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異世界で家を買いました。  作者: 月下美人
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 貧乏生活は二日で終わりを告げた。

 金貨が数枚。というとこまで追い込まれ、火の車だった我が家の家計は一瞬にして息を吹き返した。

 『アリの剣』と『アリの盾』が、本来なら五年はかかるという成長を二日で遂げて、『諦念代謝――ていねんたいしゃ――』を発動。『替色金――たいしょくきん――』というアイテムに変わり、それが二つ合わせて五十万ダラダで売れたのだ。

 しかも、この間にオレのレベルも急激に上がっていて、10を越えた。カードの魔力供給速度やオレとミーレスの魔力受容体の成長速度も『アリの剣』などと同じように促進させていることが多少影響しているようだ。

 他の冒険者の成長速度を知らないから『多分』でしかないが。

 それに伴い、パーティー枠が四人に増えた。

 これはもう・・・。

 「ミーレス、余力がある間にパーティーメンバーを増やそうと考えているのだが、どう思う?」

 「よい事だと思われます。迷宮探索のメンバーは多いほどいいものです」

 それは当然だ。

 頭数が多ければ、同じ魔物が相手でも戦闘にかかる時間が少なくて済む。戦闘時間が短ければこちらの損害が少なくなる。一日に倒せる魔物の数も違ってくるし、『ドロップアイテム』を運ぶ手も増える。半端な時間に「荷物がいっぱいだから」なんて理由で迷宮から出る回数も減る。

 いいこと尽くめだ。

 自然、より安全な探索と稼ぎの割り増しが実現できる。

 「では、今日は朝食後にメルカトルの商館を尋ねてみよう」

 「承知しました。よい出物があるとよいですね」

 「そう願いたいね」

 よい出物か・・・人間相手に使う言葉じゃないよな。


 「店主にお会いしたい」

 奴隷商人の商館に着き、出てきた男に告げる。

 「こちらへどうぞ」

 一度引っ込んだ男が案内する。奥の部屋に通された。オレは座ったが、ミーレスは控えて立っている。

座らせようかとも思ったが、ここは彼女が売られていたところ。

 奴隷だと知られているのだ。情をかけられているのを見せるのは、彼女にとってあまりいいことではないかもしれない。

 それに、彼女には荷物の全てを背負わせている。

 荷物を床に降ろさせるのも、いろいろと問題の元になりそうだ。

 このままでいいだろう。

 「ようこそいらっしゃいました、ハルカ様」

 「急にきてすみません、メルカトル殿」

 「いえいえ。いつでもお越しください。さあ、どうぞ」

 立ち上がって挨拶する。

 使用人がハーブティーを二つ持ってきて、オレと奴隷商人の前に置くと、一礼して下がる。そのあと、もう一人使用人が表れて何か大きな袋が置かれた。いや、おぼんの上に布袋が懸けられているのか。

 重そうな・・・硬貨か?

 「先日は、ご紹介いたしました物件を見事に買い取られたとか。紹介した私も鼻が高こうございます」

 「あれか、さすがに少々無理をしてしまったんだけどね。おかげで、金蔵の底が見え始めてるよ」

 メティスと治療院の件だ。簡単に買ったわけではないことを強調しておこう。

 実際、今日の買い物での支払額がいくらになるかわからないので、金蔵にあった銀貨も搔き集めて全部持ってきている。

 あんな買い物がずっとできると思われては困る。

 「さようでございますか」

 どこまで本気で受け取ったかわからない返事と態度に、不安がよぎるがこれは仕方がない。さっさと話しを進めよう。

 「そんなわけで、金があるうちに、パーティメンバーを増やしておこうと考えてる」

 ハーブティーを置きに来た使用人が出ていく前に切り出す。

 家を買って資金繰りが悪くなったとか思われていそうだ。

 そんなんじゃないやい!

 「先行投資は必要かと、さすがはハルカ様にございますな」

 メルカトルが手放しでほめてくる。

 乗せておいて、ともかく売りつけようというのだろう。

 使用人が部屋を出ると、メルカトルが姿勢を正した。

 雰囲気が少し硬くなった?

