人形(ひとがた)の神:湊
朱く綺麗な鳥居をくぐる。
続く石段を軽快な足取りで登り切る。
毎日ここを昇り降りするだけで運動不足とは無縁だよなとか、くだらないことを考える。
亀じいさんと話していたから、いつもより少し帰りが遅くなった。
いつもよりペースをあげて昇りきると、さすがに軽く息が切れる。
少し窮屈で、学ランの襟を開けながら、社務所兼自宅の扉を開く。
本当なら社殿に向けて礼の一つもすべきかもしれない。
でも、ほとんどやらない。
罰当たりとばあちゃんには言われるが、俺だってバカじゃないから、神様が居るのに挨拶をしないなんてことはしない。
だって、あそこには・・・。
「ただいま~」
玄関に入りながら、ふと違和感。
「あれ? ばあちゃんいないの?」
いつもなら応える声がない。
首を傾げていると、閉めたばかりの玄関がガラリと開いて、驚く。
振り向くと、珍しく笑みを消した父さんの姿。
なんとなく緊張感を感じていると、口を開く前に言われる。
「おかえり。着替えたら本殿に来なさい」
言葉は堅かったが、ふっと表情は和らいでいつもの笑顔になった。
真面目な表情が一瞬だったから、気のせいかと思うほど、いつも通りの笑っているけど芯のある雰囲気。
実のところ、この父親には勝てる気がしない。
下手に威張り散らさないし、神主とかいう職業なのもあるかもしれないが、いつも柔らかい雰囲気なのに、逆らえない。
「わかった」
応えると、父さんはいつもの笑みで眼差しをよこして、出て行った。
つか、なんで本殿?
ばあちゃんも本殿かな?
なんとなく急いだ方が良さそうな気がして、学ランから普段着のパーカーとジーンズというラフな格好に手早く着替えると本殿に向かった。
拝殿を通り本殿に入る。
いくら代々続く神主の家の息子とはいえ、そうそう本殿には入らない。
拝殿は掃除とかで毎日くるけど、本殿の出入りはちゃんと神職に就いたものでないとダメだと、ばあちゃんに強く言われている。
中学二年の自分には、まだまだ先の話だ。
でも、家族だけで切り盛りしている小さな社だから、どうしても用ができたりして本殿に出入りすることはある。
初めてではないが少し緊張する。
「父さん? ばあちゃん?」
障子の向こうから声がして襖を開ける。
部屋をのぞいて驚いた。
二人しかいないと思っていたのに、そこにはもう一人いた。
具合が悪いのか、敷かれた布団から体を起こした姿で。
でも、驚いたのは家族以外のお客が居たとか、そんなことじゃなくて。
「湊、こちらに来なさい」
ばあちゃんの声も耳をかすめただけで頭に入らなかった。
見惚れるって、自分が体験するとは思わなかった。
綺麗な黒髪は緩く一つにまとめられ背中に落ちている。
前髪は真ん中で分けられいて綺麗な額がのぞいてた。
日の光を浴びたことがないのかと思えるほど白い肌。
こう言うのを抜けるような白っていうのかな。
唇が淡い朱色で、一見人形のように整いすぎた顔立ちを、人らしい印象に近づけていた。
長いまつげに縁取られた瞳がじっとこちらを見つめている。
瞳の色が朱? いや、金色をまとっている、不思議な色彩で。
自分も、変わった色をしているとよく言われるが、日の光の中で太陽の光が射し込むようなとき、蒼く見えるといわれるだけで、それ意外は普通に黒にしか見えないから、実際にはそんなに違いを感じたことはない。
てか、この子もしかして・・・。
ヤバいな・・・と思った。
気づいても、遅い。
自分から目を逸らすことができずに、見つめ返していると、少女が口角を上げた。
いわゆる、ニヤリとした笑みだ。
途端に近寄りがたい雰囲気が崩れる。
「見惚れるのは構わんが、そろそろそこに座れ、見上げるのも楽じゃない」
鈴のように澄んだ声、だけど間違いなくからかいを含んだ声音。
ようやくハッとして周りを見ると、ばあちゃんどころか父さんまで俺を睨んでいて、ちょっとビビる。
ばあちゃんに指示されるまま、少女の横に座っているばあちゃんの隣に座った。
父さんとはちょうど布団を挟んで正面だ。
「申し訳ありません、マナ様」
ばあちゃんの声は少し呆れを含んでいて、さすがに少し恥ずかしくなった。
「しょうがねぇじゃん」
「湊」
呟くと、正面の父さんが間髪入れずに名を呼ぶ。
ふだんと変わらない笑顔。
静かな口調で、だからこそ静かにしろと言う意図を感じで口をつぐむ。
こういうときこそ怖いのだ。
「・・・奈海に似ているな」
ふと少女が呟いて、驚く。
だって母さんが死んだのはもう9年も前のことだ。
・・・やっぱりこの子。
「湊、この方はマナ様。この社の神です」
ばあちゃんが告げる。
・・・やっぱり。
改めて少女を見返す。
不思議な色合いの瞳はどこか面白がるような表情でこちらを見ていて。
うっ、だからヤバいって・・・!
顔が赤くなるのがわかった。
指先がしびれる気がする。
「・・・そうなんだ」
言ってからなんか間抜けな返事だと気づいた。
「あ、や・・・えーと、はじめまして?」
言って、またなんか違うな? と思う。
気持ちばかり焦って、なんて言えばいいかわからない。
てか、こんな時なんて言えばいいんだよ母さん!
亡くなった母親に神頼みする勢いで懇願してしまう。
「あまり驚かないんだな? もしかして気づいていたか?」
少しつまらなそうな声は気のせいじゃなさそうだ。
神様っていろんな奴が居るけど、この子はちょっと意地悪なタイプかも・・・。
「そりゃ、わかるよ」
こんなに人間そっくりの神様ってのは実際会うのは初めてだけど、亀だったり、鳥だったり、植物だったり、いろいろな物を象っている神様たちには、一つ共通する特徴がある。
人を惹きつける何か。
こんなわかりやすい美しさというわけじゃない。
亀じいさんなんて、亀とじいさんのミックスだし、ぜんぜん綺麗とは違う。
けど、そこに居るだけでふと視線を奪われる。
見ていたいと思わせる何か。
だから声をかけられれば嬉しくなって会話もするし、新しい神様を見かけたらついつい声をかけてしまう。
まあ、これは見える自分だからの話で、気配を感じるくらいしか力のないばあちゃんも、もちろん入り婿の父さんだってわからない感覚だろう。
唯一、同じ目を持っていた母さんはもう居ないし。
そこまで思って、あれ?と気づく。
「え? なんで神様なのに見えてんの?」
今更の質問に、3人から呆れた眼差しを向けられた。
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