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異世界で家を買いました。  作者: 月下美人
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せいほう


 妙な展開で焦らされたマティは、少しばかり機嫌が悪かった。

 機嫌が悪いと言っても、目に見えるほどではない。

 自分ではない他人の目に映る外面上の不機嫌さは、内面のそれを五割り増しにしたよりも大きく誇張されている。

 「えーっと、ごめんなさいね? 久しぶりのお客様ではしゃいじゃったの」

 両手を合わせて拝むようにベターラが頭を下げてきた。

 『バラヴァ』の新妻フィリアですらイラっとするというのに、この年の同性からされると、無性にムカつく。

 が、勿論表面には出さずスルーした。

 何とかして、と思いつつ視線を動かせばタベルは我関せず、というようにお茶を飲み始めていた。思わず拳を握りそうだ。

 「あ、あなた!」

 そんなこととは知らず、こちらはこちらで涙ながらに援護を要請する妻を、タベルは平然と見返した。

 「お前はもういい。下がっとれ」

 手を振って出て行けと指図する夫を、ベターラが絶望的な顔で見つめている。

 「無礼だったことは、わしからも謝罪する。そのぐらいで勘弁してやってくれ」

 妻の視線が耐えられなかったのか、タベルはマティに向かってそう言った。

 「別段、怒ってもおらぬのだろう?」

 ふんっ、と鼻を鳴らすタベル。

 ふうっ、と息を吐きだして、全身からにじませていた不機嫌のオーラを消すマティ。

 「そうですわね。別段、怒ってはいませんわ」

 にこっと笑ってみせる。

 プライベートならともかく、営業中なのだ。素で感情を出すようなことはしない。するとしたら、それは駆け引きのための演技だ。

 「ひ、ひどいわ!」

 「お互い様だ。下がっとれ」

 からかわれたのだと知って抗議するベターラを奥へと追い出し、タベルはマティの正面へと座った。

 「面倒な女でな。悪気はないんだが」

 「わかりますわ。わたくしも割とそういう女ですもの」

 にっこり。

 会心の微笑みを浮かべたのだが、なぜかタベルは胡散臭げで、鼻にしわを寄せた。

 「ですけど、どうしてわたくしが本心では怒っていないと思われましたの?」

 女優のつもりなどないが、営業担当者として培ってきた演技を簡単に見抜かれたのはそれなりにショックだったので、問いかけた。

 「なに、たいしたことではないさ。兄が親しく付き合う友人の一人とした相手が、そんな狭量なはずはないというだけのことだ」

 ああ、なるほど。

 確かに、二人は仲が悪くないようだ。

 お互い、相手のことがよくわかっていて、信頼し合えているのだから。

 「で、勧誘と取引の話だったか?」

 「ええ。悪い話ではないと思いますわ」

 自信をもって、『アルカノウム連合』についての説明を聞かせていった。

 設立の意義、今後の方針。小売りから搾取する営利ではなく、利用するだけの利己主義ではなく、影響力が欲しいだけの数は力理論でもない。

 共に栄え、繁栄するべく協力し合う同志としての誘い。

 「いかがでしょうか?」

 一連の説明を終えて、反応をうかがった。

 「そうだな。一見よさそうに見えなくもない。だが、そんなに都合のいいことばかりとも思えんぞ」

 思慮深い返答が来た。

 いいとこばかり見せられても、浮つく様子がない。

 さすがは古くから続くワイナリーのオーナーだ。目先の利益だけでは動かない。もう少し、好感度を上げた方がいいだろう。

 そのためには、この流れは好都合だ。

 「もちろんいいことばかりとはいきませんわ」

 首を左右に振りながら訴えた。

 「設立の意義については説明の通りなのですが、設立の経緯はいささかきな臭いものでして。実を言いますと、わたくし商人ギルドから殺されかけましたの」

 必殺。

 『雨に濡れて鳴く猫は拾わずにいられないよ効果』、だ。

 人には、『不利な状況のものに手を差し伸べたくなる』という心理がある。

 社会的地位が高いとか、自尊心が強い相手には特に効果があるようだ。

