手紙
タペストリーなしでも移動できるようになってからは、縁がなくなっていた場所だ。移動のために並んでいる人たちを横目に、奥の方へと進む。
表の騒がしさとは対照的に、平日の学校並みの静けさに支配されている。
テレビで見たことのある五つ星ホテルのロビーのような佇まいに圧倒された。
受付らしい人と目が合ったのでそちらに進む。
「冒険者の方ですね。運送ですか?」
会話が可能な距離まで近づくと、向うの方から声をかけてきた。
ビシッと背広を着こんだナイスミドルだ。
すでに両手に書類を持っている。
「交易を始めたいと思いまして、許可をいただきたいのですが」
そう返すと、その受付は右手に持っていた書類を置いて、左手に持っていたのと持ち替えた。この男・・・できる!
「では、こちらに必要事項の記入を。それと照魔鏡の確認をさせていただきますので、お見せいただけますか?」
渡された書類は、登録用紙だった。
氏名と居所、職業などを書き込んでいく。
居所のところには連絡先を数か所書き込ませる枠があった。
そんなものないぞ、と思ったら宿屋を拠点としている人用だった。
万が一何かあって、宿に行ったら引き払っていた、なんてことも多いのだろう。
持ち家だと、こういうところでも信用が違う。買っておいて本当によかった。
書くべきところを書きつつ、何気ない動作を心掛けてカードを渡す。
気づかないでくれればラッキー、なのだが・・・。
ダメだったらしい。
奥の方で悲鳴が上がったような気がする。どたばたと上の階から人が下りてきてる気もする。今まさにお茶を持ってこようとしている女性職員の手が震えている。
どんだけだよ!
『異世界人』と言っても、勇者ではない。
無位無官の一般人なのに。
「お待たせいたしました。奥の方へどうぞ」
さっきの男性が呼びに来た。
行くとお偉方がずらりと並んでいたりするのだろうか。
いやだなぁ、と思いつつも促されるままに移動する。
奥には予想通り、金掛けてます、と言わんばかりの応接間があった。ただ、幸いなことにお偉方が勢ぞろいというのはなかった。
初老のジェントルマンが一人いるだけだ。
ロマンスグレーの髪と口ひげが、とってもダンディー。
「おかけください、勇者さま」
すくっと立ち上がってソファーを勧めてくる。四角いテーブルの左右にソファーがあって、ジェントルマンは左側に座ってオレを待っていた。
「『異世界人』ではありますけど、勇者様ではないんですよ。誤解なさらないでください」
勧められるままソファーに腰を落ち着けつつも、誤解は解いておこうと釘は指す。
「存じております。ショウヘイ様とは先日パーティーでお会いしておりますから」
おおっと。
翔平とあった人、第一号を発見した。
そうか、商人ギルドのお偉いさんなら、会う機会もあるだろうな。
「オレのことでも何か言ってましたか?」
なんとなく予感がして、聞いてみた。
「ええ。本当なら自分などではなく、ハルカ様が勇者のはずだと言っておられました」
「それは完全な買い被りですけどね」
「そうですかな? ショウヘイ様はハルカ様が困っているようなら助けてやってほしい、そう申しておりましたぞ。お心に沿うよう、われらがお助けさせていただきます」
オレは即座に席を立った。
これ以上は時間の無駄だ。
ものも言わずに商人ギルドから出るべく歩き出した。
翔平が、オレを助けるのに他人を使うはずがない。
助ける、というのは弱っているときに手を差し伸べるということだ。差し伸べられた手に、ナイフが握られていれば、助けを必要とする者を待つのは破滅だけだ。
そんなへまを、翔平がするはずはない。
絶対にない。
「どけ」
扉が閉じていた。
さっきの男が立ちふさがっている。
「お待ちください。これは―――」
「どけ!」
一喝する。
元世界にいた時なら絶対に出さなかった大声だ。
「どうか、お気をお沈めください。お話を―――」
「聞く必要はない!」
数人の職員が扉の前に人の壁を作る。
よろしい、吹っ飛ばしてやろう。
オレは感情を害してはいたが、怒り狂っているわけではない。冷静に状況を見据えていた。
こいつらの狙いが、オレではなく翔平だと。
オレをダシにして勇者に恩を売ろうとしている。
そんなことを許す気はなかった。