 「ですが、その前にこちらを」

 テーブルに置かれた布袋をかぶせられたおぼんを押して寄越す。

 「先日退治していただいた盗賊の懸賞金と、勝手ながら装備を売って得た金。しめて二十四万ダラダほどになってございます」

 おお。

 すっかり忘れていたよ。それがあったのか。

 資金は十分だな。

 「手間をかけさせてしまいましたね。ありがたく受け取らせてもらいます」

 おぼんを引き寄せた。ただし中身を見たりはしない。

 しまうこともない。

 「パーティメンバーは若い女性のみで構成するつもりなので、よい出物があれば紹介してもらいたい」

単刀直入に切り出した。海千山千の奴隷商人に腹芸ができるほど、オレは器用ではない。

 「もちろんでございます。もし、気に入るものがないようでしたら、他の店をご紹介させていただきます」

 「そんなことしてもらっていいんですか?」

 「かまいません」

 商売敵とかないんだろうか。

 「この商売、まずはお客様に興味を持っていただかないと成り立ちません。興味は持ったが、望んでいたような商品がなかった、と幻滅されては商売が立ち行かなくなるのです。ですので、足を運んでいただけたお客様には必ず満足して帰っていただくのが、わたくし共のモットーでございます」

 「そういうものなのか」

 温泉街の観光協会みたいなものだろうか。

 繁忙期に予約もなく気まぐれに来た客のため。協会に加盟しているいない関わらず、空いている宿を探し出す、ようなことかもしれない。

 何人もで片っ端からホテルと旅館に電話かけまくるような苦労をさせられたとしても、それでいい印象を持って次の旅行では明確に「ここ」を目的に旅行する。そんなリピーターになってくれれば万々歳。

 そういうことかもしれない。

 売っているものがものなので、何か引っかかりは覚えるが。

 「アニークにある私どもと仲のよい商館を紹介いたしましょう。今の時期ですと、数がそろっていることはないかと思いますが」

 「そうなのですか?」

 「春は農繁期でもありますから」

 忙しいなら需要があるのでは、と思ったが、そうではない。

 忙しい間は働き手を売りに出したりはしないだろう。口減らしに売るとしたら、農作業が一段落ついてからだ。

 買う側にしても、忙しいからとあわてて買うようでは駄目に違いない。必要なだけの奴隷は前もって準備しておかなければならない。その程度の才覚もないようでは、奴隷を買えるほどの身分になることは難しいだろう。

