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異世界で家を買いました。  作者: 月下美人
104/199

りーば

次話更新も不定ですが、なるべく普段と同じく、日曜のこの時間となるよう努めます。



 地下室探しは思うほど難しくはなく、手間もかからなかった。

 白い石はバラバラと散っていて地下への入り口を覆い隠してしまえるほど大きくはなかったから、上から見下ろすだけで調べが付いた。巨大な石を持ち上げるようなことはしなくてよかったのだ。

 そのかわり、見つかった地下室たるや期待を裏切るためにあるのかと勘ぐってしまうほど、何も残っていなかった。

 酒蔵には陶器の破片以外には、酒の匂いすら、残っていなかった。陶器の破片ですらほとんど存在をなくしつつあった。時の波に侵食され、砂になりつつあったからだ。

 穀物庫に至ってはがらんとした空間しかなかった。

 そうやって予想通りの、期待を裏切り続ける結果を積み重ねるうちに、オレとシャラーラは街のはずれに行きついた。

ほとんど同時にミーレスも同じく、疲労のみを得て合流してきた。

 「やはり何もありませんでしたね」

 ミーレスが嘆息し、オレは肩をすくめた。

 シャラーラが困惑した顔をオレに向けてくる。が、オレは決然とある一点に指を向けた。

 「街の中の地下室になにもないのは予想していたよ。本命はあれだ」

 そこには、板状の石板が地上に突っ伏して時の重みに沈んでいた。

 「地下室にしては大きいようですね」

 「地下室ではないよ、ミーレス」

 「では、なんなのですか?」

 意外さを隠しもせず、ミーレスが訊いてくるのに、オレは忌々しげに吐き捨てた。

 「地下墓地だよ」

 『死霊魔術』なんてものを知った今では、もっとも近付きたくない場所の一つだった。

 「滅んだ理由が災害や疫病の類なら、あの中にこそ答えがあるだろうってこと」

 ミーレスとシャラーラがそれぞれの表情で互いに顔を見合わせた。予想するべきだったと思いを重ねる。

街の人間が同時に死んだりしていない限り、死者は墓地に埋葬されただろうということを。そして、埋葬された人々の姿を見れば死因に辿り着くだろうことを。

 遺体が原形をとどめていれば、だが。

 どちらにしろ、調べないわけにはいかない。

オレたちは地下墓地への扉を、大儀そうに地面に空いた穴に覆い被さる石の扉を持ち上げ、地下へと向かう穴を白日の下に曝した。

 穴は、深く闇へと続いている。

 再び役立てる場面が巡ってきた魔力灯を手に、オレとシャラーラが進む。その後をミーレスが守って。

 地下墓地はがらんとしていた。

 街中の人を葬ったという様子がない。

 これはやはり時の経過がなにもかもを砂に変えてしまったのだろうか、と思い始めたところで気が付いた。

 少し先に布で包まれた何かが横たわっていることに。

 石の寝台に寝かされている。

 寝台は上に五層、横に十六室、それがずっと連なっている。

 「『神無歴八年十三節』・・・この街は、その時までは滅んでいなかったってことですね」

 寝台に張られたプレートを読んだミーレスの呟きで、千年以上前の遺体がちゃんと保管されていることを知った。

 「しかも同じ時期に死んだ人はそう多くないようです。災害や疫病とは違うのかもしれません」

 他の寝台のプレートにも目を向けて、ミーレスが頭を振った。なんの答えにも繋がらないことを認めないわけにはいかなかったのだ。

 地上に戻ろう。

 やるだけのことはやった。

 そう自分に言い聞かせながら、引き返そうと振り返ったオレの目が、それを捉えた。

 上からの階段を挟んだ反対側に、仄かな蒼白い光が見えた。

 まるで脈動するかのように揺れる光を目で追っていく。

 「ご主人様?」

 オレが立ち止まったことに気付いたシャラーラが物問いげに視線を向けてきて、直後、オレの視線を追いかけた。

 「なんだと思う?」

 シャラーラもまた光の揺らめきに気付いたのを察知して、訊いてみる。

答えは期待していない質問だった。