オレ自身に嫌がらせをしようとか、オレという人間を騙して利用しようとするのは構わない。だが、オレを使って翔平の足を引っ張るというなら、この場で吹き飛ばしてやる。
設定値変更魔法を使おうと、役に立ちそうなものを探した。
よさげなものはないかと顔を振ると、・・・ない。
つかえねぇー。
仕方ない。オレ自身にも被害が出てしまうが、気圧操作だ。
「ぐっ?! かはっ!」
目の前の男が苦しみだした、遅れて他の職員も胸を押さえてうずくまる。呼吸がままならないのだ。
「な、なにを?」
したのかと聞きたかったのだろうが、ジェントルマンも陸に上げられた金魚のように口をパクパクさせながらソファーに倒れ込んだ。
このまま続ければ、気を失うだろう。そうしたら出ていこう、そして二度と商人ギルドには来ないようにしよう。
殺しまではしたくない。
そう考えていると。
「そこまでです。今すぐおやめください!」
誰かが駆け込んできた。
女だ。
装着している装備から見て、戦士か騎士というところだろう。
どちらだろうと関係ない。
オレが一人で倒せるような相手ではない、というだけで十分だ。
殺されてやるつもりもない。
効果範囲を広げる。
「ぁ・・・ぐっ!」
「・・・っ・・・」
この攻撃。オレ自身、実はかなり苦しいのだが、やめれば多勢に無勢。一気に押し込まれて終わる。自己防衛のためには耐えるしかない。
転移すればよかったんじゃないのか? と思い付いたのは、この時点でのことだ。
まったく、オレってやつは要領が悪い。
勇者になれなかったのは、そのあたりに理由があるんじゃないかな。
そんな頭でも、意識が遠ざかるのを防ぐために考えを巡らせ続けることくらいはできる。
もう少しだ、がんばれ。
「や、やめ・・・し、ショーヘイ様からの。て、手紙・・・が・・・」
女戦士だか騎士だかが、息も絶え絶えに懐から何かを取り出してくる。
手紙?
タグを開いた。
女の脳裏には確かに翔平から手紙を受け取る映像がある。
差し出そうとしているのと同じ封筒だ。
罠?
ありえる。
でも・・・。
「はっはあっはあはあはぁ――――」
気圧操作を停止して、手紙を受け取った。
激しい呼吸音があたりで巻き起こるが放っておく。
開いて読む。
『拝啓。
川辺晴夏様。
うまくやっているか?
お前のことだから苦しくても助けを求めてなんて来ないだろう。
俺の方は立場が立場なんで下にも置かない対応をしてもらってる。
不自由はない。
といっても、オレも心の底から信頼できる人間というのは少なくてな。
助けてやりたくてもできることはあまりないんだが、すごく優秀で信頼できる人を見つけたんだ。
この手紙を運んでくれた人がそうだ。
今後はこの人にお前との連絡役を頼もうと思っている。
まずはお前の居場所を探さなきゃならんから、もしかすると都合の悪い時に行くかもしれない。
そのときは、すまん。
詫びておく。
できれば、返事を持たせて帰してほしい。
世界の希望の星から、一般人へ。』
確かに、翔平からの手紙だった。
内容もそうだが、手紙の物質としての来歴にもちゃんと翔平のことが記憶されている。
「チッ!」
舌打ちが出た。
自分のこらえ性のなさにも腹が立つし、思わせぶりな態度のジェントルマンにも頭にくる。そして間の悪い女騎士にもイラついた。
『ブレヒティー・エクセリティ。軍属。23歳。聖騎士。帝国親衛隊少佐』
聖騎士、ね。
ていうか、親衛隊の軍人様か。
きっと、スッゴイエリートなんだろうな。
でも、それだけでもない、と。
ただのエリートなら、翔平は信頼できるなんて言わない。
「大丈夫ですか?」
一人一人に声をかけつつ、治癒魔法で治療もしてやった。
そんな必要はないと思わなくはないが、やりすぎた感はあるからここは手厚くフォローを入れておこう。
「申し訳ない。翔平がオレの助けを他人に頼むことはあり得ないものですから。なにか裏があるのだろうと判断してしまったんですよ」
商人ギルドの連中に一応頭を下げておく。
といっても、まったくの濡れ衣ということではない。タグで彼らの考えの表層だけは確認したうえで、立ち去ることを決めたのだ。
言葉面だけをとらえて動いたわけではない。
実際、これで恩を売って有利な立場を手に入れようとの下心はあったから、この疑惑が間違いだったわけでもない。