 「そういう事情ですから、わたくしどもと共に活動するとなると、商人ギルドを敵に回すことも考えられますわよ?」

 そう。

 実を言うと、これが『アルカノウム連合』最大の不利な部分だ。

 世界最大の商取引団体である商人ギルドと敵対するかもしれない。ずいぶんとでかいデメリットだ。

 それを今回、マティははっきりと口にした。

 通常の営業技術でいえば、ここは『不利な事実を伝えている』かのような言い方で、そうでもない話をするものだ。

 不利な情報をあえて開示して見せることで、『誠実さ』をアピールして好感を持たせるというテクニックがあるが、いかにも自分の不利をさらしていると印象付ける。それが目的なので、本当に弱点を教える必要はない。

 だが、マティはあえて本当の弱点を口にした。

 「そういうことか。それが協力し合う同志っていう意味なわけだな」

 ふっふっふっ、とタベルが笑う。

 殺されかけたので逃げ出したはいいが、逃げ続けるのも大変なので対抗できる組織を作ろうとしている。 協力しろ。そう言っているのだということが伝わったようだ。

 「よくわかったよ。だがそうなると難しいな」

 「やはり商人ギルドは敵としたくありませんか」

 当然だ。

 残念だが、その判断は正しい。

 自分が副会長ではない、一介の営業で中立の立場なら、全力で支持するだろう。

 「敵を作る気がないというのはその通りだが、問題はそこじゃない」

 「と、おっしゃいますと?」

 「うちとボレルんとこ以外はすでに、商人ギルドと商取引契約を結んでおるのさ。それを破棄させてあんたたちと協力させるってのは無理があるだろう」

 ボレルというのはたぶん、ワイナリー仲間の一人だろう。

 うちとボレルんとこ、つまり街に14あるワイナリーのうち12が、商人ギルドと契約を結んでいるということだ。

 実は、マティもそれは知っている。名前までは知らなかったが、数は把握していた。

 つい先日まで商人ギルドバララト支部副支部長だったのだ。たとえ直接関係していない管轄外の話とはいえ、そのぐらいは把握できる。

 バララト支部副支部長時代の「個人的資料」があるのだ。

 当然ながら、公的な資料はすべてギルド内から出してすらいないし、情報漏洩のような背任行為となりかねないことはしていない。

 なんにしても、そんなことは関係ない。

 「破棄する必要はございませんわよ?」

 「ほう。そうかね?」

 疑わしげな目が向けられた。

 「契約の内容は、『生産したワインの七割から九割の販売を商人ギルドへ委託するとともに、残りの三割から一割分の販売に関しても商人ギルドが優先権を持つ。』というものでございますでしょう?」

 七割とか九割、というのは各ワイナリーごとに条件が違っているからだ。

 七割五分とか、八割五分とかもある。

 優先権というのは各ワイナリーが古くからの付き合いがある顧客などのために残した、三割から一割分のワインを市場へ出すこととなったとき、自分で勝手に販売したりせず、まずは商人ギルドを通せということだ。

 「個々の契約内容までは知らんが、そんなとこだろうな」

 探るような目でタベルが、続きを促してくる。

 「ワイン以外のものなら、どこへどれだけ売ろうと契約上問題とはなりませんわね?」

 契約で規定されているのは『ワインという品目の商品』を『七割ないし九割のあいだの量』の分だけ、商人ギルドへ流すというもの。

 量については優先権というあいまいな規定があるので面倒な部分もあるが、『ワイン』と固定している品目は誤解のしようがない。

 「街全体としてはそうだろうな。そういうことなら、街の商工会に言え。俺はワインのことしか知らん。ワイナリーに関係ないなら・・・」

 「いいえ、わたくしが求めるものはワイナリーにございます」

 ワイン以外が目的なら、自分を通さないで街全体の生産品を扱う商工会を通せというタベルを制して、間を開けるべく冷め切ったお茶を飲んだ。

 「ワイナリーにあるワイン以外のものだと? ブドウでも売らせる気かね。あれはワイン用だ。果物として食うには酸味と渋みが多すぎると思うがね。だいいち、ブドウのままで売るとなればワインの生産が下がる。当然商人ギルドが黙っておるまい?」

