デート
冒険者ギルド帝都本部窓口業務部迷宮案内人リティア・ハティールの朝は早い。
夜が明けるのとほぼ同時に起床。
ベッドの上に夜着も下着も放り出して全裸になると、昨夜のうちにタライに溜めていた水で身体を拭いて、洗いざらしの下着を身に着けてギルドの制服に袖を通す。
これまた前日に用意していたパンを、昨夜残しておいたスープに放り込んで煮たものを口に流し込んで、髪を櫛でといたらギルドの寮を飛び出す。
「朝よ!」
無駄と知りつつも、隣の部屋の栗頭の同僚に声をかけて出勤だ。
ギルドにつくと、即座に掃除から業務が始まる。
タイムレコーダーどころか時計もないので、始業時間なんてものは概念上にしか存在していない。
迷宮で戦闘を繰り広げる冒険者が日々数千人も訪れるギルド内は、常に埃っぽい。ちゃんと掃除しておかないと、一日中その埃を吸い込みつづけることになるのは自分たちなので、女性職員はごく一部を除いて必死に掃除をする。
冒険者たちは通り過ぎるだけだが、彼女たちはずっとここにいなくてはならないのだ。
その間に、男性職員は昨日遅くに買い取った『ドロップアイテム』の整理をする。
契約している工房や各ギルドへと回す品を選別してリストを作成しなくてはならない。
同時に、今日の買取に必要となる証文も用意しなくてはならない。途中で在庫切れなど起こしたら、暴動が起きかねない。
もちろん、証文と同じく現金の用意もしておかなければならない。
それらの準備が終わったところで、ギルド開店。
開店後は、『ドロップアイテム』の換金を業務とする換金部。証文の現金化を業務とする証券部、などに分かれて仕事が行われる。
では、迷宮案内人の仕事とは何か?
本来の業務は、読んで字のごとく。
冒険者たちに迷宮の探索方法を指導し、リスクマネージメントも行うのが職務となる。
しかし・・・。
「もっと利益の出る迷宮はないのか?!」
「換金おせぇよ、迷宮にこもる時間が無くなるだろうが!」
「クエストの報酬が支払われてねぇんだけど?!」
などと苦情が寄せられ、
「現在の相場ですと○○迷宮が比較的換金率が高くなっております」
「それは、換金部に仰っていただきませんと、こちらとは管轄が違いますので」
「クエスト報酬の受け取りは冒険者と依頼主間の交渉で行ってください。ギルドは仲介するだけで、内容や報酬については一切責任を負わないことになっております」
たいていは、苦情処理に明け暮れることになる。
「どいつもこいつも、金、金、金。迷宮を制覇しようっていうまともな冒険者はいないのかっつうの!」
バン!
苦情処理の報告書の束をデスクにたたきつけて、リティアは憤慨のあまり怒声を上げた。
「んー? いないんじゃない? 制覇したって得があるって聞かないし」
栗頭の同僚が答えるが、爪の手入れをしながらなので、まったく気が入っていないのは明らかだった。
「そりゃそうでしょうよ。誰もまだ制覇してないんだもの」
制覇した者がいなければ、制覇したことで何が得られるか誰も聞いたことがないというのは当然のことだ。
「つまり、有史以来制覇に挑んだ冒険者は思いのほか少ないということを、この結果が示している、と」
爪の先にやすりを当てて、栗頭はさらっと核心を突いた。
数千年、誰一人制覇したことがないのだ。制覇に挑もうという冒険者が見当たらないのは今に始まったことではない。
「今までいなかったからって、今いないことの理由にはならないってのよ!」
「そうかなぁ、今までいなかったってことは制覇することに意味を見いだせてないってことでしょ? 意味も意義もわからないことに命をかけろって言っても、それは無理だと思うよぉ」
まともに冒険をする。
それはつまり限界を超えて高みを目指せもということに他ならない。
そこには当然、命の危険も覚悟しなければならない場面があるということ。
誰であろうと、誰にであろうと、強制はできない。
「う。あんた、なんでこういうときだけ鋭いのよ」
「っていうかぁ。リティアってば、迷宮制覇に関してだけやたら熱くなりすぎなんだと思うよぉ?」
やすりをトントンと叩いて爪の粉をごみ箱に落としながら、栗頭は一瞬だけ真顔になってリティアを見た。
「神の領域に何があるのか、誰も知らないのに。行こうとする。それは確かにすごい挑戦だし、偉業かもしれない。冒険者ギルドの創立の意志からすれば、それを応援するのは当然だしね。だけど、それと冒険者たちを死地に追い込むことは同じにはならないし、なってはいけない・・・んじゃないかなぁ」
へらっ、と笑って、やすりを机の引き出しにしまう栗頭。
同僚に目を向けたまま、苦悶するリティア。
未知への挑戦と、冒険者の安全。
重要なのはどちらか?
