リリム
唯一の選択肢。
リガロで買った木工品をボザリンで売って、かわりにスドル油という植物油を買って、帝都に行って売る。三点貿易だ。
試しにやってみたが、結論としては儲けが出る。
損はしないが、当然大儲けはしない。
魔力を効率よく吸収するための息抜きと、小銭稼ぎと考えるのがいいのかもしれない。
欲はかかない方がいい。
四十万ダラダほど金がたまれば、もう少しましなルートが使えるようになる。
それまでは辛抱しよう。
そんなわけで、翌日から二日間は、迷宮探索を頑張った。
マクリアの迷宮をさらに階層を上げ、階層に五階層に出てもいる。
七階層の『ゲートキーパー』は『タダホタル』。ゲンジボタルの巨大な奴だ。なぜか手がムチになっていたが、ケツは光っていた。
しなりまくるムチを完全無視でシャラーラさんが突っ込み速攻で肉薄。
ジャブの連打でムチを振るえない間にミーレスが斬りかかり、オレが止めとばかりに剣を胸に突き刺す。
あっけないほど簡単に『タダホタル』は魔素の塊になって消え、『レアドロップアイテム』。『マホタライト』が手に入った。
魔力で灯るデスクライトだ。デザインでいえば、オーソドックスなオイルランプ。火を使わないので安全で、物を燃やしている明りではないためオレンジ色ではなく冴え冴えとした青色の明かりを灯す。
とってもいい色なので、売らずに寝室に置くことにした。
常夜灯として便利だろう。
うん。こんな感じで、迷宮探索はすこぶる調子がいい。
七階層は木材と繊維系の素材が『ドロップアイテム』に多かった。なので生活費としてどうしても必要な金額分だけを売り、残りは物置にしまうことにした。
椅子にしていた木箱が非常に役に立っている。
そのせいで懐具合はいつもスカスカだ。でもそれは、貧乏ということではない。いざとなれば金に換えることのできる『ドロップアイテム』をため込んでいるのだし、交易で使う資金は別にしてある。
順調だ。
その日、探索は昼飯前に打ち切った。
今日はシャラーラがうちに来て八日後。
リリムの準備が整うとメルカトルが約束した日だ。
「今日は少し早いのですね。なにか御用事ですか?」
家に着くと、ミーレスが期待のこもった目で尋ねてきた。
なにに期待しているのか。
「ああ。マクリアの商館に行く」
そういうと、「ああ、そうか」という顔をした。
なのに、なぜか返ってきた言葉には疑問符が付いていた。
「商館ですか。仲間が増えるのですか?」
「奴隷を一人引き取りに行くのは間違いないが、仲間とは言えないかもしれん。少なくともパーティに参加することはないだろう」
絶対とは言わない。
可能性はある。
「それはそれとして、今日引き取るのは、ミーレスは覚えていないか? メルカトルの商館が盗賊に襲われた際、顔に傷を負った子だ」
「あの子、ですか?」
当然ながら、ミーレスは覚えいた。
オレ自身、かなり取り乱したところを見せてしまったのだ。忘れようがなかっただろう。
あれ? リリムを買うことにした時、ミーレスもそこにいなかったか?
と不思議に思って目を向けると、ミーレスはシャラーラを見ていた。
そういうことか。
シャラーラだけ、なんのことかわからないという状態を避けたのだ。
買われてきて八日しかたっていないシャラーラを気遣ってのことだ。
「買い手はつかないだろうから、うちで引き取ることにした。両目とも見えず、耳も片方しか聞こえないそうだから、なにかをしてもらうということもできないだろうがな」
それでも買い取ったのには、ちゃんと理由がある。
うまくいくかどうかわからないから、現時点では教える気はないが。
事情がよくわからないシャラーラが、少しばかり物問いげな顔をしているが、そっちの説明はミーレスに任せておく。
今回は受け取りだけだから、商館に行くのはオレ一人でいい。
「ということだから、昼食を四人分用意しておいてくれ」
「承知いたしました」
「わかったっす」
マクリアの商館を訪ねると、連絡がいっていたのだろう、すぐにいつもの部屋に通された。
メルカトルもすぐにやってくる。
「ようこそいらっしゃいました」
きちっと頭を下げてから、対面の席に座る。ほとんど同時に、紅茶が運ばれてきた。
「リリムの様子はどうですか? 連れて帰れますか?」
「体力が回復しつつあるところです。医者も、これ以上の治療は必要ないとのことですので、最低限の準備は整ったかと考えます」
治療は必要ない=治療のしようがない、だろうな。
「そうですか、それならいいでしょう」
だが、そんなことはわかっていたことだ。
気にはならない。
「それではまず、こちらをお受け取りください」
なにかを差し出してきた。
手紙?
