後方から、『ルベルテラ』が転がってきていた。
なにか来る、と振り返った時にはそこにいたのだ。
「『シーカプルウィア!』」
とっさに長剣を抜き放って、身構え・・・え?
オレの横をなにかが飛んでいった。
透明なボール・・・?
あ、ウンディーネか?!
水の精霊は、迫ってくる赤い土団子に向かって跳ねたかと思うと、十数本の短剣となって降り注いだ。
ボフ!
土団子が一瞬にして崩れ去る。
おおっ!
魔法だ。
初めて見た。
すごい、すばらしい。
「お見事!」
うれしさのあまり、飛び上がりながら褒めた。
エストックとマンゴーシュをクロスさせた姿勢で、はぁはぁと肩を揺らすアルターリアがいる。ちょっと辛そうだ。
「大丈夫か?!」
慌てて駆け寄る。
治癒魔法の用意もした。傷はないがサナーレには体力回復の効能もある。
「精霊魔法は体力の消耗が激しくて。・・・いえ、回復は必要ありません。一気に減るので息が上がるだけです。消耗する量そのものは大した事ありませんし」
オレが回復魔法をかける体勢になったのに気が付いて、そう断りを入れてきた。
さすがは魔法の本職。見ただけでわかったらしい。
「そうか。でも、すごいな。剣で戦えて、魔法攻撃もできる。アルターリアは万能だな」
本当にそう思う。
だが、本人はそう思えないらしく。首を振った。
「器用貧乏なだけです」
器用貧乏。いろいろできるが、それだけに一つのことを極められない。確かそんな意味の四文字熟語だったはずだ。
わかるような気もするが、万能なのは事実だろう。
「すごいっす」
「ご主人様の護衛をしながら、遠距離からの支援もできる。その形が出来上がれば、私たちも安心して魔物と戦えますね」
シャラーラとミーレスも感心した顔で褒めた。
二人とも、『ドロップアイテム』を拾ってきてくれている。
「そのように努めます」
はにかんだ笑顔で、アルターリア。
うん。なんか、パーティーっていう感じがひしひしとする。
すごくうれしい。
そこからはもう、敵はなかった。
当たるを幸いちぎっては投げる。
怒涛の快進撃が始まった。
一階層のゲートキーパー。
『アブラーム』。要するに体長一メートルを超えるアブラムシだ。
家庭菜園を持つ者にとって、最も頻繁に戦うことになる害虫である。
二年か三年前、元世界の我が家でも大量発生しかけたことがある。オレが畑の管理をするようになった当初の話だ。
学校に行く前に朝覗くと、そのたびにアブラムシが増えていて、日曜になったら薬を撒かないといけないなぁと思っていたものだ。
それが日曜に、「さて、どんだけいるんだ?」と、エンドウ豆やミニトマトの葉にびっしりとついているのを半ば覚悟して見に行くと、奴らは全滅していた。
かわりにアブラムシの天敵、無数のテントウムシがいた。
それはもう、二つ星から七つ星まで、見事にそろっていて思わずうなったものだ。
どこかで大量発生して、そこでの食い物を食い尽くした彼らは、うちで大量に発生しようとしていたアブラムシを餌にしようと群がったらしい。
今度はテントウムシに我が畑は占領されるのか!?
と恐れていたら、もともとたくさんいた寄生バチにやられてた。
その寄生バチはと言えば、これまたもともとたくさんいるオニグモに食われてて。
オニグモは母のクモ用殺虫剤でやられてたっけ。
結局はニンゲンが最強というオチだ。
思わず遠い目をしてしまう。
しかし、ゲートキーパーは一匹。こいつらは群棲するからこそ脅威なのに、だ。
と、安心していたら尻から分泌物を出したと見えた途端。アリが出た。
分泌物が魔素になり、それがアリになったのだ。
誘引したらしい。
迷宮ではなく、家庭菜園に現れるアブラムシは、甘い汁を尻から出してアリを寄せ付けて護衛とするものだが、こいつもそうであるようだ。
なんて面倒な!
