0・2
アーチ型の扉をくぐれば、目の前にひろがる光。
「びっくりした?」
カツン、と靴の音がよく響いた。
それにしても、彼女に比べるとなんて僕は汚れているのだろう・・・。
黒いシャツにズタズタになっているズボン。
所々、染みができている。
でも、今は気にしなくていいだろう。
風が吹いている、空に。
花の香りがした、風に。
「此処にも、花があるんだ」
小さく呟いてみた。
でもそれは、風に乗ってリリスの耳にも届いたようだ。
「あるよ、色んな花が今はちょうど見頃だよ」
僕から、彼女の顔は見えない。
でも
なんとなく
悲しそうだ、と思った。
彼女はパッと振り向くと、
「ルカ、ルカはこの街を知りたい?」
天使のような、微笑みは今は無かった。
かわりに、
空を仰いで、うつむいて
憂いをひめた表情で、いった。
「知りたい、此処は何処なのか、なんで僕が此処に来たのかを、」
この、白い街にただひとりのリリスのことを、
「ルカは、神様を信じる・・・?」
「どちらでも、この街には影響はないのだけど」
「エデン、最初の人間が住んでいた」
「アダムとイヴで神様を裏切った、永遠の園」
「でも神様は、自分を裏切った天使や人間を憎みはしなかった」
「どんなひどいことをされても、愛していたから」
それでも、人間は神様から離れてしまったの。神様がかわいそう、優しい心が消えかけて、壊れそうになって、それでも世界を人間を、天使を、神様が愛するモノを守っていた。・・・でも滔々《とうとう》いなくなってしまった、の。最後に、さいごに、この楽園を残して。
「ここまでが、この街のこと・・・ごめんね、重い話で」
「そんなこと、でも、人間が居なくなってしまったら、なんで僕たちは此処にいるの?」
「それはね、ルカのことは私にもよく分からないの、人それぞれだから」
それから、神様は消えるほんの直前に此処をある人間に託したの。ちいさな少女だった。彼女は、幼いながら神様を心から信仰していた・・・。そのことを神様はよく知っていた、だから任せられると思った。彼女をこの楽園に連れてきた。彼女がいた世界から、彼女の存在を消して・・・。もちろん、彼女だって心が在るわけだから、いくら神様がしたことでも悲しんだ。なぜ、自分だったのか、ってね。でも、いくら悲しんでもどうしようもないから、悲しむことをやめたの。
そのかわり、色のなかった、この街に花を咲かせ、空を描き、ホントの楽園にしたの。
もうひとつ。彼女は神様から任されたことが・・・いちばん最初の人間、リリスを受け継ぐことだった。リリスは愛された、憎まれる存在。その記憶は、裏切り、嫉妬、というような悲しさばかりだけど、リリスは強い存在だった。彼女はリリスの記憶を受け入れたの。その強さに憧れたから。楽園にリリスが戻ってきた。彼女はリリスの記憶と一緒に今も、此処にいる。
「その『彼女』が私、『リリス』なの」
彼女は、いった。