 マティがお茶を飲んでいるからだろうか、これまでの言葉少なな言動とは異なり、多くの言葉を返してくる。

 「果物としてのブドウとして取引をするつもりはございません。私共が欲していますのは、『ワイン』を生産した後の残りかすですの」

 「残りかすだと?」

 「ブドウの収穫後、ワインとするため絞りますわね。この時にでる種が欲しいのですわ」

 ワインづくりはまずブドウ作りから始まる。産地や生産者によってブドウの育て方は変わるだろうが、ワインを作る工程は共通している。

 1、健全に完熟した果実の『収穫』。未熟果や腐敗果を含んではならない。

 2、そうして収穫したブドウをさらに『選果』して品質の良いものだけを選ぶ。

 3、『除梗』。こうというのはブドウの粒がついている小さな枝のことで、ブドウは梗に果粒がついて房となっているが、この梗と果粒を分離する作業が除梗だ。

 梗の味や匂いがワイン悪影響を与えないようにするのとワインが薄くならないようにし、このあと入れるタンクのスペースを有効に使うためでもある。

 ただ、白ワインを作るときは、梗が含まれている方が果汁の通りがいいとかいう理由であえて取り除かない場合があるし、生産者のこだわりや習慣で除かない場合もあるようだ。

 4、『破砕』。果皮を破って果汁を流出させやすくする。

 5、『発酵』。発酵タンクに皮、果肉、種を含んだ果汁を一緒に入れ、発酵させる。そうするとどんな理屈かは知らないがアルコールが生成される。アルコールが生成されてくると、皮から色素が、種からタンニンが溶出して赤ワイン特有の色と渋みが出る。

 6、『圧搾』→『固液分離』→『搾汁』。5から7日の発酵で目的の色と渋みとなったところでタンクから液を抜き、主に果皮部を圧力をかけて絞る。液体(果汁やワイン)と固形物(種や果皮)を分離する。