とツッコみはしても、現れたのは図体はでかいがアリ以外の何物でもなかった。しかも一匹だ。数が勝負の雑兵のくせに一兵では・・・。
ミーレスが細い部分を切り離し、アルターリアが頭部を貫く。
その間に、シャラーラがアブラムシをボコっていて・・・終わった。
出現から魔素に還るまで五分かからなかった。
『レアドロップアイテム』はメロンパンぐらいの大きさで結晶化した『重曹』だ。
アブラムシに対する殺虫剤である。うちでは――母の場合――基本、牛乳だが、あまりに多い時にはこれも使うことがある。
重曹と植物性油を混ぜ、水で薄めたら、成分の分離を避けるために食器用洗剤を少々入れる。これをスプレーで植物に掛けておくと、アブラムシが窒息して死ぬ。あとは水やりついでに水で洗い流すだけ。
葉物野菜に使うのには勇気がいるが、葉そのものを食べるわけではない野菜には、効果覿面である。
牛乳のほうが簡単なのだが――スプレー容器に入れて吹きかけるだけ――乾いてくると結構臭うことがある。オレはこの牛乳の乾いた臭いがダメな人なので、アブラムシの大量発生を見つけると重曹で退治していた。
それはいいが・・・。
「やっす!」
たぶん、ギルドに売ったとしても銅貨数枚なのではないだろうか。
『レアドロップアイテム』の名が泣くような『恵み』だ。
「あの、ご主人様」
頭を抱えていると、ミーレスが何かを拾い上げた。
『スプレー容器』、だ。純銅製で、上からピストンを押すと中の液体を霧状に散布するというアンティークタイプ。
なるほど、これとセットで『レア』か。
受け取ってリュックサックに入れたら次の階層へ。
次の階層は三階層だった。
出てきた敵は・・・、
『ビートモス』。パン、パンとリズムを付けて跳ねる土球。
『パーミキュラット』。素早く動くネズミみたいな形の土球。
『パーライト』。手の平の形をしていて這ってくる不気味な土球。
の三種類。
名前は少しもじってるし動き回るのだから全く別物だと思うのだが、どれも水はけをよくするのに使われる調整用土だ。
『ドロップアイテム』は青っぽい白い結晶の『骨粉』、黒い結晶の『マグネシウム』、黄色い結晶の『硫黄』と一階層と同じく固形肥料と名前のもとになっている土の団子だった。
ゲートキーパーは、『カイガーラ』。
カイガラムシという貝殻に似た殻をかぶった寄生虫のでかくなったやつだ。
堅い殻のせいで殺虫剤も完全には効いてくれないため、オレの大事な月下美人と金のなる木に付かれた時には、それはもう必死にそぎ落としては線香の火で焼き殺したものだ。
この魔物も防御力が高く、シャラーラもミーレスも一撃を加えたあといったん下がって間を空けていた。
しかし・・・。
「『フラムマクリス』!」
アルターリアが放った炎の投げ槍が直撃すると、脆くも崩れ去った。
「今のも精霊魔法なのか?」
さっきとは何かが違う気がして聞いてみる。
「いえ、今のは魔導士の魔法です」
息一つ乱さずに、アルターリアが答えた。
やはり違ったようだ。
それにしても、アルターリアはマジで万能だ。
『レアドロップアイテム』は『ブラシヘラ』。割りばし程度の長さで、一方がブラシ、もう一方がヘラというもの。それが二つ。
いや、確かに。
元世界日本だけで何百種といるカイガラムシの、種類を問わない確実な駆除方法は、それらで剥して捨てるしかないのだが・・・。もうちょっと何とかならないのだろうか。
階層が低いからこれが限界なのか?
不満を感じてしまうが、そもそも『レアドロップアイテム』は『ご褒美』だ。期待はしていても、依存はしていない。いいものが出ればラッキー、なだけ。
そう考えていればいい。
と、タグを閉めようとしてもう一度見ると・・・純金製だった。
換金アイテムだったか。
次は、二階層。
出てくるのは相変わらず土だ。
『ルデラスパエラ』。は赤玉土。
細かい粒のものや大粒のがあって、ランの花が咲いていた。
『ケルパルス』。は鹿沼土。
土球から覗いているのは班のあるピンクのサツキだった。
『フムスリウム』。は腐葉土のことだろう。
ところどころに、腐れきれなかった葉脈が見えた。
ゲートキーパーは、『ハダニダニダ』手に白いかすり状の斑点のついた葉っぱを持ってバサバサと仰いでは飛び回る奇妙な奴だったが・・・。
「『ウェントゥマレウス!』」
風の塊が打ち付けられる。
アルターリアが魔法で撃墜したのだ。地面に落ちてしまえば、シャラーラとミーレスの敵ではない。
ただ、ここでアルターリアの限界が来た。
「魔力を、使い、きり、まし、た」
激しく咳き込みながら、そう言われたのだ。
万能な分、疲労と消耗が激しい。ペース配分が、彼女を運用するうえで最大のネックになりそうだ。
「今日はもう魔法攻撃は行わず、ご主人様の護衛に徹すればいいでしょう」
『レアドロップアイテム』、『葉照扇』を持ってきながら、ミーレスが声をかけている。
団扇か・・・でんぷんとスプレー容器かと思っていた。
ハダニ退治の基本は、ハダニが水が嫌いであることを利用して葉の裏に水を吹きかけておく葉水と、でんぷんや牛乳をスプレーすることなので。
それが団扇とは。
クモのように尻から糸を出して風に乗り飛ぶこともあるので、そこから来ているのだろうが・・・これ、『レア』か?
