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異世界で家を買いました。  作者: 月下美人
106/199

ときのながれ


 精霊力の狂った『ラリスの剣』。

 その直し方を調べに来てリャナンシーという精霊と知り合ったわけだが、直し方を知っていると紹介されたのは、千年ものあいだ時間を止めていたリーバという少女だった。

 という状況。

 数分、誰もが沈黙してしまった。

 リャナンシーだけが、面白そうなニヤニヤ笑いをしている。

 「えっと、そうなのか?」

 沈黙が続く中、言葉を発するべきは自分だと、ハタと気がついて聞いた。

 リーバはちょっと驚いたようで、顔を赤らめながらも小さく頷いた。

 「一応、やり方は教えてもらいました。わたしもラリスですから」

 時が止まる。

 唖然として開いた口がふさがらなかった。

 「と言っても、本家から飛び出した人の末裔、なんですけどね」

 千年以上の昔、鍛冶を生業としていた始祖たる人間と鍛冶を司る神とが交わった。

 神の血を受けて特殊技能を使えるよう生まれつき、人としてはあり得ないほど寿命も延びた初代ラリスには数十人の子供がいた。ラリスは息子たちに自分の持てる技をすべて伝え、弟子たちに娘を嫁がせた。

 ところが、その娘たちの中に一人、鍛冶師の妻になることを嫌がった者がいた。

 壮絶な親子喧嘩の末、その娘は家を飛び出し、流浪の旅に出る。

 旅をする中で、この娘もまた自身の中を流れる血に潜む能力を開花させ、純粋な人間ではまねのできない力を発揮するようになるのだが本家とは別の道を歩き始める。

 リーバは、この娘の末裔なのだった。

 両親ともに死に、天涯孤独に陥ったリーバを育てたのは、この一族の一人だった。

 大叔母とか、そんな感じの人だったのではないだろうかとリーバは思っていたそうだが、わざわざ確かめようとしたことはないらしい。ともかく、一族の歴史と技術的な基本を伝授してくれ、リーバが十歳になるまでは育ててくれた。

 「ああ。神の力を少なからず持つ一族なら、つよい勢力を作れて当然か」

 人とは違う能力があるのだ。純粋というかなんというか、ただの人よりは苦境に陥ったとしても生き抜きやすかろうとは思う。

 神秘の力を発揮できることで血筋に疑問もさしはさむこともないだろうし、一族の歴史をさかのぼるとかも簡単かもしれない。

 DNA鑑定とかしなくていいわけだから。

 「そうでもないですよ。私が時間を止める時点で、ラリスの一族は全盛期の半分ぐらいまで減ってましたから。私の家系はほぼ絶滅だったようですし」

 「えっ? なんで?」

 「神秘の力というか神の血による能力を得るには、当然ながら血の濃さが必要なわけでして。近親相姦が多かったのです。当然、それを嫌がる人たちの子孫は血が薄まり一族とは言えなくなります。濃さを維持しようとする人たちは兄妹とか親子で子供を作るので、しだいに産まれてくる子供の数が減るわけです」

 兄妹がいて、互いに結婚相手を見つけて子供を作るとする。一つの夫婦で子供を二人ずつ産むのを続けていけば、倍々と家族が増えるわけだが、その兄妹が夫婦となった場合は二人産んだとしても子孫を増やすこととはならない。

 一人っ子だったりすれば、両親のどちらかと子作りをしなくてはならないし、事故や病気で同性同士しか残らなければそもそも途絶えかねない。

 もちろん、そうなれば従姉妹とかを探し出して、薄まる要素を少しでも減らそうとするのだろうが、それも難しいとなれば『一族』と言える者たちはどんどん減っていくことになる。

