Time 1-02 万潮東高校金管部
放課後。
自分の教室がある2階から、階段を上った。
息を切らしながら行ったのは、6階。目の前に天文部室があり、隣に生物室、そして。
『BBC』と書かれた重そうな革製のドアを見つけた。
きっとここが金管部だ。ドアの横にある掲示板に、「金管部面接、こちらで行います」と書いてあるから間違いない。
海雪「え、でもここ、本当に入っていいのかしら…」
興味があるので部室の前まで来たが、その威圧感に足がすくむ。ドアノブに1度触れてみたが、自分の手に力が入ってないからか全く動かない。しばらく入口前の廊下をうろうろしていると、一人の人に当たってしまった。
海雪「わあっ、すみませんっ」
??「え、全然大丈夫ですよー」
背の高い男子学生だ。高校生なのに茶髪で、ねむたげな表情をしている。心なしか制服も崩れていて、ネクタイも首にかけられているだけだ。
??「あのー、もしかして2年の編入生ですかー?」
海雪「へっ?」
は、話しかけられた…。
海雪「はい、2年の信田海雪ですが…なんで、わかったんですか?」
??「制服のリボンが新しそうだったし、色的に2年ですよねー?それに、部活バッジしてなかったから、もしかしたらそうかなーって思ったんですー」
そういえば編入した翌日に担任が言っていた気がする。
担任『いいか?制服のリボンとネクタイは、ストライプの色を見るんだ。赤が84期生、緑が85期生…君達ね。で青が86期生だから、その色でで学年は識別できるぞ。』
ということは、目の前の赤ストライプのネクタイの人は…
海雪「84期生…3年生ですか!?」
??「そうですねー。まあぼくは学年なんて気にしませんけどー」
まさか上級生だとは思わなかった私は、大いに驚いた。そして、申し訳なさも倍増だ。
海雪「先程は本当にすみませんでしたっ」
私はより一層深くお辞儀をした。
??「いいですよー、頭上げてくださいー。ぼく、そんなぶつかったくらいで怒ったり発狂したりしませんからー。」
いや、発狂って(笑)ぶつかって発狂する人がいたら見てみたいって。
心の中で思わずツッコミを入れる。
??「ところで、あなたは金管部に興味ありませんかー?ずっと部室の前をうろうろされていたので…」
よくみたら、左襟にバッジをつけている。これが金管部のバッジか…
海雪「あっ、そうなんです!私、金管部に興味があるんですが…」
??「やっぱりそうでしたかー、よかった。ぼく勧誘係なんですよー」
青ネクタイの学生は、ほっとしたような顔でこちらを見た。
??「そうですねー、前になにか楽器やってたことはあるんですかー?」
海雪「はい、双葉祥中学でホルンを吹いていました」
私のいた双葉祥中学は、吹奏楽の名門校。音楽をやっている人なら誰もが知っている有名な学校だ。
??「そうなんですか!わー凄いですね!!ぼくはトロンボーン担当なんですー」
海雪「そうなんですか!同じ中音域の人がいてなんだか嬉しいです」
同じ中音域の楽器を吹いていると聞いて、親近感が湧いた。
海雪「あの…ところで、お名前教えていただけますか?」
??「ああ、ごめんなさい、すっかり忘れてましたー。ぼくは波村太朗といいますー。」
波村、と名乗ったその生徒は、私に穏やかにほほ笑みかける。
海雪「波村先輩…私、金管部の面接があるって聞いたので、受けてみたいんですけど…?」
波村「え、もう受けなくていいんじゃないですかー?」
どういう事だろう。私なんかいても邪魔になるだけなのかな。波村先輩がそういう人ではないと信じていても、どうしても思考はマイナスに働く。仕方ない、一度教室に帰って頭を冷やそう。
海雪「そう、ですよね。すみません、私、一回教室に戻りますね」
波村「えっ、え、なんでですか!?」
海雪「だって先輩、受けなくていいって言ったじゃないですか。私に受ける資格なんてないですよね…」
振り返って戻ろうとすると、急に腕を掴まれた。
波村「待ってください。何か、勘違い、してませんか?」
私は振り返りもせずに答えた。
海雪「別にしていませんよ。どうせ私なんて…」
波村「じゃあなぜ帰ろうとするんですか」
え?
もしかして私、何か勘違いしてる?
先輩を振り返ると。
波村「ぼく、今あなたの面接をしていたつもりだったんですけど…伝わってなかったらごめんなさい…」
ようやく理解した。そうか、この人は、もう面接はしたから受けなくていい、という意味で言っていたんだ。少し安心した。
海雪「…こちらこそごめんなさい。そういうことだったんですね…勘違い、してたみたいです。」
波村「よかったですー。じゃあ、早速部長のところへ行って、許可証もらいましょうー」
もらいに行きましょうー!
…って、ん?
海雪「そんな簡単に、許可証出ますかね…?」
波村「あなたならきっと大丈夫ですー」
なんか不安しかないな…でも、波村先輩を信じてついていくことにした。
波村「あ、先に個人的に聞きたいことがあったんですー」
波村先輩が立ち止まる。
海雪「はい、なんでしょう?」
波村「今でも、毎日パーティーしているんですか?」
海雪「は?パーティー!?」
毎日パーティー?何の話?どこの金持ちと間違えているんだろう…?
海雪「パーティーって、あの踊ったり料理食べたりするやつですよね?」
波村「そうですよー。以前仰ってましたよねー?毎日魚、亀、えびやかにを呼んでパーティーをしていらっしゃるって」
魚に亀!?えびやかに!?パーティー!?
