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異世界で家を買いました。  作者: 月下美人
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朝食


 夜。夕食後のまどろみのなかで、現状を把握する。

 壁紙もない広い部屋の中心から入り口側に、ベッドが一つ。いや、二つある。動かないようしっかりと脚を縛って。

 ゆったりサイズのベッド、一人で寝るならゆっくりでも二人で寝るとなると少し狭い。二つのベッドをくっつけて、一つにした。

 こんな事なら初めからもっと大きなベッドにすればよかったかもしれない。

 二つのベッドをくっつけたが、部屋の広さとの対比ですごく小さく見える。

 部屋の内壁が白いこともあって、何か寒々しさすら感じてしまう。

 それでも、多少は寝室らしくなっただろうか。

 家具の配置は終了した。

 まだまだ足りないが、生活していくのに必要な最低限の設備は手に入れたと言っていいだろう。

 あとは、これを維持していけるかどうかだ。

 隣で、安らかな眠りにつくミーレスとともに。


 目覚めると、ミーレスがオレのすぐ横で眠っていた。寝息が聞こえる、ほんのちょっと身体を動かせばキスできてしまう近さで。

 奇妙な安心感が胸に溢れてくる。

 「おはようございます、ご主人様」

 いとおしさから見つめていると、視線に気づいたのか、ミーレスがうっすらと目を開けて挨拶してきた。

 「おはよう、ミーレス」

 天窓から降りてくる薄明りの中で、ミーレスの肌が青白く輝いて見える。

 一幅の絵画のように美しい。命名『女神の目覚め』。

 薄明りを頼りに抱き寄せ、唇を重ねた。たとえ見えなくてもオレの場合、そこに人や物があればタグが見えるから位置や距離は大体分かる。

 「買い物に行ってみようか」

 「はい、ご主人様」

 なにか、弾むような返事が返ってくる。

 ミーレスは、なぜかとても上機嫌だ。パタパタと働き始める。

 名残惜しいが、オレも上体を起こした。

 ベッドに腰掛けて皮の靴を履いていると、ミーレスがシャツを着せに来てくれる。

 おっと。なんかいいな。

 王様気分。

 いや、亭主気分?

 「ありがとう」

 「いいえ。どうぞ」

 まだ慣れていないのか、ちょっとぎこちない。

 ズボンは受け取るだけにする。あとは自分でつけた。

 「じゃあ、行こうか」

 「はい」

 「あ・・・」

 「はい?」

 手を取って歩き出しかけて、ふと足をとめた。

 じっ、とミーレスの顔を覗き込む。

 「えと・・・大丈夫か? もし動きに支障が出るようなら、買い物はともかく、迷宮はやめて休んだほうが・・・」

 視線をあちこち泳がせながら言うと、一瞬怪訝そうに首を傾げたミーレスが、目を見開いた。

 「いえ、大丈夫です」

 ミーレスの表情をうかがうが、オレに気を使って無理をしている様子はない。少し恥じらってはいるみたいだけど。

 わかった、とうなずいて見せて手を引いた。

 朝の早い時間だというのに、街はもう動き出していた。

 冷蔵庫――魔力稼働の――はあるというが普及率は低いらしい。現に家にはない。となれば、タマゴなんかは朝の採れたてを買った方がいい。新鮮だし、生みたてはうまかろう。牛乳なんかも当然そうなる。漁師だって夜明け前に漁に出て朝方には水揚げするのが普通――日本の常識でいえば――だ。

 朝が早いのは必然か。

 エレフセリアは、ちょっと中心を離れれば普通に農場や畑がある。割とのどかな田園地帯だ。マクリアの街では城壁の外に畑が広がっていたが、ここでは城壁の中にもある。住宅地と農地との境目は曖昧だ。

 オレたちの家のちょっと向こう側にも誰かがやっている広い畑がある。牛や鶏は見たことがないが、どこかにはいるのだろう。

 街の中心部までは田舎の農道のような一本道が続いている。両脇は畑が占めていて、見晴らしがいい。

 ウォーキングやジョギングには最適かもしれない。

 買い物かごを持ったミーレスと並んで歩く。気分はすっかり新婚夫婦だ。

 本当の関係は奴隷と主人だが、傍目にはきっと幸せそうな若夫婦に見えているはずだ。

 ミーレスには奴隷であることの翳がないし、オレには奴隷を持てるような甲斐性が見えないだろうから。

 中心街が近付くと、途端に生活感が強まった。

 パン屋からはすでに香ばしい匂いが漂い出てきているし、魚屋は朝から威勢のいい声が呼び込みをしている。

 「朝食はパンとタマゴ焼き、それに魚のスープ。野菜サラダでよろしいでしょうか?」

 なにかの植物を編んだらしい買い物かごを揺らして歩きながら、ミーレスがぼそぼそと聞いてきた。

 どこか、落ち込んでいるような?