理念をとるか、命をとるか。
感情は前者を、理知は後者を尊重している。
「まぁ、期待するんなら、43年ぶりの勇者様にでもして。冒険者さんたちには安全を勧めるのがいいと思うよぉ」
つい先日、43年ぶりに勇者が降臨したという話は、戒厳令が敷かれて、一般にはまだ極秘だが冒険者ギルドの職員たちのあいだにはすでに知れ渡っている。
もし、神の領域に手が届く者がいるとすれば、それは勇者様以外にはいないだろう。現に、歴史上の迷宮攻略最高階層92階層目というのは、382年前の勇者が残した記録だ。
栗頭は冷静にそう告げる。
「もしくはリティアのお気に入り、とかね」
あの子に、迷宮制覇をけしかけるのか?
暗にした質問。
リティアは答えられずに、唇を噛んだ。
だが、落ち込んでいる暇はない。
「おーい。リティア」
突然、声が掛けられる。
「ぁ、は、はい」
返事をして立ち上がると、上司が手招いていた。
いやな予感に顔を引きつらせながら、歩み寄ると。
「おまえ、明日は休め」
いきなりの出勤停止通告が来た。
「えーっと、なんででしょう?」
額に汗がにじんだ。
「なんでだと思う?」
上司が表情筋を一本も動かさないぐらいの真顔で聞いてきた。
わかんなーい、などという返答が頭に浮かんだが、さすがに口にするのはまずかろうと自制して、リティアは恐る恐る、その予感を口にした。
「伯爵が来られる、とか?」
せめてもの抵抗として家名は口にせず、爵位だけを言ってみた。
「・・・・・・」
無言で頷く上司に、リティアも無言で汗を流す。
迷宮探索は貴族の嗜みといわれるが、各地の迷宮で低階層だけを巡っている伯爵がいる。
明らかに迷宮制覇の意志がないやり方に、リティアが呆れてぼやいたことがあったのだが、間の悪いことにたまたまその声が聞こえるところに当の伯爵がいて激怒された。
リティアのしたぼやきの真意は伯爵をあざけるものではない。
伯爵とそのパーティの実力をかんがみて。
迷宮案内人という職業柄、もう少し上の階層でもいいのでは?
活躍できるのでは?
と思ってのことだったのだが、相手の伯爵にしてみれば、余計なお世話が過ぎたらしい。
以来、伯爵はリティアを毛嫌いして、顔を見るどころか同じ空間には居たくないとまでいうようになったとか。
人間、真実を突かれるのが一番いやということだ。
「あ、あはは・・・ずいぶんと嫌われちゃいましたね」
無言の、ピリピリした空気に耐えられず笑ってみるが、雰囲気はちっとも柔らがなかった。
「個人的にはなんでそこまで、と思わなくはないが、ギルドの上層部は伯爵側の味方が多い。さすがに辞めさせろ、というのを受け入れる気はないらしいが、ともかく明日はギルドに近づかせるな、と厳命された」
「あー、それは、ご苦労様です」
げっそりとした顔で絞り出すように言われては、明るく元気がモットーのリティアでもそうとしか言えなかった。
「えっと。給料は出ますか?」
それでも、顔を伏せ、上目遣いになりながら聞いてみる。
「掛け合ってはやるが、期待はするな」
「りょ、了解です」
やっぱダメかぁ、という顔で、リティアは力なく笑った。
「え? えー!? リティア、明日休み?! じ、じゃ、じゃあ!! 明日提出のわたしの書類は誰がやってくれるわけぇ?!」
「おまえの仕事はお前がやれ!」
栗頭が泣き叫び、上司の怒声が轟くなか、リティアは深々とため息をついた。
「お仕事、一生懸命しているつもりなのになぁ」
『お気に入りのあの子』がギルドに姿を現したのは、その直後のことだった。
まじめな迷宮案内人は、その姿に無視できないものを見つけ、いつもそうであるように声をかけずにはいられなかった。
それが、疎まれめんどくさがられ邪険にされる、そんな結果になるかもしれないと知っていながら。
「ちょいとお待ちなさい、そこの冒険者君」
帝都の冒険者ギルドに出たオレを、誰かが呼び止めた。
急いでいるのに!