 「私の家系はそもそもそういうのが嫌で本家から離れましたので、力がどんどん薄まってる最中・・・ああ、もしかすると私が最後の一人なのかもしれませんね」

 薄まっていってると言われた時から千年が経過している、それは確かに残ってないとみていいだろう。

 「あれ?」

 そう思ったところで、あることが引っかかった。

 「ラリスは残ってるぞ?」

 言ってみて気が付く。

 元世界で天皇家が何年続いているか、を。

 血と名を残すことは可能だ。濃さの問題があるだけで。

 「まぁいいや。で、直せるのかな?」

 ラリスが残っていることへの返答に窮しているらしいリーバに、改めて聞いてみる。

 どうしても欲しい答えというものではない。

 血よりも技だ。

 「わたしだけでは無理ですね。精霊力の調整はできますが、鍛冶の技術に疎いので。その剣を打った方の協力がいります」

 じっと『エザフォス・クスィフォス』を観察しながら、リーバはそう言った。

 「それにしても、これは・・・?」

 不思議そうに呟き、リーバは腕組みをして何やらぶつぶつと呟き始めた。

 何か考えているようだ。

 鍛冶師ではなくても、どこか職人気質なところがある。やはり、ラリスの家系ということなのだろうか。

 「それで、これを打ったラリスはどこにおられるのですか?」

 リーバはそれを知らないということに気付いて、思わず『ああ』と声を上げた。

 ざっと紹介をしてみる。

 シュミーロ・ラリス・アクラネツヤ。ドヴェルグ族。23歳。鍛冶職人。アルターリアの知り合いである竜の求めに応じて、別行動中。というようなことを。

 「竜ってレジングルのこと? まだいるの?」

 リーバへの説明を終えると、なぜか驚いたような顔でリャナンシーが口を挟んできた。

 「え、ええ。地底湖にいましたよ」

 「へぇ、意外と情理があるのね。とっくに見限ってそうなのに」

 なにやら、遠くを見る表情。というか、昔を懐かしむような?

 あれ? と、思った。

 もしかして?

 「レジングルも味方、なんですか?」

 可能な限り、自然体で問いかける。

 全然特別な話じゃないですよ、と。

 「レントのおじいさんと恋仲だったのよ。さすがというべきか、やっぱりというべきかすごい変わり者でね。精霊リャナンシーの私と竜のレジングル、それとエルフの婚約者『紫水の光』、三人侍らせてたのよ」

 クックックッ、と笑う。

 思わず、アルターリアを見ると呆然としていた。

 『紫水の光』とはアルターリアの一族が受け継いできた名前、つまり、アルターリアの先祖というか家系出身の誰かが、リーバのひいおばあさん?

 だけじゃない。

 あることに気が付いて息をのむ。

 『さすがというべきか、やっぱりというべきか・・・』。これはひょっとして、相手が普通の人ではなかったという意味ではないだろうか?

 つまり、・・・。

 「・・・やるわね」

 核心へと迫ろうとしたオレを正面から見据えて、リャナンシーが低い声を発した。

 自然な流れで情報を探ろうとしたことが、ばれたようだ。

 「い、いや。じ、じ、実はアルターリアが今は『紫水の光』なんですよ!」

 さっ、とアルターリアを差し出した。

 アルターリアを盾として身を隠す。

 リャナンシーは、一瞬目を見開いたものの、すぐに笑顔を見せた。

 「大変ね。でも、『紫水の光』を継いだのなら仕方がない。それが宿命よ」

 「宿命、ですか?」

 探るような目で、アルターリアがリャナンシーを見る。

 「彼といることを、あなたはどう思ってるの?」

 彼、とは当然オレのことだ。

 「とても光栄なことだと思っていますよ。それに、幸運なことだとも」

 チラリと、オレに目を向け、アルターリアが答える。

 リャナンシーは声を立てない笑い方で笑い、頷いた。

 「私の恋敵もそう言っていたわ」

 アルターリアの頬に、そっと手を添えて微笑む。

 「そしてこうも言った。私やレジングルと違って、自分は時を超えるすべがないのが残念だってね。宿命っていうのはそういうこと。あの娘の想いは名前と共に後世へ続いている」

