筆頭奴隷
「いってらっしゃいませ」
ご主人様をみんなでお見送りした。
昨日、家族になったばかりのアルターリアもいる。
いないのは、治療院を開ける準備をしているメティスだけだ。
「異世界人だからでしょうか、変わったご主人様ですね」
控えめながら、率直な意見をアルターリアが口にした。
本能のまま行動するきらいのあるシャラーラとは違って、論理的に考えるタイプのようだ。さすがはエルフというところなのでしょう。
でも、ご主人様のことは全く理解していないようだ。
それをちゃんとわからせるのも、筆頭奴隷である私の務め。
「変わっているのではありません。思慮深く、なによりも私たちを愛してくださっているのです」
愛されている。
奴隷が主との関係で使える言葉ではない。
でも、ご主人様との関係でなら、口にできる。
横で兎耳がピコピコ揺れているし、たぶん新緑色の髪も上下に振られているだろう、見なくてもわかる。
シャラーラとリリムは特殊な経緯で家の中に溶け込んだから、私が何も言わなくてもそこは理解している。あるいは、私以上に。
「そうなのですか?」
アルターリアが不思議そうな顔をした。
不審な顔でなかったのでほっとする。もしそんな顔をされていたら、これからうまくやっていく自信がなくなるところだ。
「例えば、昨夜のご主人様は受け身でした。なぜだと思いますか?」
いつもは激しいくらいのご主人様が、だ。もちろん、アルターリアは昨夜が初めてだったから、そんなことは知りようもないのだけれど。
「わたくしが羞恥心を刺激されながら、ご奉仕するのを見ておられたのだと理解しています。少し意地悪だとも思っていました」
やはり、理解していない。
「そうですね。それも少しはあるでしょう」
楽しんでいなかった、とは私だって思っていない。
だが、それが主目的ではない。
「あなたはエルフです。自覚していますか? とても魅力的な容姿をしていると」
紫水晶の瞳とか、シルクのような肌とか、整ったプロポーションとか。
私に勝てる要素があるとすれば、胸の大きさだけだ。
「エルフが他の種族の方々に比べて、高い評価を得ていることは知っています」
自覚はあるのね。
一般論で答えたということは、嘘をついている。少なくともごまかそうとはしているということの表れだ。
「とても魅力的なのです。ですから、ご主人様はご自分に自信が持てなかったのです。あなたを抱くに際して、激しすぎないよう自分を抑える自信が」
私との初めての夜のあと、朝の買い出しの途中ですまなそうに私を見ていた、ご主人様のお顔が思い出される。
私に負担をかけたのではないかと心配していた、あの顔だ。
「なぜ、抑えなくてはならないのですか? わたくしはすでにご主人様のもの。どのようにお抱きになってもよいのですよ?」
「ですから、愛だと言いました。ご主人様はあなたに過度の負担をかけたくなかったのです。自分のペースで先に進んでほしかった。ですから、受け身になったのです」
「夜のお勤めでさえも、自分本位の行動はされないお方だと、いうことですか」
「少し違います」
本当に理解できていない。
「私たち本位なのです。常に!」
「・・・・・・」
よくわかっていないようだ。
「今日から『デスモボロス』の迷宮に挑むというのもそうです。確かに、あなたという新しい家族も得て、心機一転新しいことに挑戦するにはいい時期でしょう。ですが、なにも今日である必要はありません。なじませる意味も含めて、普段入っている迷宮でもよかった。なのに、今日にしたのには理由があるのです」
「・・・わたくしのため、と言いたいのですね? 理由がわかりませんが」
「『ロスト』したことで体に影響は出ていませんか?」
私はそれほど影響を感じなかったけれど。
エルフは私たちと違うかもしれない。
「! 少し、ふらついてはいます。そんなにはっきりとわかるとは思いませんでした」
「いいえ、わかってはいません。ですが、『なにか影響が出ているかもしれないから。少し休ませよう』、ご主人様はそうお考えになったのです」
私のときにも、気遣ってくださった。