『レマル・ティコス』の閉店まで間がないのだ。
他人に邪魔をされるなど、容認できない。
「おおっと、怖い顔!」
振り向くと、そこにいたのはリティアさんだった。
「なにか用ですか?」
リティアさんには世話になっているが、腹具合に余裕がないのでつっけんどんな口調になってしまった。
「うぁ、なんでそんな機嫌悪いわけ?」
ちょっと悲しそうだ。
「腹が減っているんです!」
「ぶふっ!」
言ったとたん、リティアさんが噴き出した。
「な、なるほろ、それはきげんわふくなふ」
「笑いたきゃ笑えばいいでしょう?! 我慢しないで!」
「きゃはははははははは!!!!」
素直な人だ・・・・。
「あー笑ったー。じゃ、『レマル・ティコス』で話しましょう」
腹を抱え、眦に涙を湛えたまま、オレの肩に手を置いて言ってくる。
「おごりませんよ」
「ぶー!」
などと掛け合いを続けながらも、オレたちは速足で歩いていた。
そして、ラストオーダー五分前に滑り込む。感覚的な表現だ。実際は分刻みの時間など定まってはいない。
結局のところ、今いる客が帰ったら閉めよう、そんな状態にあるところに滑り込んだのだ。
オーダーは、「お任せ」にする。
この時間、仕込んでいたものがほぼ出払って厨房は空。
さて、残り物で店の従業員の賄でも作ろうか、というところ。
まともなメニューを注文したところで無駄なのだということをこの数日で学んでいる。
「あんたたち、こっちで食べな。他に客がいないから、帰宅組に店の片付けさせちまうからね」
テーブルにつくかつかないかのタイミングで女将さんから声がかかった。
この店の店員は、自分の家に帰る帰宅組と、店の裏の寮に住む住み込み組がいるが夜の賄は基本住み込み組だけだ。
ちなみにアリシィアやミンクは住み込み組だそうで、賄の支度と片付けられる調理器具を片っ端から洗い、しまうのに忙しそうだ。
「それで、なにか用だったんですか?」
料理が来るまでのつなぎに、酒目当ての客に出す小鉢の一品料理『お通し』の残り物を片付けながら聞く。
「あなたの武器、そろそろ寿命なんじゃない?」
チラッと、オレが腰に佩いた主武器の長剣に目を向けてリティアさんが言う。
ギルド職員の目だ。
「わたしも、そう思っていました。新しい武器を手に入れることをお勧めします」
ミーレスが重々しく頷いて、リティアさんの言葉を擁護した。
どうやら、かなり末期らしい。
「実はね。わたし、上司に明日は休めと命令されてるの。暇だから付き合いなさい」
休みを命令って・・・。
有給休暇でも溜まりまくっているのだろうか?
「ま、まあ、いいですけど」
「決まりね」
ギラリ、リティアさんの目が光ったような気がする。
気のせいでありますように。
翌日も、普通に朝食を食べてから迷宮には入った。
メニューは野菜本来の味だけが勝負のスープに、時間がたってカチカチなったパンをクルトンのように浮かべたもの、だった。
迷宮に入ったのは、三時間程だ。
そのあとはミーレスには畑の雑草取りと家の掃除を頼み、オレ一人で帝都に来た。
商人ギルドで待ち合わせていたリティアさんと合流。
一緒に歩き始める。
「あのう・・・」
「ん、なにかな?」
ツッコんだら負けだろうか?
そう思いつつも我慢できなかった。
「なんですか? その服」
リティアが着ていたのは、丈の短い白のジャケットに、同じく丈の短い赤いスカート。靴はエンジのブーツ。
日本なら、そんなに不思議な格好ではない。
が、服と言えばチュニックとくるぶしまであるスカートが主流のこの街では恐ろしく浮く。浮きまくっている。
「変かな?」
自分の服を見下ろして、リティアさんは首を傾げた。
「かわいくない?」
不安そうに訊いてくるので、小さく首を振った。
「すごく、かわいいですけど」
もともと何着てもかわいくなりそうな美少女なのに、快活な性格にマッチした服装だ。
かわいくないわけがない。
「なら、問題なし!」
満面の笑顔でうなずくと、リティアさんはオレの手を引いて歩き始めた。
「でも・・・」
「ん?」
ふと漏らした呟きに、リティアさんが表情を揺らす。
「その服装なら、ベレー帽が欲しいかな」
センスのないオレが言うのは正しいかわからないが、個人的にこの服装のリティアさんには、赤いベレー帽をかぶってほしいかも。
「べれーぼう?」
意味が分からない、という顔をされたのでベレー帽について説明する。
リティアさんは熱心に聞き入っていた。
帝都の街を二人で歩いている目的は、『レマル・ティコス』で話に出た、オレの新しい剣を手に入れること。
だが、これについては実はもう解決、というか結果が出ていた。
買い物というのは迷うものだ。
性能、色、形、大きさ、使い勝手、どこの誰それが愛用しているetc。
選択肢が多いなら。
今回、オレの買い物に関しては選択肢がなかった。
ない袖は振れない。
予算的に、買いに行ける価格帯の商品を扱う店は絞られていた。一軒だけだ。
その店で買える武器は十数種類。
技量的に、オレに扱える武器は長剣と、槍しかなく、使った経験が少しでもあるのは長剣だ。となれば、悩むまでもなく長剣で決まり。
選択肢がないのだから、やることは一つ。
置いてある長剣の中で、比較的新しそうなのを店主の下に持っていき、金を出す。
それだけ。
古い剣は処分してもらう、下取りはしてもらえなかった。
「あれ・・・?」
リティアさんがいない。
新しい剣を腰に佩きながら辺りを見回す。
どこに行ってしまったんだろうと顔を振っていると、店の外に立っていた。
何か買っていたのか、布袋を抱えている。
「ごめん、待たせちゃったかな?」
「あ、いえ、そんなことはないですけど・・・」
別の店で何かを買っていたんだろうか?