 なにかを振り切るようなしぐさで、リャナンシーが身をひるがえす。

 「このままだと、どんどんしゃべっちゃいそうだから消えさせてもらうわ。もう少し話し合える環境になったら会いましょう」

 そう一方的な挨拶をすると、リャナンシーはオレへ投げキッスをくれて、文字通り消えてしまった。

 魔法陣なしで空間移動ができるのか、たんに見えなくなっただけなのか。

 どちらであっても、これ以上の追及は無理だ。

 オレはさっさと意識を切り替えた。

 「さて、どうする? ラリス・・・じゃなくユミーと合流するってことでいいのかな?」

 もうだいぶ遅いが急げば日付が変わる前に、レジングルのところまで戻れるはずだ。

 「そうですねぇ・・・」

 小さな拳を顎に当て、何やら考え始めたリーバ。ほどなく顔を上げてオレを見てくる。

 「その前にやりたいことがあります。今日はもう無理でしょうから明日、少し付き合っていただけますか?」

 「いいけど、なにをするの?」

 「村を挟んだ反対側の山に、私の工房があります。できれば様子を見に行ってみたいと思いまして」

 リーバは鍛冶師ではない。

 それでもラリスの家系だ。

 受け継いだ力を物造りに利用はしている。

 その物造りのための工房がある。あった。

 工房そのものは普通に木で作られた小屋だったから跡形もないだろうが、保管庫として使っていた近くの洞窟ならまだ残っているはず。

 その言葉に、オレとミーレス、シャラーラとアルターリアの顔に不安というか、躊躇いの色が浮かんだ。街の地下室を捜し歩いたときのことが頭をよぎったのだ。千年というのはあらゆるものを砂に変え得る時間だ、と。

 「もちろん薬品系が全滅していることは想定しています。ですが、鉱石関係なら劣化しないで残っている可能性があります」

 わずかですが、金貨もありますし、とリーバ。

 確かに、千年は人工物をすべて無にするに十分な時間だが、何万年という期間で生成される鉱石にとっては短い昼寝というところだろう。

 金もなくなるようなものではない。銀は腐るが金はくすみこそすれ、無くなりはしない。

 なにかしら残っている可能性はありそうだった。

 千年前の時代から今の時代に移ってきた、表現としてはおかしいが、とにかく頼る者とてないリーバとしては、自分で処分できる財産というものが少ない。

 手元に残せるものがあるなら、何でも持っていきたいのだろう。

 「なら取りに行こう!」

 考えるまでもない。

 そうしてあげてほしいとの思いを視線に乗せていたのが丸わかりのアルターリアの顔に、苦いものが混じった。周りの者の気も知らずに、ごく当然の顔で女の子を援けてしまう。『これがご主人様の悪いところだ!』と、言いたげに。

 シャラーラも、抱いた感想は一緒だったようだ。なんか、スッゴイ生暖かい視線が向けられてくる。

 そんなに、オレは女性に甘いんだろうか?

 別に、フェミニストのつもりはないのだがな。

 とりあえず、オレ含め全員の自己紹介を軽くしてリャナンシーのいた洞窟へと戻り、野営の支度を始めた。

 考えてみれば、この世界で初のキャンプ。

 なんか楽しい。

 とはいえ、オレ自身はほぼなにもしなかった。

 テントの設営とかはミーレスが、竈はアルターリア。シャラーラなんかは、外へ出てよさげな野草とついでで魚も取ってきてくれた。

 乾燥肉とか保存食は持ってきているが、現地で採取できる食料があるのなら、そっちを使う方がいい。保存食使い果たしてから、もう一日どうしてもいないといけない。なんて事態がないとも限らないからな。

 ミーレスのテントの張り方が、明らかな本職だったことはあえて言うことでもあるまい。鉄杭とロープできちっと張ってのけたのだ。元世界の子供でも張れるようなものではなく、自衛隊が使うようなごつい奴だ。