 言葉が終わるより先に、足を踏み出していたのだから。

 シャラーラも答えることなく歩き出した。

 推測を論じるよりも、実際に行ってみる方が早い。

 ミーレスが慌てて後を追いかけてくる。

 光源は氷ともガラスとも、水晶とも思える青味を帯びた透明度のある何か、だった。高さは三メートル、幅にしても二メートルはある。

 奥行きもそのくらいだろう。形の崩れた菱形、そんな形状をしていた。

 氷ではないだろう、地下室は暗所ではあるが氷を作り、または保持するほどは冷えていない。

 ガラスか水晶とも思えなかった。そう思うには無理がありすぎた。

 透明度のあるその何かの中に、紛れもなく人間の少女が入っている。人工物であれ、自然物であれ、おおよそ考えられないことだ。

 目にしたときには、地下神殿で眠っていたリャナンシーを思い出させたが、それとは雰囲気がまるで違っていた。見た目のとおり、人間の少女だと思われる。

 「死体、でしょうか?」

 ミーレスが怖々聞くが、もちろん誰も答えられない。

 「ご主人様」

 押し殺したような声で呼びかけ、シャラーラが何かを指差した。

 それは床に無造作に投げ出されたような灰色の石板だった。埃に半ば埋もれてはいたが僅かに隆起した輪郭が、控えめに自己主張をしていた。

 屈んで、そっと持ち上げる。

なるべく舞い上がらせないようにして埃を払うと、石板には文字が彫り込まれているのがわかった。

 「『リャナンシー様。お目覚めになられたのでしたら、わたしを起こしてください』・・・死体ではないようですね」

 「となると、どうやら唯一の手掛かりらしいな」

 石板に彫り込まれた文字をミーレスが読み、オレはそっと息を吐いた。

 「リャナンシーを呼んできてくれるか?」

 シャラーラに頼む。

 「呼んでくるっす」

 シャラーラが走り出す半歩前の歩調で精霊を呼びに行った。


 「誰かしら? 街では見た覚えのない子だわ」

 青い透明ななにかに入っている少女をしげしげと見つめ、リャナンシーが首を傾げた。

 「起こして本人に訊けばいいでしょう、わたしたちにはわかりませんよ」

 少し冷たく、ミーレスが答えた。

 黙ってついてきているが、振り回されているという現状にイラ立っているようだ。

 初めての夜以来、ほぼ毎晩あったスキンシップがないせいかもしれない。

 キスすら朝の挨拶程度で交わして以来していないからな。

 シャラーラなんかは爆発寸前かもしれん。

なんとかしないとな。

もちろん、いまではない。

 「起こし方はわかる?」

 仲間たちとともに、精霊の後ろに立ったアルターリアが、そっと訊いてみている。

 「もちろんよ、アルターリア」

 精霊は何でもないことのように答えた。そして、ごく自然な動作で右手を上げ、青い透明ななにかを縦に一度だけ撫でた。

 それだけだった。

 青い透明ななにかは、表面から色を失って砂色になると、砂そのものになって床にサラサラと降り積もった。

 あとには、青い髪を腰近くまで伸ばした、十二、三歳。髪の色より少し濃い青を基調としたローブを身にまとった、オレと同じか少し歳若の少女が残った。

 数秒の間。

 と、パチッと少女が目を開けた。翡翠色の瞳に、精霊の姿が写り込む。と、少女は無表情のまま、軽く息を吐いたようだった。

 「おはようございます。と言っても私にはさっき時を止めたばかりという感覚しかありませんが・・・リャナンシーで間違いありませんか?」

 「おはよう、もちろんリャナンシーよ。で、あなたは誰?」

 精霊が問い掛けると、少女は無表情なりに眉を寄せた。

 「それは私が訊きたいことなのですがね」

 なにか呆れたような色が、声音に混じった。

 「あなたが、わたしに名前を授けることになっていたはずです」

 あなた、とは精霊のことを指すらしい。

 そうと気づいたリャナンシーの目が真丸く見開かれた。

 「わたし、レントにそう約束していたわ。眠りから目覚めさせてくれたとき、あなたの子供に名を授けるって」

 まさか? という無言の質問に、少女はコクンと頷いた。

 「レントとルアンの娘です」

  