 7、『後発酵』。糖分がなくなるまで完全に発酵させる。

 8、『澱引き』。タンクの底に沈殿した澱を分離させる。この作業を繰り返すことで、透明度が増していく。

 9、『樽熟成』。樫の樽に移して熟成させる。

 10、『ビン貯蔵』。ビンへ移して寝かせる。

 この工程で6の部分、ここで出る種こそが、マティがここへ来た理由だった。

 ハルカが飲んでいるコーヒーの元となる消臭剤は、この過程で出た固形物を使って作られたものであったから。

 どこのワイナリーのものかまではわからなかったが、『ルイドンソ』産であるところまでは突き止めてある。

 「消臭剤が欲しいのかね? あんなものは売れんだろうが?」

 固形物の処理のためもかねて、実用品として作りはするし、欲しいというものもいるので売ることもある。

 だが、どちらにしても少量だし、安価だ。商品などと呼べる代物ではない。

 「消臭剤ではなく、飲み物として販売いたします。これのようなものとしてです」

 そう言って、マティは傍らのティーポットを指さした。

 外からは見えないが、中には茶葉を薄い布で包んだティーパックが入っている。

 茶葉もまた加工品だ。

 蒸したり炒ったり、種類によっては発酵させたりもする。

 発酵させ、水分を飛ばし加熱加工する。

 葉っぱと種という違いはあるが、やっていることは同じようなものだ。

 「そんな話は聞いたことがないな」

 胡散臭げなタベルに、マティは思わず笑ってしまった。

 「ふふ。わたくしも、つい最近知ったのです。驚きましたわ。意外とおいしいんですのよ」

 「誰から聞いたのかね。そんな奇妙なことを」

 交渉は大詰めとなった。

 小さく息を吐いて呼吸を整える。

 「我らが『アルカノウム連合』会長ハルカ・カワベ様。『異世界人』の知恵なのですわ」

 小さいが演出効果の利いた発言で、タベルは目を剥いて沈黙した。


 タベルを味方に付けることに成功した。

 もともと街に用があったというので、一緒にブドウ畑を眺めながら丘を降りる。

 「収穫が待ち遠しいですわ」

 まだまだ実ともいえない大きさのブドウを見つけて、微笑む。

 数歩先を歩くタベルが、鼻を鳴らすのが聞こえた。

 仲間になったわけなのだが、愛想はよくならないようだ。

 ブドウの種は収穫が早いものでもあと5節は先ということなので、6節後に引き渡しの予定とした。

 それまでに、種への加工方法を会長から指定してもらわなくてはならない。

 もちろん、副会長を集めての会議へはタベルも参加してもらうから、細かな話はそのときでいい。

 「取引はこいつを使え」

 街では、商工会の幹部だという人物を紹介してもらった。

 挨拶とか自己紹介とかは見事なまでのスルー。

 慌てたマティが挨拶をするのを尻目に、タベルはどこかへ行ってしまったが、取引はスムーズだった。

 『砂糖』を半分売り、代わりに『小麦』を買う。

 何といっても、この辺りでは流通量がほぼない状態の『砂糖』だ。驚くほどの高値で売れた。カーゴトランクの空いた分だけ『小麦』を買い足したが、こちらはあまりに安くて、懐がやたらと重い。

 その分、足取りは軽かった。

 ここまで、完全な黒字だ。

 フラムマ教の教会での少しお高めの移動経費を換算しても、それは変わらない。

 マティはホクホク顔で、次の街へと移動した。


 フラムマ教の教会を出ると、これまでの街とは異なることを感じずにはいられなかった。

 すごく賑やかだ。

 なにしろ、この街には迷宮がある。

 迷宮があるということは、冒険者ギルドがある。

 冒険者ギルドがあるということは、人々の出入りが多いということでもある。

 賑やかにもなる。

 「そして、商人ギルドもある、と」

 教会を出たところで、大通り沿いに視線を右へ向けた。街の中心となる方向、冒険者ギルドと商人ギルドがある。

 辞めてまだ二日、敵認定はされていないはずだと思うが、絶対ともいえない。

 何といっても、事前通告した相手は二人とも「敵」とのかかわりが強い。情報はすでに彼女のもとへも届けられているとみるべきだ。

 ギルド職員ではなくなったのなら遠慮は無用、と暗殺者を差し向けてくる可能性も0ではない。

 相手も腐ったとはいえ商人。いきなり血生臭い方法で消しに来るとは思いたくないマティなのではあるが、相手の性格を考えると可能性は、ある。

 そのこともあったから、マティは商人ギルドがある街は意識して避けてきた。が、完全に避けるのは不可能だった。

 数を集めればいいというものではない。

 組織を立ち上げるからには、強くなければならない。だからこそ、商人ギルドから敵とみなされてもびくともしない『タキトゥス工房』や砂糖の街『アスタス』などを味方へ引き込み、また引き込もうとしているのだ。

 そんなわけで、リスクは承知のうえで、マティはこの街を『アルカノウム連合』に参加させるべく、交渉へとやってきた。

 『オロゾロト』。帝国の中央南寄りに位置する黄金の街。

 現在のところ、帝国内で天然の金鉱石を産出する唯一の街だ。一応はとある公爵が所領とする州にある街の一つでしかないのだが、黄金を独占している関係で上下関係が逆転していると言われている。