 「でも、テント張れるだけの広さがあるなら、空間保管庫開ければいいような気がするな」

 空間保管庫には今や30の空間がある。一つの空間はちょっとした倉庫並みの広さだ。この数と広さとなって以降は数も広さも増えていないので、もしかするとこれが最大なのではないかとも思い始めているが、なんにしても空き空間がいくつかあるし一つの部屋を居住用とすればテントの必要はない。

 というか、このテント自体、保管庫へ入れてあったものだ。

 魔力の消費についても、空間保管庫を開け閉めするときは使うが、開けたままにしておく分には消費しない。

 そうでなければ、閉めておくあいだも無限に魔力を消費し続けなくてはならないから当然の理屈だ。

 空間保管庫を開けるとき、実体化する電話ボックス大の入り口を出したままにしていても邪魔とはならない場所なら、それでいいはずではなかろうか?

 「わたしのようになってもいいのでしたら、それもいいかもしれませんね」

 思い付きを呟くと、いつのまにか隣にいたリーバが答えを返してきた。

 「リーバのように?」

 「何らかの理由で、保管庫が閉められてしまったら自力では出れません。空間保管庫が作られた時、そういう事故で何人も行方不明になってます」

 「なんで? 保管庫の開け閉めは持ち主のオレだけができ・・・」

 オレは、理由に気づいて言葉を失った。

 開け閉めをできるのはオレだけだ。そのオレが保管庫内にいるとき何らかのはずみで閉める操作をしたらどうなるか?

 保管庫内は時間が流れない。時間の止まった空間では行動できない。

 そのまま永遠に閉じ込められたままとなる。

 元世界の製品なら、保管庫のキーである冒険者ギルド発行のカードが保管庫内にある時は開閉できない設計で作るだろうが、こっちの世界はまだそういう安全対策への意識が薄いらしい。

 寒気がした。

 芯から震えがくる。

 「や、やめよう」

 「それが賢明です」

 真顔で頷くリーバが怖い。

 そう思っていると、リーバかうっすらと微笑んだ。

 「・・・初夜ですね」

 ぴとっ、と身を寄せてくる。

 あったかい。

 いやいや、そうじゃなくて。

 本気なのか? とちょっとドキドキした。

 もうすでに六人の女と関係を持っているわけだけど、それは全員奴隷だ。奴隷の扱いはだいぶ慣れてきているが、そうでない女性とはまともな恋愛経験すらない。

 免疫がないので、正直かなり困る。

 恐る恐る視線を下げると・・・。

 リーバが真っ赤な顔で身を固くしていた。

 「よ、予想していた以上の緊張感がありますね。他人と肌を合わせるというのは」

 いや、服の上だぞ、とツッコみそうになりつつ息をついた。

 なんのことはない、彼女自身他人とのかかわりあい方がわかっていないのだ。生まれてからずっと疎まれていたわけだし、大叔母らしき人ぐらいしか親身になって接してくれる人なんていなかったのだろう。

 「とりあえず、今の世界を知ってみるんじゃなかったのか?」

 そう声をかけると、右拳で左の手の平を叩いてこちらを見た。

 「そうでした」

 真顔で頷き、そっと身を離してミーレスのところへトテトテと走っていった。

 なんか表情は薄い感じだが、素直でかわいらしい。

 「いやいやいや、鬼畜かオレは!」

 頭を振って、リーバをベッドへと誘う自分のイメージを振り払った。

 ミーレスとアルターリアが、物欲しげな視線をオレへと向けていて、シャラーラは明らかに、あの「フー、フー」をやっていた。

 うん。二日間、ベッドでのスキンシップなしだからな。そろそろ限界なのだろう。

 オレとしてもちょっと寂しい、って!

