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異世界で家を買いました。  作者: 月下美人
100/199

かいぶつ

諸般の事情より、今回の更新は一話だけとなります。


2/12 魔力灯をもう一つ持ってきていたとの設定を一行追加しました。

 

 マティが、甘いのか苦いのかわからないお茶を飲まさせられようとしていた頃、地底では。

 「待ってください。先へと進む前に話しておかなくてはならないことがあります」

 横穴に入って、少し進んだところで、先導していたアルターリアが立ち止まった。

 「それと、用意しないといけないものがあるな」

 そう言ってオレが荷物から出したのは、ダイニングのキッチン側に掛けてあった魔力灯『月の雫』と寝室に置いてあった『マホタライト』だ。

 どこに行くかわからなかったから、野宿の可能性とかも考えて一応持ってきておいたのだか、どうやら正解だったようだ。

ダイニングテーブルにのっていた『エルイディー』も持ってきているが、三つはいらないだろう。

 すでにレジングルが点けてくれた明りは遠くなり、足元が危うくなり始めたところだ。

 精霊の力で暗闇でも辺りが見えるらしいアルターリアと違い、オレたちは灯りがないとどうにも動きようがない。

 灯りを付ける。

 銀色と青白い光が周囲に広がっていく。

 ごつごつとした岩肌が照らし出された。

 周囲が突然開けたような、そんな錯覚を覚える。

 横穴は、想像していたより広いようだ。

 『月の雫』は自分で持ち、『マホタライト』はミーレスに持たせる。

 アルターリアには不要だろうし、敵がいれば速攻で突撃するシャラーラに持たせるのは効率が悪い。

 「で、話しておかないといけないことってなに?」

 明るくなって、多少ほっとしたところで続きを促した。

 「結論から言います」

 堅い声で、アルターリアが前置きをした。

 前後の脈略などを無視して、とりあえず重要なことを先に言うということだ。

 理解したうえで、オレは頷きを返した。

 経緯はいい。

 ともかく、これから何があるのかの方が重要だ。

 「この先では戦いが待っています・・・と、思います」

 戦いが待っている?

 と思う?

 「あー・・・つまりこの先に敵がいるだろうってことでいいのか?」

 「そうです」

 「なぜ、そんなことがわかる?」

 やはり、なにかを知っているようだ。

 緊急事態に直面する前に、ここで説明をしようと考えたのだろう。

 「先ほどの話に出た古代の精霊というのは、おそらくですが、私の一族とかかわりのあった精霊のことだと思われます」

 かかわり、か。

 「敵だったと?」

 だから戦う必要があるってことだろうか?

 「いいえ。親しくしていたと聞いています。ですが、精霊はなにかの理由で眠りにつき、一族の者はその眠りを終わらせる方法を失ってしまいました」

 「方法を失った?」

 「眠ったと言ってもそれほど長くということではなかったようなのです。なにかの条件が果たされた時、役目を負った者が起こしに行くはずでした。それが、その役目の者が死んでしまったとかで起こしに行けなくなったのです」

 「その人にしか起こせないってこと? だとしたらオレたちが行っても・・・」

 意味なくね?

 「いえ。起こすことは誰にでもできます。ただ・・・」

 うわ・・・でたよ。

 『ただ・・・』この接続詞は、めんどくさい事情にはつきもののセリフだ。

 オレは内心で覚悟を固めた。

 こんなことなら、冒険者ではなく農夫とかになればよかったと思いたくなるが、農夫だったらオレはいまだ家なしで、家族はミーレスだけになっていたはずだ。

 冒険者である以上、冒険を避けて通れないのはしかたがない。

 「ただ、精霊の眠りを他の者が妨げないように、と障害となる敵が用意されているはずです。魔法か精霊かによるガーディアンが」

 「強いのか?」

 「はい。一族の者が諦めるくらいには。あと、私も」

わたしも?