白い硬質の紙が折りたたまれて、真ん中に蝋で封がしてある。
「これは?」
「以前お話しさせていただきました、アニークにいる奴隷商人への紹介状でございます。ぜひ一度お立ち寄りください」
ああ、そう言えばそんな話もしていたな。
今の家には新たな奴隷を買い込むような余裕などないが。
まあここの商館にはもうめぼしい奴隷はいないみたいだし、金に余裕が出来たら見に行くのもいいだろう。
そんなこんなで、とりあえず片付けるべき雑事をこなしたが、リリムとはまだ会えていない。メルカトルはもうしばしお待ちを、と言ったっきりリリムのことは口に出さないでいる。
しばし、居心地の悪い沈黙が流れた。
「メルカトル様、準備が整いました」
運ばれてきたハーブティーが、すっかり冷めきったころ、ようやく声がかかった。
「入れ」
メルカトルが答え、扉が開く。
まず目を引いたのは顔。
顔に大きな傷があり、口以外はほとんど潰れてしまっていた。
顔全体が妙にぷにぷにしたピンク色の皮でおおわれている。
両目は完全に潰れたか飛び出したかで見えるかどうかとかいうレベルを超えていた。以前見たときは気付かなかったが、肌の色は褐色で、日に焼けた程度の色合い。
髪はくすんだ暗緑色で、その脇からエルフの耳が覗いている。だが片方だけだ。
ろくに食べていないのか、もとからか、体型は痩せぎす。
身長はオレの肩ぐらいだろうか。
ほっとけば死ぬ、そんな印象の少女だ。
ぱっと見ただけで、両目、鼻、片耳の欠損。これでもこの世界では治せるそうだが、それを頼めるのは世界で数人しかいない最高位の治癒魔法士だけだとか。
間違っても奴隷の少女が受けられる治療の範囲を超えてしまっているのは一目でわかる。
メルカトルの使用人らしいおばさんが、手を引いていた。
足取りがおぼつかないのは目が見えていないからか、それとも栄養状態が悪いのか。おそらく両方だろう。
「ずいぶん弱っているな」
「これほどの傷を負ったのですよ? 回復するのにどれだけ・・・」
率直な呟きに、おばさんが憤慨しそうになるのをメルカトルが押し留めた。
助かる。
オレは別にケチを付けたかったわけではないし、言いたいことはわかる。あのまま死んでいてもおかしくない負傷をしたのだ。寝たきりになっていても不思議はない。それが自分の足で立って歩いているだけでも奇跡だろう。
「そんなことは言わなくても、ハルカ様は知っておられる。医者の話を聞いていなかったのか」
メルカトルが冷たく言うと、おばさんは怒りに燃えていた目を見開いて驚きの色を浮かべたあと、気まずげにオレから目を逸らした。
「失礼をお許しください。ハルカ様」
「いえ、別にかまいません。ですが、医者の話というのは?」
「はい。あのあとでリリムを見せた医者によりますと、傷を負った直後に治療した者がいただろうということでした。どのような方法によるかはわからないが確かに治療がされている。それがなければ、傷を受けた数分後にも、この子は死んでいただろう、と」
そういえば、必死に設定値変更を繰り返した覚えがある。
「ああ、そういうことか」
多くを語らず、うなずく。
治療など知らない、と言うのも治療をしたと言うこともいらぬ疑念を招く。言葉を短くして追及者にこれ以上の情報を与えないようにすべきだろう。
「リリム、お前を買ってくださったハルカ様です。精一杯ご奉仕するのですよ」
おばさんが、リリムの手を取って言い聞かせると、リリムを置いて立ち去った。とうとう最後までオレに目を向けようとはしなかった。
「リリム、カードを。ハルカ様も」
メルカトルが事務的な声を出した。今までで初めてではないだろうか。
いつもはもう少し人間味を感じさせたものなのだが。
【リリム。ダークエルフ族。奴隷。女。15歳。未定。所有者ハルカ・カワベ】
明後日の方向に突き出されたリリムのカードに文字が浮かび上がって、契約が成されたことを示した。
【ハルカ・カワベ。異世界人。男。15歳。冒険者。