ちょっと気になったが、人の買い物を詮索する気はない。視線を外した。
「思ったより早く決まったねぇ。・・・ねぇ、ハルカ君。今度は私の買い物に付き合ってくれるかな?」
時間は昼を少し回ったぐらい。
一日空けていたのだし、時間は余っている。断る理由はなかった。
たぶん荷物持ちをさせられるんだろうけど、そのぐらいどうということもない。
「かまいませんよ、どこに行くんですか?」
「とりあえず、ごはん。そのあとは・・・靴屋さんかな?」
「私服用ですか?」
何気なくした質問だが、我ながらちょっと驚いた。こんなことを何気に訊いてしまうとは。
「ううん、仕事用よ。ギルドは制服を支給してくれるけど靴は自前でね。結構すぐ痛むの」
そう言って、リティアさんは無意識にだと思うが右足のつま先を床に押し当てている。
「でも・・・なんで? 私服用か仕事用かなんてどうして興味あるの?」
怪訝な顔で首を捻るリティアさん。紅玉色の瞳がオレを見つめた。
「あ・・・」
確かに、不思議がられて当然だ。
いろいろと言い訳用の理由が頭をよぎったが、結局は本当のことを言うのがいいだろうと思う。
「私服用は手に負えないですけど、仕事用ならオレにも作れるので、つい・・・」
「・・・!? えっ!? ハルカ君、靴が作れるの?」
「父が靴職人なので。一般的な靴とブーツだけは作れるんです。あと修理もできます」
商売できるほどの腕じゃないし、冒険にはあまり役に立たない特技だけど。
「すごいじゃない! ・・・え? じゃあ頼んだら作ってくれたりする?」
「作りますよ。一足・・・1000ダラダプラス材料費で請け負います」
一般的な靴の値段は5000ダラダくらいだったから、材料しだいではあるけど安上がりにできる。それにオーダーメイドで作るなら、規格品のように、馴染むまで靴擦れに悩まされることもない。
「お金は取るのか・・・」
あはは、とリティアさんは笑った。
「タダって言われると気兼ねしちゃうけど、ちゃんと請求してくれるんなら、気楽に頼めるね。お願いしちゃおうかな?」
もちろん、オレは請け負った。
近くにあるベーカリーでパンをいくつか買い、広場のベンチで昼食をとる。
胸にパン粉を落としているのをリティアさんに笑われたりしながら。
楽しいランチタイムを過ごした。
昼食を終えると、オレはリティアさんの案内で、ちょっと奥まった路地へと向かった。
靴の材料を調達に。
革素材を扱う店の場所は、リティアさんの同僚が調べてくれていた。
栗色の髪の女性職員だ。
オレたちが昼食をとっている間に調べ上げてくれていたらしい。なんどもなんども、リティアさんに貸しを作ったことを強調して手刀をお見舞いされていた。
この近くにいる革細工の職人さんのもとを訪ねるつもりだ。オレ一人で行こうかとも思ったのだが、リティアさんがついてくると言って聞かなかった。
「こんな奥に来たのは初めてかも」
細い路地のあちこちに視線を向けながら、リティアさんが呟いた。
まぁ確かに、この辺りに用事のある人なんてそうはいないだろうな、とは思う。
あまり裕福ではない労働者向けの、貸家が大半の街区のようだから。
自分が住んでいるか、友人が住んでいるかでもなければ足を踏み入れることはまずないだろう。
なにか、懐かしい感じがする。
父が懇意にしていた革細工職人もこんな感じのところに住んでいたものだ。
そんな安い貸家の一つに、『革』と一文字だけ書かれた看板――木の板――が下がった家があった。
オレはノックもせずに足を踏み入れる。
既視感がありすぎた。
まんま、父とともに訪れた革細工師の家だ。
なにか、同じ人がいそうな感じがする。
リティアさんがちょっと戸惑った声を出した。平気ですよっと手ぶりで伝え、先に進む。
中に入ると、驚いたことに先客がいた。