 「う、うん。かまわないよ。だけど・・・なんか元気ないね?」

 「え、そ、そうですか?」

 昨夜の大胆な告白が嘘のような、動揺しまくりの挙動。

 やっぱり、なにかあると見た。

 「もしかして、痛い・・・とか?」

 男は初めてでも肉体的には何の変化もないわけだけど、女の子はそうもいかない。

 結構出血してたし、「破った」わけだもんな。

 気にしてみると、歩き方が昨日までと比べて内股のような気がしないでもない。

 あとは・・・オレ、下手すぎたか?

 ある程度の予習はしていたつもりだが、考えてみると勉強していたとは言えない気がひしひしとする。なにより、教材が劣悪過ぎだったのではなかろうか?

 いや、そもそも、こんなに早く実践する機会が到来するとは予想だにしていなかった。学校では好きな女の子はおろか、気になる子すらいなかったから準備する必要を感じなかったのだ。

 だから、教材は「処理」のためにしか使っていなかったので、知識や技術の向上には貢献してくれていない。

 そんなのの相手をしてくれたのだ。

 どこかに負担をかけすぎていたのでは?

 不安ばかりが頭をよぎる。

 「え? あ! ちがっ、違います! そういうことじゃありません!!」

 顔に出ていたのだろうか。慌てふためいた様子で、ミーレスが両手を振った。

 「でも・・・」

 明らかに無理をしている。なにか隠している感がある。

 昨夜まではそんなことなかった。

 とすれば、考えられる原因は一つしかない。

 「ごめん。次からはもっと優しく・・・」

 「ですから、それは大丈夫です。ちゃんと、き、気持ちよくしていただきましたから。わたしこそ、緊張して教えられてたことほとんどできなかったですし、謝るのはわたしの方で・・・あ! いえ、ですから、それじゃないです!!」

 とにかく、『アレ』とは違う理由らしい。

 なら、なんなの?

 「・・・わたし、その、お料理苦手で」

 じっと、見つめると蚊の鳴くような声で、ミーレスが言葉をこぼした。

 ああ。

 そういうことか。

 家で料理しての食事か。

 今までは外食だった。

 「なんだ、そんなことか」

 心の底からほっとした。

 そんなことならどうということもない。

 「いいよ。それならオレ作るし」

 夫婦共働きの自営業家庭で生まれ育ったので、自分の食べるものは自分で作るのが普通だったオレには、料理するぐらいのことならなんでもない。

 「と、とんでもありません! 奴隷がいるのに、主が料理するなんて!」

 「あー・・・」

 すごい剣幕で食い下がられたので、ちょっと意地悪をしたくなった。

 「そのかわり、ミーレスにはベッドで頑張ってもらうってことで」

 言ってて、自分の顔が赤くなるのを自覚したが、口にした言葉は止まらない。最後まで言ってしまった。

目を空に向けて。

 気恥ずかしいやら、うしろめたいやらでミーレスの顔をまともに見れない。

 「・・・」

 と、腕をつかまれた。

 というか、抱きしめられた。

 二の腕に柔らかなものの感触が当たっている。ブラなんてしていないから、柔らかくて暖かい感触がはっきりと伝わる。

 「そちらなら、たぶん、ご、ご満足いただけるように頑張れると思います」

 ドキリとする。

 朝っぱらから下の方が元気になりそうだ。

 「う、うん。ありがと。朝食が済んだら、迷宮も頑張ろう」

 「はい。ご主人様」


 朝食を済ませて、マクリアの迷宮に行く。

 朝食づくりはミーレスも手伝ってはくれた。だが、本人の言うように慣れた感じはなかった。剣をあんなに強く振れる人が? と驚くくらい包丁は使えない人のようだ。

 ・・・それ以前に、包丁を使うべきかそうじゃないかの区別もついていないと思う。サラダに使う葉野菜なんて手でちぎった方がいいのだが、必死に包丁で切ろうとしていた。

 料理を覚えてもらうとすると、先はかなり長そうだ。

 そのかわり、迷宮の探索は順調だ。

 階層が低いというのもあるが、やはり不意打ちを完全シャットアウトできることが大きい。危なげなく探索が進む。

 「お見事です!」

 魔法もどきの能力値攻撃にも慣れてきた。

 いまも、『皇蟲』というでかい芋虫をかまいたちで切り刻んだところだ。

 空気中に真空を作り出して投げつけたのだ。チーズのようにサラリと切れて、『ドロップアイテム』の『蟲の甲殻』が床に転がる。

 どこに殻なんてあったんだ?

