Time 2-03 1年生と①
パート練習の時は、 基本的に楽器ごとのパートに分かれて練習する。私たちホルンは…2年2組。自分の教室だから、場所で迷うことは無い。
いざ教室に向かえば、静まり返った教室の前方に、遠藤くんがひとり立っていた。楽器を出しているのかな?そんなように見える。
私も真ん中の方の席で楽器を出す。
遠藤「…なあ」
不意に、遠藤くんが私に話しかけてきた。
海雪「…呼んだ?」
遠藤「呼んだ」
わっ、高校生なのに敬語がめちゃくちゃだ。中学の時の部活がそこそこ厳しかったから、こんなに緩くていいのか?と思ってしまう。中学の部活の後輩だったら説教のあと反省文原稿用紙1枚分書かせてるかも…。
遠藤「あのさ、あんたのことなんて呼べばいい?」
わ、年上にあんたって言ったよこの子…。
海雪「んー、普通に『信田先輩』でいいんじゃない?」
遠藤「えー、先輩って言わないといけないんっすか?」
いや、それは流石に言わなきゃダメでしょ。新入生とは言っても私の方が歳上なんだけどなあ…
というツッコミは置いておいて、遠藤くんはなんだかぶつくさ言いながら、楽器を吹き…いや、拭き始めた。
しばらく沈黙が流れる。
私は久しぶりに楽器を吹くから、楽器のメンテナンスをしていたが、その間、彼はひたすらに楽器を拭いている。
私が呼吸練習を始めてもまだ拭き続ける彼に、だんだん違和感を覚えてきた。
海雪「あの、さ?練習しないの??」
遠藤「準備してるだけだし」
海雪「楽器をひたすら拭くっていう準備はあんまり見たことないんだけど…」
俯いたまま拭き続ける遠藤くん。
海雪「もしかして、楽器吹いたこと、無い?」
遠藤「…なくは、ないけど」
観念したかのようにため息をついて、遠藤くんは続けた。
遠藤「この楽器、父さんのもので。借りて吹いたことはあるけど音は出なかった。家に楽器があるって言ったら宮門先輩に連れていかれただけで、そもそも部活なんて入るつもりこれっぽっちもなかったし。でも、入った以上吹けないとダメだよな…」
さっきまでの強気な態度とは逆に、しゅんとなっている。なんだかかわいそうに思えてきた。うん。
海雪「もし良ければ、私が教えようか?」
遠藤「は?」
呆然とした表情の遠藤くん。
海雪「だって、吹けるようにならなきゃなんでしょ?」
遠藤「でも、女に教わるとか嫌だし」
海雪「失礼ね…じゃあ吹けないままでもいいの?」
遠藤「それは…」
波村「あー、もしかして、ぼく、入らない方がいい雰囲気でしたかー?」
私達が言い争っているところに波村先輩が来た。
海雪「いえ、大丈夫です…すみません」
遠藤「…すみません」
私が謝ると遠藤くんもつられて謝った。
波村「いえいえー。あ、これ明日の合奏で使う楽譜なんで、二人で分けておいてねー」
波村先輩はいつもの笑顔で私に楽譜をくれた。
波村「あ、それと遠藤くん、少しいいですかー?」
遠藤「えー、あ、はい…」
そう言って、波村先輩と遠藤くんは教室を出ていった。
音出しもしなければいけないけれど、とりあえずもらった楽譜を見ると、3つの曲の楽譜が2組ずつ用意されていた。
しかも、丁寧な字で「信田」「遠藤」と名前が書かれている。
自分の分をとり、遠藤くんの分を荷物の近くに置くと、私はマウスピースで音出しを始めた。
転校前は毎日のように吹いていた楽器だが、ここ1ヶ月くらいほとんど吹いていない。この期間吹いていなかっただけでも結構下手になってしまっただろう。
遠藤「あの、信田…先輩」
海雪「わっ、どうしたの?」
遠藤くんが教室に入って来るなり声をかけてきた。
遠藤「やっぱりオレに教えて。…です」
海雪「え」
いきなり教えてなんていうものだから私が驚いてしまった。なんだろう、気が変わったのかな?
海雪「…もちろん」