 「村で名乗った『紫水の光』というのが、実を申しますとその役目の者を差す名称なのです。私が15になった日に母から継ぎました」

 ああ、なんか変な異名を持っているんだなって思ってはいたが、そういうことだったのか。

 「レジングルは、その事情を知っていながら詳しくは教えてくれたことがありません。どうすれば、その精霊のところへ行けるのかも、です。危険だからと言って」

 それが、今回は教えてくれた。

 自分がもう長くないからなのか、それとも今のアルターリアなら大丈夫だと思ったのか、その両方か。

 「わかった。この先なにが出てくるかわからないってことだ。みんな、気をつけて進もう」

 「はい。ご主人様」

 ミーレスが応え、シャラーラが頷く。

 アルターリアが、再び歩き始めた。

 横道は、意外に急な上り坂だった。

 天井も低く、人が歩くことを想定していないような気がする。

 「道ではなかったのですね」

 細い道が途切れ、広い空間に出たところで、ミーレスが呟いた。

 振り返ってみると、たったいま通り抜けた道の終点には何やら石が組まれていた。出口を中心に石を楕円状に組み上げて、内側を漆喰で固めてある。

 水汲み場、という感じに。

 つまり、横穴は下の地底湖から水を引くための穴で、本来はここにまで水が来ている筈だったのだろう。

 天井も壁も、きれいに削られて平らになっており、天井を支える柱上の石には稚拙ながらもレリーフが刻まれている。

 人の手が加えられた遺跡、そんな雰囲気が重々しく漂っている感じがした。

 「・・・不謹慎だってわかってるけど」

 辺りを見渡して、オレは指先で頬を掻いた。

 「なんか、『冒険者』って感じがひしひしとするなぁ」

 ああ・・・。

 全員が異口同音に賛同の吐息を漏らした。

 迷宮では日々、何千という人たちが同じ入り口から入り、探索という名の魔物狩りをしている。

 大体どんな魔物が、どの程度の頻度で出るかは知ったうえで。

 そこに本当の意味での『冒険』はない。

 道なき世界に踏み込んで道を作る、冒険者の本懐のようなものが『迷宮』では味わえないのだ。

 「ここだって、かつては人が普通に生活していたはずなのですけどね。・・・確かに、かなり長いあいだ放置されていた感じがしますけど」

 人工的な柱や壁に目を走らせながら、アルターリアが指摘する。

 未踏、ではない。と言いたいのだろう。

 「あれ? ということは、アルターリアの一族ってこの辺の出身とか?」

 これから会いに行く精霊とかかわりがあると言っていたし、そういうことなのではないかと聞いてみた。

 「違います。もっとずっと南の出身です。この先にあるのは転移の魔法陣で、私の一族の住んでいた場所というわけではありませんから」

 「ああ、そうなんだ」

 だとすると、この遺跡とアルターリアや話題の精霊とは関係がないということだ。

 紛らわしい!

 「いずれしても、今は使われていないようです。先に進みましょう」

 「そうですね。魔物が出るわけでもないでしょうし」

 穏やかに微笑んで、ミーレスが魔力灯を奥に向けた。

 別に何か意図があったわけではない。

 ただ進む先を見てみようと思っただけだ。

 だが・・・。

 「・・・魔物・・・っすかね?」

 シャラーラが首を傾げる。

 ガシャリと乾いたものが床を引きずる音がした。

 人の気配ではない。

 一瞬前まで岩と同化していて、突然動き出す人間などいるとは思えない。

 でも、魔物は『迷宮』でしか生まれないはず。

 「自然繁殖した育成版っすかね?」

 「育成版?」

 「魔物といっても、明らかに無機物なのに動くものというだけでもないのです。むしろ、倒されるまでは一応生物として存在するもののほうがが多いですよね」

 シャラーラとオレの疑問に、ミーレスが応えてくれた。

 言いたいことはわかる。

 『デスモボロス』なんかは出てくる魔物のほとんどが、生命体だ。

 動く植物という特殊さはあるにしても。

 「そんな魔物が、迷宮の外で当たり前の動物のようになって生活している例が、実はたくさんあるんです。『レアドロップ』のアイテムの中には飼いならせる魔物もあるそうですし。そういうのは生殖して増えることもあるとか」