 ・・・考えるな、無駄だ。

 魔力の吸収の問題は解決していないが、安全に戦うことが最優先だ。

 「下がれ!」

 一声かける。

 『伝声』のジェムで。

 即座に反応してミーレスが飛び退いた。

 『天井擦り』が、その名に恥じない動きで天井スレスレを飛んでくる。こいつは高度と速度のおかげで、遠くからでも識別可能だ。迎撃もしやすい。

 予定針路の空間範囲に能力値変更を加える。可燃性の粉が充満している、と。そして『天井擦り』が到達するタイミングで発火。

 迷宮内を爆風が走り抜けた。

 『粉塵爆発』=バーストフレア。の、能力値魔法だ。

 大ダメージを受けて、床に落ちたところに剣で止めを刺せば、魔力吸収もうまくいく。

 迷宮の探索はともかく、魔物狩りは軌道に乗ってきたとみていいかもしれない。

 手応えがある。

 昼まで頑張って狩りをしたあと、冒険者ギルドに戻った。

 結局のところ、『アイテムボックス』こと空間保管庫は使っていない。

 何度か使おうとはしてみたのだが、入る数が少ないのでいちいち開けるのが手間としか感じられなかったのだ。

 もう少しレベルが上がるのを待つしかない。

 なので、かわりにリュックサックがパンパンだ。


 エレフセリアの冒険者ギルドに寄って、一度家に帰る。

 リュックサックにはドロップアイテムを売った稼ぎが、銀貨が八十枚ちょっと。証券ではなく現金だ。800ダラダ入っている。

 これはどんな金額かと考えてみる。

 家は持ち家だ。

 即金で買ったのでローンもない。

 朝食の買い出しではパンとタマゴ、魚と野菜を数種類ずつ。二人分合わせて100ダラダで釣りが来た。朝食だからと少し軽めにしてだから、一食平均は120ぐらいとして一日三食360ダラダ。

 今はまだ昼だから、午後からまた迷宮に入るつもりだ。

 そうすると、一日の稼ぎが概算だが1600ダラダになる予定となる。

 そう考えれば、一日につき1000ダラダは残していける。

 物価十分の一説で考えれば一日で一万円の貯蓄。

 メルカトルに言われた税金のことがあるから、余裕とは言わないが、派手なことさえしなければ充分に食べていける。

 家具を買いはしたが、盗賊から奪った金がまだ10万ダラダほど残ってもいた。

 贅沢はできないが、余裕はある。

 生活にゆとりを持たせられるくらいには。

 そうなると。

 「すこし部屋が殺風景なのが気になるな」

 周囲を見回す。

 マイホームというには殺風景でよそよそしい空気感があった。

 床には板が張ってあるが壁は剥き出し。

 そんな部屋に、家具がいくつか置いてあるだけの状態。

 今はその床にじかに座っている。

 肩を並べて寄り添っているので、体の半分がとても暖かい。

 ここ用の机とイスも手に入れるべきだろう。いや、それだとこの温もりがなくなる。ソファーにしよう。

 「一般的にはタペストリーを飾ると思います」

 「タペストリーを飾る?」

 「はい」

 なるほど。

 壁紙を貼るとなると大変だが、タペストリーを買ってきて下げるだけならすぐにもできるわけだ。

 リビングは八畳ほどの広さがある。

 壁に端から端までとなるとなかなか大変かもしれないが、真ん中にだけでも下げておけばだいぶ違うだろう。

 「タペストリーか・・・どこかの店で売っていたっけ?」

 「高級品ですので、帝都にでも行かないと店はないかもしれません」

 「帝都か。今日にでも行ってみるか」

 生活もだいぶ落ち着いてきたし帝都観光もいいだろう。

 そう思って聞くと、ミーレスはもちろん喜んでくれた。

 ただ、なにかが引っかかった顔をした気がする。

 魔物を斬るとき以外はずっとミーレスの顔を見ているのだ。

 そういう変化にはすぐに気が付く。

 「・・・もしかして、帝都以外に行きたいところとかあるの?」

 実家に、とか言いそうで怖かったが訊いてみる。

 「えっ、ですが・・・」

 言い淀んだ。やはりあるのだ。

 「ご主人様に隠し事はしちゃダメ」

 手を伸ばして頬を軽くつついた。

 フニフニとした感触が気持ちいい、愛しい、抱きしめたくなる。

 「はい。えっと。リセルさんのところに行きたいです」

 リセルさん?

