ゴーレムの次
いつも通りに買い物を終え、いつも通りの朝食もとる。
食器洗いなどの後片づけが終わるのを、菜園をサラッと見回って待った。
もう日々の生活費に困ることはないので、のんびりしたものだ。
元世界感覚でいえば、迷宮探索での稼ぎが一日に六万くらいある。
商品奴隷には給料を払わなくていいからというのもあるのだが。五人家族で六万の収入なら・・・一日の一人あたりの収入が一万五千円。
ここから、日々の生活に掛かる費用を引いてみる。
ローンなしの持ち家なので家賃はいらない。
食べるものは一部を除いて農家から直接買っているので、ありえないほど安い。一部にしたってタダみたいに安い。無人販売所で買う野菜のようなものだ。スーパーだと一個300円は軽くするキャベツが、2個で100円みたいな。
嘘みたいな物価水準である。
服は迷宮と街への買い物用があればいいので、買い揃える必要がない。
ここまでで全員分の生活費は一日、二千円を切る程度。
そこから税金支払い用に一日五千円を引くとしても8千円残る。
つまり、生活費を引いての余剰金が、一か月で二十四万円になる計算。
もちろん、これは食べていくということだけで考えれば、だ。
彼女たちに綺麗な服を着せたり、外食したりすれば当然金はかかるだろうが、絶対に必要なものではない。
もう、食べるのに困ることはないだろう。
雇われているわけではなく、客がいて納期があるわけでもない。
自分のいい時間に、好きなだけ迷宮に入って、気分しだいで早く帰ろうが休もうが誰も文句を言わない。
気楽なものだ。
「ご主人様、後片付けが終わりました」
菜園を一回りして戻ると、ミーレスとシャラーラが装備を付けてやってきた。
「よし、じゃでかけようか」
今日もお仕事。通常運転だ。
行き先はクルールの迷宮にした。
八階層まで来たのだ。
せっかくだから11階層まで出ようと考えている。
そこが一応の節目らしいし、クルール迷宮は階層が順番だから自分たちの力量の上がりかたを見る基準に丁度いいと思ったのだ。
ここで11まで行ったら、ほかのマクリア迷宮とセブテント迷宮も11まで行くようにすればたぶんリスクティクに丁度いい。
「相変わらずか」
クルールの八層目は、やはりゴーレムだ。
ただし、出現したのは『フリーゴーレム』。
白いゴーレムで、倒すと出る『ドロップアイテム』はここまでに手に入れられていたもののうちの「どれか」だった。
「ガチャか!?」
しかも、この『フリーゴーレム』は『カッパーゴーレム』や『ブロンズゴーレム』と比べて弱かった。
シャラーラだけでも余裕で勝てる。ミーレスとの連携を必要としないのだ。
ここを設計した神様は、建造物としての迷宮にはすごくこだわりを持っているのに、中身についてはずさんというか雑な気がする。
出てくる魔物も一種類だけなので、戦闘に波がない。
淡々と接敵したものを撃破しながら、『ゲートキーパー』を探した。
「飽きるっすね」
シャラーラが、ボソッと呟いた。
二十何体目かを撃破した直後のことだ
言ってしまったか。
と思う。
うすうすそう思いつつも口にはしないようにしていたというのに。
そもそも、クルールの迷宮は階層を上るたびに出現する魔物の種類が二つずつ増えていく形式になっていた。
出現頻度が違うので一概には言えないが、最終的には十四種類の魔物が出現していたのに、今では一種類で、しかも弱い。飽きもする。
シャラーラがテンションを落とすのも無理はない。
ただ、オレは逆に警戒を強めた。
「ご主人様?」
ミーレスが不審そうだ。
『気を付けろ、たぶん、来るぞ』
『伝声のジェム』で二人に注意を促す。
すると・・・。
「来た! 右だ!」
脳裏に展開されているマップに、高速で近づいてくる敵の反応。
叫ぶと同時に剣を振るった。
シャラーラは戻れる距離ではなく、ミーレスも間に合わない。
だけど・・・。
オレだってちゃんと迷宮に潜っている冒険者だ。自分の身ぐらい自分で守る。
髭切の太刀の間合いに入ってきたところで抜刀し、迎え撃つ。
綺麗に居合抜きが成功した。居合抜き時には速度と威力が二倍の恩恵がある髭切の太刀が、何かをとらえた。ギャリギャリという耳障りな音が響き火花が散る。
クリーンヒットした太刀が、高速で飛んできた相手の肩口に食い込んでいた。
背中に翼をもち、鳥と爬虫類を合わせたような顔、見た目には石でできているような人間の体で剣を持つ・・・。
『ガーゴイル(ソード)』。
「ガーゴイルかい!」
ゴーレムの次がガーゴイル。
石像つながりか!