「い、いえ。当方も少々ぶしつけでありました」
乱れた髪を無意識にだろう、手で撫でつけながらジェントルマンが何やら言い訳をし始めた。ブレヒティーがオレを探していたので、彼女が来るまでのあいだ歓待しようとしていたのだが、言葉の使い方を間違えただのなんだのという話をくどくどと続けている。
「お互いに過失があった。そういうことですね。どちらか一方の無礼であればしこりも残りましょうが、 双方ともにであればなかったこととして水に流してしまうのがよいのではないですか」
これ以上、聞くに堪えないこじつけを聞きたくはないので、収拾を図る。
ジェントルマンは乗ってきた。
名前を名乗られた気もするし、タグを見れば即座にわかるのだが。こいつはジェントルマンで十分だろう。頭に「エセ」をつけたいところだ。
「そ、そうですな。では、・・・えーと。ブレヒティーは私の遠縁のものでしてな。一族の誉れなのです」
ああ、縁戚だったのか。
それでこのチャンスをものにしようなどという野心を持ったのだな。
「で、そのブレヒティーが『異世界人』のお方がギルドを訪ねることがあれば知らせてほしい。勇者様たってのお願いですと伝えてきていたのです」
途中までびくびくしている様子だったが、最後にはふんぞり返って言い放った。
悪いのはブレヒティーで、自分ではない、とでも言いたいのか。
誉れじゃなかったのかよ。
だめだ。
商人ギルドは信用ならない。
やはり、しょせんは商人というところか。
損得でしかものを考えられなくなっている。
いや、そもそもリティアさんのような人にポコポコと出会えるなんて奇跡が、そうそうあるものではないということだ。
「交易の許可さえもらえれば、十分ですよ」
そう言ってみたもののちょっと考える。
とある軍師が言っていた。
『欲深な人間は無欲の人間を理解できない。ゆえに、欲深な人間には、こちらも欲深いように見せてやらないと信用してもらえない』、と。
なにか、要求でも突きつけるべきだろうか?
そのほうが、安心してもらえるかもしれない。
安心しておいてもらわないと、今後も隙を見つけて直接か、搦め手か、何かの方法で接近を試みられる可能性が高い。
ただ、それをやればあとあとになって癒着に発展しそうではある。
こちらが気を付けていればいいことではあるが・・・。
いっそのこと完全に関係を断つことも考えるべきかもしれない。
そもそも交易に手を出して、楽をして儲けようと考えたのが間違いなのかも。
「伯父さま、ご融資という形でお助けさせていただくというのはいかがでしょう?」
場の空気が停滞しようかというところに、女性の声が吹き込んできた。
「お初にお目にかかります。わたくし、商人ギルドのバララト支部副支部長マティ・オレィユと申します」
紫がかった黒髪を揺らして、頭を下げてきた。
『マティ・オレィユ。市民。22歳。商人』
さらっとした髪の隙間から覗く、白いうなじにドキリとさせられる。
じっと見つめてくる瞳は陽光を散らしたような緑色だ。
「ブレヒティーの従妹にあたります」
「ハルカ・カワベです」
握手を求められたので、反射的に名乗って手を握った。男が相手なら、踏みとどまれたかもしれないが、きれいな女性ではブレーキなんて効かない。
彼女の手は暖かく、ふんわりしていた。
「カワベ様。いかがでしょう、わたくしの方から交易の初期費用としまして五十万ダラダをご融資させていただけませんか。お近づきのしるしといたしまして、一年間は無利子で融通させていただきますので」
なるほど。
感心した。
金を理由もなく手渡せば、受け取れば、癒着を疑われる。だが、融資であれば言い訳は可能だ。しかも、帝都の本部ではなく、どんな街かは知らないが地方の一支部の名であれば、ごまかしが利くというわけだ。
・・・考える。
丸く収めるには・・・。
「いいですな」
にへらっと笑って見せてやる。
「あなたが窓口となってくださるのでしょう?」
なるべく好色そうな顔を作って、聞いた。
握ったままの手を反対の手で撫でさする。
セクハラと言われても文句の言えないような撫で方で、なのだが・・・。
「もちろんですわ」
気にした様子もなく、微笑んできた。