 「なるほど、ね」

 勝手に解釈して独りで納得する。違っていたとしても不都合はない。

 問題は、供給がないから相場が高いのか、取引が活発でないから相場が安いのかだ。

 「紹介させていただく商館も間違いのない商売をする店でございます。満足のいただける取引ができるかと思います」

 「そう願いたい」

 「うちにいる奴隷をご覧いただいて、お気に召す者がいなければ、でございますが」

 「そういうことだな」

 家電を買おうというのではない。

 人なのだ、どんなに優れていようと、見た目がよかろうと買う側との間で性が合わなければ価値などないも同然。

 どんな大女優やアイドルと結婚しても、価値観が違うことで浮気してしまって離婚。そんな男を、日本のワイドショーで何人見せられたか。

 「お望みや条件をお聞かせいただけますか」

 「そうだな・・・」

 それについては熟考したが、はっきりしていることが一つ。

 「最初にも言ったが、若い女であること」

 これは外せない。

 雇う、ならいいが「買う」のだ。

 男を「買う」、論理ではなく心情としてあり得ない。

 「探しているのはパーティーメンバーだ。迷宮で働ける者でなくてはならない」

 働ける、であって必ずしも戦闘向きでなくてもいい。

 「この二つが最低条件だな。あとは、会ってみないことには判断できない」

 ここで戦闘力の高い者、と限定してしまうのは悪手だ。

 レベルアップのシステムがあるのだから、現時点での戦闘力は気にしなくていい。

 求めるべきは、今後オレの役に立つかどうか、だ。

 いろんな意味で。

 「承知いたしました。その条件ですと現在では四人ほど紹介できるものがおります」

 営業スマイルを閃かせ、メルカトルは準備をしてくると言って外に出た。

 後ろに振り返り、ミーネを手招く。

 顔が寄せられた。

 「うまくやっていけそうにないと感じたら言ってくれ。買ったあとでいがみ合われるのだけは絶対に避けたい」

 これだけははっきりと言っておく。

 女として嫉妬するとかなら構わない。しかし、ことあるごとに張り合ったりいがみ合ったりは見たくない。

 「承知しました」

 本気度が伝わったのだろうか、ミーレスは真顔で応えた。

 『伝声』を使わなかったことが功を奏した。

 やはりこういうのはちゃんと言葉で、目を見て言う方がいい。

 「準備ができました」

 さっき紅茶を持ってきた使用人が呼びに来た。

 オレは立ち上がると、ミーレスについてくるよう合図して歩き出す。

 先導するように、先を進む使用人の後ろに付いて行った。

 女奴隷たちは手近な部屋で待っていた。メルカトルもいる。

 顔合わせ用の部屋なのだろう。家具と言えるのは一脚の肘掛椅子だけだ。

 入った瞬間。二人は消えた。オレの頭の中での話だ。明らかにバカにした態度と目つきでオレの品定めをしていた。

 これは買っていっても言うことを聞きはしないだろう。

 それを調教して従えるのも主人の力量なのかもしれないが、わざわざ苦労を買うこともあるまい。

 残りは二人・・・。

 一人は、少し黒ずんだ感じの20代半ば、髪と瞳も暗い青。

 そして、腹の中は黒そうだ。

 最後の一人は・・・。

 兎だった。

 耳が。

 銀髪からぴょこんと長い耳が飛び出ていた。

 タグを開くと。


『シャラーラ。獣人(兎耳族)。奴隷。16歳。拳闘士Lv5』


 拳闘士ときたか。

 外見からは想像もつかないジョブが付いている。

 即戦力として期待できそうだ。

 背も高い。オレとほとんど変わらなそうだ。ミーレスより頭一つか二つ高い。しかもあの耳がさらに高い印象を持たせる。

 それなのに顔はちっちゃい。

 まさに兎。

 しかも、彼女はオレを否定していなかった。

 赤い瞳で、真っ向から見つめてきている。

 開きっぱなしのタグでも、悪い感情は感じなかった。

 無意識にタグの深度を下げようとする自分を抑えて、早々にタグを閉じた。

 ミーレスに振り返る。

 小さく首が振られた。

 言いたいことはない、ということだ。

 オレが誰に目を付けたのか、彼女にはわかるようだ。

 わかった。と頷いて見せてメルカトルの方に顔を向ける。

 そして廊下に出た。

 話を聞く必要はない。言葉はいくらでも飾れる。

 ミーレスが影のようについてきて、メルカトルも出てきた。

 「いかがでしたでしょうか?」

 質問もなにもしなかったせいか、少し不安そうに見える。

 「兎耳族を買わせてもらうよ。値段については少し交渉しないといけないかもしれませんけどね」

 「ありがとうございます。では、部屋にお戻りを。商談に入らせていただきます」

 不安そうな面持ちから一転、破顔したメルカトルがオレたちをもとの部屋へと誘った。

 「兎耳族をということでしたな。獣人でございますのでもちろん戦闘は得意のはずでございます。しかも未だ男を知らぬ身体。いろいろと楽しめることを保証いたします」

 部屋に戻り、席に着くと怒涛の勢いで売り込んでくる。

 さすがは奴隷商人。押しが強い。

 「いくらですか?」

 もうすでに、買うとしたら彼女と決めている。

 セールストークになんて興味はない。興味があるのはもはや金額だけだ。

 「異種族の処女、見た目もよく、戦闘もこなす。逸材でございますので、少々値は張ります。四十万ダラダ。と、言いたいところなのですが・・・」

 メルカトルがなにか言いよどんだ。

 半ばはきっと演技だ。