身に覚えがない…。
海雪「!?なんのことですか!?」
波村「…やっぱり覚えていらっしゃいませんよね…なんでもありませんー。今の話は気にしないでくださいー」
波村「前世ぶりですね、『乙姫様』。」
***
身に覚えのない話をされた。波村先輩は「以前仰ってた」って言ってたけど、初対面だよね…?
波村先輩が部室の前で止まる。
海雪「あの、さっきドアを引いても動かなくて…」
波村「あーそれはですねー…このドア、開け方不思議だから間違えないでくださいねー。ドアノブを持って…こう!」
海雪「わっ!?」
そのドアは…前後に開くと思っていたのに…なんと横方向にスライドした。そりゃ私じゃ開けられないはずだ。
波村「さあさあ、どうぞ入ってくださいー」
海雪「あっ、は、はい、失礼します…」
中に入ると、正面と右にドアがある小部屋があった。ソファまで置かれている。
波村「前のドアの向こうが練習をする時のメインの部室ですー。右は事務室みたいな感じでね。今回は手続きがあるので直接事務室に行きますよー」
海雪「はい」
そう言って、波村先輩がドアを開けてくれる。
波村「でもこの事務室狭すぎてねー、しかも、部長が口煩くてねー、ちょっと面倒かもですーふふふ」
??「なんかいったか、波村」
ドアを開けた真正面にいた、黒髪で天パ(かな?)の、目が赤い男子学生が不機嫌そうに話す。
波村「あ、でたー!これが部長。まあ、たぶん見たことありますよねー」
??「俺は幽霊とかじゃないんだから、これって言うな。せめて『こいつ』くらいにしろ。」
この人を私は見たことがある。おそらく、朝、眉間にシワを寄せて校門に立っている風紀委員の人だ。ただえさえ怖い顔なのに、今は特に機嫌が悪そうなので…正直逃げ出したい。
海雪「あ、あの、確か、風紀委員の方、ですよね?」
??「そうだ。…って、は!?」
こちらを見るなり、部長さんは目を見開き顔を赤らめた。
??「なんで!?なんで、ここにいるんだよ、俺の『赤ずきん』」
…はい?
何の話だろう…?
海雪「え?何を言っているんですか?」
「赤ずきん」。昔絵本で読んだことがある気がする。確か、赤い頭巾をかぶった女の子がおばあさんの家に行く途中、狼に出会うんだっけ?なんかそんな感じの話だった。
私の言葉に、我にかえった部長さんは、すっと元の調子に戻った。
??「…ああ、悪い。私情に流された。で、波村、彼女は?」
波村「外で勧誘してきたー。ホルン経験者だって。話の感じだとおそらく実力もあるかと」
??「ホルン、か。うちには欲しい人材だな。お前、名は?」
海雪「信田海雪、2年B組です」
??「よし、認可。これ、許可証とバッジだ。よろしく、信田」
えっ。
嘘でしょ、本当にあっさりと認可されちゃった。いいのかな…???
海雪「よろしくお願いします、えっと…」
名前を見ると、許可証に『部長 有佐智安』と書かれている。あれ、読めない、うーん…
海雪「ありさ…あるさ…?」
有佐「やっぱ読めないか。ゆさ、と読むんだ。俺は有佐智安。よろしく。」
海雪「すみませんっ、有佐先輩」
波村「あれー、有佐、女の子にだけ優しくないー?男子が漢字読み間違えたら怒るくせにー」
有佐「…気のせいだ」
あれ、この先輩ちょっと照れてるのかな?
??「有佐くん、調子はどう?あら、波村くんもいたのね」
後ろから声がすると思ったら、背が高くて声が低めの綺麗な女の先生が現れた。
海雪(あれ、あの人どこかで見たことがあるような…それにこの声聞いたことがある気が…)
波村「はいー、花生ちゃん先生ー。今ですねー、新入部員決め中でして。」
あ…名前からして思い当たる人、約1名。信じたくないけど…多分そう。
この先生、多分私の…兄だ。
この学校に勤めていることは知っていたが、まさか女装しているとは思わなかった。
…うん、家に帰ったら問い詰めよう。
花生「調子は良さそう?」
波村「はい、この2年の編入生の子も入ってくれますし、ぼくたちは嬉しいですよー」
私は見逃さなかった。『2年の編入生』と聞いた花生兄さんが一瞬こちらを見て、「しまった」という顔をしたのを。私が兄さんを睨めば、兄さんが口をぱくぱくさせた。何か言いたいのかな?
そんな私たちふたりを差し置いて、有佐先輩は懇切丁寧な口調で紹介を始める。
有佐「そうだ、せっかくなので先生にもご紹介しますね。彼女が編入生の信田海雪さんです。信田、こちらは顧問で、学校1の美人と有名な信田花生先生、通称花生ちゃん先生。…ん?信田…あれ!?」
有佐先輩が困惑し出した。
花生「そうそう、この子は私の妹なの。可愛いでしょ?」
海雪「何その紹介の仕方。しかも顧問なの?有り得ない」
花生「ちょっと海雪ひどくない?」
波村「え、お2人姉妹ですかー?確かに信田って苗字珍しいですよねー。」
花生「でしょー?」
有佐「先生も素敵ですし、信田妹もいいと思います」
花生「でしょでしょー?」
ノリノリな花生兄さんを見ていると
海雪「絶対調子乗ってるよね…」
と呆れるしかなかった。やっぱり後で問い詰めなきゃいけないよね?