利息がとれなくては金額的な意味での利益はない。
だが、勇者が気に掛ける『異世界人』との間に金の賃借という関係性は持った。しかも、副支部長とはいえ商人ギルドの幹部との個人的なつながりが生まれようとしている。
目に見えての利益はもちろんないが、商人ギルド全体に、ある意味では箔が付いた形になるのだろう。
社交界や経済界のパワーバランスなんてわからないので、想像にすぎないがあながち間違いでもないだろうと思う。
なんにせよ。
オレは無利息で五十万ダラダを手に入れ、商人ギルド側は実質的な損失はなしで名誉を手に入れた。とりあえずはウィンウィンの関係だ。
もちろん、この先なにかとオレの内情に食い込み、それによって勇者と、ひいては帝国政府にまで手を伸ばすのが商人ギルドの考えなのだろうが、現状では双方満足のいく落としどころを得たといえる。
「詳しい話は、バララト支部にございます、わたくしの執務室でさせていただきたいのですが、よろしいですか?」
「いいでしょう」
聖騎士殿を一瞥して、オレは了承した。
「ですが、今日ではなく、明日にしていただけますか?」
「わかりました。お待ちしておりますわ」
にっこりと微笑んで会釈をしてくる。
今の今まで気づいていなかったが、胸元を大胆にカットしたドレスのおかげで、驚くほど深い谷間が視界に飛び込んできて、思わず目をそむけた。
惜しかったかもしれない。
「返事をよこせってことらしいんで、君には付き合ってもらおうか、ついてきてくれ」
ブレヒティーに声をかけて、オレは歩き出した。
もう用はない。
いや、待て。
「ああ、そうだ。交易の許可証も明日もらえますか?」
扉の手前で立ち止まり、振り返る。
ジェントルマンと視線のやり取りをしていたマティが慌てたようにこちらに顔を向けた。
「もちろんですわ。手続きは済ませておきます」
再びの深いお辞儀。
うん。間違いなく見えることを計算してる。
なら、じっくり観察してもいいだろう。
目にしっかりと焼き付けて、家に向かった。
帝都の商人ギルドからエレフセリアの商人ギルドへ、そこからは家まで歩く。通常の正規ルートでの移動だ。
畑を左右に見ながら、道を進む。
ブレヒティーは少し困惑の表情を浮かべながらもついてきた。
「ここが、オレの家だ。今後、連絡があるときはここに来るようにしてくれ。商人ギルドとかだと何かと問題が大きくなりそうだからな」
「はい。申し訳ありません。今後はあのようなことのないよう、一層気を付けます」
「うん。そうしてくれると助かるよ」
そのまま敷地内へ入り、家へ・・・というところで気が付いた。
「メティス、いるかい?」
途中で診療所の扉を開けてみる。
「え、ええ」
診察台の横で、何か作業中だったらしいメティスが、はじかれたように立ち上がった。一瞬、そのまま硬直したものの、すぐに何事もなかったように歩み寄ってきた。
「オレは普段迷宮に入っていることが多い。そうなると、家にはこのメティスしかいないかもしれない。そのときは、メティスに伝言を託してくれ」
「承知しました」
メティスの顔にじっと視線を注いだ後、ブレヒティーが答えた。
「彼女はブレヒティー。オレの友人のとこの人間だ。オレとの連絡役ということになるから、よろしくな」
「ええ。わかったわ」
メティスのほうもブレヒティーの顔を見て頷いた。
これでお互いに顔は見知ったことになる。
「パーティーメンバーも紹介しておこう、こっちだ」
診療所を出て、母屋の方へ案内する。
「家、ということでしたが、ご自宅という理解でよいのでしょうか?」
アプローチを歩きながら、ブレヒティーが聞いてきた。
「そうだ。詳細は教えないが、先日購入した」
この世界にきてひと月程度で家一軒買った、かなり異常な話ではある。
気になるのも当然か。
玄関から中に入る。
久しぶりだ。たいていは転移して帰ってくるから玄関から出入りすることはほとんどない。日本の我が家なら部屋が一つ作れるほど広い上がり框がある。
すでにミーレスとシャラーラが並んで待っていた。
「ミーレス様!」
と、突然。
ブレヒティーがミーレスに駆け寄った。
知り合いらしい。
しかし・・・『様』か。
軍属の彼女が『様』と呼ぶということは、ミーレスは元は貴族階級の出身ということか?