『商品奴隷』なんて、結局は性のはけ口に使われるだけ、本人の意志なんて無視され、人格も否定されて。
そう教えられたし、そういうものだろうと思っていた。
侯爵家に買われることが決まってはいても、その覚悟はきっちり教え込まれたのだ。
それなのに、ご主人様は気遣ってくださって休んだ方がよくないか、と言ってくださった。そのあと、料理が下手なことを思い出して落ち込んでいた私を見て謝ってすらくださったのだ。
それは誤解だったのだけれど。
優しくすると約束してくれた。
シャラーラのときだって、あんな形で初めての夜が行われてしまったけれど。シャラーラにだって、体を休める時間を作ってあげていた。
すぐに迷宮に入ったりはしなかった。
リリムだって、体力が万全になるまでは、絶対に手を付けようとなさらなかった。
それと同じだ。
「きっとご主人様はそんなに早くは戻ってはいらっしゃらないと思いますよ。昼前に戻ってきて、迷宮へは昼から入ると言うでしょう。あなたのために、半日の御休みをくれたのです」
「そのようなこととは気が付きませんでした」
目を丸くしている。
それはそうね。実際にご主人様を知らなければ、わたしだって信じないもの。
「ご主人様は、あまりお考えを言葉にはしません。私たちに知らせないでいろいろなことをやりたがります。ただし、そんなときでも私たちのことを第一に考えてくださる。それが、私たちのご主人様です」
「やはり、変わっておられる」
驚いた顔のまま、そうつぶやいた。
完全ではないけれど、ご主人様という人を理解してくれたようだ。
そして、自分たちがいかに恵まれているのかにも気づいてくれたようだ。
奴隷として出会わなければ、異世界人だと知らされなければ、ほとんど印象にも残さず忘れ去ってしまっていてもおかしくない。そんな少年。
その少年と出会えたことが、いかに幸運であるのかを。
「アルターリアは何か得意な料理はありますか?」
ご主人様が私たちを家に残して行かれたのは、アルターリアの休養のためだけではない。
この時間を利用して、アルターリアを家族の一員として家の中での立ち位置を決めて、確保させようとのお考えもある。
筆頭奴隷たる私の、それが役目だ。
「木の実や果実を使ったものならば、それなりに。それ以外は作ったこともありません」
『さる高貴な家』に生まれたのではそうなるでしょうね。
料理はそれ専門に雇われた人間がするもので、自分でするのは楽しみのためでしかなかったのだろう。
「では、得意な家事などは?」
料理以外の家事は奴隷になってから仕込まれているはずだ。
夜のお相手だけしていればいい生活なんて、贅沢が与えられるとは限らない。メイドや下働きとして働かされる可能性はあるから、そのために。
アルターリアほどの美貌を持つエルフ、しかも魔導士では可能性は低いが、ゼロではない限り仕込みはされただろう。
料理が仕込まれる家事から外されているのは、材料費をかけたくないからだ。もちろん、自分たち用の料理を作らせたりして教えることはできる。
ただし、手荒れなんか作らせたら商品価値が下がる。そういう考えもあるし、私なんかは刃物を持たせたら逃げるんじゃないか、という不安もあったようで調理場には入らせてもらえなかった。
そのせいで、料理が苦手なまま。
ご主人様のお手を煩わせてばかりいた。
シャラーラが来てくれて、リリムが手伝ってくれて、最近ではメティスがほぼやってくれるからいいが、奴隷が私だけだったらどうなっていたかと思うと心苦しい。
毎日毎食、ご主人様が作ったものを食べることになっていたかもしれない。
奴隷としても女としても、それは恥だ。
「そうですね・・・。得意と言えるかはわかりませんが。お洗濯や水を使った拭き掃除、食器洗いでしたら、お役に立てると思います」
自信があるらしい。
「それでは、一通りやってみてもらえますか?」
「わかりました」
なるほど。
と、ご主人様の真似をして頷いた。
アルターリアに家事をやらせてみた。
どうだったか?
見事なものだった。
それは自信も持つだろう。
ご主人様がお帰りになられたら、真っ先にご報告しなくては。