とはいえ、神様もここはちゃんと考えたようだ。
ずっと動きの遅いゴーレムが続き、ここにきて一つ下の階層にいた敵より少し弱くなった。シャラーラのように気を抜く冒険者は多いだろう。
そこに、速度がまるで違う、しかも有翼の敵だ。
気を抜いているところを攻撃されて傷を負う。命を落とす者がいてもおかしくない。
『恵み』とはいえ、遊びではないということだ。
ガーゴイルは肩に髭切の太刀を食い込ませたまま、自身の重量を生かしてさらに押してきた。体当たりでもしようというのだろう。
「この!」
刀を引くと同時に身をかがめて、石像による体当たりを避ける。
ずんっ!
重々しい音と地響きを伴って、ガーゴイルが着地した。
ゴッ! と空気がうなる。
鬼の形相のミーレスさんが剣を両手で振っていた。
がぎん!
あまりきれいじゃない音がして、オレが斬りつけていたところからガーゴイルの腕が落ちる。ミーレスがオレのつけた傷口を狙って剣を叩きつけたのだ。
腕を一本失ってバランスを崩したのか、二歩ほど後退ったガーゴイル。その背中に、赤い瞳の悪魔が鉄拳の雨を降らせる。
いや、悪魔の形相のシャラーラだ。
背中への乱打で、よろめきながら前に出れば、鬼が剣を振り下ろす。
・・・こわい。
ガーゴイルは八秒で消えた。
「ご無事ですか?! ご主人様!」
ミーレスが真っ青な顔で駆けつけてくるなり、オレの全身を調べ始める。
「ああ、大丈夫だ。予想してたからな」
というか、かなり最初のころにゴーレムばかりが続く中で、動きの速いゴーレムというサプライズがありはしないかと警戒していた。それをずっとひきづっていたのだ。
それに、『天井擦り』に危うく顔を裂かれかけた記憶もまだ生々しく残っている。
突然、予期せぬ速度で攻撃される。
その可能性は常に頭にあった。
そして、この迷宮ではずっと、一階層ごとに二種類の魔物が増えてきていた。ここだけ一種類というのは「ない」と思っていたから、今までにない形での魔物の出現があると予想していた。
その通りだったわけだ。
予想以上の速度と重さだったことには、焦らされたが。
「これ、『ドロップアイテム』なんすか? 石にしか見えねっす」
ガーゴイルが消えた後に転がっていた、まさに石の塊を持って、シャラーラが首をかしげる。長い耳が、ふにゃりと垂れた。
『珪石』。
おお、ここでようやくですか。
ガラスの原料。『珪砂(石英)』の素、だ。
『珪石』を砕いたものが、『珪砂』だから。
一階層からさんざん染料となる物質をドロップさせておいて、八階層でようやく原料を出してきたわけだ。しかも、こんなサプライズ付きで。
神様ってやつは、やはり性格が悪い。
「ああ、『ドロップアイテム』だな。結構な重さになりそうだ」
荷物運びとしては、そこが一番気になる。
「まぁいい。なるべく早く次の階層に行けるようにすればいい。もともと、この階層に残る理由はないしな」
クエストできているわけじゃない。
ゲートキーパーが見つかり次第、次の階層に行く。
次の階層で手に入る『ドロップアイテム』が軽くて小さいことを祈るとしよう。
「あー、ただ・・・」
『ドロップアイテム』を受け取りながら、シャラーラに声をかけた。
「あまり遠くに離れないようにしてくれるか? 今の奴がまたどこから突撃をかけてくるかわからない。分断されたりすると厄介だ」
先行しすぎないように、と釘を刺した。
前からそうだったが、シャラーラは放っておくとどんどん前に行ってしまってかなり離れてしまっていることがある。
今まではそれでもうまくいっていたが、これからはまずい場面が増えそうだ。
「ぅぐ。わ、分かったっす。ご主人様あってのオラだで。後れを取るようなことは二度としねぇっす」
「頼りにしているよ」
ウサギ耳のあいだに手を置いて頭をなでてやる。
身長はわずかに彼女の方が高いので、シャラーラは膝を曲げて撫でやすくしてくれた。
「さて、進もうか?」
ミーレスとシャラーラが頷いて隊列を整えた。
進み始める。
そこからはゴーレムが2に。ガーゴイル1の割合で出現した。
飽きることはなくなったが不意打ちでさえなければ、どちらもうちのミーレスさんとシャラーラさんの敵ではない。
どんどん進む。
ゲートキーパーに出会ったのは昼食後だ。
「プロペラ機か!」
とりあえずツッコんだ。
『グラビル』。
基本素材が『ガーゴイル』の強化版で、両手の先に回転式の刃物がついていた。
回転させながら両腕を突き出されると、そのまま飛びそうだし、実際飛んできたのだが。まんま双発機だ。
回転式の刃物でしかも飛んでくる。かなり怖いが、それだけだ。
オレめがけて飛んでくるのを、左右に散ったミーレスとシャラーラが無防備な脇腹に剣と拳を叩きつけて撃墜。目の前に落ちたガーゴイルの首に髭切の太刀の一撃を叩きつける。