 「ミーレス、あれが生殖する姿って想像できる?」

 「・・・できたとしても、想像とかはしたくないです」

 少し赤くなったミーレスに、睨まれた。

 出入り口と思しき隙間から灰色がかった骸骨の群れが現れる。いずれも手に折れた剣や槍をぶら下げ、虚ろな眼窩の奥には暗い光が宿っていた。

 「『迷宮』にもああいうのがいるとは聞いてるけど・・・」

 ミーレスが首を傾げた。

 なにか違うような感じがする。

 「歓迎してくれるとか、友好的とかもなさそうだよね」

 オレがそう言うのと同時にシャラーラが駆け出していた。

 先頭にいた『魔物?』に肉薄して、両手を一度ずつ振るう。

 手刀が腰椎と頸椎を絶ち、首と腰から上とを床に転がすと、その後ろにいた骸骨の槍をかわして押し出すように蹴る。

 肉が付いていないぶん軽い骸骨はあっさりバランスを崩し、二体ほど巻き込んで転倒した。ガシャガシャと音を立てて蠢く、その三体を無視して、シャラーラはさらに先へと飛び出すと体を回転させながら両手で骸骨たちを薙いで行く。

 骸骨たちの群れを通り抜けて、シャラーラが振り返ると骸骨たちは全て動かなくなっていた。

 床に倒れていた三体は、アルターリアが仕留めている。

 「やはり、『迷宮』の魔物ではありませんね」

 骸骨に屈み込むようにして観察していたミーレスが、そう言って立ち上がった。いつもの癖で『ドロップアイテム』を拾おうとしていたのだ。

 「そうらしいね。カロンも出てこないし」

 魔素を食べるカロンが出てこない。つまり魔素によって形成され、生かされている魔物とは違うということだ。

 「・・・もしかして、『死霊魔術』?」

 ハッとしたように瞠目して、アルターリアが骸骨を覗き込んだ。

 「しりょうまじゅつ?」

 全員が不思議そうな目を向けると、アルターリアはちょっと慌てた。

 「そうだとは言い切れません。ただ、近いかなと」

 そう言ってミーレスが説明してくれたことによると。

 『死霊魔術』ネクロマンシーは、神はもとより偉大な精霊も存在しなかったような古代において行われた、死体による占い全般を指す通俗的な呼称で、未来や過去を知るために死者を呼び出し、また情報を得るために一時的な生命を与えることを含む。

 手法としては、『程ほどに鮮度の良い死体』を使い、呼び出した霊魂にその死体を宛がって活をいれ、仮初めの生命を与えて情報を得ようとするものだった・・・らしい。

 この場合、死体に入る霊は死者の生前のそれではなく、しばしば低級な精霊などだったようだが、のちにその技術を戦いに生かそうというものが現れる。

 「こんなに弱いのに戦いの役になんて立つのですか?」

 「使いようはあるのですよ」

 神々によって迷宮が作られ、人間もそれに挑戦を始めた。

 しかし、当初はほとんど何もできなかったと言われる。

 武器は弱く、魔力で身体を変えるような『魔力受容体』も持っていなかったのだ。

 エルフのように魔法を使うことはできず、ドヴェルグのように生まれついての力や耐久力もない。獣人のように動物特有の能力も持っていない。精霊の協力を得れば何とか戦えるが、それだってエルフの方が精霊との相性はいい。

 だが、人間という生き物は、生まれついての非力を受け入れて分相応に生きる、などということができない生来の気性があった。なにかできるはずだ、自分たちにだって! そう考え、色々なことを模索し、挑戦し続けた。

 エルフやドヴェルグ族、獣人に、無駄な努力と笑われながら。

 「でも、人間はあきらめなかった」

 目に情熱を、小さく握った拳に力を、それぞれ込めたミーレスが合いの手を入れた。

 「そう、いろんな技術を生み出しましたね。青銅の武器を鉄製にしたり、梃子の力で巨石を遠くにまで飛ばす投石機を作ったり。『魔力受容体』を作り出すための媒体である照魔鏡を作ったのもそうです。・・・そんな中に『死霊魔術』も含まれるわけです」

 死ぬことを恐れない死体の兵隊を前面に押し立てて、魔物の動きを止めてから何度も斬りかかる。毒を使う。数を頼りに押し包む。数人がかりでないと持てない巨大武器で斬り潰す。そうやって、自分たちだけで魔物を倒すようになっていく。

 『死霊魔術』に使う死体はある程度の鮮度があればいい。その条件さえクリアすれば、年齢性別の区別なく、それなりに戦える兵隊が作れる。死への恐怖もなく命令には絶対服従、替えはいくらでも手に入る。