もしくは軍の中佐以上の階級だったのかな?
ああ、そう言えば侯爵夫人が「遠縁の娘」と言っていたっけ。
詮索しようとは思わないし、タグを覗くことで他人の心の中に土足で踏み込むようなことをするつもりもないが。
「様はやめてください。私は今、ハルカ様にお仕えしている身です」
答えたミーレスの声は、いつもと変わらず、動揺のようなものはうかがえない。ただ、心なしかいつもより低く冷たかったような気がする。
もちろん、それは内心の警戒によるものとは限らない。たんに、オレに対してのものと他人に対するものという違いでしかないのかもしれないのだから。
「あ・・・」
動揺しているのはブレヒティーのほうか。
助けを求めて、なのか揺れる瞳をオレに向けてきた。
「翔平・・・オレの友人のところから来たブレヒティーだ。今後、翔平との連絡役として、家に出入りすることになると思う。見知っておいてくれ」
ミーレスは顔見知りらしいが、シャラーラは初見だろうから紹介しておく。
シャラーラはあまり興味がなさそうだ。
奴隷である彼女がブレヒティーと会う機会があるとすれば、そこには当然オレもいるわけだから、顔を覚えるのに必死になる理由はない。
「連絡役、ですか?」
不思議そうに、ミーレスは首をかしげた。
「あ。な、なるほど。そういうことですか」
だが、直後には何かに気付いたようで目を見開いて納得の声を上げた。
オレの顔を見ている。
『異世界人』でありながら、『勇者になりそこなった』が前後どちらかにつくんだぞ、とオレが言っていたことを思い出しでもしたのかもしれない。
つまり、『異世界人』が複数いる、と。
「とりあえず、ダイニングに移ろう。ミーレス、手紙を書きたいから用意してくれるか? シャラーラは紅茶を頼む」
「わかりました」
「はいっす」
二人が動き出すのを待って、オレはブレヒティーをダイニングテーブルまで誘導した。
「翔平の奴はどうだい? ちゃんと勇者しているのかな?」
オレはいつもの席、ブレヒティーは普段ミーレスが座るオレの正面に座らせた。
「宮廷魔導士ヴォルシェ・ブーニク様の指導の下、力を付けておいでです。数日中には迷宮への挑戦が始められるかと」
まずは下地を付けてから、か。
さすがに大切にしてもらえているようだ。
「部下には、わたしをはじめ五人が付く予定になっています」
「六人パーティーか」
きっと、各方面から選り抜きが集まるのだろう。
「まだ誰になるのかは知らせていただいておりませんが、フラムマ教の巫女、ルクス神教の修道女、大貴族連合の剣士、宮廷魔導士様の直弟子の一人に帝国親衛隊のわたくし、という布陣になるようです」
ああ、やっぱり。
それに、巫女に修道女、か。つまり女性。
で、騎士はブレヒティー。
これは、剣士と魔導士も女性で固められそうだな。
羨ましぃ!