 そうか、リーバが美味しそうな獲物に見えるのはそれもあってのことだ。

 そうだ、そうに違いない。

 事情に納得したところで、オレも腰を上げた。

 配膳くらいは手伝わないと、な。


 翌朝。

 全員でリーバの工房へ向けて出発した。

 街の『遺跡』を横切って、暗く深い森を抜け、リーバの背丈ほどもある草の生い茂る原っぱに出る。

 先頭は背も高く、たとえ視界ゼロでも耳と鼻で周囲の状況を探れるシャラーラ。

 「もう少しっす。もう少し行くと草が途切れるっすから」

 「もう三度目だぞ。そのセリフを聞くのは!」

 ご機嫌斜めのオレが、子犬のような唸り声を上げた。かわい子ぶってるわけではない。疲れている。

 自分をすっぽりと覆ってしまう草また草の光景にうんざりしている、だけではない。オレの肩ぐらいの身長のリーベが、背中におぶさっているのが原因だ。

 千年ぶりで足元がおぼつかないとか言って、早々に「歩けませーん」とか言い出したのでおぶったのだ。

 リュックサックはミーレスが背負い、ミーレスのはアルターリアとシャラーラで分けて持っている。

 昨日、「さっき時を止めた感覚しかない」とか言っていたんじゃないのか? と全力で突っ込みたいのだが・・・背中に乗っている暖かくて柔らかな感触が邪魔をしてどうしても抗議できない。

 く! ひ、卑怯者! と言いたい。

 そういう事情なので、リーバをミーレスかアルターリアへ背負わせるという選択肢はなかった。

 ちなみにシャラーラとしては、自分も背負ってほしいが、身長的な理由と先頭を任されている状態から言い出せず、いらいらしているので「もう少し」というのはどちらかというと自分への言い聞かせのようだ。

 イラ立っているのはシャラーラだけではない。ミーレスもだ。

 後ろを歩いているので顔は見えない、顔は見えないが息づかいや気配でイラついているのは感じ取れた。毎晩同じベットで寝ているのだ、かすかな息づかいだけでも気分の変化を感じ取れる。

 周りじゅう草の壁の光景も、自分が負ぶってもらえないことも我慢できる、我慢できないのは目の前でオレの首に縋り付いている青い髪の少女の姿、だろう。

 そんなことを考えて足を動かしていて気付く。草の壁が途切れていた。

 「やっとか」

 安堵の息を吐くと同時に、青い髪の少女を地上に下ろすべく口を開いた。

 「少し休憩にしよう」

 オレはリーバをそっと下すと周囲に目を向けた。

 街の跡を過ぎ、森を抜け、広々とした草原を越えたその先には、緩やかに盛り上がる岩場があった。おそらくは火山の噴火によって流れ出た溶岩が、冷えてできたものだろう。岩場は少しずつ盛り上がりながら奥の山へとつながっている。

 思わず伸びをして、深呼吸したくなる光景だった。

 なのだが、シャラーラが眉間と鼻に皺を寄せている。

 「なにか、腐っている匂いがするっす」

 変な匂いがするらしい。

 「なにか、ですか」

 ミーレスと一緒に鼻をひくつかせてみるが、よくわからない。

 「んんっと。卵・・・っすかね」

 難し気にシャラーラが首を捻る。

 卵・・・腐った匂い?

 思い当たる単語が頭の中で乱舞する。

 いや、それは今でなくていい。

 軽く頭を振って、脳内に湧いた妄想を振り払った。

 匂いは置いといて、景色に意識を向けた。

 「お弁当でも広げたくなるような場所だね」

 陽気な調子でそう話を振ってみる、が、オレの気遣いは完全に無視された。

 「ええ、そうですね」

 少し硬い口調のミーレス。

 その眼下に、大きな亀裂があった。

 リーバも唖然としているので、彼女の時代は平坦だったのだろう。

 それが千年の間に大きな地殻変動があったようで、大地が割れていたのだ。幅100メートル。長さは数キロ、深さ70メートルほどの亀裂が目前に走っていた。

 反対側は素敵な草色の海なんだけどなぁ。

 来た道を振り返ってため息が出る。

 元世界の地元をちょっと思い出した。辺り一面に広がる田んぼで緑の稲が波打つ様子と重なったからだ。畔はないけどな。

 懐かしがってても埒が明かんので、ここらで現実と向き合うべく亀裂を見た。

 一度下まで降りて、また昇らないといけないというのは結構問題だ。

 なだらかな丘場なのではなく、ほぼ直角の断崖なのだ。亀裂の入ったのがいつなのかは知らないが、結構な時間を経ているのだろう。壁が崩れていたり土が蓄積されたりで見た感じは和らいだ印象もあるが、断崖は断崖だ。