太刀での居合抜き。
無茶な攻撃も、レベルが30に届こうかという今は苦でもない。
そして、無茶だけに威力は高い。
石像の首が、カッとんでいく。
・・・嘘だ。
転がり落ちただけ。
それでも勝ちには違いない。
『レアドロップアイテム』の『グラビール』は回転軸の先端に銅の円盤や石製の円盤をつけて回転させ、ガラス面を彫刻する道具。当然動力は魔力式だ。
魔物はゴーレムからガーゴイルに変わったが、相変わらずガラス工芸関連のアイテムを落とすようだ。
建築の神様かと思っていたが、芸術の神で専門がガラスということだろうか。
9階層に出て進む。
登場する魔物は、ゴーレムが消えてガーゴイルになった。
武器が(ソード)、(ランス)、(メイス)と変わる以外は姿かたちは一緒。
わかりやすい。
そして、『ドロップアイテム』は『ソーダ灰』と『石灰』で・・・。
「い、嫌がらせなのか?」
ズシリと重い荷物の下で、愚痴がこぼれた。
『珪石』の塊が結構溜まっていたところに、五キロはある布袋が積みあがっている。
無駄に重い。
いい加減うんざりしてきたところで、『ゲートキーパー』に遭遇した。
『ダイヤガーゴイル』。
ガーゴイルだ。もちろん。
で、どこがダイヤなのかと思ったら、拳がダイヤモンドだった。
魔素になるとわかっていながら、「何カラットになるだろう?」と考えてしまうのは貧乏人の性だな。
鉄拳ならぬダイヤモンド拳で、ガーゴイルは正拳突きを繰り出してきた。当たれば、どんな防具も粉々になりそうな硬度と威力。それを・・・。
「ここっス」
ちっちゃな肉の拳が正面から激突する。
「うぁ?!」
見ただけで手が痛くなりそうになる。
が、・・・。
パキャ!
なんかスッゴイ安っぽい音がして、ダイヤモンドの拳が砕け散った。
右、続いて左拳も。
「だ、だ、ダイヤモンドを、か?」
ダイヤモンドは世界一硬い物質だが、それだけに脆い。
そういう話は聞く。
そうでなければどうやってカットするのか、という話だ。
しかし、それは鉄の鏨とハンマーがあってこそ。
シャラーラさんの拳は鉄のハンマー以上の力を秘めていることになる。
・・・あぁ。
そうでなかったら、あんなボンボン魔物を殴れないよな。
小っちゃくてかわいい、などと思ってはいけない。あれは凶器なのだ。
って、ちゃんと鉄の手甲はめてるじゃん。
手甲の中身は小っちゃくてかわいいスベスベのお手て、頬擦りしたりしてもいいのだ。
原理はダイヤモンドのカット技術と同じなんだから。
なんにしても、一番の武器である最高硬度の拳を失ったガーゴイルさんほど、哀れなものはない。
サンドバッグと化して、シャラーラに怒涛の殴打を受けた。
拳をなくした腕を振り回しはするが、先端がないので力強さに欠けるし速度もない。シャラーラさん相手では役者不足が過ぎる。
あっという間にボコボコにされて、魔素になって霧散すした。
『レアドロップアイテム』は『ダイヤモンド・ペンシル』。
ガラスに彫刻をするための道具だ。
「なんか・・・すっごく楽に戦えている気がするんだけど?」
「わたしたちの実力なら、15階層辺りにいてもいいくらいだと思います。このぐらいは当然でしょう」
淡々とミーレスが分析を述べる。
「ただ、11階層以降に行くときには、もう一人仲間がいないと苦しいかもしれません」
主にオレの護衛が、だろうな。
「わかった、留意する」
理解した旨を伝えて、10階層に上がった。
上がったが・・・。
「今日はここまでにしよう」
荷物が重すぎる。
かなり早いが、帰ることにした。
ギルドでアイテムを売ってまた迷宮に、というには遅い。帰った方がいいだろう。
冒険者ギルドに出てアイテムを売る。売ったのはミーレスだが、戻ってきたとき少し暗い顔をしていた。
「これだけでした」
硬貨の入った袋を渡される。
いつもとそう変わらない気もするけど?
と中身を見て、驚いた。
白い。
銀貨がザラザラと入っている。
いつもの二倍くらい、銀貨の比率が高かった。
なんで!?
叫びそうになったが、実は予想していた。
なんたって、『珪石』と『ソーダ灰』、『石灰』がドロップアイテムの大半だ。『珪石』は単に石だし、『ソーダ灰』は草木を燃やしたあとの灰を加工したもの。石灰にいたっては言わずもがなだろう。
どれも地上ですら簡単に手に入るものばかり、高く買い取ってもらえるとは思っていなかった。
『レアドロップアイテム』は売ってないしな。
今すぐ大金が欲しい状態というわけではないのだし、いつか『クエスト』を発注されることがあるかもしれない。とりあえずは保管しておくつもりだ。
仲間を増やすのに、金が足りなかったりすれば売り払うことになるだろうけど。