一応魔力がかかっていて、自動で扇いでくれるらしい。
つまり羽が一枚だけの扇風機(風力が「弱」限定)だ。
「そういうことだな。それに、そろそろオレのリュックがかなり重くなっている。ここからは、アルターリアを中心にしておまえたちにも持ってもらわなきゃならん。そっちに注力してくれればいい」
オレからもアルターリアに声をかけた。
魔力量はこれからのレベル上げで拡大していく。そうすればもっと使えるだろうし、そもそも今日は慣れてもらうのが目標だ。
ここまででも十分な働きをしてくれたと思う。
「そう、ですね。ご主人様に荷物持ちをさせているのですし、魔力が尽きたならわたくしがその役を引き受ければいいのですね」
変なところでストイックなお姫様は、とにかく常に役に立っている状態でないと存在できないと思っているようだ。
存在すべき場所を見つけた途端、安心したように息をついた。
五階層に突入する。
『ゼオライオン』。ライオンのようなたてがみに肥料を蓄えた・・・土だ。
『モミラクタン』。ツヤのある炭。
『ヤシンガラ』。四コマ漫画の島にあるようなヤシの木が生えている。
出てくる魔物は、確かに個性を持っている。だが土でしかなく。『ドロップアイテム』も変わらず肥料オンリーで『リン酸』、『カリ』、『亜鉛』。と並ぶ。
はっきり言おう。
ものすごく徒労感がある。
なぜなら、この『ドロップアイテム』で手に入った肥料の多くは本来堆肥なんかに含まれている要素であって、これだけを個別に撒くというのは園芸ではありえないからだ。
正直、この『ドロップアイテム』は全く機能しない。
もちろん、なにもない状態の荒れ地を農地にしようとするときにばらまくのには有効だっただろう。しかし、一度農場となった場所にはほとんど役に立たない。
役に立たないものを『ドロップアイテム』にしている。
それは、知識を蓄積させようという意図を感じずにはいられないものだった。
「とりあえず、園芸用の土を網羅しろということか」
まぁ『農耕』の基本は当然、土だろうけど。
元が土なので、戦い方に変化が全くない。
動きにはそれぞれの形による差異が見受けられもするが、結局は土の塊を裂いて核を破壊するという軽作業が続く。
シャラーラではないが、飽きそうだ。
アルターリアの魔法援護はなくなったが、昨日まではシャラーラだけが突出して攻撃を受け持っていた。それが、今はミーレスも前線にいる。
戦いが楽に、短期間で終わるのも飽きる要素となっていた。
なにか、延々と同じことを繰り返させられている気がしてしまう。
「ゲートキーパーだ」
本気で、うんざりしてきたところで土ではない魔物が現れた。
ダレかけていた意識が瞬間的に引き締まる。
『アザミウマ』。
葉や花に寄生する、別名スリップス。夏の乾燥・高温時に多発する害虫である。
そもそもは昆虫図鑑では紹介されていないようなマイナーな生き物だが、園芸する者にとってはかなり良く見る敵だ。
花木や野菜、草花に果樹とあらゆる植物について開花を邪魔し、果樹の奇形などの原因になる厄介者。
予防法は奴らが大好きな開花後の花がらをこまめに摘み、雑草を抜くこと。
あとは反射光が嫌いなので、元世界では雑草を防ぐ意味も含めて、シルバーマルチを敷いたりしたものだ。
そいつが、怒涛の突進を敢行してきた。
「ぬお!?」
いきなり、ミーレスとシャラーラのツートップを抜いての突進に驚いていると、横から伸ばされたエストックにも驚かされた。
すさまじい勢いで、アザミウマの目を貫いていたのだ。
それで勢いを殺された魔物の腹に、今度はマンゴーシュが腹に埋め込まれるような勢いで突き刺される。 しかも、連打だ。
その間に引き返してきたシャラーラが、アルターリアとは逆から殴りかかる。
ミーレスは後ろから足とケツに斬りつけた。
魔物がかわいそうになるような袋叩き。こうなっては『アザミウマ』に反撃のチャンスなどない。
あっという間に魔素と化して消えた。
「見事な一撃でした!」
魔物が消えたのを確認すると、ミーレスがアルターリアを手放しでほめたたえた。
「そのあとの連打もよかったっす!」
シャラーラよ、お前もか。
一瞬で突破されて、心胆寒からしめられたあと、だからだろうが二人とも妙にテンションが高い。
「お役に立てて光栄です」
嬉しそうに微笑むアルターリアを横目に、オレが『レアドロップアイテム』を拾う。