さすがに同じ人じゃないってことか、と当たり前のことを考えた。オレの知る人は口数の少ない職人然とした人物で、人付き合いもあまりなかった・・・。
小奇麗な服を着た商人らしい人が、この家の家主である初老の男性、お世辞にも身なりがいいとは言えない、を頻りに誉めそやしている。
「これをどう思う?」
家主のおじさんは当たり前のように無断でずかずか入り込んだオレを手招いて、机に載っていた革の束を突き出してきた。
思わず手に取ってしまう。
「・・・乾燥させ過ぎてますね。ゴワゴワしてる。ブーツの底にぐらいしか使えないんじゃないかな」
考えもせずに感想が口を突いて出た。
「革の種類は?」
オレは肩をすくめた。
「『異世界人』なもので、こちらの世界の皮のことは知らないんですよ。たぶん大型の鳥だと思うけど」
手触りと弾力から、そう言ってみる。
ダチョウといいたいところだが、この世界にもいるとは限らないので『大型の鳥』と言うしかなかった。
おじさんはにやりと笑い、奥を指差すと先客に向き直った。
「革の状態と種類ぐらい判断できるようになってから来な」
くだらなそうに吐き捨てて、先客を追い出しにかかっている。
納得のいく相手としか取引をしない。この人も頑固なようだ。やはりよく似ている。もう同一人物でいいんじゃないかと思った。同一人物だろうと別人だろうとオレには関係ないことなので、奥に入っていく。
たぶん革が保管されているはずだ。
「い、いろいろあるのね」
予想通り、革の保管部屋だった。
さっそく革を物色にかかる。
リティアさんの希望を聞きながら、種類を吟味していくのだ。
作業自体はすぐに終わった。ギルド内で履く靴なのだから華美に走らず、防水は気にせず、歩きやすさと通気性、使える革は限られてくる。
種類を決め終えたところで、家主のもとへ行くと客は帰っていた。
「これください」
「500ダラダだ」
手に持っているものを一瞥して値段を出してくる。リティアさんが、「そんな安いの!?」とか驚きながら支払いを済ませた。
支払いが済んだとたん、オレらを無視して作業を再開する家主。オレも、もう何も言わずに彼の家を出た。父のお供で訪れていたあの人のときにも、こんな感じだった。
こういう人たちには、このくらいの距離感が楽なのかもしれない。
「じゃあ、完成したらギルドに持っていきますから」
冒険者ギルド近くの広場に戻り、オレはリティアさんにそう告げた。
「待ってるね」
リティアさんはそう言って微笑んでくれた。
そして・・・。
「はい、これ」
「・・・へっ?」
おもむろに手渡されたのは、武具店を出たときから彼女が手にしていた布袋。
開けてみると、服が入っていた。
オレ用らしい青色の上下だ。
チュニックとズボン。飾りとかはなく、まるっきり平凡なデザインの。
「こ、これって・・・・・・」
「私からのプレゼント。ちゃんと着てあげてね?」
「ええ!? い、いいですっ、いらないです! か、返しますっ!」
「なぁに? 私から・・・じゃないか、女の人からのプレゼントなんてもらえない、とか思っているの?」
「い、いえっ、でもっ・・・もらう理由もないし」
慌てふためいたあと、正直に本音をこぼす。いくら年上だからといって、女性からの貢ぎ物なんて・・・それだけで悪いことをしているように思えてしまう。
オレがうつむきがちになっていると、リティアさんはふっと微笑んだ。
「理由ならあるわよ。あの時、あの騒ぎの時。ハルカ君、わたしのこと庇ってくれたでしょ。そのお礼。こう見えてもギルド職員だからね、状況的に見て大きなケガか場合によっては死んでいたかもしれないってのは、わかるの」
確かに、あれはちょっと間違えば死んでいた可能性がある。
投げられたのが、リティアさんやアリシィアなら。
「命の恩人へのお礼なのよ。受け取ってほしいわね」
これは突っ返せない。
「ありがとう、ございます」