 「わたしが道を作りますよ」

 と、隣で亀裂を眺めていたリーバが、提案してきた。全員の視線が彼女に注がれる。

 道を作るとか、何を言っているんだ? と。

 「・・・あ」

 思ったあとで、気が付いた。

 この少女が、千年間も眠っていたという事実に。

 どんな力なのかわからないが、何らかの能力なり技術があってこそ実現したもののはずだ。ならば、根拠があってこその提案なのだろう。

 「じゃあ、頼むよ」

 とりあえず、亀裂の淵まで移動して、声をかけた。

 『道』を作れなければ、ここから降りる以外に進みようがない。

 オレを含め全員が半信半疑の視線をリーバに向けるが、青い髪の少女は表情一つ変えずに進み出ると、すっと右手を水平に突き出した。

 そして、虚空に何かを指先で書き始める。不思議なことに、指の動く軌跡がほんのりと輝いていて書かれたものを見ることができた。

 描かれたのは、鮮やかな円だった。

 「世界は五つを持って円となし、五つは世界を回したもう。五性の生成を持って世界は存在し、形とならん」

 描かれた円は銀色の光を帯びつつ二つの勾玉型へと分離していく。

 太極から陰陽への分離。神社なんかで見る形だ。

 勾玉がくるくる回りながら上下へ別れ、左右へと別れて、中央へと戻る。

 円が上下左右と中央の五つに分かれ、色も変わった。

 上が赤、下が黒、左が青で、右が白、中央が黄色となっている。

 その円の下側に、リーバは右手をゆっくりと突き出した。

 「四方より気を集め土行と為す!」

 中央の黄色が、強烈な存在感を発揮して拡大するのが見えた。なにかが、周囲から集まるのを感じる。

 「精霊たちが・・・」

 アルターリアが絶句しているところを見ると、集まっているのは精霊であるらしい。

 リーバの右手の動きに呼応するかのように、亀裂の縁を形成する大地に変化が訪れる。一部が隆起したかと思うと、巨大な土塊となって前方へ突き出た。

 「すごっ」

 ゴクッと唾をのんでシャラーラが呟いたが無理もない。

 土を操るとか、想定外すぎる。

 驚いている間も亀裂の上、なにもない空間を土塊は細かな土の粒をこぼしながら前へと伸びていき、ついには向う側に到達した。

 自分たちの足元から少しずつ土を伸ばしていって、亀裂の上に一本の橋を作り上げたのだ。リーバはさらに指を動かし、でこぼこした路面を平らに均していく。

 土橋の幅も広げてのけた。

 「こんなところでしょうか」

 あいかわらずの真顔のままで、リーバが呟く。だが、それはそう装っているだけで、さすがに容易なことではなかったらしく、呼吸が若干乱れていた。

 「す、すごい・・・」

 ミーレスが上ずる声を何とかなだめて、それだけを口にした。他の者はもう、声も出せなかった。

 「え? これって、魔法なのか?」

 出せなかったのはオレもだが、それでも疑問を抱えたままでいることもできなかった。かすれた声で問い掛ける。リーバは首を左右に振った。

 「これは、五行生成術と言います。下級の精霊を使役して世界を形作っている性質を変化させ、自分の望む現象を引き起こすという技術です」

 今の時代にはないのですか?