 リャナンシーは世の恋人たちにとって、天敵だった。男を惑わし、永遠の誓いを忘れさせる。そのうえ、男の命をすら脅かすのだ。だが、リャナンシーが常に自分の意志でそうするわけではない。むしろ、男の方が勝手に夢中になり、自滅していくのだ。

 もちろん、すべての男がそうなるわけではない。世の中には、ただ一人の女性を心に住まわせると、他の女は目に入らない男というのもいるものなのだ。レントという若者が、まさにそういう男だった。

 だから、この恋多き精霊は、なるべくレント以外の男の目には触れないよう気を付けて行動していた。街の者たちに何か言いたいときにはレントを通したし、街の者たちがリャナンシーに何かを伝えたいときにはレントを介した。

 うまくいっていたはずだった。

 街の人々のほとんどと精霊は。

 しかし、一人だけその状況を快く思っていない者がいた。

 レントの恋人、ルアンである。

 彼女はレントを愛し、レントもまたルアンを愛していたがルアンは気が気でなかったのだ。いつこの精霊が本性を現し、または本能を抑えきれずにレントを誘惑するかと。

 それでも、それは疑惑のままで済んでいた。

 子供を身籠るまでは。

 レントの子供を妊娠してからというもの、ルアンはさらに疑い深く、嫉妬深くなっていった。リャナンシーのところへ連絡に行くレントを見送るたびに、それは増幅し制御ができなくなるのも時間の問題かと思われた。

 ここにきて、彼女の苦悩に気が付いたリャナンシーは、自ら眠りにつくことを決断する。自分のための地下神殿の奥で眠りにつき、その眠りを『死霊魔術』の使い手であるレントが使役する不死の怪物に守らせるのだ。

 とりあえず、ルアンが出産を終えるまで。

 生まれたら数日待ってレントが起こしに来て、起きた時にリャナンシーは子供の名前を授ける。そうすれば、レントは出産までルアンの側にずっとついていられるのだ。

 そうやって、リャナンシーは眠りについたのである。

 「ですが、もう遅かったのです。その時には」

 淡々と少女が告げたことによれば。

 リャナンシーが眠りについたことを確認して、地下神殿から出たレントは、待ち伏せていたルアンに、短剣で刺されてしまった。出産を控え、精神的な重圧に耐えていた彼女には、レントが尻軽な精霊にうつつを抜かしていると映ったのだろう。

 傷は深く、レントは間もなく死んだ。

 しばらくして興奮から覚めたルアンは自分がしたことの恐ろしさに泣き叫び、食事もとれないほどの哀しみに沈んだ。そして、娘を産み落とすと自身の命の炎をそっと吹き消した。