所有奴隷ミーレス。メティス。シャラーラ。リリム】
当然、オレの方にも奴隷の名前が加わった。
そして、メルカトルの口からあの定型文が読み上げられる。
「リリムと申します。よろしくお願いします」
ダークエルフの少女は、見当違いな方向に挨拶をしている。やはり目は見えていないようだ。
「ああ、よろしく。オレはハルカだ。まずは一緒に家に行こうか」
メルカトルと一言二言言葉を交わして、オレはリリムの手を引いて商館を後にした。
服とかはあとでミーレスに任せた方がいい。
とにかく、家に連れて行くのが先決、と商人ギルドへ入った。
そして受付のお姉さんに、生ごみを見るような目を向けられた。
見るからに奴隷とわかる、顔の潰れた少女を連れ回す男。
うん。
どう見ても特殊な趣味、しかもかなり過激なヤバい人にしか見えないかもしれない。
いや、誤解なんです。
受付嬢の視線に耐えつつ、エレフセリア行きのタペストリーに向かっていき家へと転移する。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「お帰りなさいませっす」
移動部屋から玄関ホールを抜けると、すぐにミーレスとシャラーラが出迎えてきた。
ミーレスはもちろん、話しを聞いておいただろうシャラーラも、リリムの姿にはなにも反応を見せなかった。
いや、そうか。
これほどの被害だ、商館内で噂にぐらいはなっていただろうな。
「リリム、先輩奴隷のミーレスとシャラーラだ。あとメティスってのもいるが、自己紹介はあとだ。手早く昼食を食べてしまってくれ。今日は忙しいぞ」
ダイニングにはすでに用意ができているようなので、ともかく昼食にする。
「は、はい。ご主人様」
リリムをオレの席の右隣、シャラーラの正面に座らせる。
見えないので、食べにくそうだがオレが全部介助して食べさせてやった。
もっとも、食欲がないようで半分くらい残していた。
残ったものはシャラーラの腹に消えたので無駄にはしていない。
「四人で迷宮に行く、支度をしろ。リリムにも適当な防具を付けさせてやれ」
全員の昼食が済んだところで声をかける。
物置に売らずにおいてるドロップアイテムの装備品があるから、そこから選んでもらう。
「えっと。わかりました」
なにか言いたそうになったミーレスとシャラーラだったが、ミーレスがすぐに動き出して、シャラーラも後を追うように動きはじめる。
その間に、オレはリリムをパーティーに入れた。これで、リリムにも全員の能力による補強が行える。
全員の準備が整うのを待って、マクリアの迷宮五階層へ転移する。
現在の最前線だが、どうせ魔物の強さが変わらないなら何層でも問題はない。
「リリムはオレの後ろに隠れてて。ミーレスとシャラーラは悪いが二人で魔物を片付けろ。オレはリリムを守りながら援護する」
作戦を指示して、魔物を狩りまくる。魔物を見つけては、サクサクと狩っていく。
リリムはオレの服の裾を必死に握り締めて付いてくる。リリムのキャラクター設定値を変えて、現状は可能な限りのパラメーターを0にして、かわりにレベルアップの速度を最大に上げてあった。
タグを開きっぱなしにして見ていると、職業欄が未定のままレベルがどんどん上がる。
カードの魔力チャージが満タンになるまで続けた。
「よし、一度家に戻るぞ」
家の移動部屋に飛んだ。
「ミーレスとシャラーラはここで待て。リリム、おいで」
リリムを抱きかかえるようにして、玄関から外に出て少し歩くと診療所がある。
「・・・どうしたの、その子」
診療室の扉を開けると、緊張でこわばったメティスの顔があった。しかし、リリムを抱きかかえているオレの姿を見た途端、その緊張は消えて気遣わしげな表情でリリムを見つめてくる。
「さっき引き取ってきた奴隷だ。名前はリリム。夕方まで預かってくれ」
「それは・・・もちろん、かまわないけど」
メティスの澄んだ蒼い瞳が、こんな子供の奴隷買ってくるって何考えてるの、と問い詰めてくるが無視する。