 そう訊いた後で、リーバは首を傾げて考え込んだ。そして、おもむろに左の掌を右拳で叩く仕草をした。

 「そういえば、私の家系は消えている前提でしたね」

 血が途絶えたので技術も失われたということなのかもしれないが、その技術の効果は絶大だ。

 「この技術が、『エザフォス・クスィフォス』を直すのに使われるわけだ」

 「そういうことです。本来は「木、火、土、金、水」の五つの力が均衡を保たないといけないんですけど、火の力が変な働きをしてしまって全体的な崩壊をきたしています。これを戻すのが私の仕事。変形した刃物を元通り鍛え直すのが、制作者の仕事となりますね」

 汗の滲んだ額を光らせて、リーバが答えてくれた。

 なるほど、とは思った。

 五行思想の話だろうと理解するぐらいの知識はある。伊逹に片っ端から本を読んできてはいない。陰陽の本だって読んだことがあるのだ。

 だが、ミーレス以下、こちらの世界の人たちはなんか理解できないものを見せられたという顔で呆然としてしまっている。

 『異世界人』のオレの方が理解が早いとか、どうなってんの!

 ツッコみたくなるが、それゆえの『異世界人』なのかもしれない。

 その後は何の障害もなく、一時間ほどでリーバの工房跡地の跡地の跡地があったらしき荒野に出た。

 正確に言うなら『跡地』を、もう二百回くらいは続ける必要があるのだろうが、面倒な上に意味がないので割愛しておく。

 とにかく、千年前とあまり変わっていない岩山を目印にして位置関係を確認したところ、工房のあった場所にはその小屋がすっぽり収まるくらいの欅が生えていた。

 小屋があった名残すら見つからなさそうだ。

 なので、一瞥しただけで小屋のことは忘れ、岩の中の保管庫へと向かう。

 周囲と比べ、わずかに突出した岩の前にリーバが立ち、指先で岩の表面を軽くなぞる。それだけでその岩は溶けるように砂へと変わって、奥へと伸びる穴が姿を現した。

 ミーレスが荷物から魔力灯を取り出そうとするのをリーバは制して、片手を無造作に振る。

 壁がほんのりと発光した。

 わずかな身振りで効果が出るよう、五行生成術とやらで仕掛けがされているのだろう。

 つまり・・・。

 「千年経っていても、かわっていないわけですか?」

 驚いたというより、呆れた、という口調でアルターリアが呟いた。

 「かわっていますよ」

 発光している壁をじっと見つめていたリーバが、頭を振った。

 「この光は、壁が光っているわけではないのです」

 え?

 じゃあ、何なの? と思ったのだが、つまりはこうだ。

 地の精霊が外の光を透過させることで明るくしているという仕掛けで、あくまでも土の精霊の協力できていることなので、透過させられるのは土に当たっている光だけ。樹木の根や草の根が張っているところは影になってしまう。

 千年の間に木々は大きく育ち、根も伸びたようで、かつての半分も光が届いていない。ということなのだそうだ。

 本来は、外にいるかのような光量を浴びていなくてはならないものらしい。

 「変わっていない、ということではこれらですかね」

 そう言ってリーバが指差したのは壁にディスプレイされた数本の剣だった。

 どんな金属であれ、千年ものあいだ放置されていれば錆びるだろうに、それらの剣はいっこうに錆が浮いていない。うっすらと埃に覆われているだけだ。

 「えっと、もしかして『ラリスの剣』?」

 手を触れないようにしながら、それらの剣にじっと見入った。

 はっきり言ってよくわからない。

 「そう呼ぶのはちょっとおこがましいというか恥ずかしいです。出来損ないですからね」

 細い肩を小さく上下させ、リーバは気恥ずかし気な笑みを浮かべた。

 「精霊力との相性はいいです。ですが、武器として考えると脆いのです。人体を斬るぐらいなら何とかなりますけど、防具でもつけていられれば簡単に折れてしまいます」

 へぇ・・・。

 そのうちの一本をじっと見つめる。

 『リーバの剣03号』:『性能値=鋭利:20。重量:35。耐久:10。魔力:10(装備)。精霊力400』

 うわ・・・。

 確かに、性能が偏りすぎているようだ。

 武器としては安物の数打ちものの剣とすら張り合えないだろう低規格。それなのに、内包している精霊力の数値は桁が違う。

 「っていうか、精霊力って何なの?」

 そもそも、剣に『精霊力』なんて項目見たの初めてなんですけど!?