 理由はどうあれ、殺人者の娘。少女は世間から疎まれて育つことになる。

 「おかげで私は名前も付けてもらえず、レントの娘としか呼ばれてこなかったのです」

 精霊は深々と溜息をついた。無自覚に男を誘う自分の本性には警戒していたつもりだが、その男を思う人間の女が抱く嫉妬にまで気が回らなかったことが悔やまれる。

 「ごめんなさいね、リーバ」

 そっと少女の手を取り、瞳を見交わしてリャナンシーはその名を呼んだ。

 無表情だったリーバの目がわずかに瞠目し、頬がわずかに血色を増した。

 彼女が生まれて初めて、名前を呼ばれた瞬間なのだ。

 「それで、リーバ? この街はなぜ滅んだのかしら?」

 彼女の名付け親が最も訊きたかった質問をすると、リーバは怪訝そうに首を傾げた。

 「滅んだのではありません、棄てられたのです」

 この街は、もともとリャナンシーを慕う、または恐れる人々の集まりだった。それが、中心となるべき精霊が姿を現さなくなったことで街は存続の危機に立たされた。

 初めは、レントの娘が生まれたあとくらいに自然に目覚めて出てくるのではないかとの楽観論もあったが、そうはならなかった。

 時間だけが過ぎていく。

 街の人々はリャナンシーと連絡を取りたいと望んだが、精霊が自ら起きてくるという期待は影を潜め、力でレントの守りを抜こうにもうまくはいかず、人々はやがて自信を失い、街は衰退していくことになる。

 「そこに、さらなる追い打ちがかかりました。現代への変化はお聞きになりましたか?」

 「神が姿をくらましたって話? ええ、聞いたわ。あのぐうたらどもらしいっていえばらしいことだと呆れさせてもらったわよ」

 「その神が訪ねてきたのです」

 赤い髪をたなびかせた女神が街を訪れ、街の住民に両手を広げて叫んだのだという。「私の神殿に来ないか?」と。

 自分だけでどこかへひきこもるのが嫌だったらしい女神は、街の住民をどこかへ連れて行こうとしたのだ。

なにか支えとなるものが必要だと感じていた街の者たちは、その誘いに考えもなしに乗った。

 「そんなわけで、あなたを敬っていた街の者たちは、いきずりの女神に寝取られて街を去ったのですよ」

 精霊はキョトンとした顔でリーバを見つめ、しばらくしておもむろに噴いた。

 「ぶっ、ぶぁはあはははははははははははっ!!!」

 なにがツボに入ったのか、リャナンシーは腹を抱えて笑い転げた。

 「わたしがっ! この『精霊の恋人』が! 何組もの男女の仲を引き裂いて男を奪ってきたリャナンシーが! 寝取られた!? ぶふっ! きゃは! きゃはははははっ!!!」

 爆笑だ。

 安心したような、衝動的な、自嘲的な、諦めるような、楽しげな、愛する者に向けた、敵対者に投げかける、様々な笑いが嵐のように渦を巻いて吹き荒れていく。

 「あのさ、神様って一斉にいなくなったわけじゃないのか?」

 神無歴というのが神が地上から消えたことで始まったものだとすると、神無歴八年の死者が、この地下墓地に葬られているのと矛盾するのではないのか?