 『魔力受容体』が完璧に機能し始めるまでは、人間にとって『死霊魔術』は確実に戦える力をもたらしてくれる技術だったのだ。

 「で、ですが、アルターリア? ここにはかつて普通に人が出入りしていたはずでしょう? それなのに・・・えっと・・・」

 「『怪物』でいいでしょう」

 ミーレスが言葉に窮した敵の呼称をぞんざいに決め、アルターリアが答えた。

 「考えられるのは二つ。『怪物』たちを大人しくさせる方法があるが、私たちは知らず、かつて住んでいた人たちは知っていた。か、住んでいた人たちがいなくなった後で『怪物』たちがここに来た、または、『怪物』がきたから、人々がいなくなった」

 そんなところでしょう? とアルターリアが話を結ぶ。

 全員がなるほど、と頷いた。

 「そういうことだとして、先に進もう。『怪物』がこの程度なら、十分対応できる。とにかく進めるだけ進んでみよう」

 探索の続行をオレが促す。

 だれ一人、異議はなかった。


 さいわい苦戦するほどの怪物には遭遇せず、オレたちの探索は順調に進んだ。

 上に続く階段をすぐに発見し、地上か地下かわからないが、一階を半分ほど踏破した頃には二階への階段も見つけることができた。

 いま、二階の奥まった空間でオレたちは休憩を取っていた。

 「思ったよりしっかりした造りなってるっすよね。かび臭いのが少し気になるんすけど」

 水を飲んで一息つきながら、シャラーラはそんな感想を漏らす。

 水汲み場のあった辺りはまだ土が剥き出しだったが、この辺りは天井、壁ともに丁寧に石を敷き詰め、あるいは積み上げてあり、ちょっとやそっとでは崩れない堅牢さと、美意識が感じられた。

 オレたちはその堅牢な石壁に寄り添うように作られた空間に転がる石に、並んで座っている。地下の空気は肌寒く、冷え切った地面の上に座るのは辛かった。

 灯りには気が付いたが、敷物のことはあまり考えていなかったのが失敗だ。

 オレは干し肉を齧りながら脳内のマップを見ている。

 こんなところでも、マッピング機能は健在だ。

 「奥、というのはまだなのかな?」

 それでも、通った道が刻まれるだけなので、ゴールはもとより全体のどこまでを進んだのかもわからない。

 「竜の価値観がいまひとつわからないので何とも言えないのですが、常識的に考えてわたしたちはまだ『地下神殿』にすら入っていないと思います」

 神殿には、門があるはずで一行はいまだ門らしきものを見つけていない。

 ミーレスが考え考え指摘してくる。

 アルターリアも、その意見に賛成らしい。

 「ですが、上の階へと続く階段のありかは、おおよそ掴めたと思います」

 その先に『地下神殿』があるとは限りませんが・・・、そう言いかけてアルターリアは口を噤んだ。

 シャラーラが、そしてミーレスが素早く立ち上がった。

 オレもとりあえずは、身構える。オレ程度が、こんな場所で剣を抜いても味方を傷つけるが、邪魔になるだけなので灯りを高く掲げて視界を広げることに専念することした。

 前方の闇の中に、揺れる白く光る双眸があった。

 尋常ではない殺気が吹き付けてくる。

 じっと視線を注いで戦慄した。

 でかい・・・・!

 暗闇のために全身は見えないが、人間と同じ体格をしていることと、遠近感がおかしくなるほどの身長であることはわかる。

 屈むようにして自分たちを見ている。

 距離はかなり離れているはずだが、凄まじい異臭の存在が感じられた。

 「血の臭い?」

 手で鼻を抑えつつも、ミーレスがつぶやいた。

 「それと、死臭っすね」

 シャラーラなどは完全に鼻をつまんでしまっている。

 「そんなはずはないと思うのですけれど・・・」

 アルターリアも怪物に目を釘付けにされたまま呟くように口を動かした。

 「特徴的には、『ストコノステマ』、だと思います」

 「ステテコの隙間?」

 悪臭を耐えながら、問いかけた。

 冗談ではなく、そう聞こえたのだ。

 「壊す宝冠という意味の妖精です」

 アルターリアが真顔で答えてくれた。

 ステテコ、が何なのかわからなければ笑いようがないからな。

 それにしても。

 「ずいぶんと物騒な名前の妖精だね」

 妖精という言葉のイメージからかけ離れた言葉に、顔が引きつってしまった。

 ストコノステマは、過去に残酷な事件が起きた城や、放棄された砦に住んでいる。外見は背が低く赤い目をした老人で、骨ばった腕、指からは鷲のような詰めが伸びていて、左手に杖、そして頭には自分の身長ほどもある宝冠をかぶっている。

