Time 1-03 満員事務室と練習場
私たちがしばらく話をしていると、後ろからノックが聞こえ、二人の男子学生が入ってきた。一方は背が小さい赤ネクタイの先輩、もう一方は平均身長くらいの青ネクタイ…つまり後輩だ。
??「失礼します。はじめまして。」
??「ごめん、ちょっと狭そうだけど入れてくれ。有佐、波村、今最後の面接終わったよ」
事務室が狭いので、花生兄さんと波村先輩、そして私が1歩ずつ詰める。少し狭いが、これなら何とか6人入りそうだ。
顔を上げる。何となく赤ネクタイの人には見覚えのある気がするんだけど、誰だったっけ…?
海雪「あれ…?」
??「あっ、はる!?なんでここに!?」
思い出した!そうか。この人は昔あったことがあるんだ。
彼は幼馴染の『りんちゃん』こと三井厘斗だ。なんでだったか忘れたが、りんちゃんは私のことを『はる』と呼んでいる。
有佐「なんだー?信田は三井と知り合いなのか?」
海雪「はい、幼馴染、ですかね。」
三井「まあ、そうだな。幼稚園一緒だったんだ。てかさ、はる、転校してきたんだな。教えてくれたら良かったのに」
海雪「私も、こんなところでりんちゃんと会うとは思わなかったし」
久しぶりの再開に会話が弾む。私たちが会うのは私が小学生になる時以来だ。
花生「厘斗、私も忘れないで」
三井「あれ、花生っちもいたの?こんにちはーっす」
花生「せめて『先生』ってつけてよー」
そのころ、待ちくたびれた後輩は戸惑ったように部室の中を見回していた。
??「あのー、僕は一体何をすれば…」
三井「おお、ごめん。君は有佐の…そこにいる部長のところに行って許可証とバッジをもらってきてね。」
小島「はい。小島空、1年生です。よろしくお願いします」
三井「彼、チューバの経験者で、楽器持ってるんだって。今チューバは人が足りないからいいかな、と思ったよ」
チューバは大きい楽器だ。海雪も中学時代1度吹かせてもらったが、全然音も出なかったし、とでも重かった。だから、目の前のチューバ男子を見て純粋にすごいと思った。
有佐「ほー、チューバ持ってるのか。それは凄いな。よし、小島、お前の入部を許可する。許可証とバッジだ。よろs…」
有佐先輩が許可証を渡そうとすると…
??「ねえねえー、部長ー!ボク、ホルン経験者見つけてきたよぉー」
??「え、いや、なんでオレなんですか?わけわかんないんですけど。え、は?」
??「ちょっと香介くん、騒ぎすぎです。この部屋のほとんどの方が驚いています。」
??「それよりもオレは連れてこられたことに驚いていますよ」
部長の声を遮って、ものすごい勢いでドアを開けて3人の学生が転がり込んできた。ただえさえ場所を詰めていたものだから、一瞬、満員電車のように押しつぶされそうな状態になる。
波村「ちょ、ぼくドアに、潰されそうなんですけどー」
三井「君らが入ってきたら、ここは、定員オーバーだよ」
押されて苦しそうな先輩達。
有佐「お前ら、この事務室は狭いから、もう満員だ。」
ふと、角に追いやられた自分のところだけスペースが余っていることに気づいた。
海雪「波村先輩」
波村「どう、しましたー?」
隣にいる波村先輩が潰されかけているが、私の方に少し詰めればきっと少しは楽になるだろう。
海雪「私のところ、少し余裕あるのでもう少し詰めても大丈夫ですよ?」
波村「信田さんは、気にしなくていいですよ」
海雪「でも…」
波村「女の子に痛い思い、させるわけにはいかないでしょ?それに、こう見えて、ぼくもみっつんも有佐もタフだから、大丈夫。気持ちだけでいいですよー」
なんだか申し訳ないけど、先輩はそう言ってくれた。
有佐「とりあえず、練習室へ行ってくれ。俺は少しだけ、事務処理をしなくてはならないから、ここに残る。あと今さっき来た君」
??「オレっすか?」
有佐「そう。君はまだ、手続きをしていないから、残ってくれ。他は練習室で、机でも出して、雑談して待っていてくれるか?」
そんなわけで私達8人は事務室をあとにし、練習室で机を出した。
…ん、8人…?なんかさっきより増えてる気がするけど、まあいいか。
??「ねえねえ、信田さん」
海雪「ん、なんですか?宮門くん?」
隣に座ってきたのは、先程飛び込んできた彼、緑ネクタイを何故かリボン結びにしている宮門香介くん。同じクラスで、何かあったらよく話しかけてくれる同級生だ。
宮門「あのさ、ボクのこと、覚えてないかな?」
海雪「え、同じクラスの宮門香介くん、だよね?名前違いました?」
宮門「あ、いや、名前は合ってるんだけど、そうじゃなくてね」
?
名前を間違えてたかどうかじゃないの?
宮門くんは何でいきなりこんなことを聞き出したのだろう…?
宮門「うーん、じゃあさ、この部の部員の共通点って知ってる?勧誘する時も面接する時も重視している点なんだけど…」
部員の共通点?
海雪「面接しているから、楽器が上手いか下手か、性格がいいか悪いか、とか?」
宮門「うーん、それも間違ってはないんだけどね。もっと特別なことなんだ」
海雪「特別なこと?」
宮門「そう。この部に入部するひとは皆…」
宮門くんが続きを話そうとした時、丁度有佐先輩が事務室から戻ってきた。
宮門「ありゃ、センパイ来ちゃった。じゃあこの話はまた後でね」
海雪「わ、分かった…」
宮門くんが言おうとしたことは気になるけど、また今度聞こう。