「リリム、この人がメティスだ。戻ってくるまでここで待っていなさい」
「あの、私、お役に立てませんか? さっきなにか間違えてましたか?」
やっぱり見当違いの方向を向いているリリムが心細そうに訴えかけてくる。一度使ってみて役に立たなかったから、ここに連れてこられた。とでも思ったのかもしれない。
オレはしゃがんでリリムの手を取った。
「いいや。ちゃんとできていたよ」
安心してもらえるように、最大限の優しさと、なによりも愛をこめて言い聞かせる。
「リリムをここに置いておくのは夕方にがんばってもらうからだ。その時に備えて休んでいてほしいからだよ」
「あ・・・はい。あの・・・私を買ってくださってありがとうございます。経験はありませんが、ご主人様に少しでも満足してもらえるよう、精一杯奉仕させていただきます」
誰もいない方向に深々と頭を下げるリリム。相当しっかり奴隷教育を施されたようだ。まあそうでなければ盲目の奴隷なんて売り物にならないだろうが。
少し離れた場所では、メティスが驚愕の顔で息を呑んでいる。正真正銘の奴隷が見せる、奴隷たるものの態度を初めて目の当たりにして、衝撃を受けたようだ。
これだけでも、リリムを連れてきた意義がある。それにしても今の発言はヤバイ。
正直、リリムは細すぎて女性としては魅力的とは言えないと思うのだが、先程の言葉にゾクゾクと背筋に走るものを感じた。
これが背徳感というやつだろうか。
思わずニタリ、とアブナイ人のような表情を浮かべてしまいそうになった。
オレのちっぽけでご都合主義的な良心でも、さすがにこのままベッドに引き入れる、というのは罪悪感が半端ない。
それに顔の傷もひどくてそそらない。
なにより、メティスが腐った生ゴミを見るような目をオレに向けている。
オレに本気で嫌悪を向けているのがわかる。
好感度が急下降しているのが肌で感じられた。ジェットコースター並みの落差だ。フリーフォール並の落下速度だ。
これはまずい。
オレはリリムをメティスに託すと、早々に診療所を逃げ出した。
家に戻ると、ミーレスとシャラーラを伴って迷宮に飛んだ。マクリアの迷宮の四階層で魔物狩りをひたすら繰り返す。
何十匹目かの魔物が煙になったところで、パーティ設定画面でリリムのステータス欄が点滅した。
来た。
リリムのレベルが、体内に取り込んだ魔力を十分に活用できるところまで上がったのだ。
体内に魔力受容体を作り出し、魔物と戦える体に作り変える。
そのシステムが全力で稼働できる状態になった。
これでよし。
現状できうる最大限の準備は整った。
迷宮から家に戻る。移動部屋に出て、そこで装備品を外す。明日の朝のために一人ひとり所定の位置に重ね置いた。
いつもの日課だ。いつもと違うのはここから。
ミーレスとシャラーラを連れて診療室に向かう。中に入ると、リリムは一生懸命に乳鉢で薬草か何かを潰していた。メティスは掃除をしている。
「ご主人様ですね。お帰りなさいませ」
扉が開いたのを察知したリリムが手を止めて声を上げた。
「ただいま、リリム」
思わず、いい子にしていたようだね、と頭を撫でそうになった。だが考えてみれば、ミーレスとシャラーラより一つ下、オレとは同年なのだ。ちょっと違和感を覚える行動になってしまうので思いとどまる。
「こっちへおいで」
リリムの手を取って歩かせ、診察台に座らせた。
パーティーは五人体制。
レベルが20を超え、30に届こうというのが三人いる。
パーティー効果で、ほかの二人にも高い回復力と体力の補正がかかっているはずだ。
そして、空間収納から『レアドロップアイテム』の『シャクジョウ』を取り出す。まさにここが使いどころだろう。
さすがにここまでやれば、できる気がする。
「メティス。部分欠損も治せる治癒魔法はなんていうんだ?」
「・・・それは・・・マクシムムサナーレ、上級治癒魔法よ。でも、使える人なんてそうそういないわ。私には絶対にできない」