 実際は、この街を治めていた一族の長を公爵が総領事と定め、その跡継ぎに一族の娘を嫁入りさせることで一族の一員とし、囲い込んでいる状態。

 次の交渉相手は、その跡継ぎだ。

 セトロ・アバシンというのがその名前で、歳は23。

 公爵の一族とはなっているが、爵位があるわけでもなく、歳も一つ上なだけ、気圧されるいわれはない。

 「よし!」

 気合を入れて、歩き始める。

 彼は領事館にいる。そして、領事館は街の中央。つまりここから行くなら、冒険者ギルドと、商人ギルドの前を通らなくてはならない。

 ちょっぴりだけ、足が震えた。

 当たり前だが、商人ギルドの前を通ったからといって何かが起こるはずもなく、普通に通り過ぎた。

 ホッとする。

 領事館は、というかそう呼ばれている建物は、古いホテルだった。

 煉瓦と木造のまじりあった建物で、一見重厚だが重い印象というだけで、はっきり言って薄汚れていた。

 全体的に埃っぽいのだ。

 金鉱石の採掘が主要産業となって以来、他の産業は軒並み衰退しているようなので、廃業したホテルを買い叩いたか、借金のかたとでもしたのだろう。

 アポイントはとっていなかったのだが、すんなりと面会が許された。

 取引のすべてを商人ギルドが押さえているので、交渉事のようなものは皆無。実務は部下がやっている。名ばかりの領事は暇なのだ。

 「やぁ、セトロです。よろしく」

 現れた金髪碧眼の童顔青年は、軽い感じでマティの手を取って握手してきた。

 びっくりしつつも、そこは営業職。強めに握り返し、ついでに空いてる手を相手の手の甲に添えた。両手で包み込む感じだが、包むまではいかないのがポイント。

 馴れ馴れしくしたいわけではないのだ。

 でも、実はこの握手。

 交渉事を進める際は意外と重要なものだ。

 特に相手が男性で自分が女性であれば、スキンシップをすることで好感を持ってもらえる可能性が高い。

 向うからしてきてくれたなら、好都合。活かさない手はない。

 握手で重要なのは、強さと長さ。

 弱く短いと、自信のなさとか消極的な印象を与え、関心がないのだと思われてしまう。そんな状態では好感なんて持ってもらえるはずもない。

 強く、長い握手で関心がありますよとアピールすれば、その後の交渉が円滑なものとなるのだ。

 「『アルカノウム連合』会長代理マティ・オレィユですわ。よろしくお願いします」

 目を見てゆっくりと名乗る。

 当然、その間も握手は継続だ。

 「なにか、お話があるとか。あちらでゆっくりとお聞かせください」

 さりげなく手を離して、奥を指し示してきた。

 「時間をとっていただけてうれしいですわ」

 誘導に従い歩き始める。

 危うく気が付かずに受け入れそうな自然さで、肩に手を置かれた。

 女性の扱いには慣れているようだ。

 ただし、夜の相手をする気のある女性限定で、ビジネスパートナーとの交渉経験はほぼないだろう。

 もちろん、振り払ったりなどせずそのまま部屋へ向かった。

 一瞬、ベッドがある部屋かもという不安は持ったが、さすがにそこまで稚拙な頭ではないようだ。ちゃんとした、対談部屋となっている。

 広くはない部屋、エレガントなデスクとチェア。落ち着いた雰囲気が漂っていたので、ほっとした。

 席につくと、すぐにお茶が運ばれてくる。

 本人はともかく、周りはしっかりとしたスタッフで囲まれているようだ。

 「それで、どのようなお話なのですか?」

 フランクな態度で促してきたので、こちらも少しだけ口調を砕けさせて説明を行った。

 『アルカノウム連合』の存在、組織的な相互協力から得られる恩恵、今後の展望といった話だ。

 彼は熱心に聞いてくれたと思う。

 少し意外なほど前向きだ。

 「良い話です。でも、ぼくらに話を持ってきた意味が分からないな」

 不思議そうに首をひねられた。

 「取引は商人ギルドに任せています。もちろん、信頼できる部下が監視しつつですけど。いまさら、別の経済組織と交渉する理由はありません。商人ギルドとも良好な関係ができていますから、それを揺るがすことに利はありませんからね」

 予想通りの答えだ。

 商人ギルドにとって代わる交渉が無理なことはわかりきっている。

 これが通ると思うほど楽観論者ではない。これはダミーだ。人は他人からなにかをしてもらうと、お返しをしたくなるという性質がある。

 相手に借りを作ると返したくなるということ。

 だから、あえて最初は無理目の頼みをして、断らせることで貸しを作る。その後、本命の頼みをすることで、「さっき断ってしまったから、そのぐらいの頼みなら聞いてあげようか」と思わせる作戦だ。

