せいれい
ダンスパーティーは予想したほど長引かなかった。
紳士諸君は楽しみたかったのかもしれないが、レディたちは忙しい。最小のステップだけで、肉を持たない戦士たちを骨抜きにしてしまった。
・・・。
なんか、こんな文学的比喩を使った感想を抱くほど、彼女たちの戦いっぷりは優雅で余裕があった。
その点、ボケっと突っ立っていたオレの役立たずっぷりがすごい。
『ドロップアイテム』がないので、荷物持ちの役にすら立っていないのだ。
食料なんかはちゃんと運んでるわい!
心の中で胸を張ってみるが、逆に虚しくて泣けてくる。
その後、オレたちは階段を三つ上った。
三つめの階段を上った先には真っ直ぐな通路状の空間があり、その最奥に祭壇らしきものが見えた。大理石を積み上げて作られたらしい荘厳な祭壇。その前にぼうっと光る魔法陣があった。
この世界に来たとき、一番最初に見たものとよく似ているが、周囲を囲む文字らしきものの書体は異なっている。
神の使う文字と、竜の使う文字は違うのだろうか。
いや、魔法の形態が違うのかもしれない。
たんに異世界同士をつなぐ転移魔法と、同じ世界内を移動するだけの転移魔法との違いというのもあるし。
「『移動のタペストリー』みたいなものだよ。行こう」
わずかに躊躇する気配を見せたミーレスたちに一声かけて、オレは魔法陣の光の中へと率先して足を踏み込んだ。
『移動のタペストリー』よりも不安定な感じの揺らぎを抜ける。
さっきまでいた地下神殿とほぼ同じ光景が広がっていた。
違うのは、祭壇だ。
祭壇の中央に、なにか球体が浮いている。
「女性、ですね」
祭壇の前で観察していると、あとから来たミーレスが呟いた。
透明な球体に入っていたのは、淡い桃色の髪、ありえないほどに純白の服。そのままでも絵になりそうな乙女だった。
いや、レジングルの言う通りなら精霊のはずだ。
「叩き起こせ、つってたっすけど・・・どうすればいいんすかね?」
空中に浮いている球体を見上げてシャラーラが首を傾げる。
「割ってみるしかないんじゃないかな?」
『大地の刃』、を手に進み出る。
その腕を、アルターリアが引いた。
「ご主人様。そういうことなら、わたしが。割れたとき何が起きるかわかりませんよ」
手元に投擲用のナイフを引き寄せて、アルターリアが言う。
『ドロップアイテム』として回収した武器は、各自必要なだけ使え、と確かに言ってはいるのだが・・・。
両手に剣を装備しただけでは飽き足らず、こんなものも所持しているとは。
この子は本当に万能だ。
「みんな下がって。シャラーラ、ご主人様を守りますよ」
「任せるっす!」
ミーレスの言葉で、威勢よくシャラーラが飛び出した。
「では、いきますよ」
アルターリアが盾で防護してある左腕を構え、投擲用のナイフを投げ放つ。
放たれた矢は狙い違わず、球体を貫き、球体は音もなく破裂した。
「「「「「あ・・・」」」」」
全員の口から、思わず声が漏れた。
球体が割れた途端、中の精霊が真っ逆さまになって落下したのだ。
ごんっ!
「ったぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!」
頭から落ちた精霊が頭を抱えて飛び起きる。
空中に静止してくるくると回った。
かなり痛かったらしい。
「ちゃんと受け止めてっていつも言っているでしょう!?」
眦に涙を溜めて、抗議してきた。
「って・・・? あんたたち誰?」
きょとん、とした顔で聞いてくる。
なんと答えればいいかわからず、オレたちは顔を見合わせた。
「・・・侵入者ね。ここにはレント以外の人間は入れなくしてあったはずよ」
琥珀色の瞳が細められ、うっすらと光を放ち始めた両腕が複雑な動きを見せた。
攻撃してくる!?