自分に治療を迫られると思ったのか、メティスが尻込みした。
もちろんメティスにやらせるつもりなんてない。
マクシムムサナーレ、か。
念じると、頭の中に魔法力の流れ方をイメージ化した映像が浮かんできた。
こうすれば治療できるのか。
魔力の動きを一度なぞって確認した。
「リリム、治療するからじっとしていろ」
「治療、ですか?」
驚いているのか戸惑っているのか、表情が読めない。
読めないというより、そもそもないというのが正しいだろうが。
「あぁ、いくぞ」
『シャクジョウ』を両手で持って、リリムに向ける。
深呼吸をして集中する。
「マキシムムサナーレ」
上級治癒魔法の魔力操作を実行しつつ、魔法の名称をゆっくりと唱えた。
魔法というと呪文だと思っていたが、呪文そのものには意味がないらしい。
重要なのはイメージだ。
「まさか・・・」
背後でメティスが呟きをこぼす。震えていた。
全身の魔力が、凄まじい勢いで流れ出るのが感じられる。オレだけじゃない。パーティ全体の魔力が根こ そぎ吸われていく。代わりに、穏やかな緑光が一つところ、リリムの顔に集まっていく。そして、目の前にいるリリムの、目が、鼻が、急速に再生していく。
しかし、光はすぐにその光度を下げ始めた。
足りなかったか?
じっと見つめるとリリムは、力尽きたように診察台に横たわっていた。その顔に、そう顔に、安らいだ笑みが浮かんでいる。
「成功、だな」
疲労のにじむ呟きが、オレの口からこぼれた。
「・・・・・・」
なにか言いたそうなメティスを、手で制して扉を指差す。リリムが自然に目覚めるのを待つ方がいい、ここで騒ぐべきじゃないとの思いをのせて。
治癒魔法士として経歴を積んだメティスには、それで伝わるだろう。
ミーレスとシャラーラは言わずもがなだ。
廊下を歩いた突き当たり、階段部屋を抜けて、メティスが普段生活の場としている部屋へと移動した。
「・・・一体、何がどうなったわけ?」
訳が分からない、という顔のメティスが静かに聞いてくる。ミーレスとシャラーラは無言だ。軽い驚きが顔に表れているだけで。
「細かい説明はしない、というかできないしな。とにかく、オレには職業の枠を超えて、いろんな能力を使うことができる。もちろん制限はあるが、治癒魔法士の治癒魔法は使える。そして、パーティを組んでいるから、パーティーメンバー全員の能力をある程度上乗せすることもできる。カードの持つ魔力供給能力とレベルアップによる肉体改造の仕組み、レアドロップアイテム。そうやって集めた総力を込めれば、辛うじてだが上級治癒魔法も使える、というわけだ」
この説明で納得してくれるだろうか、不安なままメティスの答えを待つ。
「・・・正直、信じがたいわね」
額を手で押さえたメティスが苦しげに答えた。
まあ気持ちはわからないでもない。
身体の部分欠損をすら治せる治癒魔法士は世界に数人しかいないとされている。それなのに同じ能力を持つ者が目の前に現れたのだ。しかも知っている限りではその相手は冒険者で治癒魔法士ではないはず、と来れば混乱しない方がおかしい。
「でも、結果は明らかだわ。・・・すごいのね、としか言えない」
現実を目にしては否定もできないから、いろんな諸問題には目をつぶって事実だけを受け入れる。メティスの結論はそういうことらしい。
「それで十分だ」
すべてを理解してもらうことはない。
できるんだ、ということを納得してくれればそれでいい。
「あ、それとこの『シャクジョウ』はメティスが使え。治療魔法の威力が五割増しになるそうだ」
「え? あ、ありがとう」
『シャクジョウ』を受け取り、メティスはしげしげとアイテムを観察している。使い方はさっき見ていただろうが、使うにも患者がいなければしょうがない。
治療院が繁盛するようなことはもうないかもしれないのだし、気長に使い方を覚えておいてもらおう。
オレたちの誰かが、大ケガしたときの保険となるために。
診察室に戻ると、リリムがいなかった。
えっ、嘘、逃げられた?