 「神様たちは、地上を去るのに六日かけて順次いなくなったのですよ。その後の死者がいる理由は、全員が出てったわけでもなくてですね。年寄りが18人ほど残ったからです」

 六日か。

 元世界のとある経典では神は六日で世界を作り、七日目に休みをとった。こちらの世界では六日で地上を去り、七日目から神のいない時代が始まったわけだ。

 「ところで、いまは何年なのですか?」

 リャナンシーをチラリと見たものの、これはしばらく笑い続けそうだと判断したらしく、リーバの方からも質問が来た。

 「神無歴千二十二年よ」

 あらぬ方向に視線を向けながら、アルターリアが素っ気なく答えた。リーバの目があらん限りに見開かれ、もともと白い肌が心なしか青くなった気がした。

 「千・・・」

 言いかけて絶句している。

 無理もない、オレたちは同情の目を向けた。

 「二百年くらいかと思っていたのですが・・・千年とは・・・・」

 青い髪の少女はこめかみに指をあてて頭を振った。

 「正直に言って予想外です」

 頭を振るのをやめ、リーバは意外に落ち着いた様子で告白した。

 「だ、大丈夫かい?」

 大丈夫なわけはないのだが、オレにはそんな言葉しか出せなかった。

 「ちょっとびっくりしただけです。二百年も千年も大差はありませんからね」

 知っている人が誰もいない、という点でということだ。

 リーバが、ここにとどまりリャナンシーへの言付け役を担うことになったのは自分で志願したからだった、というより言付け役を残すべきだと主張したのがリーバだった。

 疎まれたまま人生を終えたくはなかったからである。

 二百年くらい時間から隔絶していれば、自分を知る者はいなくなっているだろう。そのうえ、そのときにはリャナンシーから名前ももらえるはずだ。

 新しい自分を始めるなら最適の環境になると思えたのだ。

 「だったら、うちに来ないか?」

 世界のどこにも寄る辺がない少女に、オレは何の気なしに手を差し伸べた。

 ミーレスとアルターリアの瞳にチラリと不安が過ったようだが、賢明にも二人は鼻に皺を寄せただけで耐えてくれた。

 オレはそれを見ない振りした。

 シャラーラもなにか言いたそうな顔をしたが、口に出すのは思いとどまったらしい。

 奴隷がとやかく言えることではないからな。

 だがミーレスは、この青い髪の少女に忠告という名の脅しをかけるのを、止めることはできなかった。

 「やめておいたほうがいいですよ。ご主人様は女性好きです」

 これこれ、ミーレスさんや。

 そうだとしても、それを奴隷が言うのはいかがなものかと思うぞ。

 家族だ、と言い聞かせていたことが根付きつつある証なので、喜ぶべきなのだが、ちょっと辛い。

 「ハーレム、というやつですか?」

 目を大きく見開いて、リーバが呟く。

 なぜか、オレ以外の全員が首を縦に振っている。

 「それは否定しないけど。なにも、家に入れた女性を片っ端からベッドに誘うほど、鬼畜じゃないよ!!」

 アルターリアの暴露に、泡を食って反論した。

 実際、マティさんには手を出していないぞ。

 「そうですか?」

 なんか、アルターリアがミーレスとシャラーラともども疑わしげだ。

 そんな様子をリーバは興味深げに見ていた。

 そして・・・。

 「ハーレム上等。わたしはそれで構いませんよ。ええ、好都合です」

 無慈悲なカウンターパンチを繰り出した。

 両手で小さな握り拳を作り、『むん』てな感じに力を入れて見せる。

 「身を寄せる場所が要りますし、一人で妻をやれる自信もありませんから、ハーレムの一員というのも悪くないです」

 唖然。

 ミーレスとアルターリアが、半ば口を開けて固まった。

 まさか、真っ向からハーレム入りを受け入れるとは思いもよらなかったのだ。

 独占欲が皆無のシャラーラは平然としている。

 「まぁ、しばらくして今の時代に慣れたら考えが変わらないとも限りませんが」

 思い出したようにリーバが付け足して、ようやく二人は息をすることを思い出した。

 「そうですよね、まずは今の時代を知ることからですよね」

 「わたしたちが現在というものをしっかり教えて差し上げましょう」

 力強く請け負う。

 「それは助かります。では早速案内していただけますか?」

 期待のこもった瞳を輝かせ、リーバが身を乗り出す。

 「もちろん」と言いかけたアルターリアが口を手で押さえ、拳で自分の頭を小突いた。

 オレを振り向いて、小さく頭を下げる。

 「そもそもの目的を危うく忘れるところでしたよ」

 アルターリアの顔に、自嘲の笑みが浮かんだ。自分が始めたことを忘れてしまうとは、情けないというか無責任というか、不甲斐ない限りという感じで赤面している。

 「えーっと、リャナンシー様? そろそろ戻ってきていただけませんか?」

 笑い続けている精霊に呼びかけた。

 「お聞きしたいことがあるのですが?」

 「・・・・なにかしら?」

 溢れる涙を拭うことも忘れて笑声を上げていた精霊が、ようやく笑いを収めて振り向いた。声はいまだ少し震えを帯びていたが。

 アルターリアが、精霊を起こしに来た理由について、説明していく。

 「精霊力を内包した剣の治療法、ねぇ」

 説明を聞き終えた精霊は、しばし下唇をつまんで宙を見つめた。

 そして、首をひねる。

 「いま、その剣持ってる?」

 「あ、これです」

 リュックから取り出して、差し出す。

 「・・・」

 目を細めて、リャナンシーは『エザフォス・クスィフォス』を見つめた。

 そして・・・。

 「ふーん。ラリスの剣、か。最近作られたもののようね。しかも・・・」

 なんか言いたそうな瞳が、オレへ向けられた。

 「あなた、『異世界人』ね。しかも勇者じゃない方の」

 ぴくっ!