『全員、戦闘態勢! できるだけ傷つけないようにな!』
伝心と伝声で指示を伝える。
ミーレスたちも、急いで戦闘態勢を取った。
精霊との間合いが最も近かったのはアルターリアである。
なのに、精霊はオレを標的と定めたようだ。
フォン! 軽そうな音が空気を震わせ、精霊が迫ってくる。
「ただのヒューマンなんて、敵じゃなーい!」
相手は精霊、生半可なことをしていては殺される。オレは右手に抜き放った剣鉈を牽制用に振り回して相手の注意を引き、左足で蹴りを入れた。
精霊とはいえ女の子の腹を蹴るのは正直気が咎めたが、これは仕方がない。
どんっ、間の抜けた音がして、精霊が後方に吹っ飛んだ。
まるで無力な少女のように。
「えっ? えぇぇぇぇぇっっっ!? 弱っ!!」
予想外の手応えのなさにオレの方が悲鳴を上げてしまった。
オレとしては、自分は弾き飛ばされてでも隙を作る、そうすればあとはミーレスやシャラーラが何とかしてくれる。そう思って取った行動だった。それが・・・。
精霊は石の床に仰向けに倒れ、目を回していた。
「えっと・・・大丈夫ですか?」
おそるおそる覗き込むと、精霊は驚愕に青ざめた顔で飛びのいた。
「あ、あんたたち、何者!?」
宙に浮きあがりながら訊いてくる。
「何者って・・・普通の冒険者なんですけど?」
困惑したまま答える。考えてみれば『異世界人』なので「普通」ではないかもしれないのだが、思いつかなかった。
ともかく、一般的にはこれでほぼすべてが説明できるはずの答えだ。
しかし、相手は納得しなかった。
「どう見てもただのヒューマンが、冒険者を名乗るのはおこがましいわよ・・・って、そっか、わたしと渡り合えるんだからそこそこ強いのか・・・いやいや、そんな風にはやっぱり見えない! 何者よ!?」
ヒューマン。そういう表現もあったかぁ。とか、考える。
精霊は人族をそう呼ぶのだろう。
そのヒューマンに殴り飛ばされたことで、相当混乱しているらしい精霊がまくしたてて詰問してくるが、こちらとしてもどう答えたものかと思案してしまう。
と、ハッと目を見開いて、ミーレスが進み出た。
「あの、ちょっとお聞きしますが、あなたはどのくらい眠っていたのですか?」
「? ・・・どのくらいって?」
「ですから、えーっと、眠りについたのはいつの話かってことなのですが?」
「あぁ、えっと・・・エディン歴二十四年よ」
さらりと出た答えに、ミーレスは眉を寄せ、他の者たちも首を傾げた。
オレはもちろん、誰もが、そんな年号聞いたことがない、という顔をしている。
自然、全員の視線がアルターリアに向けられた。そもそも、この精霊とかかわりがあると言っていたし、なにかを知っているとすれば彼女だろう。
「・・・・・・」
そのアルターリアは、口をポカンと開けて精霊を見つめていた。
「アルターリア?」
オレがそっと声をかけてようやく、アルターリアは瞬きをして再起動を果たした。
「そうでした。わからなくて当然なのでした」
こめかみに手を当てて、アルターリアは苛立ったような声を上げた。
キッと、精霊を睨み付ける。
「今はですね、エディン歴で言うと千と四十六年なのですよ!」
沈黙が降りた。
すべての音が消えたような静寂。
「・・・は?」
意味が分からない、と表情の無くなった顔で精霊が首を傾げる。
だが・・・。
無表情はすぐに崩れた、ガクガクと全身を震わせて立ち上がる。
「うそ・・・うそよ、そんなはずあるものですかっ!!」
立ち上がって、ふるふると首を振ったかと思うと、精霊が突如走り出した。
どうしたものかと、つい見送ったオレたちだが慌てて後を追う。
落石で埋まったらしい出入り口で、なんとか追いついた。
転移陣があった地下神殿と同じような構造で、肉のない死体連中も当然のごとくいたが、死体たちは精霊と一定の距離まで近づくと音もなく灰になった。
「て、無理しないでください! 崩れてしまいますよ!?」
入り口を塞ぐ巨石を無理やりどけようとしているのを目にしたアルターリアが叫ぶが、遅かった。
そして危険もなかった。
どうやったのかはわからないが岩が砂のように崩れ去って、出口が開いたのだ。