いや違う、診察室の隅にある衝立の向こうからすすり泣くような声が聞こえる。
逃げたわけではなかった。
衝立を寄せると、映りのそれほど良くない安物の鏡の前に立ち、鏡を見て顔をペタペタ触りながらすすり泣くリリムがいた。
「おっ、もう目が覚めたのか、気分はどうだ」
「っ、その声。あ、あなたがご主人様ですか?」
「そうだよ」
「あっ、ありがとうございます。わたし、あそこであのまま死ぬんだと思って・・・」
こちらを見上げる顔は涙でぐちゃぐちゃだ。
奴隷に対して著しく不当な扱いをしてはならない。という決まりはあるが、そんなものはどうとでもいいわけが利く。目が見えない奴隷なんて、いつ食事を与えられなくなり餓死するかわからない、というものだろう。
こんな女の子が、と思うと比較的薄情なオレでもさすがに同情してしまう。
それに・・・。
オレは自分の慧眼を全力で褒め称えた。
傷の癒えたリリムは見違えるように綺麗になった。
腰の辺りまで伸びる、くすんだ暗緑色の髪はダークエルフの特徴らしい艶のある若緑色に。えぐり取られた肉が戻ったからか血色もいくらかマシになった整った顔、唇は女の子らしい朱色に染まっている。
褐色の肌も健康的な活力を感じさせてくれた。
いまなら、メルカトルの商館での売値は四十万を超えるだろう。迷宮に入れる分、ミーレスの方が高額なのは当然としても。
ニコニコと、それはもう幸せそうにオレを見るリリムと目が合った。
菫色の瞳が、何か妙に艶っぽい。
ニコッ。
オレと目が合って、嬉しそうに表情を輝かせるリリム。
小鳥は卵から孵って初めて見る動くものを親として認識するというが、そんなレベルの刷り込みが成されたのではないだろうか。
見事なまでに、オレに依存している感がある。
「腹減っただろ。食事にしよう。ミーレス、シャラーラ、飯の支度は任せる。オレは風呂を入れるから な」
「はい。ご主人様」
「かしこまりました」
ミーレスとシャラーラが、軽く頭を下げて家に戻っていく。
「メティスはどうする? 一緒に食うか?」
これまで、メティスは一人だった。
奴隷として扱わないと決めた猶予期間中は一人で心理的な整理を付けろ、という意味で、あえてミーレスとシャラーラとは接触しないよう診療所に放置していた。隔離していたと言ってもいい。
だが、すでに猶予期間は半分過ぎた。
そろそろ、進展があってもいいのではないか。
「・・・いいの?」
それが分るのだろう、メティスは短い逡巡のあと、意を決して聞いてきた。
「もちろんだ。ミーレスたちの手伝いをしてやってくれ。リリムもな」
「はい。がんばります」
「・・・わかった・・・」
リリムとメティス、対照的な返事にうなずいて、オレも家へと戻る。リリムはオレについてきて、メティスは診療所の玄関から出て家の玄関に回る。
診療所の戸締りの必要もあるからだろうが。やはり他人が普段寝ている寝室に足を踏み入れるのを避けたという意味合いも強いのではないだろうか。