『移植ごて』、だ。
園芸をするなら、必須アイテムである。
片手で持てるスコップで、苗の植え替えをしたり、根の深い雑草を掘り起こしたりと使いどころは多い。
今回手に入ったのは、刃の部分がまっすぐなので、土をえぐったり掘ったりするのに使うタイプだ。植物の苗を手に入れることがあれば、役立ってくれるだろう。
なんか、ようやくまともに役立つものがもらえた気がする。
脳内モニターに目を向けるとエレフセリア時間で、16時を回ったところ。もう一階層進むぐらいの時間はありそうだ。
「もう一階層進んで、今日は終わりにしよう」
ラスト一階層、そう声をかけて士気を上げておく。
さっき、うちのツートップが一瞬で抜かれたのは、無意識下でどこか気を抜いていたからだ。気合を入れなおしておかないと危険な気がする。
「わかりました」
「もうひと頑張りっすよ」
それが分かったのか、ミーレスとシャラーラが真顔で返事をした。
アルターリアも緊張した顔で頷いている。
上がったのは四階層目だった。
「ようやくか」
安堵とともに呟きがこぼれた。
魔物が土ではなくなった。
『後家ミミズ』。単黄色の水ゴケを頭にのせたミミズだ。なにをもって後家なのかは不明。
飛び跳ねるようにして突っ込んできたが、シャラーラの拳打で軌道を曲げられ、進んだ先で待ち構えていたミーレスに二枚におろされて消えた。
『イシ・ガルル』。軽石で身体が作られている小型犬で、確かに「ガルル」と唸られた。
シャラーラの突貫と右ストレート一発で砕け散った。
『レキイシ・ハポル』。穴だらけのボクサー。初めての人型だ。
シャラーラとの打ち合いの末、ノックアウト。
『水ゴケ』、『軽石』、『発泡煉石』だ。土ではない。
水ゴケと軽石はランの鉢植えなんかで使うもの。発泡煉石は、とくに水耕栽培に使われる。
そして『ドロップアイテム』は『ケト土』、『川砂』、『へご板』ときた。
盆栽の石付けや山野草の根上に使われる『ケト土』、同じく盆栽に使われる『川砂』。着生ランを着生させたり蔓性の観葉植物を絡ませる『へご板』。
五階層までで、とりあえず鉢植え園芸用土は終わってくれそうだ。と胸をなでおろす。
土ではなくなったことで、ダレていた気持ちも多少は上向いたようだし、戦い自体は危なげなく進んだ。
そして・・・。
『コナガジラミ』。なんか、変に細長い体の巨大シラミだ。
元世界での園芸知識だと、たぶん『コナジラミ』のこと。
草花や野菜に寄生していて、その植物に触れようものなら無数に飛び交う。おぞましい敵である。
そして、実はうちのパーティーにとっては戦いにくい敵でもあった。
シャラーラは拳、ミーレスは長剣。
飛び回る敵と空中戦を行うのはかなり厳しい。
が・・・。
「『シーカプルウィア!』」
ツートップが、どう攻めようかと立ち止まっていると、魔力が尽きたはずのアルターリアが再びウンディーネを放っていた。
ジャンプに必要な後ろ足がズタズタになり、バランスを崩した魔物が床に這いつくばる。
その時にはもう、腹が長剣で切り裂かれ、頭が陥没していた。
「だ、大丈夫か? アルターリア?!」
両膝をついて、ゼーゼーと肩を上下させている。焦って駆け付けた。
もちろん、サナーレの準備をして、だ。
「回復はいりません。体力を少量ですが急激に使ってしまったので、息切れしているだけですので」
「もしかして、精霊魔法は体力で使うものなのか?」
さっき魔力は尽きたといっていたし、精霊魔法を使った後は二度とも体力を消耗したせいだ、と言っていた。
「もちろんです。そうでなければ両方使えるというのは消費燃料が多すぎるだけのおおぐらいになってしまいます」
それはそうだが。
体力で精霊魔法が使える理由がわからん。
「そ、そうか。ここぞっていうときの切り札に使えるな。助かる」
あまり頻繁には使うな、と暗に忠告した。
「ありがとうございます。お役に立てるようでうれしいです」
忠告に気が付いたのか、アルターリアがチラリとミーレスに視線を送ってから微笑んだ。
二人の間で何かあったらしい。
詮索したりはしないけど。
『レアドロップアイテム』は、再びの『移植ごて』。ただしこんどのは、先が四角くなっているタイプ。鉢から土を移したりするのに便利なタイプだ。
「よし、帰ろう」
七階層に出たところで、帰宅した。