外からの陽光が網膜に突き刺さってくる。
目が燃えたかと思うような強烈な眩しさで、オレたちは目を固く閉じしばらくは開けることができなかった。
「うわ?!」
ようやく目を開けられるようになったとき、オレたちの前には廃墟・・・いや、遺跡が横たわっていた。
かつてはそれなりの規模を誇った町なのだろう。
はるか向こうには青々とした森があり、右手には細い川が緩やかに流れを作っている。
左側には白い岩壁の連なりがあって、その足元には澄み切った瑠璃色の池。
水と森に囲まれた、風靡な環境が整っていて、左手の白い岩肌から切り出したと思われる石を積んだ跡が、家々の名残なのだろう、散見される。
屋根はとうに落ちて跡形もなく、壁も崩れていて基礎の上にわずかに残る程度。それでも、かつては森の碧と川や池の蒼、そして建物の白が絵画のごとき美を形作っていただろうことを容易に想起することができた。
それは今も変わってはいない。
建物だった白い石、その崩れ落ちた上には永年にわたって積み重なった苔のふわふわとした毛布がかかり、縦横に走る水路には千年前から変わらぬ清水が今も流れ続けている。
美しい光景。
ただし、それは遺跡としてみるからだ。
人々が実際に生活していた時を知る者の目には、残酷なまでの茫漠としか映らない。
「ここは漁師の一家の家よ。リマの作る川蟹の鍋は最高だったわ。向うにあるのはジャガイモ農家のラーナの家。ポテトサラダをよく作ってくれた。トマクの酒蔵、レミンの畜舎、ヤトフの穀物蔵。レントの新居・・・身重の奥さんがいて、私は彼女に負担を掛けないように眠りについたのよ。子供が産まれたら起こしてもらう約束だったのに・・・」
石の集まりにしか見えないそこここに、彼女は在りし日の姿が浮かぶらしく一つ一つを口に出して確かめていく。
「私の街・・・全部なくなっちゃった・・・誰もいない・・・」
顔を覆い、精霊はうずくまった。
ある晩眠りにつき、目を覚ますとエレフセリアが廃墟になっている・・・。
想像しようとしただけで背中を氷塊が滑り落ちたオレは、慌てて頭を振り、浮かびかけたイメージを振り払った。
「えっと・・・精霊さん、あの・・・」
なんと言っていいか全くわからないが、なにかを言わなくてはと考えて躊躇いがちに口を開いた。開いたもののやはり言うべき言葉が見当たらずに尻窄みになる。
「・・・リャナンシー」
「え?」
「私の名前はリャナンシーよ」
微かに震えの残る声が、そう名乗った。
アルターリアの眉が、ピクンっと跳ねる。
「リャナンシーですか? 『妖精の恋人』? 人間には見えないのではなかったですか? 唯一の例外を除いて」
警戒心も露わに言葉を並べると、リャナンシーはうっとうしそうに片手を振った。
「誇張と誤解と妄想で装飾された伝説しか知らないようね。私は確かに愛を囁くし、精気を吸いもするけど・・・説明するのめんどくさいわぁ」
本当に面倒くさそうに顔を歪めたリャナンシーに、アルターリアは素っ気なく首を振った。
「あー。いえ。伝説で伝わっているリャナンシーの特徴と、わたくしが聞いていた『この地に眠る精霊』つまりあなたの特徴とが違っていたので驚いたのです。リャナンシーだからどうというつもりはありません」
気まずそうに言って、アルターリアは目を逸らした。
「・・・ああ、そういうこと。そういえば、あなたエルフですものね。あなたは、私のこと知ってるってことかぁ」
謎めいた話ながら、二人は何かについて理解しあったようだった。
「・・・それはいいとして、あなたたち冒険者なんでしょ?」
アルターリアだけでなく、全員に目を向けてリャナンシーが問い掛けた。
「そうです、けど?」
自分がリーダーだということに、今更ながら気が付いて進み出る。
リャナンシーが目を細めた。
「・・・あなたみたいな線の細い子が冒険者をしていられるって・・・なにが起きたわけ? この千年の間に」
それは・・・と、オレが話し始めると、リャナンシーは片手を上げて制した。
「その答えは、この子に訊くわ」
この子、と言いつつアルターリアを指差している。