オレのとこもミーレスとシャラーラがいて、メティスもいるが選りすぐりの五人というのはちょっとうらやましくなる。
自分の意見はあまり聞いてもらえず押し付けられるのだろうという点では、同情するが。
いや、待て。
考えてもみろ。
想像してオレは背中が寒くなった。
「それは大変そうだ」
各派閥から一人ずつというのがまず恐ろしい。
翔平を中心に派閥を背負った女の戦い。
つくづく、オレは勇者じゃなくてよかったと思える。
嫉妬することはなかったな。
「ブレヒティーはどういう経緯で、翔平のお守りをすることになったのかな?」
シャラーラが紅茶を入れてきて、オレとブレヒティーの前に置いた。自分とミーレスの分を持って、テーブルの端っこに座る。
本当なら、ブレヒティーがいるのでリビングのほうにでも下がるのが奴隷には正しいのだろうが、オレが同じテーブルにつくことを許しているので、この辺りでいいだろうと結論を出したのかもしれない。
警護という意味もあるしな。
ちょっと不安そうな表情を見ると、ちゃんと指示を出すべきだったかと反省してしまう。
客が来るなんてことを想定していなかったオレの落ち度だ。
大丈夫だぞ、とうなずいてやると、ようやくほっとした顔で自分のカップに口を付けた。
「お守りというのは少々違うと思われますが」
質問の内容に目をぱちぱちさせていたブレヒティーだが、口元に小さな笑みをたたえて答え始める。
「私は、十人いた候補の一人でした。親衛隊の中から年齢と技量で選ばれた十人。私はおそらく年齢的なもので選ばれたのでしょう」
やはりか。
ま、組織の上の連中が考えることは世界が変わっても違わないということだな。
「わたしたち候補者は、ショウヘイ様の面前に立ち並びました。そして・・・私が選ばれました。なぜかはわかりません」
誇らしげに、嬉しそうに、ブレヒティーはそう言った。
「ご主人様」
手紙のセットを持って、ミーレスが戻ってきた。
ずいぶん時間がかかったな、そう思って苦笑した。我が家にそんな気の利いたものがあるわけない。たぶん、メティスにでももらってきたのだろう。
「すまないな」
「いえ」
苦労させたことを詫びると、ミーレスは優しく微笑んで首を振った。
『勇者、翔平様』
宛名を書いたところで、噴きそうになった。
手紙で勇者様とか。
『お手紙拝見しました』
気を取り直して書き始める。
『ご心配いただいているご様子。
されど、こちらは低所得ながら暮らしに困ることもなく、平和に過ごしています』
なんか他人行儀すぎるか?
『っていうか、お前の方が大変そうだ。
五人のパーティーメンバーにすりつぶされて粉にならないように気を付けろ。』
急に砕けたな。
まぁ、いいや。
『こっちはしがない冒険者として迷宮で稼ぐ生活をしてる。
権力とかとは無縁だ。
それが役に立つ時もたぶんあると思う。』
権力で片付く問題なら、政府が後ろにいる翔平には簡単に解決できるだろう。
だが、問題の内容によっては逆に権力があると邪魔な場合もあるかもしれない。そんな時には、オレが手助けできる可能性がある。
お互いの存在の有利不利をうまく使える関係になれれば、心強い。
『お互い、連絡を取り合いながら、それぞれの道を歩くとしよう。
がんばれよ。勇者様。
力も金もない、一般人より』
書き上げたものを三度ほど読み直して、良しとする。
「これ、返事。頼むよ」
封筒に入れて、ブレヒティーに手渡す。
彼女は大事そうに封筒をさらに何か布で包み、懐にしまい込んだ。
「では、私はこれで」
「ああ、よろしく伝えてくれ」
ブレヒティーが立ち上がり、玄関に向かう。シャラーラが見送りに行き、ミーレスはカップを片付け始めた。
オレは翔平の手紙を持って寝室に上がり、気が付いた。
「戸棚じゃ手紙をしまうのに向かないかもな。文机でも買うか」
脳内の、金が入ったら買うものリスト、に新しいものを書き込んでおいて、手紙はとりあえず戸棚にしまった。戸棚には、この世界に来た時に着ていた服が全部入れてある。
静かに戸を閉めて、息をついた。




