目覚め:マナ
いつも眠っている間は穏やかだった。
すべての痛みを癒すような微睡み。
しかし、今回は違っていた。
突如として忍び込んだ、息苦しいような焦燥。
ふっ・・・と、意識が浮上するのを感じる。
幾度目かの目覚め。
慣れることのない不快感に眉根を寄せる。
特に今回の不快さは異常だ。
しかし、あのとき感じた焦燥が胸を締め付ける。
だから、不快さを振り払うように重い瞼をこじあけた。
「・・・お目覚めですか?」
目覚めたばかりで、まだ視力が回復しない。
しかし、聞き覚えのある声に、安堵と共に不思議な違和感を感じた。
ああ、そうか・・・いつもならあり得ないことだ。
徐々に慣れてきた目に映るのは見覚えのある天井。
ゆらりと揺れる蝋燭の光が淡く反射していて目に優しい。
特に自分には。
その気遣いが、らしいなと、笑みを浮かべる。
「清か・・・久しいな」
目覚めたばかりで微かな声しか出せなかった。
首を動かすのも億劫なので、目だけで彼女を見る。
枕元で佇む姿は、以前の時より一回り小さい。
けれど、座っていてもすっと姿勢良く伸びた背筋に、着こなされた着物姿。
髪はさすがに白いが、きちんとまとめられ、どこか品のある様子は以前となにも変わらない。
齢を経て刻まれた皺さえも彩りだろう。
「お久しぶりでございます。マナ様」
ふっと細められた眼差し。
深く蒼い光がこぼれる。
蝋燭の光だけのこの部屋で、通常ではとらえることのできないであろう色だ。
そこに彼の面影を見る。
ただそれだけで満たされるのだ。
しかし、すぐにそれを凌駕する焦燥に囚われる。
「清、奈海はどうした?」
自分でも思いがけないほどきつい口調で言葉がこぼれた。
はっと息をのむ気配。
感じた途端、動きの鈍い体を気遣う余裕もなく体を起こした。
ぐっと息が詰まる。
継ごうとした言葉が声にならない。
「マナ様・・・っ」
清が、らしくもなく慌てた様子で手を差し伸べてくる。
柔らかく背中を撫でられる感触。
ふっと詰まっていた息が漏れる。
「ご無理をなさらないでください」
気遣う言葉には、それだけではない、どこか自らを責めるような響きで。
そんなつもりはなかったのに・・・。
「すまない・・・」
なかなか整わない息の中、それだけを口にするので精一杯。
「いえ・・・」
ゆっくりと背中を撫でる清の手の動きと呼応するように、しばらくして息が整う。
もう大丈夫だと体を起こし、姿勢を正す。
改めて、真正面から清の目を見た。
もう一度問おうと口を開いたとき。
ふっと下げられ逸らされた目線。
わかっていた答え。
それでも、はっきり聞きたがるのは自分の我が儘だと気づく。
「・・・奈海は亡くなりました」
視線を上げ、毅然と告げてきた清。
言わせてしまった後悔に眉を寄せる。
「そうか・・・」
だから本当に聞きたかった言葉は飲み込んだ。
清が少し目を伏せる。
蒼い色が陰って、少し寂しくなった。
気分を変えたくて笑みを浮かべる。
「しかし、老けたな・・・」
呟くと、きょとんと目を見開く。
その顔が、思った以上に可愛らしかったので、思わず口角が上がる。
「私も、もう70ですから」
「そんなにか? ずいぶん若く見える。悪いことをした」
「マナ様に言われましても、複雑ですよ?」
くすくすと笑みをこぼしながら口元を隠して上品に笑う。
やはり、清は名の通り美しく育ったな。
「ですが・・・まさか今生で、またお会いできるとは思ってもみませんでした」
ふっと気遣わしげな眼差しを向けられる。
「そうだな・・・」
いつもよりずいぶん早い目覚め。
それでも間に合いはしなかったが。
「お迎えも、私ではなく湊がするべきでしたが、生憎不在で、私が代わりをさせていただきました」
「湊?」
「はい。奈海の息子になります」
慈愛に満ちた笑顔。
「ほう? ずいぶんと孫が可愛いようだな。甘やかしてるのではないか?」
少しからかい気味に言うと、なぜか清は真剣な眼差しを向けてきた。
「いえ、私は奈海と同様かそれ以上にと接してきました。ですが・・・」
らしくない、歯切れの悪い言葉。
「どうした?」
首を傾げて問うと、清はすっと居住まいを正して、指を突き、頭を下げてきた。
「申し訳ございません」
突然のことに目を見張った。
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