 魔力が込められている剣というのは見たことがある。ミーレスが使っている『水流の剣』が正にそれだ。

 「せいれいりょく?」

 不思議そうにリーバが首を傾げた。

 作っておいて、自分の剣の特異性は知らないらしい。

 タグを見る能力がないんだから仕方がないとはいえ、ちょっとイラつく。

 「この剣。普通の剣じゃないよね?!」

 語気が少し強くなってしまった。ミーレスたちが少しだけ緊張感を増して、こちらを見てくるが、そちらはとりあえず放置だ。

 精霊力という項目がどうとかいうのはわからんでも、特製ぐらいは把握しているだろう、そう思ってリーバを問い詰める。

 「おお、そういうことですか」

 ぽんっ、といつもの左の手を右拳で叩く仕草をして、リーバは剣を一振り手に取った。剣を立てて持ち、 「ヴルカン!」一声かける。

 剣が炎をまとった。

 ヴルカン。ウンディーネと並ぶ精霊。司るは炎。

 つまり・・・。

 「精霊を使役できる?」

 聞いてみると、リーバは首を振った。

 「使役ではなく、んー。何と言いましょうか・・・力を発揮できる場を提供する、といったところですね」

 は?

 意味が分からないんですけど?

 「なんとなくわかります」

 おっと・・・。

 疑問は持ったもののなんと聞けばいいかわからず沈黙していると、アルターリアが前に出てきた。

 チラリとオレへ視線をくれたので、そのまま話せと目配せをしてやる。

 「精霊というのは本来、神との契約の下で世界を秩序立てて動かすことを使命とします。つまり、決められた行動を続けることしかできません。ただし、わたしのような精霊使いから使役される場合のみ、例外が認められるのです。ですが、いえ。それゆえ、精霊は自由を尊びます。自在に動きたいのです。この剣は、神の縛りから精霊を解き放つことができるのではないですか?」

 リーバを見据えて、一気に話す。

 声音から、ずいぶんと興奮しているらしいことが分かった。

 ベッドでしか聞いたことのない、高くて撥ねるような声音なのだ。

 アルターリアには珍しい。

 「解き放つというのは言い過ぎですが、おおむね正解です。精神体である精霊を、物質である剣を触媒とすることで、精霊ではないなにかへ変質したと錯覚させることができます」

 「すごいじゃないか」

 なんで出来損ないなんて言うんだろう?

 「すごくなんてありませんよ。精霊力を増幅させられるので精霊魔法や五行生成術の威力を増すことができるだけです。武器としてみると木の棒程度の力しかありません」

 「使ってみたことあるんだ?」

 「とりあえずで8本作りました。一本は切れ味を試そうと木の枝を斬ろうとしたら折れまして、精霊力を放出したあと消滅。外の欅がたぶんそのとき斬りそこなった枝の木でしょう。2本目は時を止めるのに使い消滅していますので、残り6本がここにあります」

 だから、リーバの剣03号なんだな。

 つまり、ここにあるのは03号から08号までということだ。

 「ああ。あなたの剣を直すときにも使えますね」

 思い出したように呟いて、癖らしい『合点』をした。右手拳で左の手のひらを叩くあの仕草だ。

 武器としてはともかく、精霊力を操る時の触媒としては便利なものらしい。

 ともかく、オレの空間保管庫には六本の『リーバの剣』と、数種類の鉱石、そしてアルターリアの鑑定によれば五千ダラダにはなる古い金貨が収まった。

 オレたちは、再び地下神殿を目指して歩き始めている。



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