 思わず反応してしまった。

 こんなところで、謎にまつわる言葉が聞けるとは思っていなかった。というより、頭に入れておくと言いつつ忘れかけてた。

 「おっと、しかもちゃんと『勇者じゃない方』の意味にも気が付いている、と」

 ニヤッと笑ってリャナンシーは胸を反らせた。

 「気づいてるというほどではありませんよ」

 慎重に言葉を選ぶ。

 どこまで知っていると言えばいいのか、なにも知らないと言った方が話をしてくれるのか、少しさばを読んで多くを知っている風を装った方が情報を得やすいか。

 どっちだろう?

 「あ、情報は流さないわよ。そういう決まりなんだからね」

 ニヤニヤ笑いながら、予防線を張られてしまった。

 だが、オレとしてはこの時点でいくつかのヒントを得られている。

 神々が姿を消すより前から眠りに付いていた精霊ですら、『異世界人』が二人来るということを知っていた。

 神々が迷宮を作り出す前から『勇者』が存在した。

 そして、「決まり」を作って、それらの事情を監視している存在が確かに存在するという事実。

 この3点が、いま知れたのだ。

 それがなにを意味するかまではわからないとしても。

 「私に言えることは、『せいぜい味方を増やしておけ』ってぐらいね」

 ・・・つまり、いつか誰かと戦いになるってことだろうな。

 でも、味方か。

 戦力ではなく。

 「て、わたしを睨んだりしないでよ。一応、わたしは『あなた側』なんだから」

 思わず睨むような目をしていたらしい。

 なぜか、悲しげにすり寄られた。

 「ハーレムにも参加してあげるわよ? い・つ・か、ね」

 そう言ってリャナンシーは笑った。

 あれだけ大笑いしていても、リーバとオレたちの会話も実はちゃんと聞いていたらしい。

 ただ、今度は少し陰のある笑い方だった。

 「味方が必要となったころに、ですね?」

 少しだけ考えてから言ってみた。

 言葉での謎かけなら、解くのは得意な方だ。

 「んー。もう少し早いかもしれないかな? 迷宮とやらがどう機能しているのか見てから判断しないといけないから特定は難しいわね」

 また、下唇をつまんで考え込みながら、リャナンシーは答えてくれた。

 情報を流さないとか言いつつ、結構サービスしてくれるらしい。

 「さて、その話はこれで終わり。剣の話に戻りましょうか」

 と思ったら、スッと真顔になって話しを切られてしまった。

 ・・・チッ。

 もう少し聞いときたかったのに!

 まぁ、しょうがない。

 いくつかの断片は手に入った。

 あとで、翔平にも知らせておこう。

 数個であっても、ピースを少しづつ集めていけば、いつかはパズルの全容が見えてくるときが来るはずだ。

 いまはそれよりも『エザフォス・クスィフォス』を直してもらうことの方が重要だ。

 「直せるんですか?」

 考えようによっては、かなり失礼な物言いだが、この精霊なら気づきもしないだろう。

 事実、気が付かなかったようで、眉一つ動かさず答えてくれた。

 「私は直せないけど、直せる人なら知ってるわ」

 ・・・千年も寝ていたのに?

 彼女の知り合いはことごとく死んで、骨も残っていないはずだ。あー、いや。骨は残ってたかも。地下墓地のことが頭をよぎり、考え直した。

 それでも疑問は残る。

 顔に出たのだろう。リャナンシーは拗ねたように口を尖らせた。

 「正確には直せるはずの人、だけどね」

 そう言ってリャナンシーが指さしたのは・・・リーバだった。



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