 どこかで聞いたような・・・と思って思い出した。

 侯爵夫人のところにいたメイドのおばちゃんだ。

 「どうして?」

 里心でも付いたのだろうか。

 あのお屋敷はミーレスにはあまり楽しい思い出とかないと思うが。

 「リセルさん。お屋敷の農園の管理もしていらっしゃるんです。庭に植える植物の種を分けてもらえないかなと思いまして」

 農園。

 農園か、それは確かに重要かもしれない。

 「よし。ならいっしょに行こう」

 「よろしいのですか?」

 「うちの庭のことだ、かまわないよ」


 侯爵夫人の邸宅、以前メルカトルとともにマクリアの街に跳んだ場所に移動した。正門の正面に建てられたバス停みたいな建物の壁だ。

 出るのとほぼ同時に衛兵がこちらを向いた。

 と思ったら知った顔だった。

 「これは、ハルカ様・・・でしたな」

 騎士団長のダンドクが自ら門番をしていたらしい。

 「先日はお世話になりました」

 挨拶もそこそこに、リセルを呼び出してもらおうとすると、ちょうどよいことに農園の方に行っているというのでそちらに回ることにする。

 ミーレスの案内で、邸宅の壁沿いに歩いていくと、裏にどこにでもありそうな畑が広がっていた。

 「ここがリセルさんの農園です」

 「おお。広いな」

 家庭菜園というには結構な広さの畑に、何種類かの植物が植えられている。

 どれも地球にもありそうな植物だ。

 あ。なんかあるな。

 高さ八十センチくらいの蔓性植物に、細長い赤い実がぶら下がっていた。

 「そちらは、チェルイーでございます」

 赤い実に近寄ると、横合いから誰かが教えてくれた。

 振り向くと、あの孫バカ祖母のリセルが笑顔で立っていた。

 「チェルイー?」

 この赤い実は、チェルイーというのか。

 「赤く実っているのが食べごろでございます。どうぞお召し上がりください」

 この世界でも、熟した実は赤くなるもののようだ。

 「ありがとうございます」

 オレが何かを言う前に、ミーレスが手を伸ばして収穫する。

 「・・・・・・いかがでしょうか」

 二つほどチェルイーを持たされていると、リセルが不安げに尋ねてきた。

作り慣れていないのだろうか。

 リセルが期待を込めた目で見つめてくる。

 オレは、見た目は赤唐辛子のそれにかぶりついた。

 おおっ。

 結構美味い。

 うん。味は悪くない。

 歯ごたえと食べ応えのあるサクランボ(佐藤錦)。

 ただし見た目唐辛子。

 すっごい違和感がある。

 あと、結構大粒の種がエンドウ豆かってぐらい入っていた。

 「おいしいな。これなら売り物にしてもいいね」

 「さようでございますか。ありがとうございます」

 褒めると、リセルがほっとしたように礼を述べた。

 ・・・孫のおやつにしようとか考えていやがるな。タグを開かなくてもわかるぞ。

 採ってもらった二本をぱくつく間に、ミーレスがリセルと話し合っていた。二人そろってどこかに行き、 帰ってきたのはオレがチェルイー二本を食べ終えたころだった。

 「種をいくつか分けていただけました。チェルイーのもありますよ」

 「そうか、それはよかった」

 オレはリセルさんに軽く会釈をして立ち去る。

 下手に留まって侯爵夫人につかまりたくはない。

 認証を使わせてもらった礼の一つも言うべきかもしれないが、その程度のことをいちいち報告されても邪魔なだけだろう。

 ほどなくミーレスが追いついて来た。

 手に持っていたリュックサックを背負い直しながら。

 「次はマクリアに行こうか。金物はあそこがいい品を扱っていそうだ」

 マクリアの町は明らかな農業の町だった。

 おかげで外食の店も野菜が豊富な上に安かった。

 ジャガイモによく似た芋が特産だとかいうのを聞いた気がする。

 「はい。私もそう思います。ですがよろしいのですか。農具まで買っていただいて」

 「オレの庭で使うんだから構わないよ」



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