 マティは、悲しげな表情を作った。

 結果はともかく、交渉はさせてもらえると思っていたのに、という顔だ。

 「全体的に取引を渡せとは申しませんわ。半分! いいえ、2割程度でもいいです。考慮していただけませんか?」

 必死だと思ってもらえるよう、泣き落としをしてみた。

 困惑顔を返されてしまう。

 「商人ギルドを差し置いて、その『アルカノウム連合』さんを受け入れるというのは難しいですね」

 でしょうね。

 マティはサラリと、その答えも受け入れた。

 これも予想通りだからだ。

 この作戦。実は三段階なのだ。

 必死さをさらに強くアピールしつつ、きめにいく。

 「では、主要産業以外での取引ならばいかがでしょうか?」

 商人ギルドが欲しいのは金鉱石だ。

 はっきり言ってしまえば他の産物なら、この街でなくても質も値段も手ごろなものを提供してくれる街がいくらでもある。それなのに、市場を独占しているのは、それができるからで必要があってのことではない。

 それは彼も理解しているだろうから、それならと思ってくれるかもしれない。

 ちょっとでも、そう思ってくれれば、見たところ交渉事の経験が乏しいらしい彼なら、断り切れず首を縦に振ってくれる可能性がないでもない。

 そこが狙いだ。

 「金鉱石以外、ですか?」

 そんなものあったっけ? と首がひねられた。

 無理もない。

 金鉱石以外は、はっきり言って価値のないものばかりなのだから。

 「ああ、そうだ。皮革でよければ取引をお任せしてもいいですよ」

 いいことを思いついた、とばかりに破顔するセトロ。

 皮革?

 慌てそうな自分を押さえつけ、マティは脳内の『オロゾロト』の産物リストを開いてみる。どこででも取れる食料品以外で取引されているが需要はあまりなく、活発な売買が行われる市場とは、お世辞にも言えない。

 皮の素材であれば、迷宮でも比較的簡単に手に入る。自然の中で狩りをして獲る皮革の需要というものはあまりないのだ。

 そうきたか、マティはちょっと甘かったかと凹みそうだった。

 完全に、厄介なものを押し付けられようとしている。

 にっこり、とマティはそれでも微笑んだ。

 「それでかまいませんわ」

 厄介だからこそ、相手はこちらへ振ろうとしている。

 これを断るのは悪手だ。

 ただし、向うは厄介であると承知のうえで提案してきている。それを受け入れるのと引き換えで、別の要求を認めさせられないだろうか?

 認めさせられれば、こちらの優位。認めさせられなければ、厄介な商品を任されただけでこちらの劣位。

 ここが正念場だ。

 頭をフル回転させて、マティは考えを巡らせた。

 この要求は、気軽に応じられる軽いものである必要がある。

 「皮革の扱いはすべて、任せていただきますわよ?」

 厄介だと思われているのなら、これはセトロにとっては願ったり叶ったりの提案と見えるはず、軽いどころかウハウハだろう。

 「かまわないよ」

 朗らかに答えるセトロの目が、嘲るような色を帯びた。

 バカな女が、バカな取引に乗った、とでも思ったのだろう。

 好都合だ。

 「それと、わたくし共が持ち込む品物を、商人ギルドの相場と同じ値段で市場へ卸させてくださいな」

 最初に小さな要求をして通らせ、二つ目のさらに大きな要求も通させる。

 『車輪の前へ棒を置くことができれば、うしろへ置くのも簡単だ』という手法だ。

 最初の要求を軽くして相手へ飲ませ、次の要求をする。相手は一度決めた態度を崩したくないという気持ちになり、つい次の要求も通してしまうのだ。

 他人から強制されたことには反抗できても、自分で決めたことだと矛盾する行動がとれない。そんな心理を突く交渉術である。

 「んー、まぁいいでしょう。あまり大きな取引はしないで下さいよ」

 「心得ておりますわ」

 ともかく、取引上の条件は認めさせた。

 あとは・・・。

 「『アルカノウム連合』への参加の件ですけど、街ごとは難しいでしょうけれど、セトロ様が個人的にというのはいかがですか?」

 現在、『オロゾロト』の総督は彼の父親で、彼自身は時折こうして代理を務めるだけとなっている。

 事実として、マティとの交渉を行い。限定的とはいえ、取引を始める許可を出した。「わたくしとの取引は、あなたが中心となってくださいな」ということ。

 小さいかもしれないが、自分が主役となれる場所ができるというのは魅力的なはずだ。

 セトロは、しばし呆然として、次に楽しげな笑い声を上げた。



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