「ああ、そうですか」
オレとしても、そういう話ならアルターリアの方が得意だと納得いったので反論しなかった。そもそも、関りがあるのはアルターリアだし。
「あなたたちには調査を依頼したいのよぉ。この街が滅んだ理由を調べてきて」
「はあ!? この廃墟から何を調べられるというんですか!?」
思わずミーレスが叫んだが、リャナンシーは聞こえた素振りすら見せなかった。
アルターリアを手招き、地下神殿の入り口付近に転がっている岩のところへと歩き去っていった。岩の一つに浅く腰かけ、両足をぶらぶらさせながら待つ姿勢になる。
「気儘で自由奔放という一般的な精霊の性質は、誇張ではあっても誤解や妄想ではないようですね」
ミーレスが毒気の抜けた声で感想をこぼした。
オレとしては、頷くくらいしか答えようもない。
「向うの説明は頼む。こっちは・・・まぁ、やるだけやってみるよ」
アルターリアを促すと、彼女は真剣な顔で頷いて、リャナンシーのところへと移動していった。
「難題を押し付けられてしまったすね」
周囲の瓦礫を見渡してシャラーラが力なく笑った。
「ですが受けた以上は何かしないと。ご主人様、なにか当てはないのでしょうか?」
ミーレスの問いかけに、オレは難しい顔で頷いた。
一応、探索のプランはある。
ただ。
「当てというほどのものはないな。どちらかというとそれでダメならどうしようもない、という類のものだ。まず、手分けをしょう」
そう言って、オレは街の中央辺りを走る真っ直ぐな直線を指差した。
建物の残骸がほとんど積み重なっていないことと平行に水路が走っていることから、街のメインストリートだったのだろうと予想できるものだ。
「あれを中心にして、右側をオレとシャラーラが、左側をミーレスが探索する」
そう言ったとたん、ミーレスが顔を暗くした。
自分はのけ者されるのか、とか思ったらしい。
『オレの代わりをシャラーラにやらせて、ミーレスが護衛をするのか?』
伝声で聞くと、目を見開いて小さく首を振った。
当然だろう。
ご主人様の代役を、妹分に任せられるわけがないのだ。
「見つかるものがあるっすかね?」
そんなこととは気が付かないシャラーラが、思わず、という感じで口を挟む。
ミーレスが少し険のある視線で睨んだ。
いちいち反応しなくてもよかろうに、と思っていると、ミーレス自身も自覚があるらしく小さく息を吐いて視線を緩めた。
「探すのは、地下室だ」
「ああ、そういうことっすか」
わかった、とシャラーラが笑みを浮かべる。
「そういうことだ。地上部分は見る影もないから探したところで何も見つかりはしないだろう。見つかるものがあるとすれば、可能性は地下室にしかない」
地下室にしたって千年も経っていたのでは、残っている物などありはしないだろうが、かろうじて可能性は残っている・・・かもしれない。
「ということだ。地下室探しを始めよう。『死霊魔術』が使われていないという保証はないから、無理しないようにな」
リャナンシーのための侵入者対策であるはずの動く死体が、転移魔法陣を越えた先、レジングル側にまで居たのだ。
どこで出くわすか分かったものではない。
転移魔法陣を使って向うにも行った、とかそういうモノでもないような気がする。
どんな理由があってかはわからないが、レジングルとリャナンシーの周辺は怪物が徘徊しているのだと思うしかない。
用心はするべきだ。
「わかりました。気をつけます」
「もちろんっす」
この気をつけます、はオレの身の安全を図ることを意味している気がするが、気をつけることに変わりはないので、気にせず流した。
「とはいえ、これを引きはがすのは時間への冒涜に思えます」
ところかまわず転がっている石を優しく包み込む、緑色の苔に戸惑う色を湛えた瞳で見つめ、ミーレスが溜息をついた。
「その感慨の方こそ冒涜ってもんすよ。オラたちの引っかき傷ごときで動じるほど、世界は狭量ではねっす」
自然と共に生きる獣人は、きっぱりと断じると真面目な戦士を担当区画へと送り出した。
「ご主人様。オラたちも始めるっす」
「そうだな、なにか残っているといいけどな」