 なにか欠点があることを認め、あとからクレームを言ってこれなくするための予防線を張る。理由を付けて値引きして割安感を演出する。

 商売上の駆け引きが始まったのだ。

 最終的には三十五万ダラダ辺りで落ち着くだろう。

 そう見切りをつけたところで、オレはメルカトルの営業トークを遮って、聞いた。

 「・・・一つ尋ねさせてください、リリムはどうしましたか?」

 さっき奴隷たちのいる部屋に向かう途中、思い出してしまった。

 顔のほとんどを潰された少女のことを。

 生きているのだろうか。

 あるいは、もう。

 「リリムでございますか」

 さしものメルカトルの口調も沈んだ。

 やはり死んだのか。

 「命はとりとめました」

 「・・・!」

 「ですが、目は両目とも潰れ、鼻は削ぎ落ちてなくなり、耳も片方は半分ちぎれております」

 やはり、治らないか。

 世界に数人しかいないという治癒魔法の権威に頼めれば治るかもしれないが、奴隷の治療なんてしないだろうし。奴隷商人が利益を度外視にしてまで治す義理もないだろう。

 「それでも、まだ商品ではあるのですか?」

 「買ってくださるお客様がいらっしゃれば」

 探るような目を、メルカトルが向けてくる。

 「買わせてもらいます。おいくらですか?」

 「五万ダラダでございます」

 「そうですか」

 アイテムボックスを開いて、金貨を二十一枚出した。目の前のおぼんから布袋を取り、金貨を載せる。

 「余分な分は、今日までの治療と食事代の足しにでもしてください」

 シャラーラを値引き前の額で買った上にリリムも言い値で買ったことになる。余りも銀貨がかなり載っているから結構な額のはずだ。

 「これは・・・ありがとうございます。ただ、リリムのほうは準備ができておりません。八日後に、またおいでいただけますでしょうか」

 「わかった。そうしよう」

 交渉成立だ。

 奴隷商人が代金の乗ったお盆を持って部屋を出て行った。

 「ミーレスには苦労を掛けるかもしれないが、これからもよろしく頼む」

 「はい。お任せください、ご主人様」

 ミーレスが微笑んで答えた。

 「お待たせいたしました。シャラーラ、こっちへ」

 代金を持って出て行った奴隷商人が部屋に戻ってくる。

 背後にシャラーラも一緒だ。

 「シャラーラっていうっす。よろしくお願いするっす」

 シャラーラが頭を下げた。

 ぴょんっと兎の耳が跳ねる。

 おお。なんか武闘派な感じがする。

 「ハルカ・カワベだ。よろしく頼むよ」

 「筆頭奴隷のミーレスといいます。よろしくお願いしますね」

 いつの間にやらミーレスは筆頭奴隷の地位に登りつめたようだ。

 カードに書き込まれた最初の奴隷だから、確かに筆頭には違いないが。

 そういえば、メティスにもそう言っていたな。他に言い方はないのだろうか。

 「奴隷だったんすか? ご家族か、仲間かと思ってたっす」

 驚かせたようだ。

 奴隷というのは首輪で縛りつけておくものなのだろうか。

 腕輪と指輪だけでは、一目で奴隷とはわからせられないようだ。


【シャラーラ。奴隷。15歳。拳闘士。所有者ハルカ・カワベ】

【ハルカ・カワベ。異世界人。冒険者。15歳。所有奴隷ミーレス、メティス。シャラーラ。所有不動産エレフセリア迷宮街一丁目十一番地「メティス治療院及び自宅及び庭」】


 お互いのカードへの記載が済むと、例の注意事項がメルカトルから聞かされて契約は完了となる。

 「さてと、ともかく装備品を揃えるとこから始めるか。明日からはさっそく迷宮で活躍してもらうつもりだからな」

 商館を出ると、さっさと本題に入った。

 本当なら家に帰って互いの親睦のために少し話をしたりするものなのかもしれないが、我が家には現在そんな余裕はない。

 第一、買った奴隷との親睦ってなんだって話だ。

 「武器は何を使う?」

 拳闘士とはなっていたが、迷宮の戦闘ではどうなのだろう?

 「手甲と具足を買っていただければ、戦えるっす」

 おっと。

 そのままずばりでいいのか。

 「相手は魔物だが、それでも?」

 「人間だろうと動物だろうと、魔物だろうと。こちらの動きは変わらないっすよ」

 もっともだ。

 慣れない武器なんか持ったら戦いのリズムが狂うかもしれない。

 「じゃあ、帝都で買い物して、食事も済ませてから家に戻ろう」

 ぴこっ!

 兎耳がぐるんっと回った。

 「持ち家っすか? 家持ちなんすか!? は?! そういえばさっきカードに住所が!」

 「へ? あ、ああ。そうだが?」

 なんだ?

 どうした?

 「獣人は家――巣には非常に神経質になるそうです」

 驚いていると、ミーレスが耳打ちしてきた。

 ああ。

 なるほどとは思う。

 しかし、ここまでになることか?

 兎耳をぶんぶん回し、紅い目を爛々と輝かせて迫ってこられると恐怖を感じてしまうのだが。

 「は、早く、家を見せてほしいっす!」

 にじり寄ってきた。

 い、いや。

 はぁはぁしながら迫られても困るぞ。

 まぁいい。

 「家は飯を食ってからな」

 ビシッと言い聞かせる。

 思わずなだめるような口調にはなったが、主としての命令だ。

 シャラーラは従った。

 なんとなく、目はオレでなくミーレスを見ている気がするが。

 「冒険者ギルドから、帝都の冒険者ギルドに行こう」

 声をかけて、冒険者ギルドに向かった。



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