 でかいと思ったのは宝冠のせいなのか。

 「この妖精は、出会った人間の血で宝冠を赤く染めるのが好きなんです。新鮮な血で赤々としている宝冠が彼らにとってのステータスだそうで」

 「赤帽子かよ!?」

 ツッコんでおく。どっかの運送屋のことではなく、元世界のイギリスで語られる伝承にでてくるやつだ。

妖怪のようなイメージだったけど・・・そうか、妖精の分類だったか。

 「倒すしかありません」

 「だろうね」

 血で宝冠を染めるのが趣味の奴となんて、友達になりようがない。

 あからさまな殺意を向けてくる老人を見据えたまま呟くと、同時にシャラーラが駆け出していた。

 「『フラムマクリス』!」

 アルターリアがかざした手から赤い炎が闇を切り裂いて走り、怪物の体を僅かに押しのけた。

 同時に、周囲を漂っていた悪臭が一掃される。

 そのすきにシャラーラが肉薄して拳をふるった。

矢継ぎ早に放たれる軌跡が、ストコノステマの体に傷を付けていく。

怪物は緩慢な動きながら確実にシャラーラへと腕を伸ばしていた。骨ばった体は、打撃に耐性があるようだ。

 だが、それは耐えられる、というだけのことに過ぎなかった。

 シャラーラに気を取られている隙に、足元を滑るように近づいたアルターリアとミーレスの得物が、それぞれに怪物の膝裏を同時に切り裂いていた。

自身の体重だけならともかく、宝冠の重みも支えなくてはならない腱を断たれた怪物に、自分を立たせておく術はなかった。

 ガクン!

 膝が崩れた怪物は地面に膝をつき、すぐに尻餅をついて背中から倒れた。

 ガゴン!

 同時に、頭の上の大きすぎる宝冠が床に落ちる。

 「ぎぃやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 この世のものとは思えない悲鳴を上げて、ストコノステマはかき消えた。

 迷宮の魔物のような黒いもやではなく、きらりと光った瞬間に消えたのだ。この辺りはなんとなく妖精っぽいかもしれない。

 宝冠は消えずに残っていたが、正直触りたいと思えるものではなかった。

 血でというより、錆で赤く染まっていたのだ。

 触れば、そこからぼろぼろと崩れそうな勢いで腐食している。

 こういうところが、迷宮とは違う点だ。

 戦って勝っても、何の対価ももらえやしない。

 「休憩は十分とったと思う。先に進もう、アルターリア。たぶん、右のほうに上への階段があると思う」

 軽く頷いて、アルターリアは歩き始めた。

 予想は正しかった。

 ほどなくして、上へと続く階段を見つけ昇ることができた。

 「正しくは、ここが一階のようです」

 先に上りきったアルターリアが知らせてくれる。

 ぐるりと周囲に目を向けると、そこはかなり広い空間が広がっていた。ダンスパーティーでも開けそうだ。

 アルターリアが見ているのは階段を上った正面の壁だ。

 人工的な加工の跡が見られない大岩が、美しく彫刻を施された二本の太い柱の間に積み重なっていて、その大岩同士の隙間が光り輝く線で縁取られていた。

 柱は門だったのだろう、大岩は上から崩れてきた落石だ。

ここが、本来の入り口なのだ。

 「じゃ、あの上が神殿だな」

 上ってきた階段の反対側に、上へと続く階段を見つけて指差す。

 「歓迎会が日の沈む前に終わるといいけど」

 憂鬱そうな声が嘆息した。

 ミーレスの視線の先。ダンスパーティーの会場に、無数の紳士がレディを求めて立ち上がっていた。

 誰一人肉の持ち合わせのない者ばかりではあったけど。


次回更新も来週のこの時間に行います。



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